コーヒー鑑定士レポ!の巻 サントス市より
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はじめに 鑑定士免許履修クラス(サントス商業連盟から) コーヒー道、出世物語
コーヒー鑑定歴44年 日本のコマーシャルにも登場、マネコさん!
*ポルトガル語ではコーヒー鑑定士を基本的にクラシフィカドールと呼んでいます!
つまり、豆を識別、分類する人という意味です!

←教室で豆の選別法を教えるときの様子
はじめに
2006年3月17日、サントスのアミーゴのおかげで、コーヒー鑑定士(CLASSIFICADOR)の仕事を垣間見ることになった。
そもそも、鑑定士なんていう仕事は知らなかった。コーヒー大国ブラジルの庶民的スーパーで、なぜもう少しバラエティ豊かなコーヒーが入手できないのか。そんな疑問から生じた、わたしのブラジルコーヒーに対する好奇心、現在に至る。
サンパウロで入手できそうな好みのコーヒーを発見した(トルマリンコーヒー。2006年からリベルダージのヤマトでブラジル国内向けに販売され始めた)こともあって、次は、目先を変えてコーヒーの港サントスへ!
ちょっとした噂で、コーヒー鑑定士は「給料がいい」と小耳に挟んだ。それならば、わたしも養成コースのある場所でひとつ勉強して!なんて夢の世界へ。しかし、サントスのコーヒー鑑定士は、もっと、もっと熟練されたプロフェッショナルな人たちだった。わたしなんかが鑑定士になるなんて恐れ多くて、、、。だから、結局、コーヒーについては、独自の取材を続けることに専念しようと心に決めた。
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鑑定士免許取得クラス(サントス商業連盟から)
サントス商業連盟
鑑定士免許取得クラスは、観光名所ボウサ・デ・カフェの近くにある、サントス商業連盟(ASSOCIAÇÃO COMERCIAL DE SANTOS)で開設されている。
サントス商業連盟とサントス商工会議所は違う組織なんだけれど、よく混同されるらしい。連盟の加入者はほとんどがコーヒービジネスに関わっているとのこと。
取材をするに当たって、連盟の会長、ジョゼ・モレイラ・ダ・シルバ氏にごあいさつ!彼が世界のコーヒー業界を代表する人か、、、とはいっても、ブラジル人。会長だからといって威張った様子もなく、実にリラックスした空間でもてなしてもらった。

↑サントス商業連盟の会長の部屋(左から2人目がモレイラ会長。)
背後の絵はブラジルの有名画家ベネジット・カリショットが描いた20世紀初頭のサントスの景色。
時価US$200,000。 廊下にもUS$300,000の絵が!
鑑定士免許取得クラス
鑑定士のクラスは年に2回程、開設される。約1ヶ月の授業で、コーヒーの歴史から植物学、流通に関することまで、一通りの解説がある。その他にも、実際にファゼンダでコーヒー豆の生まれ故郷を観察したり、収穫した豆の処理を学んだりもする。詳しくは、日本の会社から研修で訪れた人たちがクラスのレポートをホームページで公開しているので、そちらの方が分かりやすい。
教室では、講義する所に隣接して、焙煎する機械や、豆の等級を見定めるテーブル、試飲して味を確認するテーブルが用意されている。
わたしが教室を見学していたときには、まだ15歳くらいのブラジル人の少年が、ひとりで等級分けの作業をしながら勉強していた。そう、ブラジル人のプロ鑑定士は、日本で中学を卒業するくらいの子供から訓練をはじめることは珍しくない。この道、50年近くの人たちがコーヒー業界で活躍している。
ブラジル人をはじめ、世界からブラジル農務省認定の資格を求めてやってくる。授業料は1500レアイス日本円で約75,000円。高いか安いかなんともいえないけれど、コーヒーの母港で学習できるというのは魅力的。

←コーヒーを試飲して味を分類する練習用のテーブル。
トップページの写真は現場の鑑定士。
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コーヒー道、出世物語
ブラジル人なら、誰でもファゼンレイロに憧れる、、、それは昔も今も変わらない。日本の23倍もある国土におけるファゼンデイロ。ちまちました土地なんかじゃなくて、自家用ジェットでなければ見渡しきれない、、、そんな広大な土地の所有者が何を意味するか、、、。
サントスで軒並みコーヒーの輸出業者が集まる、キンゼ・デ・ノベンブロを曲がって続く更なるオフィス街。その中の一軒に、ガシュペ・コーヒーという会社がある。高品質な豆を海外に輸出している。
社長のロペス氏は、一代でコーヒー業界の中で会社を興し、今ではコーヒーだけでなく、さらに広範囲な農牧事業を展開している。わたしがよく飲んでいる『FAZENDA』というブランドの牛乳、実はロペス氏のものだったとは、なんとも驚き。
最初はオフィスボーイ(雑用係みたいなもの)からはじめるも、人柄と商才でファゼンデイロという地位ni
至る。ロペス氏は語る、「コーヒーの世界は現場が勝負だ」と。
教育とは何かを考えさせられるサントスのコーヒー取材。鑑定士も、輸出業者も、サッカーだって、その道を極めている人は、まだ10代の若いときから、現場で人生の基盤を築き始めている、、、。そして、そんな若者を育てる社会気風が、今のサントスにも残っているような、、、。
ブラジルという広大な土地と、何においても本質を見抜く能力。今の日本の意識で必要かつ改善を迫られているものを見た気がした。

←ロペス氏。コーヒー普及への功労者に送られる権威ある表彰状を片手に。
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コーヒー鑑定歴44年
←鑑定歴44年のニウトンさん
コーヒー業者が軒を連ねるキンゼ・デ・ノベンブロ街。昔の写真も今の景色も、通りで立ち話をするのは、なぜか男性ばかり。女性や子供が歩いているのは、少々、恥ずかしくなる。
次に訪れた会社は、ネスレやコカコーラ等など、世界中の有名ブランドが取り扱うコーヒーを鑑定している というところ。
コーヒー鑑定歴44年というニウトン・ヒベイロさんが部屋を案内してくれた。ニウトンさんはコーヒー鑑定士養成クラスの講師も勤めている。
ニウトンさんはコーヒー鑑定士の道を16歳のときに歩み始めた。以来、この道44年。
鑑定士なんていうと、鋭い目をして、眉間にしわを寄せながら仕事に取り組んでいるような人を思い浮かべるけれど、ニウトンさんが私たちと離す表情は実に穏やかで、親近感の持てる人柄だった。ニウトンさん以外にも数名の鑑定士の方と顔を合わせたけれど、みんな港町サントスの住人らしく、陽気で、話好き。だけど、仕事に臨むときの、プロフェッショルな機敏な動きは、やっぱり44年の個人史を感じさせる。
一定の温度に保たれた清潔な室内。ブラジル各地から集められたコーヒーの生豆が詰められた、直径約10センチ、高さ6pほどの円柱容器が所狭しと部屋の壁を埋め尽くしている。
品質データは、コンピューターで管理されているながら、コーヒーを飲むのは人間。やっぱり味の鑑定ばかりは人間のお仕事。老若男女が、日々、届けられるコーヒーの味を分類している。

新商品の情報も、サントスの鑑定士はいち早く耳と舌に伝わる。2006年の目玉は、ネスレが販売するコーヒー(スイスでは既に販売されている)。4種類に焙煎されたコーヒーが、喫茶店で出されるミルクカップのような容器に個包装されて、ひとつの大きな箱に詰められている。この小さなカップに入った4種類の焙煎コーヒーを、自分好みにブレンドして、毎日、違った味を楽しめるというのが魅力の商品。
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日本のコマーシャルにも登場!マネコさん
日本と大いに関連のあるサントスの某コーヒー会社。事務所には日本のお店や自動販売機でいつも見ていたブランドの商品がズラ〜リ!つくづく、日本のコーヒーはブラジルからやってきていたのだと実感させられた瞬間だった。
この会社に勤める、部長兼鑑定士の愛称マネコさんは、ジョージアコーヒーのテレビCMでMR.MANECOという名前で登場したことがあり、現在も、ジョージアのインターネットのCM特集でも見ることができる。
さすがに部長だけあって、日本のコーヒー業界を熟知しており、コーヒー素人の私たちではとても対等に話なんてできる方ではなく、まさに大教授という感じだった(決してとっつきにくいわけではない)。とはいっても、寛大ブラジレイロ、訪問者である私たちを一時間以上にわたって、あれやこれやと鑑定室を案内してくれたり、日本のコーヒー市場について、解説していただいた。
今回、鑑定士が口をそろえていったことに、日本とドイツはコーヒーの品質にこだわるということ。手厳しい顧客らしい。日本人のバイヤーは、笑いながら「おいしい、おいしい」というけれど、決して買わない。と、売り手側の苦労を語っていた。
事務所を後にするとき、、美味しい引き立てパック1キロと、鑑定のときに使用する等級が記載されたシートをおみやげにいただいた。恐れ多くも、シートをランチョンマットにさせてもらって、コーヒーの等級について毎日眺めていようかな?というようなシートです!
←このシートの上で生豆を分類します!
この取材に当たって、大いに力を貸してくれたブラジル人のアデルソン氏に感謝して、サントスを後にすることになった。
おわり
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