リードシート: リズム・コード/メロディー奏法 音源置き場 2006 05.16より。
-- リードシート:リズム・コード/メロディー奏法は、リードシート(コード表記つきのメロディー一段譜)に記譜された原曲のテーマ(主題のメロディー)を、ほぼ即興で、ハーモナイズ、リハーモナイズして独奏化する編曲法・演奏法です。通常、独奏ではテーマを最初に一度弾き、アドリブを1〜数コーラス演奏します。また、ジャズでは、テーマを様々な方法で変形させて演奏する事が多く、これを"フェイク”と呼びます。
ここでは、テーマは音程を変形させず、メロディーのアーティキュレーション(メロディーの区切り方、つなげ方、強弱)と、コードのリズム、ベースラインで変化をつけています。
参考までに、編曲例・演奏例を置いておきます。 --
テーマのみの演奏。
(ダウンロードは、右クリック→対象をファイルに保存で。ちなみに、mp3は、ダウンロードしてプレイヤーで再生した方が音質が良いです。ブラウザ=InternetExproler等で再生すると、高音域が消されてしまいます。)
1.All The Things You Are J.Kern作曲
2.All Too Soon D.Ellington作曲
3.Be Anything I.Gordon作曲
4.Blue In Green M.Davis作曲
5.Body And Soul John.W.Green作曲
6.Darn That Dream J.V.Heusen作曲
7.Days Of Wine And Roses H.Mancicni作曲
8.Don’t Blame Me J.McHugh作曲
9.Easy To Love C.Porter作曲
10.Easy Living D.Redman作曲
11.Fly Me To The Moon H.Warren作曲
12.Guilty H.Akst & R.A.Whiting作曲
13.Here’s That Rainy Day J.V.Hausen作曲
14.Moonlight In Vermont V.Young作曲
15.Mysty E.Garner作曲
16.Satin Doll D.Ellington作曲
17.Tea For Two V.Youmans作曲
18.There Will Never Be Another You H.Warren作曲
19.Trauemerei (トロイメライ) R.Schumann作曲 (原曲からコード進行を抽出し、原曲通りのキーとメロディーで、リズム/コード/メロディー奏法により、リハーモナイズしたもの。)
編曲内容の解説。
・ギター: リズム・コード/メロディー奏法について。
これらの編曲は、私が組織化(システム化)し、提唱する「ギター: リズム・コード/メロディー奏法」によるものです。この編曲法は、ピアノによる、やはりコード表記付きのメロディー一段譜を、即興的に独奏化する、「イナモリ・メソッド」の「リードシート奏法」(中央アート出版社刊)から基本的なアイディアを得ました。
イナモリ・メソッドによるピアノ編曲の場合は、左手低音部で、コードの「ルートと3度」、もしくは「ルート7度」を強拍とコードの変わり目で弾き、右手高音部で、左手と逆に「7度」もしくは「3度(10度)」とメロディーを弾きます。ルート・3度・7度をコードの基本単位とし、5度、テンションを随時、適宜加えて行きます。この方法でコードを弾き、ダンパー(サスティーン・ペダル)で保持・持続されたコード・トーンの上で、メロディーを動かす演奏法・編曲法です。
これは、ソロ演奏に限らず、ジャズ・ピアノによる、特にテーマ演奏のコード/メロディーの方法に広く見られた形で、それ以前にも理論化・方法化されてはいましたが、イナモリ・メソッドは、それを整理し、組織化した非常に実用に優れた、程よくシェイプされた理論です。
「リズム・コード/メロディー奏法」も、ジャズ・ピアノ、ジャズ・ギターの和音の基本的な用い方に則って(のっとって)、ルートと3度・7度をコードの基本単位、あるいは、響きを充分に主張する最小限の単位として扱い、コードの構成音とトップ・ノートをメロディーとして動かします。
・従来・旧来型「コード/メロディー」と「ヴァーチョーゾ・スタイル」
ピアノの場合は、ダンパー(サスティーン・ペダル)の使用により、和音を鳴らしてからの音の持続と、メロディー音の持続による滑らかさが可能です。また、強拍で最低音のバスを鳴らし、その音を持続しながら、中域・高域のコードを弱拍で鳴らす、あるいは分散和音にするといったことも、「左手一本」で可能です。つまり、左手コードによる「伴奏部」と、右手による「メロディー・フレーズ」をそれぞれ独立的に扱う事が可能な楽器です。あるいは、コードを両手で同時に強拍で鳴らして、その音を持続したまま、激しい動きのメロディー、アルペジオを両手、片手で弾く、といった事も可能です。
ところが、ギターは、その構造から、鍵盤楽器と違って、開放弦以外は、当然、フレットから弦が離れた瞬間に音が途切れてしまいます。また、これも当然の事ながら、同一の弦の上では、同時にひとつの音しか出せません。こういった楽器の仕組みを、「発音原理」と呼びます。ギターの場合は、6本の弦を、フレットによって音程を変えて発音します。同時的最大発音数は、「6」です。対して、ピアノは、一つづつの発音原理が「独立」しています。原理的には、同時的最大発音数は「10」という事になります。(実用的には、4+αです。これは、ギターと変わりありません。)
和音の配置の面では、特に、4和音以上、付加和音は、転回すると、R・3度・5度・7度いずれかの構成音との二度音程を含み、二度音程は、全ての発音原理が独立しているピアノでは、白・黒鍵いずれも「隣」(白鍵の隣の黒鍵、あるいは白鍵。もしくは黒鍵の隣の黒鍵)の鍵ですが、ギターでは、これを同時に鳴らす場合、つまり「二度音程を含んだコード」は、開放弦を含んだ少ない可能性以外では、隣の弦で、しかも若干広い指の形(例えば、3弦・2弦の関係以外では、小指で低い方、人差し指で高い方の音など)ストレッチ等のフォームを要求します。
これはコードに限らず、メロディーが順次(二度音程)で動く時も跳躍する場合も、同一弦上では、先に弾いた音は保持できません。
これらは全く「当たり前」の事なのですが、コードの響きの保持(サスティーン)にも、メロディーの接続の滑らかさにも、「コード/メロディー」という両方を、ギター演奏で同時に扱う場合に生じる技術的、物理的な問題、困難さです。
--*注: しかし、これらは同時に、ギターという楽器の音のメリハリでもあります。そもそも、ギターとピアノは全く別物の構造の楽器ですから、「ピアノと比べて」「良い悪い・優れている・劣っている」という意味ではありません。また、ピアノの場合は、ダンパー(サスティーン・ペダル)を踏み込んでいる間、鳴らした音が全て保持・持続されてしまいます(また、超高域には、最初からダンパーがついていません。つまり、伸ばしっぱなしになり、自由に「切る」事は出来ません。)が、ギターは、どの音を伸ばし、どの音を切るか、と言った選択も可能です。
その他、ヴィヴラートや、スライド、グリッサンド、チョーキング等も、類似・擬似的な音は鍵盤でも可能ですが、ギターほど直接的、連続的な表現にはなりません。また、弾き方や、撥弦のポジションによる音色、タッチの差、違いも、鍵盤楽器とは比べ物にならないくらい広く、生々しいものです。さらに、音程の微妙な変化はチョーキングだけでなく、押弦の仕方でも可能です。ギターの場合、単旋律での微分音(半音の半分や、さらに半分)による音程のコントロールやコードに於いても、長3度を若干上げる(純正律に近くなる)等の響きの変化が可能です。--
そこで、従来、「ジャズ・ギター」というジャンルでは、「コード/メロディー」という奏法を指す場合、ごく基本的なコード・フォームで対応できる限りのトップ・ノートの可動性を利用して、コード音が保持できる場合はするが、出来ない場合は、コードを短く鳴らし、それからメロディーを単音で弾きます。
これは、いわば「コード/メロディー」という「分数表記的」な、「コードの”上”でメロディーが動く」、という形ではなく、「コード → メロディー」という構造です。もしくは「可能な場合にだけ、メロディーに対して、コードが部分的に並走する」形式つまり「コード + メロディー」です。
もちろんこれは妥当で有効な表現方法です。特に、「ジャズ・ギター」というジャンルで発生・発展した「コード/メロディー」は、独奏に特化する方法というより、合奏形式でのギターの役割として、コード・バッキングと、単音のメロディー、フレーズ表現の中間、もしくは、それらを互いに「補う」といった性格のもので、「コードに対して、トップノートによるメロディーの変化」、「メロディーに対して、コードによる厚み」を狙うものです。
実際、従来型の「ジャズ・ギター」のコード/メロディーによる編曲は、その内容をピアノで弾くと、ピアノで言う「ブロック・コード奏法」+メロディーといった形、響きになります。
この形は、「独奏」としては、「音(特にコード音)が途切れ途切れになる」「厚みのある部分と、単音とのバランスが、一定のリズムを出しにくい、もしくは、メロディーも変形しないと、自由なリズムが出せない」という難点があります。
時代的にはかなり近く、ジョー・パスというギタリストが現れるまで、この従来型の「コード→メロディー」が、「ジャズ・ギター」のコード/メロディーの主な方法でした。ジョー・パスは、クラシック・ギターの方法論、つまり、「どんなコードに対する、どんなメロディーも、出来る限り両者を保持し、リズム・ハーモニー・メロディーを同時並行的に扱う独奏」を、ジャズのコード・フォームと進行、メロディーに対して取り込み、その方法を確立した人です。
ジョー・パスの方法論も、「コード/メロディー」であり、従来型の発展形、もしくは、そのやや複雑な形であることに違いはないのですが、バークリー音楽院等では、ジョー・パスのスタイルは「ヴァーチョーゾ・スタイル」と呼んで、従来型、基本形のコード/メロディーと区別しています。また、従来型のコード/メロディーも、ヴァーチョーゾ・スタイルの方法を取り込んで行くという形で、より進んだコード/メロディーに発展をしています。
つまり、「コード/メロディー」とは、狭い意味の「奏法」ですが、「ヴァーチョーゾ・スタイル」は、「スタイル・形式」であり、「独奏」の方法全体、結果的には、「編曲法」の要素を含むわけです。
ジョー・パスの演奏では、特にテーマ部と、スローからミディアムのテンポで、「ヴァーチョーゾ・スタイル」が活躍します。しかし、アップ・テンポの楽曲や、アドリブが展開している場面では、従来型のコード/メロディーが中心です。また、それらの場面では、従来型のコード/メロディーと単旋律が中心のフレージングが有効です。
ちなみに、「ヴァーチョーゾ(超絶技巧の演奏家:名手)」とは、ジョー・パスの一連のソロ・ギターアルバムのタイトルにちなんでいます。クラシック・ギター型の、つまり、リズム・メロディー・ハーモニーを、同時平行、同時進行的に相互補完的に扱うスタイルそのものが、必ずしも「超絶技巧」を要求するという意味合いではありません。むしろ、リズム・メロディー・ハーモニーを同時に扱う独奏は、クラシック・ギターの時代から、ギターという楽器の本来の機能の一つの姿です。
・リズム・コード/メロディー奏法
そこで、「ギター: リズム・コード/メロディー奏法」では、このジョーパス・スタイルを分析し、かつクラシック・ギターの方法に回帰しつつ、両者を発展させ、音の選択に関しても、音の保持にも「妥協を排して」、しかし「実用的」な、理論的に整理された方法を実現させようと試みました。
基本となるのは、従来型のコード/メロディーですが、「どんなコードの上のどんなメロディーも、両者の響きを保持し、滑らかに接続する」という命題(テーマ)に取り組んでいます。また、それがかなりの程度まで、つまり実用的なレベルで成功しています。
また、音の保持のために、特にクラシック・ギター、もしくはクラシック・ギター的な編曲では、開放弦をダイアトニックに多く含んだキーを中心にレパートリーが発展し、編曲の場合も、それらの「ギターで弾きやすいキー」に移調される(もしくはカポタストを活用する)ことが多く、特に「優先的に低音の開放弦にベースを担当させ、他のコード・トーンを大胆に省略する」スタイルが多いのですが、「ギター: リズム・コード/メロディー奏法」では、原曲通り、もしくは12長短調全てのキーで編曲が可能です。--もちろん、楽曲によって、特に音域の問題で、弾きやすい・弾きにくいキーは、あります。--
開放弦に依存せず、しかしそれを活用します。つまり、開放弦を含むフォームも、開放弦の活用法も、パターン化しています。また、「コード・トーンの省略」は、3度と7度に対しては行いません。出来る限り、コードのカラーを保つためです。
コードとメロディーの「音の保持」は、しかし、ピアノのペダルのように、「全て」の音、というわけには行きません。優先されるのは、第一に、メロディーの滑らかさ、つまり次の音までの充分な音価(サスティーン)、第二にコード・トーンです。コード・トーンは、物理的な運指の条件にしたがって、保持できる音は異なりますが、概ね(おおむね)、コード全体、ルート、3度、7度の三種類すべてを、コード・フォームとして保持します。場合によっては、その中で特に、バスの保持を優先します。バスとトップは、特に、ベースライン、メロディーラインとして、「線」のつながりが要求されるからです。
内声のコード・トーンをメロディーの形が要求する場合は、コード・トーンの分散としてのメロディー・ラインの場合、フォームの分散として弾けますが、多くの場合、コード・トーンに対して順次の経過音・装飾音を持ちます。例えば、3度の装飾音、3度⇔4度、3度⇔2度・・・等の動きの場合、両者を同時に鳴らせる(これが、両者の音価を保持出来るフォームです。)フォームが可能ならそれを選択し、メロディーも、ピアノのペダルが踏まれている状態と同じく、ハープのように保持されます。
しかし、それがフォームによって可能でない場合や、メロディーがさらに広く展開してゆく場合等、例えば、3度→4度の動きを、同一弦上でとる必要がある場合などは、強拍でコードの全体が鳴らされ、それから「一時的なSus4コード」のフォームになります。音価によりますが、メロディーの3度の響きは短い音で消え、4度に移ります。しかし、これは一時的、経過的なもので、コードの響きそのものは、一度3度を含む全体像が主張されれば、印象が持続されます。これは、「強拍でコードを主張する」従来型コード/メロディーの基本的な効果でもあり、同時に、「メロディーが表現・主張するコードの響き」によるもので、ギターに限らず、ヴァイオリン属等の、少ない発音原理(弦)の数で、調性を扱う楽器の物理的な性格です。そういう場合は、特にバスのルートと、7度が保持されていると、コードの響き、音の厚みが補強され、充分な響きになります。
つまり、これら、「音の保持」は、それに拘泥する(こうでいする:こだわって、ガチガチになる、あるいは足をとられる)という意味合いではありません。あくまで実用的に、もしくは響きの厚みの選択で、コード音の省略や、メロディーの単音化、6度・3度等の並行音の付加等を行います。--実用的、とは、「メロディーを優先させる」という意味です。コードの響きを優先して、結果メロディーの滑らかさが、物理的に困難になる場合は、遠慮なくコード部に省略、メロディーの単音化、並行音の付加を行う、ということです。しかし、そういった場面は、従来のコード/メロディーに比べて非常に少なくなります。
また、「音の保持」が、どこまで可能で有効か、記譜においても厳密に表現しています。従来型のコード/メロディーでは、「保持されるコード・トーン、もしくはメロディー音」について、記譜において少々厳密性に欠ける、「演奏者任せ」なものが多く見受けられます。
もしくは「let ring・・・(鳴らしたまま)」や「Arpegio」の記述で、どこまで音を保持するかを曖昧に指定する場合が多いのです。これは、ギターという楽器の性格上の、また、記譜を必要以上に複雑化しないための習慣なのですが、「どこまで音を保持し、どこで次のコードへ移るか」という、タイミングは、実は運指の上で非常に重要な問題です。ですから、「音が途切れざるを得ない」コード音、また、「ハープ的には持続・保持しない」メロディーに対しては、細かく休符で表示します。
これを「休符」として、理解・把握しているのといないのとでは、演奏上の音の意味が全く異なるからです。意識して、意図して休符になる音は、実際の響きにもメリハリを与えますが、「伸ばすつもりで切れてしまった」結果的な休符は、歯切れの悪いものになります。これを「生きた休符、死んだ休符」と言えるでしょう。
また、単音、並行音でメロディーを弾く場面(主に1〜2拍)は、広い意味での「アップ・ビート=アウフタクト」の部分で、原曲のハーモニーの濃淡のリズムに沿ったものになります。例えば、弱拍、とくに最後の拍子に、音階的8分音譜のメロディーが現れ、そのまま順次進行で次の小節のコードのトップ・ノートに進行する型に対しては、6度の並行音が特に有効です。このパターンは、ジャズ(スタンダード)に限らず、調性音楽に非常に多いメロディーの形です。
コード・トーンの省略や、並行音の付加、もしくは単音が有効になる場面をパターンとして理解していると、「トップ・ノートの形によって決定する、コード・フォームの選択と連結」というコード/メロディーの原理そのものに従う場合、実は、むやみにコード・トーンを省略する場合より、演奏が容易になります。「演奏を簡単にするための省略」というのは、かえって、「フォーム」という「型」の理解、あるいは瞬間的な「認識」をジャマすることが多いからです。
「どんなコードの上のどんなメロディーも、出来る限り両者の響きを保持し、滑らかに接続する」という事は、前述の通り、ピアノでは、ギターよりずっと容易に可能なのですが、ギターでは、様々な工夫と、「(ほぼ)全てのコード・フォームの可能性」の整理が必要になります。また、基本的な代理和音の使用とリハモニゼーションが、編曲の最初の段階から必要になります。
つまり、従来型のコード/メロディーの基本である、「コードの構成音とトップノートの可動音」によって、メロディーとコードを同時進行させる事には変わりが無いのですが、両者の保持のために、より発展したコード・フォームと代理和音の整理、また可能性の追求、さらに、独奏「曲表現」に最低限必要な、リズム・コード・メロディーの使い分け、協働が必要になるわけです。それが組織化(システム化)されることで、ほぼ即興での編曲が可能になります。
「ほぼ」即興で・・・の、「ほぼ」の意味は、やはり「編曲」である以上、「仕込み」と言える試行錯誤の余地、事前の準備が、どんな曲にもある、という意味です。また、その「余地」は、「発展」の条件でもあります。上記にアップしてあるタイプの楽曲は、「リズム・コード/メロディー奏法」を理解すれば、リードシートの「初見」で、独奏化が可能なものです。
しかし、リズム・コード/メロディー奏法の「編曲例の楽譜」に準拠する音源という意味合いから、楽譜におこしたものを弾いています。--ちなみに、演奏そのものは、確定した編曲内容より、コード表記付きのメロディー譜を見ながら、同時平行的に、あるいは即興でコード/メロディーを弾く方が、実は容易です。編曲が確定したものを弾くことは、「クラシック・ギター」の楽曲の演奏上の難しさと同じ質のものがあります。
また、上記の音源にお聞き苦しいところがあるのは、単に私の演奏技術の不味さ拙さ(つななさ)の問題です。他のギタリストが演奏すれば、あるいははるかに魅力的な表現になるでしょう。また、それだけの「充分な」あるいは「合理的な」内容の編曲であると言うことです。平たく言えば、「響きは美しいが、むやみに難しい」というわけではありません。また、「システム」もしくは「奏法」は、共有され、流通されてこそのものです。なので、共有可能なものを、個人の肉体的能力に依存しないものを目指して組織化しました。--
当然、演奏方法は、従来型・旧来型のコード/メロディーより、技術的難易度は高いものになります。しかし、「ストレッチ・フォーム」や、「親指で握るコード・フォーム」などの、物理的身体的な個人差(指の長さ、手のひらの大きさ、柔軟性等)によって難易度が決まる、あるいは不可能になる方法は、一切用いません。8〜9割のコード・フォームは、人差し指から小指までが、4つのフレット以内に収まります。
・斜めのセーハ
ただ、従来、基本とされたコード・フォームでは、どうしても動かせないトップ・ノート、逆にトップ・ノートのメロディーを動かすと、コードが保持できないコード・フォームに対応して、「斜めのセーハ」というフォームを用います。セーハは、基本的に同一のフレットの異なる弦を主に人差し指で押弦しますが、「斜めのセーハ」では、低音弦を「人差し指の先端」で押弦し、高音弦の、「1フレット、ナット寄りのポジション」を、「人差し指の腹、もしくは付け根で押弦」します。文字通り「斜めのセーハ」となります。
従来、習慣的に、セーハでは押さえていなかったフォームがセーハで押弦されることによって、結果的に「指(主に小指)が”あまる”」わけです。これで、あるタイプのコード・フォームに対して、トップ・ノートの可動音、もしくは付加音、テンションとその解決の可能性が増える事になります。また、トップ・ノートを保持したままでのコードのチェンジ、「連結」にも効果を発揮します。この方法で、コード/メロディーの可能性は、飛躍的に広がります。
斜めのセーハは、トップ・ノートの動きの可能性のために用いられます。また、このフォームに慣れると、トップ・ノートを動かす場合に限らず、b5とM7のトップ・ノートを持つフォームに対して、コード進行のフォームのチェンジにも活用できます。斜めのセーハからセーハの動き、セーハから斜めのセーハの動きは、共に前後関係において、運指の動きのロスが少ないからです。
斜めのセーハとほぼ同じ原理のフォームに、6弦を親指で押弦する運指があります。これを単にコード・フォームとしてでなく、コード・メロディーに活用している代表的な例は、タック・アンド・パティーのギタリスト、名手、タック・アンドレスが用いる方法です。親指のグリップの押弦では、上記ドミナント7th#11の場合、バスを親指で、上三声を[中 薬 人]で押弦します。ロック・ギターでは低音弦の親指の押弦は一般的ですし、その方法に慣れている人は併用してください。5弦のバスを親指で押弦する場合、難易度が高くなります。親指の長さ、手のひらの大きさ等の物理的条件で難易度が変わる方法かもしれません。無理を感じる人は、特に親指で押弦する必要はありません。よほど特殊なフォームでないかぎり、同じ内容の運指は、斜めのセーハで可能です。逆に斜めのセーハのトップ・ノートの可動音を、グリップのフォームではカバーし切れません。さらに、斜めのセーハの場合、前述の「斜めのセーハからセーハ」、「セーハから斜めのセーハ」と、セーハを連結できる点で、親指のグリップより、フォームの連続性に優れ、また、容易です。
これは非常に便利で、慣れれば、誰でも問題なく用いる事が出来るフォームです。むしろ、コード/メロディーとコード・チェンジを「楽にする」、という面が強い押さえ方です。ただ、クラシックギターの指板が広いタイプでは、難易度が高くなります。--指使いの技術的な事柄は、別のページに紹介します。--
・独奏:ソロ演奏。
三要素=リズム・コード・メロディーの扱い。コードとメロディーの理論。
「リズム・コード/メロディー」という表記は、従来型の「コード/メロディー」との違いを表す事と同時に、これがシステムとして、独奏の編曲と演奏方法(広い意味での”奏法”)の内容を指すという狙いです。また、コードの担当するリズムによって、そのパターンがタイプ化出来るという意味合いも含みます。
リズム・メロディー・ハーモニーの三要素は、独奏という表現では、それぞれが独立しつつも、相互補完的に働きます。つまり、完全には独立しません。とくに、コードが曲の基本的なリズム、「ビート」を担当します。また、コードはバス(最低音)を持っているので、コードが連結すると、そこには「ベース・ライン」が生じます。 --この場合も、「コードが保持されて、滑らかに接続する」ことが条件です。-- 楽曲に指定されたコード進行の、ルート進行が最も基本的なベース・ラインとなります。
主にコードのルートがベースラインを担当し、トップ・ノートがメロディーを担当します。この、ボトムとトップの関係を、「外声」と呼びます。また、「外声」に挟まれたコードの構成音を、「内声」と呼びます。「内声」は、3度か7度、もしくは両方を含む事がほとんどで、コードの響きの「性格」を担当します。--また、内声にテンションを加える事が可能なコード・フォームでは、それをメロディーとして用いる(動かす)ことも、あるいはカウンター・パートとして用いる(動かす)ことも可能になります。--
さらに、メロディーは、大なり小なり、コード(あるいはコードが担当する基本的なビート)との関係で、シンコペーションを生みます。なので、三つの要素が合わさって、曲全体のリズム・ハーモニーを作り出します。これが、独奏の「曲表現」と言うものの形、外見・外形です。
また、調性音楽のメロディーは、「コードの構成音を軸として動く」ことが鉄則、法則です。なので、メロディーは、コード・フォームの構成音の内声も用います。そういう場合は、部分的なアルペジオ(コード・フォームによる分散和音)として、音が保持されるわけです。
コードに対するメロディーの性格は、
・コード・トーン(和声音:和音の構成音)か ・ノン・コード・トーン(非和声音:和音の構成音以外の音)か。
の二つです。メロディーがコード・トーンのみで動く場合は、分散和音です。しかし、メロディーは音階的順次の動きを持ちます。そこで、ノン・コード・トーンが現れます。
ノン・コード・トーンは、
長い音価(サスティーン)を持つ時も、動きがある場合も、
・テンション、付加音として、二次的なコード・トーン
・アヴォイド・ノート、もしくは繋留音(サスペンション・ノート)
のいずれかであり、短い音、動きのある音の場合
・コード・トーンを飾る「装飾音」。コード・トーンを音階的につなぐ「経過音」
・一時的に、もしくはオルタード・テンションとして、調性外音(ノン・ダイアトニック・ノート)の「半音階的な装飾音」と「半音階的な経過音」
に分かれます。
ノン・コード・トーンは、コード・トーンのいずれかに対して、必ず2度の関係にあります。なので、ノン・コード・トーンは、コード・トーンに、順次進行(2度の動き)で吸収される傾向があります。特に、音階は3度つづの堆積(たいせき:つみかさね)である、コードの構成音を、2度の単位、つまり「音階的な動き」で「つなぎ」ます。この場合のノン・コード・トーンを、「経過音」と呼びます。また、ひとつのコード・トーンを、2度の単位で「かざる」、アクセントをつける場合を「装飾音」と呼びます。その「装飾」を、上下の2度から交互に行う事を、布を「縫う(ぬう)」動きと、「飾る」ことになぞらえて、「刺繍(ししゅう)音」と呼びます。
コード・トーンに順次進行で吸収されない場合は、テンションを含んだ分散和音(この場合は、ノン・コード・トーンではなく、テンションとしてのコード・トーンとなります。)か、もしくは、次のコード・トーンの先取り(これを先取音と呼びます)した音として、次のコードで「コード・トーン」になるか、もしくは、次のコード・トーンに順次で吸収されます。
テンションの性格は、テンション・コードのコード・トーンであると同時に、コードの前後関係によって、先取音・繋留音のどちらかである場合もあります。
これらのノン・コード・トーンのコード・トーンへの「吸収」を「不協和音程の”解決”」と呼びます。オルタード・テンションは、特に「解決されない・テンション」として、ドミナント7thに響きの緊張をを与えるために活躍します。オルタード・テンションの場合は、主にコード進行に伴って、解決先のコード・トーンに、半音の順次進行で解決します。
上記のいずれにも当てはまらない場合は、分散和音が次のコードから先取りされた形か、動機の形、特にメロディーの「繰り返しの形」が要求するノン・コード・トーンです。全く解決されない音は「逸音(いつおん:逸脱=はずれた音)」と呼ばれます。また、順序的に、ノン・コード・トーンが先に現れ、それからコード・トーンに吸収される場合、そのノン・コード・トーンを「倚音(いおん:よりかかる音)」と呼びます。
これらは、すべて、形的、慣れ、難易度の差はあれ、コード・フォームの構成音、もしくはトップ・ノートとしてコードと同時に扱う・動かすことが出来ます。逸音、倚音の場合も、ジャズ以降の調性音楽では、4和音を和音の基準とし、付加音とテンションでコードの構成音の可能性自体が広がっているために、テンションのコード・フォーム、もしくはサスペンション・コードとして扱うことが出来ます。
また、調性音楽のメロディーが「コード・トーンを軸とする」という、コードとメロディーの関係性、法則そのものが、「コード/メロディー」を可能にする、しているわけです。逆に言えば、コード/メロディーが演奏される時、調性音楽の法則性が形になっています。
・リズム・コード/メロディーの形態(タイプ)
「ギター: リズム・コード/メロディー奏法」では、具体的には、強拍とコードの変わり目で鳴らされたコードを保持しつつ、コード構成音とトップ・ノートによってメロディーを動かします。
「保持されたコード」は、アルペジオとして分散することも、逆に、自由に「切る」ことも、「裏拍で鳴らす」事も可能になります。なので、強拍で鳴らされるコードの「フォームの選択」が、リズム・コード/メロディー奏法の基本となります。
この基本形を、「ダウン・ビート・コード/メロディー」と呼びます。「コード部」と呼べる、トップ・ノートを除くコードの構成音でリズムを主導することで、ダウン・ビート・コード/メロディーが成立します。さらに、「保持されたコード・フォーム」による、「コード・アルペジオ/メロディー」が可能になります。
また、「コード部」は、最低音にベースを持つので、「ランニング、ウォーキング・ベース・コード/メロディー」が可能になります。さらに、弱拍でもコードを打ち、自由にリズムを強調する「コード・コンピング/メロディー」に発展します。
これらは、ひとつのスタイルで、1曲全体が通して表現されるというより、部分的に用いる事が自然な独奏スタイルとなります。特にアップ・テンポの楽曲では「コード・コンピング/メロディー」が主導する形が有効になります。しかし、コンピングとは、全てが弱拍で打たれるわけではありませんので、これも部分的に「アップ・ビート/コード/メロディー」とでも言える形になるというわけです。ダウンビートに打てる音は、多くの場合、アップビートでも打てます。つまり、「鳴らせる音・フォーム」は、「切る」事、「遅らせて打つ」事が出来ます。そのタイミング(リズム)を選択する事が可能になります。コードの保持の有効性がここにもあるわけです。
・上記にアップした楽曲は、ほとんど基本的に、ダウン・ビート・コード/メロディーによるものです。「All The Things You Are」は、従来型のコード/メロディーでも充分に音価が保持出来るタイプの楽曲です。メロディー:コード の「比」が、1:1の部分・場合は、単に、コード・フォームのトップ・ノートがメロディーとなります。その場合、それぞれのコードのテンション・付加音の内容が選択内容になります。この編曲の場合は、さらに、開放弦の活用、代理和音による変化、弱拍の補いによって、全体に変化と滑らかさを与える事を狙っています。
「Blue In Green」も、音価が大きいメロディーの楽曲です。BbM7#11の順次を含んだ非常に美しい分散で、「斜めのセーハ」を活用しています。このコードとメロディーの関係では、両者を保持し、滑らかに動かすことは、斜めのセーハ以外では不可能です。しかし、これを用いれば、とても容易です。「斜めのセーハ」は、上記ほぼ全ての楽曲で用いています。
「There Will Never Be Another You」 は、コード・コンピング/メロディーと、部分的なランニング・ベース/コードを用いる例です。トップ・ノートのメロディーを残したまま、II−Vをコードの下三声(コードの下部の構成音)で動かす、常套的なヴォイシングを部分的に活用します。このパターンも多くの曲で現れます。この場合に、コード・コンピング/メロディーは、リズムの選択として裏を打つ事で、メロディーとリズム・コードのそれぞれの独立性を「目立たせる」事が可能になります。
また、ダウンビート・コード/メロディーによる編曲も、部分的に、弱拍に、とくにバスの転回、経過音の挿入によって、次のコードの接続に順次進行を与える事で、ベースを「ライン化」しています。これは、ほとんど全ての演奏で部分的に行っています。弱拍のリズムの補いは、バスに限らず、コードの内声を打つ場合も多く、特にバラード表現では、メロディーのサスティーンを保持しつつ、基本的なビート表現を「コードの響き」によって補うことに有効です。
コード・コンピング/メロディーの部分的な活用は、ほぼ、「シンコペーション」と同義とも言えます。例えば、「Guilty」の中間部の終わりでは、メロディーの裏にコードを打つことで、部分的なコンピング、もしくはシンコペをしています。この場合は、いわゆる小節線をまたがないシンコペです。
これらは、「コード・フォーム」と、与えられたメロディーの関係から、半ば「必然的」になる場合が多いものです。つまり、メロディーのリズムと、メロディーがコード・フォームの構成音に吸収される形、タイミングの問題です。つまり、「弱拍にコードを入れたほうが、弾きやすいパターン」に、これを用いる、と言うことです。具体的には、「倚音」が多いメロディー、つまり、メロディーの弱拍がコードトーンの場合、そうなります。また、そういうメロディーの性格は、リズム的にも弱拍が強調される部分に多く現れます。強拍の「コード部」は、この場合「休符」(もしくは先に打たれたコード・フォームがタイで結ばれた、持続音)になります。
こういった部分的なメロディーとリズム・コードの関係に対する「要求」は、楽曲そのもの(のメロディーの形、リズム等)がするわけですが、これに「応える」事で、楽曲の要求する、あるいは表現する、「リズムとコードの変化」の狙いと合致することが多いのです。
前述しましたが、「弾けずに、コードを切る(休符になる)事で、メロディーを単音で弾く」場合と、「コードに休符を与える事で、リズムに変化を与え、さらに、メロディーが浮かび上がり強調される。」という選択とでは、「休符」に対して、結果的にも全く異なった音の意味を与えます。積極的に用いる、選択された「休符」は、「生きた休符」になります。
部分的なシンコペーションの効果は、
・メロディーとメロディー(あるいはメロディーの束であるコード)の関係が時間的にズレる ・結果的に、リズムが密になる ・強調点が移動する、増える
ことで、ある種の「フック」、「変化」や「注意」を与えます。リズムの「乗り」が、勾配(こうばい:坂道の傾き)や、凹凸を持ちます。これを、「楽曲そのものが要求している」事が多いわけです。それに「従う」ことで、独奏の表現にも、充分な効果が現れます。
もちろん、編曲、演奏の上では、これは「選択」なわけですが、曲そのものが「要求」する、あるいは「教えてくれる」ものがあるということです。メロディーをコードと共に、リズム・ビートの上で、充分に表現する独奏によって、メロディーとコードの関係、メロディーとリズムの関係・・・さらには、コード進行が要求する、自然な(インサイドな、もしくは適度な緊張感を持った)メロディーとフレーズを、身体に教えてくれます。
・コード/メロディーによって、メロディーとコード、コード進行の関係を体感・体験する
これは、「テーマを独奏でしっかり弾く」事の、アドリブ、あるいは、広い意味での「作曲」に対する、効果・効用でもあります。
「フレーズ」とは、主に器楽的(楽器で演奏されることを目的とする、ある程度に機械的な音の形)なものを言いますが、いわゆる「アドリブ・フレーズ」とは、調性音楽の場合は、音の選択・内容に関して、この、「コードとメロディーの関係」と完全に一致します。つまり、コード・トーンか、ノン・コード・トーンかのいずれかで、ノン・コード・トーンが、コード・トーンに多くの場合、順次の動きで吸収されるという法則、もうひとつ言うと、先のコード・トーン(主にトップ・ノート)が、次のコードトーンに順次で進行する、もしくは跳躍する時にも一定の根拠がある、という、「コードの変わり目、もしくは小節線をまたぐメロディー」の法則です。
また、これらは、伴奏時の和音のフォームと連結の方法にも有効になります。滑らかで、かつ、トップノートが積極性を持ったリズム表現、もしくはコンピングになります。これは、ピアノによる伴奏に近いものとなるでしょう。
・例えば、バッハの一連の「器楽曲」は、バッハの「和声法」が無くては成立しなかったものでしょう。つまり、コードの接続の方法と、コードの上でのメロディーの動きの傾向、方法が「和声法」の内容です。そして、チャーリーパーカーのアドリブフレーズ、あるいは以後のジャズ、バップのフレーズ傾向は、まさに器楽の和声法的です。バッハの和声法の旋律法(メロディーの作法)と、チャーリーパーカー(とそれ以後のジャズ)のフレージングは、質的に非常に近いものです。
こういう事は、「理論」として学ぶことも方法です。しかし、「曲を弾く」ことが与える「感覚」が、「理論の内容」を活かし、実用化させます。また、いわゆる「ジャンル」としての「常套句を連ねるアドリブ」「その合間は、指で適当に合う音を探す、探るアドリブ」とはまた違ったものになります。
一体どういう場合に、「コードの上でのメロディー・フレーズが美しいか」、「緊張するか」「落ち着くか」また、それはどういうリズム、動機(メロディー・フレーズの形の単位)を伴うか。といった事が、感覚的にも、「指使い」の上でも、手、身体、耳に、染み込む、経験・体感出来る、という事です。
曲そのものが要求する、促す、自然発生させる「メロディー」を体感する事で、理論も、常套句も、指の感覚も、「自分のものになる」、あるいは「内側から発生する」ものとなります。
もちろん、結果的に、ジャズの和声法と、フレーズ傾向で、また、ビ・バップのイントネーションで弾けば、やはりそれはビ・バップ、もしくは「ビ・バップらしい」内容になります。
「Easy Living」では、中間部に、「コード・アルペジオ/メロディー」を用いています。これは、メロディーがトップ・ノートで、かつ、動きが少ない(動機が明確で、その音程差が、一本の弦、あるいは二本の弦で補える)場合に非常に有効で、また、こういうメロディー形態は、特に、ビートのしっかりした曲の中間部に、展開として現れます。変化をつけるという意味合いでも、アルペジオが有効になる場面です。
ここでやっている事は、実は非常に単純で、アルペジオの内容は、保持されたフォームの各音を、親指、もしくはピックで、ダウン方向、つまり上昇型のアルペジオを弾いているだけです。同時に、トップノートのメロディーを、ピック弾きの場合は、薬指、指弾きの場合は、人差し指か薬指で弾きます。親指、もしくはピックと、中指、もしくは薬指で、コード全体を、挟んでゆく・狭めてゆく、感じの弾き方です。物理的に容易なのです。
こういうパターンのメロディーのトップノートは、拍の頭に打たれる、もしくは単純な動機であることが多いですが、動きを持つ場合でも、アルペジオが一方向に動くだけの場合は、とても容易です。しかし、聴感上は、コード・アルペジオとメロディーが分離、協働して聴こえ、非常に有効な方法となります。少々「ロマン派」のピアノ的な表現です。
--ちなみに、この方法は、クラシック・ギターにその原型がありそうな弾き方ですが、実はこういう方法が意識的に、かつ容易なパターンとして用いられるようになるのは、「近・現代」のギターからです。具体的には、近代以降のスパニッシュ・フラメンコ・ギターのギタリスト達や、クラシック系だと、ヴィラ・ロボス等が、多く用いています。--
また、この中間部は、コード・トーンによる全音符の長い音価による強調と、8分の細かい、音程差の小さな動機の対比を見せる場所です。全音符のメロディーで、コードが変化していない場合に、特にベースの「ライン化」が容易で、かつ、効果的なので、それを用いています。
つづく。