環境問題のフレーミング
1. 「問題」が反復するとき
様々な問題が反復して起こることがある。例えば、貧困だとか、不平等だとかいう 問題は、昔から問題だ問題だと、社会で騒がれているにもかかわらず、 望まれない問題が反復するということは、その問題が果たして正しい設定をされているのか、 ということ自体に問題があることがある。つまり、問題の設定自体が間違っている可能性がある。
2. 少年とマハティール
少年の一つの論点は、マレーシア国内の格差を問題にしているけれども、マハティールは この点に一切触れてなくて、先進国と途上国の富の格差問題、人口問題に焦点を差し替えて議論を展開。 →枠のつけ方=フレーミングのつけ方が異なっている。
3. フレーミングを問い直した研究
(1) ヒマラヤの不確実性
ヒマラヤで非常に深刻な森林伐採の問題と、洪水の問題。森林伐採の
程度のひどさを測る要素として、
1.「村人がどの程度まきを使っているか」
2.「森林はどの速度で再生しているか」
その2つを元にこれまで多くの人がヒマラヤの森林現象について研究してきた。
1人あたりの薪の消費量の調査では、もっとも保守的な数字と、もっとも高い数字との間に
67倍もの格差が生まれた。持続可能な最高収穫量の推定については150倍もの誤差がみられた。
トンプソンがだした見解は 「もし、森林破壊というものが、言われているほど深刻ではないとしたら、
森林破壊が深刻だと印象付けようとしている人々は一体どういう人たちなのか?」
環境問題を解決しようと、ヒマラヤに乗り込もう助けようとしている人々(援護団体など)
も問題の一部として浮上してくる。
問題があって、それに解決策を考えるというのではなく、解決策が先に目的としてあり、
その解決策を実行するために問題が作られているということも考えられる。
解決からも問題を探すベクトル(矢印)がある。
(2) リーチらによる「ギニアの森林史」
人間居住地の周りに森が生じるということが証明→政府ではなく村人に森林の管理を
任せるのが合理的ではないか。しかし…
→環境問題はしばしば主要な介入者や研究者によって恣意的に操作される。
(3) タイの森林破壊
貧困ゆえの過放牧、非持続的な焼畑、過剰な薪の採取による環境破壊は真実か?
フレーミングの基本パターン
時間と方向のフレーミング:問題のはじまりを定める
- スケールのフレーミング:グローバルな問題か否か
- 解決手段のフレーミング:技術的に解決可能か否か
- 原因のフレーミング:人為的な問題か自然の問題か
フレーミングの浸透力を決める要因
・論点のシンプルさ
・エリートを含む社会の大多数に対して、行動様式の大幅な変更を迫らない
・すでに支配的な価値観に合致する
・吟味されにくく、反証もしにくい
なぜ、このフレーミングの問題に注意しなければいけないかというと、 注意していないと気づかないから。今述べたような要因が存在する場合、フレーミングは かなり気づかれず、存在しつづけることになる。
フレーム分析の意義
- 問題設定そのものの妥当性を吟味することになる。
- 誤った解決方法のフレーミングを感知し、それがなぜ支持されてきたかを分析することができる。
- 問題の定義を問うことで問題の持続や消滅、隠蔽に伴う様々な集団の利害の政治的帰結を予測することができる。
- 問い方を工夫し、新しい問題の切り口を発見することで複雑な問題の一部を手に負えるようにすることができる。