み・きき録・最新レポ!
ホームページの内容が増えてきたので、2006年4月から新しく更新する内容は、まず、『み・きき録・最新レポ!』に記載することにします。しばらく後に、最新レポ以外の各項目のページに転記します。
更新日
5月 23日 26日
6月1日 6日 7月8日 15日 16日
10月4日 30日 11月1日 23日 12月1日 23日 31日
1月1日 19日
2月10日 23日3月 6日 4月10日 9月24日 26日
2008.7
日本祭りの写真
写真集
9月26日更新
バナナ・ダ・テッハ
ブラジルには生で食べられないバナナがあります。それはバナナ・ダ・テッハと呼ばれています。普通のバナナの4倍くらいの値段で割高ですが、時々購入してしまいます。煮ても焼いても揚げてもいいのですが、私は皮付きのままオーブンで焼いて薄切りにして食べています。

9月24日更新
サンパウロの公立学校を訪ねた話
4月10日更新
復活祭の卵チョコレートの中身
ブラジルでは復活祭が近くなると大きなチョコレート卵が販売されます。チョコレートの空を割るとおもちゃやチョコレートが出てきます。今回、人からいただいた卵チョコレートを半分に割ると、携帯型の水鉄砲が出てきました。
手作りするときは、チョコレートやおもちゃ以外にゼリーを入れたりするようです。
←卵チョコレートを半分に割ったもの。
*ようちえん日記の4月7日を参照
3月6日更新
ある鳥の巣
昔住んでいた家の階下のお宅はとにかくたくさん鳥を飼っていた。カナリアを始めとする、きれいな声の小鳥ばかりだった。
このお宅の玄関に飾ってあるのが、とある鳥の家。巣というより家という感じがする。下の写真、直径23センチほどの球に近い形で、土とわらの細かなくずみたいなので形作られている。パッと見て鳥の巣だという感じがするようなしないような。入り口の奥にもう一つの入り口があるような感じで、雨や風が吹いたって簡単には壊れなさそう。
名前は、カーザ・デ・ジョーン・デ・バッホというらしい。聞いたままの言葉です。
←飾っているといいことがありそう!
ブラジルにやってきた浦島太郎
とある日本の団体が創立20周年を迎えたということで、サンパウロの日本館という場所で、日本の昔話の劇が記念講演されました。
劇を上演してくれた2人のペアは、ブラジル人です。顔を白塗りして、ラテン的なカラーの着物をまとい、劇の最初には、三味線と一緒にサンバのリズムで昔話に付き物のメロディーが流れてきました。ポルトガル語での劇でしたが、ところどころ日本語の歌が飛び出し、愉快に上演してくれました。
日本人にはできないという感性で演じられた、日本の昔話でした。笠地蔵には、麦藁帽やピエロがかぶりそうな帽子をかぶらせてみたり、浦島太郎がやってきた竜宮城では、乙姫様が面白く歌を歌ったり、最後は桃太郎の歌が、フォホーの音楽で歌われたり。
日本の昔話がブラジル人にかかるとこんな風に料理されてしまうんだ!という、驚きの劇でした。ちなみに、上演してくれた方はブラジルのテレビでお馴染みの有名な役者さんだったそうです。

↑サンパウロの日本館にて。3月3日だったのでこの日は部屋に雛人形も飾られていました。
2月23日更新
続・パラナピアカーバ
このサイトで最近よく登場しているサンパウロから電車とバスで乗り継いで約一時間半のパラナピアカーバという町。昔、イギリス人が鉄道を敷くために拠点を置いたことでも有名ながら、実はこの町の名前はインディオの言葉で‘海の見えるところ’のような意味があるということ。
それならば、言葉の通り町から海を眺めれるのだろうと、観光案内所の人に尋ねてみると、良い展望箇所が2,3個所あると教えてくれた。地理上の問題で、夕方は大体雲がかかる町だけど、午前中の空はすっきりとしていて遠くを眺められるとのこと。一つは、ちょっとした山に一時間くらいかけて登らなければいけないということで、小さい子連れの一行は断念せざるを得なかった。でも、別の箇所で、町の入り口手前の墓場付近から入った場所にも展望台があると言う。
早速行ってみると、弥生時代に集落の周辺を監視する為に立てられたような木製の展望台があった。登るたびに全体が揺れる階段を上がって、そこから景色を眺めると、確かに標高700メートルほどのパラナピアカーバから海抜0メートルに近くなっている遠くの町の景色が眺められた。でも、あいにく、遠方はかすんでいて、この展望台から海を見渡すことはできなかった。ただ、サントスへ続く列車の線路が延びていて、時々、ジーゼル機関車が荷物を連ねて登ったり降りたり。
←展望台からの眺め
展望台を降りると、その横に別の場所に続く細い土道を発見。私は行きたくないというのに、そそくさと家の2人組みが前進していってしまった。やむなく付いていくと、後ろからも山歩きの格好をした人々が順々に通り過ぎていく。何があるのか尋ねてみると、滝があると言う。
ひたすら下り道が続く細い土道。まさに秘境探検という雰囲気の、緑に挟まれた道を歩くこと約30分。人里の気配はなく、滝の音も聞こえない。しかも暑くなってちょっとした不安がこみ上げてきた。時々、マウンテンバイクで下っていく人もいる。
おそらく、このマッタ・アトランチカといわれる海岸山脈のなかを縦断している道はサントスまで歩いていくことの可能な道だろうと直感した。だけど、地図を思い出すと、一日はかかりそうだ。まして、子どもの足では歩ききれない。最も、途中にクバトンなどの町があるけれど、やっぱり本日はマッタ・アトランチカ縦断は断念。引き返すことを決めた。
途中、深い自然の中に敷かれた鉄道を走るジーゼル機関車を観察。いい写真をとりたいと次に通る機関車を待っている間、約15分間。足をばたばたさせていたものの、またもやパラナピアカーバにつき物のブヨに刺されてしまって、その後4,5日はかゆかったり痛かったり。不思議なことに子どもはブヨに指されてもあまり腫れず、原始人的パートナーも蚊に刺されたよりも軽い症状。とにかくブヨは恐怖です。
←こんな道がひたすら続く。ブラジル人に尋ねると、人里に出るまで4時間とも8時間とも。しかし、4時間と8時間の差は大きすぎる!
←深山幽谷,・・・という言葉はあまり似合わないけれど、大自然の山間を進むジーゼル機関車は趣があります。
2月10日更新
ピーナッツ
南米はピーナッツの原産地でもあるらしい。約400年前に描かれた絵画でも登場する。
ポルトガル語ではアメンドインAMENDOIM。日本のピーナッツに比べて小さくて丸っこいのが主流。だけど、写真のような形を3倍くらい大きくしたようなピーナッツも売っている。ラテンの音楽で‘ピーナッツ・ベンダー’という音楽を、幼稚園のときに聞いて以来、今日までメロディーが頭から離れないのだけれど、昔は変なタイトルだなあと、全く理由がわからなかったのが、ブラジルに来て納得。確かに、ピーナッツを路上の屋台で吊り下げて売っていたり、海岸で休憩する人にピーナッツ売りの少年がやってきたり。ラテン・アメリカとピーナッツ・ベンダーは切り離せない文化いうことをブラジルで知った。
たいてい炒って塩で味付けしているが、アメンドイン・ジャポネースという商品も店では売っていて、日本のでん六の豆のように、ピーナッツに小麦の衣をつけたようなタイプも売っている。ただ、小麦の皮が固かったり。メーカーによってはさくっとした商品もあるんだけれど、、、

↑ブラジルで主流のピーナッツ。4歳児の手のひらで。
1月19日更新
サンパウロのルス駅がイギリスの影響を受けている証拠
←ルス駅内のアーチ型柱の一部にはLONDONの文字が!
世界一大きなブロンズ騎馬像!?
ジュリオ・プレステス駅の近く、プリンセーザ・イザベル広場にある大きなモニュメント「DUQUE DE CAXIAS」。ビクトル・ブレシェレによって制作れたこのカシアス公爵の騎馬像、とにかく大きい。大きいからなんだかよく分かりにくいけれど、騎馬像であることだけは確かだ。
ところで、この騎馬像、聞くところによると、大きさは世界にある騎馬像の中で一番大きいとか!?なんかサンパウロにそんな世界一のものがあることが信じがたいけど、確かに大きいし、世界一というんだし世界一なのかもしれない。密かにブラジルは世界一のものが多い国。
←右端の小さな人から大きさを想像してください!どうやって上にあげたんだろう、、、

↑
町中が花火大会
1月1日の午前零時になると、そらまでもパラパラと聞こえていた打ち上げ花火の音が一斉に鳴り響き始める。今の自宅はたまたま町の景色が眺められるので、あまりのうるささに眠ることもできず、ベランダに出て観察。とにかく、あちらこちらで火花が飛び散り、火薬の匂いが家にまで!日本のように正確な形やカラフルな色合ではないけれど、とにかく、町中が花火大会というのは、おそらくブラジルならでは。リオや海岸地方の花火大会もその迫力が有名です!


1月1日更新
サンパウロのお正月 ![]()
サンパウロ・レイル・ウェイ(サンパウロの鉄道をイギリスが敷いた歴史を垣間見る)
サンパウロ近郊、ルス駅を中心に張り巡らされた市民の足であるサンパウロの鉄道。実はこの鉄道はイギリスの技術者が中心になって建設された。ちなみにリオやミナスの方はフランスの影響を受けているようだ。
雲のかかる町パラナピアカーバでは、2006年8月から往復約1キロの間を観光用の蒸気機関車がノロノロ運行している。そして、その蒸気機関車にはブラジルの旗とイギリスの旗が!


←葉脈に感動!
12月31日更新
クリチーバ〜パラナグア鉄道
クリチーバへ
サンパウロからバスで約6時間。クリチーバに向かった。途中、バナナ園が広がる風景を眺めながらのバス旅行は、標高700メートルのサンパウロから約10メートルの土地にまで下り、再び標高約900メートルのクリチーバに向かう。という訳で、涼しいサンパウロから、いかにも熱帯の気候といった感じの地域を走り抜け、またまた涼しいクリチーバに到着。だけど、喜んでばかりもいられず、、、気圧のせいか気候の変化のせいか、クリチーバニついた途端から、頭痛と仲良しの三日間の旅路になってしまった。
パラナグア
←パラナグアのメルカードの一つ
今回の目的は、クリチーバから大西洋岸の町パラナグアへ続く鉄道の旅が一番の目的だった。
ところが、行きは到着が遅かったため、クリチーバから約90キロのパラナグアへは一時間半のバス旅行になってしまった。ちょうどクリスマスの日だったので、すいてはいたものの、パラナグアの町に活気はなく、いつもなら生き生きとオープンしてそうな市場も全部シャットアウト。カニが暮していそうなマングローブの岸辺に沿った川で、町の子供たちが楽しく水遊びするのが印象深かった。
とにかく、町は稼動している様子がなく、泊まる所もあまり馴染まなかったため、3時間ほどでパラナグアを去り、約20キロはなれた、モヘッチという町へ移動した。
バヘアード
←真ん中の茶色い鍋
モヘッチはパラナグアに比べると随分小さな町ながら、観光地としては機能している町で、こじんまりとのんびりしていた。
さて、モヘッチや近隣の町で名物料理になっているのが、バヘアードという料理。何かといえば、単なる肉の煮込み料理。お馴染みのマンジョッカの粉を添えて食べられる。
面白いのは昔ながらの調理の場合、陶土の鍋に蓋をして、蓋のふちの周りを燻したバナナの皮や灰と、マンジョッカの粉と湯でといた粘土状のものを貼り付けて密閉してから火にかけられるということ。つまり、昔の圧力鍋といった感じになるそうだ。
現在は普通の鍋で調理しているらしいが、土鍋の料理の写真は飾られていた。
バナナ
←バナナ製品
バヘアードの付けあわせでもバナナのフライが出てきたが、この地域一帯はバナナの産地でもあり、大きな道路沿いにはバナナはもちろん、干しバナナ、バナナチップ、バナナのカシャッサやリキュールなど、バナナ製品がたくさん売っていた。
←モヘッチのホテルの窓から
鉄道の旅
モヘッチで夜を過ごし、翌日、午後三時にモヘッチからクリチーバヘ向かうジーゼル機関車に乗り込んだ。約70キロの距離を約3時間かけてのんびり移動。大自然の緑のトンネルといった感じで、手を伸ばせば葉っぱがつかめてしまったり。クリチーバとの標高差約900メートル。大西洋岸に連なるマッタ・アトランチカと呼ばれる海岸山脈を登りながらの眺めは雄大。絶壁のような場所に掘られたいくつものトンネルや落ちてしまったらひとたまりもなさそうな鉄の橋げたがあったり、鉄道を敷いた人たちの勇気やたくましさに惚れ惚れ。
とにかく、ノロノロ運転で3時間も大自然の合間をくぐりぬけられたのは、イソイソしい毎日とは違ってとても贅沢な時間だった。また行きたいな〜!でも、ずっと頭痛持ちでした。
←谷間にかけられた鉄橋
←車窓から
12月23日更新
サンパウロのデータを作成
12月1日更新
隣の家
我が家は日本式にいうと2LDKのマンション住まい。マンションとはいってもブラジルではアパルタメントといわれる。どのアパルタメントもたいてい子供だったら余裕で遊べるプールなんかがついている。
そんなことより、アパートでの隣の住人は白人系夫婦。だけど、挨拶程度しか付き合いはない。いたって都会的だ。
そして、アパートのビルの隣には、個人の住宅が続いている。一軒家といっても日本の一軒家の感覚とは違って、自宅が長屋という感じのご近所さん。道路の正面から見ると奥はどんな風になっているのか全く見当がつかない。
幸い、今はアパートの4階に住んでいるため、失礼ながら、隣の家の鳥瞰図が多少眺められる。
アパートの隣のご自宅は半分以上が庭になっていて、パパイヤ、バナナ、レモン、ビワなどなど、一年中花が咲いたり実がなったりしているように観察される。
↓庭。1枚の写真では収まらない隣の家。右端が家で左端に家畜小屋がある。



私用でちょうどマンジョッカの葉っぱを写真をとろうと思っていた。遠くの町へ行けば山ほどマンジョッカがあると聞いたけど、遠くまで行く余裕がなかった。そこで思いついたのがお隣ご近所さん。あんなに果物がなっている家なら、マンジョッカがないはずはない!と思いつき、扉を叩いて尋ねてみた。すると、やっぱりあった!マンジョッカはブラジルだと植えるだけで簡単に成長する国民的イモ類。果物よりも易いもの。
自宅を案内してもらうと、マンジョッカはもちろん、コウビ、無花果、シュシュー、ジャブチカーバ、オレガノ、バジル、ミントなど、スーパーが不要なほどわんさかと食物が栽培されていた。庭の奥では数十匹の鶏や兎まで!。住人はイタリア系移民の老夫妻で、晩年をのんびりと暮している様子。写真も取らせてもらった上、新鮮な産みたて卵までいただいてしまった!とってもおいしかった!
←ブラジルの料理でよく使われるシュシュー
←マンジョッカの若い葉っぱ。一年先にはイモが食べられる!
宇宙的な木
家の前の街路樹に花が咲いた。名前は知らないけれど、結構かわいい花。だけど、なんとなく宇宙っぽく感じる木の形。杏の木の枝を太くした感じというのか。写真を撮ってみた。


ブラジル人の誕生会
アパートにはパーティーを開ける場所がある。先週は、管理人の息子さんの誕生会に呼ばれて参加した。気取らないほのぼのとした誕生会だった。
↓主役の兄弟マルコとガブリエル

11月23日
大前線に目の当たる
先週末の夕方、家の窓から外を眺めていると、悪魔がやってくる前触れのような大きな雲団が、前線の名にふさわしい雲の前線を先頭に、町の中心部へと進んでいった。すごい迫力!
その直後に大雨が瞬間的に降った。
サンパウロは海岸線に連なる標高700メートルほどの山脈地帯を越えた高原地帯に町がある。だから、海からの蒸気が山にぶつかって雲になって、雨期には夕方になるとサンパウロに大きな雲の塊がやってきて雨が降る日が多いようだ。

↑センターラインくらいまでの空は雲に覆われている。まさに前線!
お箸の常識をくつがえす
バスに乗っていて、斜め向かいの人の頭が気になった。なんといっても、お箸が髪の毛の止め串代わりになっている。お箸をご飯に刺してはいけないとか、箸から箸へ食べ物を渡してはいけないとか、日本の端の常識を軽く通り越している!
←勝手に撮影。確かにお箸の和風な模様はお洒落かも。
11月1日
唐辛子のジャムにはまる
サンパウロからバスで1時間半ほどの場所にモルンガーバという小さな町がある。特に何もないはずの町とはいいながら、実は『COMPANHIA DAS ERVAS』という会社が、同名のブランドで高品質な香辛料類を生産し、海外に輸出している。町もこじんまりしているけど、町にある香辛料を売る店舗もこじんまりしている。だけど、確かに、高品質な空気が漂う香辛料が並んでいる。
一庶民の私は、フェイラの安くてくても美味しい香辛料で十分。何も買う気はなかったけれど、たくさんの香辛料のほかに、チョコチョコ何かが売っている。一通り見なければ気になるので見渡してみると、『GELÉIA DE PIMENNTA』という文字が目に入った。つまり、唐辛子のジャム。ジャムといえば甘いフルーツから作るものとの先入観があるものの、考えてみれば唐辛子だって果実に違いない。
どんな味かは気になるけれど、少し怖い。なんとも想像できない唐辛子ジャムの食べ方を尋ねると、パンにチーズと塗ったりするという。
ひとまず購入した。ところが、それから半年以上、何か怖くて戸棚に眠らせていた唐辛子ジャム。
それが心機一転。おいしいコーヒーのカフェテリアを紹介してもらって、その店のサンドイッチがサーモンやチーズと一緒に唐辛子ジャムを使用していることが発覚。ようやく、眠っていた唐辛子ジャムが日に当たる機会に恵まれた!
家で、パンに唐辛子ジャムとクリームチーズ、ローストビーフとレタスを挟んで試食。
おいしい!!!新しい味。
甘辛いというのが適切な表現だと思う。だけど、醤油なんかで使う甘辛さではなく、やっぱり唐辛子のピリッと感と砂糖の甘辛さ。
ブラジルでは一般にたくさん出回っているわけではないけれど、輸出されているというくらいだからヨーロッパなんかでは需要が高いのかもしれない。唐辛子大国ならではの発見かもしれない。

御利益パン
かつて歴史を大きく動かしてきたカトリック教会も、資本主義社会の生き残りには頭をひねらなければいけないのかもしれない。
サンパウロの地下鉄サンベント駅前にあるステンドグラスの素敵なサンベント教会。時々気分転換に立ち寄っている。
教会の中をひとまわりした後、隣接する祈りの小道具などを販売する場所に。数珠やポスターが売っているのはいつものこと。ところが、昨日はパンやクッキー、リキュールにワインなど、随分と美味しそうなものが販売していた!しかも、高いし、パンにサンベント・ブランドのマークのシールまでついている。
本当においしそううだった。だけどな、教会という、なんとなく神聖な所で売っているパンは、食べるのはなんとなく遠慮してしまう。
しかし、なんで教会でパンやクッキーが売っているのだろう。聞くところによると、教会に付属の学校は今、存続の危機らしい。ということで寄付金の代わりだとか。
本当の理由はわからないけれど、なんとなく教会で売っているパンはご利益があっても美味しそうでも買いづらかった。
黒いオルフェのコーヒー
実は、映画の黒いオルフェを最後まで見たことがない。話はなんとなく、音楽はあの有名な名曲が頭に流れてくるのみ。情緒的な気分になれるのは感じている。
ところで、日本人の農場主が経営するトルマリンコーヒーと同じく、ブラジリアン・スペシャルリティー・コーヒー協会に認定されているコーヒーを発見。どこでも売っているコーヒーではない。たまたま、紹介されたカフェテリアが使用していた。もちろん、日本人にも親しみ易い味。
その商品名は『CAFÉ ORFEU』..。深い緑のパッケージにその名前がピッタリはまっている。
数も少ないし、名前もステキ。少しブラジルでは高い価格だけれど、日本へのお土産にはいいかもなぁ、、、
10月30日更新
から揚げについて 鉄道ファン必見
鳥のから揚げについて
ブラジルでも鳥のから揚げはよく食べられる。フランゴ・パサリーニョなどといわれて、お酒のおつまみの定番メニュー。おいしいけれど、日本のから揚げと何が違うか。
肉が少しパサついている。多分、下ごしらえと衣にする調味料が違うから?。日本のから揚げはしっかりと醤油やお酒、しょうがや卵などで漬け込んでから油で揚げる。ブラジルのから揚げは塩、胡椒、香辛料、衣をまぶしくらいで油に通されている。
久々に日本風のから揚げを日系人の経営するレストランで食べた。とてもおいしかった。日本の鳥のから揚げの味はカナリ日本文化を代表しているかもしれない。ちなみに、ブラジル人にも日本式から揚げは人気だそうだ。
鉄道ファン必見
←ブラジルの鉄道の本
3歳の息子は蒸気機関車が大好き。私が本屋さんで立ち読み中、息子がなにやら大きな本を運んできた。もちろん、鉄道本だった。
さて、子供が持ってきたとはいえ、その本は馬鹿にできない。表紙カバーも魅力的。タイトルは『AS FERROVIAS
DO BRASIL』。つまり、ブラジルの鉄道を過去の様子を交えて全国に渡って紹介している。色んな蒸気機関車が載っていて、しかも、ノスタルジックな雰囲気で構成されていて、鉄道ファンの方ならもちろん、普通の大人の女性から見ても素敵な本。
息子に買ってやろうにも、150レアル(8000円くらい)もして断念。その後、私がその本をほしくなってしまって、がんばってためたお小遣いをはたいて購入を決断。ところが、本屋さんに行くと全部売れてしまっていた。そんな高い本を買う人がそんなにいるのかと不思議に思い店員さんに尋ねると、外国へのお土産にまとめて買っていった人がいたとか。そう、この本、世界の鉄道ファンに絶対受けると思う。
ブラジルの鉄道は現在、広範囲での使用は貨物を運ぶためだけの使用だけれど、ブラジルの鉄道というか、南米の鉄道は結構世界にみても面白いような。というのは、サンパウロはイギリス系の人に鉄道が敷かれていたり、リオのほうはフランス系の人が中心に鉄道が敷かれていたりと。だから、今も残る過去の鉄道関連の形跡は、微妙に違いが見られたりする。サンパウロでも近郊の人々を運ぶために運行している列車があるけど、それに乗るると、鉄道沿線の風景とか、昔の雰囲気が残る駅とか、腐食した電車とか、、、とにかく、たった100年だけれど時代の移ろいというか、なんともいえない趣を感じる。
ちなみに、ブラジルの列車はノロノロ運転(たまに猛スピードの線があったけど)。だから、古めかしい気がするけど、それほど脱線の心配はなさそう。
港町サントスから標高700メートルのサンパウロに上がった地点のパラナピアカーバという町は、かつて鉄道をブラジル高原まで敷くために、イギリス人が居住して工事に当たったそうだ。電車の博物館の敷地の端っこには、急な傾斜を下り始める天然のジェットコースターのような場所にレールがのびているのを垣間見る。かつては人々も運んでいたが、現在は旅客の運搬は中止。雄大なマッタ・アトランチカ(海岸線の森林山脈地帯)を走る列車の風景、一度は車窓から眺めたいなあ、、、。

↑ちょうど大西洋に面する山脈の頂上に当たるパラナピアカーバは、町がよく雲に包まれる。
←息子と夫が発見!サビのある列車。こんなものをそのまま放置している寛大なブラジル。
10月4日更新
今月23日はフランス系ブラジル人サントス・デュモンの友人飛行機の初飛行から100年目
サンパウロのフリーペーパーPINDORAMAに投稿した文章。
7月16日更新
近所に山ずみにしたココナッツやさんがある。ここの水を飲んで、中の脂肪分を食べたら(全部食べれなかったけれど)お腹いっぱい!
←ココが山ずみされた店
←白いのはナタ・デ・ココ
7月15日更新
←イペー・ホッショ
サンパウロの春
サンパウロにも、軽く四季の変化がある。季節によって異なる種類の花が咲いている。
そろそろ春が近付いている。ということで、ブラジルの国花イペーが近所でも咲きはじめた。黄色とピンクの木があって、家の前のはピンク色の‘イペー・ホッショ’。花が落ち始めたので、拾い集めてきました!
春の到来といえばサクラ。日本人の移住者が植樹した沖縄の桜も、2週間前、サンパウロの郊外で咲いていました!
←イペー・ホッショ。花の長さは5,6p。
←サンパウロ郊外の沖縄のサクラ。
他のページでも紹介したことのある、メルカード・ムニシパル(市立市場)の名物商品、ハムを何重にも重ねたサンドイッチの写真を撮りました。
←本当に販売されています!
サントスに到着した日本人移住者
サンパウロから約60キロの大西洋に面した港町サントス。この町のボケイロン海岸という場所に、日本kara
の移住者が到着して90周年の1996年に、内陸を目指した3人の親子像が建てられた。
これと同じタイプの像は神戸市の海辺に建てられている。こちらは海を見つめている。
日本とブラジルで両方の像を見比べると面白い。サントスでは、ヨーロッパ人のような姿に変身させられてしまっている!
←サントスのボケイロン海岸
神戸市の元町駅前の交番とサントスの建物
神戸で元町駅前の交番がブラジルのサントス市の建物をまねたと新聞に書かれていた。普通に過ごしていると、日本にいてもブラジルにいてもぴんと来ない。サントスを散歩していて、これに違いないと思う建物を発見した。神戸の写真はないけれど、サントスの方の写真だけ載せてみます。ちなみに、この建物は、どうやら水道局の関係の建物のようです。
←サントスにある水道局の建物。日本では交番にアレンジされている。
ブラジルの独立の歴史
9月7日は独立記念日。ということで、ブラジルの独立について書いてみたので紹介させてもらいます。
ブラジルの独立
7月8日更新
先月からサンパウロで日本人向けの新しいフリーペーパーが発行された。名前は『PINDORAMA』。インディオの言葉で‘ヤシの木の生い茂る土地’というような意味があるとか。
←一号目
ブラジルでも雪が降る
今、サンパウロは冬。結構冷え込む日は寒い。ジャンバーを着ればちょうどいいくらいの寒さ。
ところが、南部のサンタ・カタリーナ州の方へ行けば、もっと寒いブラジルがある。ブラジルで最も寒いといわれている場所のひとつがサン・ジョアキンという町。寒い日はマイナス10度前後になるとか。もちろん、日によっては雪が降る。東北を思わせる雪景色には、リンゴがよく似合う。ということで、ブラジルのリンゴ産地としも知られている。
6月6日更新
もうすぐワールドカップ
もうすぐワールドカップなので、町のバールや肉屋さん、雑貨屋さん、電気屋さん、、、あっちこっちが緑と黄色に染まっている。というのは、どこも、国旗カラーの提灯やビニール紐の飾り、国旗などで壁や天上全体を装飾している。
あるカフェテリアでは、テーブルクロスが国旗ガラだったり、店員さんもブラジルTシャツに国旗柄バンダナを巻いている。
町全体、国全体がブラジルカラーに染まって応援してるんだから、選手も負けるわけにいかないだろうなと思ってしまう。やっぱりブラジルはサッカーの国!
ブラジル版ホットドッグ
ホットドッグを日本語に訳すと熱い犬?ポルトガル語ではCACHORRO QUENTEカショーホ・ケンチになる。日本語訳はやっぱり熱い犬?
ホットドッグは挟むものは色々あると思うけれど、日本では、フランクフルトとコールスロー(キャベツのサラダ)みたいなものだったと思う。
ブラジルも色々あるけど、ソーセージ1本にトウモロコシやグリーンピースのサラダを挟んで、ペースト状にしたジャガイモを塗って、上にカトゥピリチーズなどをトッピングしたりする。
5年前に私がサンパウロに来た頃は、1個50センターボ(約30円)で食べれたけれど、今は安くても1レアル。
最近、1レアル(約60円)でソーセージが2本はいっているお店を発見!やっぱり、安くて量が多い店は、よく流行っている。
←ホットドッグ
サンパウロ市内の湖
市内にはグァラピランガという湖がある。ココでは、ウインドサーフィンやカイトサーフ、ヨットを楽しむ人が集まってくる。特に変わった話題はないけれど、のんびりできて気持ちがいい。
←湖の景色
6月1日更新
蟻に見とれる!
日本では蟻を見ても、アリンコくらいにしか思わなかった。
ダリという画家だっただろうか、絵画に蟻を書いたりしていて、変わっているなあなんて思っていたこともあった。
でも、ブラジルに来て、蟻が美しいと思うようになった。路上を歩く蟻、こぼした砂糖を食べに来る蟻、雨季の初めに家の明かりに向かって飛んでくる、クッピンと呼ばれる迷惑なシロアリなど、色々な種類がいる。
私が思わず見とれてしまう蟻は、名前は知らない。日本ではみたことのない大きな身体で、赤茶色をしていて、頭部と物を挟むあごがかなり大きい。木の近くの足元を見ると、緑色のものが行列になって進んでいく光景を見かける。よく観察すると、蟻が、葉っぱを食いちぎってきてどこかに持って帰ろうとしている。身体の割に葉っぱは大きく食いちぎっていて、力持ちだなあと思う。
とにかく、この蟻の姿は見とれてしまうし、美しいと思う。から揚げにして食べたくなるような、、、なんて。
保育所では、マンガチックに大きなイラストにまでなって登場している身近な存在。。
蟻が名画に登場する理由、ブラジルではうなずける。
←蟻の絵
26日更新
目次
変わりジェラート・アラブ菓子編 アラブ菓子の名前一覧 アラブのお酒 オリーブだってレバノン
私の勉強した日本の中学生用地図帳の国旗にレバノンの国旗がない!
ある日、バスの中の風景
新しい観光名所『MUSEU DA LINGUA PORTUGUESA』
変わりジェラート(アラブ菓子編)
ブラジルの変わったアイスクリームといえば、アマゾンのフルーツのアサイ、クプアス、グラビオーラ、などなど。これらのフルーツ味のアイスがあることは、ブラジルでといえば、想像に難くない。
ところが、これは驚きジェラート!
またもや、アラブのお店にお邪魔。アラブ菓子と一緒に20種類以上のジェラートが食べられるカフェテリアがある。そこのアイスクリームのメニュー。よく目を通すと、なにやら意味の分からない味が2種類ほどお目見え。
ひとつは『MISKY』、もうひとつは『HALAWA COM PISTACHE』。実は、正真正銘、アラブ味のアイスクリーム!
早速ご賞味。MISKY味はアラブ菓子で、一口餅みたいなゼリーみたいなお菓子の代表の味。メンソレータムみたいな香りがする。身体の調子を整える成分が含まれていそうだけれど、やっぱりお菓子にしては薬っぽい。
HALAWAはアラブ版チーズケーキのようなお菓子。見た目が素朴(どのアラブ菓子もだけど)で、これといった特徴はないけれど、異国の味を感じさせる味がする。アイスにも、その独特のこってりさが残っていておもしろい。COM PISTACHEはピスタチオ入りのこと。
アラブはシャーベット、冷たいお菓子の発祥地とされている。昔は薬として食べられたともいうから、メンソレータム味なんかのアイスこそ、アイスの元祖かもしれない!
アラブ菓子の名前(ポルトガル語による)一覧
ブラジルのアラブ菓子は、初めて見ると、どれも同じに見えるし、何が違うのか、名前だってわかりにくい。
でも、ちゃんと名前もあるし、同じような見かけでも、美味しい店と、あまり美味しくないところがあることが判明!
マームル・デ・ノーゼス マームル・デ・ターマラ
焼き饅頭っぽい外観。胡桃やタマラという果実のペーストが詰まっている。
ドーセ・デ・セモリーナ
セモリーナという粉を使ってできた焼きケーキ。わざわざこの粉を使って過程でもお菓子を作るようで、粉が売っている。
ニーニョ・デ・ノーゼス ニーニョ・デ・ピスタッシェ ニーニョ・デ・ダマスコ
素麺みたいな細い麺を巻いて巻いて鳥の巣のような土台をタルト代わりのように作って、胡桃やピスタチオ、ダマスコ(西洋スモモ)を刻んだものをのせている。
フロルジーニョ・デ・ノーゼス ピスタッシェ
パイ生地みたいに何層も薄い皮が重なった生地を使って、中にくるみやピスタチオを包んで丸っぽい四角っぽい形にして中央に切り目をバツに入れて、中身が少し見えるようなお菓子。
ファイサリ・デ・ノーゼ
クルミやピスタチオを素麺生地をぐるぐる巻きにしてを包んで三角型にして焼いたもの。
バッスマット・デ・ノーゼ
ボルマ・デ・ピスタッシェ
バルビエ・デ・ピスタッシェ
上の三つは形が筒状だった血長方形だったりするけれど、素麺生地やパイ生地など、素材は一緒です。
ハラワ ハラワ・コン・ピスタッシェ
アラブ版チーズケーキという感じ。ピスタチオを混ぜ込んだものもある。
アタイフェ・デ・ノーゼス
アラブ版どら焼きといった感じだけど、皮を半分に折り曲げて、中にいろんなクリームを包んでいる。その上にシロップをかけて食べたりする。

アラブのお酒
アラブのお酒といえば、発音はわからないけれど、アラキ。無色透明色で、化粧品みたいな花のような、日本人の感覚からすると食物を逸脱した香りがする。アラブからの移住者の多いブラジルでは、ブラジル産の製品も製造されている。
レバノン人やシリア人がサンパウロでは目立っているが、当然、ワイン発祥の地とされているレバノン産のワインが、アラブ食品店の棚には陳列されている。味は分からないけれど、海の民やフェニキア人の末裔でもあるかもしれないレバノンとう国が、民族意識の高い理由がわかるような気が、、、。
オリーブだってレバノン
オリーブのみというのも、産地によって、木によって全く味が違うらしい。もちろん保存の味付けだって違うはず。
というわけで、アラブ食品店には、スペインやイタリア産などのオリーブに並んで、レバノン産のオリーブ漬けが並んでいる。唐辛子入りの保存液に漬け込んでいるのが特徴かもしれない。
私の勉強した日本の中学生用地図帳の国旗にレバノンの国旗がない!
翻訳するときに、地名を日本語にするとき便利がいいというので、中学校のときに使っていた地図帳を日本から持ってきた。ふと気になって国旗の載っている最初のページを見たら、レバノンがない。
ブラジルではこれほど大きな存在のレバノン(おそらくフランスなんかでも)、そしてアラブ世界。日本の社会(地理)教育の大きな落とし穴のひとつは、アラブ社会についての教育がほとんど皆無ということじゃないかな(それとも、日本はそれほどアラブと関わりがないのかな?そんなはずはない!)?やっぱり、ボーダレスといわれる時代になってきて、アラブを抜きに世界は成り立ってないような気がするのは、ブラジルにいるからかな?
新しい観光名所『MUSEU DA LINGUA PORTUGUESA』
ルス駅の建物の中にできた博物館、リンガ・ポルトゲーザ博物館。その名の通り、ポルトガル語の素晴らしい世界をおもしろい雰囲気で紹介している。ポルトガル語といっても、特にブラジルでのポルトガル語についてテーマにしている。
他に、ブラジルの歴史や文化を紹介しているコーナーなんかもあって、オープン以来、土曜日は、今のところ、いつも行列ができている。
窓から眺める景色も感慨深い。

↑小説の文が刻まれた容器に水を張って、鏡文字になっているので、さらに鏡を使って読まなければいけない。何かと凝った館内。ちなみに小説は『グランデ・セルトン』という、ジョアン・ギマランエス・ローザという人の作品。彼はブラジルにおいて新しい言葉を作り出したことで有名だそうです。
23日更新
ブラジルを伝えることを難しいと感じて、、、
個人的趣味で、サンパウロやブラジルを伝えたいと思っている毎日。
やっぱり写真や動画が重要であると感じる。
さらに、写真といっても、これまた難しい。単に写したいものだけを綺麗にとっても伝わらない。例えば、サンパウロ市内にある、最も有名なといっても過言ではないバンデイラスの像。単に像の写真だけでは分からないこと、、、それは単純に大きさ!
もっといえば、その像にまつわる色々な話などなど、そういうことを知れば、心に響くブラジルを伝えられるんだろうなあと、、、。
久々に散歩をして私的写真を撮ったので紹介します!
←バンデイランテス像。写真の中央下くら いに3歳のチビッコが立っている。
←像の足の間から顔を覗かせているのは
3歳児。とっても楽しそうに遊んでいました!
赤ちゃんがおっぱいを飲んでいる像に
魅せられて!
バンデイラス(奥地探検隊)像について
サンパウロ市内のイビラプエラ公園に隣接する場所に建てられている。とにかく大きい!。高さ7,8メートル、全長30メートル以上、幅も広い。1個20トンくらいの花崗岩を何十個も組み合わせて彫ったものらしい。1954年、サンパウロ市の創設400周年を記念して建てられたもの。
イタリア人移民の2世、ビクトル・ブレッシェレ(1894〜1955)というブラジルでは誰でも知ってる有名な彫刻家の作品。芸術作品といっても、ブラジルは大らかなもので、いいか悪いかはともかく、この像のてっぺんに上ったり、小さな子供もバンデイランテス像の足元の陰に隠れたりして、楽しそうに遊んでいる。その割には、特に壊れた様子もなく、ブラジル産の石の質のよさ?を感さじせる。
ビクトル・ブレッシェレの他の彫刻は、サンパウロの美術館なんかにも収められている。ブラジルっぽいなあという匂いのある作品ばかり!
バンデイランテスは、植民地時代の初め、ブラジルという土地の国土拡大に一躍かった、奥地探検隊のこと。金や貴金属、インディオ狩りが主な目的だった。未知で危険の満ちた新天地に勇敢に立ち向かった彼らは、今日、快適なサンパウロ生活をさせてもらっている私は大いに感謝しなければいけない。
彼らの奥地探険は16世紀から18世紀まで続いた。バンデーランテスはサンパウロを基点にして奥地に向かったので、サンパウロを語るとき、バンデイランテスの存在を抜きにはできない!
探検隊は大規模なもので数百人から編成され、初期はポルトガル人が多かったけれど、後には主に、先住民や白人と先住民の混血、マメルーコが隊員だった。その力強い肉体と精神が像にはよく表現されているなあと思ってしまう。
家畜や船(像でも引っ張られている)を運びながら、一回の探険に数年をかけたそう。陸上を船?というのは、基本的に河川に沿って探険を進めたらしく、川の途切れたところなんかでは船を人力で運んだらしい。探険の地では村や町を作って、自給自足もしたという。
像の隊員におっぱいを飲ませながら立っている女性がいるけれど、子育て中の私から見たら、どんなに腕力のある男性よりも、彼女がたくましく輝いて見えました!
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