[桐竹紋寿さんのこと]


文楽人形遣い桐竹紋壽さん
を、かげながら応援するゆうきちのページ。
桐竹紋寿師匠の芸歴、これからのご予定、舞台の感想、などつれづれなるままに綴ります。

*桐竹紋壽師匠は平成22年1月公演より「紋壽」と表記をお改めになりましたが、
本HPでは検索上の便宜を考え上記タイトル以外は原則「紋寿」のままとしております。ご了承戴ければ幸いです。

「桐竹紋壽師匠写真集」 発売中!(下記「お知らせ」欄御覧ください。)

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[更新情報] [お知らせ](2010.7.17) 1.はじめに(2007.5.29) 2.紋寿さんトピックス(2014.2.14)
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[紋寿さんの芸歴] *各ページへ飛びます
1.年譜・受賞歴(2009.11.3) 2.演目別の芸歴(2010.12.30) 3.近年(2000年以降)お遣いの役(2010.12.30) 4.その他の記録(2010.4.11)

[ルポ]
[ロック曽根崎心中観劇記] [ゴスペルイン文楽観劇記] 紋寿さんトピックス[過去ログ]....紋寿師匠のお人形の記録

[お知らせ]

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はじめに
文楽を見始めてちょうど1年たった平成13年9月東京公演の初日8日に、「本朝廿四孝・勘助住家の段」桐竹紋寿さんのお種を3列目の席で舞台の上に引きずりこまれるように観た感動を書き留めておきたい、 もしできることなら紋寿師匠にもお伝えしたい、と思ったのが、このページを開くきっかけでした。 以来、桐竹紋寿師匠に忝けなくもご理解を賜り、つたない文章ですが続けさせていただいております。
紋寿さんとの出会い
NHKの「人間国宝ふたり」(平成13年1月放送)で玉男師匠が治兵衛を 遣った「心中天網島」(平成12年11月公演)が紹介されていた折、相手役の小春に目がとまる。 その人形遣いが桐竹紋寿さんでした。その後、「心中天網島 北新地河庄の段」を テレビで見て、すっかり虜になってしまったのがきっかけ。
文楽の床本における「網島」の小春のキャラクターの表現(原作を書き換えてある部分)に それまでちょっと違和感をもっていたのですが、この紋寿さんの小春は「これだ!!」という 感じだったのです。近松のほかの女性役とはずいぶん異なる、「良い人」とは 言い難い小春に、そして紋寿さんの遣う小春に、すっかり惹かれています。

紋寿さんの芸[1] 脇役の妙
「八百屋」の伊右衛門女房とか「引窓」の婆など 人情ものの比較的わかりやすい役ももちろんすごくいいのですが、 性格的にはもう少し地味で複雑そうな脇役の女性もまた気に入っています。 「一谷」の藤の局、「夏祭」のおつぎ、など。 そして平成13年9月公演「本朝廿四孝」でのお種。これでとどめをさされた感あり、 です。(お種は勘助住家のヒロインですが、やはり「廿四孝」といえば八重垣姫ですよね。) 同じ9月に出版された芸談「文楽・女方ひとすじ」を読んでさらに納得。 ヒロインではなく二番手の女性に対する思い入れがすごいんですね。

紋寿さんの芸[2] 透明感
平成14年2月公演「奥州安達原」、紋寿さんの袖萩を観て浮かんだのは、「透明感」という言葉。 雪は降りつづいているのに舞台はあかるい。どんよりとした空から降る雪では決してない。 真っ白な世界。雪の中の袖萩のみならず、思いかえすと今までに観た役はどれも澄んでいてにごりがない。 あれこれ思い悩む役だとしても、その姿には透明さを感じます。

紋寿さんで観たい役
近松物では....平成12年に見逃してしまった「平家女護島」の千鳥。生では観たことのない「心中天網島」の小春(とくに「大和屋」の段で出てくる瞬間)。 紋寿師匠がお好きな役だとおっしゃる「冥途の飛脚」の梅川。 汚れのない心持ちが紋寿師匠にぴったり合いそうな「今宮心中」のおきさ。
透明感のある女性....ご自身が芸談の中で「澄んだ感じ」と表現されていた柳の精のお柳(「三十三間堂棟由来」)。 雪の中の女性をお種(「本朝廿四孝」)、袖萩(「奥州安達原」)と観たので「伊賀越道中双六・岡崎」のお谷も。 一度観たお役ですが「雪狐々姿湖」の姫ギツネ白百合はもう一度観たいです。
そのほか気になる役....紋寿師匠ご自身がお好きな役に挙げておられてまだ観たことのない「ひらかな盛衰記・笹引」のお筆。 女流義太夫で聴いて感動した「碁太平記白石噺・新吉原揚屋」の宮城野、しのぶの姉妹。 芸談の写真がきれいだった「彦山権現誓助剣・瓢箪棚」のお園、究極の脇役(?)「野崎村」のお染も見逃せません。(以上2004.9.24掲載)

[追記](2007.5.29)上記の記事を書いてはや3年。すでに実演を拝見できたお役も数多くありますが、 2007年5月26日放送「伝説の至芸」津大夫さん先の寛治さんの「志渡寺」で二世栄三師匠の お辻に泣きながら、これは是非紋寿さんで観たい、と心のうちで叫びました。 かつては坊太郎に感情移入していたこの話もお辻に惹かれるとはやはり年をとったせいでしょう。
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紋寿さんトピックス

[ゆうきちの目に映った紋寿さんの(勝手な)記録]
(新しいトピックを上に記載します。)[TOP]
**これ以前のトピックスはこちら....トピックス[過去ログ]
「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん」--「近頃河原の達引」(2014.2.14)
紋壽師匠の人形の美しさこそ、文楽人形の美しさ、だと思う。 師匠の追い求める人形の型、紋壽師匠の美意識に、心底共感する。そう、文楽の舞台ではこれが見たかったのだ、と。 半年間のご休演を経て紋壽師匠復帰の舞台。 以前よりも力んだところはなく、けれども、輪郭の鮮やかさ、静と動のコントラストは師匠の人形そのもの。 師匠の、この舞台、のみならずこれから先の舞台への想いが伝わってくるおしゅんだった。 決して演劇的にはならない、音楽的で舞踊的な師匠のお人形は、今やおそらく古い遣い方で、それでもそれを護り続けようという 師匠のひそやかな意気込みを感じた。そして、 思っていたよりもずっとお元気そうで安堵。

象徴としてのお三輪--「妹背山婦女庭訓」(2013.2.21)
久しぶりの紋壽師匠のお人形。しかも意外にもお三輪は初めて。 お三輪の出の三味線が聞こえ、ふと見ると幕のまだ開くまえからお三輪の駆けてくる足音が聞こえる。 漆黒の闇を背景に、求馬と橘姫と3人で一斉に正面に振り向くときの息遣い。 金殿で橘姫と求馬との祝言を聞かされ、嫉妬に燃え狂うときの、捌き髪になる絶妙の間合い。 座敷に上がりこんでの後ろ振りのしだれた帯の美しさ。 紋壽師匠のお人形の素晴らしさは、息遣いと間合い、目線、そして足拍子であると思っているが、 お三輪はその期待を裏切らない、師匠の真髄ともいうべきお役だった。

求馬を一心に追うお三輪は、ただ男の人を追いかけているのではない。 彼女の目線の先にあるのは正しさ、であるように思う。 お舟、清姫、お染、等々追いかける女性は娘役のなかでも紋壽師匠のお得意の役であるから、 お三輪も良くて当然、というよりも、紋壽師匠の娘役の代表と言って差支えないかもしれない。

紋壽師匠のお三輪は、この人のために死ねれば本望という思いが揺らぐことなく、 求馬その人よりも、もっとずっと先を見ていて、その信念の強さには清々しいばかりの透明感がある。 自分の目指す先に迷いのないお三輪は、田舎娘とはいえむしろ橘姫より大人びているくらい。 いじめがひどくて見るに堪えないというこれまでの印象は紋壽師匠のお三輪にはあまり感じなかった。 もともと藤原氏と蘇我氏の権力抗争の物語であるから、求馬と橘姫はいわば当事者に属するわけだが、 それに対してお三輪は物語のために挿入された人物である。 紋壽師匠がお遣いになると、ただの田舎の商家の娘という人物を超えて、お三輪はもっと象徴的な役割を担っているように感じられる。 能の「三輪」では三輪の女は実は天照大神なのだが、紋壽師匠のお三輪にもそういった神性が垣間見える気がした。

3か月の療養から復帰されての紋壽師匠には、お三輪同様舞台で死ねれば本望とでもいうような気迫が漲っていた。 やはり師匠のお人形からは目が離せない。

続・お染のこと--「新版歌祭文」(2010.5.25)
「お染様、もうおさらば」と言われておみつをまっすぐに、舟のなかから見上げるお染。 野崎村の堤でのおみつとの別れの場面からが、楽のお染は真骨頂だった。

おなかに五つつきの子どもがいる以上、お染には他に選択肢などあるはずないではないか。 久松がどういおうと、お染はもう、自害することに決めていたのだ。 徳安堤の舟のなかで紋壽師匠のお染は既に、そのことがはっきりとわかる目をしていた。

もともと「野崎村」はお染のくどきともうひとつ、舟の中のお染が大好きなのだが、 楽は、むしろ舟の中のお染のほうが素晴らしいくらいだった。 ほんの少ししか姿は見えないけれども、端正で、意志的で。

もはや久松がどうだろうと許婚の山家屋佐四郎がどう出てこようと、 お染の心は決まっていたのだ。 その決心をわざわざ一層固くしてくれるかのように「油屋」で久松は実家の跡取りとなることが決まり、 乳母親子とともにお染のもとを去ってしまう。

「蔵場」でまっすぐ井戸に向かうお染。 お染の頑固さを理性で裏打ちしたような母おかつの諭しを、けれどもそれ故に自身の決意を固めるがごとく、 聴くお染。赤と水色の段鹿の子の振袖の、袖をぴったりと合わせて、俯いた目でしっかりと床を見つめて。 豪華な髪飾りが表情を翳らすように顔にかかる。

まさに紋壽師匠の独擅場だ。 こんなに強くこんなに厳しい少女を遣わせたら今紋壽師匠の右に出るものはいないだろう。

おかつが去って、雪のなか、井戸に舞い戻ってくるお染。 そこに迷いなく飛び込む姿がほんとうに美しかった。 (平成22年5月文楽東京公演)

(過去記事)お染のこと[2004年「染模様妹背門松」]

お染のこと--「新版歌祭文」(2010.5.11)
久松は彼女にとって生まれて初めて手に入れることのできなかったもの、だったのだろう。 裕福な商家の娘として何不自由なく育ったお染は、望んだものはひとつ残らず手にしてきた。 それが彼女にとってはごく当たり前のことだった。尊大でわがままなお染。

おそらく無意識のうちに、ちょっと甘えてみたり子供っぽくふるまってみたりと、 望むものを手に入れるための手管を学習してきたに違いない。 はじめて彼女の手からすり抜けようとするもの--久松--を手に入れようと、 久松にしなだれかかるお染の姿に、そんなふうに思った。 ちりちりと鳴る襟袈裟の鈴。子供っぽいけれど、どこかに大人の女の策略の見え隠れするお染。

ただの一途で純粋な少女というだけではない。 紋壽師匠のお染を観ていて思ったのはまさに「執念」という言葉だ。 文楽で執念の女といえば真っ先に清姫を挙げるべきなのだろうけれど、 それ以上の執念を、お染には感じた。

見ている自分が年をとったせいで、尼になって身をひくおみつにも以前ほどは抵抗を感じない。 けれどもそれじゃあどちらが好きかといわれると、執念の塊となって まっすぐに目指すものに突き進むお染のほうが、どうしたって気になってしまう。 やはり年をとったせいで、執念の女が正しい、と断言することは最早できないけれども、 正しい正しくない、良い悪いは別にして、 まっすぐに目指すものに突き進むこと、その姿、というものについては考えざるを得ない。 努力なのか執念なのか信念なのか。 そしてそれが執念だとして、それは悪いことなのだろうか。 ....答えのでないまま、お染は舟で大阪へ帰っていってしまう。

文楽を見始めて10年目、最早あきらめていた今になって、 紋壽師匠のお染を、しかも簑助師匠のおみつとともに観ることができようとは夢にも思わなかった。

格的にはおみつより下だけれども、人形らしい見せ場のあるのは断然お染のほうだ。 究極の脇役、脇役の女王お染。 役の格とは別に、静御前(個人的には「二人禿」の禿もだが)とともに人形遣いならば絶対極めてほしいお役のひとつである。

「その間遅しと駆け入るお染....」からの有名なさわりももちろんだが、 つっぷして泣いたあとに涙をふきつつ顔を上げるときの涙を抑える指先にも 意志の籠もったお染だった。 目標とされてきた政岡もお遣いになられたのち、今このときの紋壽師匠のお染を観られたことに感謝したい。 (平成22年文楽5月東京公演)

肝煎左治太夫のこと--「嬢景清八嶋日記」(2010.2.19)
酸いも甘いも噛み分けた、というのはこういう人のことを言うのだろう。

景清に「誰を力になにとか暮らす」と聞かれて答につまる糸滝を見て、 即座に「相模の国で田地もちの大百姓に、氏系図を土産にして、去冬さらりと 婚礼も相済み...」と機転を利かせて出まかせに言えるなんて。 状況を一瞬にして判断し滔々と物語る左治太夫。 糸滝の気持ちを思いやり、父親の心配を思いやり、表情を曇らせ、涙を抑える左治太夫。 又平のかしらがこんな悲しそうな顔をするなんて。

日向嶋につくなり「景清は死んだ」といわれ泣き崩れる糸滝に 「吉野初瀬の桜も不断咲いてあると思ふは不覚。咲くからは散る筈。生まれるからは死ぬる筈。 盛者必衰の理は釈迦達磨も逃れ給はず。」なんて恰好いいセリフをいってくれるじゃないか。 景清が打ち捨てたお金を里人に「目交ぜで」渡すのも気のつく左治太夫ならではだ。

左治太夫にとっては、人生の機微を知り尽くしているからこその肝煎商売なのだろう。 そんな左治太夫を今年喜寿をお迎えになられた紋寿師匠がお遣いになる。 滋味深い、ということばがぴったりの芸である。

旅の振り分け荷物を肩から下ろすのが鮮やかなのも紋寿師匠ならではで、その度に嬉しく眺めていた。 (平成22年2月文楽東京公演)

政岡@千穐楽のこと--「伽羅先代萩」(2010.1.24)
人形遣いとしての六十余年のあいだ、最大の目標に掲げてこられた政岡。その千穐楽の舞台を紋寿師匠はそれは丁寧にお遣いだった。 一瞬たりともゆるがせにせず、輪郭のはっきりとした動きで、かといって力任せではなく、ひとつひとつ丁寧に。

鶴喜代君に、千松に、目を覗き込むように話しかける。大きな目を伏し目がちにひとり物思いに沈む。 お道具にもお米をとぐ手にも心をこめるまま炊き。親雀にぱあっと(この音も効果的だ)米をまいてお盆を見上げて歎く姿。ゆったりと釜を仰ぐ扇。 所作のひとつひとつに品があり、格がある。 だからこそ「屏風にひしとしがみつき」腰を突き出すようにして鳴咽する姿に彼女の心の乱れが尋常ではないとわかる。

政岡を遣うのはもしかするとこの日が最後かもしれないとの思いは確実にお持ちだっただろう。 10年ほど前に玉男師匠がインタビューで「毎日これが最後の舞台と思って勤めます」と話しておいでだったのを、今月は一層の重みを伴って思い出す。

ひとり御殿に残された政岡が声なき千松にまっすぐに注ぐ視線。上手で泣き上げる後ろ姿。千松を抱き下手に振り返る姿。 政岡の二十余年の人生に、紋寿師匠の人生が凝縮されているのを見るような気がした。

3週間の公演の最後にこれだけの大役を演じきられた紋寿師匠、体力的には限界に来ているであろう楽日に終始すがすがしい表情でお遣いになられていた 紋寿師匠に対し尊敬の念を新たにする思いである。 2時間におよぶ舞台の間途切れることなく漲っている政岡の、藩主の乳人としての自負。この日の政岡は6年前の巡業の政岡よりも文句なしに良かった。

つつがなく楽を迎えられたこと、そしてその場に立ち会うことができたことに、今は感謝の気持ちで一杯である。 「竹に雀の羽をのして栄ふる御代こそめでたけれ」。鶴喜代君を高々と抱き上げる政岡の姿を目に納めながら幕切れのことばをしみじみ有難く聞いた。 (平成22年1月文楽大阪公演)

(過去記事)⇒[政岡のこと](2010.1.13)

政岡のこと--「伽羅先代萩」(2010.1.13)
米を洗いお茶道具を扱う政岡が見つめる彼女の指先を見ながら、 紋寿師匠はその向こうに紋十郎師匠のお姿を見ていらっしゃるような気がした。

二十代のころ「政岡は女形の大役中の大役」と仰る紋十郎師匠の政岡の足を初めてお持ちになり 「この足を持って初めて、師匠の偉大さがわかった」(「文楽公演平成22年1月パンフレット」p.25)と常々語っておいでの紋寿師匠。 芸談「女方ひとすじ」ではそれを「畏敬の念」と表現されていた紋寿師匠。 その言葉の重みを、客席で見ている間も見終わったあとも、ひしひしと感じた。

初めて紋十郎師匠の足をお遣いになって以来「政岡が、私の究極の目標に」(「女方ひとすじ」p.59)なったという。 そしてそれから50余年もの間、紋寿師匠はその目標に向かって芸の道をたゆまず歩み続けて来られた。 紋十郎師匠の教えを仰いで来られた20年の後紋十郎師匠がなくなられ、さらにその後40年もの間修業をつづけてゆかれるのは楽なことではなかっただろうと思う。

....そんなこんなが塊のまま押し寄せてくる舞台だった。
恩寵。
舞台を拝見して数日、客席に座ってその舞台から受け取っていたものをできる限り正確に伝えられる表現を探してきて、 今、思いつくのはこの言葉である。

政岡の見せ場は動きのあるところだけではない。そうでないところでも周囲の動向に絶えず警戒を弛めずにいる政岡。 若君を守るべく周囲に対して注意を張り巡らしている政岡の集中力に、 それをお遣いになる紋寿師匠の2時間にもおよぶ途切れることのない集中力が重なる。 政岡の、そして紋寿師匠のその静かな気迫は鬼気迫るものだった。

***
紋寿師匠の政岡を見るのは実は初めてではない。2004年春の巡業で一度拝見している。 もしかするとそのときの政岡のほうが、動きのキレや細かな小道具の扱いなどに関しては良かったところもあったかもしれない。 けれども、体力的にはおそらく今よりも余裕のあったであろう6年ほど前の政岡よりも、 今回の政岡のほうがずっと心を揺さぶった。 その6年の間に紋寿師匠のなかで積み重なってきたもの、 そして見る側にも同じ6年の間に積み重なってきたもののことを思った。

紋寿師匠の政岡は、誠実さが衣装を着たような女性で、藩主の息子の乳人という立場にありながら、 もっと狡猾さがあればもっとうまく立ち回れるであろうに、政略などとは無縁の人物で可哀相なくらいだ。

八汐の残虐さの脇で無言で耐えている政岡の表情の気高さ。一転して、栄御前が去ったあと激しく慟哭する政岡の 緋の着物の描く鮮やかな動き。舞台の上の色彩、静と動のコントラストがなんと美しいのだろう。

***
交替なしで「初日からずっと持つのは今回の公演が初めて。それも本拠地の大阪ですから、 嬉しい限りです。」(「文楽公演平成22年1月パンフレット」p.26)と仰る紋寿師匠にとって、 今月の政岡はまさに集大成と呼ぶにふさわしいお役なのだ。 そしてその場に立ち会えたことに本当に感謝している。

紋寿師匠の理想の政岡に向かって、今月の政岡はもっともっと良くなってゆくような気がする。 (平成22年1月文楽大阪公演)

(過去記事)⇒[2004年3月巡業の政岡]



おさんのこと--「心中天網島」(2009.11.3)
「おんなじ人を愛したんだなぁって思うとね、おたがいに、なんだかいとおしくなっちゃうのよ。」
(江國香織「綿菓子」(新潮文庫「こうばしい日々」所収 p.132))
亡き夫の愛人の死に、そんなふうに言ったおばあちゃんのことばを、 紋寿師匠のおさんを見ていて思い出した。

おさんはあんな境遇なのに湿っぽくない。さらっと明るくて、無理やり毅然とした感じもない。 帯屋のお絹と同じ拵えだけれど、お絹のような救いようのなさは感じない。 その理由はひとつには、おさんには二人の子供がちゃんといるからだ。 そして、なのか、だから、なのか、おさんは美しい。 のれんを分けて出てくるおさんの、力の抜けてそれでいて真っ直ぐな背筋。 大人の女性の美しさという点では小春に圧勝だ。

おさんの明るさのもうひとつの理由は、たぶん小春を許していることにあると思う。 「おんなじ人を愛したんだから、愛する人はやっぱり生かしておきたいわよね(『女は相身互いごと、切られぬ処を思ひ切り、 夫の命を頼む頼む』)」 そんな手紙をもらったら小春とて「はい(『引かれぬ義理合思ひ切る』)」というしかないだろう(この小春も恰好いい)。 これがいっそ泣き落としだったら小春のほうが強気に出られたのに、 小春を許し治兵衛を許しているおさんは、だからさらりと強くて明るいのだ。

心の奥には様々な憎しみや嫉妬も渦巻いているはずだけれど、それをすっかり飲み込んで、 現実を冷静に眺めているおさん。 そしてそれはきっと治兵衛を結局のところ愛しているからこそ出来ることなのだ。
「誰かをほんとに好きになったら、その人のしたこと、全部許せてしまうものなのよ。」
(江國香織「綿菓子」(新潮文庫「こうばしい日々」所収 p.132))
「泣かしゃんせ、泣かしゃんせ...」のくどきもさることながら、 小春の身請け金のために質入れする 着物を箪笥から1枚1枚取り出しては広げた風呂敷に重ねてゆくときの、 最後にそっと自分の簪を抜き取って重ねた着物にこっそり挟むときの、 おさんの抑えられた悲しみが、深く深く心に響く。 (平成21年11月文楽大阪公演)

お柳のこと2--「卅三間堂棟由来・平太郎住家より木遣音頭の段」(2009.10.21)
慈しみ、という言葉を想う。
お柳のみどり丸に対する、あるいは平太郎に対する慈しみ。 それだけではない。 それ以上に、お柳の人形を見ていると紋寿師匠のお柳に対する深い慈しみが伝わってくるようだ。 このお役を紋寿師匠はそれは大切になさっておいでなのではないだろうか。

幼い我が子と愛しい夫から永遠に別れなければならないお柳。 散り来る柳の葉のさみどりの色--お柳の着物の色と同じ-- に包まれた透き通るようなかなしみ。 みどり丸と平太郎の寝顔を見るときにふっと色香が漂うほんの一瞬のほかは、 すうっと背筋が伸びて、植物の精らしい澄んだ空気を湛えているお柳。

「得も岩代の結び松、我は柳のみどり子が....」 「必ず草木成仏と....」 「最早朽木も時を得て、一宇の棟木となる事も、ひとつは妙なる法(のり)の縁....」
美しい言葉にお柳の振りも一段と映える。

お柳が消えてしまったあとも、彼女の存在はずっと空気の中に漂っている。 そしてきちんと幼きみどり丸が次の世代へと命をはぐくんでゆくのだ。 太古から続く植物の物語。

ご自身の芸談「女方ひとすじ」で 「演出的にはどこかに人間と違った澄んだ感じということは意識します」(p.159)と 語っておられる紋寿師匠の、お柳は間違いなく持ち役のひとつであると言ってよいと思う。 (平成21年10月文楽地方公演)

(過去記事)お柳のこと[2006年版] (*このときはお柳の着物は紫バージョンでした)

お米のこと--「伊賀越道中双六・沼津の段」(2009.9.6)
聡明な女性。
菊の花を手にした紋寿師匠のお米をひと目見るなり、そう思った。 状況を一歩引いて眺めることができ、自分の立ち位置をわきまえているお米。 田舎のあばら家で老いた父とふたり、貧しい暮らしながら、気丈さを持つお米。

彼女を貫く一本の芯となっているのは、志津馬への想い、ただそれのみだ。 お米の行為は、志津馬さまが大切との想いにのみ支えられている。
十兵衛のプロポーズを断るのも恋しい志津馬がいるからだし、 妙薬の入った印籠を盗むのも、ただ愛する人が回復し本懐を遂げることを願ってのこと。 老いた父をいたわり、亡き母の位牌に菊の花を手向ける孝行なお米の生きる支えは、しかし両親ではなくそれ以上に愛しい志津馬なのだ。

松葉屋の瀬川という名うての遊女だったときも、きっと気丈に勤めていたことだろう。 そして我が身ゆえに志津馬と敵方との間に騒動が起こる。 気丈な彼女だから一層やりきれない思いを拭えずに、日々暮らしていたはずだ。

紋寿師匠のお米に「封印切」の梅川を思い出した。 相手の男性こそ違え、遊女勤めをしながら男を想い、けれども男に寄りかかることはしない。 自分の足で立って、男を支える女性。 紋寿師匠ならではの女性像。
可愛らしさや色っぽさではなく、心に芯の一本まっすぐに通った強さを持つ女性。 向かうべき方向の揺らがない、こんな女性が紋寿師匠には本当によく似合う。

草叢の陰で孫八になだめられつつも自害した父の姿に涙をこらえきれないお米の姿に、 幕切れ、息絶えた父の背中で泣きじゃくるお米の姿に、見ている者も涙を流さずにはいられない。 (平成21年9月文楽東京公演)

清姫のこと--「日高川入相花王」(2009.5.24)
「安珍さまぁ」と川べりを駆けてくる清姫。 たたたた、と足音が聞こえ姿を現した清姫は、まっすぐに遠く--安珍の向かった先--を 見据えていた。紋寿師匠の清姫だった。 黒い振袖に、衿と袖口と裾それに髪飾りの赤が、彼女の激しさそのものだった。

「真那古庄司館」の最後、両手に振袖を巻上げ駆け出してゆく清姫。 そこから舞台転換で数分間があいても、緊張のとぎれない清姫だった。 強い意志、まっすぐな視線。彼女がまっすぐ前を見つづけていることが、とても嬉しい。

くどきの間にもどんどん想いは募り、ついに「恋の呵責に砕かれて、身は煩悩に繋がるる」。 闇の中、右の振袖をキッと広げ、頭を振って捌き髪になるとそのとき、 強さは狂気と変わる。水面に映る鬼の形相。放物線を描いて飛び込む黒の着物とオレンジの帯。 銀のうろこをぎらつかせ泳ぎきった清姫の、柳の枝を握り締めての決まりの型の晴れやかなこと。

理由なんかなくていい。ある瞬間にスイッチが入り、鬼(蛇)の姿になる。 たぶんそれが、狂気そのものだ。 それは決して否定されるべきものではないのではないか。
もちろん安珍の身にはなりたくないけれど、やっぱり、ある種の狂気は、備えているほうが魅力的だ。 少なくとも紋寿師匠の清姫を見ている限りにおいては、そう思う。

真那古庄司館、水浅葱の振袖そのままに澄んだ純粋さの中に、おだまき姫よりも少しだけ大人の色気を香らす清姫。 嫉妬のあまり安珍の後を追う決心をする清姫の、衣装の黒と赤に象徴される強さ。 川に身を投げ、金色に光る帯を尻尾のようになびかせて、ぎらぎらと輝く蛇体となって泳ぎきる清姫の狂気。

清姫の表現しているのは、彼女のプライベートな恋愛ではなく、女の原型、女の典型的な情念の象徴である。 (平成21年5月文楽東京公演)

弥助実は平維盛のこと--「義経千本桜」(2004.4.4)
「月の桂の殿もうけ」とお里に言われるとおりの、月の光の似合う維盛だった。

弥助実は維盛は上方和事の二枚目などでは決してない。 弥三衛門が戻り、上座に据えられたときの背筋を伸ばしたその姿はまぎれもなく維盛だった。 紋寿師匠の維盛はこの部分から俄然本領を発揮する。 お里に「何初心な、案じてぞ」と言われるときのうつむきがちの維盛の視線は、お里のことなどうわの空で、 あきらかに都の内侍と六代君に思いを馳せている。 我が身のゆく末を思い、郷愁にとらわれる維盛。 「若葉の内侍か六代か」と月影にふたりを認める言葉にすでに三段目の涙のピークが来てしまう。 (もともとこの場面はいつも泣くスポットなのだが、紋寿師匠が維盛をお遣いになるとあっては、なおさらだ。) 若葉の内侍が辛い旅路に携えてきた想いと、落ち延びてきた維盛の想いが、ぴたりと重なる瞬間。

お里のくどきのとき、最初はお里に向けられていた視線を、徐々に落としてゆくのも哀れで、維盛の気持ちに寄り添ってしまう。
権太の機転で救われた維盛が、梶原の計略を知り、潔く出家を決める。 いままでどことなしに優柔不断だった維盛がはじめて決断を下す。 お里と若葉内侍をふりきる姿にも覚悟の色が見えた。
輪袈裟をかけ、もとどりをきって捌けた髪で、白い数珠を手にした最後の姿は、静かな中にも意志が灯っている。 このあと熊野から船出して入水する運命を思って涙のうちに幕となる。(平成21年文楽4月大阪公演)
[追記](2009.4.5)
年明けに松本清張の推理小説「Dの複合」を読んで補陀落渡海のことに想いをめぐらせていたちょうどその折に、 紋寿師匠が維盛をお遣いになるということを知り、なんとなく縁があるなとふと思ったものでした。 「平家物語」的には熊野からの補陀落渡海といえば維盛、なのですが、「千本桜」の維盛に対してこれまで持っていたイメージでは、 どうしても補陀落渡海に結びつかず、とらえどころのない人物と思っていた維盛。 ですが紋寿師匠の維盛は鮮やかにその答えを与えてくれました。

「一葉の船に棹さして、万里の蒼海にうかび給ふ。」(「日本古典文学全集・平家物語A 維盛入水」小学館p.312)
「ただ大方の春だにも、暮れ行く空は物うきに、況や今日をかぎりの事なれば、さこそは心ぼそかりけめ。」(同書p.313)

頃は春の終わり、3月28日といいます。熊野の浦の穏やかな春の海のかなしい最期が目に浮かぶような維盛でした。

続・お吉のこと--「女殺油地獄」(2009.2.22)
結った黒髪もうちわを持つ手も、背景からくっきりと浮かびあがる。 いつにも増して輪郭がシャープで、紋寿師匠のお人形らしいお吉だ。 「立ち酒飲んで誰を野送り」と下手側に半身振り返るお吉も、 「祝ふて節句もお仕舞ひなされ」と上手側に半身振り返るお吉も、千穐楽はいっそうその姿がきれいだった。

近松の復曲もので「原宿文楽」以来とおっしゃるお吉は、初日から日を追うごとに 紋寿師匠のお吉像がくっきりと形をとっていくようだった。 こういうプロセスを見られるのは古典作品を見るのとは別の楽しみである。

紋寿師匠のお吉を見ていると「親子の情」という言葉がまず浮かぶ。 堤で娘の手を引くお吉。娘の髪を梳いてやるお吉。髪を梳くしぐさは、娘に注ぐ愛情のこもった視線といい、 櫛についた毛を抜くしぐさといい、紋寿師匠ならではの芸の細かさ。櫛の歯の折れたのに気づくのは存外さりげない。 頭に差していた棒状の櫛を口でつうっとぬぐうお吉。 与兵衛の両親の言葉のいちいちを母親としての我が身に引き合わせて聞いているお吉の、 膝のうえに伏せられたうちわ。

殺しの場面はとりわけ公演後半になるに連れ、与兵衛との息も合い、どんどん美しくなっていった。 「今死んでは年端もゆかぬ三人の子が狼狽する」と捌き髪になって叫ぶ姿には、 乱れた髪のかかる白い頬や白い手には、そのままどこか遠くへ行ってしまうような、 --源平布引滝の小まんのような--透明な美しさがあった。

公演前半には若さが目についたお吉だけれど、後半になると、若さや純粋さの奥にあるものがきちんと目に見えてきた気がした。 徳兵衛もお沢もお吉に頼ってくるし、与兵衛も結局この苦境を逃れるべくお吉のところへやって来る。 夫七左衛門も家のことはお吉に任せきって、仕事に精を出している(ちょっと出しすぎのような気もするくらい)。 「鑓の権三」のおさゐの(たぶん)意識的な魔性とは違うけれども、 周りのひとたちを無意識に引き寄せてしまう、そして最後は不幸も引き寄せてしまうお吉にも、 消極的なあるいは静的な魔性がどこかに潜んでいるようだった。 豊島屋の黒い着物も、そんな性格が見えてくるにつれ、お吉にしっくり似合ってきた。

「お吉を迎ひの冥途の夜風。」 そ知らぬ顔で油を汲みにゆくお吉のうしろで、予言の言葉が響く。 (平成21年2月文楽東京公演)

お吉のこと--「女殺油地獄」(2009.2.10)
同級生にわりと若いうちに一回り年上の男性と結婚した人がいる。 ご主人はだからかなり落ち着いていて、 とりたてて美人じゃないし、どちらかというと垢抜けない彼女を、 すごく愛している。 3人の子供を持っても、浮世に染まることなく、娘のころの純真さを保ったままで、 ちょっと世間知らずといえるかもしれない。

紋寿師匠のお吉は、そんなイメージだ。 世間ずれして人を疑ってみたり、物事の裏を勘ぐったりしたりなどしない。 それも年上のしっかりもののだんな様に守られているからなのだろうか。 (紋豊さんの豊島屋七左衛門が恰好よくて頼りがいのありそうな人だったから尚更そんな気がした。)

そんなお吉は、人妻というよりも若い母親。 いわゆる人妻の色気みたいなものとは無縁である。 与兵衛の両親の話に涙を流すのは、まるで夫の両親につくす嫁のようだし、 与兵衛を諭すのも、子供を諭すときの物言いのようなところがあった(だから、政岡を思い出した)。 もうちょっとハッタリを効かせてもいいのに、それができないお吉。 相手を疑うことができないから、悲劇を招いてしまう。

野崎詣での道、夫を先に立て、 娘の目をのぞきこむようにして手をとり、堤を上らせてやるお吉。
もう最期だという苦しい息でなんとか店に上がって、3人の娘の寝姿を目に納めようと 蚊帳にすがりつくようにして息絶えるお吉。 壮絶な中にも紋寿師匠のお吉の人柄が見えた。 (平成21年2月文楽東京公演)
[追記](2009.2.11)
お吉が与兵衛の両親の話に耳を傾け、涙するのが、他人の話を聞いているとは思えないほどだったのですが、 紋寿師匠に伺ったところ、この場面はとても大事にお遣いになっているとのことでした。 逆に殺しのところはやりすぎると酷くなるから、遣いすぎないよう気をつけるのだそうです。 以前(1991年)原宿文楽で簑助師匠の与兵衛でお遣いになったときのことを懐かしそうにお話しでした。

桃井若狭之助のこと--「増補忠臣蔵・本蔵下屋敷の段」(2009.1.4)
紋寿師匠は若狭之助のキャラクターがお好きでいらっしゃるのかもしれない。 あるいは、若狭之助は私自身が個人的に抱いている紋寿師匠像に似ている、と言ったほうが正確かもしれない。 いずれにしても、紋寿師匠の若狭之助を見ながら、どことなく紋寿師匠ご自身に重なるものを感じた。

偉い人なのに偉ぶらない。 本蔵に命令するときも、上から威圧的な目線では決して見ない。 高い位置に座ってこそいるし言葉遣いも主人のそれだけれども、紋寿師匠の若狭之助の目線は 本蔵と同じ高さに立とうとしているような、肩を並べて話そうとしているような、そんな心持ちが感じられる。

紋寿師匠の若狭之助は温かい。 物言いはちゃきちゃきした若殿様風で、 若さのあまり考えなしな行動につい出てしまうところが見受けられる若狭之助だが、 それでいて、温かい。 若狭之助がこんなに表情豊かだとは想像していなかった。 由良之助に討たれ力弥に小浪を嫁がせたいと願う本蔵の気持ちを、十二分に察して余りある表情。 三千歳姫の琴に目を伏せてじっと耳をすます表情。 忠臣として尽くしてくれた本蔵とのこの世の別れに際し涙を抑える表情。

黒の紋付に華やかな金の亀甲柄の袴。 最後は、右手で開いた扇をかざし左手では三千歳姫を制するような型がしみじみと美しかった。 (平成21年1月文楽大阪公演)


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[最近の公演とこれからのご予定]

桐竹紋寿さんの芸談「文楽・女方ひとすじ」(東方出版)、 および公演パンフレット等を参考に、芸歴をまとめさせていただきました。

最近お遣いの役 [TOP] ....(これ以前のものは近年お遣いの役[2000年以降]を御覧ください。)

(野澤錦糸さんのページ豊竹英大夫さんのページ他より情報いただいています。)
平成23年1月公演(1月3日-23日)「傾城恋飛脚」遊女梅川国立文楽劇場(忠兵衛 和生)
平成23年2月公演(2月5日-21日)「嫗山姥(こもちやまんば)」八重桐(18-21日は休演)国立劇場(忠兵衛 和生)
平成23年4月公演(4月2日-24日)「女殺油地獄」徳兵衛女房お沢国立文楽劇場(河内屋徳兵衛 玉女)
平成23年5月公演(5月7日-23日)「傾城恋飛脚」遊女梅川国立劇場(忠兵衛 清十郎 )
平成23年7,8月公演(7月23日-8月8日)「心中宵庚申」島田平右衛門国立文楽劇場(お千代 簑助)
平成23年9月公演(9月3日-19日)「伽羅先代萩」乳人政岡国立劇場(八汐 簑助、栄御前 文雀、
千松 玉勢、鶴喜代君 玉翔)
平成23年11月公演(10月29日-11月20日)「紅葉狩」更科姫実は鬼女国立文楽劇場(平維茂 和生)
平成23年12月22,23日「伽羅先代萩」乳人政岡博多座(千松 簑紫郎、鶴喜代君 玉翔)
平成24年1月公演(1月3日-24日)「壺坂観音霊験記」女房お里国立文楽劇場(沢市 玉女)
平成24年2月公演(2月4日-20日)「艶容女舞衣」親宗岸国立劇場(お里 簑助)
平成24年3月地方公演(2月25日-3月17日)「双蝶々曲輪日記」南方十次兵衛巡業
平成24年4月公演(4月7日-30日)「桂川連理柵」弟儀兵衛国立文楽劇場(お半 簑助、お絹 文雀)
平成24年5月公演(5月12日-28日)「義経千本桜」弥助実は平維盛国立劇場(お園 簑助)
平成24年7,8月公演(7月21日-8月7日)「伊勢音頭恋寝刃」仲居万野国立文楽劇場(貢 玉女、お紺 文雀)
平成24年9月公演(9月8日-24日)「夏祭浪花鑑」釣船三婦国立劇場(お辰 簑助)
平成24年11月公演(11月3日-25日)「仮名手本忠臣蔵」塩谷判官国立文楽劇場(*ご休演、和生さん代役)
平成25年1月公演(1月3日-25日)「義経千本桜」娘お里国立文楽劇場(権太 勘十郎、維盛 玉女)
平成25年2月公演(2月9日-25日)「妹背山婦女庭訓」お三輪国立劇場(求馬 和生、橘姫 勘彌)
平成25年4月公演(4月6日-29日)「釣女」醜女国立文楽劇場(美女 一輔)
平成25年5月公演(5月11日-27日)「一谷嫩軍記」相模国立劇場
平成25年7,8月公演(7月20日-8月5日)「夏祭浪花鑑」釣船三婦国立文楽劇場
平成26年2月公演(2月8日-24日)「近頃河原の達引」娘おしゅん国立劇場(伝兵衛 勘壽、与次郎 玉女)
平成26年4月公演(4月5日-27日)「菅原伝授手習鑑」女房千代(四段目)国立文楽劇場(松王丸 勘十郎)
平成26年5月公演(5月10日-26日)「増補忠臣蔵」桃井若狭之助国立劇場(三千歳姫 簑二郎)、本蔵 玉也)
平成26年7,8月公演(7月19日-8月4日)「平家女護島」丹左衛門基康国立文楽劇場(千鳥 簑助)
平成26年9月公演(9月6日-22日)「双蝶々曲輪日記」長五郎母国立劇場(おはや 簑助、長五郎 玉也)
平成26年11月公演(11月1日-24日)「双蝶々曲輪日記」長五郎母国立文楽劇場(おはや 簑助、長五郎 玉也)
平成27年1月公演(1月3日-26日)「彦山権現誓助剣」母お幸国立文楽劇場(お園 和生、六助 玉女)


これからのご予定 [TOP]
* 2015年5月以降の配役情報は⇒こちらです。

平成27年2月公演(2月14日-3月2日)「源平布引滝」娘小まん国立劇場(実盛 勘十郎)
平成27年4月公演(4月4日-26日)「三十三間堂棟由来」進ノ蔵人国立文楽劇場(お柳 簑助)

[紋寿さん関連ページリンク集] [TOP]

国立文楽劇場15周年のときのお三輪 (ししゅう屋TOMOさんのページ)

新☆竜童組-曽根崎心中新☆竜童組、和田静男さん(Gt)のHP。2002年 草月ホールのレポート。紋寿さんのスーツ姿も。

宇崎竜堂さんのHPプロフィール中に「ロック曽根崎心中」の公演記録あり



[紋寿さんの本・DVD]
1)書籍
桐竹紋寿「文楽 女方ひとすじ」(東方出版)2001年 (日本図書館協会選定図書)

....人形遣いとして歩んで来られた55年のこと、これからのこと、女方の様々なお役のことなどを綴ったご著書。 お若いころからのお写真も豊富。

2)DVD
DVD「ロック曽根崎心中」(発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー)
....2002年3月東京・草月ホール公演のDVD(定価¥4,700)が、国立文楽劇場での公演に併せて発売に!! 自宅にいながら紋寿師匠のお初に会える待望の一枚!! リハーサル風景、打ち上げ風景などのファンには嬉しい映像も収録されています。(2003.4.29発売) 宇崎竜童さんのHPから購入可能。

DVD「Gospel in 文楽」
....2004年12月3日カトリック神戸中央教会での「ゴスペルイン文楽」公演を収録した貴重な映像!! きれいなカメラワークに感動がよみがえります。 ヤイロの娘のエピソード等を含むロングバージョン。(製作2007年) お問い合わせは⇒こちら

DVD「NHKスペシャル人間国宝ふたり 吉田玉男 竹本住大夫」(発行・販売:NHKエンタープライズ)
....本DVDに収録の「心中天網島 北新地河庄の段」に桐竹紋寿師匠が紀の国屋小春役でご出演!!(2008.3.21発売)


本ページの開設とご著書の引用・写真の掲載をご快諾くださいました桐竹紋寿師匠に心より御礼申し上げます。


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