理論編 B: コード進行とメロディーの関係
コードの上でのメロディーの理論的な性格と傾向は、コード/メロディーでのメロディーの動き、動かし方、両方の根拠となり、同時に、作曲とアドリブの合理的な方法、もしくは軸となります。また、作編曲の作業における「メロディーに対するコード付け」の観点から見ると、「メロディーが促すコード進行」の性格も、コードとメロディーの関係の理論と法則性に従います。「コード進行の上でのメロディー」と「コード進行を促すメロディー」の両者は、コードとメロディーの関係の表裏だからです。
コード/メロディー自体は、編曲法であり、広い意味での奏法ですから、基礎編の内容を押さえていれば、必ずしも本編の内容のような理論的事柄が「わからなくては弾けない」という性格のものではありません。難易度はもちろんありますが、慣れるに従って、リード・シートを初見で、「深く考えずに」コード/メロディーに変換する事が可能になります。
実際にコード/メロディーの編曲例を演奏してメロディーとコードの関係を経験すること、つまり、編曲の実践でヴォイシングを経験することで、一見複雑そうな理論も、手馴れた動きとしてものにする事が可能です。音楽理論は、何より、実際に音になる、音にする事が目的です。また、「自分で出す音」だけが、深い意味での「音感」、音の理解と意味づけの感覚を作り、育てます。
この音感は、いわゆる絶対音感・相対音感の、音高・音名・音程・・・に関する受身の感覚から一歩進んだ、調的な響きと動きの指向性、「音楽的な意味」に関する感覚です。アドリブ、フェイク、リハモニゼーションやコード付け、広い意味での「作曲・編曲」は、こういった意味性を伴った音感を「用いる」作業です。意味性とは、いわゆる論理性(仕組み)なので、それを記号、楽譜で整理し、言葉で表現したものが音楽理論だと言えます。
音楽理論に限らず、理論的・学術的・技術的な知識・知的な技能に関して、「理論より感性を・・・」「理論にしばられる・・・」といった、情緒的でありがちな言葉が、よく聞かれるものです。しかし、実際には、自由や可能性を縛るのは、むしろ「無知」であり、「中途半端な知識・誤った知識・偏見や先入観」と、「未知」に対する「不安」です。
ただし、音楽理論とは、単に「言葉・理屈で”納得”するためのもの」ではなく、ましてや「覚える」もの、たくさん「知っている」ということが価値になるものでもなく、また、音楽の仕組みとは、「言葉で説明し切れるもの」でもないということは、常に理解しておいてください。「言葉でしか表現出来ないもの・事」は確かにあるのですが、音感の実体・裏付け、つまり、実際の響き・動きの無い理論には、全く意味がありません。また、実際の響き・動きを、感覚としてもしっかり把握し、自分の技術・技巧の範囲内で自由に用いる事が出来るのなら、全てを「セオリー」に従って行う必要などありませんし、現段階で「理解しきれない音使い」であっても演奏上の対応は可能なものです。「知っている事・分かっていること・確かな事」をするだけでは、「自分の音楽」は成立しません。「知らない事・分からないこと・不確かな事」と向き合い、それをすること、つまり、理論も実践も冒険なのです。
音楽の理論・方法とは、理論的に散文(さんぶん:文章として)的に立ち止まって思考しなくとも、「実際に用いることが出来る」という状態、そして「試行錯誤することが出来る」、「冒険することが出来る」という状態に至ってこそ、「身になった」といえるものです。どんなテンポの演奏、即興、あるいは作曲・編曲であれ、「音楽の方法・方法論」とは、言葉や理論とは異なった、音楽の時間の流れの中で実践される「音感的な思考」、あるいは「試行錯誤」であり、広い意味での「技巧・技術」、つまりは「技能」だからです。
つまり、音楽にとって、「理論と実践」とは、裏表一体であり、切り離せるものではありません。理論をものにするには、実践が絶対に必要ですし、どんなに単純な演奏内容であっても、無意識的・恣意的(しいてき:特にきまりの無い、思いつきの)な演奏内容であっても、それを二度以上繰り返すなら・繰り返したいなら、あるいは変形させたいなら、発展させたいなら、そこには何らかの「理論・方法論」が発生します。
さらに、「理論の実践」とは、音・演奏との感覚的・身体的な関係だけでなく、「机上・紙上」での作業を必要とします。これは、誰もがある程度は身につけているであろう、「小中学校から高等学校での勉強・学習の方法」、教本・教科書・理論書を「読み」、下線を引き、余白にメモをし、その内容を、自分の言葉・表現で自分の「ノート」にまとめる事、知的に独立した作業です。音楽の場合、当然、「楽譜の読み書き」も含みます。読むだけでなく、「写し」、「書く」のです。
日本人にとって、「勉強・学習」というと、多くの場合「受験」に必要とされた、「暗記」、記憶に偏った学習のイメージが強いものですし、逆に、商業的な出版物として、「すぐにわかる」「すぐに役に立つ」と「宣伝される」内容が、「実用的な知識」であるとされる傾向が強いものです。しかし、継続的・積極的で自立した学習無しに「実用」が可能な「理論・方法論」などありません。高等教育・専門教育であれ、大学での研究であれ、学ぶ事の基本は、「小中学校から高等学校での勉強・学習の方法」に網羅されていますし、集団としての、機会としての「学校」に属していても・いなくても、なにより自主的・自立的に学習を行い継続すること、「独学」の姿勢が必要となります。
しかし、どこまで音楽理論の理解が進んでも、あくまで、「理論・論理・言葉」と「音楽そのもの」とは別のものです。どんな理論・論理的な事柄も、それが「音」としての実体を持った瞬間に、それは別のナニモノかに変貌します。つまり「言葉やロジック」が「音」「演奏」に変換されると、「音感」としてのロジック、あるいは「指使い」等の「音感と結びついた身体的・非言語的なロジック」として動き出すわけです。音感の欲求・要求を論理化・言語化する場合でも、その順序・方向性が逆になるだけで、それぞれが別のものであることに変わりはありません。この「音感のロジック」と「言葉・思考のロジック」の関係を、自分の音感・自分の言葉・自分の動きとして結びつけ、近づけ、そこから新たな・自分なりの方法論を構築してゆく事こそが、個々人の「理論」の実践であり演奏技能の成長の内容です。
「音楽理論」とは、単に「知的好奇心を満足させる」ためのもの、「知識」によって、何らかの自己満足や差別化を得るためのものではなく、「音楽の方法」です。この、「音楽の方法」が、歴史の中で、何らかの「知」、音感を伴った知性の構造によって自らを構築して来たために、これを把握し実践するためには、文字・散文・記号・五線譜・・・等々を用いた、分析的・論理的なアプローチが必要となるわけです。そして、これらのロジックは、長い歴史の中でゆっくりと形成され、変遷し、発展してきたものですから、個々人の、一時代の音感や思考・発想の限界を越えているもの、時代や地理・文化を超えて、「共有」という形でこのギャップをつなぐものです。
また、「音楽の歴史」を理論的・論理的に捉えるならば、「前時代のセオリー」が、すたれ・忘れられるか、逆に、「復古・再発見」され、拡大解釈され、様々な意味で「逆」を狙う事で、変化や進歩が成り立っていると言えます。さらに、「前時代を否定した・超越した、新しいセオリー」も、徐々に「前時代のセオリー」となって行きます。
「基礎」とか「基本」、「原則」といった言葉は、あいまいに用いられる事が多いものですが、これらが西洋音楽の歴史の中で、数百年の時代を経て確立し、「パターンとしての実体」、一貫性や法則性を持っている事は事実です。「理論」として学ぶ・試行錯誤することが可能な「ジャズ」その他の音楽は、この西洋音楽の歴史と習慣が築いた理論、あるいは「論理性=仕組みとパターン」の「なぜ・どうやって」の上に、やはり習慣として構築されて来た・されて行くものです。なにより、広い意味での「音感」とは個々人の中で「変化し成長する」ものです。
そして、この音楽に関する「なぜ・どうやって」は、必ずしも言葉や概念ではなく、「音感」によって、「音感自身」が思考し試行錯誤し、あるいはひらめく、「なぜ・どうやって」であり、これが、音楽理論の「実体」です。「音・響き」の疑問の答えは、結局のところ「音・響き」の実体にしかありませんし、「音・響き」の疑問そのものも、やはりその実体は「音・響き」の個々人の感覚・感受性です。これが「共感・共有」され得るものであるということも、非常に興味深い問題です。
本書の目的の一つは、コード、コード・フォーム、コード・スケール、コード進行とヴォイシング、コードとメロディー、リズムとコード・・・そういった個々の、いわば断片的な情報として蓄積された「音楽理論の知識」と、個々の演奏上の技術を、曲表現という音楽の実際の姿に統合(とうごう:ひとつにする。まとめる。)する事です。全ての音楽理論の内容は、曲表現の中に実践されるものだからです。
編曲例を演奏して、音の運び方、選び方の「なぜ・どうやって」といった疑問、興味が深まったら、さらに、コード/メロディーによるアドリブと作曲の方法論に意欲を感じたら、この理論編を参考にして下さい。
概論では、コードとメロディーの関係性を理解する上で不可欠の用語、概念(考え方、捉え方)を説明します。これらの概念は、コード進行の各音のように、単独では理解できない連続性、関係性を持っています。定義の内容が多少難しく感じられても、読み進むようにしてください。端的に定義された概念は、続くトピックスで関連付けられ、詳しく説明されます。
概論1 : 調性と和声
・和声音と非和声音
調性音楽のメロディー・フレーズは、コードとの関係において、「和声音(コード・トーン)」と「非和声音(ノン・コード・トーン)」との二つに分かれます。
メロディーとしての和声音は、コードの一部分として、また、最もはっきりとコードの響きを現す音として、コードの上で長い音価を持つ傾向にあります。また、三度堆積(たいせき: 積み重ね)による和声音同士の連結は、跳躍進行の根拠となります。
対して非和声音は、原則的に音価が短く、順次進行することで、和声音と和声音を音階的につなぎ、飾る動きをします。音階的な動きを持つ非和声音は、和声音に向って動き、和声音に吸収される傾向を持ちます。この非和声音の和声音への吸収を「非和声音の解決」と呼びます。つまり、調性音楽のメロディーは、和声音を軸として動きます。そして、この「軸としてのコード・トーン」を、順次進行でつなぎ、飾る音階が「コード・スケール」です。同時に、コード・スケールは3度堆積によって各ダイアトニック・コードを形作る基準でもあります。
また、非和声音は、コードの変わり目に現れる場合、次のコードの和声音に吸収される傾向を持ちます。さらに、一つのコードの上での非和声音は、後続するコードにとっての和声音であることも多く、非和声音の解決の傾向は、コード進行の前後関係の中にあります。
「リズム・コード/メロディー」の演奏は、コードのトップ・ノートの可動音とコード・フォームの構成音を、コードの上部でメロディーとして動かします。トップ・ノートの可動音は、「和声音」と「非和声音」であり、コード・フォームの構成音は当然ながら「和声音」です。
よって、「和声音が軸になるメロディーの動き」とは、コード/メロディーの実践の中で、指板上の形、動きとなります。「調性音楽」の構造そのものが、コード/メロディーを成立させます。逆に考えれば、コード/メロディーによって、「調性音楽」の最もベーシックな構造を、響き・動きとして、指使いとして、「方法」として身につける事が可能になります。コード/メロディーの実践によって、リズム、メロディー、ハーモニー、形式という音楽の基本的な「全体像」を、ギターという楽器の機能を最大限に用いて「表現」すること、その技巧と技能を「手に入れる」事が出来るわけです。
特に順次進行による非和声音の解決(アヴォイド・ノートとテンションの解決)は、多くの場合、コード・フォームのトップ・ノート可動音の動きです。裏を返せば、「コード進行を表現するアドリブ」の内容は、コード/メロディーを理解する事、把握する事によって可能になります。フレージングを単旋律主体で行う場合であっても、その内容は「押さえていないコード・フォーム」つまり、コード・トーンのポジションを軸とするからです。”コード・フィールド”の実用性はここにあります。
機能和音のコード進行は、調性音楽の基本的な「文法」のようなものですから、これもメロディーに強い影響を与えます。コード進行とは「コード・トーン同士の動き」であり、「コードの各声を部分とする、ハーモニーを伴ったゆるやかなメロディーの束」です。複数のメロディーが、音程関係、音程構造を基準に、音階を単位として動く傾向をパターンとしてまとめたものがコード進行、もしくは「調性」だからです。
コードが進行することで「和声音」の内容が変化し、結果的に「非和声音」の内容も交代・交換され、また、前後のコードに共通する和声音は両者にとって安定した音として扱われます。メロディーの「軸」であるコード自体が変化し推進する「コード進行」によって、メロディーに対して、さらに大きな範囲での動きの傾向を与えるわけです。
これも調性音楽のメロディーの傾向に非常に重要な事柄であり、「調性が与える」メロディーの傾向と言えます。「コードの上」でのメロディーの性格と、「コードの変わり目」でのメロディーとコードの関係性こそが、調性音楽のメロディーの傾向だからです。端的に言うと、コードの変わり目では、和声音同士が連結されること、もしくは和声音を修飾する非和声音を挟んで進行することで、メロディーがコードの進行を表現します。その進行における、順次と跳躍にも根拠と傾向、つまり法則性があります。
作曲、もしくは「メロディーに対するコード付け」の観点からコードとメロディーの関係を見ると、メロディーの内容が、非和声音、特にアヴォイド・ノートが長い音価として強調され、和声音に吸収「されない」場合、コードの響きに対して決定的に矛盾した音として「コード進行を促す」メロディーとなります。メロディーとコードの関係性の主・従の立場が逆転するわけです。主従の立場は逆転しますが、コードとメロディーの関わりは変わりません。
例として、ミ ファ ミ という単純なメロディーに、CMajのキーの終止(ケーデンス)をコード付けする場合、様々な可能性が考えられますが、仮にCMajのコードが持続、連続して、終止を形成しない場合、下記譜例@のように、F音はサスペンション・ノートとなり、結果的に3度が省略されたCMaj7Sus4のコードとなります。ゆっくりなテンポで@を弾くと、なんとも「物足りない」、「落ち着かない」感覚があるでしょう。
@ A B
CM7 CM7.Sus4 CM7 CM7 CM7 CM7.11th?
上記譜例のAのように、CM7の3度を省略せずにを弾くと、メロディーのF音とCM7のコードに決定的な違和感(長3度とオクターブ上の完全4度による短9度の鋭い不協和音程)を感じるはずです。Bのように、CM7上に完全4度を載せたコードとして弾くと、その不自然さ、不快さは、よりはっきりします。
これがアヴォイド・ノートの響きであり「メロディーにコード付けする」という作業、つまりメロディーが決定していて「不動」である場合には「メロディーがコード・トーンに吸収される」事と逆に「コードを変化させる」、コード進行への欲求を感覚的に促します。「コードの方が、アヴォイド・ノートの響きに耐え切れず、変化せざるを得ない」という事です。この、アヴォイド・ノートの性格が、結果的に、下記譜例のように、終止、もしくはコード進行を生じさせます。
C G7/D C C F C CM7 Dm7b5 CM7 CM7 Dm7 G7 CM7
アヴォイド・ノートとテンション・ノートとの決定的な違いは、ここにあります。テンション・ノートは、緊張をもたらす音ですが、コード・トーンと同居しても、コードの根本的な響きを阻害しない音だからです。アヴォイド・ノートとは、機能和音を主体としてみる場合、「その一音が加わる事で和音が別の機能を持つ」ものであり、メロディーを主体として見ると、コードの響きにとって決定的に異質な音として、「コードの進行を促す一音」です。
そして、このアヴォイド・ノートの響きの受け皿となった「別のコード」への進行は、和声のパターン、調性音楽の文法によるものです。コード進行と終止のパターンが前提になって「メロディーに対するコード付け」が、「選択」としてなされるわけです。
・機能和音と調性
調性音楽の最も基本的な「文法」は、主要三和音、トニック、サブ・ドミナント、ドミナントの連結による「進行」です。ダイアトニックの各音の上に三度堆積によって形成される和音を、この主要三和音との関係で捉え、整理したものが、「機能和音」です。また、調性音楽では、単独の調の機能和音だけでなく、二次的V7やそれに前置されるサブ・ドミナント、あるいは同主短調のサブ・ドミナントが部分的に「借用(しゃくよう: 借りてくる事)」されること、「一時的・部分的な転調」によって、和音の進行、あるいは調性そのものを細分化させ、可能性を拡大させます。
これらの「借用和音」、あるいは「一時的・部分的転調」も、「別の調の機能和音」あるいは「その調での二次的・二義的な機能和音」であることに変わりはありません。二次的ドミナントであれ、長調でのサブ・ドミナント・マイナーであれ、これらも「トニック、あるいは仮トニックへの方向性」を志向する和音であり、また、コードの連結において、その「方向性」や「重心」を感じさせる音感、「進行感・帰結感」が和音の「機能」です。
古典和声法では、ダイアトニックの機能和音を「固有和音」と呼び、「借用・一時的・部分的転調」の和音を「準固有和音」と呼びます。借用と一時的・部分的転調は、一つの調を成立させる上で欠かせない「パターン」となっていますから、本書ではこれらの和音を「二次的な機能和音」と呼び、整理します。また、「一つの楽曲」がその内部で、一つの「調」全体を、「シフト」させる、あるいは新たな調で文脈を「展開」させる、あるいは、そこから元の調へ「回帰・復帰」する構造を持つ場合が、「明らかな転調」です。多くの場合、楽曲の形式は、いくつかの転調を経て、開始時の調へ回帰・復帰します。--楽曲全体のキーを変える・ずらす事は”移調”と呼びます。--
「一時的・部分的転調」とは、必ずしも部分的・一時的に「明らかな転調」をしているというわけではなく --例えば 二次的V7のVI7を用いる場合、VI7−IIm7が「二度上の短調」に「転調」しているわけではなく-- あくまでその調に属性を持つ「二次的な機能和音」として機能します。いずれにせよ、一時的・部分的転調、明らかな転調共に、何らかの機能和音としての進行の単位・パターンを持ちます。
この「機能和音・二次的機能和音の連結によるパターン」を、音楽の法則として用いるものが「調性音楽」であり、これをより「文法的」に整理したものを「機能和声理論」と呼びます。ジャズ・ポピュラーは西洋音楽の土壌に発生し成立し流通した音楽として、「結果的・習慣的」に、調性の枠・軸を借り、それを拡大した形態を持ちます。なので、ジャズ・ポピュラーの内容を理論的に捉えるには、調性の理解が必須であり、また有効です。
西洋音楽が調性という構造・方法を得るまで、少なくとも、8世紀のグレゴリオ聖歌に代表される、”記譜された”「モノフォニー(単旋律の音楽)」の時代から数えても、約500年以上の時間を要し、その間に様々な変遷と発展を遂げています。
完全に「モノフォニー」の「旋法」の様式から始まって、8から11世紀の間に、この「旋法」を素材として、特に八度と五度・四度の完全音程の「並行音による合唱(ポリフォニー:複数の旋律の重なり)」の形式に発展し、これに並行して、「ヘテロフォニー(複数の声部が、単一の旋律を変形させて同時並行的に歌う形式)」が成立します。これらが合成され、12世紀ごろには「対位法的なポリフォニー」のごく原始的な形を形成します。また、特にイギリスの音楽は、三度・六度の並行音を好み、13世紀ごろには、この三度・六度の並行が、原初的なポリフォニーとヘテロフォニーの中に加わって行きます。14世紀には、特にイタリアの歌曲が、和声的・多声的な構造を帯び、15〜16世紀、ルネサンスの時代には、後のバロック音楽の「和声・調性」の下地となる構造、あるいは調性の基本的な構造がほぼ完成しています。つまり、これら「モノフォニー」「並行的ポリフォニー」「ヘテロフォニー」が結びつき、さらにこれらが「和音」という響きの素材と結びついてパターンを形成する事で「調性的・対位法的ポリフォニー」へと発展したわけです。
少々大雑把な分け方ですが、音楽史的には、16世紀末からの「バロック期」”以前”の音楽を、「古楽」あるいは「初期音楽(Early Music)」と呼びます。つまり、「バロック期」が、西洋音楽の一つの「境目」として考えられているわけです。バロック期には、12の長・短調、楽曲の内部での一時的転調と明らかな転調を伴ったコード進行による形式とそれに対応するメロディー・フレーズ・・・等々、現在の「調性音楽」の条件、基本的な姿が完成され共有されます。
それぞれの時代の西洋音楽の様式には、様々な文化との交流や合流も認められ、その影響下で固有の方法論や形式を構築しているわけですが、いずれにせよ「西洋音楽」という「仕組み・音感の習慣」の「境目」が、「調性」の基本的な姿が完成され、一つの音楽的構造の「頂点」となった「バロック期」であるわけです。音楽的構造・習慣の「頂点」とは、その技巧、形式の可能性が極まった・・・といった意味です。
--また、バロック期の代表的な作曲家がバッハであることに議論の余地はありませんが、バッハ自身の作風、作品の質、要求される技術・技巧・・・は、「バロック期を代表する」というより、その時代の可能性を追求し尽したことで、「バロック期を完成させる事で終わらせた」とでもいえるもので、実際「バッハの息子達の世代」は、古典期の初期の作曲家と位置づけられます。ほとんどの音楽的ジャンルは、複雑化が分解寸前まで極まる事で、ある意味衰退し、よりシンプルな方法論・習慣によって新しいジャンルが派生するという歴史的な構造を持ちます。--
また、「初期音楽」が「音階・旋法」の素材としたものが「教会旋法」であり、Loclianを除く六つの旋法に、並行音や部分的な三和音が用いられる事で、ある程度の「和音の進行」も伴った旋法音楽が成立しています。これらの「旋法的な和声」が、「長調・短調」の二元的な音組織へと「集約」されて、正確には、まず「長調」が「ドミナント終止」に代表される、決定的な帰結感の構造を得る事で、「長調の調性」が確立します。短調は「長調の調性」の構造を模倣し、借用する事で成立します。
「古楽」の末期のルネサンス時代からバロック期以降、現代の我々が「西洋音楽」と捉える音組織は、この「調性」を軸に、基礎にして発展して行くことになります。また、「古楽」の音組織の要素、旋法やヘテロフォニーは、ロマン派以降の時代、つまり近代の西洋音楽の中に「復興」する形で、あるいは確立した調性に「同居」するか、「調性以外」の音組織の模索の手段として用いられてゆきます。しかし、この場合も、いずれにせよ「調性」が意識され、あるいは「対立軸」とされていることに変わりはありません。
「調性」は、その基本的な構造の成立から500年以上、西洋音楽の伝統音楽(いわゆるクラシック)の基本的な構造、軸として保たれ、非西洋の文化圏に多大な影響を与え、「共有が可能な形式」として広く流通しています。民族音楽そのものが、「調性」の音組織の枠組みを借りたり、あるいは「調性」に「吸収される」といった現象は、理論編A:に述べた通りです。
「調性」のこういった「共有の容易さ」「影響力の強さ」、あるいはそれを可能とする「統一された論理性」は、「調性以前」の8世紀から14世紀までの西洋音楽にも、あるいは「調性以後」、西洋の伝統音楽の中で、「調性以外の音組織」が模索された、19世紀以後にも見られない性格のものです。近代以降、調性の形態・構造は、様々な変遷(へんせん: 変化の過程)と拡大を経るわけですが、21世紀の現在に至るまで、いわゆる「西洋音楽」、あるいは「ポピュラー音楽」の中心的な、基本的な音組織、あるいは「軸」が「調性」であることに変わりは無いでしょう。
つまり、「調性」とは、西洋音楽の「決定的に確立された音組織」です。ジャズ・ポピュラー音楽も、広い意味では、この「西洋音楽の調性」の流れの中にあります。近代以降の西洋の伝統音楽は、「調性以外の音組織」を模索する事で、ある意味「分解」して行きますが、「調性」そのものの構造は、より自由にシンプルに、共有と流通が容易な形式として、ジャズ・ポピュラーに引き継がれ、これを土台として、別の形として「拡大・発展」したわけです。
--ジャズ・ポピュラー音楽も、原初的・単純な形式から、その発展と複雑化の変遷を経て、「調性以外の音組織」を模索し、「旋法」や「機能和音によらない和声」へと「分解」し、あるいは複雑化・先鋭化し、同時代の音楽、ポピュラー音楽としての地位を「ロック・ポピュラー」に譲る事になります。「歴史は繰り返す」とはよく言われる言葉ですが、音楽の形式、音感の習慣の発展と、複雑化の頂点からの分解・・・という経緯において、「西洋の伝統音楽」と「ジャズ」とは驚くほどの共通性を持ちます。
さらに、これらの二つの様式・形式とは、1900年代半ばに、その「末期」と「初期」とが「重なっている」という点も見逃せない事柄です。また、「ジャズ」の演奏家・作編曲家の中で中心的な役割を果たした人々は、総じて「西洋の伝統音楽」からのロジックやエッセンスを相当意識的自覚的に、あるいは「音感的」に取り込んでいます。--
・終止と調性
主要三和音とは、単に「和音の分類」をするものではなく、「トニック」を中心に、これに向うサブ・ドミナント、ドミナントからの進行によって、「ケーデンス(終止:あるいはコード進行)」を形作る「音感のシステム」そのものです。調性音楽でのコードは「進行」する事で初めて音楽的な意味合いを持つからです。
「ケーデンス(Cadence)」とは、ラテン語の「カデレ(落ちる)」が語源であり、トニックへの着地感・帰結感を表す言葉です。つまり「トニックへの重心」あるいは「トニックへの”重力”」とでも言える、「音感的な法則性」を、「落ちる」という単語で表しているわけです。日本語の場合「落着」とでも訳せるでしょうか。
古典和声では、「ケーデンス」を基本的に以下のように分類します。
T=Tonic ; S=Sub Dominant ; D=Dominant
| 完全終止 |
S−V−T |
| 正格終止 ドミナント・ケーデンス |
V−T |
| 変格終止 サブ・ドミナント・ケーデンス |
S−T |
| 偽終止 |
V−T代理 |
|
半終止 |
T−D ; S−D |
完全終止は、T−S−V−T と、トニックからの進行として表される場合も多く、「ケーデンス」とは、必ずしも「終止」に限らず、「コード進行全体」を指す、少々広い、あるいは曖昧な用いられ方をする用語ですが、いずれにせよ、「トニックへの回帰」が、一つの音感的な法則性となっていることに変わりはありません。
基本的にトニックは、その調の「開始・帰結」の響きを担い、ドミナントは、強い緊張によって、トニックへの帰結・終止を促し、サブ・ドミナントは、トニックからの緩やかな進行と、ドミナントを準備する性格を持ちます。また、サブ・ドミナントからのトニックへの終止は、ドミナントの終止より、柔らかく滑らかな進行感を持ちます。
しかし、「楽曲」としての形が、必ずしも「トニックから始まり、トニックで帰結する」というわけではなく、サブ・ドミナントとドミナントの連結の単位から始まる事、あるいは比較的広い範囲で、ハーモニック・リズムの「反復」の単位を持つ場合もあります。
また、異なる機能同士の進行感は、同一の機能の和音同士の進行感より強く、ハーモニック・リズムが何らかの「反復」の形を持つ場合、異なった機能和音同士の進行がほとんどです。同じ機能の和音の連続は、ほとんどの場合、ルート進行のヴァリエーションとして、進行感の強い四度進行の前後関係と関連します。
一般的に「楽曲」の部分としての「コード進行のまとまり・区切り」つまり「ハーモニック・リズム」は、小節線をはっきりした区切りとして、主に「二小節」とその倍数を単位とします。こうして形成される「ハーモニック・リズム」が、「トニックからの進行感を開始するパターン」、「トニックへの方向性を持つ終止的なパターン」や、「トニック以外の機能和音を強調し繰り返すパターン」を構成し、これらがAメロ・Bメロ等の「楽節」を形成し、「組み合わされ・配置される」ことで、「調性音楽」の楽曲全体の「形式」となるわけです。
--コード進行の基本的なパターンには、上記のケーデンスの分類に細分化された進行の分類が加わりますが、本論の2章.コード進行と機能和音 に詳しく後述します。また、本書では「トニックとトニック代理への進行」を「終止」、「トニックとトニック代理からの進行」を「開始」、「非トニック・コード同士の進行」を「接続」と呼び、分類する方法で、古典期の和声より細分化され、拡大されたジャズ・ポピュラーのコード進行のパターンを整理します。--
・機能和音
主要三和音とは、Tは、TMとTm、SはIVとIVm、DはV であるわけですが、ダイアトニックに三度堆積されることで形成される各和音それぞれが、「主要三和音と共通・類似するいずれかの響きを持つ」という「代理性」が、「機能和音」という仕組みを成立させます。
詳しく後述しますが、「ジャズ・ポピュラー音楽」の機能和音の捉え方、つまり「代理和音の内容」と、古典和声のそれとは、若干の違いを持ちます。本書は、ジャズ・ポピュラー音楽の音楽理論をクラシックの音楽理論によって整理しなおすものですが、その軸足は、あくまでポピュラー音楽の理論に置きます。
--また、和音の「機能」という「概念:がいねん。考え方、捉え方。」は、あくまで「音楽の音感」を「言葉・記号・論理」によって捉えるための「方便」であって、物理的・機械的な意味を持つわけではありません。「音楽」と「言葉・言語」とは、共通性の強い、質的に近いものではあるものの、やはり「全く別の何か」です。しかし、「音階」や「音名」、「楽譜」「記号」「コード」・・・等々が、「言葉や論理」によって表現され・理解されて来たという事は、「文化」としての音楽、特に「地理的・民族的条件を超えて共有される音楽」を形成させた、最も直接的な要因でしょう。
現代の音楽理論の学派(がくは: 学校や思想、理論の方法論によって分かれる、学問・学術の分派)」によっては、「機能和音」や「和音の機能」が、厳密に物理的な意味を持たないという事から、「機能和声理論」そのものを認めない・・・という立場もないわけではありません。しかし、そういった学派が、和性や調性に関して、機能和声理論以上に、わかりやすく、統一された理論・方法論を提供しているというわけでもありません。
言葉や「概念」とは、その意味合いを突き詰めてゆくと、どうしても「現実との対応」に、ずれや矛盾を認めざるを得ないものです。これは、「音楽理論」に限らない問題です。しかし、「調性音楽」の構造を考える・捉える際に、現代・現在に至っても、最も効率的・能率的・合理的な「概念」が、「和音の機能」である事に変わりはありません。「機能」という概念に代わるものを追求するより、「機能」の内容や構造をより深く捉えてゆく事、自分の言葉、自分の理解で捉えてゆくことが、現代的・同時代的な「西洋音楽理論」の基礎となります。--
下記の図は、主要三和音の関係を三角形に模したものです。「ケーデンス」とは、結局の所、あくまで概念的に(考え方・捉え方として)ですが、この三角形の構造に「還元・集約」する事が可能な構造であると言えます。同機能の和音の進行も、この三つの機能和音の進行の組み合わせをつなぎ、導き出すか、細分化する進行として用いられます。つまり、「還元・集約」を逆に捉えるなら、「主要三和音のシンプルなコード進行」は、「代理和音の使用」によって、「拡大・展開」されることが可能であるという事です。歴史的な和音の進行の複雑化・発展には、この「拡大・展開・分解・細分化・・・」の仕組みが働いたという「一面」もありますし、「作曲・編曲」をする際に欠かせない音感の選択肢の一つでしょう。
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主要三和音 |
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下記の様に、ダイアトニック・コードを七角形に模して、機能を振り分けて表示する事も出来るでしょう。
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長調のダイアトニック・コードと機能和音 主要三和音と代理和音 |
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基礎編の最初に述べたとおり、七角形の辺と対角線をあわせると、七つのダイアトニック・コードの「二つのコードの関係」、二つのコードを用いたコード進行の可能性の数が引き出されます。つまり、n(n−3)/2=対角線数 として、7(7−3)/2=14 に辺の7を足して、21です。「ダイアトニック・コード二つのコードの関係」だけでも、21の可能性があるわけです。
また、この「二つのコードの関係」の「順序」の可能性は、各々の「角」を作る「辺」と対角線の数ですから、それぞれ6つづつ、合計42の可能性を持ちます。
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I からの進行 |
I-II ; I-III ; I-IV ; I-V ; I-VI ; I-VII |
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II からの進行 |
II-I ; II-III ; II-IV ; II-V ; II-VI ; II-VII |
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III からの進行 |
III-II ; III-I ; III-IV ; III-V ; III-VI ; III-VII |
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IV からの進行 |
IV-II ; IV-III ; IV-I ;IV-V ; IV-VI ; IV-VII |
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V からの進行 |
V-II ; V-III ; V-IV ; V-I ; V-VI ; V-VII |
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VI からの進行 |
VI-II ; VI-III ; VI-IV ; VI-V ; VI-I ; VI-VII |
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VII からの進行 |
VII-II ; VII-III ; VII-IV ; VII-V ; VII-VI ; VII-I |
「三つ以上のコードの関係」つまり、三つのコードの進行、四つのコードの進行・・・の組み合わせの総数、あるいは二次的機能和音を合わせた組み合わせの総数となると、「数」や「パターン」として把握が可能な範囲を超えてしまうでしょう。
しかし、「音程構造」が、最小限の関係性である「二つ」の音、「音程関係」によって形作られるように、コード進行も、「二つの異なったコードの組み合わせ」を「最小単位」とします。この「コード進行最小単位」が、「二度進行(二度上昇・七度下降)、三度進行(三度上昇・六度下降)、四度進行・・・」と表される、「ルート進行」です。
以下が、長調短調での、二次的機能和音を合わせた原則的な機能和音です。bII7以外の裏代理と、二次的V7に前置されるIIm7は省いてあります。理論編A:でも触れた内容ですが、ノン・ダイアトニックを含めた機能和音の内容は、常に把握していなくてはならない内容です。
長調の機能和音
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ルート |
I |
II |
III |
IV |
V |
VI |
VII |
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ダイアトニック |
TM7 |
IIm7 |
IIIm7 |
IVM7 |
V7 |
VIm7 |
VIIm7b5 |
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機能 |
T |
S |
T |
S |
D |
T |
D |
長調の二次的機能和音
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二次的V7 |
I7 (V of IV) |
bII7 (V7代理) |
II7 (V of V) |
III7 (V of VII) |
IV7 (V of VII) |
VI7 (V of II) |
VII7 (V of III) |
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同主短調 からの借用 |
bIIM7 |
IVm7 |
#IVm7b5 (T代理) |
bVI6 bVIM7 |
bVII7 |
VIIDim7 |
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機能 |
SDm |
SDm |
T |
SDm |
SDm |
D |
短調の機能和音
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ルート |
I |
bII |
II |
bIII |
IV |
V |
bVI |
VI |
bVII |
VII |
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Tm6 |
bIIM7 |
IIm7b5 |
IIIM7 |
IVm |
V7 Vm7 |
bVI6 bVIM7 |
VIm7b5 |
bVII7 |
VII Dim7 |
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機能 |
Tm |
SDm |
SDm |
Tm |
SDm |
*D |
SDm |
Tm |
SDm |
D |
*短調でのVm7はトニックからのダイアトニックをAeolianとした場合の不完全なD もしくは、平行長調のT代理和音(IIIm7)か、IVm7に対する二次的ドミナントI7に前置されるIIm7です。短調の楽曲でVm7−Tmの進行をする場合はルート進行は強い四度の終止ですから、D和音としての働きを持ちます。また、Vm7の上部はbVIIMであり、この構成音の内容はSDmです。なので、VをルートとするSDm和音、bVII/V という解釈も可能です。古典的な楽曲や三和音主体の柔らかい短調に多く用いられる進行です。
短調の二次的機能和音
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二次的V7 |
I7 (V of IV) |
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II7 (V of V) |
bIII7 (V of bVI) |
IV7 (V of bVII) |
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bVI7 (V of bII) |
VI7 (V of II) |
bVII7 (V of bIII) |
bVII |
また、前述の「コード進行の最小単位」の全てが実用されるというわけでもありません。調性音楽の「ルート進行・コード進行」は、「四度進行・五度進行」を中心とし、その他の進行、「二度進行・三度進行・六度進行・七度進行」は、「四度進行・五度進行」の変形か、これを導き出すか接続する働きを持ちます。基本的に「二度進行」のほとんど全ては「異なった機能和音同士の進行」であり、「三度進行・六度進行」の多くは「同じ機能和音同士の進行」です。「七度進行」も「異なった機能和音同士の進行」として、主に「二度下降」のルート進行として扱われます。
四度進行・五度進行は、V−T ; IV−T あるいはT−IV ; T−V の主要三和音の進行と接続そのものであり、例えば、特にサブ・ドミナントのIVが代理和音のIIとされることで、II−Vの四度進行、II−V−Tの連続四度進行が構成され、この進行感の強さから多用されるわけです。
この連続四度進行が、「前に拡張」されれば、VI−II−V−T ; III−VI−II−V−T ; VII−III−VI−II−V−T ; IV−VII−III−VI−II−V−T さらに、T−IV−VII−III−VI−II−V−T と、増四度(IV−VII)の四度進行を含んで、ダイアトニックを一周する「環」「循環」の構造を形成します。もちろん、「連続四度進行」は「先へ延長」されることでも、T−IV−VII−III−VI−II−V−Tの循環構造を形成します。調性音楽のほとんどの進行は、必ずと言ってよいほど、この「循環」の構造を「部分的」に、あるいは「四度進行の連続の部分」を持ちます。
「各和音を機能に還元する」こと、あるいは「主要三和音の代理によって、和音の進行にヴァリエーションを得る」という「位置づけ・意味づけ」の把握と仕組み、「ルート進行」によって表される「順序・パターン」とが、「機能和音・機能和声」の一つの「キモ」であり、「文法に似た構造」であるといえます。つまり、「算数・算術」的な「組み合わせの総数」というより、「トニック・コードへの進行=終止」あるいは、「トニック・コードからの進行」という進行感を軸とした、「方向性」をもった組み合わせが、何らかの「意味」を示唆する「順序」が、調性音楽の仕組みだからです。「音楽に用いられる組み合わせ」、コード進行の可能性とは、明確な、またロジカルに捉える事が容易な「パターン」を形成します。「文法」とは、ある種の「意味」を表す、順序や方向性を持った「パターン」です。つまり、「和音の連結が、主要三和音の進行のパターンか、それに類似した音感的な”意味” ”方向性”」を持つ、という事が調性の条件です。この機能和音としての位置づけと「進行」という「意味」、仕組みとしての「文法」全体が、記号的、論理的に表す事が可能な、「調性音楽」の全体像、「外見」の一つです。
理論編A:で述べたように、「単純化された」「象徴化された」もの、「記号化された」ものは、あくまで理解と把握を助けるための方便でしかありません。「一時的・部分的転調と明らかな転調」を加えた調性の全体像を、上記のような模式図で表す事も不可能ですし、また意味の無い事でしょう。
また、ケーデンスの定義でもある「トニックへの方向性・志向性」は、ごくごく基本的なコード進行、西洋の伝統音楽の原動力として非常に長い期間支配的だったものですが、これが「細分化」「複雑化」し、「足踏みする・じらす進行」や「ケーデンスの志向性・期待感を裏切る進行」が模索され、実用化されて行く事で、調性音楽の構造が発展して行きます。なので、必ずしも「トニックへの回帰」のみが、「全てのコード進行の基準」にはなりません。
しかし、各機能和音と一時的・部分的転調の基本的なパターンを把握した上で、特に「トニック・ナンバリング・システム」によって、コード進行を「キーの違い」に縛られずに把握する事で、最も効率的に、また実用的に、調性音楽のコード進行の「記号”的”」「文法”的”」な構造、全体像を捉える事が可能になります。
前述の「二次的機能和音」、長調でのサブ・ドミナント・マイナーの借用と二次的V7と前置されるサブ・ドミナントは、上記の様に単純化された「ケーデンス」を細分化し、拡大するものです。本書での「一時的・部分的転調」とは、トニック以外の機能和音への「擬似的な終止」をもつ二次的機能和音と、長調でのサブ・ドミナント・マイナーの借用を基本とします。
前述の通り、「調そのものがシフトする」こと、「明らかな転調」とは、「新しい調の”トニックかトニック代理”が現れる進行」あるいは「別の調の二つの異なる機能和音がある程度の範囲で反復する進行」を指します。一時的・部分的転調が、どんなに細分化されても、「明らかな転調」が、どんなに短い単位で頻発しても、これは広い意味での、あるいは「拡大された」「ケーデンス」であることに変わりはありません。つまり、どんなに細分化され、紆余曲折を経る場合でも、全体的に「トニックへの重心・重力・方向性」を持っている事、「ケーデンス」を全体のコード進行の素材・材料としている事が、「調性」の条件です。
本書が言う「調性」とは、西洋音楽の歴史の中で拡大されたケーデンスのパターンと一時的・部分的転調、明らかな転調の内容までを指しますから、このパターン、組み合わせの可能性は非常に広いものとなります。
「明らかな転調」と「一時的・部分的転調」も、調性音楽の歴史の中で、「ほとんど転調しない時期」から始まって、特に器楽曲は、その「形式・楽式」を成立させる構造・部分として「近親調: 並行調(CMとAmの関係)、属調(CMにとってのGM)、下属調(CMにとってのFM)、属調と下属調の並行調」への転調が一般化し、さらに近親調以外の調、「近親調以外のダイアトニックのいずれかの調」、「ダイアトニック外の調」へと、「遠い響きの調」への転調が模索されます。
古典の音楽理論では、こういった転調も、「ケーデンス」と同じく、ある程度の分類をする事で方法として整理するものですが、ジャズ・ポピュラーは、既に完成された古典的な調性と転調の形式を土台とする音組織として、「明らかな転調」と「一時的・部分的転調」は、「考えられる可能性全て」が試行され、特にスタンダード期には、これがパターンとして突き詰められた感があります。なので、遠い調・近い調等の分類による古典的な転調のパターンの捉え方より、実際の楽曲に現れる「転調の境目」となるコード進行のパターンに注目し、やはりトニック・ナンバリング・システムで捉える事で、転調のシステムをよりシンプルに理解する・方法化する事が可能です。これを本論の2章.明らかな転調のパターンの項に整理します。
--西洋音楽の「印象派」以降の時期に現れた、「必ずしも機能和音と呼べない一時的・部分的転調の連続」つまり、「終止を志向しない和音の進行」、あるいは「旋法的な動機に重音が並走する事で生じる、結果的な和声 : 並行和音による和声」は、「非調性的な音組織」、あるいは「非機能和音」、「非機能的和声」に分類されます。
こういった「調性によらない和音・和声」「調性によらない音組織」の扱いについては、第三巻の内容とします。いわゆる「モード・ジャズ」以降、「ポスト・モダン・ジャズ(モダン・ジャズ・以後)」は、「非機能的・非調性的」な和声を導入する事で、調性の「終止」という強い重力からの自由を得るわけですが、そのスタイルが模索され定着するにつれて、「部分的には調的」な響きと混合され、いわば「調的な重心や重力をコントロールする手法」が成立してゆきます。こうした手法も、「現代的なジャズ」の響きに欠かせない要素ではありますが、先ずは本書によって、「調性」そのものの理解を進めてください。調性の全体像をロジカルにつかむ事が出来れば、「非機能的・非調性的」な和音の性格も、自ずと理解できるようになります。また、「長短調の調性の機能和音の最小限のコード進行」のパターンは、二次的な機能和音を合わせるなら、実は非常に可能性の広いものです。どんなに「機能和音的な重心を感じさせない進行」を志向しても、「二つのコードの組み合わせ最小単位」そのものは、多くの場合、調性で用いられる最小単位に含まれるものです。この事は、非調性的なコード進行に対しても、「コード・スケール」「アヴェイラブル・ノート・スケール」を設定する際に、その前後関係を滑らかに響かせる上で重要な事柄となります。
歴史的にも、あくまで「調性」を「軸」に「基礎」にして、意識的にそれを離れた響きを模索したのが、近代以降のクラシック音楽であり、モード期以降のジャズです。「調性とは何か」がわからずに、「調的ではない音組織」を理解する事は出来ません。また、一見・一聴?「調的でない響き」が、実に巧妙に、調性と類似する方向性や終止の感覚を用いている事や、調性としての連続性を部分的に持たせているといった構造も、「調性」そのものの構造をつかんでいなくては理解出来ない、方法化出来ない事です。
「拡大された調性」と「非調性」の境目、その判断は、なかなか難しい、議論の分かれるところではありますが、本書では、「ケーデンス」としての単位を結果的・全体的に持っているパターンを「調性」として扱うことにします。1960年代はじめまでの楽曲、その後の時代のものであっても、特に「歌もの」のスタンダードのほとんどは、どんなに細かい転調・一時的・部分的転調をしていても、「明らかに調的」です。
前述の通り、「楽曲」としての「形式」、コード進行のパターンが、必ずしも「長短調」のトニックを「開始と帰結」いわば「最初と最後」とするわけではありません。また、楽曲自体が、「調性としてのコード進行のパターンを用いてはいるが、反復され強調される、あるいは全体の形式として、楽曲の帰結を担う機能和音がトニックではない」場合は、厳密には、あるいは部分的には「長短調」としての調性ではありませんが、コード進行の素材そのものが調性と同一のものは、実践編の編曲に加えてあります。
詳しく後述しますが、明らかに調的な楽曲であっても、「非トニック」の機能和音が、比較的広い範囲でハーモニック・リズムの中心となる場合、あくまで部分的にですが、「Dorian的な短調」、「Lydian的な長調」とでも呼べる響きを構成します。これは理論編A:5.アヴェイラブル・ノート・スケール にも触れた、一時的・部分的転調のコード進行が広いハーモニック・リズムを持つか、反復される部分での「調的な可能性、機能和音としての可能性の重なり」の構造と重なるものです。
基本的なポピュラー音楽のコード理論で言うところの、いわゆる「モーダル・ハーモニー」の原則、モード上に三度堆積される和音を、モードの主音を「トニック」としてコード進行の素材とする形式、つまり「トニック以外の機能和音を中心とする進行を、ダイアトニック・コードの連結で組み上げる」進行、「モードの汎用和音進行(汎用: はんよう。広く用いられる事。)」と、「二次的なV7」によって「仮のトニック」とされる「二次的機能和音」によるコード進行とは、全く質の異なるものです。「モーダル・ハーモニー」に関しても後述しますが、本書が扱うのは「調性」の構造ですから、三度堆積に限らない和音を素材とする「モーダル・ハーモニー」に関しては、第三巻のテーマとします。
いずれにせよ、コードの素材が、その調と一時的・部分的転調である場合は、トニック以外の機能和音が中心となる進行も「調性」である事に変わりはありません。本論に詳しく後述します。--
本論の2.コード進行と機能和音 では、古典和声の文法が極限まで拡大された、ジャズ・ポピュラーのコード進行について、その可能性を整理します。
概論1.では、この「機能和音の接続」による、「調性という音組織・音感的習慣」のごく基本的な構造、「外見・外観」を成立させる、「なぜ」について、その「仕組み」「内部構造」について論じる事にします。
本書が扱う「テーマ」は、この「調性」の仕組み、構造、あるいは「調性音楽」の基本的な全体像と「方法」です。理論編A:の内容は、「調性音楽の素材としての”音階”」です。理論編B:調性と和声では、この「素材」としての「コード・スケールの構造」、「四和音とテンションの構造」が、調性音楽として、動きの中で、響きの中で作用する、構築する音組織の仕組みに迫ります。
ジャズ・ポピュラーの持つ機能和声の構造とその「方法」、そして、これが作り出すメロディーの傾向についてが本論のテーマです。また、古典期に確立された「調性」の構造と、ジャズ・ポピュラーのそれとの「差異・違い」に関して、概論2.で述べます。
概論2.に詳しく述べますが、現代の音楽理論で扱われる形での「機能和声」あるいは「機能和音という概念(考え方:捉え方)」が西洋音楽の「理論」に確立するのは、近代に至ってからです。つまり、いわゆるバロックから古典期、ロマン期、我々が「西洋のクラシック音楽」と捉える音組織、音楽習慣がかなりのところまで拡大し、その基本的な形が定着しきってから、「調性音楽の各和音を”機能として分類する”」という発想が、現代の我々が捉える「音楽理論」と同等の形で、「言葉:理論」として意識され・論じられるわけです。
トニック、サブ・ドミナント、ドミナントの主要三和音、代理和音、二次的な機能和音・・・こういった「和音の分類」と「連結・接続のパターン」とは、「コード進行」の内容として、非常にわかりやすく、理路整然とした、「文法的」「規則的」構造を持っています。この論理性(言葉で表現できる”仕組み”)や、「終止」「進行」という「音感的な方向性」のわかりやすさが、調性音楽が成立して後400年以上、現代に至っても西洋音楽の基礎であり続けている事、また、西洋以外の文化圏でも、強力な影響力を持ち続ける理由でもあるでしょう。
CM A7 Dm7 G7 CM・・・といった「コード表記」と、それを用いる事で、「理論的な事柄には全く無知・無自覚・無意識であっても」、例えば弾き語りや合奏で、充分に、充分以上に「調性音楽」が表現されるという仕組みや習慣は、実際には「その内側に」非常に緻密な、しかし明快な「内部構造」を持つわけです。この「コード表記」を用いる習慣は、「現代」のものであり、ある意味では、「調性音楽」が「方法として完成された」という意味合いを持ちます。共有が容易で、「深く考えなくても実践できる」システムこそが、「完成されたシステム」だからです。
「現代のコード観」は、機能和音を「型」として、「必ずしも構成音の配置を問わないフォーム」として、「その連結」として捉えるものです。しかし、「型としてのコード」の「大雑把な連結」という方法は、いわゆる「クラシック音楽」では、むしろ「避けられて」いた響きです。
また、考えようによっては、この「現代のコード表記」あるいは「現代のコード観」が完成されるまで、調性音楽がその基本的な姿を完成させてから、さらに400年以上の時間を要したわけです。
「三度堆積される事で成立する構成音の音程構造」、つまり「和音」を、パターンとして扱うという仕組みは、非常に明快で強力なシステムとして、場合によっては「理論的な事柄」に関して、まったく知らなくても・意識しなくても西洋音楽を「成立」させてしまうものです。では、なぜ、これほど「明快で強力なシステム」が、その成立に数百年の時代を必要としたのか、一体どういった変遷をたどり、また、何が保たれたのか、そもそも、なぜ、「調性」は「機能するのか」、終止が終止として、進行が進行として感じられ、用いられる事が、なぜ、これほどまでに容易なのかといった問題のカギが、そして、これをあくまで意図的に「方法」とするためのカギが、「調性音楽の仕組み」つまり「内部構造」です。
「現代のコード観」は、機能和音を「型」として、「構成音の内容」によって響きの差異を表現し、「構成音の”配置”を問わないフォーム」として、「響きの連結」として捉えられ、またそういった形で機能するものですが、この機能和音、あるいは調性自体を成立させる「内部構造」とは、「コードの構成音の二音を最小単位とする”音程”が促す」「コードの一音づつの横のつながりの傾向」です。この調性音楽の「内部構造」を捉え、コントロールする方法を、「和声法」と呼びます。
・和声音と和声(ヴォイシング)の原理
和声音、非和声音という用語は「コードの構成音=コード・トーン」に対して、「テンション・ノートとアヴォイド・ノート=ノン・コード・トーン」を「分類」し、それぞれの配置と動きを規定するものです。対して「和声=ヴォイシング」とは、コードとメロディーを縦に切り取った関係ではなく、コードの各声の横のつながりの法則性と方法です。3度堆積を基準にする音程構造であるコード(和音)は、連結され進行すると、各声の「線(ライン)」の束として、ヴォイシング(和声)となります。これを意図的・技術的に、コードの連結において、各声を「独立した」「連続性を持った」「線(ライン)」として扱う、整える方法が和声法です。具体的には、各コードの「フォーム」の選択によって前後関係を形作る事が和声の基礎となります。
この「各声の線」は、歌としての「メロディー」、動機というリズムと音形のパターンを担うものではなく、最も原則的なハーモニック・リズムに従い、ハーモニック・リズムの範囲を、各声の音程関係、つまり「ハーモニー」で担うラインです。また、この「各声の線」が、独立性を持って比較的細かく動く場合も、原則的なハーモニック・リズムに従ったラインの内容を「軸」とします。
一つのコードの上での非和声音の解決の傾向に加えて、コードの進行は、メロディーに対して、より大きな範囲での動きの傾向を決定的に与えます。コード進行は、メロディーの軸そのものの進行であると同時に、コードの進行そのものが、「ハーモニーをもつ複数のメロディーの動きの”パターンの束”として定着したもの」だからです。このパターンは、音程関係の変化によって規定されます。それが「調性音楽の和声の原理」です。そこで、和声についての基本的な事柄に、ここで触れておく必要があります。
和声の原理とは、「縦の音程の緊張と弛緩による変化を、複数の横の音程の動きによって形作り、前進感・帰結感を与える事」と定義できます。長い時間をかけて音程の動きがパターン化され、それを三度堆積の和音の単位に応用・拡大した「機能和声」が発生し、この機能和音の低音の進行がルート進行、バスのラインとして定着しました。和声の原理を、コードの連結のパターンとして扱うのが、機能和音による調性音楽です。機能和音の進行は複数のメロディーの束の基本的な動きの法則であり、これが、コード進行の上で、より自由に動く、コード進行に伴った、あるいはコード進行を表現するメロディーの動きの軸となります。つまり、調性音楽と機能和音(あるいは和音の機能)とは、裏表一体の構造です。
また、縦の音程は、横の音程である「音階」を基準とします。つまり、3度堆積の和音の型も、縦の音程の最小単位であるニ声も、基準はトニックを同じくするダイアトニック(あるいはオクターブ八音音階)です。音程、和音の各声は、「横の動き」、順次進行の連続性と跳躍進行の積極性に、音階を基準として共有します。つまり、ある調でのコードの各声の動きの「基準」は同一のダイアトニック・スケールです。一時的・部分的な転調がある場合、この「基準の音階」の一部が変化音とされます。短調の場合、トニックからのダイアトニックに、ナチュラル・マイナー、ハーモニック・マイナー、メロディック・マイナーの三種を用いますが、この場合のハーモニック、メロディック・マイナーも、ナチュラル・マイナーを基準に、長7度、長6度の変化音を持ちます。
原則的に、一つのコードは、一つのコード・スケールを基準に成立し、テンションの内容とテンション・リゾルブの形、さらに、そのコードの上でのメロディーの動きもこれを基準とします。これがコード・スケールの意味であり、また、「アヴェイラブル・ノート・スケール(コードに対して使用可能な音階)」の可能性の内容でもあります。これも和声の原理あるいは調性の原理として欠かせない要素です。
特に音階のトニックへの帰結感、3度を巡る長・短の性格の自己主張や、5度の安定感は、和音の各声に対しても動きの傾向を与えます。--音階そのものが、順次進行に全音と半音の異なる音程を持ち、この配置が音階の個性、個別性として音の動きに傾向を与えるものだからです。この音階そのものの持つ響きの性格と動きの傾向によって構築された音楽が、和声、調性以前の音楽である「旋法」です。--
理論編A:で学んだとおり、コード・スケールとは、コードの各音程を規定する、「基準」であり、ひとつの調の内容を構成する「素材」でもあります。その調のトニックからの長・短のダイアトニック・スケールは、「一つの和音」の構成音の基準・素材であるだけでなく、一つの調の全ての機能和音の基準・素材となります。これが、一つの調を一つの調として成立させる要素でもあるわけです。
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音階 |
和声での位置づけ |
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トニックからのダイアトニック |
長・短調の各和音とメロディーに一貫性と方向性 を与える素材
メロディーや各声の動きの根本的な基準
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コード・スケール |
各機能和音の三度堆積の素材
非和声音・テンション・アヴォイド・ノート の解決の動きの基準
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二次的な機能和音 のコードスケール |
その調のトニックからのダイアトニックとの 最小限の変化音による三度堆積の素材
非和声音・テンション・アヴォイド・ノート の解決の動きの基準
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和声の原理の定義、「縦の音程の緊張と弛緩による変化を、横の音程にの動きによって形作り、前進感・帰結感を与える事」の、「縦の緊張した音程」とは、2度、4度、7度の不協和音程であり、これが完全協和音程の8度 5度、不完全協和音程の3度 6度へ変化する動きを「不協和音程の解決」と呼びます。
この「不協和音程の解決」は、音程の動きによって和声・調性の構造を形作る「積極的な原則」といえるものです。もうひとつ、「各声を独立したメロディーとして扱う」ために、特定の音程の動き、特に「完全協和音程=8度 5度」の音程の扱いに制限を与える「消去法的な原則」である、「禁則(きんそく:禁止される動き)」が設けられ、「積極的な原則と消極的な原則」の両面によって、和声は組み上げられます。
この調性音楽の基本的な原理が完成され、共有され定着し、かつ、形式的にも一つの頂点を極めたのが、西洋音楽のバロック時代(1600年代末から、1700年代半ば。バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディの時代。)です。ジャズ・ポピュラー音楽は、この西洋音楽のバロック時代からの調性の流れの中にあります。バロック期に成立・定着した調性音楽の複数の旋律と和音の扱いを「調性対位法」呼びます。和声とは「声」、「合唱」の形式から、その基礎を完成させました。合唱の各声、バス・テナー・アルト・ソプラノの四つの「声」が各々メロディーとして束となり、三和音主体の和音の進行を軸に動く形式がバロック音楽の特徴で、器楽も複数の独立した旋律の絡み合いが音程の変化を伴って和声を表現します。いわゆる「和声法」の基礎は、「四声の調性対位法」としてこの時代に完成したものであり、「古典和声法」とは、その後の時代の和声の習慣を加えたものです。
鍵盤楽器やギターのように、「和音と旋律」を並行・同居させることが可能な楽器の独奏も、小編成の合奏から大規模な合奏形式(いわゆるオーケストラやオペラの形式)に至るまで、この「四声の和声」を基準として、組み上げられるものです。オーケストラを構成する合奏形式の作曲法を「管弦楽法」と呼びますが、どんなに楽器の編成が増えても、各々のパートは、ユニゾンとオクターブのユニゾンの関係を持ち、ほとんどの場合「四声・五声の和声」とプラス・アルファ(独奏楽器等の旋律等)の構造に集約されます。
和声法の原則は、調性音楽のベーシックなルールを確定させたものとして、ジャズ・ポピュラーにとっても基礎となり得ます。もちろん、古典の和声法、バロック期の対位法を習得する事がここでの目的ではなく、これらのごく基本的な原理を紹介します。また、古典和声法の基本的な形式である「合唱形式の和声法」は、ギターという楽器にとっては、楽器の構造上、厳密には実施できない性格のものですし、出来る限りその方法に従うとしても、実用的なコードの連結とはなりません。そこで、あくまで「ギターに可能な」「有効な」コード・フォームの連結から、和声法の根本的な原理を論じます。
和声法の原則は、調性音楽のメロディーとコードの関係の根本的な原理と言えるものです。「調性」の響きと習慣は時代につれて様々な変化と発展、拡大を遂げましたが、その「根本的」な原理、内部構造は、成立以来1500〜1600年代から現在の2000年代まで、全く変化していないからです。
バロック期から時代が進んで、古典期(1700年代半ばから1800年代初期まで。ハイドン、モーツァルト、ベートーベンの前半生の時代。)に、楽器、特に鍵盤楽器による「左手の和音による伴奏と右手による自由なメロディー」という形に受け継がれると、道具・器械としての組み合わせの自由度から、さらに柔軟に、また極端に可能性を発展させてゆきます。合奏形式でもバロック期のような「各パートの完全な独立性」ではなく、「伴奏と主旋律」さらには、「伴奏と主旋律に対する3度・6度の並行音を軸としたハーモニー」という構造が成立します。
鍵盤楽器の左手による中から低音域の「コード」の連結は、合唱形式の規則性から若干離れて、型としてのコード、かたまりとしてのコードの連結をパターン化し、それが単旋律の楽器による合奏の和声の組み立てにも影響を与えてゆきます。バロック期に厳格に用いられた、和声の各声の動きの規則は、楽器の進歩や合奏形式の変化等々に従って、徐々に緩く、あるいは拡大されてゆく事になります。また、古典期の音楽的習慣がバロック期の対位法の様式を失ったわけでもありませんから、「伴奏のパート」も、細かく特徴的な「旋律」の形を与えられる場合もあります。この場合も、「型としての和声・和音の進行のパターン」を明確な軸とするわけです。
ロマン派の時代(1800年代前半。ベートーベンの後半生、ショパン、シューマン、リストの前半生)には、それまで主に三和音として扱われていた機能和音にも、徐々に付加音、テンションが加えられ、和音の響きに中間的な、あるいは極端な色彩が与えられます。それに伴って、メロディーもコードに対して曖昧な、あるいは緊張感を持った動きと響きを獲得します。民族音楽や民俗音楽の特徴的な音階やリズム、極度に感傷的な表現を、バロックからの西洋音楽の論理性で整えて調性へ導入して行くのもこの時代です。また、転調の可能性が拡大し、遠い響きの調への転調や範囲の短い転調、さらに、必ずしも長短調のトニックへの終止を志向しないコード進行のパターンが定着し、結果的に、「調性」そのものの響きもあいまいさを帯びる事が可能となります。
さらに印象派から現代(1800年代の後半から1900年代初め。リスト、ワーグナーの後半生、ドビュッシー、ブラームス、ドヴォルザーク、ムソルグスキーの時代)には、ロマン派の表現が突き詰められると同時に、徐々に、調性の基準であるダイアトニックと三度堆積そのものからの離脱が起こり、旋法の和音や四度和音等、新しい調性とでも言える響きが模索されて行きます。
同じように、ジャズも、1900年代初頭の誕生から、徐々に整えられると同時に、複雑な形に調性の内容を発展させ、最終的には「分解」して行きます。つまり、ディキシーランド・ジャズ(単純なコード進行に沿った、複数のシンプルな旋律の絡み合い)、ビック・バンド、スタンダード・ジャズ(複数の旋律の動きがより整えられると同時に、「伴奏と旋律」の二元化の定着。和声音の拡大とテンション・コードの定着。)、さらに、ビ・バップ、ハード・バップ(コード進行の細分化。アドリブの可能性の追求と、旋律の法則の定着。)を経て、1960年代には、モード、非機能和音の進行が追求され、さらにはフリー・ジャズが生まれ、「調性音楽としてのジャズ」からの離脱を試みて先鋭化、複雑化する事で、いわゆるポピュラー音楽、同時代の「民衆音楽」としての役割をロック、ポップスに譲ることになります。
長短調の調性、つまりトニックからのダイアトニックに三度堆積される各和音を、機能和音として扱う音楽は、現代に到るまで西洋音楽の一つの基準であり続けています。ジャズも、アフリカ系アメリカ人の音楽と西洋の調性音楽の融合した民族、民俗音楽として発生し、西洋音楽の記譜法と和声の感覚によってその理論的、論理的側面を発展させてきました。クラシックからの西洋音楽の論理的な音使いとジャズに、直接的な形式・習慣としての連続性があるとは言えませんが、ジャズは主に、ビックバンドの作編曲者、またピアニスト達により、クラシックからの西洋音楽の方法を導入する事で、和音と和声を拡大させて来たと言えます。
ジャズ・ポピュラーについての「音楽理論」とは、要は「クラシックからの伝統の音楽理論による、民俗音楽としてのジャズの解釈と論理付け」、あるいは民俗音楽としてのジャズから、論理性を見出し整え、方法化してゆくという作業でしょう。「論理性」とは、「こうすると、こうなる」、といった単純な事実と習慣の積み重ねですから、言語化・文章化された「理論、理論書」だけが論理性を持つというわけではありません。ジャズに限らず、優れた演奏家が理論的な事柄や書譜・読譜に全く無関心であったという例は多々あります。つまり、「論理付け」とは、作品の分析、解釈という意味合いだけでなく、同時代の作編曲者、演奏者にとっては、実践的な音使いの試行錯誤と習慣であったことでしょう。これは現在、個々人にとっての「新しい音楽」あるいはその「方法」としてのジャズに接する私達にとっても同じ事です。
「西洋音楽」も民族音楽には違いないのですが、「西洋音楽」の12音とダイアトニックを素材として限定する長短調の調性は、そもそも非常に「論理的=ロジカル」な、あるいは「論理化」が容易な形態であって、リズムや音程の数値化や記号化、つまり、「五線譜」による書法、記号によって、音楽というあやふやで時間を伴った表現を捉え、理解と伝達を容易とし、同時に試行錯誤の素材と方法論を提供するスタイルとして発達しました。
この西洋音楽の「ロジックの明快さ」、「論理化の容易さ」が、ある意味では様々な文化圏に、西洋音楽のスタイルが浸透した理由でもあり、あるいはアフリカ系アメリカ人の旋法とリズム、同時代の民俗音楽からのコード観・・・種々の非西洋的な論理性の要素を、西洋音楽の論理性の中に「取り込んだ」のが、現在、理論で学ぶ事が可能な「ジャズ」というスタイルであると言えるかもしれません。
「調性」の根本的な原理、原則は、ジャズ・ポピュラーにとっても、コード進行の意味合い、コードの連結を整えるヴォイシング、ヴォイス・リーディング、メロディーとコードの関係性と作曲の方法・理論の「なぜ・どうやって」の明確な答えとなります。
そこで、「古典和声法」のごく基礎的な用語と概念、方法を、現代以降に流通した「コード表記 (CM7 Dm7b5・・・等の表記)」を用いる事で、現代の「調性」の感覚に引きつけ、結びつけて論じる事にします。
--CM7 G7/B・・・等々のコード表記は、現代以降の大発明です。この「和音の記号化」の元祖は、バロック期に用いられた「数字つき低音」(ルート進行、バス進行に、和音の転回形を数字で表したもの)で、その後の時代の古典和声を習得するための「学習和声」や、楽曲の和声の分析、近代の同時代的な和声学では、数字つき低音を発展させた、ローマ数字の記号が用いられます。これが、トニック・ナンバリング・システムの基となったものです。しかし、いくつかの学派(学問の系統)によって、記号の内容、細部が異なる事と、非常に複雑な、一般のフォント(活字)には無い記号も多いため、本書では、一般的なコード表記とトニック・ナンバリング・システムを併用して論じます。--
・和声
・不協和音程の解決と調性
不協和音程の解決は、調性音楽のメロディーの動きと、コード進行の原動力として、調性の「エンジン」とでも言うべき、響きの感覚的力学です。
不協和音程の解決の傾向は、同一のコードの上では、テンションとアヴォイド・ノートの解決の動きとも重なり、コード進行に伴ったメロディーの傾向、コードの変わり目でのメロディーの動きとも一致します。つまり、一つのコードの上でのメロディーの動きの傾向だけでなく「コード進行を促す音程関係」と、コード進行の各声の動きを規定する傾向でもあります。
これらの傾向は、調性音楽の和声の基本的な進行における、外声、ルートとメロディーとの音程関係、また、V7の解決の各音程の動きに特に表れます。
協和音程・不協和音程いずれも、「音程」とは関係なので、「二つの音」が基準となります。そして、音程とは音楽の中では、常に動きの中にあります。
・音の動き
和声では、各声が独立したメロディーとして動き、コードの内容と進行を音程の響きによって相互補完的、相乗的に表現します。逆に言えば、和声とは、コードの構成音の配置と連結において、各声をメロディーとして動かす技術です。コードが進行するとき、全ての声は、上下する場合も、同じ音を繰り返す場合も、積極的に動いています。
ある音が、時間に伴って動く場合、これを「進行する」と呼び、その動きは以下の3種類に分類されます。
@同音進行 同じ音を連打するか、同じ音が保持される。
A順次進行 上下に長・短2度の進行をする。
B跳躍進行 上下に長・短3度以上の進行をする。
順次進行は、連続性の強い、滑らかな前後関係を持ち、跳躍進行は、積極性のある前後関係を持ちます。和声法、コードの連結で各声を「線」として扱う場合、
@同音進行は「前後の和声音の共通音」をつなぐ役割を担い
A順次進行は「前後の和声音の二度音程」を表現し、積極的な進行であるB跳躍進行が、特にルート進行を担い、それぞれの進行感が組み合わされる事で、各声の動きに差異が生じ、独立性を持ちます。
・複数の音の動きの関係
二つ以上の声がメロディーとして動くと、そこには動きの関係、形が生まれます。それらは、以下の5種類に分類されます。
@同度 二つ以上の声が、同じ音を連打するか、同じ音が保持される。
A斜行 ひとつの声が同音に留まり、他の音が上下いずれかに動く。
B並行(連続) 二つ以上の声が、同じ方向へ同じ度数の音程を保って動く。順次進行の場合も、跳躍進行の場合も並行です。
(長・短、完全・増減 が変化する場合も含む。例:長・短3度⇔長・短6度 ; 完全5度⇔減5度)
C反行 二つの声が、逆の方向へ動く。反行は、両方が順次進行する場合、両方が跳躍進行する場合、一方が跳躍進行する場合の3種類があります。
D直行 二つの声が、同じ方向へ異なる音程で動き、先と違う音程を作る。直行には、一方の声が順次進行し、もう一方が跳躍する場合と、両方が跳躍する場合の2種類があります。
@同度 A斜行 B並行 C反行 D直行
和声法は「各声を独立した・連続性を持った線」として扱いますから、複数の音の動きの関係も基準となります。連続性の強い進行は、斜行、並行です。最も独立性の高い二つの声の「動きの関係」は、「逆方向への動き=反行」です。直行は、積極的な、「勢い」を持った進行感、大きな変化を感じさせます。同度の進行は、静的で「連続性・独立性」両方の要素を持ちつつ、しかし、どちらの進行感にも十分ではなく、やはり「前後のコードの共通音」が二つある場合に、「他の声」の積極的な動きの感覚を引き立てます。
和声法では、各声の「連続性の高い進行」と「独立性の高い進行」の組み合わせによって、バランスを形作ります。積極的な進行をする音は、静的な進行の裏づけ・対比よって、「積極性」を感じさせ、静的な進行をする音は、積極的な進行をする音のとの対比で、逆に連続性を感じさせるわけです。これらの「進行感の差異」と、「音の向きの差異」が、各声の「独立性」となります。
--これらの進行のうち、「並行」と「直行」は、不完全協和音程には許され(積極的に用いられ)、完全協和音程、不協和音程には禁止(除外)されます。この消去法的な、ある音程について避けられる音程の動きを、「禁則進行」と呼びます。--
・音程の協和と不協和音程の解決
二つの音が同時に発音されると、同時的・共時的音程(縦の音程)を生じます。音程は、その響きの質によって、@完全協和音程 A不完全協和音程 B不協和音程に分けられます。
@完全協和音程は、8度(オクターブ)と完全5度です。8度は、倍の振動数、5度は1.5倍の振動数を持ち、比で表すと、 8度=1:2 完全5度=2:3 となり、整数同士の単純な比となります。このため、音程に緊張感が無く、うねりを生じさせないため、安定して響きます。(理論編A:で述べたとおり、音程の比による音律が純正律です。平均律では8度以外は近似値です。)
*完全音程は完全に安定した響きであるため、平行させると一体となって響き、独立性を持たないため、合唱形式の和声法では基本的にこの音程を平行させません。--また、コードの外声が跳躍して8度、5度に到る「直行8度、直行5度」も、ソプラノが二度進行する場合以外は禁止されます。直行8度5度はコードの内声には用いられます。この「和声法で禁止される音程の動き=禁則」については後述します。--
完全8度 完全5度 (B・Fは減5度)
完全5度と減5度の平行は、「五度の平行」ではありますが、「完全音程の平行」ではありません。減5度は不協和音程だからです。そこで、和声法ではこの二つの音程の連続は、「平行5度」としては扱いません。--つまり、減5度⇔完全5度の平行は禁則にあたりません。--
完全協和音程は、自然倍音(楽音:楽器の音や人の声が発せられる時に、自然に含まれる、基の音からの整倍数の振動数の音)の中で聴き取り易い、2倍音=8度、3倍音=5度のオクターブ上、4倍音=オクターブ上の8度の、三つの倍音の中に含まれており、元々一体感の強い音程なので、下方に位置する音と一体になって響きます。よって、並行する場合も、一体感をもって動きます。三和音の配置では、8度音程、5度音程共に、下方の声がルートとなるため、感覚的な響きの重心は下方に位置します。
自然倍音
根 8度 5度 8度 3度 5度 短7度 8度 2度 3度 増4度 5度 長6度
(度数はオクターブ内で表示。また、8度以外は平均律の近似値。特に7倍音から先の倍音は、7倍音は平均律の短7度よりかなり低く、9倍音は平均律の9度より若干低く、11倍音も増4度よりかなり低く、13倍音は、ほぼ長6度と短6度の中間の音程。)
楽音(音楽に使用される音色)は、常に自然倍音を含んだ音色であり、最も強い基音に、高次の倍音が混ざった振動の合成です。弦や楽器の材質、構造によって、この倍音の成分が強調されるピークが異なります。これが、音色を決定する最も大きな物理的要因です。
自然倍音は、高音になるほど、音量が少なくなり、聴き取りが困難になります。コンプレッサーやディストーションを極度に掛けると、高次の倍音が強制的に強調され、鋭い音色、もしくは単音でも濁った太い音色になります。また「硬い・鋭い音色」は、高次の倍音成分が多く含まれる音色です。普通の楽音では、一般的に、はっきり聴き取れる自然倍音は4倍音まで、かすかに聴き取れる倍音は、5倍音から6倍音まででしょう。
・完全協和音程の禁則進行
前述のとおり、完全協和音程は一体感の強い音程なので、並行させると、「各声の独立性」を感じさせませんから、ニ声の対位法、和声法ともに、「各声の独立性・連続性」という条件を充たすために、「除外される進行」、「禁則進行」とされます。
並行進行は、同一の音程を保って、同方向へ同一の音程の進行をすることですから、跳躍する場合も順次進行する場合も、完全音程の並行は禁則となります。
並行8度 並行5度
また、「ニ声が同方向へ動く進行」のもう一つは、「直行」です。直行とは、「同方向へのニ声が、”それぞれ違う音程で進行する”」事です。「同じ音程を保ったままニ声が同方向へ動く」場合は、「並行」だからです。和声法では、ニ声が両方とも「跳躍進行」する「直行」による完全音程への動きは、特にソプラノとバス、「外声」においては禁則となります。
ニ声の跳躍による「直行5度」「直行8度」が禁則とされるのは、これらの一体感の強い音程へ、ニ声が同方向への進行という「独立性の弱い進行」、跳躍という、「連続性の弱い進行」によって「至る」ことを嫌うためです。
完全音程は一体感の強い音程なので、「連続させる事」だけでなく、この音程が「現れる」、この音程に「至る」ニ声の動きも規定されるわけです。直行5度、8度は、一方が順次進行であるなら、順次進行の連続性と跳躍進行の組み合わせによる「独立性」が生じ、禁則とはされません。また、反行、斜行はむしろ、「完全音程に至る、完全音程が現れる」ニ声の動きとして多用されます。
直行5度 直行5度 反行 直行8度 斜行 反行
ニ声の跳躍 一方が順次 ニ声の跳躍
「ニ声が跳躍しての完全音程への直行」は、「完全音程の並行」に比べて、「禁じられるほどの問題」を持つことが、音感的にもなかなか理解しにくいものですが、和声法の「禁則」とは、必ずしも、「濁った響き、悪い響きだから」「禁じる」という意味合い、ネガティブな「禁止」ではなく、非常に組み合わせの可能性が多い和声の各声の動きを、「消去法的」に規定し、その基礎を作り上げるための方便(ほうべん:手段・手法)の一つです。
なので、和音の連結に必然的に生じる、ニ声の跳躍による直行5度・8度は、コードの内声、あるいは一方が内声である場合には禁則となりません。また、和声の基礎が確立してからも、外声の直行の禁則は、バロック〜古典期の楽曲にも、その後の時代にも、特に「実際の作品」には、所々現れる、用いられる進行です。
--さらに、ジャズ・ポピュラーでは、完全音程の並行・直行ともに、なんらこだわりなく多用されるものです。こういった「和声観」「和声感」の違いについては、概論2:で詳しく後述しますが、「禁則」とは、和声の「各声の独立性・連続性」のための、消去法的な原則であり、整った和声の感覚のためには、ジャズ・ポピュラーにも有効な「手段」です。--
・音程根音
二つの音の上下どちらかに感じる「ルート」に類似した響きの重心を「音程根音」と呼びます。これは元々物理的な振動数の関係、音響物理的な現象の観察と、聴感に関しての「生理学」の仮説から提起された「推論」ですが、いくつかの異なった主張があり、また、必ずしも科学的・生理学的裏づけの証明されたものではありません。また、音程も音程感も、物理的な現象に裏付けられるものではありますが、それを受け取るのは、あくまで人間の感覚であり、これを習慣的に活用するものが音楽の音組織です。そこで、ここでは古典期からの和音の配置の習慣、三和音、四和音の転回での8度との音程関係を基準に単純に考えます。
3度、5度、7度は、和音の中でルートの上に重ねられるので、これらの音程は、下方に位置する音に重心を持ちます。対して、コードの転回で生じる、音程、4度、6度、9度(2度)は、上方にルートからの8度が位置するので、上方の8度に重心があります。
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四和音の配置 |
ルート 3度 5度 7度 |
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3度・5度・7度音程は、音程根音が全て下方に位置する |
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転回によるバスの配置 |
5度 |
3度 |
7度 |
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上方に位置する8度との音程 |
4度 |
6度 |
9度(2度) |
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4度・6度・9度(2度)音程は、音程根音が全て上方に位置する |
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・不完全協和音程
A不完全協和音程は、3度と6度、長短の性格を持つ音程です。長3度は、5倍音に現れる音です。短3度は、自然倍音には現れませんが、三和音の長3度と完全5度の間に生じる音程です。
3度と6度はそれぞれ転回の関係にあり、互いに、長3度は転回すると短6度、短3度は長6度の音程になります。3度と6度は、並行すると、長短の性格を持つ音程、「ハーモニー」として連続します。
*和声法・対位法では、積極的に並行される音程は、3度、6度のみです。特に「メロディー(主旋律)に対する並行的なハーモニー」として多用される音程です。
3度 6度
・不協和音程の解決
完全4度は、完全5度の転回ですが、不協和音程として、3度、あるいは反行して6度に解決します。また、一方が同度に保たれて、もう一方が順次進行し、5度音程に解決する場合もあります。4度は完全音程なので、長・短の性格を持たない不協和音程です。
4度(11度)から3度(10)への動きは、同一のコード上では非和声音の解決の形となります。@4度の音価が大きい場合は、上の声をルートとする5度音程の転回から、下の声をルートとする和音への進行です。A、B両方の声が反行として動く場合、2度進行、もしくは6度の付加和音への四度進行となります。
@(F/C C) AF/C G/B BC/G F6/D(Dm)
@五度進行 A二度進行 B二度進行
これが「コード進行を促す音程関係」としての不協和音程の解決であり、コード進行の原動力の一つです。コードの変わり目、小節線をまたいで現れる事が多い音程関係の動きです。また、これらのコード進行が、「異なる機能の和音」への進行であることにも注目してください。さらに、「順次進行を含んだ、反行、斜行」であることにも注目してください。完全四度に限らず、「不協和音程の解決」には、順次進行の連続性が必ず含まれます。
不協和音程の解決の原則とは、「順次進行という最小限の動きを含んで、響きの質という最大の変化をもたらす」ということでもあります。これは、「不協和音程を連続させず、各声が”線・メロディー”として、連続性の高い進行を持つ」という事でもあり、「和声法」の原則、あるいは内部構造でもあります。また、これらの順次進行の動きは、その調を規定する「トニックからのダイアトニック」、あるいは、そのコードの構成音を規定する「コード・スケール」をトレース(たどる、なぞる)することで、その内容を表現します。
また、完全4度の音程は上声が同度に保たれる場合、下声が下降する事で5度音程となり、上昇することで3度音程となります。その場合も以下のコード進行を生じます。F/C G7/Bの進行は、4度の不協和音程から減5度の不協和音程への進行なので、解決ではありませんが、ドミナント7thの特徴的な音程への滑らかな進行として志向性を持ちます。
CC/G F DC/G F/A (Am) EF/C G7/B
C四度進行 D四度進行、六度進行 E二度進行
逆に下声が同度に保たれる場合、上声が上昇する事で5度音程となります。
FC/G G F/C C
F五度進行 G五度進行
・コード進行を促す音程関係は、増4度(減5度)により強く現れます。増4度・減5度は、全音の三つ分の音程である事から、三全音(トライトーン)と呼ばれる、重く激しい不協和音程です。転回しても、呼び方は変わりますが、音程は変わりません。しかし、増4度・減5度は、解決の向きに違いがあります。
増4度の場合、上方の音が二度上昇し、下方の音は二度下降し、反行して6度音程へ解決し、
減5度の場合、下方の音が二度上昇し、上方の音が二度下降して、3度へ解決します。
これは、V7の三全音の動きとして捉えるとわかりやすいでしょう。
V7の3度(シ)と、7度(ファ)は、それぞれ、トニックの(ド)への上昇の導音、(ミ)への下降の導音として解決します。
G7 C G7 C G7 C
・7度は、下方の音が4度上昇し、上方の音は二度下降し、反行して3度音程へ解決するか、もしくは、上方の音の二度下降は変わららず、下方の音が、5度下降して、10度音程へ直行する事で解決します。長7度は鋭い不協和音程、短7度は重く鈍い不協和音程として響びきます。この場合も、V7の解決を考えると、各音の指向性がわかりやすくなります。ルートは四度進行(5度下降)をし、7度は、トニックの3度へ下降進行します。
G7 C G7 C G7 C (直行)
G7 C G7 C G7 C (直行)
7度音程は、転回すると2度、9度の音程となります。この場合も、V7のルート、7度の志向性と同じ動きで進行します。
G7/F C/E G7/F C/E
2度から3度への解決、9度から10度への解決は、コードの一部としての動きに関わって生じます。
以下譜例の@のような、メロディーとしての動きは、和音の上での「非和声音の解決」として、和音の一部(この場合CMの完全五度、G音)と一時的経過的に7度音程が生じてから和声音に吸収される形です。Aの場合は、コード進行の内声での動きによる、二度音程の解決です。二度から三度への解決ですが、この場合はG音が同度で保たれ、F音は上記の7度音程の動き、G7の7度からCMの3度への動きをしています。ニ声の単位では、バスのB音とテナーのF音は三全音(減四度)の解決をしています。和音の連結の中でのニ声の動きは、このように例外的な動きを持ちます。しかし、以下の場合だとF音は三全音の解決の一部であり、こういった例外的なニ声の動きでは、ニ声のうちいずれかが必ず他の声とのニ声の関係で、不協和音程の解決の動きをとっています。
@ C A C G7/B C
・もう一つの2度、9度音程は、7度の転回ではなく、ルートからの2度、9度です。非和声音、隣接音としての2度、9度は、同一のコード上では、ルート・8度に吸収されるか、3度、10度の音程へ解決します。また、テンションとしての9thは、四度進行をする場合、解決先のコードの5度へ順次下降して解決します。
G7.9 C Dm7.9 G7
増4度、減5度は、2度、7度の音程とあわせて、V7の性格を形作り、その両者の解決はトニックへの解決の動きとなります。導音が上下からトニックと、トニック・コードの性格を表す3度へ音階的に進行することは、音階の持つ志向性でもあり、音階の動きが帰結感を持つ働きと、不協和音程の解決が合わさって終止となります。あるいは、不協和音程が、音階に対して、順次進行と跳躍進行の動きを要求、もしくは規定します。終止は、調性音楽の最も大きな原動力です。また、このV-Tの終止の基本形の、ルート進行である四度進行が、コードの進行に最も多く用いられ強い進行感、帰結感をもたらすバスのラインとして定着しました。四度進行とその逆行である五度進行は、「強進行」と呼ばれます。
上記の不協和音程の解決の傾向は、終止と四度進行に限らず、全ての異なる機能和音(主要三和音と代理和音)同士の進行における内部の音程の原則となります。
これら不完全協和音程の連続による長・短の性格の変化、不協和音程の解決の進行感が主要三和音の進行の原型を形ります。この音程の動きを声の束の各々の関係に用いるのがクラシックの和声法の原理です。--こういった音程の動きの指向性を最初にまとめたものが、「ニ声の調性対位法 : ニ声の等時対位法 (とうじ:同じ音価の1:1の対位法)」です。前述の通り、古楽の末期の時代に調性の原理が確立し、これを独立したニ声(二つのメロディー)を基本とした線的な絡み合いで表現する音楽のスタイルが成立し、バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ等の「バロック期」には、この原理が技巧的・構造的につきつめられ、拡大され、一つの音楽的構造の頂点となりました。前述の通り、ジャズ・ポピュラーの場合でも、メロディーの動きとルート進行の関係、メロディーの動きとコード・トーンとの関係を見る時、このニ声の動きの法則性と傾向が基準となります。--
・和声とニ声の関係
ニ音とは、複数の音、また音程の最小単位です。和音は三音を最小単位とし、古典和声法では、原則的に、三和音のいずれかの構成音がオクターブで重複されることと、サブドミナントに6度の付加音を与える事、主にドミナントを7thの四和音とする事によって四声体となります。
「コード・メロディーのためのコード・フォーム」の章で前述した通り、二つの音は「音程関係」であり、三つ以上の音は、「関係」の「関係」を含む、「音程構造」となります。逆に言えば、三つ以上の音で構成される「音程構造」は、必ず一対一の「音程関係」を持ちます。
つまり、三声以上の和音、また三声、四声、五声・・・と構成音、もしくは声部が増えても、それぞれがニ声の関係を持つ事に変わりはありません。このニ声の「関係」が規定されて初めて、三声以上の「和音」の連結に方法論と法則性(パターン)が発生します。これが和声法です。
「完全協和音程・不完全協和音程を連続させない」「不協和音程の解決は一方に順次進行を持つ」「不完全協和音程のみ積極的に平行される」というニ声の「音程関係」の「規則」が、三声以上の「音程構造」へ応用され、和声となるわけです。
逆に、「ニ声」のみで「和音の進行」を表現するハーモニーは、この「和声」の「部分」としての動きをします。三声の和声は、四声の和声が確立される前段階に、既に「和音の進行」としての調性の性格を帯びていたもので、四声の基礎となったものです。つまり、三声は「和音の連結」としての「和声」の最小単位による構造です。
対位法、和声法で、完全協和音程が連続する事を「禁則」とするのは、各声部の独立した動きによって和声を形作るためですが、「完全音程の連続」が除外され、「不協和音程の解決」が条件とされるのは、同時に、「不協和音程は連続しない」という事である事にも注目してください。
つまり、各声の縦の重なりを、完全協和音程と不完全協和音程を基本とし、完全協和音程と不協和音程が連続しないならば、必然的に三声以上の声部は縦の関係で、和音を形成します。
三声の和音という音程構造、あるいは音の重なりの「単位」の概念自体は、古く紀元前から存在していましたが、三度堆積による和音がニ声の音程関係を基本として動くという規則性を付与されて、初めて「調性」あるいは「調性の和声」が成立したと言えます。
三和音という音響的な単位、協和音程、不完全協和音程、不協和音程の重なりが、メロディーの集合、束としての意味合いを帯び、同時に、和音の連結際の各声の動きが調性音楽のメロディーの軸の特性、原則となったわけです。
--*注釈:
「調性対位法」とは、この「進行する和音」の各構成音を軸として、「各々独立した”旋律対旋律”」の構造によって形作られるものです。ニ声の関係は、「音程関係」「音の向き・動き」を基準としますが、対位法では、さらに「各旋律のリズムの対比」によって、各声の独立性を与えます。二つ以上の旋律の動機の粗密(大きな・広いリズムと細かな・狭いリズム)を、対照的に、相互補完的に扱い、時に同じリズムで重ねる事で、楽曲の全体を構成するわけです。「旋律対旋律」の構造は、双方が「非和声音」を含むわけで、ここまで述べた「ニ声の動きの基準」は、その非和声音の「軸」となる和声音、あるいは「ハーモニック・リズム」に関する原則です。つまり、「旋律対旋律」の構造では、部分的には「非和声音 対 非和声音」「和声音 対 非和声音」等の組み合わせが、縦の和声的な構造だけでなく、「独立した横のライン」の要求に従って結果的に構成されますから、特に器楽曲の縦に切り取った二音の音程関係全てが、「等時の対位法」の原則に従うわけではありません。
こういった「旋律対旋律」の独立したリズムが構成する音程関係を「不等時対位法」と呼びます。しかし、不等時の対位法であっても、各旋律の軸となる和声音の進行、あるいはコードの変わり目での旋律の接続に於けるニ声の音程関係は、概ね禁則となる進行が避けられ、そうすることで複数の声部の独立性が確保され、複数の声部による「和声」に沿った旋律が重層的に形成されるわけです。また、ニ声以上、つまり三声・四声の「等時対位法」が「和声法」であり、三声・四声の「不等時対位法」のそれぞれの声部は、「和声」の構造を軸として、各々の声部が順次進行によって装飾される事で「旋律」としての性格を帯びます。その場合、基本的に最も「旋律」としての積極性を帯びるのが、ソプラノ、トップ・ノートとなります。「不等時対位法」の法則性は、「和声」的な視点から見るなら、「非和声音の解決」が”重なる”といった構造ですから、楽曲に実際に用いられる「和声」は、少なからず「不等時対位法」の構造を持ちます。
理論編A:で触れたように、不等時対位法・器楽の調性対位法の構造には、高度な動機の操作、二重三重に重なった、関係性を伴った動機の操作が要求されます。複数の動機の形の操作の一つの基準となったのが、「模倣(もほう:真似する事)」です。先に歌い出す旋律が、音形とリズムを「模倣」する旋律との関係で和声的な音程関係を形作る条件を満たすことで、あるいは、「模倣」する旋律が、先に歌い出す旋律に対して、和声的な音程関係の要求に従って変形される事で、カノンの構造が成立します。
この場合の「先に歌い出す旋律」、あるいは「中心的・積極的な旋律」を「主旋律」もしくは「定旋律」と呼び、「追いかける旋律」、あるいは「補助的・二義的な旋律」を「対旋律」と呼びます。カノンは、定旋律と対旋律が同じメロディーの形から、対旋律全体が定旋律の2度上のメロディーを歌う「二度のカノン」、3度上、4度上・・・と、音程音域を「ずらして」歌われる形、またニ声から三声、四声・・・の形に発展します。カノンは、「先に歌い出す旋律」を最初に規定し、「追いかける旋律」が重なり始める部分からは、「追いかける旋律」を基準に「ニ声の対位法、三声・四声の対位法」の書法によって、メロディーを重ね、この関係を交換して進んで行きます。特に「五度のカノン」の構造を用いて、形式的に拡大され整えられたものが「フーガ」です。また、「模倣」の手法を用いつつ、特に厳格な形式を規定しない自由で小さな対位法的楽曲が「インヴェンション」です。
「和音の進行」がパターンとして捉えられ、「伴奏と旋律」の構造にある意味で「単純化」された古典期以降の声部の扱いも、「模倣」の方法は生きていますし、伴奏のパートに積極的・旋律的性格を与える事も普通です。しかし、「カノン・フーガ」の形式は、「形式そのものが全体を決定する要素」、つまり「ルール」が非常に強い音楽で、扱いも難しく、結果的には古典期以降の器楽の表現の中心からは外れてゆきます。古典期以降、この「フーガ」の形式を、当時の和声的習慣の中に、より進歩した形で「再解釈・復興」したのが、モーツァルトでありベートーベンです。しかし、やはり「フーガ」そのものは、彼ら古典期以降の天才・巨匠にとっても、その表現形式の中心ではありません。
いずれにせよ、これらは「形式」の違いです。どの時代の音楽、形式であっても、調性音楽である以上は、「和声」を「動機を除外したリズム」、つまり「ハーモニック・リズム」に沿った各声の動きの基準、軸とするわけです。--
・和声法の禁則と原則
ニ声の「音程関係」が、三声以上の「音程構造」へと拡大されると、前述の「和音の連結の中でのニ声の例外的な動き」を生じます。音程構造が「関係の関係」としての二重・三重の関係性を持つからです。
詳しく後述しますが、「禁則」に関しても、ニ声の音程関係と三声以上の音程構造には、若干の違いを持ちます。少々ややこしいですが、例えば、「完全音程に至る直行」の場合、ニ声対位法では「一方が順次進行する場合」は禁則にあたりません。和声法の場合、「ソプラノが順次進行する場合の外声の完全音程への直行」は禁則にあたりませんが、「バスが順次進行でソプラノの跳躍進行」の「外声の完全音程に至る直行」は、禁則にあたります。
和声法で外声のソプラノの「跳躍」による8度5度の完全音程への直行のみが禁則とされる理由は、「完全音程への直行」が、「コードの連結において」、外声以外の関係では必然的に現れる音程の動きだからです。対して、「ソプラノの2度進行による外声の完全音程への直行」が禁則とされないのは、「完全音程の平行・直行」を避け、「各声を出来る限り近く進行させる事で、「メロディーとしての連続性を保つ」という、二つの要求の接点として現れる法則性です。
逆に言えば、「外声が完全音程の和音へ進行する際は、ソプラノを同音進行、順次進行とするか、外声を反行させる」ということでもあります。これらの条件は、どれも「順次進行による連続性」を含んだ進行と関わる動きとなります。つまり、「和声法の禁則」とは、各声の積極的な動き「独立性」と、各声の静的な動き、「連続性」の二つの要素に応えるための「消去法的な条件」であり、複数の声の複合的な動きの関係によって現れる概念・方法です。「ニ声の関係」が、三声以上の「和声」へ拡大されると、ニ声の禁則は、より具体的な形を帯び、「和音の連結」という拡大された単位の法則性を導き出します。平たく言えば、「和声の禁則」は、「和声の形」を見る聴く、経験すること以外では、その「なぜ」が理解出来ない性格のものです。
「どの声部であっても、5度、8度を平行させない。外声はソプラノの二度進行以外、8度、5度へ直行させない。」という和声法の「消去法的な原則」である「禁則」は、具体的なコードの連結において、以下の四つの条件となります。
1.同じ型のコードは連続させない
特に三和音は8度と5度の両方を持つので、同じ型のコードが連続して配置されれば、連続5度、連続8度の両方を生じます。また、8度を含まない四和音の場合でも、同じ型を連続させれば、連続5度を生じます。
C F C F G7 CM7
基本形の連続 5度型の連続 四和音の7度型の連続
また、連続8度は、バスをオクターブ下げて、外声の8度→15度→8度の反行としても連続8度です。同じく連続5度も、外声を12度→19度→12度としても連続5度です。
C F C C F C C Am C C Am C
3度型の連続 3度・10度型 ルート重複3度型の連続
2.外声の5度、8度への音程、つまりトップが5度、8度のコード・フォームへの進行は、ソプラノの二度進行か同音進行とし、外声を斜行、反行とするか、転回によって外声を同度に保つ事で、外声の完全音程の禁則が避けられる。
@ C Em A C F B C F CC F D C F
@ 外声の斜行で8度トップへ A ソプラノの順次進行で8度トップへ
B 外声の反行で8度トップへ C 後続を転回させ外声を同度 D ソプラノを同度の斜行で5度トップへ
E C G7 C F C G7 C G F G7 C
E ソプラノの順次進行で5度トップへ。反行で8度トップへ F 転回による反行で5度トップへ
G ソプラノの順次進行と転回、Fの三度バス配置から後続のG7の三度バス配置で5度トップへ
H F G7 C I F G7 C J F G C/G
H 転回による反行からソプラノの順次進行で8度トップへ I G7を転回する事で、Fからのバスとアルトの連続5度をを避け、Cへのバスとテナーの連続5度を避ける
J 反行でトップ8度へ。外声を同度。
K Em/G Am Em L G/B C G
K 8度トップから外声の反行で3度トップへの跳躍。3度トップから同じく外声の反行で8度トップへ。
それほど難しく考えなくても、以下の条件を満たす事で、オープン・ポジション基本コードを用いたコード進行の場合、自然と補われます。
3.外声は、バスは跳躍しても、ソプラノは出来る限り同度か二度進行をする(ソプラノの動きを最小限にする)。ソプラノが跳躍する場合は、オープン・ポジション基本コードの場合、6弦ルートの8度トップと、5弦ルートの3度トップの連結、あるいは、バスが同音進行する転回が可能な場合に限定する。
4.前後のコードの共通音を、同じ声部に保ち(連続させ)、各声を出来る限り近くへ進行させる事で、コード全体が跳躍する事を避ける
特にトップ・ノートの積極的な跳躍進行を与える場合には、上記の4つの「消去法な原則」に、以下の積極的な原則が加わります。
*同一のコードの型の変化、転回、トップ・ノートの分散(配置変化)によって、積極的なトップ・ノートの跳躍進行が可能になる。
@ A
上記Aでみるように、「コードの変わり目」は、やはり全ての声部が近い進行をするように配置します。
また、転回(和声音の”配置変化”)の動きの内部では、直行5度・8度の禁則は適応されませんが、やはりコードの変わり目、連結には禁則が適応されます。配置変化によって、特にトップ・ノート、上三声の音域が変化するので、後続する和音への連続性を増すために配置変化が用いられます。
あるいは、直接先行する五度型から、後続する3度バスへの連結も、トップ・ノートの跳躍を生み、他の声の動きも必ずしも禁則を生じません。しかし、異なるコードの連結は、トップ・ノートの動きが静的であるほうが、各声の連続性も高くなります。
トップ跳躍 トップ順次 トップ跳躍 トップ同音
@ 5度型 5度バス 3度バス A 3度バス
C F/C C F/A C Am C Am/C
上記譜例@の場合、C−F/Cの進行で、6弦ルート五度型のルート省略による五度バス配置のFへの連結です。上ニ声は直行3度、テナーの順次下降で、ソプラノとテナーが直行五度となっていますが、内声なので禁則にあたりません。しかし、トップ・ノートに順次進行を与える場合、結果的に上三声はより近く進行しますから、連続性の高い連結となります。
また、上三声がまとめて同方向へ動く場合、バスは斜行の「動かない音程」を保つか、上三声に対して「反行」することで、各声の動きにバランスをとります。
Aの場合は、C−Amのトップの跳躍で、上三声全てが跳躍しています。Amの外声は、反行によって到る完全五度です。この場合も、トップを同音進行とすることによって、共通音の保持と、各声部の近い進行を形作ります。つまり、オープン・ポジション基本コードを用いた、最も原則的なコードの連結に際しては、多くの場合、トップ・ノートの動きは同音・順次の進行となり、トップ・ノートの跳躍の可能性は限定されます。
二度進行は構成音全てが二度の関係にある和音の連結ですから、ルート進行と上三声が反行する配置が多用されます。また、二度進行では、下記譜例のように、二度上昇進行の場合のトップ・ノートの8度→5度、二度下降進行の場合のトップ・ノートの5度→8度の跳躍を、外声の反行によって与えることが可能です。
Am G F G F Em
上記譜例の二度進行では、上三声に[8度・3度]⇔[3度・5度]の三度平行のニ声の前後関係を持ち、これが転回されることで振り分けられている事に注目してください。--F-Gの進行では、Gのソプラノとテナーの完全5度が「直行」で現れていますが、これらは「一方が内声のニ声」ですから禁則からは除外され多用される動きです。後述します。--
これらの条件は、コードの各声が連続性を持ち、独立した「横の線=ライン=メロディー」として進行しつつ、和音の縦の響きを変化させるという和声法の要求に応えるためのものです。
上記の各音程の動きと、不協和音程の解決を、「禁則」を避けてコード進行の単位で、また2オクターブ以内のギターのコードで配置すると、オープン・ポジション基本コードのごく原則的な連結が形成されます。
@ C F/C G7/B C
@
コードのタイプの連結
|
C 3度型 |
F/C 5度型ルート省略 |
G7/B 3度バス配置 |
C 3度型 |
各声の動き
|
C-F/C 外声同度 アルト・テナー、3度並行 |
F/C-G7/B 外声反行して10度 テナー・バス、6度並行 |
G7/B-C 外声反行して8度 バス・アルト、増四度が反行して3度 |
A C F G7 C
A
コードのタイプの連結
|
C 5度型 |
F 3度型(10度型) |
G7 5度省略ルート重複 |
C 5度型 |
各声の動き
|
C-F 外声反行して8度 下ニ声反行して8度 |
F-G7 内声3度並行 外声斜行して7度 |
G7-C 外声反行して8度 上ニ声反行して3度 |
B C Em Am Dm G7 C
B
コードのタイプの連結
|
C 5度型 |
Em 3度型 |
Am ルート重複 |
Dm7 5度型 |
G7 5度省略ルート重複 |
C 5度型 |
各声の動き
|
C-Em 外声斜行して8度 アルト・バス、反行して5度 |
Em-Am 外声斜行して10度 内声3度並行 テナーはバスと反行して8度 |
Am-Dm 外声直行して10度 テナーは同度
|
Dm-G7 外声斜行して7度 内声3度並行 バスとテナーは直行8度(一方が内声なので可) |
G7-C 外声反行して8度 上ニ声反行して3度 バス・テナーは斜行で5度 |
C C Em Am Dm G/B C
Cコードのタイプの連結
|
C 5度型 |
Em 10度型 |
Am ルート重複 |
Dm7 5度型 |
G7 6弦ルート省略 3度バス 8度トップ |
C 5度型 |
各声の動き
|
C-Em 外声斜行して8度 アルト・バス、反行して5度 |
Em-Am 外声斜行して10度 内声3度並行 テナーはバスと反行して8度 |
Am-Dm 外声直行して10度 テナーは同度
|
Dm-G/B 外声反行 内声斜行して5度 |
G7/B-C ソプラノの跳躍 外声反行して10度 上ニ声直行して3度 バス・テナーは斜行で5度 |
上記の譜例で並行している音程は、3度と6度のみです。4度の不協和音程、7度の不協和音程の解決もセオリー通りになっています。
次に、バスのラインに注目してください。特にBのT−III−VI−II−V−Tの進行は、IIIm7から、ルート進行の積極的な跳躍による四度進行の典型(四度上昇、五度下降)を繰り返しています。対して、上三声の動きは静的です。同一の和音の配置変化、あるいはソプラノの跳躍進行は、「同一の和声音の分散」として、比較的自由になされますが、コードの変わり目には原則を保ちます。
こういったコードの配置、「上声の静的な連結と、ルート進行の積極的な跳躍のバランス」が、ルート進行を基本とするバスのラインのパターンを形作り、定着させて来たと言えます。ルート進行、あるいはコード進行は、四度進行を軸として、他の音程の進行を挟む、あるいは二度、三度系の進行は、四度進行を準備する性格を持ちます。
つまり、各不協和音程の解決の動きの原則と、完全音程に関する禁則が、調性、あるいは機能和音の進行のごく基本的な構造を形づくります。むしろ、「機能和音」そのものを形作ると言っても良いでしょう。
和声法とは、「消去法」的な側面を持ちます。「禁則」とは、必ずしも「禁じる」「否定する」という意味合いではなく、ほとんど無限にある音と音の縦と横の組み合わせの可能性から、消去法的に、調性と機能和音の基本的な連結、構造を形作るための条件です。ロー・ポジション基本コードを用いて和声法を実施する場合、上記の譜例の様にしか「配置出来ない」、逆に言えば、「基本的なコード進行が消去法的に形成される」という事です。
調性が成立してからは、器楽的・機械的な事情、演奏形態や技術的形態から、和声の規則と禁則は緩やかになってゆきますが、和音の内容(構成音)、機能、またルート進行、さらにコード上でのメロディーの動きの傾向は、調性音楽に一貫して保たれる内部構造となります。
・共通音
和音が連結する際には、両者の構成音に共通音を持つ場合が多く、これが同度で連続する際には滑らかな進行感をもたらします。また、他の声との対比で、「積極的な動きを引き立てる」役割を果たします。和声の基本は、「各声の独立した最小限の音の動きで、質的な響きの変化を持たせる事」と言えます。このため、前述の 4.前後のコードの共通音を、同じ声部に保ち(連続させ)各声を出来る限り近くへ進行させることが条件となります。
下記譜例は、共通音に注目し、横線でつないだものです。
@ A B
共通音を同じ配置(声部)で連続させ、他の声部も出来る限り近くへ進行させるなら、下記譜例Cのようにコードが同じ型で並行を連続させる事、かたまりのまま和音が同方向へ跳躍する連結にはなりません。三和音の同じ型のコードが連続すると、完全音程の連続を生じ、また5度、8度をトップとするコードがフォーム全体を跳躍させると、連続5度8度と、特に「ソプラノの跳躍進行による直行5度、8度の音程」を生じます。
C 連続5度8度 直行5度 直行8度
コード進行の前後の和声音の二度音程と同じく、共通音もメロディーにも影響を与えます。前後の和声音の共通音は、コード進行の積極性、変化の対照として、音程を変えずに異なるコード上を横断、縦断する静的な進行となります。メロディーは同音進行するわけですが、コードにとっての位置関係が変化し、響きの意味合いを変化、進行させるわけです。
また、前後のコードの共通音は、双方にとって安定した音として、コードの変わり目に、メロディーの大きな跳躍の足場となる可能性を持ちます。
・直行による外声の完全音程の禁則
「ソプラノの跳躍進行による直行で外声が完全音程に至る」事が禁則とされ、「ソプラノの順次進行による直行で外声が完全音程に至る」事は禁則とされない、というのは、少々「ややこしい」事かもしれません。
これは、「平行5度、平行8度」が「ニ声が一体となって動くために独立性を持たない」という、「ニ声を基準とした完全音程の”連続”」とは事情の異なるものです。前述の通り、ニ声の跳躍による「直行5度」「直行8度」が禁則とされるのは、これらの一体感の強い音程へ、ニ声が同方向への進行という「独立性の弱い進行」、跳躍という、「連続性の弱い進行」によって「至る」ことを嫌うためです。
また、ニ声の調性対位法の場合、「一方の声が順次進行する場合の完全音程への直行」は禁則とはされませんが、和声法では、外声にのみ、ソプラノ・バスの両声の跳躍進行による完全音程への直行「のみ」が禁則とされます。つまり、これは和声の中でのいくつかの積極的な原則と消極的な原則の絡み合いの結果あらわれる「禁則」と「非禁則」です。前述の通り、最も基本的・原則的な和音の連結は、「ルート進行は積極的な跳躍進行」を担い、ソプラノの動きは「静的な同音進行、順次進行」が担うという和声の性格を根拠とします。
「ソプラノの跳躍進行による直行で外声が完全音程に至る」場合の各声の配置と、それを避ける、つまり「ソプラノの順次進行による直行」か、「外声の斜行・反行」によって外声が完全音程に至る場合の各声の配置を比較してみましょう。
下記譜例@AB全て、A.はソプラノの跳躍進行による直行で外声が完全5度、完全8度に至る場合です。
@
A. B. C.
@のA.は、Cの5度型からFの3度型ルート重複への進行です。トップの完全5度への跳躍による、外声の直行5度となります。前述の「共通音の保持」が無く、また、全ての声が同方向へ動き、テナーを除いた三声が跳躍進行しています。各声の独立性に乏しい響きとなります。
そこで、B.のように、後続するFは、完全5度は同音進行とする事で共通音を保持し、結果的に「外声の反行による完全8度」とすれば、各声は近く、二つの反行を持ち、かつルート進行は積極的で、各声の独立性が保たれます。
C.の場合は、先行するCのフォームを基本形として配置する事で、Fの3度型ルート重複への、ソプラノの同音進行によって外声の斜行を作っています。この場合も、下ニ声は反行となり、また内声のニ声は三度の順次平行によって、滑らかな連続性を持ちます。
A
A. B. C.
上記譜例Aの場合、A.は、Fの基本形から、Gの3度型ルート重複への進行、やはりソプラノの跳躍による外声の直行5度です。F−Gの2度進行の場合、F−G7とする事で、G7の短7度を、Fの8度からの同音進行とすれば、各声の連続性、独立性両方が保たれます。このように、G7の7度は、Gの三和音の8度から変化するか、先行するFの8度からの同音進行によって「準備」される事が原則となります。--四和音に関しては、概論2.で詳しく後述します。--
C.の場合、ソプラノが跳躍進行して完全5度に至っているわけですが、先行するFを、3度型ルート重複とすることで、「外声の反行」を作っています。前述の通り、二度進行の場合、こういった「外声の反行」によるソプラノの積極的な跳躍進行の可能性を持ちます。また、上ニ声は直行で3度音程へ、中ニ声は3度の平行、下ニ声は反行で完全8度へ至っています。
B
A. B. C.
Bは、G7の5度バス配置からCへの進行です。A.は、G7の7度がCの8度へ跳躍進行しているため、そもそもの「7度音程の解決」に沿っていません。V7の7度は、Tの3度へ半音下降進行する事が原則ですから、この7度から3度への解決の動きは、どの声部に置かれた場合でも半音下降進行として配置されます。B.の場合ソプラノの動き、C.の場合テナーの動きです。
また、四度進行の場合の、後続する完全8度音程は、先行する和音の構成音にとって、必ず2度音程を持ちます。Cの8度のCは、G7の3度のB,5度のDと2度音程です。そこで、この8度音程が後続するコードのソプラノとして配置される場合は、半ば必然的に、D音→C音、B音→C音いずれかの動きを伴うわけですが、特にV7の解決の場合、このV7長三度は、トニックの8度への「導音」として用いられる事に限定されます。こういったV7の7度からTの3度へ、V7の長3度からTの8度への動きは、トライトーンの解決と一致し、これらのニ声の動きの規則性は、特に「限定進行」と呼ばれます。実際の楽曲では必ずしも「限定進行」の規則が守られるわけではありませんが、いわば統計的に、圧倒的にこの動きが用いられる事は確かです。
C.は、「限定進行」に従って、また、ソプラノの順次進行によって、Cの外声の8度へ至る例です。この場合、先行するV7は、後続するCの基本形の8度重複への進行を基準に配置されるという性格を持ちます。和声法とは、「前後関係」によって規定、あるいは配置の変化が要求されるという性格を持ちます。
下記譜例は、C|F|G G7|C を、ソプラノに完全音程を持たせた進行です。上記の禁則を避けたB.C.の配置を組み合わせています。下ニ声、外声に反行を多用する一例です。
C F G G7 G7/B C
上記譜例のG7は、7度の音程を、先行するサブドミナントの8度からの引継ぎではなく、同一の和音の8度からの順次進行によって導き出し、さらに「配置変化」によって、G7/Bのフォームからトニックの外声の8度への反行を形作っています。四和音の7度の音程は緊張の強い音程であり、また三和音を主体とする和声では、ある種異質な響きであるため、「先行するサブ・ドミナントからの同音進行による引継ぎ」か「8度からの順次進行」によって「予備」されるわけです。--四和音の7度の予備については後述します。--
以上、結局の所、「各コードの連結に可能な二度進行と同音進行」が優先され、同時に、「全ての声部が同方向の跳躍となりやすい」、ソプラノの跳躍進行による外声の完全音程への直行が避けられているわけです。そういうわけで、ソプラノの跳躍進行による外声の完全音程への直行とは、二重の意味での「消去法」、あるいは、「結果論」的な禁則と言えるでしょう。
前述の通り、直行の禁則が、「外声」にのみ適応されるのは、「一方が内声の直行5度・8度」が、コードの連結において、避けきれないものであることが理由です。オープン・ポジション基本コードでは、ルートを持つ三和音の四声体が「完全音程」を持つ声部の可能性は、外声か下ニ声のみです。特に四度進行の下ニ声が8度のフォームへの進行と、その逆行に、完全8度への直行の可能性を持ちます。以下譜例の場合、Dm−G7の下ニ声に下降の直行8度、Em−Amの下ニ声に上昇の直行8度が生じています。
いずれの場合も、バス・アルトの上声であるアルトは順次進行であり、ニ声の対位法でも禁則にあたりません。そもそも、最も基本的なコードの連結では、下ニ声に直行の8度、5度が現れる可能性も限られます。先に見たとおり、基礎的な和音の連結では、最も積極的に跳躍するのは「ルート進行」であり、上三声は静的、つまり順次進行・同音進行が中心です。アルトは上三声に含まれるわけで、アルトが同音進行の場合は、当然バス・アルトのニ声は斜行となります。
また下ニ声には反行も多用されます。下ニ声が平行すると、同型のコードの連続となるわけですから、かならず3度、5度、8度の三つの音程の前後関係の組み合わせとなるからです。アルトが同音進行では無い場合、上記のアルトの順次進行による直行以外は、下ニ声は全て反行となります。
・コードの変わり目での和声音の動きとメロディー
コードの連結に際して共通音は同じ声部に保たれ、二度音程は順次進行をするという傾向は、調性音楽のメロディーにも決定的な傾向を与えます。調性音楽では、コードの変わり目のメロディーの動きも、コード進行の響きを表す要素となります。コードの上でのメロディーとは、第一に、「一つのコードの上でのメロディーの動き」、つまり和声音を軸とする動き、第二に、「コードの変わり目でのメロディーの動き」です。これらは、「コードの構成音(和声音)」と、「コードの構成音同士の連結」という和声法に既に内包されている要素です。
つまり、「一つのコードの上でのメロディーの動き」の最も基本的なものは、コードの構成音の一音の持続、「コードのトップ・ノート」であり、このコードが進行すれば、「トップ・ノート同士の連結」による、「コードの変わり目でのメロディーの動き」を生じます。
また、「一つのコードの上でのメロディーの動き」は、「そのコードの構成音のみのメロディー」である場合は、「分散和音」です。音階的な順次進行は、この和音の構成音を連続性の強い二度音程で「飾る」か、「つなぐ」働きをします。これが「非和声音」の動きです。--2章.非和声音とメロディーで詳しく述べます。--
メロディーの動きは「同音進行」、「跳躍進行」と「順次進行」に分けられますから、コード進行の変わり目でのメロディーの動きも、同度進行、跳躍進行、順次進行の三つに大別出来ます。
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順次進行 |
全音・半音上昇 |
全音・半音下降 |
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跳躍進行 |
長・短3度上昇 短・長6度下降 |
長・短3度下降 短・長6度上昇 |
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完全5度上昇 完全4度下降 |
完全5度下降 完全4度上昇 |
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減5度上昇 増4度下降 |
減5度下降 増4度上昇 |
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短7度下降 長7度下降 |
短7度上昇 長7度上昇 |
順次進行は順次の上下、半音・全音の上下であり、細分化しても4種類ですが、上記の通り、跳躍進行には、3度・6度、5度・4度、減5度と増4度、7度の四種類がそれぞれ長短、増減の音程によって計20の可能性を持ちます。しかし、実際の調性音楽の楽曲のコードの変わり目の同音進行を除いたメロディーの動きには、「順次進行と跳躍進行」と二つに分ける事が可能なほど、順次進行が用いられる事が多いのです。これは「前後のコードの共通音を、同じ声部に保ち(連続させ)各声を「出来る限り近くへ進行させる=順次進行させる」事で、コード全体が跳躍する事を避ける」という「和声法の原則」が、あるいはその「感覚・習慣」が、メロディーに与えている傾向であると言えます。
また、「完全音程へ至る直行」の禁則が、「ソプラノが順次進行する場合は除外される」ということは、和音のトップ・ノートの「コードの変わり目での動き」とも関わります。直行の禁則が、調性音楽のコードの変わり目の動きに制約を与え、「コードの変わり目の順次進行が多用される形」を促しているとは必ずしも言えませんが、しかし、特にルートからの完全5度と8度が、コードの変わり目の1拍目に現れる場合、「順次進行で5度・8度に至る」というパターンが多いのも事実です。
これは、古典期からの西洋音楽の和声の動きの「禁則」に無頓着な、もしくは、全く無視された和音の連結を用いる、「ロック」、「フォーク」等の音楽であっても、「コードとメロディーの関係」において厳然と存在する法則性です。--後述しますが、コードの扱いとしての「和声」は、時代に伴って変化、発展してきたものです。しかし、「調性」という法則性が成立してからは、この「コードとメロディーの関係」は、400年間、基本的に変わっていません。--
また、コードの変わり目での跳躍進行は、上記の全ての可能性を持ちますが、「前後の和声音同士の進行」が原則的なパターンです。コードの変わり目での跳躍進行は、コード進行の積極性をやはり積極的な横の進行である跳躍進行によって表現します。このコードの変わり目での順次進行と跳躍進行のバランスが、いわば「整ったメロディー」の条件であると言えるでしょう。
コードの上でのメロディーの性格は、「非和声音とメロディー」の章に詳しく述べます。またメロディーの分析は最後の章で詳しく行いますが、次節で和声の実際の用いられ方の歴史とコードと、メロディーの原則的な関係を見てみましょう。
・機能和声の歴史と形
和声法が器楽で実際にどう扱われて来たかを、大まかに、いくつかの実例から見てみましょう。
古楽の時代に調性の基本的な姿が成立し、これをより厳密なパターンとして完成させたバロック時代は、複数のメロディーが絡み合ってその音程関係によって和声を表現する、「調性対位法」が主な様式です。以下はバッハのメヌエット(一説には、バッハの妻のマルガリータ・バッハの作曲とされる。)です。ちなみに、メヌエットとはフランスの三拍子の舞曲(ダンス・ミュージック)で、バッハ当時ではいわゆる宮廷舞曲の一つです。原曲はクラヴィア(当時の鍵盤楽器)です。装飾音を取り除いていますが、原曲よりオクターブ低いだけで、内容は同一です。
冒頭のトニックの三和音(+メロディー)以外はニ声によってコード進行を表現しています。こういった「複数の旋律によって和声・調性を表現する声部の形式」を、多旋律的(Polyphonic=ポリフォニック)と呼びます。
G (G/A) G/B C G/B
D G B D G B G B G
Am G D(7) G/B G D(7)
B G B G B G B D
○で囲んだ数字はコード・トーンです。上声のメロディーはコード・トーンを軸として動き、ニ声がコード進行に際して転回によって外声に6度を多く用いて連続・直行の8度、5度を避けている点に注目してください。メロディーの大きな跳躍は、「和声音から和声音」への動きです。また、和声音と和声音を音階的に「つなぐ」非和声音を経過音と呼びます。例えば、8度 (2度) 3度 (4度)|5度 と、次のコードの和声音への音階的な順次進行も経過音です。また、5小節目のように、3度 (4度) 3度と、やはり順次進行で和声音に挟まれて揺らぐ非和声音は、縫う(ぬう)動きになぞらえて「刺繍音」、もしくは「補助音」と呼びます。--こういった非和声音の動きも全てパターンがあるので、「非和声音とメロディー」の章で詳しく述べます。--
1小節目のG/Aの和音は、G-G/Bへの「経過音」です。コードの低音に相当するバスのラインもメロディーとして動く場合に、こういった経過的、一時的な分数和音を生じますが、こういった和音の「形」を「偶成和音」(偶然成立する和音)と呼びます。コードとメロディーとの関係で考える場合は、単純にメロディーの動きは分子のコードを基準とすると考えてください。
コードとメロディーの関係を分析する際には、メロディーがそのコードにとっての何度であるかに注目します。そうすると、例えば1小節と3小節のメロディーが5度から8度へ跳躍して逆方向の順次進行をする形、3度から8度へ跳躍して同じく逆方向の順次進行をする形であること、また、2小節と4小節の和声音によるリズムの形の類似性や、5小節、6小節のメロディーが各々のコードにとって全く同一の度数である事等が、「コードとの関係性」の中で、はっきりと見えてきます。--さらに、動機の形は、4分音譜から8分音符の順次進行と、三つの4分音符ですが、このフレーズのグルーピングは、8分音譜の順次進行と小節線をまたいだ4分音符のアウフタクトです。前半の4小節が上昇傾向、後半が下降傾向の動きに統一されている事も見逃せません。--
また、小節線(コードの変わり目)が順次進行で結ばれる形(1〜2小節、3〜4小節、5〜6、7〜8小節)と跳躍で結ばれる形(2〜3小節、4〜5小節)にも注目してください。コードの変わり目が跳躍進行で結ばれる場合も和声音から次のコードの和声音です。特に2〜3小節目のソ-ミの長6度の大きな跳躍は、前後の和音の共通音であるG音を跳躍の足場としています。また、4〜5小節目のソ−ドの跳躍は、Gの8度、最も安定した音を跳躍の足場とし、四度進行しています。四度進行はその進行感の強さから、ルート進行に用いられるだけでなく、メロディーの跳躍にも多く用いられます。
小節線が跳躍で結ばれる場合でも、以下のように、1拍目から1拍目に順次進行が隠されている事に注目してください。
G/B | C |の進行で、Gの5度のD音、Cの3度E音が順次進行でつながれています。2小節目のG/Bのコード上でのメロディーの動きは、5度 3度の分散和音です。こういった分散和音のメロディーは、要は「和音の構成音が分散されている」わけですから、小節線をまたぐ、コードの変り目では、やはり和声法の「和音の連結」全体が「分散」されているわけです。この場合、G/Bの外声のD音、B音は、メロディーとしてのコードのトップ・ノートと転回によるベース・ラインであり、G/Bの2、3拍のG音は、3拍子のリズムをコード・トーンで補っています。2、3拍目にリズムの補いとしてコード・トーンが打たれる形は、この楽曲全体で用いられる動機に通じる性格です。
1小節目のバス(下声)のG-Aの動きは、トニックのGの三度バス配置への順次進行のラインですが、結果的に三度を省略したD7(V7)でもあります。また、G/Bは、IVのCのルート、IImのAのルートへの滑らかな順次進行を持たせるための動きです。
各1拍目にコードの響きを最小限のニ声で現し、上声はコード・トーンを順次進行でつなぐメロディーとして動き、他の和声音を補填する形で表現し、下声はルート、もしくは転回のバスのラインとして緩やかなメロディーを形作っています。最後のニ小節は、下声が動きを徐々に細かくして上声の動機(リズム)を模倣する形です。この楽曲では、上声が「主旋律」的に動きますが、バロック期の音楽はニ声を基本としてメロディーのリズム、形を模倣しあう非常に厳格で複雑なスタイル(カノンやフーガ)を完成させます。
上記の楽曲の和音の進行を四声体として整えると以下のようになります。転回によるバスの順次進行のライン化により各コードの連結が滑らかになっています。つまり、ニ声の楽曲であっても下記のようなハーモニック・リズムと和声を想定して書かれているのが調性対位法の特徴です。機能和音の基本的な進行と転回による和声法はこの時代に確定し、和音の連結を各声の独立性を持った動きとして捉え、その構造を発展させて行きます。
G G/A G/B C G/B Am G D G D7/A
--上記譜例で、7〜8小節目のGからD7/Aの上三声、Gの(G B D)からD7の(F# A C)は、三和音が並行し、「並行五度」を生じているかのようですが、F# Cは減5度です。前述の通り、「完全5度と減5度の並行」は、5度の並行ではありますが、完全5度の並行ではないので、禁則にあたりません。--
・下記譜例は、同じくバッハの平均律クラヴィーア第一番の前奏曲の冒頭8小節です。--クラヴィーア(鍵盤楽器の総称。この曲集の場合、チェンバロ。)上記の場合はニ声の楽曲から和音の進行を抽出しましたが、この楽曲は五声体の和声を分散和音とするものです。原曲通りの内容とするため、ギターでは少々複雑なフォームとなる所もありますが響きを確かめて下さい。
この楽曲の場合、ペダル・トーン(トニック音やドミナント音を主にバスとして配置して、その上に他の機能和音が乗る形)によってバスを緩やかに動かしつつ、分散和音の細かいパルス的な表現でコード進行を表現しています。実に単純な分散和音の形ですが、非常に美しく、かつ適度な緊張感の密度を持続させています。
こういった楽曲は、声楽の和声によって確定した四声の構造、内容を、ピアノ(当時はクラヴィア)という楽器・道具によって初めて可能な広い音域の軽快な動きや、息継ぎを必要としない密度の濃い動きへと発展させたという意味合いを持ちます。和声の基本は四声体ですが、大まかに見れば以下のような楽曲は「五声の和声」を「ニ声のメロディー」で表現したものであると言って良いでしょう。ルートと転回のバスを担当する二分音譜と、細かいパルス的な表現を担当するメロディーの二元化がなされています。
C Dm/C G7/B
C Am D7/C
G C 〜(原曲はCM7:後述)
この楽曲の場合五声体の分散和音ですから、コード進行をフォームとして抽出して整えると以下の様になります。各声の最小限の動きによる、三度の並行、前後の和音の共通音が同じ声部に保たれている形等に注目してください。
C Dm/C G7/B C Am D7/C G/B C 〜
また、上記のDm/Cは、構成音としてはDm7であり、IIm7です。こういった四和音の用い方は、この時代に、非常に緻密に計算された形で成立しています。また、「器楽曲」、あるいは器楽による「伴奏的」な和声には、原則的に「四度進行」か、「四度進行に関連する進行」で、好んで用いられます。和声法での四和音の論理的な意味合い、連結の方法に関しては、概論2: に詳しく述べます。
・時代が進み、バッハの次の世代には古典期に入ります。以下の譜例は、モーツァルトのピアノ・ソナタです。古典期では、バロック期に成立確定した調性と和声が、型としての和音として定着し、鍵盤楽器では左手が「伴奏」としてのコード進行を担うようになります。つまり、メロディーとメロディーの絡み合いの対位法の様式から、「伴奏」と「主旋律」という二元化がなされるわけです。この型・形としての和音の進行の上で、メロディーはより自由に、音域を広く軽快に動くようになります。
C G7/D C F C G7/B C
また、「伴奏と主旋律の二元化」とは、必ずしも「伴奏は単純な和音や分散和音」と決まっているわけでもありません。古典期の一時期に、非常に単純な伴奏のパターンが、ある種「流行」しますが、「独立した声部の絡み合い」という対位法の概念は当然受け継がれています。なので、「伴奏のパート」が「対位法」を基準として、旋律的(メロディックで細かい動き)な形を与えられる場合もありますし、バロック期より若干複雑、あるいはあいまいな複数の声の動きの関係も生まれます。しかし、この時代に「伴奏と旋律の二元化」が習慣的に成立し、この時代の「響き」の全体像を担ったことも間違いありません。
和声という各声の独立性によるハーモニーの変化が、「コード」という単位、型の連結として整理され、ある種の「単純化」がなされる事で、そこから分離された「旋律」が、自由を得たという構図です。こういった構造を、「多旋律的=Polyphonic」に対して、「単声旋律的=Homophonic : ホモフォニック」と呼びます。一つの旋律が、「和声の響き」の中から、明らかに、歌的にも、器楽的にも「主人公」的な明確な中心となり、前面に出てくる構造です。--この場合の「ホモフォニー:単声旋律」とは、あくまで「和声・調性」の音組織の中での、「主旋律」という「旋律の主従関係」の構図をさすもので、旋法や和声を伴わない単旋律(モノフォニー)の事ではありませんから注意してください。--
--「古楽・初期音楽」の”末期”、つまり「ルネサンス時代」とバロック期の音楽の質には、非常に強い連続性と共通性がありますが、「バロック期と古典期の音楽」は、今でいえば「ジャンルが違う」という位の響き・構造・形式の違いを持ちます。一般的に、「歴史」上、時代を経る毎に、人間の技術や方法は「複雑化」する、「発展」するものと捉えられがちなものです。しかし、逆に、非常に綿密・精密な方法や組織が、一つ一つ必然性を持って用いられていた時代から、それらが「単純化・二元化」あるいは「記号化」がなされる事で、より平易・容易なパターンの組み上げを可能とするというのも、人間の文化の歴史の一つの側面でしょう。既に記号化された、単純化された組織・方法に慣れた者にとっては、この「記号化」の内部にある「なぜ」、つまり、必然性や法則性を根拠に精密に組み上げる組織は、「複雑」に感じられるものです。
今・現在の音感・習慣をもっている今・現在の人間が、過去に「共有された」方法、形を、時代を追ってたどる事、あるいは「さかのぼる」事が、現在の音感・習慣の位置と構造を確認し、また方法や習慣の内側にある「なぜ」を、より深く、自覚的に手に入れる唯一の方法でもあります。普段疑問とも思わないけれど、「なぜ」この「習慣・方法」が妥当なのか、これがどこまで確かで、どこまで変えてゆける、どこまで応用できるものなのか、といったことは、その内部にある構造が、時代を経て、何らかの必然的な発展をたどっているという事を理解する事で「方法」とされるものでしょう。
また、前述の通り、古典期の和声も、バロック期の対位法からの連続性を失ってはいませんから、一時的・部分的転調を含めた和音の進行のバリエーションに対応して、より進歩した対位法の様式も生まれます。ここで紹介している「各時代の和声」は、各時代の習慣と性格が明確に現れた一例、全体像のほんの一部ですから、各時代の様々な作品に実際に触れ、「分析」するようにして下さい。--
この左手の分散和音による伴奏は、「オスティナート」と呼ばれるパターンです。オスティナートは主に1オクターブ以内の和音で、低音を強拍に置く分散和音として型としてこの時代に定着します。下記譜例はギターに編曲したものです。鍵盤楽器では、低音が左手の分散和音、高音のメロディーが右手によるものです。ポピュラー音楽で用いられる、「パターンのはっきりしたベース・ライン」や「分散和音の形」も、「オスティナート」と呼びます。
C G7/D C F C G7/B C
ギター譜は実音よりオクターブ下げですから、上記のような編曲の場合、実音より全体が1オクターブ低くなります。またピアノ曲をギターにそのまま編曲するのは楽器の機能的に無理が生じますが、古典期のオーソドックスな伴奏の和音とメロディーの関係と響きを確かめて下さい。
C G7 C F C G/B C
この楽曲のオスティナートを四声体にすると上記のようになります。
上記の伴奏の和音は、やはり原則的な和声によって組み上げられています。各声の近い・静的な連結と、完全音程の連続・直行が避けられた構造です。しかし、「ホモフォニック」の構造での、「伴奏の和声」は、特に鍵盤楽器のように「和音の連結」が容易な楽器、かつ「音響的・器楽の技術的」にも、「響き・音の厚み」をコントロールする事が容易な楽器の場合、必ずしも「多旋律=ポリフォニック」の構造が志向した、「各声の独立性・連続性」には縛られません。特に、器楽的・音響的に、一つのラインを強化する、「オクターブの重音」等は、二つまとめて一つの「ライン」として扱われます。こういった場合の重音に関しては、「一つの声」として扱うため、「和音の構成音の一部としての”声”」としての禁則からは除外されます。
こういった、「器楽的な自由度」「響きの物理的な濃淡の選択」によって、「和音の数・メロディーの数」、あるいは「全体の声部の数」が、増えたり減ったりする事は、合唱形式の和声との大きな違いです。合唱形式の四声は、あるパートが休符になる事で、部分的に三声以下となることはあっても、五声・六声・・・と「増える」事はありません。各パートが「独立」しているとは、そのパートが担う旋律が、統一性・同一性を最後まで保つという事でもあるからです。
また、同型の三和音の連続によって生じる並行5度等の「禁則」は、伴奏の和音の連結には、所々で見られるものです。前述の通り、「和声法の禁則」は、調性・和声のごく基本的な構造を形作るための「消去法的な原則」です。器楽としての性格から、また、「型」として成立し、いわば「独立」したコードの性格が自覚されてからは、実際の楽曲には場合によっては「禁則」はこだわりなく用いられます。
しかし、これは必ずしも、「伴奏の和声には禁則が全く配慮されない」ということでもなく、あくまで程度の問題です。上記のような「原則的な和声法」に従った声部の組み立てが基本とされ、間違っても下記のような同型のフォームの連結、フォーク・ギターのオープン・ポジション基本コードの連結やロックの「5度コード」等々の、ある種「機械的・記号的」な連結が多用されるという事はありません。
C G C F C G C
先に、伴奏の和音を四声体として配置しましたが、古典期の鍵盤での伴奏の和音は、オスティナートの分散和音をハーモニック・リズムに従って同時的な和音とするなら、下記に見るようにメロディーと完全に対となって三声の密集和音の形となります。これは、下記のような全音符の同時的な和音の形として鳴らす場合、左手一本で弾ける範囲が、通常オクターブ以内、広くて10度までだからです。また、ホモフォニーでは、伴奏の和音とメロディーは「四声で一つの和音」を形づくるのではなく、「三声の和音」と「メロディー」として分離するわけなので、3小節目以降のようにコードとメロディーの音域が遠く離れる形も習慣的になります。
C G7/D C F C G/B C
G B D B 4 DG B B G G F 6 B
メロディーの形に注目すると、1小節目は8度、3度、5度の分散和音、2小節目はG7の3度から5度への動きを経てCの8度へ、2小節目から3小節目にかけて大きな跳躍をして、Fの3度・・・と、やはり跳躍進行は和声音から和声音への動きです。2小節の単位の動機(メロディーのリズム、形)を変形させている事にも注目してください。コードの変わり目に大きな跳躍を多用させる事は、古典期からのメロディーの特性です。大抵は動機の区切りに用いられ、同時に、コード進行の変化を大胆に派手に演出します。バロック期のメロディーの特性は、細かく小さな単位の動機を模倣しあい絡み合う複雑な形ですが、古典期からは比較的大きなメロディーが軽快に、派手に動く「うた」的なテーマ(主題)を変形発展させる形に移行します。また器楽ではこういった「うた」的なテーマの後、器楽的技巧的な音階、分散和音のフレーズを楽しみ、楽曲の展開を持たせるパターンとなります。
--ちなみに、ソナタとは形式(ソナタ形式は、主題の提示部-展開部-再現部に、イントロとアウトロ=コーダが加わる形式。連続性を持ちつつ独立した複数の楽曲をまとめた、いわゆる「組曲」的な「ソナタ」は、バロック期からの伝統です。バロック期では主にヨーロッパ各地方の舞曲・舞踏曲に、前奏曲とフーガを加えたもの。古典期では、3部か4部の「楽章」の集合となり、主に第一楽章に、比較的軽快なテンポのソナタ形式の楽曲を持ちます。)が違いますが、いわゆる「主題と変奏:変奏曲」のスタイルでは、多くの場合歌曲のメロディーを主題として、そのメロディーの装飾やコード進行に沿った器楽的フレーズの技巧を楽しむパターンです。この「変奏」の要素は、アドリブと通じるものです。楽曲のテーマ「うた」との一貫性のあるアドリブには、変奏の要素があります。--
こういった派手な跳躍を持つ場合でも、巧妙に順次進行を内包しています。やはり2小節の単位で、ド-シ-ドの動き、ラ-ソの動きを強拍に与えているわけです。
下記はモーツアルトより少し後の時代に活躍したクーラウのソナチネです。ソナチネとは、「小さな(規模の)ソナタ」といった意味です。全音符で記した三声の伴奏の和声は前述のモーツァルトのソナタのオスティナートの形と全く同一です。メロディーの形も類似しています。以下譜例のように、メロディーと伴奏の和音のトップがオクターブ以上離れることも珍しくありません。3、4、5小節目は開放弦をレ、ソに充てれば和音とメロディーを同時的に奏でる事も可能ですが、全体的にギターでこのまま独奏するには無理がある音の配置です。コードとメロディーを別に弾いて響きを確かめて下さい。
--そもそも、楽器の機械的な構造の違いから、和声的な配置に限らず、メロディーとコードの関係、有効な音形や音の保持・・・等々、鍵盤楽器の内容をそのままギターに編曲する事は、ほとんどの場合不可能です。器楽的な編曲とは、原曲の和声と複数の旋律の関係性のエッセンスを抽出し、その楽器にとって最も有効な響きへと再構築する、積極的な作業を必要とします。--
C C C G7/D G7/B C
・ロマン派の時代にはピアノに新機能としてダンパー・ペダル(キーボードのサスティーン・ペダル)が付加され、コードのオクターブ下のバスを鳴らしてからこれを持続させつつ上三声を弾くといった分散和音(簡単に言うと、ダンパー・ペダルを踏んでいる間は、弾いた音が「鳴らしっぱなし」になるわけです。)が可能になり、分散和音の音域が広がります。
以下譜例は、ショパンのノクターン二番をギター編曲したものです。メロディーの装飾音を省略し、伴奏の和声のアルペジオも少々単純化していますが、古典派の和音との違いを確認してください。また、伴奏の和音は原曲の音域と同じですが、メロディーはオクターブ下げです。ギターでピアノ曲を編曲する場合、コードの上声とメロディーをオクターブ以上離して配置する事は楽器の機能上原則的に不可能なので、コードとメロディーが密集した配置となります。これはギターの楽器としての特徴でもあります。
しかし、鍵盤楽器の伴奏の和音の響きの性格は、古典期の密集形の三和音より、ギターの和音の響きに近づきます。ギターの和音は6弦ルートの場合、外声が2オクターブとなり、バスを開放弦とする場合、より音域が広くなります。音域の広い和音の組み立てにおいて、当時のギター音楽が鍵盤楽器に与えた影響は小さくありません。
--ちなみに、「ノクターン: 夜想曲」は、ゆるやかで音域の広いアルペジオの上に感傷的で甘いメロディーが動くスタイルで、ジョン・フィールド(1782-1837)というピアニストが創始者です。このジョン・フィールドは、ダンパー・ペダルの機能が付与された最初期のピアノを用いて、いわば「ペダル奏法」を広めた人でもあります。その活動には、一説には、当時のピアノ製作会社の宣伝の意図もあったようです。ショパンの夜想曲はフィールドの夜想曲から影響を受けたもので、「ほとんど同じメロディー」の曲も見受けられるほどです。--
E B7.b9/E E EM7/D# C#7 C#7.b9/F# F#m

ロマン派では、コード進行のパターンも増え、コードにテンションが加えられはじめ、分数和音の形も発展し、古典期より深い、中間的な色彩を帯びる事になります。以下はコード進行を四声体に抽出したものです。トニックのペダル・トーンの上でのV7.b9、TM7の長7度のバス配置、またC#7.b9/F#は、ルート省略しており、要はF#Dim7(II Dim7)のディミニッシュ代理ですから、T V7.b9/T T T/VII |VI7 II Dim7 IIm|という進行です。
E B7.b9/E E EM7/D# C#7 C#7.b9/F# F#m

B7 E B7/E E EM7/D# C#7 C#7b9/F# F#m
G B D 6 9 G D D B G D F B 9
コードの響きの複雑化、抽象的な響きは、メロディーのコード・トーンとしての性格にも表れています。1小節目3拍目のF#音は9thであり、テンションです。コード進行に伴って、順次下降し、後続するEM7/D#の8度に解決しています。
また、9度に限らず、強拍に現れる非和声音の形、「倚音」は、もちろん前時代から一般的なものでしたが、こういった非和声音が一つのコードの響きの上ですぐに解決する場合でも、多少の音価でねばってから解決する場合でも、「ダンパー・ペダル」が踏まれている間、その非和声音は解決”した”和声音の上に、音響的には「重なっている」わけです。こういった器楽的な構造の変化によって、非和声音がテンションとして同居する響きが、音感的に「許容」され、習慣化されていった経緯も見逃せません。--こういった「解決した非和声音が持続される音響的な構造」は、ギターやリュート、琴的な構造を持つ楽器にとっては本来的な響きでもあります。つまり、二度音程が隣り合った弦なり、開放弦を含む異なった弦によって同時的に発音される事が可能であるという構造です。--
メロディーの形は、長6度、5度、3度の大きな跳躍と順次進行の緩やかな動きの対比となっています。以下のように跳躍の形を円で囲むとわかりやすいでしょう。アウフタクトの跳躍の動機を、変形させながら連続させ、跳躍の幅が徐々に狭まり、順次進行の下降へ落ち着いて行きます。
ちなみに、このV7の8度からTの3度への長6度の跳躍を、ショパンは楽曲の始まりに多用します。移動ドでソ-ミの動きです。ドミナントの8度からトニックの性格を現す3度への跳躍として積極的なメロディーです。--このパターン・音形を、「ショパンの”ミ”」と呼ぶ人もいます。--
また、上昇の跳躍の対比として、下降の順次進行の緩やかな流れも、このメロディーの特徴です。
フレーズのグルーピングは基本的に以下のようになるでしょう。
ロマン派のコードの響きと、それに伴ったメロディーの性格は、いわゆる「ロマンチック」(Romantic=英語でロマン派のこと)、つまり叙情的、英雄的、空想的、恋愛的、小説的、理想的・・・な響きです。--素朴さも持ちつつ、厳格で宗教的な緻密さと荘厳さのバロック期、硬質で派手、軽快、悲喜、善悪の二元的な古典期と、中間的な響きや、極端さ、感情的なスタイルのロマン派と、時代的な文化・文芸や絵画彫刻との関わりの中にそれぞれの音楽のスタイルも発展しました。ぜひ絵画等でも、時代の個性を比較してみてください。
例えば、ロマン派の絵画は前時代までの写実的技巧も極まり、テーマは物語性が強いものや空想的なものが主体で、それをリアルに表現するスタイルですが、続く印象派の時代の絵画は、いわゆる「中間色」やぼやけた輪郭、光の表現の淡さ・・・つまり「印象」や「心象風景」を表現するための手段が特徴的です。これは印象派の音楽にも共通します。例えば、抽象的な「色合い」や「響き」は、原色や単純な和音よりも、多くの素材を必要とし、その混合や配置にも新たな法則を必要とするするわけですから、技術的、方法論的にも前時代からの発展によって印象派の表現も可能となったと言えます。--
・印象派の時代には、部分的にですが、楽曲・楽節の最初・最後に位置するトニック、つまり明らかなトニックや、四度進行によらないサブ・ドミナントにも堂々と四和音が用いられて行きます。下記譜例はエリック・サティのジムノペディー1番の編曲です。トニック、サブ・ドミナントの四和音の静的なシーケンスの上にやはり静的で曖昧なメロディーが楽曲を通じて動いています。
こういった印象派の四和音の用い方は、ジャズのコードの扱いの中に意識的に用いられて行きます。この楽曲は調的にはDMajの長調と言えますが、古典期のような二元的な陰・陽、悲・喜を表す長・短調という響きではありません。また楽曲の形式も、明確な主題を発展させるというより、幅の広い動機を終止一貫して、音程差が大きいけれど、どこか素朴なメロディーを静かに語りかけるような響きです。メロディーは和声音を軸として動きますが、四和音の7度がメロディーとされている部分も多く、これも響きに曖昧さと、浮遊感を与えています。また、四和音による中間的抽象的な響きだけでなく、楽曲全体のコード進行自体が、V-Tの終止をあえて避けるかのような進行を用いています。
GM7 DM7 GM7 DM7 GM7 DM7 GM7 DM7
F 9 4 B F B D D
GM7 DM7 GM7 DM7
F B
・西洋音楽が民族音楽的な旋法、リズムを取り込んだのはロマン派の後期からですが、印象派はその旋法の構成音による和声を模索します。以下は、スペインの作曲家、マヌエル・デ・ファリャの「火祭りの踊り」(舞踊組曲「恋は魔術師」より)ピアノ・ソロ編曲譜からの編曲です。楽曲の中間部、メロディーは原曲のオクターブ下げです。ファリャは、オーケストラの作曲の際に、ギターを使用して、特にコードの楽想を得たと言われます。この曲の作曲に際して、ギターを用いたかは不明ですが、6弦を一音下げしたギターの響きと一致します。--また、ファリャは、自身が演奏家としてのギタリストではありませんが、彼の楽曲はギターの響きに有効なものが多く、数多くギター編曲されています。--
6弦=D
Am7/D(or D7.9.sus4)

同一の和音の持続で、2拍子のたたみかけるようなリズムを作っています。その上に、Dのミクソリディアが旋律として動いています。コードは、Am7/D、もしくは D7.9sus4 と表記しました。上3声は明らかにドミソのトライアドで、ルートを考えればAmですが、下3声が完全5度堆積による和音です。構成音としては、D7.9sus4 なので、メロディーのF#音からも、Dのミクソリディアの旋法の和音と考えて良いでしょう。
このミクソリディアは「ミクソリディア旋法」の一部を構成音とした、「スペイン民謡風のV7」のモードとしての旋律で、全体的には「Phrigia」もしくは「Spanish 8th Note」に若干の変化音が与えられた音階がこの楽曲の中心的な旋法です。この「部分的なミクソリディア」は、いわゆる「モーダル・インターチェンジ」的に楽曲の中間部に用いられます。暗く重い・鈍い響きのスペイン的なV、あるいはIIIの旋法の部分では、下声・和声も、やはり♭の変化音が与えられ、特にE音がbEとされ、CmのV7的なモードへと変化されています。上記譜例の「部分的なミクソリディア旋法」は、興奮したリズムの楽節が始まる部分で、若干の「明るさ」を提示し、続く重く曖昧なスペイン的V(III)へ滑らかに「モーダル・インターチェンジ」する場面です。
Sus4は、三度堆積の和音による和声(調性)の中で、四度堆積、転回して五度堆積の基準となる和音です。Sus4は長短の響きの性格を持たず、静的な重い和音であるため、印象派の旋法の和声として用いられ、この手法は、いわゆるモード・ジャズの伴奏の和声に導入されます。
例えば、ラドレミソラ のAmペンタトニックとその転回のドレミソラド CMペンタトニックは、四度を連続させた、ミラレソド、五度を連続させた、ドソレラミの配置を音階として整えたものと言えますから、これを四度、五度堆積の「和音」として扱う事、あるいは四度、五度堆積の和音の「トニック」として扱う事も可能です。上記のD7.Sus4上メロディーは、AmペンタトニックのD音からの転回に、F#音を加えたものと考えると、B音を省いたミクソリディア、あるいはAのドリアの転回ですから、D7.9.sus4は、D音をルート(旋法の場合、主音と呼びます)とするミクソリディア旋法の「伴奏の和音」として機能しています。
AmペンタトニックとCMペンタトニックは、その構成音によって、あくまで三度堆積を基準とした「コード・ネーム」で捉えるなら、上記のAm7.11、C.69、D7.9.sus4、A7.sus4を形成しますが、これらを機能和音としてではなく、「同一の旋法の構成音による”重音”」あるいは「四度堆積の和音の基準」として用いるわけです。こういった「調性」とは基準の異なる「音組織(システム)」、あるいは、新しい調性の形が模索されたのが、印象派の時代です。
調性の基準は、ダイアトニックと三度堆積ですから、ペンタトニックと四度・五度堆積は、調性とは別個の音組織を形成します。また、これらの和音は調性の基礎を消去法的に規定した完全音程の平行、直行の禁則には縛られません。むしろ、完全音程を平行させる、旋法の重音、もしくはダイアトニックに沿ったルートの順次進行による、7th.Sus4の平行和音、あるいは三和音・四和音の平行進行・半音進行・・・等々が混合されて積極的に用いられます。また、旋法的動機に対する重音は、いわば「重層的な並行音」であって、個々の和音が「進行している」とは言えないわけですが、そういった構造にも、何らかの軸となる大きなハーモニック・リズムが存在する事がほとんどです。
旋法の和声、旋法的な和声は、厳密には「短・長の調性」とは別の音組織なので、ここに詳しく扱いませんが、調性を持つ楽曲においても、各機能和音の付加和音、転回として、四度和音の硬質で重く、かつ性格の曖昧な響きを、M6.9、m7.11、7thSus4のコードに活用する事が可能ですし、「同一の形の和音の並行」は、特に半音進行による装飾的・経過的和音として、特に「リハモニゼーション」としての「編曲」に用いられるものですから、本論に詳しく後述します。
・もう一例、以下は、同じくファリャの曲から、特にギタリストには馴染まれた楽曲として、「粉屋の踊り」(舞踏組曲: 三角帽子より)の編曲です。以下の譜例は、この楽曲の「テーマ」に近い扱いの、印象的なメロディーです。旋法の内容も、それに対する和音の扱いも非常に興味深いものです。
Dm6/E E7Sus4(or Em7.11)
E Phrigia
Em7 G7.Alt.(G Harm.m.P5↓) G
(AbM7)
まず、アウフタクトの前、最初の Dm6/E は、Phrigiaのテーマの伴奏の和音となる、E7Sus4 へのサブドミナント終止的な進行です。モードの汎用ケーデンスでも、Phrigiaの旋法には、FM7-Em7 や Dm7-Em7 もしくは Dm6-Em7 は常套句として用いられます。また、モード的な終止を形成する上で、分数コードとしてバスにモードの主音をペダル的に継続させる響きも、よく用いられます。
--ちなみに、原曲の管弦楽でも、一般的なギター編曲でも、この下声の伴奏の和音は、スタッカート的にあまり余韻を与えずに演奏されます。上記譜例は開放弦で音をとっていますが、左で音を切る場合は、5弦〜3弦の開放は、隣の弦の5フレットで取る運指も一般的です。しかし余韻を残しても、緊張感の高い和音ではあるものの、特に響きを壊すというわけでもないでしょう。--
このEm7.11 あるいはEm7.add4th、または E7Sus4 は、管弦楽の原曲通り和音の響きですが、やはりギターの6.5.4.3弦の開放の構成音です。旋律として動いている旋法は、Phrigiaですが、完全四度堆積の曖昧で抽象的な響きが、非常に神秘的な印象を与えています。前述の通り、7thSus4と、四度堆積和音は、単純に同一視出来ないものです。こういった響きは、いわゆる繋留和音としての7thSus4、解決を前提とした和音としては機能していません。バスにモードの主音を与え、かつ、「3度の性格をあやふやにする」響きとして成立しています。
メロディーの構成音も、最初の動機は、完全四度のA音が明確に強調され、E音への回帰の響きを作っています。メロディーだけならば、むしろ若干「Am」的な、あるいはA Aeolian的な響きです。Phrigiaの旋法は、主音と短ニ度、また完全五度と短六度のそれぞれ半音の進行を強調することで最も容易にその響きを表しますが、あえて完全四度を強調し、和音の響きだけでなく、旋律の動きでも、抽象的で神秘的な印象を作っているわけです。
7小節目に、和音にEmの短三度が現れ、Em7の響き、より明確なPhrigiaの響きを表してから、最後の2小節に、「モード・チェンジ」がなされます。最後のDのオクターブは、Gのコードのストローク的な、スペイン民謡的な強いリズムへつながる音です。用いられている旋法は、G Harm.m.P5↓ もしくは、これの転回として、あえてコード付けするなら、AbM7のモードです。
この音階・旋法の構成音、Ab Eb C音によって、AbMのトライアドが形成されます。この部分のコードを長調に当てはめるなら、CMajのbVIとして、AbMはSDm代理です。しかし、楽曲の構造は、最後のGからモードのチェンジによって、フリギアのGへとシフトする部分です。AbM-Gの進行を想定するなら、いわゆる「フリギア終止」、旋法の和声として、FM-Emを由来とする「長三和音の半音下降の解決」、もしくは後述する、「ナポリの6の和音」とよばれる、調性の終止に加えられる「ヴァリエーション」の一つです。より単純に捉えるなら、IVM7-IIIm7は、SDからT代理へのサブ・ドミナント終止ということになります。しかし、この「長和音の半音下降の終止」、bIIM7に充てられるコード・スケールは、調性の楽曲の場合は、基本的にbII Lydianです。この部分のモードの構成音は、CMel.mの転回としてのG Harm.m.P5↓ である事に変わりはありませんから、「G Harm.m.P5↓/AbM」とでも表記するしかない、機能和音としてはかなり変則的な形となります。
この旋法の部分は、G、もしくはG7のモードでもありますが、Eb音がD音に半音下降で着地していることに注目すると、この音階の変化音は、Eb Ab ですから、Gのトライアドの構成音、D Gへの半音下降の「導音の束」として完全四度音程を形成していると捉える事も出来ます。つまり、旋法としてのテーマを、モード・チェンジで締めくくると同時に、続くGのコード、モードの響きを示唆し、かつ、調的に進行感の強い四度進行の終止を避け、コード、もしくは重音の半音進行の響きを与えています。
また、E Phrigia から G Harm.m.P5↓ もしくは G Spn.8th への旋法の転換は、これを調的な中心を「ド」と考えるなら、CMからCmへの、「同主短調への転調」のようでもありますが、やはりこれは調性の和音・和声ではなく、旋法の下地、旋法の構成音による静的な和声と、同一の音程構造による「転旋法」とでも呼べる積極的な変化による構造です。
このように、「旋法」を主体とした形式には、調的な「終止」の思考によっては合理的に説明できない、旋法の構成音や旋法の変化を根拠とする、重音的、音程的な和声が用いられます。特にファリャのこの楽曲は、まず間違いなく、「ギターで楽想を得た」ものでしょう。ギター編曲が非常に有効な楽曲でもあり、ギタリストに好まれる楽曲でもあります。
以上、とても大まかにですが、時代を追って、和声とメロディーの扱いを見てきました。調性や旋法、和声を理解し、方法化するには、つまり「音楽理論の実践」には、楽曲の「分析」は欠かせないものです。あくまで、一つの方法を提示する意味で、ここで分析の実例を紹介しました。自分の好きな楽曲、魅力や謎を感じる響き・・・を積極的に分析するようにして下さい。
次の章では、こうした「分析」を成立させ、音楽を「方法化」させる、そもそもの「音楽理論」とは、一体なにものなのか、それが西洋の知性の歴史の中で、どういった概念によって成立し、論じられ、発展し、どんな問題と課題を持つものなのか・・・を考えてみましょう。
無断引用、剽窃を禁じます。2006年10月28日 佐藤選哉