「―――――――――・・・なあ、“GODIVA”のリキュールボトルってもうねぇの?」

「酔っ払いが何言うとる。1本空けたら満足やろ、もうシェイカー振んの厭きたから打ち止めや」

 

「うっわ。すげぇ俺様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つと洩らした不満げな声に、

グラスアップの用意をしていた男は「そりゃおまえや」と、涼しい瞳をして目前に坐る客を見る。

 

 

 

 

 

 

 

「だいたいおまえいつから飲んでんのか、覚えとるんか?」

「んーたぶん講義から帰ってすぐ?」

 

 

 

 

 

 

 

即答された応えは、彼がいま御機嫌である証左だ。

・・・しかもかなり。

 

歯に衣着せない物言いをすれば、早い話が『出来上がっている』そのものと言ってもいい。

 

 

 

 

 

 

「可愛い瞳ぇして見上げてもあかんで」

「なんで? おまえ、オレに強請られるの好きだろ」

「それとこれとは話が違うやろ。オレは今日、おまえに付き合うて日が没むのさえ見てへんねんぞ」

「ちぇ」

 

 

 

 

 

 

ちいさく舌打ちをすると、手元に置かれたパッケージから白い手先が生チョコをひとつ摘む。

ひどく可愛らしいカラリングであるそれは、

今日の戦利品、即ち2月14日のヴァレンタイン・ギフトを2人それぞれに持ち寄ったもののひとつだ。

 

噛み砕けば味は――――当然だが、甘い。

 

 

 

「・・・・・・それに何や癇に障るから、その語尾上がりのギャル言葉やめ」

「へ」

 

 

 

意図が解らずその前髪をさらり傾ければ、バーテン役の男の黒瞳と栗色をした瞳が克ち合う。

苦虫を噛み潰したようなそれに思わず笑ってしまったのは、仕方のないことだろう。

 

笑った彼に、溜め息をひとつ吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなんオレはおまえに教えた覚えあらへんし――――ったく、ホンマにいつも何処からそない言葉遣い覚えてくるんや」

「つうか、教えられなくてもフツーに大学の同級とか遣ってるだろ」

 

 

 

だいいちおまえオレの母親じゃねえし、

気にも留めず息をするのと同じタイミングで呟いた言葉は、シンクでグラスを洗っていた男の手を止める。

 

 

 

 

 

 

 

顔を上げれば――――外されない視線に内心少しだけ怯んだ。

 

一瞬、静寂が空気を支配する。

室内に溢れ返る甘い匂いをまるで揶揄するように、シャボンがゆらり視界にくゆってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――ウルサイ口は塞ぎたなるんやけど、」

「・・・・・・・・・なに、御無沙汰じゃん。襲ってくれんの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カウンターに坐る客は、けれどその剣呑な眼差しを受け止め艶かしく笑むと口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

不敵な客の名前は、工藤新一。

 

 

 

アルコールが廻って猶、自分を見上げて来る綺麗な相貌は計算し尽くされてタチが悪いことこの上ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラスの傍らでチェリーで出来たピールのしっぽを摘んで、服部平次は溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

此処は、工藤邸のワインセラーだ。

 

 

いつも適温に保たれている地階にあるそこには、

キャビネットの脇に、新一の両親の趣味なのだろう本格的なカウンター・セットがしつらえられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

最初こそ、2人が両手一杯に抱えていた筈のとりどりのラッピングは

いつの間にかここでぐだぐだにクダを巻いている酔っ払いに、そのリボンやらパッケージやら贈り主を確認する暇もなく解かれてしまった。

 

元来が思うように行動する性格の、新一。

 

 

 

 

 

その残骸は放ったらかしで、

ボトルを取りにゆくワイン倉庫にも、春先のハナビラを踏んだ靴跡のようにそれはそこかしこに散っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからだろうか、あの妖艶に笑む唇が靭やかな指先がつけてゆく痕跡はいつも――――――――・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・いったい、どこをどうしたらこない痕がつくんねや」

「ん・・・、なに?」

 

 

 

 

 

 

真夜中。

空調の保たれた室内とは言え、低温であるそこは或る程度冷え込んでいる。

 

 

余韻にだろうか、耳に聴こえたのは少しだけ掠れた新一の――――こえ。

 

 

 

 

カウンターに置かれたショートグラスに映る自分の浅黒い肩口を見て、平次は苦笑を洩らす。

磨き上げられたソレからは、まるで芽吹いた彩りを地面に散らした華片のようなシルシが皮膚上に残る様が視て取れる。

 

 

執拗なのは、自分だけなのだとこれまで思っていたのだが。

過ごした濃密な時間を証明するみたいに掻き揚げた黒褐色の前髪は、軽く汗に湿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一呼吸を、置く。

振り返った背後には――――――――彼。

 

 

 

 

 

 

「――――――・・・工藤、おまえわざとじゃないやろな?」

「なにが、」

 

「何がって・・・」

 

 

 

 

 

 

未だ焦点の絞りきれないチョコレートを刷いたような色の双眸。

それに見詰められ、少しだけ言い淀んだ。

 

いつもは明瞭極まりない平次だが、こればかりは問うてみるのも気が引ける。潤んだままの瞳に絆される。

 

 

 

 

これはどうにも――――遠慮というヤツだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。キスマーク?」

 

口をもごもごさせていると、目の前の鎖骨から続く肩のラインを視線で追った新一が気付いて小さく微笑う。

服の上から思うより、遥かに滑らかな稜線を見せる平次の肩口にけれど何なく収まるこのカラダの薄さを知っている。

 

そこにキスするのは気持ち好くて―――――――好きだとさえ、思う。

 

 

 

 

 

 

 

「って、コレ・・・」

「もちろんわざとに決まってんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

色が黒くてもけっこう解るもんだよな、そう言うとソファに上体を起こし大きく伸びをする。

 

ちいさな溜め息が聴こえた、ような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「それより、さ。オレ、もう少し飲みたいんだけど――――――――?」

 

 

視線を独り占めするのは、慣れている。

この容姿の所為だ。

 

類に洩れず、こちらを見詰めていた男にとびきり綺麗な笑顔を見せれば、こくり喉元が上下するのが分かった。

 

 

 

 

それは勿論、この言葉に否と言わせない為の駆け引きなのだけれど。

 

 

処世を互いに愉しんでいるのもこの現とは縁遠い関係が続く、一粒の理由なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・いま作ったる。すぐ出来るからそこで待っとき」

「あれ、もう酔っ払いって言わないんだ」

 

「いつものことやろ。セックスすれば醒める程度のクセに何ゆうとる、この確信犯―――――カヴァリエリでええか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言いながら、平次が冷蔵庫を開ける。

いちおう中身を検分すると、指先が器用にひるがえり棚に並んでいたイチゴをひとつふたつ摘んで新一の口に放り込む。

 

 

カヴァリエリは、よく冷えた苺とチョコレートをブレンドするので有名なカクテルだ。

 

 

 

 

 

 

「ん。・・・・・・あ、それと」

「こっちに使うカカオ・リキュールは、ベルギー王室御用達やなくてバーテン専用“Mozart”のがええんやろ?」

「・・・正解」

 

 

 

 

 

 

リキュールは甘いほうがいい。

特に、この日は。

 

 

 

こちらを見て、平次が笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「工藤やてシェイク巧いんやから、いつかオレにも御馳走してな?」

 

 

・・・どちらの意味か、とは訊くに聴けなかった。

 

 

理由は。

ちらり見た男が―――笑み、崩れていたからだ。

 

文句も言えないくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――気が向いたらな。」

「ん」

 

目を細めて、シンクに消えるその背中を見る。

生まれつきの褐色をした膚にひかれた肩胛骨のラインをひどく綺麗だと思うのは、つい先刻までその熱を感じていた所為だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・チョコは流石に買えなかったんだよね。」

 

 

ぽつり、薄い口唇が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ。

自分の唇がつけたそれは、

今夜、彼の掌のひらがこの骨ばかりのカラダを辿ったのと同じ順序で愛おしく色づき―――所有を主張していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菓子や化粧函が散乱した、雑多な大理石。

やがて、そこにありふれたリネン布が拡げられ、置かれたコリンズグラスにコーラル色をした液体が注がれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口に含めば、カウンター越しに笑んだ唇が触れてきた。

 

 

眸を閉じて――――甘さが喉を通る感覚に、酔う。

ただひたすら。

 

 

 

 

Fin.

St.V.D.mid night story, 08.09.2006.re-writing*