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ジオログ

東日本部落解放研究所第26回研究者集会・「狭山」分科会

 

石川さんと歩く狭山現地調査報告 

9月2日9:15〜12:00:石川一雄さん+参加者15名

 

1 狭山市駅(事件当時 入間川駅)前 すず屋

<牛乳瓶2本とアイスクリームを買った事について>

  「5月1日は曇りで肌寒い日であった。でも冷たいものを買うことにされた。何か買ったのではないかとの警察の問いに、好きな牛乳と言った」

<アイスクリームというのはどういうところから言ったのですか?>

  「子どもを連れだすのであればと思ったのでそう言った、と思う」

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2 荒神様   

<ここの祭りには度々来ていたのですか?>

  「小さい頃には来たが、奉公に出てからはあまり来ていない」

<当時、20〜30人の参加者があったのですが、ここで誰かに遭わなかったかと警察は問わなかったですか?>

  「全然訊かれなかった」

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3 「出会い地点」  

<ここで自転車を押さえたことになったのは?>

  「初めは山学校の前だった。奥富植木屋が、『そこで石川らを見た』と警察に言っていたからそうなったと思う」「でもそこでは山学校の仕事をしていた人が、農作業をしていたらしくて、そこで捕まえたら見られてしまうということで変わった」「それに後ろから来た自転車を捕まえるのは無理なので向き合う形になった」

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<自転車を押さえる時、女学生が声を出したとか、つんのめったとかについて警察は問わなかったのですか?>

  「訊かれなかった」

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4 「殺害現場(四本杉)」への道  

<女学生を連れていく道では農作業中の方が2組いたし、このあたりを三輪車で行き来していた人がいたのですが、それらについて問われなかったのですか?>

  「訊かれなかった」

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<殺害現場へ入るところはかなり遠回りになっているのですが、まっすぐに四本杉に入る道(Oさんが三輪車を留め、農作業をしていたのが右手に見える)について問われなかったですか?>

   「最初、その道を進んだと言ったら、『そこは入口が坂で自転車で上りにくいだろう』と言われて、遠回りの道になった」

 

5 「殺害現場」  

<四本杉の根元で殺害したことになっていますが、それについては?>

  「そこは村の人たちが農作業をして帰る時、一休みする所で、芝生が植えてあったので、その場所を自白した」 

<死体の首と足首についていた木綿細引紐と同じ紐が、すぐ近くにあったということを訊かれませんでしたか?>

  「訊かれなかった」

<荒縄が敷かれてあったという茶畑はどのあたりですか?> 

  「この山(注:雑木林)を出たすぐの畑にあったので、もし自分が犯人なら遠くの家の生け垣の荒縄をとりに行かなくてもよかった。荒縄が盗られたという情報が警察にあって、それに結びつけたのではないか?」

<Oさんが農作業をしていたことは聞かれませんでしたか?> 

  「Oさんが仕事をしていたのは雑木林の隣の畑で、停めていた車はこの道の正面なので当然見える所なのに、そんな人がいたことや車のことは訊かれなかった」

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【鞄(かばん)発見現場へは、鞄を捨てたという6月21日の警察官への3枚目の図面に従って歩いた。6月25日の検察官への図面では、出会い地点へ戻って山学校のところから引き返すという大回りコースになっている】

 

6 鞄(かばん)発見現場  

<6月21日の警察官への3枚目の図面のコースと、6月25日検事に示したコース(判決で認定されたコース)では大幅に変更されていますが、そのあたりの変更理由について?>

  「記憶はない。検事の方で初めのコースではまずい状況ができたのではないかな」

<図面で示した「山と畑の間の低いところ」ではない「溝」から鞄が出てきたのですが、その事で何か尋ねられなかったですか?> 

  「訊かれなかった」

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<鞄などを捨てた場所から鎌倉街道を通って佐野屋のところに最短距離で出られるのに、大回りのコースを自白したのは?> 

  「加佐志街道を通るところで見た人がいる、と言われたので、そちらを通ることにした」

 

佐野屋方面に、脅迫状を届けたという自白コースを車で移動。

7 佐野屋脇

<ここに2日夜に金を取りに来たコース、帰るコースは石川さんが考えたのですか?

  「石田養豚場で働いていたが、道はあまり知らなかった。それで唯一知っている道順を言った。」

<あの道順だと、3カ所、張り込んでいた警察官の前を通ることになりますが、その事を警察は問わなかったのですか?>

 「何も言わなかったね」

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【狭山現地事務所(万年筆が発見されたというお勝手の鴨居を復元している)へ車で移動】

8 万年筆発見場所 

  「初めは私のかみそりを置いている所と兄貴の置く所を書いた。ところが万年筆が兄貴のかみそりの場所から出て来たんだよね」                           (まとめ:鈴木 慰)

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<参加者の感想>

○久しぶりの現調、石川さんと現調をしたのは初めて。今回これまでの現調とは違った角度で、石川さんの話を直接聞きながらの現調で非常に勉強になった。

○何回もここに来て歩いているが、今日は皆さん細かいことまで大変勉強されていること。また石川さんが50年近く経つんだけれど実にきちっと覚えている、石川さんの思いを感じた。

○石川さんといっしょに現地を歩いたのは初めてで、個人的にはいろいろ大収穫だった。自分の場合はみなさんとは少し視点が違っていて、あくまでも事件の真相を明らかにしたいということから入ったが、でも狭山事件は冤罪だと思うし、皆さんともつながっていると思う。

○何十年ぶりで現地を回った。石川さんがすごく勉強していること、殺害現場にしても誘導されながらも自分がよく知っているところを一生懸命考えながら答えているということ。四本杉のところはみんなが休むところだったとか、佐野屋の道だって僕はこの道しか知らなかったとか。

○僕はカメラを撮っていたんですが、雑木林に行くところも何人か畑で働いていて、やはりよく見通せるということがわかった。事件当日も4組の人が付近で農作業をしており、被害者は助けを求めたと思う。

○久しぶりの現調で、全くわからないかなと思ったが記憶を思い返してまた見えてくるものがあった。石川さんからいろいろ話を聞けてよかった。何年に一度か現地調査や現地で活動することが必要かなと。

○石川さんと30年ぶりに会った。今回感じたのは彼が述べていることは全て正確で、リアルだと確認できた。反復記憶だとは思うが思い違いも含めて。石川さんと現調をときどきやって、いろんな人に参加してもらいたいと思う。               (まとめ:藤沢汎子)

 


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