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通信事情

◆ローマにモバイルオフィスを開設

 ローマにオフィスを開設した。もちろんモバイルオフィスである。ソニーのパソコン「VAIO」とソニーのデジタルカメラ「サイバーショット」が、日本にいる時と同様に使えるようになったという単純なことだが、あえてオフィスと呼ばせてもらおう。というのは、イタリアテレコムと個人契約したからだ。すでに3万円払って、申し込みを終えているが、実際に電話を使えるのは新しいアパートに入居してからである。4月は滞在許可を取得したり、アパートに落ち着くまでの部屋を探したり、私自身がモバイルしていた。もうしばらくすると固定電話が使える。そう思うだけで、精神的に安定する。
 ホテル暮らしは何かと不便だ。というのはホテルや安宿のペンショーネに移るたびに、「通信状況」が変わるからだ。通信設定を変える作業がなかなか大変で、時としてメールの送受信が行えなくなる。通信途中で画面がピタッと止まる「フリーズ」現象が起きるからだ。この現象は意外と多発する。
 ISDN回線に代表されるデジタル回線やホームテレホン、PBXなど複雑な配線でも起こる。ローマのように数百年も使われているような建物では、電話回線だけはISDNを使っているというケースが少なくない。おしゃべり好きなイタリア人が、1本の回線が塞がった場合、もう1本を必要とするのだ。FAXやインターネットを使うためでなく、もう一人がおしゃべりするためにISDN回線に変更しているのだ。
 私のVAIOはすでに4軒のホテル、2軒のペンショーネでフリーズを起こしてしまった。多様な回線に対応するモデムを用意しておくべきだった。ところが昨年イタリア国内を旅しながら、シャープのザウルスで通信を試みたところ、全く問題がなかった。パルスかトーンか、回線の信号を聞き分けるだけで対応できた。モデムセーバーは常に持ち歩いているが、ISDNではOK表示となるから厄介だった。
 原稿をメールで送るだけなら30秒もあれば十分。通信速度はますます高速化しているので、雑誌用の写真を1枚送るには3分もあれば送信できる時代だ。というわけで、私の場合1本の回線で間に合う。ついでながら、海外から送信する場合、ちょっとしたコツがいる。外線番号の「0」の次に2、3秒のポーズを置く。ハイフン「−」かカンマ「,」を入れる。それでもフロントにつながって「プロント(もしもし)」としゃべり始めることがある。その時は、「外線を使いたい」と告げる。
 少々のトラブルはつきものだが、うまくメールの送受信ができた時は、命がつながった思いだ。何しろ、通信条件だけをクリアすれば、日本にいる場合と同じように仕事ができるのだ。ただしメーラーを使う場合は、一工夫いる。受信を先にして認証を受けた後で、送信に入る。だから受信後の回線を切らない。この単純な作業をするだけで、日本にいる時と同じ通信環境が実現する。
 以上は、普通のアナログ回線を使ってホテルから通信する時の話。そうでない場合は、街に繰り出し、インターネットカフェを利用する。日本でもインターネットカフェが急増しているが、ローマでは「インターネットポイント」または「インターネットショップ」という名称の店が多く、たいていメインストリートで見つけることができる。
 店を見つけても、まずチェックするのは、日本語のソフトが使えるかどうかということである。ローマ・テルミニ駅から地下鉄で2つ目「バルベリーニ」という駅がある。この駅から地上に出ると、24時間営業のインターネットカフェ「easyEverything」がある。私もここの会員だが、ここには当初日本語のソフトがなかった。ホームページを閲覧すると、日本語が妙に変形して読みづらかった。しかし、テルミニ駅の近くやトレビの泉の周辺には、日本語ソフトを入れたインターネットショップがある。
 ホットメールのアドレスを取得していれば、メールの送受信は問題ない。私の場合、ワープロ通信時代からのニフティ会員で、他のプロバイダーに所属していなかった。ホテルの部屋から通信する時も、アットニフティのローミングサービスを使ってきた。
 ネットカフェで、アットニフティのユーザーネームを入力し、サービスに入ろうとすると、「接続できません」という表示が現れる。店のスタッフに尋ねてみると、「日本のプロバイダーとは、まだやり取りできません。アメリカはすべてOKです」という返事だった。しかたなくホームページ上で、ホットメールのアドレスを取得した。画面の設定や先方のアドレス入力はイタリア語、メール本文の入力時に日本語に切り替える。そして、ニフティ宛に到着したメールは、ホットメール経由で読めるようになった。
 アパートに移るまでの2カ月半、こうして一歩ずつ通信環境を整えていった。何かのトラブルに見舞われた場合は、インターネットカフェが使える。イタリアでVAIOが壊れてしまっても、いそいそと日本に戻らなくてもよくなった。イタリアでは何もかもがスローテンポで、コンピュータを修理に出せば、2カ月くらいは使えなくなりそうなのだ。点検後、日本に送られたら、手元に戻ってくるまで数カ月かかりそうだ。郵便事情が、ヨーロッパの中でも最悪と言われているだけに心配だ。
 それに加え、盗難が多発する。パソコンを持ち歩くと、荷物の管理には気をつかう。ホテルに置いておくことさえ心配になる時がある。その時はリュックに背負って歩く。小型のVAIOといえども、一日中背負うと、ズシリと重く感じる。
 通信がスムーズにできるということは、実に夢のようなことなのだ。これを何とかクリアした。
             シリーズ「ハイテク時代あれこれ」・・・月刊「政界(Politico)」2001年5月号に掲載

◆VAIOが故障?(6.9)

 日本から抱えてきたVAIOに異常発生! それは宿の「停電」とともに起こった。写真をパソコンに取り込もうとしていた時に、私のパソコンを直撃した。まず宿全体のブレーカーが落ちた。宿の女主人は玄関脇のブレーカーをONにし、何事もなかったかのような足音で廊下を通り過ぎた。イタリアの古い建物内ではしばしば停電になる。シャワーを浴びている最中でなければ、さほど気にとめなくなった。
 しかし、VAIOのバッテリーが急降下し始めた。アダプターからの電力供給が止まったままだ。
 最近停電が多く、その都度アダプターが異常に熱くなり気になっていた。バッテリーかアダプターか、または両方が壊れた可能性が高い。その日は電気屋さんやパソコンショップをローマで訪ね歩く一日になってしまった。そして、やっとソニーのオフィスを見つけた。
 「VAIOはローマでは直せない。ミラノに電話するから待って」
 中年男性の店員さんは、ミラノのオフィスと長々とやりとりしていた。
 「ソニー製品の修理はミラノに集める。その後、パリに送って、そこから日本へ」
 彼の説明はさらに続く。
 「どんなに早くても修理に3週間はかかる。送料は別」
 これは大変なことになった。彼にVAIOを託す気にはどうもなれない。
 「よーし、自前調達しよう」ということで、私のデジタル師匠にネットカフェからメールを書いた。
 私の師匠は日本にいるレイワ君。カメラマンだ。たまに取材でいっしょに仕事する。サッカーの試合の撮影中には、フィールドからホットな情報を飛ばしてくれる頼もしい仲間だ。我がVAIOは、調子が悪くなると、彼の元へと運ばれていくのだった。今回は直接みてもらえないが、彼なら何とか解決法を見出してくれるだろう。メールを読んだ彼は、さっそく秋葉原通いを始め、バッテリーとアダプターをゲットし、発送してくれた。

◆国際スピード郵便

 日本からの荷物は「国際スピード郵便(EMS)」を使って、イタリアで受け取っている。EMSの充実したサービスによって、海外にいながら日本の「クロネコヤマト」や「佐川急便」を利用している感覚で荷物を受け取れる。
 一度目は不在票をもらった。
 「本日10時に届けに参りましたが、留守でしたので持ち帰ります。下記の事務所までご連絡ください」という内容だった。
 さっそく先方の連絡先に電話したが、なかなか通じない。3、4分おきにリダイヤルして、通じたのは30分後だった。
 「週末は配達しませんので、月曜日に届けに行きます。午前10時ごろでいいですか」という返事だった。
 実際には予定より早く土曜日の朝に届いた。そして「関税」をしっかり徴収された。
 荷物の中身の合計金額は27,000円。これに、20%の税金5,400円がかけられ、さらに再配達料金約300円が加算されていた。
 無事に日本から届いた荷物を抱きかかえ、箱を開けようとした瞬間、赤い文字入りのクラフトテープが目に入った。「POSTE ITALIANE ROMA AEROPORTO PACCHI DOGANA」と記されたテープが、箱の一方の端にぐるぐる巻きにしてあった。ローマ空港の税関で、開封されたことが一目でわかった。
 荷物の中身が、パソコングッズだったために、念入りに調べられたようだ。
 実は通関手続きにどのくらいの時間を要するか、EMSの「追跡システム」を使って、日本とイタリアの両国から興味深く見守ってきた。
 日本発送時の「伝票番号」を日本の郵政事業庁のホームページ上に入力すれば、荷物がどこまで届いているか確認できる。
 伝票番号は「EE957412873JP」という13桁のもの。これを画面上に入力すると、3秒くらいで、「あなたのEMSを見つけました」と表示される。
 6月15日13時35分(青葉郵便局で引受)、16日17時44分(東京国際から海外へ発送、あて交換局AEROPORTO ROMA FCO)、20日08時09分(海外局に到着)。
 荷物の送り主から、この追跡システムの情報が逐一送られてきた。「すでにローマに到着。もうすぐだね」というメールとともに。しかし、次の日になっても手元に届かず、かえって不安になっていたのだった。
 「留まっているとしたら、通関ね。こちらの事務手続きは、もたもたしているから。係の人がゆっくり眺めているのかな。でも、検索番号があるのが強みね」
 3カ月前に日本を離れて以来、現地の人との約束で、待たされることにはすっかり慣れてしまっている。それでも、荷物がローマの空港まで届き、その後音沙汰ないのがもどかしく、横浜とローマの間で追跡していた。ほどなく彼から次の連絡が入った。
 「通関した。通関保留理由という欄には記載なし」
 20日12時13分(通関)、21日17時06分(交換局から発送)、22日12時00分(配達局へ持ち戻り)。
 この情報にホッとした。彼はカメラの機材を外国に送る機会があるという。機材が破損したり、盗難にあった時など、仲間から海外への発送を依頼される。しかし、無事に届かない場合があるというのだ。
 「イタリアは大丈夫だと思うけれど、ロシア・ブラジル・アジアの国々では、検疫官が高く売れそうな物を抜いて、自分でどこかに売ってしまう、という話。特にロシアではよく聞く話だよ。今回は2万円まで保険をかけておいたからね」
 交換局から発送された荷物は、イタリア国内では「SDA(EXPRESS COURIER) 」と呼ばれる会社が、小型のバンで宅配している。白い車体に青い文字でSDAと書かれた車を、最近通りで頻繁に見かけるようになった。
 今回は再配達を頼んだので、チップが必要だった。おつりを出された時、私は手を出すのが一瞬遅れた。配達員の若者は「ありがとう」と言って、おつりをスーッとポケットにしまった。
 日本の郵便局の窓口から発送するEMSは、このハイテクシステムのおかげで、サービスの質がアップしつつある。
                                              月刊「政界」6月号掲載

◆アパートでの通信環境(6・30)

 ついに接続できた。何と今日はローマだけの休日だとか。金曜日というのにどこもかしこもお店は閉まっている。だからイタリアテレコムも、回線工事に来ない。6月中は使えないということか。こうなったら、しかたがない。アパートのオーナーのジャンニにお願いしよう。そもそも彼がちゃんと早目に工事を申し込まないから、こういうことになるのだ。
 「ジャンニ、電話回線貸して」
 「いいよ」
 というわけで、通りに面した2階の窓から身を乗り出して、電話回線を隣宅に投げ入れようとした。
 「もっと高く投げなきゃ届かないよ」
 7b先に向かって投げると、届く前に落下する。それでも何とか2回目には、回線の端を受け取ってもらい、ジャックを無事接続した。イタリアには信じられないくらい長い家庭用回線コードがある。設定を色々変更して、接続にやっと成功。本当に微調整が必要なんだ、毎回接続条件を満たすには。結局設定は、新しく作り変えた。やれやれ。
 今日の天気は晴れのち雷のち晴れ。たった今、雨が降り出したので、窓の外の電話回線がぬれている。設定に手間取って、途中で腹ごしらえしたり、休憩したり。窓は開け放し。回線は雷に打たれている。「そうか、インターネット開通の祝砲か」とのん気に空を見上げていると、私のアパートの同居人マリアが、雷見物に私の部屋を訪れた。電話回線がぬれているのを見て笑っている。昼下がりには、ジャンニが台所のキャビネットを運び入れに来た。
 「新しく作ったばかりのキャビネットだ。まともに料理をするのは、日本人とイタリア人くらいだ。台所が快適に使えたら、ローマで生きていけるだろう」
 これで私がローマで生存できる最低条件が整った。
 

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