RBRは名前からもわかる通りRichard Burns(リチャード・バーンズ)が監修しているゲームです。WRCファンを自認している方なら彼を知らない人はいないでしょう。2001年にはワールドチャンピオンに輝いています。
2004年には日本で初めてのWRCイベントであるラリージャパンが開催され、大いに盛り上がりました。とはいえ、世界的に見ればまだまだ日本でのWRCの人気は低いと言える状況です。リチャード・バーンズを知らない方もたくさんいると思います。そのような方に、簡単にですがリチャード・バーンズについて、また、RBRとの関わりについて書いてみたいと思います。
2005年のWRCシーズンにおいてリチャード・バーンズの名前は見あたりません。2004年のラリージャパンにも参戦していません。なぜなら、彼は今闘病中だからです。2003年11月、運転中に彼は失神し入院しました(この時助手席にはマルコ・マルティンが乗っていた)。二日後には退院したものの、その後の検査により脳腫瘍と判明。これにより2004年の参戦も無くなり、スバルのシートにはバーンズのかわりにミッコ・ヒルボネン(トミ・マキネンが推薦したとされる)が乗ることに。
復帰が待望されるバーンズですが、実際の所、脳腫瘍による影響は深刻で事実上の引退という状態です。普通の生活に戻れるかどうかも微妙な状態で、病状が悪化すれば命にも関わってくると思われます。
追記(2006/03/01) 2005年11月25日にリチャード・バーンズは前記の病により亡くなりました。
RBRの開発は2003年以前から行われており、バーンズの病気による開発への影響はほとんど無かったと思われます。RBRの開発はWarthogが行っていますが、Warthogは過去にも幾つかのラリーゲームを開発しており、Mobil1 Rally ChampionshipやRally Championship Extremeなどがそうです。RBRはこれらの実質的な続編ですが、続編とは思えないほどゲームは異なっているように見えます。とはいえ、それぞれの作品では1つのテーマに向かって明確にチャレンジしており、その点についてはWarthogらしい正当な続編といえます。
Warthogのタイトルはスポンサーなどによって毎回名前が変わっているのですが(Mobil1 Rally Championshipは当初はRally Championship 2000という名前だった)、2001年にコリン・マクレーに次ぐイギリス人ワールドラリーチャンピオンが誕生したので、販売面の事も考慮(イギリスのゲーム市場は大きいのです)してバーンズを監修に迎えたのだと思います。
ドライバー監修のラリーゲームといえばコリン・マクレーラリーという大ヒットした先駆者がありますが、コリン・マクレーとリチャード・バーンズの実際のラリーでの走りや実績はちょうど対照的です。バーンズの走りはデビュー当初から非常に安定した結果を残しており、リタイアの少ないドライバーです。タイトルを獲得した2001年でも優勝したのはニュージーランド1つだけで、2位のマクレー、3位のマキネン、4位のグロンホルムはそれぞれ3勝しています。病に倒れた2003年も、勝利こそないものの着実にポイントを稼ぎシーズン中盤まではポイントラインキングトップでした。ゲームのほうもアーケード指向とシミュレータ指向にわかれており、ドライバー名に合って対照的になっているのが面白いところです。しかし、両者とも現在のWRCにおいて見られないのは残念なところ・・・。
リチャード・バーンズの主なキャリア