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6人の作家が招かれて2ヶ月あまりの間、彫刻の公開制作が行われる。この催しは隣町の
NPO APPfI が数年前から催している、という記事が朝刊にのっていた。彫刻家の作品の制作過程など見学できるそうである。地方の小さな町に住んでいるものにとって、格調高い時間に少々飢えていたので、その香りでもかげればと朝食もそこそこに出かけることにした。今日も夏の日差しが厳しいが、隣町まで車で30分あまり。
会場は広場のような公園で巨大な石が数個ある。数トン、あるいは十数トンの重量があるような白い御影石は存在感があって、眺めているだけで圧倒される。その石をリフトを使って移動している。あの石の中からどんな容が出てくるのだろうか、直方体の石の中に作家はどのような容を発見し創造するのだろうか。自分が彫るわけでもないのにわくわくして来る。ダビデやピエタもこのような石の中から生まれたのか、奴隷やモーゼも、もとはといえば切出された石の塊であった。そんなことを思うと目の前の石のなかにある容、あるべき容を見てみたい。少年のような気持ちの高まりを覚えて立ち去りがたい。
すっかりミケランジェロの気分になってウロウロしていたら、主催者の方が石彫の教室があると教えてくれた。参加した6人の作家の先生が講師だそうだ。中学生以上はシニアで、わたしは早々にそのクラスに申し込んだ。何でも手出しして、すぐに音をあげるのだが、石の中になにか見出せるか、彫れるか彫れないか、不安や躊躇はあとで考えることにして、1ヶ月あまりの挑戦が始まった。
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7月24日 快晴
今日も朝から30度をこえていて暑い。数日前には関東地方で40度近くを記録し、日本全国が36度前後という。朝9時半から北公園の会場で講座の開校式。主催者から講師の先生の紹介がある。
「石の講座」は先生がお二人で、同級生はわたしを含めて6名あまり。どうやら中学生以上のシニアはわたし独りで、同級生はジュニアの方たちだ。だから同級生は少し若い。永い間受験に失敗して芸大に入学できたような浪人のようで、独り浮き上がったような存在だ。おもわず緊張してしまう。変なおじさんと嫌われないようにと半年振りに散髪をした頭に日差しが暑い。
石は50センチ位の白御影石で3面がピカピカに磨き上げられていて鑿で彫って傷つけるのが勿体ない。左手だけにミトンをはめて、目はゴーグルでおおい、袖の長い服装で長ズボン姿、靴は地下足袋のようなものが理想だそうだが、無いのでズックで間に合わせる。
彫るための道具、鑿やハンマーの種類や使いかたの説明、石を割るためのエアーガン(削岩機のようなもの)の使い方、楔のはめ方、石の割り方をみんなで実習。鑿やハンマーは意外と重い。
そのあとそれぞれが自分の彫るべき石を選ぶのだが、スーパーで魚の大小を選ぶ癖がでて、つい大きな石に目がいく。自重、自重と呟いていたら同級生はわたしの気配を察したのか、一番大きな石をわたしに譲ってくれた。嬉しくなって彫るべき位置にその石を動かそうとしたらビクともしない。先生が見かねたのか、軽々と移動してくれた。なにしろ最近は10キロ以上のお米の袋以上は持ち上げたことがないのだから仕方がない。
12時半まで3時間あまり石にむかうが、石の角の一部を数ミリ程度削った程度で石はいささかも自分の姿を変えない。あるべき姿、自然な姿を変えられることを最初から断固拒否しているようだ。一つの石に数時間も向き合うことは初めてだが、石の硬さ、重さに年代を経た凄みを感じる。
7月25日 快晴
昨日は疲れたのかよく眠れた。帰宅したら日焼けで顔が真っ赤になりひりひりして痛い。顔を洗うと鼻の穴から小さな石の欠片が出てきた。手のひらや足の指の付け根が赤くなって少し痛い。
登校の時間まで少しあるのでロダン、カミュ、ジャコメッティ、朝倉文雄などの写真集などを拡げて見る。昨夜からなにを彫るか、なにを見出すか考えているのだが、乏しい想像力のせいで、いい知恵が浮かばない。抽象的なものにするか、それとも顔や手足など具体的な容にするか決まらない。とにかく、ただひたすら石を彫ることで、容は後から出てくるかもしれない。
今朝、先生に頼んで石を斜めに二つに割ってもらうことにした。直方体の一つを横にして、一つを縦にして変化をつける。横にした石は髪をなびかせた少女を、縦の石は顔を持ち上げた少年に、と夢は膨らむが自信はしぼむ。
佐藤春夫「少年の日」の一節。
君が瞳はつぶらにて
君がこころは知りがたし
君をはなれて唯ひとり
月夜の海に石を投ぐ
大型の電気ドリルで直径1.5cmくらいの穴を3箇所にあける。そこに楔をはめてハンマーで叩く。3箇所を平均して数十回、やっと二つになった。少し彫った部分と割った部分を比べて見ると、割った部分は荒々しくて面白い。暑い、汗が滴る。500ミリのボトル2本を飲み、同量の汗を流す。照りつける日差しは強烈だが、それでも爽快感、充実感がある。だが石は頑としてわたしを寄せ付けようとはしない。
7月31日 風雨
台風10号が四国から広島へと進んでいて、昨夜から風雨が激しい。あさ9時前に車で出かけたが、フロントに雨が叩きつけて2キロほどで家に引き返した。しかしボランテァの方から電話があり、嵐であろうと授業はあるそうで再度出発、遅刻一時間。
実は昨夜からの風雨でひそかに明日は休もうと思っていた。いくら汗を流しても形は見えてこない。白い御影石に歯が立たたず音を上げたというのが真相だ。それに物好きな変なお爺さんのように思えて来て最初の意気込みは失せてしまった。わたしには到底ミケランジェロやロダンの真似はできない。だから今朝目覚めたとき、「お腹が痛いから休みたい」と保護者に訴えたのだが、彼女たちは「いい年をして不登校児になるなんて」と笑われた。その上電話がかかってきた。惨めこの上ない。
石彫のテントは風で飛ばされて、「土」や「木」の会場に使用している建物の軒先で彫る。豪雨が降る。並みの降り方ではない。全国で浸水被害が出て死者も出ている。風も強い。青の洞門の言い伝えがあるゼンカイ和尚を思い出しながら唯ひたすら彫る。今日は比較的涼しい。12時半まで精一杯鑿をふるうが目に見えた容はでてこない。暑くて汗を流すのも爽快だが、嵐の中で鑿を使うのもまた楽しい。古代ギリシャの神殿を建てる石工のような気分になった。
8月1日 雨時々曇り
今日も台風の影響がある。
少し形が出来てきたかなと思い、立ち上がって2,3歩下がって石を見るがほとんど変化はない。カンシャクを起こして、角を削る大型の鑿のような道具で力任せに叩いたら、かなりの量が一度に欠けた。シマッタと思ったが、よくよく見ると石の割れた鋭いラインは力が感じられる。絵でいえば一気に描きあげた迫力のようなものがあるような気がしてくる。偶然に出来た荒々しさは、下手に手を加えた部分より面白い。
12時半の時間まで夢中になって鑿で削っていたら、その荒々しさが無くなってしまった。失望して帰宅。今日で制作予定日数の半分が過ぎたが、まだ形は見えてこない。
8月7日 快晴
原爆忌。鮫島由美子のさとうきび畑という歌が車のラジオから流れている。9時過ぎ制作会場へ。今日は鑿でひたすら彫る。きれいに彫ることは止めて、荒々しく彫る。ひたすらハンマーでのみを叩く。今日も暑くてお茶をがぶがぶ飲み大汗をかきながら、ひたすら彫る。なにか苦行をしているようで陶酔したような気分になってくる。熱中できて面白い。
一息ついて汗をぬぐい立ち上がって石を見るとあまりたいした変化はないし、イメージには程遠い石の形にがっかりする。それでも気を取り直してまた鑿で彫り続ける。3時間があっというまに過ぎた。
8月8日 快晴
今日は雲ひとつない。朝から30度もある。しかしなぜか朝になると張り切って出かける。別にあてがあるわけではないが、石の中から何か出てくるのではないか、と甘い期待に胸が膨らむ。
先生から「一つを完全に仕上げたら」とアドバイス。先生はそう仰るが折角大きな石を2つにしたのだから、2個で高低差をつけた作品にしたい。作品というにはなんとも貧弱な出来で落ち込むが、ここは我慢のしどころだと自分を慰め、なだめて彫る。しかし遅々として作業はすすまぬ。
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顔の表情を少し彫ってみる。しかし細かくは彫れない。少年の顔は難しい。カミュ・クローデルの初期の作品「弟ポール・クローデル」やロダンの「パンセ」を思い出して見るが、わたしが彫っている石にはそんな欠片さえ見出せない。結局、平らにするハンマーで平らにならしてしまう。全体をもっと抽象的にしたいが、つい目鼻を細かく彫ってしまう。最初にイメージしたものとは石の形がまるで違う。熱中して彫っているが、立ち上がって1歩退いて見てがっかりする。そんなことを朝から繰返して一日を終える。そしていささか不機嫌になって帰る。最近は朝目覚めたときから寝る瞬間まで石のことを考えている。そのわりには石は冷淡で少々わたしを馬鹿にしている。片思いだったか。
8月16日
石を彫る、というのは肉体的にも精神的にも重労働だ。絵を描くのは、ちょっと描いて寝転がって煙草をふかし、時には昼寝をし、時にはお茶を飲み、階下におりて冷蔵庫の中に冷えたビールはないかと探したりして、怠け者のわたしでもなんとか勤まる。しかし、石は重く、硬く、しかも3次元で、見るからに難解な哲学者のようである。わたしの饒舌などは許さない。などと、とりとめもなく思う。ぼんやりとテレビを見ているが、思うことは石のことばかりである。オリンピックの体操で鉄棒をやっていた。あの若者の肢体と無口な石を重ね合わせて50号を描いてみる。石の中にあるわたしを彫るというテーマだ。若い筋肉が描けない。暑いから半身裸になって鏡の中の自分の体を見つめてみるが醜悪である。「石の中」(F50) と 「作品」(F100)
8月21日 薄曇
数日前から朝夕は少し涼しくなった。9時過ぎ石彫会場へ出かける。遅々として作業の進まぬ間に、残り2日になってしまった。午前中3時間、背の高いほうの顔などを彫る。彫っては潰す。そしてまた彫る。そしてまた彫る。
午後あまりはかどっていなかった背の低いほうの作業を進める。一応「少年の日」というテーマを考えていたが、すこしそれらしい容が出来たか。手にマメをつくったわりには収穫が少ない。チェッと舌打ちをしたくなる気分だ。4時過ぎまで作業をやって帰る。帰りは何時も不機嫌になる。
「私は制作するときはいつも、前の日にしたことをすべて抹消することを瞬時もためらわない。なぜなら、毎日毎日、前よりよく見えるように感じるからである」 とアルベルト・ジャコメッティ。「作品が完成をみることは決して必然的なことではない。彼は作品から、作品を消して創りなおすのに必要なものをひき出すのである」とポール・ヴァレリー。(メルセデス・マッター著/ジャコメッティ試論から)
8月22日 薄曇蒸暑し
昨夜は足の裏が痛くて眠れなかった。夜中に起きだしてツラツラ眺めるとマメが出来ている。ハンマーを握る右手もマメだらけだが、足の裏までマメが出来るとは知らなかった。最近はお金はないが貴族のような生活をしているので、なんとも情けない体になっている。それに軍手がボロボロになる。
高さ434センチもあるダビデの像を彫ったミケランジェロは、恐らくマメだらけだったであろう。彼が26歳のとき委嘱をうけて4年の歳月を費やしたという。カッターやドリルなどはまだない時代だから、鑿とハンマーとで一打ずつ掘り進み、砥石で磨き上げたのであろうが、その気力にはあらためて圧倒される。
今日は最期の日である。しかし卒業制作はまだ未完で、果たして今日中に出来上がるのだろうかと不安になる。不安であろうがなかろうが時間はない。朝飯を早々に済ませてお茶を2本リュックに放り込んで出発。30分で隣町の会場に着く。同級生はまだ誰も来ていない。午前中顔の部分を集中的に彫る。頭部や顔の輪郭に丸みをつける。昼間で授業はお終いだが鑿を置く気になれない。だんだん不機嫌になる。絵の場合なら塗りつぶすか、剥ぎ取ってしまうところだが。
近くのコンビニでおにぎりの昼食。昼からも粘って作業を続ける。同級生は昼までに卒業して帰ってしまった。先生はご自分の作品作りで忙しい。デジカメの中に記録している自分の作品の画像を見て、はじめのうちに石を二つに割り、荒っぽく未だ角ばったままの二つの石の容のほうが、よかったと思う。いまさらその容に戻すことは出来ない。さらに最初に在った四角い石のほうが、今日の石よりはるかに存在感がある。ちぇっと心のうちで舌打ちをしながら汗を流し彫る。黙々と彫る。唯ひたすら彫る。自分の力にがっかりし、チェッと呟きながら、唯ひたすら彫る。夕刻、貧弱な作品とは名ばかりな石を前にして汗をぬぐい少し丸くなってしまった鑿を置く。
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「少年の日」 2004年9月5日より9月19日までAホールにて作品展。 |