| 私が木材の表面に油絵具を塗る、あるいはガスバーナーで焼くといった極めて
単純な方法の繰り返しによって作品をつくるようになって早十数年になる。それらの作品は概ね一年程度の制作期間を経て完成へと至る。その間、油絵具を塗るという行為はほぼ一週間おきに繰り返され、油絵具の層は一年間で50回程度塗り重ねられることになる。使用しているプルシャンブルーという油絵具の発色は、それが元は青系の絵具であったことを感じさせないまでに深い黒へと変化する。もはや絵具は色彩という虚飾をもぎ取られ、青は黒=闇という現象へと変化する。
こういった方法による一連の作品の中には、一年とか二年とかいった時間のスケールをはるかに越えて制作が持続されるものもある。私はそのような作品群を<
Sinceシリーズ >と呼んでいる。例えば『Since1990』というタイトルの作品は1990年に制作が開始され、現在も制作が持続されていることを示している。これらの作品には形象としての明確な完成像は設定されておらず、通常の美術作品におけるような完成の概念があてはまらない。つまり作品の完成が制作という時間の経過を凍結する一点に集約されるのではなく、繰り返し手を加えられてはカタチづくられ変化し続けるのである。
私は作品制作の方法として、ペインティングナイフを使って木材の表面にプルシャンブルーの油絵具を均質に塗る。それはまるで水が重力に従って高所から低所へと流れるように規則的に行われ、決して私自身が意図的に何かを描くということはしない。「描く」のではなく「塗る」のであって、塗られた場所は「画面」ではなく、あくまでも「表面」である。ただし、その表面は作者の行為が結晶化されたモノであり、発現する表面である。木材の表面に均質に塗られた油絵具は約一週間という時間の経過によってほぼ乾燥する。と同時に上からまた新たな塗りが重ねられる。その行為はある意味では持続的な制作行為であり、またある意味では前段階の塗りを破壊する行為でもある。つまり、創作行為と破壊的行為という二律背反の出来事がひとつの作品上で同時発生的に共存するのである。
考えてみれば、美術における造形行為というものは自然物を本来在る状態から別の状態へと変化させるある種の破壊行為であるとも言える。また、我々はただ単に生きているというだけで、我々以外のあらゆる存在に対して脅威であり続ける運命を背負っている。我々が時間/空間という形式の内に存在し、身体という最も身近な物体の所有者であり、それ自身である限りにおいてこれらのことは絶対的な事実として我々を規定するのである。また、我々はこのような我々自身についての現実を覆い隠すのではなく、常に念頭においておく必要があるだろう。それはある意味で我々が我々の限界を自覚することでもあるが、こういった自己存在への問いかけこそが日常世界の彼方に位置するであろう非日常的な世界への指向性を手にする為の唯一の手段でもある。
我々の日常のこの有限世界が光に満ちあふれた生命のすみかだとすれば、無限世界は永遠の深さをもった暗黒の世界であり、我々には到底知ることのできない世界である。我々が永遠に知り得ないであろうことを指向することが無意味であると判断するか否かは個々の意志に任せるしかないだろう。しかし、存在を証明する根拠は非存在にしか求めることができないという事実と同様に、有限世界をその根底から支えているものは我々には不可知の無限世界に他ならない。そして非存在への指向が存在をより強化するということは紛れもない事実なのである。我々のこの日常世界が我々にとって唯一無二のものであることは我々にとっての真実であろう。しかし、この事実を可能にするためには、唯一無二を実現するためのすべて、つまり無限の可能性を黙殺しなければならない。
いま-ここに-わたしが存在する、という事実は無限の可能性からたまたま現出しえた偶然とも言える一現象に過ぎないのである。
芸術という形式により、人間の手によってつくりだされる作品もまたひとつの存在であることを考えれば、それらが作品として成立するまさにその直前までは無限の可能性を秘めた未発生のナニモノカである。つまり作品とは無限の可能性から現れ出た唯一の存在形式に他ならないのである。このような考え方を前提とした場合、つくり手の判断によるところの作品の完成とは何を意味するのであろか? 量的な差異はあるにせよ、作品とは制作という時間の経過を伴って実現されるものであり、完成とはある種の時間の凍結を意味する。それは終末のイメージであり、そこにあるのは封印されたイメージのオブジェである。私には、作品がたとえ完成という形式をとったとしても永遠への予感を放棄したくはないという願望がある。我々には永遠に知り得ないであろうこと、我々とは明らかに異なった存在形式、もはや存在という概念さえも無効となる世界へ思いをよせること。有限の背後に太虚する無限の世界とは・・・・・
このような問いかけは美術に限らず我々人類すべてが共有する根源的なテーマでもある。
大野浩志(2002年執筆)
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