Love Letter

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・なんだよ、連絡してから来いっていつも言ってんだろ」

「ラブレター届けに来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にこり目の前で惜しげもなく曝されたのは、満面の笑み。

 

 

 

 

文句を言おうと口を開けば、

延ばした腕をもち冷たい人差し指を唇へ充て笑んだ男に、制止された。

何かに餓えているのか、

新一の唇は、いつも酷く渇いている。

 

見上げれば、

グレイの空を翳める雪が音もなく降りおちる。

 

 

そこは、

音のない世界。

 

 

 

 

「な、家いれて。工藤」

「――――玄関。鍵、閉めて来いよ」

「ん」

 

 

 

 

それは、合図であり傍らではきっかけだ。

 

 

理由なんて存在しない。

逢うたびに交わして、耳にする言葉はただ2人の間のみに存在するであろう、

互いを諾とする

封印を解く鍵であるにただ過ぎない。

 

 

その『声』のかたちは、

聞くたび心におちるたび泣きたいほどに儚いことも。ままあるけれど。

 

 

 

 

 

 

 

ふと吐いた溜め息が。

 

 

まるで、あいつに逢うたび胸の内で洩らす吐息に似ているなんて。

どうして気付いてしまったのだろう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

冬の日。

小雪の降る中、いつまでも鳴り止まない工藤邸のインターフォンはよく響く。

 

 

 

 

 

「はいはい。っせーな」

 

 

 

 

 

昨日の朝、はじめての雪が降った。

今日からは12月。

 

 

 

 

 

 

( ・・・・依頼がなきゃ、することもねぇし。

 

 

 

 

 

 

極月とも言われる年の瀬の寒さ。

窓を開ければ、

驚くほど世界が違った。

 

 

身を竦めてスケジュール帳を開けば折りしも学校は休講で、

傍らの長椅子にある膝掛けを引っ掴むと、

居留守を決め込んだ新一は、父親の書斎でそれを纏い心ゆくまで読書に耽ることにした。

 

 

ここ数日、彼が拘わるような事件もない。

携帯も手持ち無沙汰だ。

 

 

 

 

それは重畳なことではあるが、

故に、めっきり日常生活を除いた場で外出の機会が減ってしまった。

 

 

 

 

誰に言われずとも、

かなりの寒がりだと自覚している。

 

 

 

 

粉雪が舞い、窓の外へできてゆく銀色の道を見ることさえ終いには億劫に思えて、

ひたすら休日を空想世界に没頭していれば、

その幸福の時間を

一瞬にして破った来訪者は、

通されたキッチンの椅子で、屈託もなく笑う。

 

 

 

取り敢えず訊いてみた。

 

 

 

 

 

「おまえ、学校は?」

「昨日から雪降っとるし、これなら電車も止まったまんまやろ、ってことで今日は自主休講や」

「・・・・・は。どこかの王様の歌かよ・・・・・」

「へえ。音楽に造詣あらへん工藤でもそれは知っとるんやな」

「突っ込むのはそこかよ」

「せやかて、どうせ書斎あたりに閉じ篭っとったんは顔見れば分かるしな」

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

 

新一は絶句する。

手を添えたケトルは、覗き込んだ平次の浅黒い腕に取って替わられた。

 

「珈琲淹れるんやろ。貸し」

「・・・・」

 

旨いのを淹れようとしていたのに。

どうしたって、

この男のほうが台所仕事や家事全般に長けている。

 

 

 

それが、悔しい。

 

 

 

「―――なんで」

「正解やろ」

平次は淡々としていた。

茶器を揃え、慣れた手つきでフィルターを取り出してゆく。

 

 

 

 

 

「だから、なんで見てもいないのに解るんだ・・・?」

「そんなん何年付き合うとる思うてるんや。工藤が寝てません、いう表情しとる時は大抵本の虫やな」

「・・・・・・うたは」

「は?」

「歌。オレはおまえに音楽苦手だって言ったことない」

 

 

「・・・それこそ、オレの前で鼻歌も口ずさんだことないなんぞ言わないやろな」

 

 

 

 

 

言葉とともに、平次は口角を上げる。

いつにない食いつきがおかしくて―――可愛いかった。

その瞳が。

寄せられた柳眉が、堪らなく。

 

 

 

「――――・・・歌うのは、できるんだよ。オタマジャクシだって常識的には読めるし。」

「ピアノも弾けるんやったな。そしたら、苦手なのは符線と同じに歌うのだけか」

「・・・あまりにも優秀だから神様がくれたんだよ」

「他のことがか」

「そう、だから嫉妬して」

 

 

かなり乱暴、というか滅茶苦茶な言い分だ。

思うのはいいけれど、

どうやら神様は、この自信家な性格まで視野に入れることは忘れたらしい。

 

怠慢だ。

平次はそっと息を吐く。

 

 

 

 

 

「・・・・・・オレは工藤が愛されるようにだと思うけど」

「え?」

新一が振り返った。

だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部出来る人間なんて面白ないやん。せやから、オレは神様が工藤のこと考えて歌えない鳥にしてくれたんや思うとる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・背負わされるのなんておまえだけでたくさんだ」

やがて、新一が呟く。

だが、その声は沸騰した湯の音に掻き消されて平次の耳までは届かない。

 

「ん、なに?」

「―――――・・・何でもない」

「ならええけど」

途端に

まるで飼われた犬みたいに大人しくなった。

 

 

 

 

「それで、この寒空に用件って何だよ」

 

訊かれて笑う。

 

「届け物、かな」

「・・・・へえ。誰への」

「工藤の」

「オレに、なにを届けるって?」

 

「なんで此処まできて問答せなあかんのや。何遍も言わすなや、せやからラブレター言うとるやん」

 

 

 

 

思い切り相貌を顰めた平次がテーブルに珈琲を出す。

出来立てのキリマンジャロだ。

濃厚な馨りが、

天井へ立ち昇ってゆく。

 

 

 

 

 

「それっておまえから?」

「目の前におまえおるのに、オレはそない廻りくどくて面倒臭いことせえへんし」

「――――だよな」

 

 

「せやろ」

 

 

 

 

 

翳したのは、淡い桃色にそまった洋封筒がひとつ。

聞けば、訪ねてみれば工藤邸の郵便受けまで続くアプローチに落ちていたらしい。

切手は

貼られていなかった。

 

この思いがけない雪降りで、

差出人とともに、手紙さえも舞った北風に足を取られたのかも知れない。

 

 

 

 

「そりゃ悪かったな」

「工藤へのラブレターは日常茶飯事やろ。オレは序でにおつかいの真似事しただけやし」

「序で、」

そのまま繰り返して疑問を伝えれば、

ああ、と頷き男は笑った。

 

「おまえん家に、これ届けよう思てバイクで首都高制限ぎりで―――飛ばしたな、そう言えば」

 

 

 

平次が皮ジャケットの下に着たパーカのフードから取り出したそこには、

掌のひらに、

ちいさな雪だるまが載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ラブレターね」

「ん、冬に告白するにはぴったりの使者や思わへん?」

平次が笑う。

「・・・・・・それで、服部」

「――へ。」

 

 

次に笑んだのは新一だ。

それは綺麗に。

 

 

 

 

 

 

「オレはこれを受け取ったらいいと思うか?」

「・・・工藤はどうしたい?」

 

 

 

 

 

 

囁く声が、急激に低く甘いものへと変わる。

 

神様からのラブ・レターは、

生まれたとき、もう、

囀ることのできない鳥と同じに貰ってしまったからどうすることもできないけれど。

いまは拒むこともできる。

 

 

 

口説かれることも、できる。

 

 

 

それはすべて、自分の意志ひとつで世界が切り替わる。

慾はいとも簡単に満たされると言うのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――・・・服部。まだ寒いから」

「キスであっためろ、やろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルに置かれた珈琲と傍らにある雪の精を挟んで、降りてくる影に瞳を閉じた。

触れる唇は、

次第に熱を帯びてゆく。

 

 

 

頬も、指先もしなやかな背もその最後にある爪先までが。

 

すべて。泣きたいくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の本気を知った頃、てのひらに載るほどの雪だるまは消えていた。

 

その恋文は、いまではただの水たまりだけれど。

確実に想いの残滓を辿らせる。

 

 

 

 

 

 

 

それは鏡で見た、首筋に残る痕跡に―――よく似ていた。

 

 

 

 

Fin.

2005.12.12upsaku-ya* a 5th anniversary.