大野谷ってどこ?
大野庄の成立
 奈良時代の743年墾田永年私財法以後、墾田の永久私有が認められ、荘園制度が成立しました。歴史書によって数は違いますが、知多半島に17から23ほどの荘園が存在していました。そして大野谷には「大野庄」という荘園があり、周辺の約20か村を領有していました。
 領主であったのは大野氏(大野頼清)ですが、いつからこの地に荘園が成立したかは記録がありません。記録に登場するのは鎌倉時代からですが、おそらく平安後期には存在したと考えられます。

大野氏から金沢氏へ
…『吾妻鏡』によると、承久の乱に大野頼時は朝廷側について敗戦し、所領を取り上げられてしまったそうです。その結果大野庄は六波羅探題の支配下に入り、その六波羅から金沢貞顕が地頭としてやってきました。
知多市の大興寺の鐘に「知多郡大野庄永仁四年十一月六日」
(1296年)とあります。
 
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