+++心に秘めた君への想い。+++

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――・・・おい」

「ん?」

 

「・・・・・・・・萩原。おまえ、失恋記念じゃなかったのかよ」

 

 

 

 

 

 時刻は、日付変更線に程近い。

 

 緩くカーブした愛車は、首都高の真下にある環状線の傍らで停める。

 ステアリングを握りながら口にしていたタバコの、ケムリ。

 未だ長いソレを灰皿へと棄て、カーナビの電源をぷつり切ると、そのまま怪訝そ

うに俺のカオを見た助手席にいる彼奴は、利き腕をコントローラから離した俺の瞳

の危うさにピクリ反応をし、―――――それから、分が悪そうに視線を外した。

 

 

口許だけで笑いをカタチ造る。

そして、助手席のシートへ腕を延ばしユルリ倒す。

 

 

 

 

「そ。オンナと別れたから、松田クンを誘って今夜はドライブしてます」

「・・・・・・・・おまえも、毎回毎回よく・・・厭きねぇ、・・・な・・・・・」

 

 

 

 

 長身の割りには細い、体躯。

相変わらず黒いスーツを着こなした仕事帰りの松田を身を乗り出した運転席から

抱き締め、狭いシートへ押し倒すと、伸びていた後ろ髪を引っ張られて文句を云わ

れた。

 触れた指先は器用で、けれどいつも愛情に餓えているのか酷く冷たい。

 

 

 

 

 

 

 

「――――てか、さ。こんな時くらいは黙って出来ない?」

「・・・・なに、を」

 

 

「やってるでしょ。―――――――――セックス」

 

 

 

 

 

 

 

 少しクセのついた髪へキスの愛撫を埋めながらそう囁くと、抱いた肩が怯えたよ

うに小さく震えた。

貌を覗き込むと、視線を外し困り切った表情をして口を噤む。

いつまで経っても、コイツの反応は処女よりも初心だ。

 

 

 

「・・・・・・・・何? クルマの中じゃ、ちょっと不安?」

「ばっ! ンな心配してる訳じゃねぇッ、・・・」

「―――――平気でしょ。俺巧いし、おまえさえ暴れなきゃ」

「っ、いつ、俺が暴れたって・・・―――」

 

「いつも」

 

 

 

俯いた耳元で、殊更に慾を孕んで甘く肌を咬む。

「・・・・松田」

ひとつひとつのパーツをゆっくりと味見するように痕を遺してゆくと、また皮膚

が引き攣るように刹那震えた。

愛撫の手を止めず囁いたコトバの一端にも刺激されたのか、そのまま腰骨の辺り

を無骨な掌が彷徨うと、俺の頚部をまるで縋るモノを求めるかのように這い廻って

いた長い指先から、チカラが抜ける。恐らく、どうしていいのか分からないのだろ

う。

シャツに覆われた俺の背へ艶かしい動きで墜ちようとして―――、

 

 

「おっと」

 

 

咄嗟に、俺の腕が松田の手頚を掴んだ。

 

 

「・・・・・・・はぎわら・・っ」

「怖がるなよ。――――・・もっと、苛めたくなるだろ?」

 

 

 引き寄せて、愛おしそうに冷たい手の甲に恭しく口付けると、呼吸が苦しいのだ

ろう、薄く開いていた松田の口唇から吐息が零れた。

 その間に慣れた手つきで外したサングラスの奥にある瞳は、キャラメルの色に似

ている。・・・・生まれつきだと云った。

常人よりも色素の薄い髪や双眸の色は、酷く魅力的で俺の劣情を更に煽る。

 

狭い車内だ。

聞こえる息遣いは、本能に従い次第に熱を帯びてくる。

 

 

 

 

 

「悪ぃ。・・・ちょっと、掴まっててくれる?」

「―――――誰が、てめーの云いなり、になる・・・かっ、・・・・・ん、」

 

 

 

 

 

キツク睨み付けた、視線。

 

だが、強気を嘯いた唇は、猫みたいに伸び上がり噛み付くようなキスを仕掛けた

俺の口に、コトバを全て封じられる。

「・・・・・は、」

 濃厚なキスに苦しさを感じるのか、不器用な動きで、キレイに整った腕がクルマ

のウィンドゥを叩く。それに掌を重ねて、逃げ道をなくす。

「―――うで、」

「ん・・・、」

 云い聞かせるように頬へと充ててぬくもりを確かめると、漸く松田は自分から腕

を延ばした。

 

 

 

 

 

「  はぎわら  」

 

 

 

 

 

何度か中空を行き来していた布に包まれた腕が、目の前にある俺の姿を認める。

そう、口にして、握られたのはシャツの襟元。

ゆるゆると快樂を与えられながらも、握られた箇所へと少しづつ皺の刻まれてゆ

ゆく様は、多分彼奴の感じている苦痛と同じなのだろう。

 

 

 

「・・・・・松田」

 キシリ、機器類にあたったのか何処かで軋む音がした。

眉を寄せて堪える相貌が、コチラを向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――もし。俺が死んだら、最期くらいは抱いてくれるか?」

「な、んだよ・・・。急、に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 云った後で、自分でも何て弱気な願いなのだろうと可笑しくなる。

 けれど、余裕がなくて。

 這い廻らせていた掌の動きを止め、急に降ってきた真摯な声に反応して開けた瞳

を窺うと、克ち合った視線に彼奴はふいと貌を逸らした。また同じだ。

 

「・・・・・」

 

 噤んだ口は、中々開いてはくれない。

 けれど、抑えていた喉元から、何かに誘われるように出てしまった本心は取り消

せない。伝えたコトバはウソでもなく、ただ暗闇の中で見詰めた松田の横貌はドキ

リとする程に綺麗だった。

 

 

 

―――――オトコ相手に、キレイと云うのもヘンだとは思う。

 

 

 

 だが、俺の目にはそう映った。

 元々かなり素地は好く、黙って立っていればバランスの取れた外見は甚だしく人

目を惹く。その気になれば、オンナにだって不自由はしないだろう。

 

 

「・・・・・萩原」

「え?」

 

 

 だが、その横貌はしつこいくらいの愛撫に珠玉の薄っすらと浮いた相貌を掲げた

手の甲でくいと拭って、それから理性を取り戻したのか、肘だけで上体を起こし、

狭いシートの中で俺のカオをじっと見上げた。

 素顔の松田の瞳に見詰められた俺の表情は、このとき、恐らくかなり情けなかっ

たに違いない。

 

 アイツは、腕を延ばして冷えた指先を俺の頚部にひたりつけた。

 

 

 

「ひゃ、」

 その行動が読めなくて、冷たさに思わず首を引っ込める。

「・・・・・うん。生きてる。」

「―――――何?」

 

 

 

 そろそろと閉じた目を開け、納得したように呟いた目の前のオトコを不思議そう

に見詰めれば、いつもの憂いを帯びた、けれど皮肉げに上げた口角が、ニヤリ笑っ

て俺の頬をペチリ叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きてるヤツが、んなこと云うんじゃねぇ。それは死ぬ人間の云うセリフだろ」

「・・・・・・だけど、俺達は日々『死』に近い人間だ」

 

 ポジティブに思われがちな人間には、不似合いな考えかも知れない。

 俯き、むくれた子どものようにそう呟くと、ギリギリの心情を察したのか、やっ

と松田は溜め息を吐いて、叩いたまま耳元に充てていた両の掌を引き寄せ、勢い近

付いた俺の唇に触れるだけのキスを仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だけど。どうしても死ぬってんなら、――――俺の膝くらいは貸してやる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・だから、死ぬときは俺の傍に居ろ。

 

 

 

 キスの合間の至近距離にされた告白は、掠れた声を伴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・オーライ」

 肌蹴たシャツの背中へと掌を這わせ、今度はコチラから触れられたのと同じ場所

へと唇を辿らせる。

 いつも器用に爆弾を解体してゆく手先は、けれどいまは俺だけのモノだ。

 結果なんて、どうでもいい。

 

 

 

 見え見えの理由付けをしては、このオトコの魂が慾しいと(かつ)えている。

 生涯の友人だと、認めながらも理性は思うよりも脆弱に出来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・約束だ。松田」

 

 

 

 俺の最期を看取ると云うことは、こいつが生きていてくれると云うことだ。

 確かめるように囁いたコトバに、答えの代わり首筋に触れていた唇に、彼は無言

で指先を充てた。

「生きてるだろ?」

そろり、誘われた後ろ髪が流れる襟元。

 

 

 

頚動脈が息づく、ソコは。

規則正しく脈を刻み、泣きそうな程のあたたかさで生を俺へと知らしめてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タールの味のするキスも、2人でならヒミツを共有する共犯者だ。

そう云うと首都高の高架線の下、目の前のオトコは吐息だけで微かに笑った。

 

 

 

 

Fin.