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私に関わってきたVIVIOたちと、K4GPの参戦史。 |
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2001年2月
記憶が正しければ初のK4GP
4時間の耐久走行会と覚えている。FISCO旧コース、ドノーマルの赤VIVIOでホットポットさんに誘われるがまま出させてもらった事が、以来続く私とVIVIOの関係。
とにかく飽きるまで周回した初めての経験だった。 |
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2001年8月
とくかく、ここら辺の時期は整備して走らせてもらうの繰り返し。詳しいデータもリザルトも覚えていない。VIVIOは少なかったし遅い車のイメージだった。トップは純レース用かスズキ系のターボ車とか。ぼちぼちVIVIOにもスポーツパーツが装着されはじめる。 |
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2002年2月
チーム体制は変わらず。車も変わらず。伝説?のウェットを通り越してスノーとなったK4GP。結果赤旗となるが競技は成立。悪天候&低μで真価を発揮したVIVIOはクラス5位まで順位を上げていた。初の入賞 |
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2002年8月 1000km耐久
2WDのVIVIOを製作し自分のチームを立ち上げる。前の会社からメンバーを集め、走り出した。車は寄せ集めもいいところで完走したのが不思議だったくらい。お金と人を集めてリタイヤしてしまったらどうしよう。製作者の責任を感じ始める。しかし完走の充実感に完全にハマってしまうのだった。
リザルトは、どんなにかんばっても「真ん中」を抜けれないレースが続く。 |
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2003年2月 500km
メンバーとサポートが強力になってきた。車も軽量化や多少のモデファイを行うように。参加台数も爆発的に増え、それに追いつかないマナーと競り合い。非常にエキサイティングなサバイバル戦だった記憶。完全な競技車両化も激化して、イベント毎に追従していく仕様変化、それはそれで自分は楽しかった。
安全装備何も無し、かなりヤバイ。 |
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2003年8月 1000km
この半年の間、夜毎製作されていた外装パーツ。ホットポットさんのご好意でFRP化されたボンネットとバンパー。
レースは雨で異例の2ヒートとなる。1ヒートで電装系トラブルがあり順位は最下位くらい。修理後の2ヒートで6位になるが、平均され順位はやっぱり真ん中だった。 |
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2005年8月 1000km ゼッケンが89へ
更にリヤゲートがFRP化された。一番手がかかったオールペンで時間を費やし、エンジンに手はいれられず。懸念していたS/Cベルトのトラブルなど発生。このころからSタイヤを使い始める。
NAの42号車も製作した。 |
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2006年2月
モデファイは地道に進み、コレクタータンク追加、車高調などやっと装備、Sタイヤに見合った仕様へ変更されていく。ガソリンがある序盤はトップ近辺を走れるようになってきた。・・がエンジンの些細な仕様がマッチせず最悪な燃費、順位を大きく落として完走。
トラブルは少なくなったが季節と仕様がうまく噛み合わない。
Photo:Gyojinsouさん |
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2006年8月 1000km
旅行のためオーナー不在の1000km。しかし車に抜かりは無い。
エンジンを新しくし、燃料系統、足回りも見直した。作戦も良くクラス6位入賞!接触でボディに多少ダメージを受ける。
ホットポットチームで出走したVIVIOもクラス4位入賞。私は単純にうれしいが、どうもオーナー不在だと成績が良い?(爆)
Photo:まめたさん
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2007年2月 セパン24時間
94号車がエントリーしたのでサポートをする。89号車の旧エンジンに交換、HID化など。自分が行けない分想像を膨らませて整備。
素晴らしい成績で24時間完走した模様。私の整備の方向性は間違っていない。 Photo:まめたさん |
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2007年8月 1000km
ボディと外装を修復、自分は一年半ぶりにドライバー復帰。書ききれないくらいのモデファイを行いリフレッシュされた89号車で1000km上位を目論む。外観で分かるのはローマウントのリヤウイング。甲斐あって過去最高の順位をキープするが、あと30分のとこで痛恨のエンジンブロー。路面も展開も最高に熱い夏のレースだった。やはりオーナー不在が良いの? Photo:秋葉ヒロカズさん |
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2008年2月 6時間改め3時間耐久
前日の大雪に負けず短縮で開催された。欠場したエントラントは無し?恐るべしK4−GPエントラント!とにかく走りたい思いが強い人間の塊は山をも動かす勢い。
エンジンブローより復活したvivioは快走、ハマった作戦とチームワークによりGP3クラス2位でフィニッシュし結果を残した。夏の1000km、翌年のセパン24時間とこれからビッグイベントが続く〜
Photo:あかしろさん
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2008年8月 1000km
使用燃料量の削減、真夏、最高の参加台数。過去の燃費からみて完走は困難と考えたが燃費に有利方向?へのコース変更。車両への対策もいくつか加えて望んだ。作戦上のペース配分と実際のペースの違い、3回のセイフティカーなど読みきれず終盤まで順位を上げ切れなかったが、初ドライバー3名を含む完走としては上出来。燃料の残量や作戦については考察はするが後悔はしない。貴重なデータとして次回セパン24hに生かします!
Photo:あかしろさん |
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2009年2月 セパン24時間
憧れの24時間!本当にセパンに来てしまった。89号車に7名のドライバーで望む。ライトポッドも装着しナイトランに備えた。驚異的にノートラブル、ノーメンテ。計画通り走りGP-1クラス5位 総合8位。チーム全員で見事な完走を果たす!さらに使用燃料が少ないGP1クラスで唯一の過給機付き、クラス入賞車で唯一スバル使いだったのは密かな誇り。最後まで同一周回の47号車(スパホリさんトゥデイ)との4位争いは本当にフェアで感動する走りだった。全てが上出来!
Photo
:kuni's photogallary |
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2009年8月 1000km
勢いは続く。ボディパネルをFRP化し、サブコン化も同時進行。このような計画がドMと言われる所以。その甲斐あり「シルエット化」が行われ、600kgを切る車重と思われる。形状、塗装も同じようにした。
さらにかわいいRQ投入、かつて無いお祭りムードで楽しく進行! 結果はGP3クラス2位入賞!総合4位!ファイナルラップでガス欠、チェッカーは受けれなかったが、周回数での入賞。セパンからきっちり燃料を使えるようになってきた?きちんとレースを組み立てて惜しいところまでいくのだが。。あと一歩足りない。
Photo:あかしろさん |
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2010年1月 冬の9時間耐久
チーム的に09は激動だったので大人しく「参加のみ」が、11月のテストでトラブルが発生し急遽P/U系の分解点検が始まる。原因が明確でなく走っては止まるつらいテストもしたが全ての補機をチェックできず不安のままスタート。給油後に再始動できないトラブルが再発したがチームの機敏な判断と行動に救われ事なきを得る。反面、序盤からトップ近辺を快走し最後の1Hは逆転を狙う#83サラ号との勝負も制し、悲願のGP3クラス優勝、さらに総合1位でFINISH!
応援に来てくれた全員とPOP−G Racingの協力で掴んだ初優勝でした。 Photo:シンさん |
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2010年8月 富士1000km耐久
冬に起こったトラブルの原因を探り当て、更なる信頼性向上に努める。想像していない部品の疲労が起こり始めレースでの負荷を思い知る。入念な解析とセッティングを行うつもりの500km耐久でまさかのウェットとなり苦労したが車の動きについてとっても勉強になった日だった。甲斐あって1000kmではトラブルもなく快走するが、ライバル達も強く後半のウェットがなければ非常に辛い展開だったのかもしれない。しかしぶっちぎりのトップより「抜いて勝つ」ことが出来たのもチーム全員のおかげ
GP3クラスV2!総合は4位
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