正食



食いあらためること

 

盲腸炎


小学校5年のある日、給食の時間になる前に家に戻ってきた。朝から急に腹部に激痛がはしり次第にその痛みは強くなっていったのだ。
夜になってもおさまることなく、心配した母が市内の内科の往診を頼んだ。後で聞いたところによるとその内科は腹切り間中と陰で言われる手術の得意な医院だった。
「どうしてこんなにひどくなるほどほっておいたんですか」と女医がすぐ入院をうながした。
耳たぶから採血して検査の結果、盲腸の手術と決まった。
父が盲腸の手術をしており、その手術跡を見たことがあったのでまあ、そんなこともあるんだと思いながら、麻酔で昏睡状態になったのを覚えている。
手術後、手術のミスかなにかで問題が発生し、退院が遅れたことと、腹切り間中といううわさとで、医者に対する信頼が薄れたのだった。

腎臓炎


6年になって身体に異常を感じるようになった。めまいや気持ち悪さがおそってきた。父の職場である日本精工の付属病院に通いレントゲン検査などをしたが、さっぱり原因がわからず、小林内科で検査を受けると腎臓病だということになった。
日本精工付属の日精病院には思い出がある。小学校低学年の夏に父が肋膜炎で入院していたのだ。私は見舞いが日課になり、看護婦さんや通院してくる少女と親しくなって淡い恋心を抱いた。病院からの帰り、歩道に落ちていた駄菓子の袋を拾って私が中身を確認したのを見ていた少年二人にこっぴどく馬鹿にされたこともあった。学校では福祉のお金が支給されるようになり、みんなの前で受けとる事もあり、母子家庭を経験できた。その後父は結核と判明して鎌倉の鈴木療養所に長期入院した。母と私は鶏を育て卵を行商したり、畑でとれたものを市場へ売りに行ったりして、家を守っていた。
父は幸い退院して職場復帰を果たしたが、死病と言われた結核である。もし、特効医薬がいきわたる前なら、私は本当に母子家庭になっていただろう。

私の腎臓病は入院はせず、自宅療養ということになり、塩分をおさえた食事を厳格にとった。メニューは納豆、海苔が中心だった。

私が医者を信用できなくなるのも無理はないのである。


父の結核も、私の腎臓病も行きつけの病院では発見されず、病院をかえてわかったのである。ただの風邪ですということで放置され、病状が進行するまでわからなかった。
父はそとずらはいいのだが家庭内では、暴力をふるうことがたびたびあり、母や私は父が入院中は平安であった。小学校卒業後工員となった父は病棟でよく本を読み勉強していた。後に電気技師や、危険物取り扱いの資格などをとる下地になったようだ。

私の腎臓病は中学入学前には一応治癒ということになるのだが、成長期に病に臥せたことは、その後も長期にわたって尾をひくのである。

農家の食事


母は、農家の長女で弟、妹の子守をしながら勉強したが、農繁期には学校へ行けなかった。小学校卒業後は奉公に出され、藤沢の地主の家で家政婦をした。その縁で現在の土地を手に入れることができた。戦中戦後の混乱を体験して、物のないことの厳しさを痛感している。農家であるから、米、芋、野菜などは不自由したことはないというが、砂糖や魚、肉などは大変貴重なものだった。
長男の私にはひもじい思いはさせたくないと、親は食べないでも私に栄養のあるものをたべさせた。

砂糖は薬品


ごはんに砂糖をかけてたべることもあった。
20年ほど前になるが、青森下北半島の恐山でいたこと修行したときのことである。出されるものはことごとく甘い。ごはんにも砂糖がまぶしてある。そういえば、私も子供の頃一時期ごはんに砂糖かけてたべていた。虫歯に悩まされたが、それ以上に口内炎や風邪をひきやすい虚弱体質になっていったのである。風邪をひいたときには、ねぎのきざんだものをのどにまき、咳をおさえ、水あめや蜂蜜で栄養をつけた。
確かに砂糖やブドウ糖は薬品としても使われる。薬品は取りすぎれば副作用があるのはあたりまえ。

 

チョコレート中毒


チョコレートをこずかいで買って食べるようになり、家にあったまんじゅうやようかんをばりばり食べた。ようかん一本を1回で食べるほどになっていった。
砂糖中毒になっていったのである。

風邪をひきやすく、口内炎で腫れた。疲れやすくやる気がでなかった。

砂糖をゼロにしなさい


20代後半になって、健康の大切さを痛感していたところ、佐渡で自然学園を手伝うことになった。九州の竹熊宜孝先生の講演を聴いた。竹熊先生は医者でありながら自身が病気のデパートのようであった。さらには自分の親をも病気で失う。断食をすすめられてやってみて、栄養過多の恐ろしさを知ることになる。なかでも砂糖は病気の元凶であると体得するのである。参加者の質問に「砂糖をゼロにしなさい」と教えた。さっそく私もやってみることにした。

缶飲料には30グラムもの砂糖が含まれている。それを1日に何本も飲んでいた私は、ようかんやチョコレートを食べなくても大量の砂糖を体内にとりこみ続けていたのである。

やめようと努力するが禁断症状に襲われた。

過食嘔吐


夜急に甘いものが食べたくなり、手作りのパン屋へかけこむ、考え抜いた末、身体によさそうなパンを買い、運転しながら食べはじめるが、これはいかんと吐き出すのである。悪いものを食べたときは嘔吐する。幸いなことに子供の頃から嘔吐にはなれていた。カレーや汁物など食べ過ぎたときはよくトイレで吐いていた。

玄米菜食のよさも知ると徹底した正食を始めた。すべて手作りをして食べ、畑を借りて無農薬栽培をはじめた。
1年後にはあれほどほしかった甘いものをまったく欲しなくなった。

甘いものを食べると風邪をひく。鼻水が出る。砂糖の害ははかりしれないのだ。



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