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検察官手持ちの全証拠に対する開示命令【資料】
(大阪地裁 1959年10月3日)
2013年3月17日 内藤 武
1958年(s.33)8月22日郵便事務官7人に対する建造物侵入・公務執行妨害事件(全逓大阪地本職場離脱事件)で大阪地裁は「検察官は弁護人に対して直ちに本件手持ち証拠の全部を閲覧せしめること」を命じた。従来は「勧告」に止まっていたが訴訟指揮による「命令」は初めてのケースです。
検察はこの「命令」対し「違法な訴訟指揮である」として直ちに異議申し立てしましたが、棄却されたので最高裁に特別抗告をしました。最高裁は検察官手持ちの全証拠開示に関す規定が刑事訴訟法には無いことを理由に違法と判断、検察の主張を受け入れる判決を1969年4月29日に下しました。
検察手持ちの全証拠が一審(地裁)段階で開示されない中で、数々の冤罪がつくられてきたことは周知の事実です。そして、現在もつくられている現実を考えると、最高裁が下した不当な判決は、最高裁自らが冤罪をつくってきた張本人であり、人権を無視した犯罪行為であることを証明しています。
以下は大阪地裁が検察に対し手持ちの全証拠の開示命令をした内容です(『判例時報202号より引用』)。なお、読みやすいように、本文をいくつかの段落に分けて改行しています。
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特 報 検察官手持の全証拠に対する開示命令
大阪地裁34.10.3
昭和33年8月二22大阪地裁に起訴された郵政事務官7人に対する建造物侵入、公務執行妨害事件(所謂全逓大阪地本職場離脱事件)につき、本年10月3日の第三回公判において、大阪地裁刑事第二部は「検察官は弁護人に対し直ちに本件手持証拠の全部を閲覧せしめること」を命じた。
ここに掲げるのはその全文である。
この種の問題についての従来の裁判所の態度は勧告に止まり、訴訟指揮による命令という強い形が出されたのは本件が初めてである。これは又あらゆる証拠の閲覧を命ずる点において、昭和28年2月21日、最高裁へ日弁連が提案した刑訴規則改正案(「検察官は公訴提起後弁護人から請求があったときは、何時にても、刑訴法第321条から第328条までの規定により取調べを請求する可能性のある証拠書類及び証拠物を閲覧謄写させなければならない」)を一歩進めたものであり、最近の平野教授の論文「書類、証拠物の閲覧」(法曹時報1巻6号)における「公判前に、裁判所は主な調書の閲覧を被告人、弁護人に許すよう検察官に勧告することが望ましい」という説を、遥かにこえたものとして、画期的な裁判である。それだけに問題も多い。検察官はこの命令に対し「違法な訴訟指揮である」として、直ちに異議を申し立てたが棄却されたので、10月8日最高裁に特別抗告した。
《参照条文》 憲法37条一1項、刑訴法299条
【判長長】
それでは、本件については、相当双方の意見もお聞きしましたので、裁判所の考えを申述べたいと思います。
本件の実体審理に先立ちまして、証拠書類などの事前閲覧問題が発生し、当事者の良識による自主的の解決を念願する裁判所の意図や勧告にもかかわらず、当事者の意見が鋭く対立して解決の曙光すら認められないまま今日に至ったことは、誠に遺憾なことと考えます。よって当裁判所は今や当事者の自主的解決の不可能なことと、事柄事態の重大性にかんがみまして、ここに最終的の意見を表明して訴訟の促進を計りたいと思います。
まず、本件において検察官は刑訴法第299条をほとんど唯一の根拠として証拠書類等の事前閲覧を拒否し続けております。そのいうところは、検察官は第一回公判期日において取調請求する意思のある証拠についてのみ事前閲覧を許せば足り、第一回公判期日に請求する意思のない証拠や全然取調請求の意思のない証拠については事前閲覧の請求に応ずる義務がないというのであります。
しかし検察官において全然取調請求の意思のないとした証拠が、はたして客観的にも事件に関連性がなく被告人に有利な証拠でないといい切れるでしようか。この点に関する検察官の判断は絶対に正しいものであるとして何人の容かいをも許さないものでありましょうか。
検察官が当事者であるとともに、一面公益の代表者として裁判所のなす実体的真実の発見、すなわち事案の真相の発見に協力すべき国法上、ならびに刑訴法上の義務(すなわち真実究明義務)を負うものであることは異論のないところでありましょう。(検察庁法第4条、刑訴法第1条、第299条、参照されたい。)
そうだとすれば、検察官手持ち証拠の全部を利害関係を異にする弁護側にも早期に閲覧せしめ、その証拠に対する弁護側の検討批判にも十分触れしめ、あるいはこれを利用せしめてこそ真の意味での実体的真実の発見が期し得られるのではないでしようか。
なるほど刑訴法第299条、刑訴規則第178条の3は、検察官が取調べを請求する証拠についてはできる限り、第一回公判期日前5日の余裕を置き相手方にこれを知らしめあるいはこれを閲覧せしめる機会を与えるべきことを規定しております。
しかしこの規定は右検察官の真実究明義務に根底を置くもので検察官手持ち証拠の内その如何なる種類、如何なる程度の証拠が公判における現実具体的証拠として請求せられるかをあらかじめ弁護側にも知しつせしめ弁護側をしてそれに応ずる万全の準備を整えしめるための規定であると解するのを相当と考えます。
したがってこの規定があるからといって、またこの規定があるがために、検察官には右規定以上に弁護側に対し証拠の事前閲覧請求に応ずる義務がないということはできないのであります。けだしそれは明らかに検察官に課せられた前述の真実究明義務に違背することとなるからであります。
今かりに右規定を検察官主張のごとく解し、検察官はこの規定に従う限り何ら真実究明義務の違背はしておらないとしましょう。それではもし検察官が事件との関連性がなく被告人に有利でもないと考え、あるいはまた過矢によりついに証拠として請求しなかった証拠が後日客観的には事件に関連性があり被告人にも有利であったとしたらどうでありましよう。またそれが被告人の無罪を基礎づける唯一の証拠であったらどうなりましょう。かような証拠は弁護側にも閲覧利用の機会がなく、裁判所にもついに提出せられず、暗黒裡に埋れ去ってよいものでありましょうか。
なるほどこの場合でも検察官は、主観的には実体的事実の発見に協力しているのでありましょう。またそのように信じてもよい。しかし、その判断の客観性はどうでしょう。
はたしてその真実究明義務を尽くし真に実体的真実の発見に協力したものといえましょうか。かかる場合実体的真実の発見に致命的障害を与えていないとだれが保証できましよう。松川事件におけるいわゆる諏訪メモの場合を想起するだけでこの間の事情はおのずから明らかでありましよう。
されば検察官はいかなる意味においても手持ち証拠を独占すべき権利はない。公訴の提起後いつにてもこれを弁護人に閲覧せしめ、その十分な検討批判に耐え利用すべきはこれを利用せしめてこそ初めて真の意味での実体的真実の発見に協力し得たといえましょう。またかくしてこそ刑訴法第300条に定める検察官の書証申諸義務の客観性をも十分確保し得て同条も初めてその実効を収め得ることとなるでしよう。
しかしかく解すればとて、決して弁護人をして検察官収集の証拠のみに依存安住せしめ、その独自の弁護活動を軽視せしめるということにはなりません。けだし刑訴法は当事者主義の立場を取っていますが、決して検察官主張のごとき形式的当事者対等に満足するものではなく、攻防面における検察官弁護人のほどよい力の均衡を考慮しつつ実質的当事者対等を願い、かかる基盤に立つ当事者の攻防によってこそ初めての真の意味での実態的真実の発見が可能であると解せられるからであります。
形式的当事者対等の地盤の上で得られる真実は断じて真の意味の実体的真実ではありません。捜査段階で強大な権限を有する検察官側に、さらにその収集した証拠の閲覧拒否権を与え、さなきだに差等のある検察官弁護人間の力の不均衡を一層増大せしめるということが刑訴法の真精神とはどうしても考えられないのであります。
次に事前証拠の閲覧が証拠湮滅その他の不都合を来たす場合をかりに想像するとしましても、かようなことは刑訴法の勾留の規定、刑法第105条の2の証人威迫、第104条の証憑湮滅等の規定により、十分処置し得ることでありますから、これをもって実体的真実発見に対する検察官の協力義務を拒否する根拠とはできません。
さらに一言したいのは検察官には訴訟促進についての協力義務があるということであります。検祭官主張のごとき手持ち証拠の細切れ申請によりはたして審理の促進は可能でありましようか。
また刑訴法の強調する継続審理集中審理の理想ははたしていかなる事件において行われなければならないとするのでありましようか。刑訴規則第193条は検察官に事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調請求義務を課しています。それはかかる証拠は検察官に一時に申請せしめ裁判所の審理方針の樹立および弁護人側の防禦の準備に便ならしめるためであり、決してその主張のごとく証拠の細切れ申請許しているものではありません。
事件の審判に必要と認めるすべての証拠を、第一回公判期日前に弁護側に閲覧せしめおき、それに対する十分な準備を整え占めてこそ初めて継続審理、集中審理が可能となり、訴訟も促進されるのではありませんか。
最後に検察官は起訴状朗読前になされた本件弁護人の書類等閲覧の申立は刑訴法291条に照らして不当である旨主張しております。しかし、同条は起訴状朗読前被告人弁護人にその請求申立等の発言を一切禁止する趣旨ではなく、本件のごとき訴訟準備に関する重大な申立は当然許され、また許されるべきものと解しますから、弁護人の本件申立には何ら不法はありません。
拠って以上のごとき理由に基づき、当職はここに検察官に対し次のとおり命令します。
検察官は弁護人に対し直ちに本件手持ち証拠の全部を閲覧せしめること。
なお、この際特に被告人等に注意しておきたいことは、もし本件において万一被告人らが証拠湮滅等不都合な行為に出た場合被告人らは前述刑法の諸規定により処罰されることのある事はもちろん、また本件においても勾留その他不利益な取り扱いを受ける虞(おそれ)があるということであります。自明のことではありますが、老婆心ながら一言付加しておきます。
昭和34年10月6日 大坂地方裁判所 裁判所速記者 山本春彦
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