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一升桝(90分)に2升は入らないのは当然だろうが、語れなかったエピソードをひとつ。日本がオリンピックに初出場したストックホルム大会(1912年)にマラソンで出場した金栗四三(1891〜1983)。暑さで途中棄権したが、スウェーデンオリンピック委員会が1967年に55年記念祭を開く際、記録を調べたところ金栗の意思が届いておらず「競技中に失踪、行方不明のまま」になっていた。これを訂正するため金栗は記念祭に招待され、約100bをコートのまま走ってコールイン。会場に「ただいまのタイム、54年8ヵ月6日5時間32分20秒3.。これで第5回ストックホルム大会の全競技は終了しました」の場内放送が流れた。折角最も遅い世界記録を覚えたのに披露できず、残念だった。(鶴田隆志
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