
コーヒーの木
初めてブラジルの農園でコーヒーの木々を見て、とても感激した。なぜか分からない。とにかく、わたしは美味しそうな実のなる木が大好き。
コーヒーの木は背丈が人間よりは大きい。珈琲農園は茶畑がたくましくなったような印象を受けた。。
コーヒーは南米ブラジル,コロンビアなどをはじめアフリカの一部などでも生息するのに適しているらしい。これらの国々を聞くと、なんとなく人の住むところとは縁がなさそうなイメージを抱きがちだが、何のその。おいしいコーヒーの産地というのは、実は人間にとってもけっこう快適な気候条件。というのも、コーヒーの木は、熱帯の高地と相性がいいらしい。つまり、単純にいえば、朝晩涼しいけれど強い太陽光がコーヒーには不可欠ともいえる。
ブラジルでは、主にアラビカ種とロブスター種が栽培されている。アラビカ種は比較的改定な気好条件のミナス州やサンパウロ州の一部など、ロブスター種はエスピリットサント州、ゴイアス州など暑い所に農園がある。ロブスター種はたいてい加工用(インスタントコーヒー)としての運命をたどる。
コーヒーの花と実
コーヒーの花は白く、実は赤い。一般にブラジルでは9月末から10月初めに花が咲き、6月中旬から9月頃に収穫される。日本で一般にお目見えできるコーヒー豆といえば、ずいぶん年季の入った茶色い姿に変身している。それがますます、ブラジルの大地が土臭いような印象を与えてしまうが、ブラジルでは可憐な白い花を咲かせて、ラブリーな赤い実をつけているのを忘れてはいけない。熟した実の側を歩くと、ほのかにコーヒーの香りが漂ってくる。実をかんでみると、甘さが口に残る。
コーヒーは、とっても繊細な性格でもある。だから、少しのの気象条件や地理的条件の違いで味わいも大きく変わってしまうそう。当然、丁寧に取り扱ってもらって、初めて人々に賞賛される高貴な飲み物に変貌できる。
コーヒーの香り
私は正直なところ、よっぽど飲み口がいいと思うコーヒー以外に関して、何が魅力かといえば、やっぱりコーヒー特有の香り。
ところが、専門家に聞いたところ、より洗練された香りのコーヒーと味の両方を求めるのは難しいらしい。どうやら、良い味と、良い香りには、理想的な気象条件と乾燥技術が必要ならしい。
生産者の話によると、香り(アロマ)は雨が長く降り、気温がある温度より上がらず一定の高温が続くとよくなるそう。約10年前、彼のミナス州の農場で一カ月ほど高温が続いことがあり、例年に増して香りがよくなったことがあったらしい。そして、今年(2005年)も10年前と同じ気候で、香りが良くなりそうとのこと。
また、栽培するコーヒーの木の種類や焙煎の方法でも香りが違ってくるらしい。
コロンビアのコーヒーが香りのよさで有名なのは、温度の関係。だけど、こく(ボディー)は、天日で乾燥させなければ出てこない。コロンビアコーヒーは、天日で干せないので、香りは良くてもこくはない。こくが命のエスプレッソ用のコーヒーには、60%のブラジル産コーヒーが入っているそう。
余談になるが、イギリスはお茶の文化であり、ボディーよりアロマに重点を置いたコーヒー豆がよく市場に出回るということ。そして、ブラジルで生産され、超一級品というラベルをつけられたコーヒー豆は、イギリス王室に奉納されるそう(ブラジルの歴史上、イギリスとの関係も見逃せない)。
ちなみに、コーヒー園を歩けばほのかなコーヒーアロマが漂っているように、果肉に最も香り成分が詰まっている。ということで、インスタントコーヒーは果肉を入れてあるそうだ。
ブラジルのコーヒー
ブラジル人はコーヒーをよく飲む。原産国にいるから、どれほど美味しいものを飲んでいるのかと思いきや、多くの日本人には、いまひとつと思われる味。
レストランやバールでは、基本的に極細びきを、ネル・ドリップ式やエスプレッソマシンで抽出している。問題は使用しているコーヒー。一般に出回っているものは、日本で売っている味とはかなり異なり、とにかく苦い。そして、その苦味を消すために結局、大量の砂糖を加えて味を調節する(コーヒーの専門家によると、砂糖を使わせるためにコーヒーを苦くしているとも、、、。ブラジルは砂糖の生産国でもある。)。スーパーで売っている安いメーカーのコーヒーの中には、苦いだけでなく、明らかに不純物が混ざっているのではないかというような味と香りのものもある。
より高い品質のものは、高い値段を付けられて世界各国に羽ばたいていってしまう。ということで、ブラジルにはランクの落ちたコーヒーが一般に出回っているということになる。
そんなランク落ちしたコーヒーとはいっても、ブラジル人は豆をたっぷり使って濃いコーヒーを飲むことを良しとしているようなところがあるらしい。というのも、かつては世界中で、超高級嗜好品とされ、ヨーロッパなんかではコーヒーを薄めて量を増やして飲んでいたなんていう事実もあった(そういう飲み方はドイツタイプであり、アメリカンともいわれて、今の日本では主流でもある。)。だから、濃いコーヒーを飲めることは繁栄の証でもあり、ブラジル人にとっては誇らしいことでもあった。
わたし的には、ブラジルが濃いコーヒーを飲む習慣になったのは、アラブの習慣に起源を持つと思っているんだけれど、、、。
コーヒーグラス
ブラジル式というか、かつて旅行へ行ったことのあるスペイン南部でもそうだったけれど、大衆バールではコーヒーが透明のグラスで出される。ブラジルではコッポ・アメリカーノといわれる200ml弱の容量で縦長、トッテなしのグラス。どこでも売っている。お茶も同じグラスで出されることがある。はじめてみたときは違和感を覚えたなあ。
スペイン南部と、ブラジルで同じ光景を目にする。これまたアラブ的習慣の名残に違いない。昔、アラブ茶屋で熱いお茶(チャイ)をグラスに注がれた記憶が甦る。茶屋ではアラベスク状の装飾模様が描かれたグラスだったけれど。
冷製御法度
ここ数年の間で、フランスカフェというチェーン店などで、冷たい珈琲の飲み物を売り出すようになったとはいえ、ブラジルではまだまだアイスコーヒーというものは受け入れられにくい飲み物のよう。チェーン店でだしているものも、コーヒーというよりは牛乳と砂糖をたっぷり混ぜて、少しコーヒーを加えて生クリームをのせた、、、というような、コーヒー主体の飲み物には見えない。
とにかく、コーヒーやお茶を冷たく飲むということには抵抗を感じる国らしい。というよりも、アイスコーヒーやアイスティーを好んで冷たく飲むという日本の方が珍しいのかな?
豆チョコ
ブラジルのお土産のひとつに、コーヒー豆チョコがある。見た目にはコーヒー豆の形をしたコーヒー風味のチョコかと思わせるんだけれど、実は焙煎したコーヒー豆にチョコが覆われている。予想とは違ったけれどまあいいかと思って食べてみると、とてもとても、ふた粒以上は食べられない。だって、うっすらとコーティングされたチョコから現れたコーヒー豆は、炭同然。硬いし苦いし。ひと粒くらいは何かしら薬効成分もありそうな気がするけど、あまり食べては体に悪そうな気が、、、。まあ、いかにもブラジルらしいお土産だけれど、人にあげても喜ばれるかな?
コーヒー栽培の謎
日本はコーヒーがよく飲まれるほうの国だろう?!と思うけれど、コーヒー農園が身近でないのは間違いない。なにしろ、日本の自然環境はコーヒーに適していない。
そんな私もブラジルで小さなコーヒー園を見て、実が少しなっているのは目にした。とはいえ、コーヒー栽培の様子を年間を通してみたわけではない。だから、知らないことだらけ。ただ、どんな農作物でもそうなように、日本までやってきて消費者の手元に届く頃には、誰が生産者かなんて分からない。大豆やトウモロコシ同様に。そんなコーヒーにあまり疑問を感じていないのが、私も含めた日本の消費者のような気がする。だけど、私がブラジルで住んでから思うようになったことは、やはりコーヒーだってどこで誰が作ったものかを知っておいたほうが安心安全ということ。そんな意味でも、下記のトルマリンコーヒーが大好きになった。
とにかく日本で販売されているコーヒーの原材料表示のあいまいさ。ブレンドしていることが大半だろうから、なんとも表示がしにくいかもしれないけれど、コーヒーだって農作物。エキゾチックな雰囲気の言葉でごまかさないで、実態を知ることができるような表示だってほしいもの!
トルマリンコーヒーと出会う!
広いブラジル高原でおいしいコーヒー豆が収穫されないわけはない(参照→ブラジルスペシャリティーコーヒー協会http://www.bsca.jp/bscaus.html)。実際、高品質の豆が収穫されている。ただ、上述したように、日本を含めた国外に輸出され、中でも最も最上級のものはイギリス王室に奉納されるらしい。だから、おいしいコーヒーが飲みたければ、日本にいるのがいいということになる。
そんな中、わたくしごとだけれどサンパウロにいた2004年、初めて近所でおいしいコーヒーに出会った。ある日本人の方が栽培している有機コーヒー(インターネットで販売しているwww.turmalincoffee.com)。実はブラジルでは公に売られていなくて(日本、フランス、スイス、ドイツ、イギリスの5カ国で販売、ブラジルでは一部のレストランで)、たまたま主人が知り合いということで飲ませてもらうことになった。生産者の顔も分かって安心のコーヒー。もちろん100パーセント、アラビカ種。味も期待の通りおいしくって!コーヒーの味は奥が深いんだなあと実感。コーヒー好きの人には是非おすすめ!
やっぱりコーヒーの故郷
とにかくブラジルの市場で出回っているコーヒーはよくないかもしれないけれど、少し足を伸ばせば、コーヒー園が見られる国。生産者もよく分かる。そして私はコーヒーの木に魅力を感じている。白い花に赤い果実。木の傍を横切れば、かすかに漂うコーヒーの香り。そんな情緒に酔いしれながら、わたしのブラジルへの思いは永遠につのってゆく、、、。
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コーヒー小史
ブラジル編
伝説によれば、コーヒーがブラジルに伝わったのは1727年とされる。フランシスコ・デ・メロ・パリェッタがパラ州に持ち込んだとされる。
今日のように世界市場に登場したのは1840年代。18世紀にヨーロッパ全土で、後にはアメリカ合衆国で拡大することになったコーヒーの消費がブラジルコーヒーの進出につながった。1818年にはヨーロッパ市場にも登場していたが、まだブラジルコーヒーは人々の目にとまる量ではなかった。
ブラジルでは19世紀初めまで、コーヒーは自給用に栽培されていた。だから、商品作物として本格的に生産されるまでは困難も多かった。
当時、ブラジル経済は危機的状況にあり、新たな資本も生まれず、外国資本の関心も引かなかった。外国資本といえば1808年にポルトガル王ジョアン6世と到来したポルトガル商人の資金しかなかった。後には、奴隷貿易の禁止による余剰資金も使われるようになったのだけれど。
全てが困難だっということではなく、コーヒー産業が発展するための基礎が既に国内には存在していた。鉱業経済の衰退による余剰資源と、豊富な奴隷労働力、黄金を港まで輸出していたラバによる交通手段。それらはコーヒ経済が発展するためには欠かせないものだった。
晴れて、コーヒーは1840年からブラジル第一の輸出品になった。1822年のブラジル独立後、砂糖など主要輸出品の低迷によって危機に陥っていた経済再建の希望となり、今日にいたっている。
コーヒー栽培はリオデジャネイロ州沿岸部を出発点に、同州内、ヴァソーラスを中心としたパライーバ川流域、ミナスジェライス州、サンパウロ州他、各地に拡大していくことになった。
←豆を挽く奴隷
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コーヒー市場
コーヒー専門家によると、世界のコーヒー消費市場は2005年現在、1位アメリカ、2位ブラジル、3位ドイツ、4位に日本ということ。うち、ブラジルは将来的にアメリカを追い越すと予想するらしい。国連常任理事国入りくらいの日がその目安かな?コーヒーが飲まれるということは大国の証拠!?
ブラジルでコーヒー情緒にふける旅、、、
ブラジル国内、コーヒーに関する名所観光案内。
サントスSANTOS
サントスコーヒーなんていう日本語で知名度だけは高いサントス。まあサッカーの王様ペレの所属したサントスフットボールクラブなんていうものも影響しているからかな?
サントスコーヒーといってもサントスでコーヒーが収穫されるわけではない。サントスにブラジル中のコーヒーが集まって、世界に向けてコーヒーが輸出されてきたことで、その名をとどろかせている。
そんな港町サントスには、19世紀、コーヒー貿易で栄えた時代の建物やその時代を匂わせる雰囲気が残っている。サンパウロからは約60キロ、標高差約600メートル。素晴らしい眺めの海岸山脈を抜けて、コーヒー豆の旅立ちと同じ気分に浸ってみるのも亦た、楽しからずや!
Prédio da Bolsa de Caféプレヂオ・ダ・ボウサ・デ・カフェ
昔、コーヒー商人たちが集まって、せりなどを行った場所。現在は博物館になっている。必見の建物。建物の入り口前の通りのビルは現在もコーヒーの会社などの事務所が入っていたりする。
R.XV de Novembro,95,
←ボウサ・デ・カフェ内部
Casa do Caféカーザ・ド・カフェ
1970年2月にオープンしたBarバール。普通にコーヒーが飲める。サントス港15埠頭の倉庫が店舗になっていて、港の男が似合う雰囲気。コーヒーの味は国際レベル。一般の店の味に比べると普通に美味しかった記憶がある。
Armazén Cais 15 e 16
リオデジャネイロ州
コーヒー栽培はリオ州の沿岸部が出発点だった。最初のコーヒー園はリオ市北部のチジュッカの森に作られた。その後、土壌が良く、定期的に雨が降り、気候が温暖な、リオ市からサンパウロよりに位置するパライ-バ川流域に農園が作られていった。1830年から1870年頃にかけて、パライ-バ川流域がブラジル経済の中心でもあった。その中のヴァソーラスVassourasが「コーヒーの首都」として栄えた。荷を積んだ貨物列車がヴァソーラスとリオ市を往復し、港に着いたはコーヒー豆はヨーロッパやアメリカ合衆国へと旅立っていった。(参考文献『ブラジルの歴史』明石書店)
ヴァソーラスを中心とした一帯はヴァーレ・ド・カフェVALE DO CAFÉ(コーヒー渓谷)ともいわれ、現在でも、かつてコーヒー栽培で栄えた町には歴史ある農園の設備や農場主の邸宅、奴隷小屋が残っていたりする。近年は観光地にもなっている。フェスタ・ジュニーナのある6月にはセレナーデが聞こえたり、、、。
とにかくブラジルのコーヒーの足跡をたどるには欠かせないのがリオデジャネイロ州のVALE DO CAFÉ!
ヴァソーラスVASSOURAS
ヴァレンサVALENÇA
ヒオ・ダス・フローレスRIO DAS FLORES
コンセルヴァトリアCONSERVATÓRIA
サンパウロ州
コーヒー園はリオ州北部を縦断し、ミナスジェライス州南部、サンパウロ州西部へと拡大していった。パライーバ川流域の経済が衰え始めると、サンパウロ州のカンピーナス市やヒベイロンプレット市がコーヒー栽培の中心地に発展していった。1554年に創設されたサンパウロ市には、コーヒーの商売で成功した、いわゆる『コーヒー貴族』が邸宅をかまえ、今でもかつての栄光を思わせる建物を見かけることがある。市内の目抜き通りパウリスタ大通りは現在、世界各国の企業がオフィスを構えるビジネス街だが、実はかつてのコーヒー貴族たちの成功を象徴する家々が立ち並んでいたそうだ!
サンパウロSÃO PAULO
←1900年ごろのパウリスタ大通り
コーヒー貴族の邸宅が立ち並ぶ
2000年のパウリスタ大通り→
高層ビルが立ち並ぶ
カンピーナスCAMPINAS
FAZENDA MONTE D'ESTEファゼンダ・モンテ・デステ
1850年に作られたコーヒー園。現在は博物館にもなっている。
SP-340/Rod.Adhemar de Barro,Km 121(sentido Moji-Mirim-Campinas)
←ファゼンダ・モンテ・デステの建物
東山農場
三菱のファミリーがはじめた農場らしい。もちろんコーヒー園もある。カンピーナスの近くにある。日本からの旅行者などの見学も受け入れている。日系の旅行者などで確認しておくといいよう。
バナナーウBANANAL
サンパウロ州とリオ州の境に位置する町。パライーバ渓谷コーヒー史上の重要地点でもある。サンパウロ州とはいえ、リオの文化圏に属する雰囲気。
サンパウロからの直通バスは週一便しかない、人口わずかの町だが、中心街を離れて大自然の中を車で走ると、コーヒー貴族のかつての栄華をしのばせる大きな邸宅やコーヒー園が今も保存されている。植民地の奥地に立派な邸宅を建てれたことが、コーヒー貴族の実力を物語る。
←かつてのファゼンデイロ(農場主)の家のひとつ
こんな辺境の町と思うバナナーウながら、さすがコーヒー貴族が力を持っていただけあって、今でもその名残というべく、☆付きレストランが存在する。大自然に囲まれたファゼンダレストラン、DONA LICÉIA。目の前にある農場の食材を使った典型的なブラジル料理が食べられる。ブラジルでの最高の贅沢は、大自然に囲まれて、美味しい料理を食べれることのような気がする。
ヒベイロン・プレットRIBEIRÃO PRETO
サンパウロから310キロ離れた内陸部の町。かつてコーヒー栽培で栄えたことに加えて、ブラジルを代表する画家、カンヂット・ポルチナリの生誕地として有名。小泉首相が立ち寄った日系移住地グァタパラも近郊にある。
Mseu do café Cel.Francisco Schmidt e Histórico Plínio
Travassos dos Santos
コーヒーの王様といわれた人の本拠地。現在は博物館になっていて、19世紀のコーヒーに関するグッズが展示されている。
Museu Casa de Portinari
コーヒーとは関係ないけれど、ブラジルを代表する画家の生まれたい家。現在は博物館になっている。
←博物館内部
ミナスジェライス州
コーヒーの産地としては最も新しい州かもしれないが、コーヒー栽培にとって恵まれた地理的条件を備えてることもあり、今ではおいしいコーヒーの産地といえばミナスジェライス州が頭に思い浮かぶ。コーヒーの歴史は浅いため、コーヒー文化という史跡に値するものは少ない。むしろ、黄金を求めた時代のバロック調の歴史遺産なんかが世界中からの観光客をひきつける。
そんなミナスのレストランはどこにはいっても、たいてい美味しい料理やお菓子が食べられる。値段もサンパウロほど高くない。そして、接客してくれる店員の態度も、とても洗練されている。黄金時代の遺産といったところかなあ、、、。文化高さを感じる。
コーヒーとは関係ないけれど、私が家族旅行した町の中で最も気に入った場所をふたつだけ紹介!落ち着いた雰囲気の中でミナスを味わう旅になる。将来もう一度訪れたい町、チラデンテスTIRADENTESとベッチンBETIMのFAZENDA VALE VERDE。