エルガーにたどり着くまで


ある日我が家にやって来ることになった,耳の後ろからシッポの先まで,ふさふさ,ふわふわ,クリンクリンの癖ッ毛黒ラブのエルガーです。もう,私たちの側にはいないけれど,フリスビー大好き,泳ぐの大好き,雪も寒さもへっちゃらで,ケンカや争い事の大嫌いな 心優しきワンコでした。

エルガーのプロフィール!

名  前
 エルガー(ELGAR)

血統書の名前
MAX  OF  HOUSE  MIE  JP 

犬種/毛色
ラブラドール・レトリーバー(Labrador Retriever)Black ♂

略  歴?

1999年11月15日 生まれ 

2002年 5月 5日 ぷか家にやってくる。

2002年 6月 JFA札幌 レトリーブ大会で3位入賞。(59点)

2002年 9月 DDGP旭川大会で レトリーブの部3位入賞。

2003年 6月 CD1合格 Very Good

2003年 8月 JFA札幌 ビギナー大会で3位入賞。(42点)

2003年11月27日 腎臓病の悪化のため,死去  (享年 4歳 )

名前の由来
 イギリス血統だったので,「威風堂々」で有名なイギリスの作曲家「サー・エドワード・エルガー」からもらいました。テーマソングは当然「威風堂々」。トロンボーンも大活躍だし,とても大好きな曲です。

大 好 物
フリスビー,ボール,ウォーター。大好きなものには,リードを振りきり突進。「血が騒ぐ」らしい。(笑)

性  格

★ おもちゃやフリスビー大好き!一度ゲットした獲物は誰にも渡さない。。(けど,ケンカはしません)

★ 温厚で争いを好まない,徹底した平和主義。

★ 他のワンが叱られていると飼い主の所へ戻ってきて甘える。

★ たとえケンカでやられているのが弟のホルストであっても,見捨てて?飼い主の所へ戻ってきて。。。

   当然,甘える。。(^.^;)ゝ

★ とても飼い主のことをよく見ているワンコです。(人間の方がアイコンタクトを忘れてしまう。。(笑))

仲良しさん
いつもドッグランで遊んでいるラビアン(アイリッシュセッター)が大親友。やっぱりお兄ちゃんとしては,ホルストともちゃんと遊んであげないとね。(^_-)-☆  フラットの華ちゃんはプールとディスク友達。ボーダーマックスもディスク友達。テンちゃんとは出会った時から兄弟のように相性抜群でした。

趣  味
ソファーでくつろぎながらTVを見る。お気に入りはマイドッグ・スキップ(笑) しかし,ウォーターの映像(台風中継含む(笑))を見ると黙っていられない!(^.^;)ゝ 当然レトリーブは趣味というかライフワーク。投げてくれるなら誰でも構いません。(笑)そして,飼い主の知らないところで勝手に飼い主さんのお友達を作ってきます。(笑)

フリスビー歴
パパ&ママとディスクをするようになって2年目。パパとはレトリーブで3位,ママとはJFAのレトリーブ大会で3位,2003年はビギナー大会で3位入賞,DDGPのレトリーブで3位入賞。(^.^)V ディスクを見ると血が騒ぐ。(笑)

特  徴
ラブなのに,ふさふさふわふわヌイグルミみたいな巻き毛。(笑) ヒゲやまつげまでカールし,しっぽもふさふさなのです。幼少の頃は「こぢれ」と呼ばれておりました。


エルガーと過ごす毎日。

 「犬飼いたいんだけど。。」ダンナがぽつりと言った。それ以来,二人でペットショップに出入りするようになる。私はその頃,犬を飼うなんて全然現実味がなくて,いつもインコのコーナーにべったり。そのうちオカメインコが欲しくなり迎え入れるものの,先天性の疾患ですぐに落鳥。(;_;) すっかり元気を無くしていたところに,犬飼いの話が急上昇。知り合いに相談すしたところとんとん拍子に話は進み,3日程で家に迎えることに。(笑) ダンナはラブラドールを欲しがっていたのは知ってたけど,長年インコや金魚しか飼ったことのない私は,ラブは恐くて嫌だったのです。特に黒はおっかなくて。。(;_;) 小学生のころ,おばが買っていたチワワが私の唯一の犬体験。チワワなら散歩させたことも抱っこしたこともあるから恐くない。(^.^) そういう風に思っていたのでした。

 紹介されて行ったところは,とあるドッグスクール。そこには大型犬を中心に様々なわんこがいました。犬舎にいるわんこに一斉に吠えられ,ちょっぴり帰りたい気分になったぷか。(笑) イングリッシュコッカーやテリアを見せられた後,やって来たのは短毛の黒ラブラドールのオス。基本的なしつけが入っているわんこは,フリスビーもボールも自転車もOK。(^_-)-☆ 動きも割と穏やかだし,思ってたよりも恐くなかった。でも,恐々撫でるのが精一杯。(笑) その日は,とても賢いというボーダーコリーも見せてもらって,一通り話をして結論は検討事項に。

 ぷか家では,暇さえあれば犬会議。(笑) 二人とも犬飼い初心者のぷか家には,ボーダーコリーよりも,盲導犬や介助犬としても活躍している犬種のラブラドールがいいだろうということで意見が一致。ラブに心を決めて,再び犬の元を訪れるのです。(゜゜)(。。)

 2日後に行ったときにもう1頭と出会います。彼は,ラブにしては長いふさふさの毛を持ち,それがかわいらしくカールしている黒ラブ。前回見せてもらった子とは兄弟だというこの子が一目で気に入ってしまったぷか。小さいころに大きな病気をして死にかけたというこの子は強い生命力で復活し,今ではすっかり元気になったとのこと。健康面では不安が残るものの,彼の顔はとっても穏やかで一目ぼれしてしまったぷかなのです。フリスビーの腕も,短毛の子と同格かそれ以上。「ちょっと(引き運動を)やってみませんか?」と言われるものの,「恐いからいいですぅ。(^.^;)」と断ってしまう程,その時は黒ラブが恐かったんです。撫でるのもやっぱり恐る恐る,恐々。「犬にバカにされてしまうよ」と言われても,恐いものは仕方ないんです。(゜゜)(。。)

 短毛の子の方が,ラブらしくてダンナは好みみたいだけど,恐がる私を見かねたのか,ふさふさ毛の黒ラブ君に決めることに同意してくれ,とんとん拍子に話はすすみ,その日のうちに家に迎え入れることになってしまいました。バリケンネル(犬の移動用ボックス)とフードを持たせてもらい,いざ,車へ!!。。。

 ところが,それまで喜んでバリケンに入ったり,周りを歩き回っていたりしたのに,車へ歩き出した途端,すーっといなくなってしまいました。彼には,これから新しいお家に迎えられるのだということが,2年半育った犬舎と,兄弟と,そして育ての親と分かれて暮らすのだということが,分かったのでしょうか。犬舎から連れて来られた黒ラブ君は,とてもとても心細そうでした。車に積み込んだバリケンに入り,お礼を言った時,「可愛がってやって下さいね。」と,一言。すごくすごくずっしりと心に響きました。そして,可愛いい子を私たちに託してくれた感謝と,この子を幸せにしなくっちゃ!という決意の気持ちが湧いてきたのでした。

 インコがいるから,犬は無理だなあ。。とずっと思っていたぷかですけど,実際にエルガー&インコ三兄弟との生活は全然問題なく,お互い良い意味で無関心!(笑) 

 そうして,毛のふさふさした黒ラブのエルガーはぷか家の一員となったのです。


エルガーと過ごす毎日。

 エルガーが来てから,ぷか家の生活は一変しました。朝の散歩&ディスクはぷかダンナの日課となりました。エルガーの為に朝5時半に起きて,近所を一回りしてからディスクをします。従順な犬であるエルガーにとっての唯一の抵抗が,バリケンから出てこないこと。今まで犬に囲まれた社会で生きてきたエルガーにとって,人間との生活は天と地がひっくり返る程の大きな変化だったのでしょう。家というものも理解できぬまま,ハウス代わりのバリケンが唯一くつろげる場所であったろうエルガー。家の中でドアを開けても全然出てこないんです。(^.^;) ぷかだんなはそこで,バリケンごと外へ出してみました。バリケンのドアの向こうが外だとわかると,安心して出てきます。 

 エルガーがきてすぐの頃,ダンナの代わりに散歩をすることになった初めての日。玄関までバリケンをひっぱっていって,エルガーおいで〜(^.^)と格闘すること3時間。(笑) 結局ダンナが帰ってくるまで家からでなかったエルガーだったのでした。(笑)

 ドッグランもすぐにデビュー。(^.^) 飼い主の心配をよそに,マイペースのエルガー。(笑) ドッグランに来たのに,エル父にべったりくっつき全然走らない。(笑) すぐに他の飼い主さんの所へ行って,言われもしないのにお座りし,上目遣いでじっと見上げるという技を使うのでした。大抵の飼い主さん,「可愛いねー」と言って撫でてくれるので,犬と遊ぶより人に誉められるほうが嬉しいエルガーなのでした。(^.^) たまに気に入った子が来ると,ストーカーのように後ろをツイテ歩くこともありますが。。。(笑) 何匹かがたわむれていても,エルガーは「ぼくはいいの。(笑)」とでも言いたそうに,エル父の元に戻ってくるのです。争いごとが嫌いな平和主義者らしいです,彼。

 エルガーが来てから,ぷか家も変わりました。今までインドア派だったのに,エルガーと一緒に散歩したり遊びに行くのが楽しみで仕方ないのです。(^.^) 防御したってバリバリ日焼けしちゃうけど,そんなの気にしない位に。外に行くのは面倒くさいよぉ。。。(-"-),なんて言っていたのがウソのような変わりようです。(^.^;) 夜の散歩は大抵ダンナと一緒。エルガーと3人で,20分くらいはのんびりといろいろなことを話しながら歩きます。エルガーがいなかったら全然歩く気にもならないのに,エルガーが一緒(^.^)ってだけで,20分も30分も歩いてしまうんですから。(^.^)うちの中の会話も,エルガーのこと,お友達の犬のこと,雑誌やカタログのこと,グッズのことが中心。エルガーのことを話さない日はありません。(^.^) 

 そんなエルガーにも2003年3月に弟ができました。エルガーが選んだパートナーの黒ラブはホルストと名前がつけられました。出会った時から本当に仲良しで,人を恐がるホルストの頼れる優しいお兄ちゃんになってくれました。ホルストに対して唸ったのはたった一度だけ。1つしかないおもちゃをホルストがもっていてエルガーの前を通ったときだけです。ランではホルストがゲットしたおもちゃをちゃっかり奪い取る,遊びに関してはちょっぴり厳しいお兄ちゃんですが,普段のエルガーはホルストに対してとても寛大で,自分からも積極的に遊びにさそって暇さえあれば戯れあっている仲良し兄弟です。ケンカらしいことは一度もしたことがありません。順位決めさえも。どんなにホルストが元気有り余ってやんちゃで,エルガーを跳び蹴りして転倒させようが(決してわざとではありません。ただ単にホルはノーコンなのです。(^.^;)),ホルストが自分より先にご飯をたべようが,自分より先にドアから飛び出していこうが,自分が飲んでいる水入れにホルストがずうずうしくも口を突っ込んで来たときだって,決して決して怒ることはありません。仲が良すぎて所構わず戯れ始めるので飼い主が恥ずかしかったり困ったりすることはありますけれど,本当に本当に仲が良く,信頼しあっている2頭です。


でも,エルガーは突然

天使になりました。。。

 でも,そんなホルストとの仲良し兄弟生活も突然終わりを告げることになりました。頼れるお兄ちゃんのエルガー(Elgar)が11月27日 午後7時過ぎに かかりつけの動物病院で腎不全の悪化により力尽きたのです。

 イギリスの作曲家Sir Edward Elgarが作曲した行進曲「威風堂々」のように,最後までき然と病気に立ち向かい,決して生きることを諦めはしませんでした。エルガーは4歳と12日という本当に短い人生のほとんど全部を病気と闘いながらすごしました。そのうち我が家で暮らしたのは更に短い1年6ヶ月22日でした。犬でありながらも常に前向きで,決して病気と闘っていることを感じさせない元気で明るく,強く,どの子よりも元気いっぱいで,気丈だけれどもとても心優しいワンコでした。

 今の医学では進行を緩やかにすることしかできない腎臓病。出来るだけ残りの臓器に負担をかけたくないと考えた私たちは,出来るかぎり病院食ではなく,無添加の自然食(腎臓病フードに出来るだけ近づけたもの)を食べさせたいという方向で治療を勧めてきました。病気の進行を早めてしまったのかもしれないけれど,私たちは後悔していません。秋ごろからだんだん検査結果が悪くなり,誕生日の後頃からは通院して検査や注射,点滴をする日が続きました。食欲がなくなり,だんだん体力が落ちてきているのが分かりました。獣医さんも驚く程の高い値にもかかわらず,エルガーは生き続けようとしました。どんな形でもいいからもっともっと側にいて欲しかったのが本音ですが,その「どんな形」でも私たちのそばにいてくれる時間はもう残り少ないものだったのです。

 11月26日,亡くなる前日の朝。エルガーは症状が改善せず,ごはんも全然食べようとしませんでした。でも,唯一食べたのが,ホルちんが大好きなおやつ「鳥なんこつ」でした。病院で検査をし,毎日針ばかり刺されていました。仕事を早退して午後の診療に間に合うようにエルガーを連れて行きました。点滴が終わるころにエルガーを迎えに行ったら,「ドライは食べなかったんですけど,缶詰めはペロリと食べたんですよ。(^.^)」と先生のお話。一番心配していたこと,先生はわかってくれてたんですねー。 点滴治療を開始した直後が山とのことでした。一見ちょっと調子の良さそうなエルガー君。

 ほっとして連れて帰ったのもつかの間。。。。次の日起きてみたら,ハウスの中で吐き戻し,朝の散歩でも おしっこするまでは何とか歩いていたものの,その場にへたりこんでしまったエルガー。人一倍気丈なエルガーのことですから,緊急を要するというのは直感的にわかりました。どうしても私はこの日は朝遅く出勤できなくて絶望的な気持ちになり,朝からぷかだんなとケンカしてしまいました。でも,しばらくしてぷかだんなから「エルガーを朝一番で連れていく」という連絡が。心配で心配で,仕事の合間に病院へ電話を入れました。あいにく主治医の先生は診察中で手が離せなかったのですが,わざわざ先生に話を聞いてきてくれました。昼休みの時間帯なら電話に出られるということだったので,お昼休みにもう一度連絡を入れました。最悪ではないものの,あまり状態は良くない様子に,「ああ,やっぱり。。」という気持ちが込み上げてきました。私の質問に先生ははっきりと「覚悟したほうがいいです」とは言いませんでしたが,そういうこともあり得るんだな,と初めて実感したのがこの時でした。

 とにかく仕事の目処がついたので午後に早退させてもらい,病院へ急ぎました。面会したエルガーはとても弱々しくて,シッポをふる気力も搾り出しているような状態。どうしても吐くのが止まらず,1回吐くごとに折角補給した水分が奪われ,体力が奪われていくのが分かります。ただただエルガーの側にいて,背中や頭の後ろを「いいこだね。エルガーはイイコだよ。大丈夫だからね。」と語りかけたり,「元気になったらまずはドッグランで遊んで,雪まみれになろうね。夏にはまた支笏湖でガンガン泳がせてあげるよ。プールにも沢山はいって遊ぼうね。フリスビーだってすぐに出来るようになるからね。来年も大会に出ようね。エルガーに負けないように練習するからね。」そんなことを必死に語りかけていました。でも薬は効果無くて,どんどんエルガーは吐いて体力が奪われていきました。いつもエルガーのことを担当してくれる看護士さんが,エルガーの最後のさんぽのことを話してくれました。おしっこしたらへたりこんで歩けなくなってしまったそうです。エルガーが英語でしつけられているのを覚えていてくれて「GOOD」って言って誉めて励ましてくれたのだそうです。凄く凄く嬉しかった。

 先生に今日は入院するか帰るかどちらにしますか?と聞かれました。迷わず入院させたいことをお話しました。(出来ることならこのまま私も病院に泊まりたいと強く願ってましたが)家で何も出来ずに見守ることがどんなに辛いかということは,初代と2代目オカメを目の前で看取った時の経験で良く分かっています。エルガーがそういう状態になるのは耐えられなかったのです。たとえ私たちが付き添えなくても,何かあったときにすぐに対応できる病院にいて欲しかったのです。

 そしてとうとう吐血が始まり,さすがにこのときは「もう持たないかもしれない」ってこと,頭のどこかで分かっていました。病院のスタッフの皆さんが,通りがかるたびに,ドアのガラスの向こうから何かとエルガーのことを気にかけてくれました。嘔吐の症状が出そうになるたびに先生が駆けつけてくれました。スタッフのみなさんが見守ってくださったこと,エルガーの為に一生懸命治療,看護してくださったこと,感謝しています。後でぷかだんなに聞けば,カメラもあって,中の様子はモニタで分かるようになっていたんだそうです。でも,病院のみなさんがエルガーのこと心配し,応援してくれていたことが,私にとって本当に支えになってくれました。

 吐血が始まった後,ぷかだんなに連絡しました。本当はエルガーを元気づけるために家に寄ってホルストを連れてから病院に向かう予定でした。でも,そんな時間はないって頭のどこかでは分かっていました。決して希望は捨ててはいなかったのですが。(先生が最後まで諦めていないというのが分かっていましたので)でも,もしかしたら間に合わないかも。。って自分でも分かっていたのでしょうね。だから「エルガーが吐血したから,一分でも早く着くようにまっすぐ病院に来て!」って言いました。

 その後も止まらない嘔吐と闘いながら,立つ気力さえ体力さえ残ってないはずのエルガーが,よろよろと立ち上がって足を踏ん張るのです。既に3時間以上その様子を見守っていた私は,だんだん今の状態を理解し始めていましたが,でも不思議と絶望的な気持ちにはなっていませんでした。多分,蘇生措置をされていたエルガーを見るまではどこかで希望を持ち続けていられたんだと思います。楽観的な希望ではなく,エルガーの置かれた状況を理解しながらも,絶望的にならずに持ちこたえることのできる力です。そして,「先生の一番良いと思われる治療をしてください」とお願いしました。もう私たち素人で判断できる状況ではないことも分かっていましたし,私自身にもそういうことを判断する余力が残っていなかったのです。あとはダメでも先生にお任せするしかない。そう納得し,全てを先生にお任せしました。

 何とかぷかだんなが到着しました。後で聞いた話ですが,「エルガーのお父さんが到着しました」と言う言葉と,スタッフの皆さんに走っていた緊張感とから,エルガーが重体だということが感じ取れ,「ダメなのかもしれない。。」と直感したそうです。今度吐血したら最後の薬を使うことを言われました。薬はエルガーに効いてはくれませんでした。エルガーは最後の吐血をました。

 最後の手段である薬は,体が持ちこたえられずにそのまま眠るように逝ってしまうリスクがあったのですが,私たちにはその選択をするしかありませんでした。5分くらいは穏やかでした。先生も診察した後に席を外したので「薬がきいてくれたのかも」という思いが広がりました。でも,ぷかだんながタバコを吸いに出た直後,容体は急変してエルガーの呼吸と心臓は止まってしまったのです。

 診察台に乗せられて,気管内挿管,心臓マッサージ,除細動機,エピネフリン投与。。。。それは,私たちが良く見慣れた光景でした。そう,海外ドラマの「ER」の外傷1号,2号やカーテンの部屋で行われている治療。気管内挿管・・・・呼吸が止まっちゃったんだ。 心臓マッサージと増えていくエピネフリンの量・・・心臓も止まっちゃったんだ。 どんどん下がっていく心電図の数値(血圧か心拍数でしょうか) そして,除細動機をしたあと一瞬戻ったようにも見えるけれど,すぐにフラットになってしまう心電図の波形。 その蘇生の様子を見ているうちに,いろんなことが分かって,何となく治療の意図と今の状態が飲み込めていて,「人間と同じなんだな」「でも,きっともうだめなんだろうな。。」って妙に冷静に蘇生の様子を見ている自分がいて。。。後で聞けば,ぷかだんなも同じ気持ちで見ていたようです。「先生,ありがとう。良く分かっています。もうエルガーを楽にしてあげていいです。」って心の中では何度も何度も叫んでいて,自分でもこれでお別れだって分かってたんだけど,でも自分から言いだすことはできませんでした。先生が頑張ってくれている限り,先生が諦めていない限り。。。。って思いがあったから。

 「これ以上やっても。。。休ませてあげましょう」っていうようなことを先生がおっしゃったんだと思います。勿論,それは十分すぎるほど分かって,納得できていた私ですけれど,まだぬくもりがあるエルガーの体をなでて,ほおずりして,思いきり泣くことしかできませんでした。これでやっとエルガーは楽になれたんだね。というほっとした気持ちと,まだ暖かいのに信じたくない!という気持ちと。ぷかだんなと2人で処置室の診察台に横たわるエルガーの体をなで,そして泣きました。多分30分位はそこにいたのだと思います。家族だけでお別れをする時間を充分にくれました。そして,主治医の先生を始めとする病院のスタッフの皆さんには本当に感謝しています。そのことで私たちに後悔の気持ちはありません。

 そして次の日。エルガーを空に返した日は,雲ひとつない快晴の真っ青な空が広がる寒い日でした。大好きなワンコ友達や,エルガーを可愛がってくれた人達に見守られて,エルガーは天使になりました。

エルガーと一緒に過ごすことのできた日々はあまりにもあまりにも短く,あっという間でしたが,その分,私たちはエルガーと毎日ドッグランで遊び,たくさんいろいろな所へ出かけて楽しく過ごすことが出来ました。本当に密度の濃い日々だったと思います。覚悟していたとはいえ余りに突然だった別れに,「してあげたかったこと」,「してあげられなかったこと」,「気づいてあげられなかったこと」など,後悔や自分を責めたくなることもたくさんです。そんな私にも,エルガーは沢山の楽しみ,喜び,幸せ,驚き,元気を与えてくれました。我が家にラブラドールなのに,耳の後ろからシッポの先まで ふさふさふわふわクリンクリンの癖ッ毛の心優しい,フリスビーの得意な黒ラブがいたこと,この子と過ごした,喜びと驚きと大発見に満ちた毎日を絶対に絶対に忘れません。

そして「エルガー,今までよく病気と闘って頑張ってきたね。エルガーとこうやってお別れしなきゃいけない,とてもとても悲しい日が来ることは分かっていました。でもね,分かっていたんだけど,私は耳の後ろからシッポの先まで,ふさふさ,ふわふわ,クリンクリンの癖ッ毛をした優しい目のエルガーと一日でも長く一緒に暮らしたかったのです。私たちと一緒に暮らしてくれてありがとう。最期の最期まで病気に負けずに諦めずに生き抜いてくれてありがとう。感謝の気持ちでいっぱいです。

 そして,ホルストを我が家に導いてくれてありがとう。ホルストはホルストで,決してエルガーの換わりは出来ないって分かっているけど,ホルストを見るたびにホルストを撫でるたびに,ホルストを可愛がってくれた,強くて優しかったエルガーのこと思いだすよ。絶対に絶対に絶対に忘れないからね。そして,生まれ変わるまでの間,ホルちんの側に私たちの側にいてください。そしてそして。。。。エルガーが今度は健康で元気いっぱいの体で生まれ変わって,私たちの所に帰ってきてくれるのを待っています。エルガーが帰ってきたら絶対に私たちは気づくはず! でも,みんなエルガーが恋しくて会いたくて寂しがっているので,あまり長い間待たせないでね。」

今までエルガーを可愛がって下さった方々,見守ってくださった方々にお礼申し上げます。そして,腎臓病が一日も早く「治る病気」となることを願っています。

エルガー(Elgar)が2003年11月27日 午後7時過ぎに かかりつけの動物病院で腎不全の悪化により力尽きました。

イギリスの作曲家Sir Edward Elgarが作曲した行進曲「威風堂々」のように,最後までき然と病気に立ち向かい,決して諦めることはありませんでした。15日に誕生日を迎えたばかりのエルガーは4歳と12日という本当に短い人生のほとんど全部を病気と闘いながらすごしました。そのうち我が家で暮らしたのは更に短い1年6ヶ月22日でした。犬でありながらも常に前向きで,決して病気と闘っていることを感じさせない元気で明るく,気丈だけれどもとても心優しいワンコでした。私たち家族はエルガーの病気を承知の上,このような悲しい日が訪れることを覚悟した上で,望んで我が家に迎えましたが,そのことは後悔していません。

みなさまからは沢山のお悔やみの言葉,励ましの言葉をいただきました。とてもキレイなお花や大好きだったおもちゃなども沢山いただきました。ありがとうございます。エルガーは奇麗なお花やおもちゃ,向こうに行ってもおなかが空かないようにおやつやフードを沢山持って空に上がっていきました。

私や主人,ホルストがエルガーを愛していたのはもちろんですが,エルガーはこんなにも沢山の人達に愛されていたんだということに改めて驚き,そしてそのお気持ちに感謝しています。

今,エルガーはきれいなお花に囲まれて静かに眠っています。空の上では辛い病気からも開放されて元気に走り回っていることでしょう。ときどき私たちのもとにひょっこりと戻ってくるかもしれませんね。でも,私たちにはわからないようにホルストとこっそりと遊んでいるかもしれません。

エルガーはもうここにはいないけれど,このHPはいつまでも「エルガーのハウス」です。エルガーが遊びに来ることができるようにいつも扉も開いています。

エルガーを愛してくださって,可愛がってくださって,ありがとうごさいました。

2003年 11月 29日 エルガーママ ぷにゃん