★ ツキミチル ★
「お。空みてみぃ、工藤」
暦の上では、既に真冬だ。
肌を刺すような空気に、
暖炉のまえで暖を取っていると屋根裏から嬉しそうな声が降ってきた。
深い眦には、
炎の醸す、ぱちぱちと灼けるような。
―――――熱。
「寒ぃだろ。おまえこそ、早く其処から降りてこいよ」
「工藤も、偶には星見しようや。今夜は青いシリウスがよぉみえるで」
「やだね」
「そないなつれへんことゆわんと、な?」
浮ついた声に誘われて、
渋々部屋の片隅にある角度の急な階段を昇り、木目の床へと掌をつく。
フローリング迄も、この季節は冷えている。
ひぅ、と呼吸を整えて、
一気にパーカに包まれた細いカラダを浮かせると。
「・・・うわ」
ふわり。
眩しいほどの月光に曝されて、
黄金色の風景が、なだらかな弧を描く相貌にフラッシュバックした。
知らず、
鼓動が跳ね上がるのが分かる。
「・・・まるで、」
新一の喉元から、ちいさな声が洩れる。
これは、
魔法の国、だ。
「ええ眺めやろ」
「・・・あぁ」
相槌を打ちながら、窓辺にいる彼の隣へと跪く。
さり、とジーンズの膝が文句を云った。
音のない世界に、
途端、笑みが洩れて窓へと指先を添える。
「工藤の家ん中、こないな絶好のロケーションあるのに使わんの勿体ないで?」
「空って、こうみえるんだな」
「え?」
平次の黒髪が、
新一の薄いいろの猫っ毛へと触れて、ぱらりと落ちてゆく。
茫と呟かれた言葉に振り返った平次の貌は、
彫りが深い分、
表情の変化が、分かり易い。
ちょっと、だけれど。
気に入っている、と云えば彼奴は付け上がるのだろうか。
「そら」
「・・・・何なん? 工藤」
未だ意を得ずに頚を傾げて新一の怜悧な貌を見上げる、
平次の耳の後ろには
剣道の試合で傷付けられた、という傷痕。
消え掛けの其れが、
降り注ぐ月光に照らされて、一種神々しいものをみているかのようだ。
「いつもは独りきりだから、さ」
誰かと夜空をみれるのが嬉しい、と彼は薄い印象の口唇へと笑みを刻む。
月下の世界で、
見詰め合って視線を取り交わす。
誓約のように、
まるで視線と、指先の熱でSEXをする。
「・・・服部。いまも、言葉が欲しいか?」
永劫という名の言葉が欲しい、と恋という海に溺れるかのように願ったのは、
最初のうちだけだった。
いま、此処に互いの骨まであること。
魂、という存在が。
約束をした訳でもないのに、
還る場所が、
美酒に酩酊感を憶えるように、触れた微熱によって得られるのだと。
気付いた頃には、
まるで夢のような恋は終わりを告げていた。
「・・・いや」
瞠目した平次が、
刹那には瞳を眇めて、ニヤリと口端を吊り上げて。
「・・・――――オレが欲しいのは、工藤という人間丸々一個や」
キレイな部分も、
何かに歪み、削られ欠けている部分をも全部。
「服部」
「こん月みたいに、どんどん欠けていく痛さがあるから、オレはまた触れたいおもうんや」
言葉のない切なさが、
どんなものよりも、心から愛しいとおもう。
恋を失い、
御互いの皮膚と魂の奥底へと残った記憶は、紛れもなく。
絡む視線の、真摯さと。
背中を預けることのできる、熱を纏う体躯の泣きそうなくらいに儚い脆さ。
「ん」
言葉の代わりに、傷の残る耳の裏側へと唇を寄せて。
あたたかさを、得て。
「―――――そして今夜はツキミチル、空だ」
「ツキミチル?」
不思議そうな貌をして、新一の前髪へと手櫛を入れた褐色の指先へと。
長い睫を臥せて、
琥珀の眸を閉じたまま、指先を絡ませる。
普段他人にはみせない、
悪戯な表情におもえたのは、気の所為だったのだろうか?
「言葉、さ。漢字に変換して、漢文読みしてみろよ」
「・・・あ」
「な?」
おともなく双眸を開けると、平次の黒瞳とまた視線が合いキレイに笑う。
「 “満月” 」
意を得た、とばかりに新一が平次の指先へとキスをした。
冷たいくちびるは、
けれど月の下、艶を帯びて青くぬめり、
さらりと離れてゆく。
「キレイ、だろ?」
「うん」
何方が、とおもったが平次は其れを口に出すことはなく、
また夜の空を見上げる。
瞬く幾千万の星のなかに、潮の満ちた月が、ぽっかりとひとつ。
「工藤」
「何?」
隣で佇む影身が、
笑みを湛えて平次を振り返った。
「・・・・キス、してもええ?」
答えも聞かず、チカラを篭めて触れ合わせた白い手頚には、
口付けの痕。
彼は、ひとつだけ
月の光のような表情で微笑を零して。
「・・・―――あの月が満ちている間だけならな」
そっと耳許で言葉が紡がれる、直前に。
何方からともなく瞳を閉じて。
触れた口唇から洩れた吐息に、また月が笑ったようだった。
そらには、二人だけをみている。
満月。
月の雫が夜空へと融けて、雨のように瞬いた。
Fin.