冤罪事件・冤罪裁判(4): 村木厚労省元局長に無罪の判決!

  郵便不正・偽証明書事件の村木厚労省元局長に無罪の判決!

 

はじめに

大阪地裁(横田信之裁判長)での22回の公判の結果、1010日に郵便不正・偽証明書事件の村木厚労省元局長に対し、無罪判決がでました。

地検は1017日の段階で勝ち目がないと控訴を断念する方針を発表、当然のことと思います。これで、村木被告の完全無罪が決定! 5ヶ月にも及ぶ孤立した密室での過酷な取り調べにも屈することなく、無実を主張し続けた村木さんに心から“おめでとうございます!!”を言わせていただきます。

すくなくとも、私が講読している毎日新聞はこの事件に関して当初より、密着取材を通し無実を主張する村木さんの声を公平に報道してきたと思います。しかも、914日付紙面で「村木元局長無罪 本誌報道検証」との記事を載せています。この被疑者の人権を守る報道姿勢が今後も持続されることを切に要望します。その毎日新聞からの情報から私が知りえた法廷での様子に触れてみたいと思います。

 

公判前・公判

大阪地検特捜部をニュースソースとする情報を読むかぎり、多くの証人が村木被疑者の事件への関与を供述していることから、取り調べ段階で有罪の印象を強く与えていました。しかし、公判が始まってみると法廷内では次のようなことが起こっていました。

元係長上村被告は単独犯を主張し、「供述調書は作文だ。検事から再逮捕をちらつかされて認めてしまった。村木さんには申し訳ない」と涙ながらに訴えました。

出廷した厚労省職員で村木被告の元同僚らは「(偽証明書作成に関して)記憶にない」と、村木被告の関与を認めた供述調書の内容を次々に覆していき、調書になぜ署名したのかを問われると、「『(偽証明書作成に関して)覚えていない』と主張しても調書にしてくれなかった」「検事から『他の人はこう言っている』と言われた」「検事が言うのだから正しいのかなと思った」「逮捕をほのめかされたので怖ろしくなった」などと述べ、「調書はでっち上げ」などと大阪地検特捜部を批判しました。

 

取り調べメモ

また、取り調べた検察官を含め計18人が出廷しましたが村木被告の事件への関与を裏付ける証言は出ませんでした。さらに、検察官6人は証人尋問で、取り調べメモについて問われ、6人は異口同音に「メモは起訴後に捨てた」「調書を作った時点で必要なくなった」「保管する必要はないと思った」と言い、裁判官が「調書の信用性が疑われると思わなかったのか」と追及しましたが、6人は公判で全員が「取り調べは適正だった。調書が正しい」と証言。

メモ保管については087月と10月の2回、「検察官が個人的メモと評価するものについても証拠開示の対象とされる場合がありうると考えられ、取り調べメモの作成や保管に当たってはこの点に留意する必要がある」との最高検通知がこの事件前に出されています。この通知が「やばいメモは処分しろ」と解釈されたのですから、証拠隠滅を伴う特捜部の組織犯罪と判断されても言い訳はできないと思います。国民の税金を使って集めた証拠や資料は、本来は国民の共有財産であり、検察官個人が勝手に処分できる私有物ではないはずですが、情報公開の趣旨は理解されていないようです。

 

検察調書不採用

横田裁判長は、取り調べ段階で村木被告の指示を否定していた記述のある上村被告の「被疑者ノート」を証拠として採用、5月末の公判で、元同僚らの捜査段階の供述調書計43通のうち主要な34通を「検察官が誘導した」などの理由で証拠採用しない決定をしました。これによって、村木被告を有罪とする証言(証拠)を検察側は失ったのです。

アメリカのように違法収集証拠を排除する原則が貫かれないと、裁判員裁判は有効に機能しないのであり、この横田裁判長の決定は大いに評価されなければなりません。

 

「記者の目」(毎日新聞)

201078日毎日新聞「記者の目」で「郵政不正事件 村木被告裁判が結審」を取り上げた大阪社会部日野行介記者は、「裁判員裁判の導入を機に司法全体が変革を迫られている中、検察も供述調書を偏重する従来型の捜査手法からの脱却を求められているのだと思う。」と述べています。確かに、従来の「裁判村」の住人だけの常識が通用する法廷から、一般常識を持つ市民参加の裁判員の存在を裁判官が意識せざるを得なくなってきていることは間違いないと思います。最高裁による大阪母子放火殺人事件の死刑判決差し戻し(2010.4.27)はそのいい例です( HPジオログ 2010.9.28付 「狭山事件研究メモ」を参照)。

したがって、供述調書中心の法廷から、法廷での証言内容、開示された物証を重視する公判中心主義(直接主義)の法廷への移行は必然と思います。記事の中で日野記者は横田裁判長の公判中心主義の運用、「被疑者ノート」の証拠採用等を評価していますが、これが裁判官の個人の判断に任されている現在の司法制度にこそ問題があると思います。言い分を聞いてくれたいい裁判官に出会えたから“幸運”では制度として不備なのです。その点の指摘がないのが残念です。

 

取り調べの全面可視化実現へ

村木さんは「取り調べを検証できる仕組みが必要では」と述べています。その通りだと思います。拘留期間がいくらでも延長できる「人質司法」の撤廃、孤立した密室での取り調べから弁護士立会いの保障(接見交通権の保障)、取り調べの全過程可視化(録音・録画)、全証拠の開示です。これらが制度として確立すれば被疑者の人権・防御権が守られます。取り調べ全過程が可視化でき、客観的証拠として法廷に出されれば、強制された自供・証言かが裁判官個人の恣意的判断に依存するのでなく、客観的証拠を根拠に正しく判断できるようになります。

 

おわりに

ジャーナリストの江川紹子さんの今回の事件に関するコメントを参考に以下引用します。

 

「あらかじめストーリーを決め、それに合う供述を押し付けて有罪判決を取るという特捜捜査の問題点が凝縮された事件だ。刑事裁判は本来、捜査段階の供述調書より、法廷での証言を優先すべきだ。特捜部が『供述調書さえ取れたらいい』という体質になったのは、取り調べ方法を監視しなかった裁判所に責任がある。中でも、特捜捜査は犯罪の証明を供述調書に頼る部分が大きい。特捜捜査こそ真っ先に取り調べを可視化すべきだ」(201099日 毎日)

 

その通りと思います!!!

                    

                    2010917日    内藤武(狭山部会)

                                                  

 

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