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僕の罪

[Candy : side-story.002nd]

 

 

 

 

 

月の墜ちた夜は、

部屋中の明かりを消して廻る悪戯な悪魔がでる。

 

 

 

綺麗なのは貌だけで。

口は滅法悪い、

さながら墜天使みたいな外見をもつ靭やかに振る舞う、気紛れなデヴィル。

契約を結んだら、腕を延ばしてくれるけれど。

 

生命と引き換えだから、

御願いは其処で叶えておかないとお終いなのかも知れない。

 

 

彼、は。

晴れた夜にしか出没しない、

我儘な存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うわ。此処までびしょ濡れやん」

 

 

 

 

ひたひたに水の痕跡が、

廊下まで延びる。

自分のマンションにあるリビングの扉を星灯りだけを頼りにキィを廻すと、

平次は

其処から続く不自然な水滴の塊を目にして額を覆った。

 

 

 

「工藤?」

 

 

 

先刻までソファのうえで小説を繰っていた彼の名前を。

呼ぶ。

 

まるでいのちを継ぐ呼吸をするみたいに其の名を口唇へと載せる平次の声を、

何時か当人が何気なしに好きだといった。

渇いた感じのするキスも、

指先でくちびるを触れると潤いを与えてやれるから、存在を乞われているようで嬉しいと。

 

 

 

それから。

もうひとつ、だけ。

 

 

 

「くどー。工藤、何処いったん?」

 

 

 

平次に名前を、名字を呼ばれ耳にすることが

気持ちが好い、と。

滅多に他人を持ちあげるような感情をあらわさない彼のいうことだったから、

無性に嬉しくなって

死ぬまで覚えていてやろう、と決めていた。

 

ぺたぺたと、

ジーンズの裾から覗く裸足のまま木目の床を歩き廻る。

 

 

 

 

 

 

「・・・・遺留品や。ていうか、犯人は何処やねん」

 

 

 

 

 

 

彼が華奢な骨格に包まれたカラダを投げだしていた羊毛の長いソファには、

少しだけ、

体温が残っていた。

それから、読み掛けのお気に入りの新鋭小説家のハードカバーには栞が無造作に挟まれ。

手にしたストールが、

乾いたおとをたてて褐色の腕から流れ落ちる。

 

 

月のない、夜。

 

 

平次の部屋にいるときだけ、

新一は、

何時も子供みたいに家中の光源を自ずからの指先で引き金をひき、閉じ込めて歩く。

 

 

 

 

 

「・・・まるで停電やな」

口端を引きあげて、ゆうるりと歪める。

 

 

 

「みつけておしおきせな。初雪降る、ゆうとるのにあの悪魔は暗闇も怖ないんかい」

 

 

とても。

らしい、とはおもうけれど。

 

この冷え込む空間に、

夜目まで絶たれてしまったら、酷く不安に陥ることも時間の問題だ。

外には、凍てつく空気。

ぱらぱらと、星の降り落ちてくるような。

冬のはじめの夜。

 

 

此方からの降参を、誘っているのだろか?

 

 

確かに、喧嘩の前戯のようなじゃれ合いはした。

けれど、どちらも悪い。

言い合うことでヘコむような付き合いはしていないし、

先方の

時折、自分だけへみせる

子供をおもわせる支離滅裂な思考や行動は、

いまにはじまったことではないうえ、末期なことに気に入ってしまっている。

 

 

 

「ふん・・・」

ぱさり、と前髪を長い指先を以って掻き揚げ。

 

 

 

 

 

「挑戦したろやないか」

 

 

 

 

 

平次が、笑った。

冷えた空気に、髪の触れた手先が氷のようにひりひりと。

 

痛む。

 

 

 

 

真っ暗い闇のなか、

右指の腹へと床に付着した飛沫を拾いあげる仕種で少しづつ辿っていく。

 

「?」

 

何かのときに似ているな、とおもい思考を巡らせながら廊下を進むと、

微かに

水音のする部屋へと行き着いた。

 

 

 

Bath-room

 

 

曇り硝子の向こうで、

水と水の触れ合うキレイなおとが反響している。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・コラ。工藤」

「はっとり」

 

 

 

 

 

 

 

躊躇いなく、扉を開けると。

 

窓の隙間から洩れる幾多の星の瞬きの下で、

新一が平次の貌をまるで子供みたいに見上げてきて、じっと双眸を見詰めた。

 

 

 

「へぇ。みつけてくれて、ありがと」

 

 

 

悪戯気に口許を歪めて、

薄い薄いブランデー色の瞳で笑った。

骨張る背中を浴槽へと凭れ、タイルのうえへと腰掛けた華奢な姿態が、

ゆらゆらと冷気の舞うシャボンのなかで。

 

 

微妙に、歪む。

 

 

「・・・何やっとるの?」

「見て判んねぇ?」

 

笑って。

 

 

 

「・・・・――――シャボン玉遊び。」

 

 

 

いいながら造りの細やかな手許に置いたストローから、

七色の珠をまた造詣し。

 

フ、と吹きあげた。

 

 

 

 

「部屋中の電気消して?」

「今夜、月ないだろ。だからささやかな、星祭り」

 

 

 

 

嘯く。

冬の大気に冷えた唇は、悪戯な笑いに歪められる。

 

「ふぅん」

「何、」

 

言葉とともに手を掛けていた曇り硝子を閉じて、

バスへと入り込んだ。

 

 

 

「風呂場水浸しにしといてよくいうわ。工藤、わざとオレの目に付く処に足跡残しとるし」

 

 

 

至極尤もなウソをさらりと口にする新一のまえへと、

双眸を向け。

見下ろすような視線で。

 

 

「みつけて欲しい。いう、SOSなら素直にだしぃ?」

「・・・自信家だな」

 

 

ク。と輪郭の細やかな顎を腰を屈ませ心持ち持ちあげると、

平次の視線を真っ直ぐに見据えて、

新一が何事かをいいたげに小さく唇を開いた。

 

互いに絡んだ視線で甘やかに、呼吸が止まり。

そして、吐息に誘われるように、

平次から触れるだけの。

 

 

 

 

キス。

 

 

 

「・・・・・当たり前、やろ?」

「何で」

 

 

 

おでこへとそのまま唇を落としながら、

新一の腕から

シャボンの瓶と石鹸の泡を、指先でゆるりと辿り取る。

 

 

 

彼の皮膚は、酷く冷たかった。

 

 

 

 

「工藤の声、どれくらいオレが好きか知っとるやん。自分」

「・・・・啼き声は好き、とかいってたのだけ、」

「・・・・意地悪いで。その記憶力」

 

「てめぇもな」

 

 

 

 

星灯りを頼りにそのライトを点けようと腕を延ばすと、

シャツの裾を引いて止められた。

 

 

 

「何、工藤?」

 

 

 

振り返り、疑問を呈する平次の瞳に、

背にある浴槽を、顎で示し。

月光のない、

高い位置に配された窓から夜空の映り込む水面へと手頚まで浸して呟く声が。

 

 

 

 

 

「・・・・華、が」

「あ。」

 

 

 

 

 

さながら水葬のようにとりどりのガーベラを浮かべて、

青白いその素肌に溶け込んでいた事実に、

眼を奪われた。

 

 

「月、やなくてこの空の夜で花見したかったんか・・・・」

「今年の春は、あまり出歩かなかっただろ」

 

 

新一の台詞に、

記憶がおもいあたる。

 

そういえば、最近体調を崩しがちで、

元々出たがりではない新一がサクラの季節にはベッドから離れることができなかった。

窓からみるのは詰まらない、と零していたから

来年を楽しみにしているのかとばかり、考えていたのに。

 

 

 

「な?」

手を取り、平次の意を得たとばかりに微笑む。

 

 

「けど、悪戯すんのも大概にせぇ? 雪降る、いうてたのに風邪ひいたらどないするねん」

「おまえ何とかだから風邪なんてひかねぇだろ?」

「阿呆。風邪ひく、いうのたのは工藤のことや」

 

「オレ?」

 

 

 

「咳き込むのもまだひいてへんねから・・・」

「大丈夫だよ」

 

 

もういちど笑って、其のコトバを止めた。

くちびるのうえへと、

爪先の長い、整った指先を充てて。

 

内緒話のように。

 

 

 

 

「オレ、そんなにヤワにできてねぇし。またおまえん家で星遊びして、そしたら怒ってくれよ?」

「工藤?」

 

 

遺言のような、台詞に。

だが新一は音もなくタイル上へと跪いた平次の頬へと掌のひらを滑らせて、

怜悧な相貌を寄せ、其処へと口付けた。

 

暗い暗い、

星灯りだけにまもられた、冷気だけの漂う部屋で。

じゃれついて、微笑む。

 

 

 

 

 

 

「闇夜の服部みるのも面白そうかな、って」

 

 

 

 

 

 

黒い眸を見上げてガーベラを1本浴槽から取りあげる。

僅かに反らせた喉元には

昨夜、平次が付けたキスの痕が残っていて。

淡い光源の下、

其れが彼の視界に、艶やかに映えた。

 

 

 

「―――――ほんなら、ずっとオレのこと。離さんといてな?」

「考えとくよ」

 

 

 

シャボン玉をつくって、

残滓の滴る生花の華弁を器用にそのなかへと閉じ込める。

 

 

「綺麗だろ?」

 

 

桜よりも陰影のいろが強い華片は新一の爪先に僅かにだけ留まり、

それから外の空気へと誘われ緩く震えた刹那、

ぱちん。と消えた。

 

儚い、夢のような存在。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・でも、工藤は消えんといてな・・・・?」

「なに、・・・」

 

 

 

 

 

 

微笑った平次の浅黒い腕が新一の頚へと延ばされ、

呼吸も吐けないくらいに。

 

肉の殺がれてきた、薄い肩を抱き締めて。

 

 

 

「工藤、」

肩へと額を充て、囁かれる。

 

「オレを残して逝かんといて――――――・・・」

 

 

 

 

 

 

壊れそうに細い細い背中を掻き抱く、

強い抱擁。

 

「・・・・服部」

拡い背を、抱き返して。

 

 

 

けれど、彼へは病魔に冒されつつある体躯の変化は教えない。

死ぬまで。

 

そう、決めて共犯者としての存在を認めたのだから。

 

 

 

 

「・・・バカだな。おまえ」

「く、ど・・・」

 

足元へと置き去られたキレイな瓶を、

指先で這わせ。

 

 

 

 

「このシャボン玉みたいにオレがおまえを残して逝ったら、おまえ壊れちまうだろ?」

何かいい掛けた、

あたたかな口唇を、己の其れで塞いで。

 

 

 

 

 

「・・・・離すなよ。その手から、オレを?」

 

 

 

 

 

洩れる吐息の合間に、

小さく囁いて。

新一は、

継がれようとした平次の言葉までを自己の口腔へと飲み込んだ。

これ以上のコトバは、必要ない。

態度で表情で、

触れさせた指先の熱で、そう伝える。

 

次第に舌の絡み合うキスは、

冷たい皮膚の奥底へと燻った火種へと焔を注ぎ、カラダの疼きを覚えて。

 

 

 

溺れてゆく。

 

 

 

 

 

 

「・・・雪、」

「ん?」

 

「――――・・降ってきた。」

 

 

 

 

 

 

心の痛みを伴いながら息苦しいモノへと変わるのだ。

 

 

触れた傷痕は、

癒されることを望んでいるのに。

嘘吐きな悪魔は、

けれど繰るその言葉で傷付いてばかりいるから、羽根なんて滅茶苦茶なのだと。

そう、おもう。

 

 

 

彼の其れは、他人を守るための。

 

・・・・優しい、ウソ。

 

 

 

 

 

「・・・やっぱ、墜天使か」

「何だよ?」

 

 

 

 

 

綺麗な瞳で平次を睨んだ新一の水とシャボンに濡れた手の甲へとキスをして。

唇で触れて。

ありったけの想いで、肌を感じて。

 

氷みたいな体温に溺れながら、平次は暗闇のなか小さく笑う。

贖罪は、ひとりで充分だ。

 

 

 

 

「・・・・ないしょ」

 

 

 

 

厭きれたように新一が苦笑を零して、

平次の髪を指先で梳いた。

 

 

 

「じゃ、星遊びと雪見。も少し決行な」

「ん。」

 

 

 

抱き締め覗いた細い髪が絡んだ月の匂いのする前髪に、

懐く四足の獣のように、頬を寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、カラダからは。

 

 

此方にも染み付いてしまったほどの。

キャンディの匂い。

 

 

 

 

 

 

Endless track.