眠り姫

[Candy : side-story.003rd]

 

 

 

 

 

雪が、降っていた。

 

 

 

 

昏い空を見上げれば、ドロップにも似た粒子のカケラがぱらぱらと降りおちている。

堅牢な門扉の閂を外し、

手にした煙草は、既に原型を留めない程に短くなり、

馴染んだ褐色の指先から離れて、

何時の頃からか玄関に置いた侭となっている灰皿をまたひとつばかり、薄鼠色の灰で汚す結果となった。

 

 

まるで子供の頃みた、

絵本にある御伽噺のような、夜。

 

 

 

視界には、雪の結晶が光りを帯びて

輝石のように光彩を放つ。

彼、は。

その薄さばかりが印象に残る口許を、ゆるりと引き上げ。

 

 

 

 

 

「・・・・・・積もったら、雪合戦できるな」

 

 

 

 

 

工藤邸の扉を潜り呟いた声は、ちりとした大気に蕩けて殊更に真冬の寒さを増す。

 

吐く息が、白い。

腕に包んだ酒で早く暖まりたいとおもうのは、

彼の極々自然な気持ちからの派生であったと、おもう。

其の侭、聖なる夜の悪戯に遭遇したときの彼奴の瞠目したあとの拗ねたような表情を想像して、

それから、

平次は笑おうとして・・・、失敗した。

 

「・・・・っ」

 

不意に呼吸が、苦しさを伴い。

ク、と厭なおとをたてた咽喉の奥がヒリついたように、呼吸を忘れた。

縋るものを求めるかのように

自分自身の喉笛へと知らず掌のひらを辿らせると、

そろそろ嘘を吐くことに疲れ果ててきた声帯が、甘いけれど針をも含む痛みに限界だと訴え掛ける。

 

 

 

「くど、ぅ」

 

 

 

けれど、まだ。

彼が優しいウソを吐きとおすうちは、自分も知らないのだと。

 

きっと死ぬ迄言葉にはせず、

細い体躯に在る細胞が崩れてゆく恐怖に必死で堪えている姿から眼を逸らすことだけはしない、と決めて。

平次も、また一人で苦しむ覚悟をし。

ひとつひとつの交わす会話を、変わる彼の表情を。

触れた指先の切ない程の熱を、

ココロへと刻み込み、忘れ得ないようにしようと自分の胸へと誓約をたてた。

 

 

他の誰でもない、自分自身のために。

新一は、

彼のためにという言葉や、派生する行動を平次から頑なに断ち切ろうとしたから。

 

 

 

 

 

蔦の絡みつく洋館には、

恋をした王子のキスで魔法が途切れることを待ち焦がれている、眠り姫。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・また寝てたんか」

「はっとり」

 

 

 

 

 

 

 

暗い室内の照明を手探りだけで点けると、

刹那の光りに瞳が灼けてゆく。

薄い色素の彼の双眸では、余計に感覚が戻ることに時間が掛かるのだとおもうのだけれど。

 

 

 

「最近、眠ってばかりやな」

「・・・いま、何時?」

 

 

 

華奢な腕を以ち額へと掛かる髪を掻き揚げた声が、現在時刻を訊く。

平次の其れ拠りも大きくて、

些か猫みたいな瞳を眇めて、雪に濡れたダッフルを脱いだ長身の姿態を視界へと留めると、

新一は俯いた貌は其の侭に

皺の多くなったベッド上へとカラダを起こした。

 

 

 

「あと10分で、イヴ終わるで。折角工藤とお祝いしようて、酒買ってきたのやけど。飲めるか?」

「ん。だいじょぶ。おまえこそ、女の子とのデートとかねぇの?」

 

 

 

真顔で、訊いてくる。

漸く見上げたキレイないろを湛える黒瞳は、本気であるのか揶揄であるのか。

酷く、理解し難い。

 

 

「阿呆。オレには工藤だけや」

「・・・・ま、そういうことにしといてもいいけど」

 

 

小さく笑い、裸足で寝起きの体躯を支えようとベッドから抜け出す。

だけれど。

 

 

 

「・・・・、痛・・っ」

浅く息を吐こうと気持ちを緩めた途端、

喉元から、咳が洩れる。

背中を震わせて堪える新一へと駆け寄り腰を折り背骨に沿い肩胛骨の辺りを擦ってやると、

頼りなげな視線が、

平次の貌をそろそろと見上げる。

 

誘うような、艶やかさを帯びた双眸は。

無意識なのだろうか。

 

 

 

 

「――――――咳き込むの、まだ取れへんねな」

「・・・・今月の風邪が抜けねぇだけだよ。それから、偏頭痛」

 

 

 

 

そういい、至極諦めたように平次に抱かれた新一の口唇から、熱い吐息が吐きだされた。

また、咳が零れ落ちてゆく。

まるで、今夜の雪降りへと呼応するかのように。

 

 

「雪もな、降ってきたで。この勢いだと、積もるんちゃうか?」

「寒いの、めちゃめちゃ嫌いなんだけど」

「偏頭痛は、寒いと益々酷くなるかもな。何か、あったかい饂飩でもつくったろか?」

 

 

今日には不似合いだけどな、と微笑った青白く細いカラダは、

いつからか閉じ忘れた

窓からみえる雪降りに視線を移し、

それから、耳朶へとちいさなちいさなキスを熱い口唇でそっと捺した。

 

存在の、証し。

熱が、まだあるのだろうか。

 

 

 

「なぁ。おまえ、これから空までいって雪の詰まったサンタの袋、奪取とかしてこねぇ?」

「は?」

 

 

 

平次の答えに、クスクスと新一が笑う。

セーターの拡い肩口へと鼻頭を押し付けた侭、苦笑に薄い肉付きの肩が震えて平次の腕を途惑わせる。

編み目の粗い触れた先にある糸を手繰るように、

細く整った爪先を引っ掛けて。

 

 

あまりに、

その際の表情が彼の琴線に触れ、可愛かったのだろう。

 

 

 

 

 

「冗談だって。おまえでも、そんなカオするんだな」

「オレにとっては、工藤の考えてることのがよっぽど不可思議な存在やで?」

 

「そうか?」

 

 

 

 

 

花が綻ぶ瞬間のように、笑い。

濡れた瞳を閉じて。

 

 

 

「・・・こら、工藤」

「次の気紛れは何時になるのかわかんねぇぜ?」

 

 

 

怜悧な貌を寄せて、

キスをする。

 

そしてふわりと互いの体躯拠り仄かに漂う、煙草の残り香。

もう、何方が共犯者であるのか、

なんて忘れてしまうほど。

 

 

 

「・・・・おまえの煙草の匂い、オレ好きなんだよな」

「なに?」

口惜しいけど、といって、

新一がやわらかにけれど儚さげに相好を崩す。

 

 

「だから、オレのため。とか必要ない遠慮はしなくていいぜ。欲しくなったら、オレもおまえにきちんというから」

「・・・・欲しくなったら?」

「何、おまえ、オレがそんなこと考えない人間だとかおもってる訳じゃないだろ?」

 

 

浅黒い首筋へと唇とは裏腹に冷たい腕を延ばして、

皮膚を触れさせた。

ベッドのスプリングが、きしりと軋むおとをたてて蝸牛から続く鼓膜を震わせる。

ひう、と窓の外で風が鳴る。

 

叩き付けられる気持ちに、何時も誠実でありたいと願うのは、

言葉にこそしないが御互い様なのだろう。

 

 

 

「・・・乾杯、しようぜ」

「ええのん?」

 

 

 

緋色の液体の注がれたグラスを手にし綺麗に笑う新一の、嘘。

 

 

痩せていくカラダを蝕む病気は、

平次に知らされることは一度もなく、残った日々を過ごそうと静かにおともなく陸へとでた魚のように溺れている。

冷たい水を離れ、

焦がれる内臓は既に灼け爛れているかも知れない。

 

だが、涼やかな表情をして、

彼はキレイに笑う。

 

 

 

いつもいつも。

 

 

 

心の隙間を補い合えるパーツを所持し得るのは、

御互い、唯一であるのに。

 

 

 

 

 

 

「・・・・そして、約束だ」

「・・・・工藤?」

 

「――――――・・嘘は吐いてもいいけど、オレはおまえを裏切ることだけは絶対にしない。」

 

 

 

 

 

 

からん。と硝子の透明なおとを発し、フルートグラスに浮かぶ葡萄の濁りが揺れた。

双眸がふいに合い。

 

 

 

「・・・嫌か? 服部」

 

 

 

勝ち誇ったような妖艶さに。

平次がシニカルに口角を引き上げて首を振り、耳元でそっと囁きを継ないだ。

 

 

新一が、笑む。

 

 

 

 

好き過ぎて。

 

相手を傷付けない為の嘘を吐かなくてはならないことも、あるんだな。

何時か新一がそう呟いて、

瞳を閉じ眠りへとおちたことが、ある。

何の事件を解決したあとだったのかは、もう昔のことすぎて忘れてしまっているのだけれど。

 

あまり言葉で想いを語らない彼の本心だから、

そのときは酷く心に響いて、何故だろう溢れだす涙が止まらなくなった。

その平次のアタマを、

新一の細い指がくしゃりと撫でて、見上げるとみたこともないくらい優しい笑い顔が此方をみていた。

あんなに優しく笑みを零せるなんて、

はじめて知った。

 

 

 

なのに。

何故、このような現実を運命とさせられてしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・――――工藤。でもオレは知らない振りでおまえを騙すから」

 

 

 

 

 

 

 

痛くて身が灼け墜ちていくような疼きを胸の奥底に抱えながら、

この腕のなかで只管に眠る、

碌れのない魂と、

綺麗なキレイなカラダを抱き締めるのだ。

 

 

 

 

「・・・・約束、してくれるか?」

 

 

 

 

王子には、なれそうもないけれど。

 

蔦に覆われた館でウソを吐く、胸の痛みに自己を傷付けてゆく彼の優しさをせめて拭い去ってやりたいと願う。

永劫の誓いとして、

降誕祭の真夜中に、腕のなかで眠る彼の指先と、

延ばした指先を

そっと絡めてちいさな約束をする。

 

 

 

 

誰も知ることのない、誓約と接吻を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、風が舞い空を凪いだ。

真っ白な雪が、降り頻り地上界を埋め尽くしてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

Endless track.