535 ◆TBcre.iPI.
佐山 聡美 (さやま さとみ) 24歳 主人公 明人とは幼馴染
前田 明人 (まえだ あきと) 21際 聡美の幼馴染
高田 希 (たかだ のぞみ) 21歳 明人の会社の同期
「久しぶりだよねー、3年ぶりだっけ?」
「んー、それぐらいになるかな。それよりお土産は?」
「まったく、、、私よりもお土産って訳?ハイ、これ」
「おっ、名産品じゃん。ありがと、聡姉」
嬉しそうにお土産を手にする明人の横顔を、聡美は楽しそうに見ていた。
幼馴染の聡美と明人。2人は小学校に入る前から仲が良かった。
早くに母親が他界し父親と2人暮らしだった明人は幼稚園にあがる前から聡美の家で夕食を食べていた。
自営業の明人の父は朝早く自分の店に行き、帰ってくるのはいつも日付が変わるぐらいだった。
いつも一人で夕食を食べる明人を見かねた聡美が自分の両親と明人の父に申し出て、
平日の夕食は聡美の家で食べるようになった。
聡美の家族も明人を家族のように接し、特に聡美にとって明人は弟のような存在だった。
「そういえばあっくん、就職したんだよね?会社はどう?」
「新人は色々と大変だね」
「まぁ1年目だしね。私みたいに転勤とかある会社?」
「それはないはずだったかな」
聡美の会社は全国各地に支店があり、新人は入社してすぐ地方で勤務する事になっていた。
聡美も大学を出てすぐ、青森支店勤務となり、ようやく今日地元に帰ってきた。
「それにしてもあっくんが社会人ねー。そうだ、今度何かおごってよ」
人差し指でツンツンと明人のホッペをつつく聡美。
「や、やめろって!子供扱いすんなよ・・・」
耳を赤くしながらその手を払いのける明人。
「いいじゃん別にー。久しぶりに会えたんだからさー」
そう言うと今度は明人の後ろに回り、首に手を絡ませて抱きつく聡美。
「誰があっくんの面度見てきたと思ってるのー?」
ホホまで真っ赤になった明人は、耳元でささやく聡美を慌てて振りほどいた。
「わ、わかったって!おごるから離れろって!」
「ホントー!?じゃあ今週の日曜日ね。約束だよ」
「はいはい、じゃあ日曜日ね。時間とかは聡姉が決めといて」
「決めたら連絡するね。あっ、お父さん帰ってくる時間だから私帰るね。じゃねー」
そう言って聡美は自分の家へと帰って行った。
自宅で久しぶりに父親と会話をした後、聡美は自分の部屋に戻っていた。
「あっくんもずいぶん大人っぽくなってたな・・・」
「私が抱きついたら、あーんなに真っ赤になって慌てちゃって・・・クスッ・・・」
「今までずっと私が面倒見てきたんだから、これからは恩返しでもしてもらいますか」
「日曜日はどこに行こうかな?うーん・・・」
あお向けにベットで寝そべりながら聡美はずっと明人のことを考えていた。
かれこれ10分以上は明人の事を考えていて、ふと、聡美は気づいた。
「何か私、さっきからあっくんの事ばっか考えてるな・・・」
急に鼓動が早くなるのを感じる聡美。無意識に枕を抱き寄せる。
「久しぶりに会ったから・・・かな?」
ついさっき、抱きついた時の真っ赤な明人の顔を思いだし、枕を持つ手に力が込められる。
「あっくんは、、、久しぶりに会った私の事、どう思ったんだろう・・・」
そう思った瞬間、ガバっとベットから身を起こし、首をブンブン左右にふる聡美。
「ば、バカじゃない?私ったら・・・な、なんであっくんの事、こんなに考えてるの?!」
枕を壁に投げつけ、聡美は自分に言い聞かせた。
「あっくんは私の弟みたいなもの!それ以上でもそれ以下でもないよ!!」
そう言って布団に入り、眠りについた聡美だった。
明人との約束の日曜日、聡美は中々部屋から出れなかった。
「うーん、この服はちょっとなぁ・・・」
「たまには髪の毛、結わいてみようかな?」
「口紅はどっちの色がいいかしら?」
まるで付き合い初めの彼とのデート前のような気合の入れ方だった。
「よし、今日はこれで行こう!」
ようやく服装や髪型、メイクが決まり、約束の時間より20分遅れて聡美は家を出た。
聡美が家を出ると玄関前には既に明人が待っていた。
「遅いよ、聡姉、20分も遅刻だぞ」
「いいじゃない、たった20分ぐらい。男なら小さいこと気にしないの!!」
「まったく、自分勝手なのは昔っから変わんないな」
小さい声で明人がそう言うと
「なんか言った?」
と言って明人の耳を引っ張る聡美。
「い、いたたっ・・・な、何でもないです」
「ほら、さっさと行くわよ。まずは買い物付き合ってね」
聡美の足取りはいつもより軽やかだった。
電車の中で並んで座る聡美と明人。他愛も無い会話をしていると明人の携帯にメールが届いた。
「あれ、あっくん携帯持ってるんだ?」
「今どき誰でも携帯ぐらい持ってるでしょ?ましてや社会人だよ?俺」
「それもそうだね、そうだ、番号とアドレス教えてよ」
「ん、いいよ。じゃあ赤外線で飛ばすよ」
聡美も自分の携帯を出し、お互いの携帯を近づけると明人の携帯には1枚のプリクラが貼られていた。
「あれ?プリクラなんて張ってるんだ」
聡美の言葉に少し慌てて指でプリクラを隠す明人。
「あ、ああ、これ?ま、まあね」
明人の態度に違和感を感じた聡美は探るように聞いてみた。
「ねぇ、誰と写ってるの?それ」
「だ、誰だっていいじゃんかよ」
「いいから見せなさいって!」
口を割らないとみるや明人から携帯を無理やり奪う聡美。そこには明人と知らない女性が写っていた。
聡美は数秒、プリクラを眺めて、明人に聞いた。
「ふ、ふーん、結構可愛い娘だね・・・あっくんの・・・か、彼女なの?」
「か、彼女じゃないよ。会社の同期だって。もういいだろ」
聡美から携帯を奪い返す明人。
「でも、彼女じゃない人とのプリクラ貼るなんて変じゃない?」
「そ、そうかな?別に変じゃないでしょ」
そっけない返事をする明人に聡美はさらに質問をする。
「ね、ねぇ、もしかして・・・あっくんはその娘の事、好きなの?」
「ち、ちがうよ。そ、そんなんじゃないって」
下唇を少し噛んだ後、そう答える明人。それは明人がウソをつくとき無意識にでるクセだった。
子供の頃から明人を見てきた聡美は即座にそのクセに気づき、
明人がその娘の事が好きだという事に気づいた。
(あっくんに好きな人いるんだ・・・まぁ、いても不思議じゃないわよね・・・)
「そういう聡姉はどうなの?付き合ってる人とかいないの?」
「私は・・・ほら、完璧な女性だからなかなか私とつりあう人がいないのよ」
「へー、完璧な人間が待ち合わせに20分も遅れますかね?」
「あっくんの前では手抜きしてるだけですよー!」
「何だよ、ひどいな、それ」
いつもの様な会話に戻ったが、聡美の心はプリクラに写っていた女性の事で気になっていた。
一通り買い物が終わり、明人がたまに行くパスタ専門店に入る2人。
「こんなお洒落な店知ってるんだ」
「会社の先輩に教えてもらったんだ。ここはクリーム系のパスタがおススメだね」
「ふーん、じゃあ、あっくんおススメに従ってみようかな」
席に通されメニューを見ていると遠くのテーブルから近づいてくる女性がいた。
「あれ、やっぱ前田君だー、偶然だねー。こんなとこで」
それは明人の携帯に貼ってあるプリクラに写っていた女性だった。
「高田さんも船木さんに聞いたんでしょ?おいしいよね、ここのパスタ」
笑顔になり高田と話す明人。その表情を見て聡美は心の中で思った。
(なによ、だらしない顔して・・・)
「私は高校の友達3人と来てるの。前田君は・・・えっと・・・」
高田はチラっと聡美を見る。彼女と勘違いされたくない明人は慌てて高田に説明しだす。
「あ、こ、この人はね、幼馴染の聡姉・・・じゃなくて前田さん。俺の姉貴みたいな人でさ。
この間、転勤から帰ってきて久しぶりにご飯食べようってなって。うん、ただの幼馴染なんだよ」
幼馴染を強調する明人の言葉に何故かカチンときた聡美は、テーブルの下で明人のスネをつま先で蹴飛ばした
「いたっ、な、何すんだよ!」
「あ、当たっちゃった?ごめんね。それより私にも彼女を紹介しなさいよ」
明人が高田を紹介するより早く高田の方から挨拶をしてきた。
「始めまして、高田希といいます。前田君とは同じ会社で同期入社なんです」
「こちらこそ始めまして。佐山聡美です。あっくんの姉みたいな者です」
聡美の言葉にクスクスと笑い出す高田。
「な、何が面白いの?高田さん」
明人が聞くと高田は
「前田君はあっくんって呼ばれてるんだ。なんだか可笑しくって」
と答えた。
「昔っからそう呼ばれてるんだよ」
「じゃあ、今度から私もあっくんって呼んでもいい?」
高田が明人にそう言うと聡美の中で嫉妬に似た感情が芽生えた。
(何であんたが・・・私はずっとあっくんって呼んできたのよ・・あっくんも私以外から呼ばれるのヤダよね?)
しかし明人の答えは聡美が思っていたものではなかった。
「高田さんにそう呼んでもらえるのは嬉しいかもしんない・・・かな?」
「じゃあ今度からそう呼ぼうかな?あ、私、そろそろ戻るね、また会社でね、あっくん!」
高田はそう言って自分の席へと戻っていた。
「明るい娘でしょ?高田さんって。同期の中でも人気あるんだよ」
明人が聡美に話しかける。聡美はメニューを選ぶフリをして顔を隠していた。
(知らないわよ!そんな事・・・私をほっといて勝手に楽しそうにしちゃって・・・)
「聡姉、決まった?俺のおススメのクリーム系でいい?」
「私、ペスカトーレ!」
「え、ここはクリーム系がおススメなんだけど・・・」
「うるさいわね!私はペスカトーレが食べたいの!!」
食事を終え、駅から家への帰り道で聡美は明人に再度聞いてみた。
「やっぱりあっくんは高田さんの事好きなんでしょ?」
「だ、だからそんなんじゃないって」
明人は下唇を噛んだ後、そう答える。
「・・・まったく、素直じゃないね、あっくんは」
高田の事が好きだという事を見透かされた明人はつい口調が荒くなる。
「何だよそれ?もし俺が高田さんの事好きだとしても聡姉には関係ないだろ?」
「そ、そうよ、関係ないわよ!でも・・・」
「でも、何だよ」
「あー、もう、知らない!あっくんのバカ!!私、コンビニよるから先に帰っていいわよ!」
聡美は明人に背を向け、駅の方へ戻っていった。
聡美の言動を理解出来ず、明人はボソっとつぶやいた。
「何だよ・・・訳わかんねーよ。何で俺がバカって言われなきゃなんねーんだ?」
コンビニへ行く途中、何度か振り返る聡美。明人が追いかけてくることを期待したが
明人はそのまま帰ってしまった。
「追いかけてきなさいよ・・・」
聡美はコンビニの前でそう呟いて、店の中へ入っていった。
部屋に戻った聡美はクローゼットから数冊のアルバムを引っ張りだした。
そこには数え切れない程の明人との写真が貼られていた。
「これはあっくんの七五三か・・・千歳飴おとして大泣きしたんだよね」
「こっちは小学校入学の時、毎日一緒に登校したんだよね」
「家族みんなでいったバーベーキューの写真だ・・・大はしゃぎだったな」
(あっくんはもう子供じゃないんだ・・・私がいなくても・・・平気みたい・・・)
(でも・・・私は・・・あっくんが近くにいないと・・・寂しい・・・かな・・・・・・)
寂しいと思った瞬間、ポタッ、ポタッっと涙が零れ落ちる。
「あ、あれ、、私、何で泣いてるの?」
「もしかして・・・私・・・あっくんの事・・・・・・」
翌日、仕事が終わる間際に聡美の携帯にメールが来た。送信者は明人だった。聡美がメールを開くと
【今度は聡姉がおごってよ】
と書かれていた。聡美は少し微笑んで
「まったく、何だかんだ言って私とご飯食べたいんじゃないの?」
と言いながら
【しょうがないわね、いいわよ。そのかわりあっくんがお店決めるんだよ】
というメールを返信した。数分後、再び明人からメールが来た。
【そうだ!久しぶりに聡姉のハンバーグが食べたいな。今度作ってよ】
そのメールを見て聡美はドキドキした。聡美が中学生の頃、料理の実験台として
小学生の明人にハンバーグや色々な料理を作っては食べさせていた。
当時、聡美には好きな先輩がいて、その人に手作りのお弁当を作りたいという思いがあった。
結局、手作りのお弁当を渡す事はなかったが、そのおかげで聡美の料理の腕は上達していった。
好きな人のために練習した自分の料理を、今は明人が食べたいと言っている。
明人の事を好きかもしれない自分に気づいている聡美の鼓動はドンドン早くなっていた。
(ちょ、な、なんで私、こんなにドキドキしてるの?)
(む、昔、あっくんにはよく作ってたじゃないの・・・)
(そ、そう、あの頃と同じ事をするだけよ・・・た、ただそれだけ!)
耳まで真っ赤になりながら聡美はこう返信した。
【そこまでいうなら作ってあげるわ。楽しみにしてなさい】
返信した後、聡美は心の中で呟いた。
(美味しいって言ってくれるかな・・・・・・)
聡美が明人に料理を振舞う日になった。明人はいつものようにチャイムを鳴らさず聡美の家に入る。
「おー、明人、久しぶりだな。家に来るのは何年ぶりだ?」
リビングでテレビを見ていた聡美の父が話しかける。
「あれ、おじさん聞いてないの?今日は聡姉にメシ作ってもらうんだ」
「そうなのか、俺は今日、母さんと2人で外食なんだ。そろそろ出かけるところだったんだ」
「そーなんだ、相変わらず仲いいね。まぁ、楽しんできてよ」
父親と明人が話していると2階から聡美がおりて来た。
「あれ?あっくん、もう来てたんだ」
「んー、ヒマだったから早く来てみた」
「ちょうどいいや、じゃあ今からソースとか仕込むから手伝ってよ」
「えー、面倒くせー」
「ウダウダ言わないで!ほら、こっちにくる!」
明人の耳を軽くつまみ、キッチンへ引っ張っていく聡美。その様子を見て聡美の父は
「相変わらず仲がいいな。じゃあ母さんが待ってるから行ってくるな」
と言って出かけていった。
キッチンで2人並んで夕食の準備をしていた。聡美は鼻歌まじりで準備を進める。
「ずいぶんご機嫌だね、何かいい事あった?」
「え、そ、そう?別に何もないけど」
(あっくんと一緒に料理作ってるから・・・かな?)
そう思うと耳が赤くなってきて慌ててごまかす聡美。
「く、くだらない事言ってないでそこのコショウ取ってよ!」
「あ、これね。はいよ、、、あれ?聡姉、何か顔赤くない?」
(え、ヤ、ヤダ・・・顔まで赤いの?!)
「そ、そ、そんな事ないわよ!適当な事言ってるとこうだぞ!くらえ、コショウばくだーん!!」
聡美は手にしているコショウを明人にふりまいた。
「うわっ、、な、何すんだ・・・ヘーックシュン!グヘッ・・・」
ものの見事にくしゃみを連発する明人を見て聡美は
(子供の頃って、いつもこんな感じだったんだよね・・・)
と思いながら微笑んでいた。
料理が出来上がり、テーブルに並べ食べ始める。明人は真っ先にハンバーグを口にする。
「どう・・・?ちょっと焦がしちゃったんだけど・・・」
不安げに訊ねる聡美に明人は笑顔で答える。
「すっげーうまい!昔もうまかったけど今日のはメッチャうまいよ!」
「ホントー、あー良かった。失敗だったらどうしようかと思ってたんだよー」
胸に手をあて、ほっとする聡美。
「でもさ、聡姉のダンナになる人は毎日聡姉の手料理食べれるんでしょ?ちょっと羨ましいね」
「えっ・・・な、何いってるのよ・・・褒めたって何も出ないわよ」
「いやー、マジでうまいって。味噌汁もいい感じだし」
(そ、そんなに褒めないでよ・・しょうがないわね・・・これからも作ってあげようかしら・・・)
(あっくんが、食べたいって言ってるからだよ・・・うん・・あっくんが言ってるから・・・)
「ね、ねえ、あっくんがそこまで言うんなら・・・」 「俺さ、聡姉に相談があるんだけどさ・・・」
聡美が「これからもご飯作ってあげようか?」と言おうとしたと同時に、明人が話しかけてきた。
「な、何?聡姉」
「え、あ、ううん、あっくんから言いなさいよ」
聡美に促され、口を開く明人。
「あのさ、俺、高田さんに告白しようと思ってんだ」
(な、何?あっくん、何て言ったの?告白するって・・・)
「この前、聡姉に言われてはっきり分かったんだ。自分の気持ちが」
「自分の気持ち・・・」
「高田さんの事、ただの同期って思ってたんだけどさ、聡姉に言われてはっきりしたよ」
「そ、そうなんだ・・・ほ、ほら、やっぱ私が言った通りじゃない」
ゴクッとコップの水を飲む聡美。
「やっぱ聡姉にはかなわないよなー。俺の事なんでもお見通しなんだもん」
「な、何年あっくんの姉やってると思ってるの?あ、当たり前じゃないの、そんなの・・・」
「高田さん、俺の事、どう思ってるんだろう?好きかな?キライかな?」
「さ、さぁ、どうかしらね・・・」
「そういえば聡姉は?何か言おうとしなかった?」
「え、あ、な、何だったっけ?忘れちゃったわ。そ、それよりがんばんなさいよ」
それからというもの、明人から来るメールは高田の事ばかりだった。
【やっぱ社会人なんだしデートに誘うなら夜景がきれいなところかな?】
【高田さん、あんまりお酒飲めないから料理が美味しい店がいいよね?】
【告白するタイミングっていつがいいんだろ?女性としてはいつぐらいがいいのかな?】
前は明人からのメールを楽しみにしていた聡美だったが、最近はメールを見るたび憂鬱になっていた。
(何よ・・・人の気も知らないで・・・)
返信のメールはいつも 【あっくんの好きにすれば】 とか 【私にはわからないな】 といった
当たり障りもないものばかりだった。
そして数日がたった後、運命のメールが聡美に送られてきた。
【今日同期だけの飲み会があるんだ。その帰りに告白するよ】
そのメールを読んだ後、聡美はまったく仕事が手につかなかった。
仕事を終え家に帰るなり、夕食も食べずに部屋にこもった聡美。
ベットの隅でただじっとしていて明人の事を考えていた。
「あっくんが高校生の頃も、こんなことあったじゃない」
「色々相談にのってあげて・・・あっくんから告白してOKもらえたみたいで」
「あの時は初めてあっくんに彼女が出来て、喜んであげたよね」
「何で・・・何で今は・・・こんなに悲しいんだろ・・・」
膝を抱く両手が力なくほどけていく聡美だった。
時計が12時になろうとした時、聡美の携帯にメールが届いた。
送信者は明人だった。慌ててメールを開くと
【高田さん、彼氏いるみたいだよ。告白した俺、バカみたい】
と書いてあった。そのメールを見て自分でもビックリするくらいほっとした聡美はメールを返信する。
【残念だったね。落ち込んでない?心配だから駅まで迎えに行こうか?】
数分後、明人から返信が来た。
【もうすぐ駅に着くから大丈夫】
そのメールを見た聡美は
「まったく、意地はっちゃって。しょうがないな、迎えに行きますか」
と言いいながら部屋を出て、駅まで明人を迎えに行った。
駅へ向かう途中で聡美は明人を見つけた。
「おかえり。思ったより早くついたね」
笑顔で話しかける聡美。
「こなくてもいいって言ったじゃんか」
振られた事とお酒が入っているせいで、いつもより無愛想に答える明人。
「あっくんに何かあったらおじさんが困るでしょ?私がちゃーんとついてるから」
そう言って明人の腕に抱きつく聡美。
「なんだよ、くっつくなって」
「いいから、いいから。ほら、帰るよ」
帰り道、聡美は誰から見ても上機嫌だった。明人が振られた事が嬉しいのではなく
明人の好きな人に彼氏がいた事が嬉しかった。自然に話し声も明るくなる。
でも、今の明人には聡美の上機嫌がしゃくにさわっていた。
「聡姉、ちょっと黙っててくれないかな?」
「えー、なんでー?いいじゃん。話すぐらい」
「俺はついさっき振られたんだぞ?少しぐらい気遣えよ」
「あら、私なりに気遣ってるつもりだけど?」
それもで笑顔で返す聡美の態度に、ついに明人は怒りを爆発させた。
「いいかげんにしろよ!なんだよ!俺が振られたのがそんなに面白いのかよ!!」
突然怒鳴りだした明人に困惑する聡美。
「え、ちょ、ちょっと、、怒鳴らないでよ・・・」
「なんだよ、さっきから黙って聞いてりゃ!俺だってほっといて欲しい時だってあるんだ!!」
「な、何よ、私は私なりに・・・」
「私なりになんだよ?また保護者気取りか?ここまでくるとうっとおしいんだよ!」
酔いも手伝って心にもない罵声を浴びせる明人。しかしその一言は聡美の心を深くえぐった。
「私・・・そんなつもりじゃ・・・」
今にも泣き出しそうな聡美。明人も自分の言った言葉がいかにひどい事だと気づいたが、
ひっこみがつかなくなっていた。
「あ、、お、お、俺、先に帰るからな!」
スタスタと聡美を置いて歩き出す明人。聡美はただ立ちつくすだけだった。
それから聡美は真っ直ぐ家に帰らず、家の近くの公園によって時間をつぶしていた。
「私がお母さんに怒られた時、ここに来て一人で遊んでて・・・」
「それで、いっつもあっくんが迎えにきたんだっけ」
「聡姉、一緒に帰ろうっ、僕も一緒に謝ってあげるよって言ってくれて・・・」
「もう、あっくんには・・・必要ないんだよ・・・・私・・」
あふれ出る涙を押さえてると公園の入り口に走りこんでくる人影がいた。
(えっ、ヤダ、チカン?)
涙で目が曇っていて誰だかわからない聡美。サッと身構える。
「やっぱここにいたんだ。ちょっと探したよ」
走りこんできたのは明人だった。
「な、なんで・・・・・・」
「家帰ってシャワー浴びた後、聡姉の部屋みたら電気ついてなかったからさ
んで、まだ帰ってないなって思って探しに来たんだ」
「・・・よくここが分かったね」
「おばさんに怒られた時は必ずここに来てたじゃん」
聡美は昔みたいに明人が迎えに来てくれた事が嬉しく、思わず泣き出してしまった。
目の前で泣き出した聡美に対して、明人はただうろたえるしかなかった。
「な、何だよ、いきなり泣き出して・・・」
「・・な、何で・・・も・・ない・・」
零れ落ちる涙を必死にこらえながら答える聡美の姿を見て明人は考えるより先に体が動いた。
「聡姉・・・」
包み込むように聡美を抱き寄せる明人。
「・・・あっくん・・・?」
「ごめんな、俺、きついこと言っちゃって」
抱きしめる手に力を込める明人。
聡美は明人の胸に顔をうずめる。
(あっ、、あっくんの鼓動が聞こえる・・・)
ほんのちょっとの間、聡美は明人の腕の中で身を委ねていた。
(今なら・・・ううん、今しか言う時がないかも・・・)
聡美が口を開こうするちょっと前に明人が口を開く。
「俺さ、転勤する事になったんだよ」
「えっ!」
突然の明人の言葉に驚き、明人の手を振り払う聡美。
「い、いつから?ど、どこに?だって転勤はないって・・・」
「そうだったんだけどさ、新しい支社が来年出来るみたいでその準備室に行けって」
「だ、だってあっくんはまだ1年目でしょ?」
「聡姉だって1年目から転勤だったじゃん」
「そ、それはそうだけど・・・」
「先週末に課長から言われてさ、それで今日、同期のみんなが飲み会開いてくれたんだ」
「・・・」
「んで、もう高田さんとも離れ離れになっちゃうから告白したんだ」
それから明人は一方的に自分の事を話していたが、聡美はそれを上の空で聞いていた。
(・・・あっくんがいなくなる・・・私の前から・・・・・・)
「そんな訳でさ、聡姉ともしばらく会えなくなるんだ」
「……」
「俺がいなくなると寂しくなるんじゃない?」
笑って冗談を言う明人。それに聡美は答える。
「そ、そんな事ないわよ。面倒見なくてよくなるしね」
(寂しいに決まってるじゃない…)
「強がんなくてもいいよ」
「つ、強がってなんかないわよ、なんで強がらなきゃならないの!」
(せっかく私が帰ってきたばかりなのに……なんで…)
「なーんだ、つまんねーの。ま、いっか。んじゃ帰ろうよ」
「あ…う、うん」
帰り道、聡美と明人は一言も発せずただ、黙っていた。
「じゃあゆっくりね」
「う、うん、あっくんもね」
そう言って玄関へ向かう明人の背中を見ていた聡美は思った。
(あの背中が遠くに行っちゃうんだ……)
次の瞬間、聡美は無意識に明人を追いかけ、背中に抱きついていた。
「さ、聡姉?」
突然の事にびっくりする明人。しかし聡美は何も答えない。
数秒の後、明人を自分の正面に向かせ、明人をじっと見つめる聡美。
「ど、どうしたの?」
しぼりだすような声で話し出す聡美。
「あっくんは………がいないと…んだよ…」
「え?な、何?」
”あっくんは私がそばにいないとダメなんだよ”
そう言おうとした聡美。しかし、思うように言葉にならない。
「なんだよ、聡姉?」
フラれたばかりの明人にその言葉を言うのが何故かずるいような気がした聡美は
思いがけない言葉を口にする。
「あっくんはね・・・さ、さっさといい人見つけないと」
「え、あ、うーん。でもさ、さっきフラれたばかりだしなー」
「そんな後ろ向きな事言わないの」
ポンっと明人の腕を叩く聡美。
「じゃあ、この際だから聡姉で手をうつか」
「えっ?」
「それが一番手っ取り早いでしょ?」
それは明人なりの冗談だったが今の聡美には冗談に聞こえなかった。
(私が・・・手っ取り早い?私は・・・あっくんの事を・・・・)
次の瞬間、聡美の手のひらが明人のホホを叩く。
「痛っ!な、何すんだよ!」
先ほどとは違った涙が聡美のホホを伝う。怒りと悲しみが入り混じった表情で聡美は明人を
睨み付ける。
ただならぬ雰囲気の聡美に明人は気づく。
「な・・なんだよ・・た、ただの冗談だろ・・・」
「・・・・・・」
「さ、、聡姉・・・?」
「・・・・・・」
「な、何か言ってくれよ・・・」
「・・・・・・・・・」
明人の問いかけに答えず、ただ明人をにらみ続ける聡美。
「お、俺は悪くないから・・な・・・」
明人はそう言い残して家へと入っていった。残された聡美はしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
あの夜から2週間が経過した。あの日以来、聡美は明人と会話はおろか顔もあわせてなかった。
聡美は意図的に明人に会う事をさけていた。明人もまた、聡美に会いずらいのかメールもしなかった。
仕事から帰り、両親と夕食を食べていると聡美の母が聡美に話しかける。
「いよいよ今週の土曜だね」
「な、なにが?」
分かっているがわざと知らないふりをする聡美。
「あら、忘れたの?明人が長崎に出発する日よ」
「え、あ、ああ、そうだったわね」
「何でも結構長くなりそうだって言ってたわ」
「ふ、ふーん」
「聡美も寂しくなるんじゃないの?弟がいなくなるんだから」
「わ、私、別に寂しくなんかないわよ!」
思わず声を荒げる聡美。
「おいおい、大きな声を出すなよ。テレビが聞こえないだろ」
父は野球中継に夢中だ。
「それはごめんなさいね、ごちそうさま。私、お風呂入ってくる!」
バンっと箸を置き、リビングを出る聡美。その後姿を母はじっと見つめていた。
シャワーを浴びながら聡美は考えていた。
(あと二日後にあっくんはいなくなるんだ・・・)
(でも・・・結局、あっくんにとって私は・・・)
(・・・・・・もう・・・忘れなきゃ・・・)
ホホを伝う水滴がシャワーなのか涙なのか聡美には分からなかった。
シャワーを止め、脱衣所に行こうとすると、そこにバスタオルを持った母親がいた。
「何やってるの?お母さん?」
「ん?いやね、アンタは誰に似たんだろうってね」
「・・・な、何言ってるの?」
「お母さんね、お父さんに一回も好きって言った事ないんだよ」
「ど、どうしたのよ・・・いきなり・・・」
「言わなかったんじゃなくて、言えなかったってのが正しい言い方かしら」
「・・・」
「まぁ、カエルの子はカエルってところかしらねー」
「べ、別に、私は・・・」
母が何を言いたいのかが分かった聡美は慌てて否定する。
「何があったかは知らないけど、いなくなってから後悔するのはツライわよー、きっと」
「だ、だから、そ、そんなんじゃないって・・・あっくんはただの・・・」
「あら、明人の事なんて一言も言ってないのに」
誘導尋問にひっかかり全身がカーッっとなる聡美。
「もう、早く出てってよ!湯冷めするでしょ!」
「あらあら、怖い怖い、バスタオル置いておくわよ」
バスタオルを取り、体を拭こうとする聡美に、扉ごしに母親が話しかける。
「お母さんも言ってみようかしらー?お父さんに好きって」
小さく笑いながら部屋へ戻る母。聡美は体を拭きながら小さく呟いた。
「・・・ありがとう・・・おかあさん・・・・・・」
翌日、聡美は明人にメールを送ろうとしていた。
だがメールを書いては消し、消しては書いてを繰り返した。
「これじゃストレートすぎるし...」
「これじゃ回りくどいかしら...」
メールを打っていると、知らず知らずの内に素直な気持ちが文章に入ってくる。
送信前に読み直し、その文章に恥ずかしさを覚え消してしまう。
何度も繰り返している内に自分に腹立たしくなって来た。
「もう!なんでまとまらないの!ただ出発する前に会おうって言うだけなのに」
仕切りなおそうと携帯をたたむと、タイミングよくメールが届いた。
「何よ、誰?」
送信者は明人だった。聡美は急に鼓動が早くなるのを覚える。
(え、な、何?私、間違って送信しちゃった?)
胸の鼓動を抑えるように一度、深呼吸してメールを開封する。
そこには1行だけ書いてあった。
【話したい事があるんだけど金曜の夜って空いてる?】
たった1行のメールだったが聡美は何度も何度も読み直した。
読み直した後、机に携帯を静かに置き、色々と考えた。
(話しって何?また恋愛の相談?)
(この後に及んでまだ私を頼るの?)
(まったくしょうがないわね...会ってあげるわよ...)
そう思いながらペットボトルのお茶を一口飲んだ後、慌てて首を左右に振る。
(こんな風に考えるなんて、やっぱり私、素直じゃないんだなぁ...)
聡美は明人に返信をする。
【私も話したい事があるから...駅前のファミレスに20時でいい?】
その後、聡美は落ちつかない時間を過ごした。
金曜になった。聡美は定時で仕事を切り上げ急いでファミレスに向かう。
電車の窓から見えるいつもの景色が今日はまったく違う景色に感じる。
まるで初めて訪れた外国の様に聡美は感じていた。
降りる駅が近づくにつれ、自分が向かう先に明人がいることを強く意識する。
(私は...どんな顔して会えばいいの?)
降りる駅まで一駅となった時、逃げ出したい気持ちに駆られ始める。
(無理よ...やっぱり...あっくんに会うのは...気持ちを伝えるのは...)
”次は〜○○駅、○○駅〜”
聞き慣れたアナウンスが心臓に痛い。車内でなければ泣き出したい程だった。
(このまま...終点まで行っちゃった方が...)
電車はホームへ入ってくる。目の前の扉が開く。
聡美は動けずにいた。いつも降りるホームに足を下ろす勇気が出ない。
”まもなくドアが閉まります〜かけこみ乗車はおやめ下さい〜”
プシューっとドアが閉じる。
聡美は電車に乗ったままだった。
いつもは見ない風景が電車の外に流れている。その景色は聡美の瞳には映らなかった。
(これでよかったのよ...私はずっと...あっくんのお姉さん代わりでいるのが...)
携帯から母親にメールをする。
【今日は仕事で遅くなるね】
そして明人から連絡がこないよう、携帯の電源をOFFにした。
電車はガタンゴトンと無機質な音をたてながら終点へと向かって行った。
聡美は終点の駅前のネットカフェで時間をつぶしていた。
気がつくと22時をまわっていた。
「そろそろ帰ろうかな...」
力なく椅子から立ち上がり会計をすます。
電車に乗り、ふと携帯を見つめる。
「あっくん、怒ってないかな」
「メールとか留守電とか入ってるのかな」
携帯の電源をONにし、メールサーバの更新をする。だが新着はなかった。
「メールしてこなかったんだ」
次に留守電をチェックする。1件の新しいメッセージが入っていた。
「これかな...」
意を決してメッセージを聞く。再生されたメッセージは
「仕事大変だねー、頑張ってねー」
と明るい声の母親のメッセージだった。
肩透かしを食らった聡美は一気に力が抜けた。
「もう!お母さんったら!」
しかし、肝心の明人からの連絡が何ひとつない。それに気づくと言い様のない不安が聡美によぎる。
「何で連絡してこないの?」
ドンドン不安が胸の中で広がっていく。明人に何かあったのかと考える。
車内にも関わらず明人に電話をかける。
1コール、2コール、3コール、、明人は電話に出ない。
「何やってるのよ!!早く出なさいって!!」
人目もはばからず独り言を言う聡美。
その表情は今にも泣きそうになっていた。
明人の携帯が留守電になっては切り、そしてかけ直す。だが、明人は電話に出なくてまた留守電になる。
もう何十回それを繰り返しただろう。気がつくと待ち合わせのファミレスがある駅に着いた。
扉をこじ開けるように電車から降り、改札をすり抜ける聡美。
そして一目散にファミレスへ向かった。
聡美がファミレスの前に着いたとき、時計は23時をすこし過ぎていた。
扉が壊れてしまうかというぐらいの勢いで店内に入る聡美。
その勢いと涙でグシャグシャになった顔を見て、店員は声をかける事を忘れてしまった。
(まだ、、まだいるの?!!)
右から左へ店内を見渡す聡美の目に、のんびりとコーヒーを飲んでいる明人がいた。
自分をずっとみつめてる聡美を見つけ明人は話しかける。
「おっそいよー、聡姉〜。何時間待たせるんだっての!」
聡美は明人の元へ駆け寄り、抱きつき、明人の胸でただずっと泣き続けた。
明人は泣きじゃくる聡美の肩を優しく抱きかかえるようにファミレスを出て
あの公園に連れて行った。公園のベンチに二人並んで座り、ずっと聡美を肩を抱いている。
「聡姉、いいかげん泣き止んでくれよ」
「……」
「なって」
「・・んぱい・・・っ・・たんだから・・・」
涙声で精一杯しぼりだすような声で話しだす聡美。
「えっ?何?」
「心配・・・だった・・の・・・」
「何が?」
「だって・・何度も・・・・・たのに・・」
「何度も?何したの?」
ようやく落ち着いてきた聡美の言葉がはっきりと明人に聞こえるようになってきた。
「何度も、あっくんに電話したのに・・まったく出ないから・・・」
「えっ?電話?」
手ぶらの明人は慌ててズボンのポケットや上着の内ポケットをあさる。
「あ、あれ?携帯がないぞ?」
「えっ?」
両手をポンッと叩き明人が独り言を言い出す。
「そうだ!携帯の電池が切れそうだったから会社で充電してそのままだ!」
「そ、そうなの?」
「しまったー、明日会社よらなきゃなー。面倒くさー」
明日、転勤先に出発するというのに携帯を会社に置いてきたちょっと抜けてる明人に
聡美はいつものペースを取り戻した。
「まったくいくつになってもあっくんはあっくんだね」
「え、何が?」
「変わってないって事よ。小学校の遠足の時だってお弁当忘れた事あったじゃない」
「そうだっけ?」
「高校受験の時だって受験票忘れて届けたのは誰だったっけ?」
「うーん、そんな事もあったっけな?」
とぼけようとする明人の耳を引っ張る聡美。
「あっくんが困った時にいつも助けてあげたのは誰で・す・か〜?」
「イタタタ、聡姉です。全部聡姉です!」
引っ張っていた手を離す聡美。
「まったく、、、こんなんじゃ転勤先でのあっくんが心配だわ」
聡美の言葉に小さなため息をもらし、うつむきながらボソっと話す明人。
「うん、俺もちょっと不安なんだ・・・」
「…あっくん?」
数秒間、上を向き、目をつぶって、そして意を決して聡美を見つめ話し出す明人。
「俺、高田さんに振られた後、考えてたんだ」
「な、何を?」
話し始めたかと思えば黙り込んでしまう明人。
「な、何で黙るのよ…」
「え、あ、うん…」
言いようのない重苦しい空気が聡美と明人の間に流れる。
「俺、、もしかしたらさ…」
「だ、だから、、何?」
一言話すとまた黙る明人。聡美は明人が何を言い出すか気が気でなかった。
「なんていうか…その…い、今さらなんだけどさ…」
あきらかに様子がヘンな明人を見て聡美は胸の鼓動が早まってきた。
(ま、まさか、、あっくん、、、う、ううん。そんなハズは…)
急にベンチから立ち上がり、聡美の両肩をガシッとつかむ明人。
「ちょ、ちょっと、、ど、どうしたの?」
時計は既に0時をまわっていた。近所迷惑になりかねない程の大声で明人は叫んだ。
「俺は佐山聡美が好きです!!」
自分が言おうとしていた事を明人に言われあっけにとられる聡美。
「えっ、、ちょっと、、ど、どうしたのよ」
尋ねる聡美の声が聞こえないのか、明人はさらに大きい声で言葉を続ける。
「ずっと、ずっと気づかないフリをしてた!」
「ちょっと、やめてって…」
何とか明人を落ち着かせようとするが明人はさらに大声を出そうとした。
聡美は考えるよりも先に体が動いた。
「あっくん、落ち着いて」
まるで子供を諭すような優しい声で明人に話しかける。
両手で明人のホホを包むように優しくなで、そして片手を首の後ろに回す。
じっと明人の瞳をみつめ、明人も聡美を見つめる。
次の瞬間、聡美は明人の唇に自分の唇を重ねた。
数秒間、二人の唇が重なっていた。聡美は自分の唇を明人から離す。
「さ、聡姉…」
ポカンとした表情で聡美に話しかける明人。
「か、勘違いしないでね!あ、あっくんったらどんどん大声だすから…」
「で、でも…今のは…聡姉と俺、キスしたよね」
「だ、だから!声を出させないようにするためだったのよ!」
そう言った聡美のホホは真っ赤だった。それを隠すようにうつむく聡美。
「な、なあ、、聡姉は…俺の事どう思ってる?」
「ど、どうって…あっくんは…私の…」
「私の…?な、何?」
聡美の答えは決まっている。”私の好きな人”これが聡美の本心だ。
しかし、聡美は明人にこう答えた。
「私の…た、大切な弟に、き、決まってるじゃないの」
(もう!なんで、なんで言えないの?あっくんが好きだって…)
聡美は少し、いや、大いに素直になれない自分がイヤになった。
この状況でも素直になれない自分に。しかし明人は何故か嬉しそうに話し出す。
「やっぱおばさんが言った通りだ」
「な、何?」
「俺、相談したんだよ、聡姉のお母さんに」
「お、おかあさんに?何を?」
「俺が聡姉の事、好きかもしれないって相談したらさ」
「そんなこと相談したの?!まったく、、そ、それで…お、おかあさん、何て?」
「きっとあの子は好きとは言わない、弟だって答えるだろうって」
さっきよりも胸がドキドキしている聡美。
「ふ、ふーん、そ、それで?」
「俺の事を好きならば、弟って言葉の前に一言付け加えるだろうって」
「一言?」
「そ、一言。それでさっきの聡姉の返事の中にその一言が入ってたんだ」
「……!!」
母にすべてを見透かされていた聡美。恥ずかしくていてもたってもいられなくなった。
「もう!知らない!!あっくんも、お母さんも!!!」
恥ずかしさのあまり、思わず大きな声で叫ぶ聡美。
すると明人は聡美を抱き寄せ、両手で聡美のホホを包む。
「さっきはこうしてくれたよね?」
「え、あ、ちょ…」
聡美がしたように今度は明人から聡美にキスをする。
さっきよりも長いキス。聡美は明人に身を委ねていた。
唇を離し、聡美の顔を自分の胸にうずめながら明人は耳元でささやく。
「遅くなってゴメン。俺は聡姉が好きです。」
「あっくん…」
ギュッと抱きしめる明人。それに答えるように聡美も抱きしめかえす。
「俺、聡姉がそばにいないと駄目みたいだからさ…」
「…」
「ずっとそばにいて欲しいんだ。これからずっと」
その言葉を聞いて泣き出しそうになる聡美。するとすっと明人の腕の中から離れる。
「さ、聡姉?」
「ほら、早く帰るわよ」
「えっ…」
「明日、出発なんでしょ?私も荷物用意しないと」
「聡姉?」
「携帯も忘れるような人を一人で引越しさせる訳にいかないから、私も行くっていってるの!」
「一緒に来てくれるの?」
「週末は行ってあげるわよ。どうせ掃除も出来ないんでしょ?」
「ホント!嬉しいよ!聡姉」
後ろから聡美に抱きつく明人。首にまわってる明人の腕に唇を当てる聡美。
明人の優しさに包まれた聡美は幸せを感じていて、心の中で叫んでいた。
(私は…あっくんが大好き!!)
「あっ、でもさ…」
「何?」
「布団、シングルなんだけど二人で寝るのは狭いよね?」
その言葉を聞いた聡美は思いっきり明人の腕を指でつねり、真っ赤な顔で叫んだ。
「あっくんのスケベ!!」
帰り道、二人は手をつないでじゃれあいながら帰っていった。
その光景は翌日も次の週も、翌年も続いていくだろう。
〜 終 〜