★マニエラ★

 

 

 

 

 

「どこまでいくんや」

「さあ」

「・・・公園?」

「はずれ。それに、公園ならさっきの角を右真っ直ぐだろ」

「ほんなら、本屋か?」

 

「―――――今日は欲しい新刊はないかな」

 

 

 掴んでいた先をゆく彼の、ダッフルの裾を指先でそろり引く。

 道端の真ん中で立ち止まり、此方を振り返る初秋にも涼やかで

澄ました貌は、同行者の散歩に連れられた犬宜敷くの嬉しげな笑

顔と克ち合い、何事か云いだげに顎を少しばかり、つと上げた。

「何、行き先が分からないと不安?」

「工藤と一緒なら大歓迎や」

「そ」

 微妙なニュアンスで答えた。

けれど彼の瞳には探るような、視線。 

目の高さひとつぶん背丈のある、目の前の男を見上げると同時

に天高い青空が背景に映えて、咽喉の奥がひりと痛む。

寒空の下、佇む姿は絶な妙と存在感のきらいがある。

1枚のフレームに収まった、まるで写真の様で。

 

 ・・・暫し眺めていると、その写真が腕を延ばし髪へと触れた。

 瞬く間に浅黒い指先に馴染んだ薄い色合いの黒髪は、ごく仄か

な柑橘系のシャンプーの匂いがした。

 

 

「・・・・図書館?」

「まだ続くのかよ」

「せやかて、教えてくれへん工藤も悪いやろ。も少し付き合うたって」

「・・・で?」

「・・・・・・駅前の、紅茶屋とか?」

「それは、帰り」

 厭きれてみても、にこり笑い尋ねられると、共鳴する言葉が喉

元から洩れる。言葉にするのなら、遊びを楽しむほうがいい。

 同調、ではなく音を引き掏り出される感覚だ。

 他人に同調したことなど、記憶に甚だしくゲージがない。

「そしたら、」

 漸く、遊ぶ会話の浮遊が止んだ。

 上目遣いに軽く口唇を開き、彼を見て。

「・・・そしたら、何」

 重ねて問う声は成可く抑揚を効かせ、然し艶然と笑んだ。

 


「――――――そしたら、ひとくち欲しいんやけど」


 

 喉の奥に留めていたコトバが、転がり出た。

 ともない、新作のダッフルの裾を持つ、長く浅黒い指が俄かに緩く身動ぐ。

 相貌を仰ぐと、苦笑の傍らに視界には一面の青。

「いいけど。―――スコーンとか?」

「それもええけど」

益々皺を刻まれた麻を確かめ、苦い笑いを湛える男の頬へと腕

を延ばす。かさついた皮膚の上で拡げると、ダッフルを掴んでい

た掌が重ねられるように甲を這った。

「・・・・じゃあ、何?」

 勢い感じた外の寒さに、残された掌が上着のポケットを彷徨う。

快楽の糸を断ち切ろうと、もどかしくダッフルの中に触れる。

 

「ほんと、少しだけでええねんけど」

「・・・オレにできることなら、って云う注釈が付くけど」

 誘われるまま、彼を見上げて。

そのまま強請る口に降りた親指が触れると、離す間もなく歯で咬まれた。

「・・っ」

「・・・手。早よう紅茶屋入らんと冷たなっとるし」

 意地悪気に笑い、耳元で殊更に囁く。

 ウラのあるコトバが鼓膜を震わせ、

脊椎よりの甘い痺れを感じると、麻のポケットから延びた肩が小さく跳ねた。

「――――で、ご注文は?」

 溜め息とも、吐息ともつかぬ呼吸が先を促す。

途端、少しの重量を探る上衣の指先に感じ、ゆるり新一の唇が、

引き上げられた。

 

 演じながらも。

残る、仄かな知る愉悦を、辿り尽くすように。

 

 

 

「 工藤 」

 

 

 

 ひとくち、と云う慾の対象に。

意地悪く、笑い。

 知る声音が、自分の名を満足げに呼んだ。

 

 

 









「はっとり」



 浅黒い相貌の輪郭を辿っていた腕が、音もなく離れる。

そして、答えの代わりに、ポケットに入っていた物体を見上げた貌にある

唇に押し込んだ。綺麗で甘く小さな、星型の菓子。

 ゆると嚥下されてゆく、それは。

 

 散歩の帰りに寄る筈だった。

ダージリンのあめだま、ひとつぶ。

 

 

 

End.