しんとく・弱法師・合邦対照表 (参考・愛護若)



[INDEX]
その1・登場人物(能「弱法師」、説経節「信徳丸」、浄瑠璃「摂州合邦辻」、付・愛護若)
その2・物語の構成の比較(能「弱法師」、説経節「信徳丸」、浄瑠璃「摂州合邦辻」)
その3・(参考)説経節「信徳丸」「愛護若(あいごのわか)」と「合邦」
その4・女性対照表(説経節「信徳丸」「愛護若(あいごのわか)」、浄瑠璃「合邦」)

作者・成立年
参考文献

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その1・登場人物

弱法師信徳丸摂州合邦辻(付)愛護若
俊徳丸(失明)(シテ)信徳丸(らい病・失明)(高安信吉と先妻の子)俊徳丸(らい病・失明)(高安通俊と先妻の子)愛護若(先妻の子)
高安左衛門尉通俊(ワキ)高安の信吉長者(有徳人(金持ち))高安左衛門尉通俊(老年。病身)二条蔵人清平
御台所(先妻)先妻(登場せず)先妻(一条関白宗次の姫君)
清水のご本尊
従者(アイ)仲光(高安家の朗等、乙姫との取持ち、信徳を天王寺に捨てる役)入平(浅香姫の家来、浅香姫と俊徳の取持ち)
入平の妻お楽(原作のみ、文楽版には登場せず)
(俊徳の妻の出るバージョンもあり)和泉の国・蔭山長者の乙姫(妹姫)
(信徳からの恋文に返事をするよう父・蔭山長者に言われ許婚に)
和泉の国蔭山長者の娘・浅香姫(俊徳丸の許婚)(許婚・恋人は登場せず)
蔭山長者(乙姫の実父、信徳に施行をほどこす)
六条殿のおく(「おと」か?との記載あり)の姫(後妻)腰元お辻=玉手御前(後妻)八条殿の姫君・雲井の前(後妻)
乙の二郎(後妻の子、信徳より年下)高安次郎丸(妾の子、俊徳より年上、浅香姫に横恋慕、家督を狙う)
合邦道心(玉手の実父、青砥左衛門藤綱の子)
合邦女房
壷井平馬
桟図書
羽曳野(高安家の執権誉田主税(こんだちから)の妻)

その2・物語の構成

弱法師信徳丸摂州合邦辻
信徳(俊徳)生誕のいきさつ (記述なし) 高安夫妻が子だねを授けるよう清水寺へ参籠。子ども七歳(後では三歳と記載)になるとき父母のいずれかが死ぬとの条件で授けられる。 (記述なし)
高安夫婦の前生 (記述なし) 父=山人(雉の母子(卵12個)を焼死さす)、母=大蛇(つばめの子12羽とその両親を食す) (記述なし)
信徳(俊徳)幼少期 (記述なし) 9歳で信貴山へ学問のため預けられる(仲光が引率)。7日間の稚児の舞の4日目に乙姫を見初める。仲光を遣いに文を交わす。 (許婚との出会い)これまで文のやりとりだけの間柄だった許婚浅香姫が、顔を見たさに住吉へ賎の女姿で現れ、俊徳と対面。
高安の先妻の死因 (記述なし) 清水のご本尊に、信徳三歳で片親が死ぬとの予言どおりにならなかったため、「うそつき」と悪態をつく。(信徳13歳) (記述なし)
信徳(俊徳)らい病の原因 (らい病との設定なし) 後妻が乙の二郎を抱いて清水へ参り、御前の立ち木に18本の釘を打ち、乙の二郎を惣領とすべく「信徳が命取ってたまわれ」と呪う。 その他各所に計136(135との箇所も)本の六寸釘を打って信徳を呪う。 玉手御前が神酒といつわり毒酒を飲ませる
信徳(俊徳)追放or家出の原因 さる人の讒言(人物は不明) 自らの呪いによりらい病になった信徳を捨てるよう継母が高安に讒言。命を受けた仲光は盲目の信徳を馬に乗せ渋々物乞い用具一式とともに天王寺へ向う。 病気のため、また継母玉手の恋慕のため、自ら家出
信徳(俊徳)の流浪 (高安から天王寺へ) 天王寺に捨てられ迷っていると、清水のご本尊が枕元に立ち袖乞いをするように言う。
⇒ よろよろ歩くのを「弱法師」と笑われ、2,3日後には誰も施しをしなくなる。
⇒ 再び清水のご本尊が現れ「熊野の湯に入れば病が本復する」と告げる。
⇒ 熊野へ向う途中近木(こぎ)の庄にて、三たび清水のご本尊が旅の道者に姿を変えて現れ、有徳人(実は蔭山長者)が施行を出すので受けるように言う。
⇒ 蔭山長者の娘乙姫の女房たちに笑われ、病が本復してもこの恥は雪げないと、熊野行きをやめて天王寺で飢死しようと戻る。
(高安から天王寺へ)
日想観 施行主(実は実父通俊)に勧められ、ともに日想観を拝む。
「やあいかに日想観を拝み候へ」「げにげに日想観の時節なるべし...」
(なし) 天王寺の前の小屋に住み夕暮れに日想観を行いにひとりで小屋から出てくる。
信徳(俊徳)への施行 高安通俊(俊徳の実父) 蔭山長者(乙姫(=俊徳と恋仲)の実父) ??(施行の場面はないが役割的にはおそらく合邦が相当)
天王寺まで俊徳を追っていく人物 (登場せず) 乙姫 浅香姫
恋人(許婚)に対する反応 (登場せず) 稚児の舞を見た天王寺の蓮池に乙姫は身投げしようとするが、思いとどまって信徳に会えるよう祈願する。 そこへ袖乞いに現れた信徳を乙姫はそれと悟り抱きついて名乗るよう言う。信徳は否定するが、結局名のり、経緯を語る。 尋ね人は蓮池に身投げして死んだと言う。浅香姫が追って身投げしようとすると引き止める。 怪しんだ入平が浅香姫は立ち去ったと見せかけると、名残惜しそうに小屋から出て、嘆く。 入平夫婦と浅香姫も泣き出し、対面する。
天王寺から俊徳を連れて戻る人物 高安通俊(日が暮れてから) 乙姫(信徳が清水の氏子なので、清水参りへ連れてゆく) 合邦(次郎丸に追われる浅香姫を俊徳と一緒に連れて帰る)
俊徳のらい病・失明が直る原因 失明はなおらない。(らい病との設定はない。) 乙姫が信徳を連れて清水へ参り祈願。お告げに従い一の階にある「鳥箒」で「善哉なれ平癒」と言いつつ三度信徳を撫でる。 玉手が自分の肝臓の生き血を飲ませる(寅の年寅の月寅の日寅の刻生まれ)。
結末 高安通俊が日暮れて後俊徳を連れて帰る 高安通俊は報いで失明し、貧乏になり落ちぶれ、丹波へ下り浪人。
ある日阿倍野河原の施行へ行ったところ、人々の物笑いの種に。
施行の主である信徳丸が父と気づき、鳥箒で通俊の両眼を三度撫でると平癒。
乙の二郎(当時3歳。後妻も。)は斬首。
玉手は息を引き取り、合邦女房は尼に。俊徳は母の尼と玉手の供養のため月江寺を建てる。合邦は自分の住まいを閻魔堂とする。 (文楽版では以下はなし)次郎丸は玉手の意を汲んだ俊徳により命は救われる。壷井平馬は斬首。

その3・(参考)「愛護若」と合邦

信徳丸 愛護若 摂州合邦辻
子宝祈願に至る経緯 二条蔵人清平が「宝競べ」で刃の太刀・唐鞍を出して勝ち、六条判官を馬鹿にする。
子だくさんの六条判官は「子競べ」を開かせて勝ち、子のない二条蔵人に対し無念を晴らす。
子宝祈願 高安信吉とその妻が清水寺へ参籠 二条蔵人とその妻(一条関白宗次の姫君)が初瀬山に参籠
子どもを授ける条件 子ども七歳(別の箇所では三歳と記載)になると片親が亡くなる 子ども三歳のときに片親が亡くなる
先妻の死因 息子信徳が13歳に成長しても二親とも無事。
「清水のご本尊さえ嘘をついたのだから、一般人も嘘をついて世渡りせよ」と発言。
息子愛護若が3歳に成長しても二親とも無事。
「神や仏も偽りをいうので、一般人も偽って浮世を渡れ」と発言。
後妻の素性 六条殿のおく(「おと」か?との記載あり)の姫(18歳) 八条殿の姫君・雲井の前 先妻の腰元お辻=玉手御前(19か20歳。俊徳丸より1,2歳年上)、父合邦は元武士。
後妻の継子恋慕のきっかけ (この設定はなし) 花園山にて手白の猿を寵愛しているところを目撃、一目惚れ。 「御奉公の初めから其の美しいお姿に心迷うて」
後妻の継子へのアプローチ (この設定はなし) 女房月小夜がいったん止めたが結局文を遣わす。受け取った愛護若は書き手を悟り破り捨てる。 住吉参りのときに神酒にかこつけて接近する。
継子家出に至る経緯 (この設定はなし) 雲井の前は、月小夜の企みにより、愛護若の仕業だとして家宝の刃の太刀と唐鞍を売り払う。
父清平は怒って愛護若を殺さんばかりに打ち、木に縛り付ける。
手白の猿と、閻魔大王によりいたちに姿を変えた実母が現れ、縄を食いちぎって逃がす。
らい病に罹り「家の恥父の御恥辱と」思い、また玉手の恋慕から逃れるため、出奔。
継子家出の経路 高安⇒天王寺⇒熊野へ行く途中近木の庄へ⇒熊野を諦め天王寺へ。 二条の館⇒比叡山(伯父の阿闍梨を頼るが追い返される。同行した四条河原の細工師夫婦は入山を断られる。)
⇒粟津の庄(田畑之助兄弟から施しを得る)
⇒穴生の里(桃を盗んで打たれる)⇒霧降の滝(指を切った血で小袖に書き置き)⇒身投げ。
高安⇒天王寺
結末 乙姫の祈願によりらい病は平癒。施行を施す折に浪人の父と再会。父も平癒。 小袖の書き置きにより父清平は事実を知り、田畑之助兄弟から様子を聞き、彼らの万公雑事(夫役)を赦免する。
雲井の前と月小夜を捕らえ都を引き回したあと、死罪に。
清平、阿闍梨と弟子たち、穴生の姥、田畑之助兄弟、手白の猿、細工師夫婦は、それぞれ反省し、あるいは故人をしのび、一同身投げする。
不倫を責め父合邦が玉手を切る。
玉手は横恋慕は継子を救うための芝居で、毒酒を勧めたのも自分であると明かす。
手負いの玉手は肝臓の生き血を俊徳に飲ませてらい病は平癒。玉手は死去。


その4・「女性対照表」


継母(「愛護若」) 継母(「信徳丸」) 玉手御前(「合邦」) 浅香姫(「合邦」) 乙姫(「信徳丸」)
俊徳丸(相当の人物)
との間柄
継母 継母 継母 許婚 許婚
俊徳丸(〃)への恋愛感情 あり なし あり(?解釈による) あり あり
俊徳丸(〃)の病気との関係 (病気設定なし) 継母の呪い(清水で祈願) 毒酒を自ら飲ませる なし なし
俊徳丸(〃)に関する讒言 あり あり なし なし なし
俊徳丸(〃)を追う行為 なし なし あり(合邦庵室で遭遇) あり(天王寺で遭遇) あり(天王寺で遭遇)
俊徳丸(〃)の平癒に関する働き なし なし あり(自分の肝臓の生き血を飲ませる) なし あり(清水でお告げに従い鳥箒で顔をはく)
結末 死罪 死罪 父の手にかかり最後は自害 俊徳丸と結婚(*1) 信徳丸と結婚(*1)
(*1)具体的な記述は「信徳丸」にも「合邦」にも見当たらないが、許婚の身分ゆえそう考えられる。

作者・成立年

説経節「信徳丸」「愛護若」....作者・成立年不詳(語りもの)(*2)
謡曲「弱法師」....観世元雅(クリ、サシ、クセは世阿弥)(15世紀前半。(元雅没年が1432))(*2)
浄瑠璃「摂州合邦辻」....菅専助・若竹笛躬、安永二(1773)年初演

(*2)『弱法師』に関して、「元雅のころには、説経節ないしその祖型をなす語り物が存在していて、元雅はそれに興味を持ち、そこから題材を得たと考えられる」(文献[1]p.329) とあるので、説経節の成立もその前後か。

参考文献

[1] 説経節 「信徳丸」....「説経節--山椒大夫・小栗判官他-- 東洋文庫243」荒木繁・山本吉左右(平凡社、1973年)
[2] 謡曲 「弱法師」....「謡曲集A 新編日本古典文学全集59」小山弘志・佐藤健一郎(小学館、1998年)
[3] 浄瑠璃 「摂州合邦辻」....「菅専助全集 第二巻」土田衛・北川博子・福嶋三知子(勉誠社、1991年)


「旅路のゆうきち」関連記事へのリンク

9月1日(土)長月・喜多流「弱法師」「六浦」--第80回川崎市定期能(川崎能楽堂)
9月17日(月)ビデオ&読書日記・「摂州合邦辻」再発見!


11月13日(火)歌舞伎「摂州合邦辻」(国立劇場)
11月14日(水)追記:菅専助・若竹笛躬「摂州合邦辻」
11月15日(木)追記2・「摂州合邦辻」と「信徳丸」「愛護若」の女性

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