狭山裁判員裁判1 「車出いく」の偽計

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 狭山裁判員裁判
 1 「車出いく」の偽計

 2 脅迫状作成テス

 3 「誘拐」か「偽装」か

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                                                                                              100429 天海 倖彦

 裁判員裁判での証拠判断の基準は「市民感覚」=「市民の経験則」である。

 最初に、狭山事件の最大の物証である脅迫状について、6人の市民感覚をもとに、犯人像を推理していきたい。

 6人の裁判員の中には、おそらく推理小説や探偵小説、犯罪小説、警察小説や、それらのテレビ番組、映画が好きな人が1人や2人はいるのではなかろうか。

 埼玉県警の推理と捜査が正しかったかどうか、皆さんの推理力でどのような判断を下されるであろうか?なお、以下、敬称は略させていただくこととする。

 

1.最重要な証拠:脅迫状

 狭山事件の発端は、埼玉県狭山市堀兼地区の上田英治(仮名:以下同)方の入り口に、5月1日午後7時30分頃に脅迫状が差し込まれたことである。この日は、上田家3女の川越高校入間川分校1年生の善江(16歳)の誕生日であったが、いつもの帰宅時間の6時過ぎになっても善江は帰ってこなかった。

 午後4時20分頃から強い雨が降っていたため、心配した兄の寛治が車で入間川分校に迎えに行ったが善江はすでに下校していた。バス便のある入曽駅に回ったがそこにも見当たらす、帰って食事をしていると、玄関のガラス戸に脅迫状が差し込まれていた。7時40分頃のことであった。犯人は大胆にも、家人が食事をしているところから見える玄関の引き戸に脅迫状を差し込んだのである。

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  多くの物証がある狭山事件において、犯人と直接結びつく物証はこの脅迫状だけである。

 もし、この精液が永久保存がされていれば、DNA鑑定で狭山事件は容易に解決したに違いない。しかしながら、事件が起こったのは1963年のことであり、今となっては再鑑定は不可能である。被害者の衣類なども、捜査関係者を始め多くの人が手を触れており、DNA鑑定は不可能であろう。残るところ、脅迫状が一番重要な証拠となる。

 この脅迫状からは、6つの指紋(2つは家族と警察官)が見つかっているが、それらは後に逮捕された石川一雄とは一致しなかった。紙類からは指紋が検出されやすいものであるが、奇妙なことに、脅迫状や封筒、中に入っていた被害者の身分証明書などからは、石川一雄の指紋は見つかっていない。

 この事実から、犯人は手袋をはめて脅迫状を書き、封筒を持ち歩き、封筒を破って脅迫状を修正し、被害者の身分証明書を封筒に入れた可能性が高い。犯人は紙類に指紋が付きやすいことを知っていたと考えられる。

 そうなると、真犯人は警察関係者か、推理小説や警察小説などをよく読み、鑑識知識を持ち合わせていた人物に絞られると考えられるが、皆さんはどう判断されるであろうか。

 本を読むこともなかった町のあんちゃんの石川一雄とは異なる犯人像である。

 もし6人の裁判員がその当時に判断するとしたら、紙に指紋が付きやすく、鑑識によって容易に検出されるというような知識を持っている人は少数であろう。そのような時代に、手袋をはいて脅迫状を書き、いったん糊で封をし、手袋をはめて封筒を破り、被害者の身分証明を入れ、あて名を万年筆で書き直したという犯人像を想像してみていただきたい。

 

2.狭山事件の脅迫状と封筒

 狭山事件の脅迫状は、破ったノート用紙にボールペンで横書きに書かれていた。他の営利誘拐事件と較べると、グリコ・森永事件を唯一の例外として、長文である。

 脅迫状は封筒に入れて届けられ、表には「少時様」のあて名と中段左端に小さく「20日」と書かれ、裏は糊で封印されて「〆」が記された後、破られていた。封筒は折りたたんで長く持ち歩いていたのか、端が所々すり切れていた。

 この封筒の「少時様」は各字が斜め2重線で消され、インクで「中田江さく」と書き直され、封筒の裏には「中田江」「中田江さく」と書かれていた。

 脅迫状は「少時」が消され、「4月28日(再審に入って29日と判明)」が「五月2日」に、「前の門」の「前」が「さのヤ」に書き換えられていた。

 脅迫状の元の文面は、次のとおりである。

 

    少時  このかみにツツんでこい

 子供の命がほ知かたら4月29日の夜12時に、

金二十万円女の人がもツて前の門のところにいろ。

友だちが車出いくからその人にわたせ−

時が一分出もをくれたら子供の命がないとおもい。ー

刑札には名知たら小供は死。

もし車出いツた友だちが時かんどおりぶじにか江て気名かツたら。(。はーの可能性あり)

子供わ西武園の池の中に死出いるからそこ江いツてみろ。

もし車出いツた友だちが時かんどおりぶじにかえツて気たら

子供わ1時かんごに車出ぶじにとどける。

くりか江す 刑札にはなすな。

気んじょの人にもはなすな

  子供死出死まう。

 もし金をとりにいツて。ちがう人がいたら

 そのままかえてきて。こどもわころしてヤる。

 

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3.「車出いく」の罠にはまった埼玉県警

 翌2日夜、埼玉県警は40名もの警官を佐野屋周辺の5差路の辻々に2重に取り巻いて張り込んだ。しかし、犯人は茶畑の中を歩いて現れ、被害者の姉の富美恵と約10分間、押し問答をしたが、その場にいた4人の刑事は犯人を取り逃がしてしまった。

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 その原因は、脅迫状の「車出いく」「車出いツた」「車出いツた」「車出ぶじにとどける」を信じて疑わず、道路に沿って辻々に2重の張り込みを行ったことによる。

 事件が起こった1963(昭和38)年というと、マイカーブームが始まる前で、農村部ではミゼット(250cc〜305ccの3輪自動車)が普及しはじめていた頃である。映画の『ALWAYS三丁目の夕日』の5年後のことである。

 上田家も、この年に日野ブリスカ(893ccのトラック)を購入したところであった。狭山署には車は1台しかなく、刑事を犯人が指定した佐野屋周辺に張り込ませる際には、地元の防犯協会の協力者の車を借りている。

 例えナンバーを隠したとしても、市内や周辺市の車は、その車種からだけでも容易に持ち主は特定されてしまう時代である。車を使うなどというのは目立つし、危険きわまりないのである。

そのような時代に、「車出いく」と脅迫状に書いてあるからこれを信じたということは、警察はいったいどのような犯人像を描いていたのであろうか?

 直前に起きた吉展ちゃん事件で犯人が50万円を要求しているのと較べると、「金二十万円」というのは半分以下である。しかし、当時、上田家の預金は15・6万円くらいであったと家族が証言しているから、普通の庶民の家では大金である(貨幣価値は現在の10倍位であろうか)。金に困っての犯行なら、農家よりも狭山茶の茶商であるとか、会社社長、医者など、金持ちの子どもを狙いそうなものであるが、被害者は農家の女子高校生であった。

 車の貸し借りなど、容易にできるような時代ではないから、「車出いく」を信じた警察は、普段、仕事で車を使っており、かつ、金に困っているような経営者を想定したのであろうか? しかし、車があるなら、なぜ川越や東京など、離れた場所の金持ちの子どもを狙わなかったのか、なぜ農家の女子高校生を誘拐したのか、などの疑問は湧かなかったのであろうか?

 いずれにせよ、埼玉県警は「車出いく」を信じこみ、裏をかかれて犯人を取り逃がしてしまった。警察は犯人の捜査攪乱、偽計にまんまとはまってしまったのである。

 狭山事件のそもそもの原点は、この「車出いく」を信じて犯人を取り逃がした埼玉県警にある。

この大失敗の原因は、埼玉県警が「脅迫状には捜査攪乱の罠が仕組まれている」ということを見抜けなかったことにある。犯人の偽計で犯人取り逃がしたのであるから、この事件には様々な偽計が仕掛けられている可能性が高いと反省し、脅迫状を疑うことから捜査は進められなければならなかったはずである。

 しかしながら、埼玉県警は何の見直しもなく、脅迫状の偽装工作の罠に続けてはまってしまうのである。足を滑らせて転び、おまけにどつぼ(肥溜め)にはまるようなものであった。

 

4.脅迫状作者は「小学校くらい」か

 市民裁判員である読者の皆さんは、この脅迫状写真をもう1度、よく見ていただきたい。

 当時の新聞記事を見ると、この脅迫状について、埼玉県警は「小学生くらいの教養」「小学校卒業ていどの教育をうけた」「学校にもほとんどいったことがない男」としている。

 一方、新聞記事には、「仁木悦子さんの話!!!稚せつな脅迫文は、あくまでこじつけで知能の遅れた人ではない。むしろ犯罪については異常に頭のさえた持ち主に違いない」(5月5日埼玉新聞)と正反対の見方を伝えていた。仁木悦子さんといっても、若い人はピンとこないと思うが、第3回江戸川乱歩賞、日本推理作家協会賞を受賞した推理小説家で、「日本のクリスティー」と呼ばれた有名な女流推理小説家である。

 その他、玉生道経(浦和少年鑑別所長)、志賀直哉、国立国語研究所員は、「知的には相当シャープなところのある男。わざと誤字を書いたとも勘ぐれば勘ぐれる」、「カムフラージュするためにわざと書いた」、「教育程度が低いのではなく作為」とみている。

 脅迫状作者について、「小学校くらい」という見方と、「異常に頭のさえた持ち主」という2つの正反対の見方があったのである。

 その判断の前提として、脅迫状には「車出いく」という捜査攪乱、偽計があった、という事実を忘れてはならない。 「小学校くらい」の犯人が「異常に頭のさえた持ち主」を偽装したのか、それとも、「異常に頭のさえた持ち主」の犯人が「小学校くらい」を偽装したのか、どちらであろうか。

 裁判員の皆さんならどう判断されるであろうか。

 




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