概論2: ジャズと現代ポピュラー音楽のヴォイシングの「習慣」

1.音楽理論と音組織のロジックの歴史的背景

・和声”法”と和声”学”

先に述べたとおり、広い意味での「和声法」は、その構造が「調性」そのものを成立させた「方法論」であると同時に、それぞれの時代の調性音楽の”同時代的”な「手法」であり、「音楽的習慣=音感的習慣」でした。しかし、”現代”にとっての「古典和声法」、「機能和声理論」とは、二分化するなら、主にフランス、ドイツの「楽派」(地方・国・時代等で分かれる、作曲家の集団や伝統)の「古典」、つまり過去の音楽として確定した手法、書法として、いわゆる「アカデミック=学術的=学問的」に継承・系統化されたものという性格を持ちます。

近世以降、つまり「初期音楽」の時代、その形式・構造が明確に自覚された「西洋音楽」が、明らかな「理論」として捉えられ・論じられるようになります。そして、「調性」の音感的習慣が共有されはじめた時代、現代の我々が捉える意味での「西洋の音楽理論」という、「音楽そのもの」とは異なる、「音楽に関しての知的なシステム」が独立し、確立します。さらに、近代以後の「学術」とは、ある程度専門性の高い「学術機関:教育機関」によって、つまり組織的な議論、検証を経て形式化される、あるいは明確に組織化(システム化)されるものですから、特に近代以降、「楽派」は、専門教育の機関によって継承される性格が強くなり、その手段としての「学習和声法」、あるいは「和声”学”」が確立し、「学派」に分化します。

ごくごく大まかに分けるなら、ドイツの学派は、記号的・文法的な「機能和声理論」を細分化させ、つきつめ、フランスの学派は、その伝統の最初期に、そもそもの「機能和音」という「概念」の原型を生み出しましたが、基本的には「機能」より、むしろ「音程関係とその動き」に重きを置く理論を展開するという傾向を持ちます。

「調性」「和声」の基本的・実質的な構造は共有されるものの、複数の「学派」によって、和声・調性に関しての理解・解釈、理論・組織の内容は、場合によってはかなりの差異を持ち、それぞれがやはり同時代的な「音楽理論」の試みとして論じられ、また、現在でも議論の対象となります。例えば「完全音程の禁則」に関しても、「直行による完全8度・5度」の扱いは、「どんな場合でも禁止(禁則)」とする場合もあれば、正反対に、「全く禁止しない」という場合もあります。本書の場合は、ほぼ中間的な立場で古典和声法を紹介したわけです。

つまり、現代学ばれる「古典和声法」、「機能和声理論」とは、古典からの調性の伝統の書法を組織的に整理したものではありますが、「和声史」で言えば、「近代和声」の時代、特に近代の後半に確立したもので、「近代後半にとっての”前時代”までの手法」が「その当時の概念・論理」によって、「学術的に」複数の「学派」の立場によってまとめられたものです。

「機能和声」という「捉え方・整理の仕方」つまり「概念」は、バロック時代にはじめてその「原型」が論じられ、徐々に発展整理され、近代後期に至って、組織的な「学問」として議論される事で、ある程度完成したものと言えます。「機能和音」という言葉を初めて用いて、現代共有されている「機能和声理論」の基本を構築したのは、ドイツの「音楽学者」、フーゴ・リーマン(1849-1919)です。

しかし、リーマンの機能和声理論は、必ずしも当時のフランスの学派には受け入れられず、ドイツの和声学の伝統の中でも、その後の時代に、かなりの修正を経る事になります。さらに、複数の「学派」同士が、あるいは「学派を越えて」、個々の理論・概念・解釈・システムの内容に関して、出来る限り偏りなく・広く議論することが可能になったのは、ようやく現代、特に二次大戦後の事です。「西洋」という地理的・文化的枠組みが成立して以来、「西洋」自体が、中世以後、特に第一次大戦前から、非常に大きな規模での、「民族・国家」という単位での、政治的・思想的・宗教的・軍事的な対立と争い、あるいは独立、分裂を経ているわけで、この混乱は「文化」「学術」の分野にも深く及んだものだからです。

そもそも、ルネサンスからバロック期以降の調的な「西洋音楽」とは、西洋全体にその構造と素材・方法が共有される、非常に共通性の強い、また、比較的共有が容易な音楽形態ですが、「西洋音楽」も、それぞれの地域・民族による広い意味での「民族音楽」であることに変わりはありません。

--古代から中世・近世・近代・現代 という「時代区分」には、歴史学上諸説ありますが、西洋史の場合、「中世: ゲルマン民族の大移動 500年代〜 ルネサンス 1300年代、もしくは、宗教改革 1500年代まで」 「近世: ルネサンス、宗教改革、大航海時代 1300年代もしくは1500年代〜 フランス革命・産業革命 1700年代末、1800年代初頭まで」 「近代: 市民革命・産業革命 1700年代末〜第一次世界大戦 1914年 あるいは第二次世界大戦前まで」が一般的でしょう。それぞれの時代に、世界的に影響を持った歴史上の大きな政治的・経済的・民族的・文化的な変化、動きを便宜的に「区切り」と考えているわけですが、やはり一夜にして別の「世」になるわけではなく、これらの時代の「境目」の期間は重なり合って非常に長く、地理的な条件によっても差異を持ちます。特に中世と近世の間、ルネサンス期の初期〜中期の200年間は「中世終期」とも呼ばれます。また、前時代の習慣や伝統の連続性はどんな時代、どんな文化にも認められるものです。

大まかに捉えるなら、バッハ(1685〜1750)の時代、バロックの中〜末期は近世の後期(日本では八代将軍吉宗の時代。江戸文化の太平の時代。)、モーツァルト(1756〜1791)の時代、古典派の最盛期は近世の末期から近代の初期(日本では、杉田玄白の解体新書、平賀源内のエレキテルの時代。西洋文化が流入し、独自の研究が実り始めた時代。古典芸能は、人形浄瑠璃・文楽の全盛期。上方歌舞伎は初代中村歌右衛門の時代。)、ベートーベン(1770〜1827)の時代、古典派の末期、ロマン主義の極初期は、近代の前期(日本では松平定信の寛政の改革の時代。幕藩体制衰退期の始まり。江戸文化の成熟期。葛飾北斎、小林一茶の時代。)、ロマン主義の最盛期、同い年のショパン(1810〜1849)、シューマン(1810〜1856)の二人は近代の中期(日本では大塩平八郎の乱やペリー来航、開国・・・幕末激動の時代の始まり。江戸時代末期。)・・・ということになります。

ここで言う「近代の後半〜末期」とは、ロマン派の後期、民族主義音楽、ドイツのワーグナー(1813〜1883)、ロシアのムソルグスキー(1833〜1887)、リムスキー・コルサコフ(1844〜1908)、チェコのドヴォルザーク(1841〜1904)、スペインのアルベニス(1860〜1909)、ファリャ(1876〜1946)の時代であり、印象派のサティ(1866〜1925)、ドビュッシー(1862〜1918)、ラヴェル(1875〜1937)等が活躍した時代、日本の幕末から明治・大正時代から昭和のごく初期です。--

「近代後半にとっての”前時代”までの手法」の論理化・理論化の確立の「事情」は、ひとつには、「近代にとっての”同時代の手法”をロジカルに模索する”手段”が求められた」、ということでもあります。ロマン派以降の和声が、付加和音、四和音によって、より色彩を増し、一次的転調が複雑化し、さらには「ダイアトニックと三度堆積」という調性の「素材」そのものの変化が試行錯誤される時代にあって、では、真にベーシックな調性の音組織とは何なのか?それはどこまで拡大が可能なのか?といった問いの下に、ある程度の基礎、「規則」「規範」としての古典和声、「構造」としての古典和声が必要とされたわけです。

いわゆる「和声学の学習形式のための古典和声法」が「近代の後半」に確立したということは、それ以前、バロック期から古典派、ロマン主義までの音楽習慣、また作曲家達の実作は、必ずしも「”教科書”や”聖典”」として統一され組織化された「和声法」、「和声理論」を「共有」していたわけではない、ということでもあります。それぞれの時代に、「和声”学”の書物」は書かれていたものの、必ずしも、これらが「作曲・編曲」の方法として用いられていたわけでもなく、すぐれた「和声”法”」の書物、「作曲の手引書」も存在しましたが、これらは、近現代的な「理論・法則 :Theoly セオリー」を述べるものではなく、あくまで作曲家の手による、同時代的な「実習書・参考書 :Method メソッド (方法・手法)」であり、読者である個々の作曲家の実習・実作によって再解釈され実用される事で音楽的な「実体」を持つものでした。

どんな学術・芸術でも、セオリーとメソッドとは、それぞれ、理論と実践を志向するものとして、別個の内容と意味合いを持ちます。実践の「方法論」は何らかの「理論」を根拠として形成されるものであり、「理論」はその「実践」の中で証明され、新たな解釈を論じられ、両者の関係によって、学術・芸術の知的構造が発展するものです。

現代的な意味での、スタンダードな調性の理論と実習が統合された(あるいはそれを目指した)形式、「和声・調性の理論書・実用書」としての「和声学」の意味合いや「機能・役割」は、近代後期に至って初めて獲得されたものです。つまり、音楽の構造・全体像の実体と発展を担ってきたのは、学校での「学問・学術としての理論」ではなく、常に演奏家・作編曲家が前時代から「共有」し、「過去の実作」から直に学んだ「音感的な手法・習慣」であり、同時代的な「試行錯誤」です。

音楽に限らないことですが、特に「技能」に関する教育、「芸術」全般に関しては、近代に到るまで、現代でいうところの「アカデミック」な理論書や、「入門書・教本」によって、統一され組織化された何事かが系統立てて教えられ、学ばれる、習得されるという教育習慣は必ずしも確立はしていませんでした。

もちろん西洋の音楽教育の歴史は長く、それぞれの時代、「その当時・その地方」の楽典程度の内容、対位法と和声のごくごく原則的な作法は、「学校」--中世の末期までは、主に修道院の付属学校--での教育科目の一つとして教えられていました。音楽家の養成施設としての「音楽学校 コンセルヴァトワール : Conservatoire(仏)」の語源・原型は、初期音楽(ルネサンス)の時代のイタリアの「Conservatorio(伊) コンセルバトーリオ 孤児養護施設」であり、いわゆる公的な児童の生活・教育施設での音楽教育が発展したものです。コンセルバトーリオでの音楽教育は、主に「演奏・歌唱」に関する訓練を中心としたもので、当時から社会的に必要とされた、「合奏・合唱の要員」としての楽師(がくし:音楽を職業とする人。)を養成する、職業訓練的な意味合いが強いものであったといわれます。

近現代的な意味での学校、「身分・階級」に関係なく、しかし基本的に経済的に余裕のある家庭の子女が学ぶ音楽専門学校が成立するのは、そもそもの「身分・階級」としての王政・貴族制・封建制を解体させたフランス革命(1789)後の事で、パリ音楽院がその歴史の始まりです。これらの近代的な音楽学校も、主に合奏の要員の養成が目的とされ、その中で特に優れた者が独奏の奏者として、特別な個人指導がゆるされるといった構造です。

「演奏家・合奏の要員」の養成が組織的に独立したという事は、「演奏家と作曲家の分離」が進んだ事を意味します。元来、作曲と演奏とは切り離せないものでしたが、大規模な合奏形式が西洋音楽の一つの中心軸となり、多数の「合奏曲の演奏の要員: 楽団員」、また、「作曲はしない職業的な演奏家」の志望者が「演奏法」に特化・専門化した教育を受け、ごく少数の「特にすぐれた独奏の奏者、独奏楽器の奏者」や「必ずしも演奏技能にすぐれてはいないが、作編曲の能力に秀でたもの」が作曲を専門に学ぶことで、「作曲家・演奏家」の住み分けが進みます。

また、特に古典期以降の調的・多声的な器楽の独奏楽器として、「鍵盤楽器」、特にピアノがその代表的な地位を確立し、「作曲家」の多くは、自身の「演奏家」としてのキャリアにおいても、発表する作品の質・量においても、「独奏楽器」の中心をピアノに置く事になります。調的・多声的な構造を「学ぶ」のも「作る」のも「演奏」するのも、鍵盤楽器は最も効率的な楽器ですから、ほとんどの作曲家は幼少期からの鍵盤楽器の個人指導を経て、自作曲としての鍵盤楽曲から作曲のキャリアを開始し、弦楽四重奏の作曲や、より技術的な大規模合奏の作・編曲の手法を、多くの実作を持つ当時の作曲家から、やはり個人授業によって学ぶようになります。つまり、少数の「作曲家」の育成は個人指導が担い、組織としての「学校教育」は、よりシステマティック(組織的)に、多数の「演奏家・合奏の要員」の養成を中心とするという構造が定着します。もちろん、どんな器楽も、その教育の基本は個人指導ですが、習慣的・文化的にも、「創作と実践」という意味では、近代の後期から徐々に、「西洋音楽」が「クラシック音楽」として、同時代の音楽としての性格を弱め、「伝統芸術」「再現芸術」としての意味合いを深めてゆきます。例えば、近代以降、特に現代、「Method メソッド」というと、多くは「演奏法」に特化した教育法・教材を指します。しかし、メソッドとは、本来は広い意味での「音楽の方法」であり、それは作・編曲、即興の技能を含むものです。

--また、鍵盤楽器は「独奏楽器」としてだけでなく、「和声による伴奏の楽器」の中心でもありました。後述しますが、かなり近い時代まで、「鍵盤楽器の奏者」には、「即興的に”歌”の伴奏の和声を組み上げ、演奏する」という技能は必須のものでした。

そして、古典期以前からの「和声的な独奏楽器・伴奏楽器」のもう一つの軸が、リュートと初期ギターでした。一般的に、古典的なギター音楽、特に独奏曲の黄金期は、古典期の前期といわれます。この時期は、初期のピアノが広く流通し出す時期であり、ある意味では、その時代まで初期ギターやリュートが占めていた役割・位置が、少なからず、鍵盤楽器に奪われた・・・音量が大きく機能性にすぐれた鍵盤楽器が、ギターに取って代わった・・・と言えなくもありません。--

この時代から、個々の作曲家の「実践的な方法論」としての「和声法」とは若干性格の異なる、「”学術” ”教育”としての和声法・音楽”理論”」、あるいは「教養」としての「音楽理論」が成立してゆきます。合奏の要員、作曲・編曲・即興をしない演奏者にとっても、「より深く作品を理解する」、「楽曲の和声的・対位法的・旋律的要求をくみとる」という点において「和声法・対位法」は必要とされますし、特に近代までの演奏習慣は、合奏・伴奏の奏者にもある程度の編曲・即興性が技術・技能として求められていました。しかし、時代が進むにつれて、「古典的な作品の忠実な再現」、そこに必要とされる「非常に高度な技巧」を主に要求される「演奏者」からは、編曲や即興性の技能は徐々に切り離されてゆきます。「特にすぐれた独奏の奏者・独奏楽器の奏者」や「作編曲家志望者」以外にとっては、「和声法」は、集団で受ける「一律」な「授業」という教育方法によって、単に「教養」、あるいは「通過儀礼」の一つという性格を強めて行きます。そうして、「学術・教養としての和声法・音楽理論」全般が、「学校」の中に、その「役割」「居場所」を固定化させます。

つまり、「音楽理論」としてのより実践的な内容、高度な内容、「作曲・編曲の技法」の教育に関しては、どの時代も「個人指導」が中心であり、いわゆる「徒弟制度(手工業の技能教育)」に類似した指導や、世襲制(親の職業を受け継ぐ事)の中での、「口伝 (くでん: 口伝え)」と、「実習・実作」が主な方法でした。後の時代には、「練習曲」として解釈される楽曲も、多くの場合、弟子のための「作曲技法の教材」としての性格を持つといわれています。「手取り足取り」、「システマティック」に、あるいは「教室」での一律な「授業」で書き方を教える・学ぶのではなく、何より弟子達がその音楽的環境で得た「音感の蓄積」の上に、採譜・写譜・楽譜の浄書(じょうしょ)や「編曲」を実習し、さらに「楽曲」として構造が完成された師の「作品」が、「書法の手本」として、試行錯誤の材料として与えられていたわけです。

古典期の初期には、そういった個人指導の「教科書」、補助的な「教材」、「手引書・実用書」として、当時までの「和声法の書物」が用いられるようになります。また、古典期以降の作曲家は、コンセルヴァトワールや総合的大学の音楽科の授業に限らず、場合によっては複数の「和声学の教授」に個人的に師事(しじ: 弟子になって習うこと)した者も少なくありません。なので、決して、古典期からロマン派に至るまでの大作曲家達が、高度な「和声法」を学問として学ばなかったという意味ではありません。しかし、バロックからロマン派に至る各時代と各地方全で共通して、間違いなく「スタンダード」として、「聖典」として用いられた和声法の書物、あるいは「和声の理論書」は無いのです。

また、どんな時代でも、「教育」とは、学ぶ者の「独学」を可能とさせるためのもの、学ぶ者が知的に・技術的に「自立:独立」する事を目指すものです。そもそも「学ぶ」事は、大なり小なり「独学」であり、「独学」の意欲がない者、自主的・自律的・実践的な知識と方法・技能の習得に欲求がない者に対しては、どんな「教育」も無意味なものです。全ての作曲家達は、ひとり立ちの後も、これらの理論・方法論のさらなる研究・研鑽と、なにより同時代的な「音感的習慣」の影響を受けつつ、やはり音感的な「試行錯誤」と「実践」によって、少なからず既成の理論・方法論を超越し、自分自身の「方法論」を編み出し、自己の作風、新しい音楽形態を確立してゆきます。

・音感の習慣とその記号化・言語化・論理化

ここで注意したいのは、「機能和声」という「仕組み」そのものが、「理論的」に「発明・開発」されたわけではないという事です。非常に長い期間を経て成立した、「調性・和声」という「音感的習慣」から、その論理性が抽出された、整理されたものが、「機能和声」であるという事です。

特に「和音の連結」という意味での「和声」において、その「演奏習慣」の基礎を担ったのが「数字付き低音」です。前述しましたが、「数字付き低音」とは、五線のバスの音譜の上に、和音の配置を数字で表したものです。「数字付き低音」が習慣として用いられだしたのは、いわゆる「初期音楽(ルネサンス時代)」、1500年代末からであり、この方法を論述するごく初期の書物に、既に「並行8度・並行5度」を「避ける」こと、「鍵盤上で大きく手を動かさず、各声を近く、共通音を保って連結する」ことが「勧められて」います。もっと時代をさかのぼると、調性が確立される以前のポリフォニー音楽の時代、フランスのフィリップ・ド・ヴィトリ(1290〜1361)の音楽理論書「アルス・ノーヴァ(新芸術)」が、中世ポリフォニーの原初的な構造である完全5度、完全8度の並行を望ましくない響きとして除外していますから、これが「理論」の述べる「禁則」という概念の元祖といえなくもありません。

--ちなみに「アルス・ノーヴァ」は主に「記譜法」、いわゆる「定量記譜法(リズム・音価を指定する記譜法)」を中心に音楽の方法を述べる理論書ですが、この影響力は、14世紀当時のフランス音楽、イタリア音楽全体に及び、フランスのルネサンス音楽、場合によっては「西洋音楽」全般を「アルス・ノーヴァ」と呼ぶ場合もあります。普通、「アルス・ノーヴァ」が音楽史の文脈で用いられる際の意味合いは、明確な調性に至る以前のポリフォニーによる「ルネサンス音楽」です。--

また、調性の確立以前の時代、最初の本格的な「和声の理論」を記したツァルリーノ(1517〜1590)の「音楽論」(1558)でも、並行5度・8度は除外されます。この書物で初めて、全ての協和音・不協和音と長短三和音が整理され、「並行」や「反行」という複数の声部の動きが明確に論じられます。しかし、ツァルリーノは、そもそも「並行の連続」自体を望ましくない響きとして、長短の3度・6度の並行の連続も除外していますから、いわゆる「和声」、調性の和声や重音の並行とはかなり異なった構造の理論です。こういった声部の捉え方も、旋法の時代から和声・調性の時代への過渡期としてのルネサンス音楽の理論の特徴です。いずれにせよ、ルネサンスの時代には、並行5度・8度が明らかに「望ましくない響き」として意識されたわけですが、調性の和声、「和音の連結」の方法としての「和声」に、「消去法的に除外される声部進行」としての「禁則」という概念が共有されるのは、数字付き低音の「編曲法・伴奏法・演奏法」からです。

「数字付き低音」とは、いわば記号的に表される「和声の記述法」であると同時に、最も簡便な「和声法」そのものでもあります。「和声」と「調性」が決定的にそのシステムの個性を獲得しつつある時代、このシステムを「流通・共有」させる「ため」に「数字付き低音」は発生し、同時にこの「記譜法・記号と書法」そのものが「習慣」として共有され流通しました。つまり、「数字付き低音」とは、広い意味での「メソッド」の性格を持つものです。

「和声」とは、「調性という音楽習慣・音感的習慣」の「仕組み」の柱であり、これによって「調性」が「方法化」されるものです。さらに、「数字付き低音」という「和音の連結」としての「和声」に特化した「記譜法」自体が、和声の方法・法則性を内包し、これが「実用」されることで、「共有された和声の習慣」、あるいは「その下地」となったわけです。現代でも、どの学派も、和声法の基礎を、数字付き低音そのもので、あるいは部分的にそれを用いて学びます。数字付き低音を組織的に、いわゆる和声”法”としてまとめ、論じる書物は、バロック期以降、多数出版され、「作・編曲の手引書・実習書」として用いられます。ちなみに、古典期のごく初期の代表的な作曲家である、バッハの次男のカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714〜1788)は、この「数字付き低音」による和声付け、伴奏法を含んだ「鍵盤楽器」の総合的な「教本」を書いています。--これは、モーツァルト、さらにベートーベンも学んだとされるものです。--

しかし、元来、「数字付き低音」そのものは、「学校で作られた和声の方法」ではありません。「学術としての和声法」が成立するずっと以前に、「習慣」として流通したものです。これに限らず、広い意味での「和声」の全体像、実体そのものは、「数字付き低音」以前も、以後も、あるいは「数字付き低音」以外の捉え方の和声も、やはり「習慣」として「試行錯誤」として個々の音楽家達によって実用され、なにより「発展」させられて来たものであることは間違いありません。

--注釈: 数字つき低音の一例

 

 

 

  数字記号

  和音の配置形態

 数字なし

 ルートのバス・テナー重複か、バス・ルート、ソプラノ8度の三和音の基本形

  +6

  V7の五度バスから長三度の長6度音程を表わす、V7の五度バス配置

  6

 三度バスから八度の6度音程を表す、三度バス配置

 56の縦置き

  6度の付加和音、もしくは四和音の三度バス配置(3度 5度 7度 8度 の三度バスからの七度・八度の、5度6度音程)

 を表す記号。

 5の斜線

  V7の減5度音程、シ・ファの配置を表わした三度バス配置

 4#

  V7の増4度音程、ファ・シの配置を表わした七度バス配置

下記譜例は、上記の数字つき低音に従った和声付けです。これは、イタリアの初期音楽(ルネサンス時代)の和声の資料で、17世紀初頭の初期ギターと鍵盤楽器に用いられたとされる、和声付けの作法の”お手本”、「オクターブの法則」、あるいは「スカラ・アルモニカ(スカラ: Scala=Scale アルモニカ: ハーモニー、和音)」と呼ばれたものです。「スカラ・アルモニカ」とは、「音階の和音」といった意味ですから、今日的な意味での「ダイアトニック・コード」が、「和声として配置される場合の基準」とでも呼べるものでしょう。

数字付き低音も、最初はバスのラインに、ごく単純なルートと三度の長短の音程の指定のみの形から始まり、これも様々な変遷を経て、バスの上に形成される「和音」の各音の配置を指定する記号に発展したものです。数字付き低音とは「通奏低音(つうそうていおん)」とも呼ばれます。「通奏低音」とはいわば「バスのライン」であり、厳密には、「通奏低音に数字付けによって和声が指定されたもの」を「数字付き低音」と呼びます。やはり地方・楽派によって、数字付けの内容に差異がありましたが、上記のものが現代では一般的です。

ギターに可能な和音の配置とするため、最初の二つの和音、最後の二つの和音のバスをオクターブ上にして配置しています。完全音程の全ての声部での並行と外声の直行の「禁則」が避けられている点、概論1で述べた和声の原則に従っている事に注目してください。しかし、古楽の数字つき低音では、「各声を近く、共通音を保つこと」や「完全音程の並行を避ける」といった内容は、近代以降の和声法でいう「禁則」の意味合いを持っていたわけでもありません。下記のような、いわば「チャート(表)」的な数字つき低音の資料にも、完全音程の「禁則」の並行・直行が見られるものが少なくありません。また、後述しますが、全ての時代を通じて、「学習和声法」の言うところの「禁則進行」は、全ての作曲家の実作(実際の楽曲)には、多用はされないものの、部分的には堂々と用いられているものです。

    C  G7/D C/E  F6       G     F/A   G7/B   C     G/B   D7/A    G     G7/F C/E   G7/D    C

上記のように、数字つき低音の「6」「4#」等々の記号は、転回によって生じるバスからの音程を表し、古典和声での転回形を表す記号として用いられ、「和声学」の文脈でも、「三度バス配置」は、三度バスと8度の音程から「6の和音(ろくのわおん)」、「五度バス配置」は、五度バスから8度の四度音程と、五度バスから三度の6度音程から、「46の和音(しろくのわおん)」と呼びます。四和音の場合は、「七度バス配置」は、7度・ルートの二度音程から「2の和音」、「五度バス配置」は、5度・7度・8度の音程から「34の和音」、「三度バス配置」は、3度・7度・8度の音程から「56の和音」と呼びます。

本書では基礎編で述べた「コード・フォームのタイプ」と、分数表記を併用してフォームを指定しています。数字つき低音のシステムも、「フォームの指定」という点では非常に便利なものではあるのですが、「コード/メロディー」に要求される「ギターのコード・フォーム」の内容を厳密に表現するところまでは対応出来ないからです。--

機能和声理論の「原型」、あるいは「調性音楽の和声の理論」がはじめて本格的に論じられたのは、1722年、ジャン・フィリップ・ラモー(1683〜1764 フランス・バロックの作曲家・理論家)の、「自然原理に還元された和声論」、一般的に「ラモーの和声論」と呼ばれる書物です。ラモーはバッハと同時代の人であり(1722年は、平均律クラヴィーア曲集の第一巻が発表された年です。)、その当時には調性も和声もかなりの程度まで完成され、また、「音感の習慣」として共有されていたわけですから、当然の事ながら、「ラモーの和声論」が「和声」の構造を「発明・開発」したわけでもありません。

--しかし、ラモーのこの書物によってはじめて、「主要三和音」と「終止」の法則、「和音の転回=構成音が同じ和音は、配置が異なっても同質の響きを持つ事」、「根音バスの進行=全ての和音と転回形による”ルート進行・バスの進行”」の規則性が論じられます。つまり、個々の和音とその進行が「主要三和音と他の和音の関係」と「バスの進行で表されるパターン」として捉えられます。さらに、この時代に既に習慣的に用いられていた「付加6の和音(IV6)と属七(V7)の和音」のサブ・ドミナント、ドミナントの転回形等が理論として、言葉として整理され、この「記号化」「分類」の概念が、後の時代の「機能和声”学”・機能和声”法”」の基礎となります。

ところが、ラモーからの和声の伝統では、「転回形」は、あくまでその形でのみ個別性を持つもので、全ての和音が記号的に「機能」に還元されて分類されているわけではありません。ラモーの和声論では、明らかな主要三和音以外は、「四度進行する和音」が「ドミナント」、「五度進行する和音」が「サブ・ドミナント」と解釈されます。前述の通り、この当時には「機能和音」も「調性」も言葉として概念として論じられていたわけではありません。ラモーの和声論は、「数字付き低音」による和声の「構造」から、法則性・規則性を見出し、「言葉・論理としての理論」を論じたものでしたが、当時のドイツの楽派には受け入れられませんでした。また、リーマンの機能和声理論は、必ずしもラモーの和声論からの直接の連続性を持っているわけではなく、ドイツの伝統の「数字付き低音の構造」のもつ規則性・法則性を、記号的な「機能」の構造として「再解釈」したものです。--

どの時代の「音楽理論」にせよ、それが「調性」に属するものであるなら、その時代までに確立した調性と和声の構造、あるいは「音感的な習慣」が、ある「概念」によって「説明され」「整理された」ものに過ぎないという事です。「機能和声」という言葉として意識されていなくても、「書かれた理論」として意識されていなくても、あるいは「全く知らなくても」、調性の構造は、その基本的な形が成立した時代から、結果的に「機能和声」として「説明できる」音使いを用いていた、あるいは最低限そうした「共通性」を持っている音組織を調性と呼ぶわけです。

これは非常に重要な事ですが、どんな場合でも、「音楽理論」とは「書かれた理論」「考え方・捉え方・組織立て」ではなく、「過去の実際の作品に普遍的に見られる音感的共通性・論理性」と、「作曲・編曲者の個人的・音感的な試行錯誤」、またその「共有」にこそ「実体」を持つものです。

「調性」という構造に限らず、音律や音階・和音の構造、拍子や音価の概念、形式・・・等々は、「理論」によって説明され、解釈され、つまり「言語化・記号化・組織化」されることで、共有が容易な形に整理されるものであって、「理論」によって「作られた」ものではありません。音楽の素材・構造とは、音感が感覚的・経験的にうながす試行錯誤によって、非常に長い期間をかけて成立し・共有されるものです。

「試行錯誤」とは、文字通り「錯誤」、「錯覚と誤解」をも含むものであり、必ずしも「論理的な思考」によるもの、筋道の説明出来るものとも限りません。「ひらめき」や「思いつき」の無い、また「錯覚」や「誤解」、そして、「偶然」や「失敗」の無い試行錯誤などないからです。どんな作曲家の作品にも、理論によって合理的に解釈し切れない、「一回限り」の音使い、「偶然」としか解釈しようの無い、非合理的な部分が存在するものです。

「音感的な試行錯誤」とは、「音楽的な創意工夫」と言い換えてもよいでしょう。「作曲」に限らず、「創作」とは、「共有可能な素材とシステム」を用いる、「個人的・個的・個性的な作業」です。ある「システム」がどんなに完成されたものであっても、それに従えば「作曲」がなされるというわけではありませんし、「学んだ内容」に、なにかしらの「個人的な試行錯誤」が加えられ、少なからず既存のシステムを超越する事が、音楽に限らない、「創造的技能」、「芸術」の内容であり、作曲・編曲・即興演奏・・・を成立させる原理とは、何より広い意味での個々人の「音感」、内側に生じる、「音感的な欲求」や「音感的な想像力」によるものだからです。何らかの共同的・協同的な創作、音楽の場合、即興的な合奏や各奏者によるパートの作曲・合作の場合であっても、それぞれが個人の音感を行使するものであることに変わりありません。

さらに、近代以降には、「理論書・和声書を書いた作曲家本人」が「自説とは異なった音使いを用いている」ということもよくあります。「作曲・編曲の方法論」としての「音楽理論」とは、いわば「作法」であるわけですが、結局の所、実際の作品では、それに従うことも、無視することも自由です。しかし、もちろん、だからといって「理論」が「机上の空論」だという事ではありません。調性の音感的習慣の「最大公約数」的な理論、基礎理論としての「和声法・対位法」には依然、揺るがない価値があります。概論B:1に述べたとおり、和声法とは、対位法を下地として、各声を独立したラインとして扱うことで、整った和音の進行感、コードとメロディーの関係を可能とさせるものです。

・言語と音楽

こういった、「理論・論理と音」の関係は、理論編A:で述べた、「音階・音律」の成立と同じ事情を持ちます。これは、例えば「言葉・言語」と「文法」にも似た関係です。言語の構造と音楽の構造を直接的に結びつける事は出来ませんが、両者は非常に深い質的な共通性を持ちます。そこで、「言語」という何ものかの構造・仕組みを、「音楽」の構造・仕組みを意識しつつ、考えてみましょう。

母国語を普通に話す場合、だれも「文法」をいちいち意識はしないでしょう。しかし、言語は何らかの形で、必ず「文法」を持ちます。「文法」が成立するのは、人間の「脳」の機能の共通性によるものです。全ての文化圏で、「文法」という概念(考え方・とらえかた)は、もともと「外国語」もしくは、「口語(話し言葉)としての習慣を失った、母国の古典的言語」を理解する・学ぶために用いられ始め、母国語、口語の構造にも自覚を促したもので、幼児期の最初から、母国語が「文法」の構造によって、主語・動詞・目的語・・・といった形で、システマティックに自覚的に習得されるわけではありません。つまり、人類に「言語」が成立してから現代まで、ほとんどの場合、「文法」は言語そのものの一部として、無自覚的・無意識的に扱われてきた・扱われているものです。

幼児の言語の習得とは、情緒を表す「感動詞(はい・いいえ や うん・ああ 等)」の不完全で原初的な生理的発音と、単純な「名詞」としての単語、意思に関する「動詞」が徐々に結びつき、「大人」つまり、完成された言語構造を扱う周囲との意思の疎通、「学習・教育」を通じて、徐々に「語彙(ごい:単語全般のこと)」を獲得し、やはり徐々に「文法」的に整えられて行くものです。このプロセスに一貫して、何より、自分自身が言語を「使う」事、「発音」を「意思・意味」と結びつける事、言語によって「言語的・論理的に考える・思考する」事、言語の扱いを「試行錯誤」する事によって、言語は「習得」されます。

「何気ない」内容を「母国語」で話す場合には、たいして「文法」は意識されないものですが、多少「込み入った内容」「論理的な内容」や、「きのきいた事」を言おうとする場合、あるいは、「文章」を「書く」場合に、母国語であっても、「文法」は意識されます。しかし、この場合も、いちいち「主語・動詞・接続詞・・・」といったパズル的な意識が働いているとは言えません。非常に積極的で精密でありながら、必ずしも「言語として意識されない言語」、同時的・共時的な仕組みとして、感覚的に、並べ替えや言い換えがなされるわけです。そういった、ある種「無意識的・非言語的」な「言語の扱い」が出来ない言語が、いわば「外国語・他国語」であるともいえます。また、「言語の扱い」とは、話す・書く場合に限らず、聞く・読む場合も同様に作用する積極的なシステムです。

現在の我々が共有している「言語」とは、人類の歴史の中で、非常に長い期間を経て形成され、共有され、継承され、また、分化し、変遷して来たものです。「文法」、「言語」とは、時代によって変化し、同じ言語であっても、地方によって差異を持ち、さらには個々人にとっても、「いいまわし」「文体」的な「個別性・個性」が認められるものです。

文法的なパズルを意識した、意図的な「間違った言い方」も、例えば、「詩」として成立します。意図的ではない、何気ない言葉づかいを「詩的」に感じる・捉える場合さえあります。そもそも「言語」とは、外部に規定され共有された、文字・記号・発音・文法・・・等の「規則性・合理性・論理性」によってのみ成立するものではなく、非言語的・非記号的、共時的・通時的・時制的・超時制的で循環的・並行的、偶然的、象徴的・身体的・感覚的で、曖昧で混沌とした「主観・意識・思考・記憶・・・」という何かによって成立するものです。

「論理」も「理論」も、言語によって初めて成立するものですが、「何か」と「言葉」との「関係」とは、曖昧で柔軟なものであり、明確で単純な法則性によって捉える事が可能なものではありません。

つまり、ある物質・事柄・状態・質・動き・関係性・視覚的情報と聴覚的情報を含む五感、認知機能全般への言語の「対応内容」そのものには、「物理的・数理的」に直接的に分析可能・表現可能な「合理性」や「論理性・規則性」、「必然性」はありません。例えば、「ことば」という「発音」や「表記」には、「ことば」という「意味」があるわけですが、この「音・記号と意味の対応」には、数式や化学式で表せるような規則、いわゆる「自然法則・物理法則」としての必然性はありません。

脳科学的・神経学的に、音声・象徴と意味内容が「物理的・化学的な対応」をしている事は間違いないのですが、この対応内容は、「方程式」等の数理によって法則化出来るほど一元的・二元的で単純なものではありません。例えば「ことば」という発音・表記は、既に「単語 ; 言語・言葉」等々の複数の意味合いを含み、「Words : Language(英語)」や「Wörter:ヴォルテェル ; Sprache:シュプラヘ(ドイツ語)」、「Parole:パロール ; Lingua:リングァ(イタリア語)」、「Mots:モ、 Parole:パロール ; Langue:ラング(フランス語)」、「Palabras:パラブラス ; Idioma:イディオマ(スペイン語)」、「слова:スローヴァ ; язык:イァズィク(ロシア語)」、「λογος:ロゴス ; γλοσσα:グロッサ(ギリシア語)」・・・等々、語族(言語の血統・系統)によって類似性と共通性は持つものの、文化と言語体系によって全く異なり、また時代によって変化してゆくものです。

さらに、例えば日本語では、「ことば」「コトバ」「言葉」「言」「詞」「辞」という表記の違いによって、またどんな言語も、同じ単語でも、いわゆる「文脈」の相対的な位置関係やイントネーションによって、微妙で曖昧な意味合いの変化をもたらします。つまり、言語の発音・表記そのもの、音声・象徴と意味との対応、文法・・・の法則性・規則性とは、直接的には、言語によってしか表現できないもの、言語によってしか理解できないものです。

「自然法則・物理法則」とは、「自然そのもの・物そのもの」ではなく、あくまで、これに対応する人間の「理解・概念」であり、人間の脳が共有する認知機能(にんち: 五感と知的能力・思考全般の事)、特に視覚的・聴覚的な情報の処理能力、動きや質感、数や幾何学を理解する機能・・・これらが「記号」や「数理」を素材として、「言語」的「意味」的に統合される事ではじめて共有可能なものとして成立します。「自然法則・物理法則」とは、人間が観察・実験によって見出した事実に対する共有可能な意味づけであり概念です。「意味」や「概念」とは曖昧なものではありますが、科学的手法、観察・実験・実証・反証・論理・数理によって裏付けられ共有される、「自然現象と自然則性の対応」「物質と物理法則の対応」とは概ね(おおむね)合理的で「再現性」を持ち、「必然性」と呼んでかまわないほどの整合性を持ちます。そもそも、「法則性」とは、一定の条件下で”必ず”成立する関係や変化・・・の普遍性(ふへんせい:全ての時代、全ての立場、全ての物事に共通する矛盾の無い性格。)を指します。

対して、「言語と意味の対応」とは、ヒトという特定の種のある「時代」のある「文化」、ある「言語体系」の内部での、ある種の「ルール・約束事」であり、人類に共通する脳の構造と、文化の内部での同時代的・習慣的な共有によってのみ成立するものです。数理・物理の素材である「数」は、広い意味での「言語」の一部でもあり、「数」の指し示す物事やロジックは、言語によるロジックの裏づけを必要とし、また言葉によってある程度まで表現可能なものではありますが、言語そのものを、「数理」によって論理化し、表現する事は出来ません。「言葉と数」とは、明らかに異なるものです。

「数」というナニモノかは、抽象的でありつつ直感的・感覚的・視覚的なものであり、文化や時代を越えて普遍的なものです。もちろん、「数」という”概念”は様々な文化の交流によって人類に共有されて来た、歴史的な側面も持ちます。十進法を基本とした、360単位・365単位、12単位(年)、30単位(月)、7単位(週)・・・の時間単位、「位取り」も、人工的・人為的な数に関する「技術」であり「概念」です。360、12、7等々の単位・位取りは、時間単位に限らず、例えば角度(360分割)や12半音・7音階・・・等々においても、技術的に共有されます。

これらの位取りの概念も、古代からの複数の文明の交流によって形成され・共有され・淘汰されて来たものであり、さらに時代を経て、5〜6世紀にインドに成立した「数としてのゼロ」という概念を、西洋文化が共有するのは11世紀頃で、筆算にインド・アラビア数字が西洋で広く用いられるようになるのは、ようやく15世紀からです。

なんにせよ、「数」というなにかが、その「発音と表記」にヴァリエーションを持ちつつ、民族、文化、習慣と時代を越えて、「全く異なる言語圏」においても「その細部まで共有されうる・共有が容易である」という事は、「言語と意味の対応」との明確な違いを表しています。これは、「数の扱い」が、「狭い意味での学習・教育」を前提とした、明確で統一された規則性に基づく技術である事と同時に、「数そのもの」が、必要最小限の情報として「単純化」された「概念」として、「言語的な意味の対応」を、ある意味で切り捨てた、直感的・視覚的・静止的な「記号」としての対応を可能とするものであるということによるものでしょう。

例えば、「赤いりんご一つ」 と 「青いりんご一つ」 は、1+1=2 で、二つのりんご と数える事が出来るわけですが、「赤いりんご」と「青いりんご」とは、そもそも異なる質のものです。「赤いりんご二つ」であっても、それぞれ「一つづつ」は厳密には異質なもの、独立したものです。だからこそ、「モノ」は「一つ」を基準として、「二つ・三つ・・・」と「数える」事が可能なわけです。りんごに限らず、「数えられる対象」のひとつひとつは、それぞれ独立した物体・物質として、状態や質量、質感や視覚的特徴、手触りや香り、味・・・、さらには動きや来歴(らいれき: 物事がそれまで経てきた事柄)つまり、樹になっているりんごなのか?もいだものか?買ってきたりんごなのか?もらったりんごなのか?新鮮なものか、腐りかけのものか・・・時間と空間の中で、感覚的・認知的に無限の情報を帯びているものです。一回・二回・・・と「数える」、「出来事」や「行為」も同様です。

「数」とは、こういった「個」として独立した性質の「内容」や「細部」、「時間空間の中での変化や意味合い」を、ひとまず「切り捨てる」ことで成立する概念、「抽象概念」です。「抽象」とは、具象・具体の対義語として、様々な事象(じしょう: 事柄と現象)の性質・性格・一面・側面・共通性・類似性・・・等々を「抽出:(ちゅうしゅつ 引き出し・抜き出す事)」して、何事かを「理解」し「概念化」するという意味です。つまり、「概念」というもの、「考え方・捉え方」と「考え・理解そのもの」という何かも、既に「抽象的」なものですが、「数」や「幾何学」、「記号」や「数理・物理」等々、技術的に共有される抽象化の概念を、特に抽象概念と呼びます。

「代数(計算・式に、数字の”代わり”に a,b.c...x,y...等々のを用いる記号)」等の「記号・記号化」とは、これらの「数字」と別種の、しかし順序を持った文字や象徴を用いることで、数字が切り捨てた意味合いを「補強」するものです。これもある種の「数」であり「記号」ですが、何らかの独立した記号は、その表記・意味合いが補強される毎に、ある意味では「言葉」へと近づいてゆくものです。数と代数、種々の記号による表現とは、「数理」という「ある種の文法」の内部での、「計算のしやすい表し方・言い方・呼び方」としての、「人工的な言語・非自然的な言語」であると言えるでしょう。

つまり、広い意味での「数」とは、単純化され象徴化され記号化されているからこそ「共有」が可能な概念であり、システムであり、その単純化ゆえに、人間が認識出来る対象に対して、広く対応可能なものではありますが、「数が数として成立するために切り捨てた何か」、つまり「言語的にしか表現できない何か」を、数によって・数のみによって表現し、論理化する事は出来ません。

--言語と近い、明確な文法を持つ、いわゆる「人工言語」、例えば「コンピューターの言語」は、0と1のデジタルな単位、部分的な「数理」によって機械的・技術的に形成されるものです。しかし、これも、人間の知性全般、「自然言語=人間による言語」と「数理」の「対応」を前提とする、「論理的・機械的・電子的な”技術”としての”回路”」、設計・設定された、システム、プログラム、装置によるものであり、当然の事ながら、いわゆる「計算機=コンピューター」が、「意味」や「言語」そのものを人間の脳と同等に「理解」し、「思考」し、さらに自律的に形成する事が出来るというわけではありません。コンピューターの言語は、いわば「読み書き」と「計算」「幾何学」の延長線上として、「人間の脳によって成立する論理・数理や幾何学・色彩・・・等々のごくごく一部分」を「外部に機械的に対応・形成させた”技術”」あるいは「道具」の一部であり、「言語や数理そのもの」とも「言語・数理・幾何学・・・等々を成立させる脳の機能」とも異なる性格のものです。--

また、「言語学」的に、複雑で複合的な単語の構造を分解したり、極々単純な単語の「語源」をたどってゆく事はある程度まで可能ですが、では、その分解された単語の単位や語源的な単語が、「なぜ、その単語・その音なのか」には、最終的には合理的・論理的に答える事が出来ません。逆に、自然の事物や現象と「ことば」が、数理的・物理的・科学的な「一対一対応」、必然的な対応に支配されているならば、人類は一つ系統の言語しか持つことが出来ないという事です。

前述の「感動詞以前の原始的な発音」を、ヒトという「動物の鳴き声・うめき」のヴァリエーションと解釈するなら、確かに異なる文化圏・言語の系統でも、その母音と子音の構造は広く「類似性・共通性」を持ちます。しかし、人間に普遍的な感覚を表す単語、例えば「甘い・苦い」や「さむい・あつい」等々も言語が異なれば全く発音が異なりますし、反射的な感覚、例えば「痛い!」とか「まぶしい!」等々や、「感動詞」としての「うん・ああ」「ううん」や「えっ!・ええ?」等々も、それが何らかの「意味内容」を帯びたとたんに、別の言語では全く発音は異なり、ごく単純なイントネーション以外の「法則性・規則性」と呼ぶに足りるだけの共通性をほとんど見出せません。「脳内での物理的感覚と言語の対応」が法則化可能な一対一対応によるものであるならば、ごく単純な感覚を表す単語全ては異なる言語でも同一か類似する発音であるはずです。また、動物の鳴き声や自然現象の音、道具や器械、楽器の音・・・を人の声で真似る「擬声語・擬態語」は、「聴覚的な情報を出来る限り忠実に表現している声による音」であるかのようですが、言語・文化が異なれば、その発音は全く異なります。この事は、「言語」というものが、人間にとって「自然」なものでありつつ、「習慣や学習」によって形作られる「文化」として、相当に「人工的」で恣意的なもの、曖昧なものでもあるという事を表しています。

そもそも、人類は、自己が認識するものに、さらには、「新しい」ナニモノか、「未知の」、そして「空想上の・実在しない」ナニモノかにさえ、常に「名前」をつけ、「説明」をし、言語化・概念化をし続ける事で、知性を共有化して来た・して行くものです。そして、言語による「概念」も、常に、分離分解され、異なった表現と組み合わされ、新しい呼び名や別の表現・別の理解が模索され、知的試行錯誤の対象となります。「言語」そのものが、人間の言語機能によって、「言語そのもの」を素材として、「言語そのもの」を対象として、複合化され、複雑化し、新しい対応・意味内容のヴァリエーションを形成する「可能性」を持つもの、実に不可思議な構造を持つものです。

言語とは、言語的・論理的・合理的な性格の事柄に対してだけでなく、「感情や情緒」、「意思や意図」、ある意味生物的・生理的な曖昧な現象にも対応が成立するものです。言語に限らない「表現」全般が、自己にも他者にも、何らかの意思、情緒や感情を促し、訴え、共感させ、反応と新たな表現を引き出す・・・この構造、いわゆる「こころ」や「人間性」とは、単純に生理学や脳科学に還元することでは論理化が不可能なものです。

自然の事物・自然現象や概念、感情や情緒、意志・・・等々と言語との関係は、物理的・科学的に一元的に表現・理解が可能な対応ではなく、「人という種の、ある脳の中に・ある脳とある脳の間」に、あるいは「ある文化」の中に、「共有される事でしか成立しない」、極めて曖昧で、偶然的で、恣意的(しい: 特に決まりがなく、偶然的なこと。思いつき。)で、ある意味「自由」なものです。この極めて曖昧で自由ななにものかによって、人間は考え・思い・主張し、しかも相当精密に意志を交換します。これは「脳」そのもののもつ機能の合理性・論理性、ヒトという種の脳の構造の共通性・共有性によるものであり、かつ、「言語」そのものが持つ、柔軟でありながら非常に精密な合理性・規則性によるものであって、単純に、「自然現象」「物理現象」として捉える事の出来ない、つかみきる事の出来ない、非常に複雑で特殊な性質です。そもそも「合理性・論理性」を自然現象から見出し、それを論ずる事が出来るのは、「人間」だけですし、「ヒト以外の動物に不可能な高度な生態」とは、「不合理・非論理」的な、「動物」的には、矛盾した恣意的な行動を数多く含みます。ただ「生きる」「増える(繁殖する)」という事を「生命活動」の目的とするなら、人間の文化全般は、決してその目的に対して合理的なものではありません。

「言語」が、人間の生理的な機能によるものでありながら、「文化」として、「人工的・人為的・技術的」なものであるとは、言語が人間の外部にある意味「独立」して成立し、「客観」が成立し得るもの、客観的に捉え、扱う事が可能なものであるという事、「言語自体」が、意味体系・構造を持ち、複雑化し、発展して行く可能性を持つものであるということです。「言語を言語によって論ずることが出来る」という構造は、「物理現象・自然現象」という何事かの定義・範囲を完全に超えるものです。「言語」を「いきもの」として捉える感覚は、その意味で、必ずしも不合理なものではありません。

さらに、人間は、「想像力」というナニモノか、物理的にも合理的にも言語的にも視覚・聴覚的にも「存在・実在」しない何か、物理的な「時間」「空間」の枠を超えた何かを、思考・意識の中に成立させる能力を持つものです。「記憶」という何か、あるいはその「想起(そうき: 思い出し、思い起こす事。)」も同様です。あるいは「記憶」「想像」とは、意図・意思を超えて、論理や合理性、時間・空間の感覚も超えて「成立してしまう」ものだとも言えるでしょう。「主観・意識・意思・思考・記憶・概念・認知・感覚・言語・・・」全ては、生物としてのヒトの活動として、曖昧で複雑なものであり、「言語」が表すその「内容」も、さらに言えば「言語」そのものも、必ずしも予測可能・法則化可能な規則性や合理性に支配されたものではありません。

人間は「共有されたもの」「共通に理解されるもの」としての「言語」や「幾何学・数・記号」といった「象徴」を、ひとりひとり、「個としての脳」、いわば「自己・自我」の内部で、「脳」の生理的な「時間」の上で、自覚的な「時制」の感覚の中で、共時的・通時的に、さらには時間の枠を自由に超えて、「非時制的」に扱うことで、「論理的・言語的・数理的・象徴的」に思考します。言語は、他者とも「共有」され、非常に高度で複雑な「意志の疎通」を可能とさせるものであると同時に、「個人」の中でも、「思考」そのものを成立させる上で欠かせないものです。つまり、ここでいう「共有」とは、「他者と共有される」「文化の内部で広く共有される」という事に限らず、「個としての脳」にとっての「言語・意味内容」の対応を含みます。個々人にとっての、「過去」の主観と、「今現在」の主観に、「言語と意味の対応」とが概ね「共有」され、柔軟な「連続性」を持っているという事です。

この「自己・自我」の内的プロセスでの「言語」とは、脳科学の仮説で「脳言語」と呼ばれる、「言語以前の言語・非言語的な言語・内的な言語」であり、「非言語的な言語の扱い」の構造全体を指します。つまり、「外的な言語・共有可能な言語・文法を持つ言語」と「脳言語」とは、常にその意味を交換し合い、互いに「翻訳」される事で意味を持つ言語として成立します。どんな言語体系に属する人間であっても、生物学的人種、男女の性に関係なく、この「脳言語」の機能と構造は人類全体に共通するもの、生得的(せいとくてき: うまれつきの。先天的な。)なものであり、「脳言語」とは、ある意味究極の「共通語」と呼べるものかもしれません。

「脳言語」の持つ構造の共通性、普遍性は、解剖学的な脳の構造と、言語学の「普遍文法」という概念によって推論されるものです。言語・国語の違いによって、「単語」にあてられる発音・表記、文法が異なる事は当然の事ですが、「なにものか・なにごとか」を、「音声・象徴」によって対応させ、これを意味内容に応じて、「部分的に変形」させたり、「ほぼ決まった順番に並べる」という共通したルール、「普遍的な構造」が全ての言語に間違いなく存在します。単語を「名詞・動詞・・・」等に分類して分析すると、「語順(名詞・動詞などの順序)」や単語の変化にヴァリエーションがあっても、その大まかな構造が、全ての言語に「普遍的」であるという事です。そもそも、言語に対して、名詞・動詞・形容詞・・・等々の「意味的」な分類が「可能である・成立する」という事自体も、単なる「音」や「鳴き声」と「言語」を分ける要素だと言えるでしょう。つまり、「普遍文法」とは「言語を言語として成立させている要素・構造」とでも呼べる共通性を指します。

この「普遍文法」の構造が、全く異なる言語、言語体系が、「翻訳や通訳」によって「おおまかな”意味内容”」をほぼ共有出来る理由です。近代以降の言語学が、異なる言語との「比較」、種々の言語の「構造」に注目し論理化を進めて来たという経緯は、学術としての「音楽学・音楽理論」の発展の経緯とも通じるものです。音楽理論の発展と「言語学」の発展には類似性と、部分的には、同時代的な相互の影響も認められます。

--ちなみに、「英文法」で用いる、S(Subject :主語・主題)、V(Verb :動詞)、O(Object :目的語)、C(Complement :補語・補助語)・・・の原型として、いわゆる「代数(x、y や a b c・・・等、数字の代わりとして文字を用いる計算・式)」の概念を「文法」に導入したのは、アメリカの言語学者のハリス(1909〜1992)です。T、S、D等々の記号の原型は、前述のリーマンによって1800年代後半に本格的に導入され、それ以前、1800年代前半には、長短の三和音をルートの音名の大文字・小文字で表記する記号が用いられていましたから、言語学が代数的記号を導入するよりかなり前から、音楽理論はこの方法論を導入していたわけです。「和音の進行」を「文法」に類似した構造として捉えるという概念は、理論としての和声に欠かせないものです。--

「脳言語」が、「外的な言語」へと翻訳され「表出」される事で、別個の「個」の思考・意識・・・と互いに何らかの意味的な交流が可能となり、外部からの言語を「聞く・読む」場合でも、やはり個としての脳内のプロセスによって、外的・文法的な言語は、内的・非言語的な言語に変換され、さらには、「自分が話している・書いている」内容に対しても同様なプロセスが働いているわけで、「言語」とは、とてつもなく複雑でかつ瞬間的な相対関係、通時的・並行的・循環・連環的構造に裏付けられた機能・現象です。

読み書きであっても、会話であっても、例えば「読みながら・書きながら考える」こと、「聞きながら、話しながら考える」こと、あるいは複数の人の発言内容に対応し、同時並行的、相対的・意味的な対応がなされ、それぞれがある程度独立する事さえ可能です。

意識や主観とは、物理的・生理的な「時間」というナニモノかの中にあって、過去・現在・未来という時制と、さらにはその枠を超えて、感覚的、論理的・言語的・知覚的(ちかく:五感や知的能力全般)情報に受動的・能動的に対応するもの、同時的・共時的・通時的・並行的・連環的な構造であり、システムであり、超積極的な活動です。そして、「主観・意識・思考・記憶・・・」とは、「脳言語」の働きそのものをも含み、その内容は情緒や身体感覚と欲求、身体の動作といった、身体的意識、広い意味での「無意識」に支えられた現象です。これも脳のロジカルな機能に基づくものですが、精神の活動、身体の活動のほとんどは、人間が直接自覚的・論理的に捉える事の出来ない、「意識」する事の出来ない自己の脳の活動、無意識的・非言語的、共時的・通時的・時制的・並行的・映像的・反射的、感覚的・生理的なプロセスです。

「脳の言語機能」と「意識」との関わりの境界線は、科学的に明らかになっていませんし、「言語」そのものを脳科学的に解き明かすという試みも、ようやく入り口の地点に立ったという現状です。近年の研究では、言語が持つ「文法」の構造は、人間に「生得的」な脳の構造によるものと考えられていますが、解剖学的な脳の構造、脳神経の観察からも、外部からの実験・観察からも、リアルタイムに「言語」や「意識」を成立させる仕組みの全体は、現時点では、「大まかな推論」、「モデル」でしか捉える事が出来ません。

「脳言語」を、脳科学の「仮説」と呼び、「普遍文法」の脳科学的な位置づけを「推論」であるというのは、この「言語学的な言語の構造」、「非言語的な言語の構造」を、現在の技術では、脳を直接的・物理的・化学的に観察・実験する事で実証・再現する事ができないからです。狭い意味での「言語」とは人間に特有な生態なので、生きている状態での「実験」に限界があります。さらに、「意識」という現象を、人間は「主観」によってある程度「意識」する事が可能ですが、これを「客観的」に認識するという事は、とてつもなく難しい問題です。「自分の意識を自分で意識する」という現象は「主観」だからです。そして、「意識」は現象である事に違いありませんが、「自分の意識」であれ「他人の意識」であれ、「意識そのもの」を「直接」、見たり・聞いたり・触れたり・計ったり・・・、「観察」する事が出来ない質のものだからです。「言語」に限らず「身体の操作」でも、「指一本」の動きさえ、どこまでが「意識」で、どこまでが「無意識」なのか、自覚と慣れの境目、意図と反射・反復性の境目は曖昧です。この「脳そのもの」と「脳が生み出すもの」との関係の隔たり、「溝」は、技術的にも、質的にも非常に深いものです。

また、「文法」の構造が、ヒトの脳に生得的でその機能によって自明なものであるとしても、言語全体、言語が表現する「内容」が、やはり自由で曖昧であることに変わりはありませんし、言語の「内容」そのものが「文法」に何らかの変化や「破れ」、不合理性を要求することも少なくありません。そして「言語」を成立させ共有させる機能が「生得的」であっても、「言語」そのものは、「生得的」なものではありません。「言語」は、広い意味での教育・学習、「文化」によってしか形成されません。言語は「文化」において、また「個々人の過去・現在・未来の主観」によって、「共有されなければ成立しない」ものであるということです。言語に限らず、「人間に特有な生態」を、他の動物の「生態」と生物学的に同一視出来ない大きな理由がここにあります。人間という種にとって「自然な状態」とは、既に相当に「人工的・人為的」なものを含むからです。言語に限らず、「食・住」や「性」、「群れ・争い」といった「動物」としての基本的な営みに対してさえ、また、人という種の特殊な生理的必要性としての「衣服」や、やはり人という種を特徴付ける「道具」そのものとその「技術」等々、人間の「生態」と行動の質は、かなり「人工的・人為的」あるいは「創造的」であり、「文化的・主観的・情緒的」で曖昧なものです。

個人的な「表現」の欲求によって、あるいは生活習慣、文化の変化に応じて、変形してゆく事も「言語」に自明な性格です。なので、「文法」を、現時点で、ある言語の系が共有する確定的なものと定義するか、時代の中で、文化の中で、また個々人の中で、自らを生成・構成してきた生物学的な現象の一部と定義するかでも、その意味合い、論理が妥当な範囲は全く異なってきます。「言語そのもの」が、例えば「読み書き」という形で、脳の機能・脳の内部からある意味「独立」した形で、脳の「外部」に形成され、別の脳・別の主観と共有され、対応と反応、複雑化と発展が可能なものだからです。

現代の科学において、直接的な観察・実験が不可能な自然現象、もしくは、観察結果・実験結果を、現時点での数学的、物理的アプローチによっては、直接的に解析・分析しきれない、複数の要素が絡み合う現象、系統全般を、「複雑系」、あるいは、「複雑な系」であると言います。自然現象、特に生物の生態のほとんど全てと、政治・経済・社会、芸術・流行・習慣・・・等々の「文化」と呼ばれる、「人間に特有な生態」全般は、「厳密で完全」な予測と法則化の不可能性が自明(じめい:自ら明らかな事)な「複雑な系」です。脳、意識・主観・記憶・思考・意味・概念・精神、言語、そして、美術・造形や「音楽」も当然、「複雑な系」です。

言語・思考に特有な、「共有された意味・理解」と「個」との関係性は、音楽にとっても同様の性格を持ちます。脳科学的にも、「音楽」という「現象」は、「聴き手」としての「個人」の脳の中で、何らかの個的・主体的な処理がなされる事で初めて成立するもの、「それぞれの聴き手の内部でのみ成立するもの」だからです。演奏や作編曲、即興の場合でも、最初の「聴き手」は、演奏者・作編曲者ですから、「脳言語」と同等な意味合いでの「脳音楽」、共時的・通時的・時制的あるいは超時制的、曖昧で偶然的であり、かつ精密な並行的・相対的、連環的・循環的構造・・・は当然存在するものと考えられています。この内的な音楽、音楽以前の音楽が、音律的、音階・和声的、形式的、旋律的、律動的(りつどう:リズム)・・・な、外的な「"共有された"音楽としての条件」に翻訳される事、あるいは「当てはめられる」事で、いわゆる「音楽」という共有可能な何かが成立しているというわけです。

「音感」という、やはり脳内のプロセスとして、比較的自然現象との対応の内容が明確で単純なシステムの存在から、「言語と思考」の関係ほど複雑ではないと推測されるものの、やはり「脳音楽」とは、脳の生理的・感覚的な時間に従って共時的・通時的・時制的・非時制的・超時制的で、連環的・並行的・象徴的・偶然的・身体的・感覚的、曖昧・混沌としたものであり、必ずしも合理的で整合性のあるものとはいえません。逆に言えば、だからこそ、人間は、様々な異なる構造の音律、旋法、リズム、協和・不協和、和声のシステム、形式・・・に対応可能であり、少なからず、文法的・形式的な音楽の「枠」を超えて、何らかの即興的・創作的内容が可能となります。

音楽の構造を直接「言語の構造」と結びつけることも出来ませんが、その共通性は少なくありません。理論編A:で、音楽の「起源」として、また「旋律」の最も原初的な形としての「言語的イントネーション」について触れました。言語学では、単語・言語の発音の構造やイントネーションを「音韻学(おんいんがく)」で扱います。近代以降の「音韻学」は、言語の発音構造を、生理学的な声帯や口腔(こうくう: 口の中)の構造や動きの見地から分解し分析します。「メロディー」と「言語の音韻」の結びつきと関係は、古くから比較的に分析されて来たものです。

より広い視野で捉えるなら、古代から「音楽習慣の分化」は、「言語の分化」と共に、非常に長い歴史の中で並行して来たものでもあります。「言語の起源」は、「音楽の起源」と同じく、解明する事が不可能な問題ですが、例えば、「比較言語学」で有力な説である「インド・ヨーロッパ語族(ギリシア語・ラテン語・フランス語・イタリア語・スペイン語・ペルシャ語・ロシア語・サンスクリット・ヒンディー語・ウルドゥー語・・・)」という分類は、これらの言語の構造と音韻的な「共通性」によって、「インド・ヨーロッパ祖語(そご)」という、共通の「言語の祖先」が想定される言語です。この「祖語の継承」と「言語の分化」と同じ程度に、音楽的・音感的習慣も「継承」され、そして「分化」している事は間違いないでしょう。ヨーロッパの言語は、ギリシア語からラテン語へ、ラテン語から、「ロマンス語派」(フランス語・イタリア語・スペイン語等々)へ分化し、ゲルマン語派(ドイツ語・英語・北欧三国の言語等)がさらに派生したものと考えられています。ちなみに、日本語の「祖語」は諸説あるものの、未だに不明で、祖語・語族が明らかでない言語、「孤立した言語」に分類されます。

そもそも「音楽」も多くの文化で、音感だけではなく、「読み書き」によって、その構造を共有させ、継承させ、複雑化させてきたものです。「読み書き」とは、音声としての聴覚的な言語や音楽が、視覚的な記号・象徴によって人間の「外部」に「記される」事で、「技術」として「意味内容」として共有されるというシステムです。脳科学では、脳の「聴覚と視覚」の機能が合流し、統合された構造が「言語」を成立させる決定的な条件の一つであると理解されていますから、この「聴覚と視覚」を、さらに「意味内容」と結びつけ、「文法」に対応させた構造を、「脳の外部」に、視覚的・記号的に表現し理解する連関的・循環的ないとなみが、「読み書き」であると言えるでしょう。「読み書き」、つまり「視覚的情報」と「聴覚的情報」とが文法的に対応するのは、「言語」と「音楽」だけです。

しかし、「言語」によって可能な「意味内容」の厳密な共有は、「音楽」には不可能です。理論編A:で述べたとおり、アフリカでのトーキング・ドラムや古い民族音楽のように、「音韻・音数・リズム・イントネーションと一致したメロディー」による、言語と同等の「情報の伝達」がある程度可能である事も確かですが、この場合、「言語の音韻」の「共有」を「前提」とする事で初めて成立する構造ですから、「音楽」そのものが言語と同様の「意味内容」を持ち、それを共有させる事が可能であるというわけではありません。

また、言語には「人工言語」「自然言語」の分類が成立します。前述の通り、普通の言語、「自然言語」そのものも、非常に長い時代を経て形成された、人工的・人為的・技術的な性格を持つものであり、共有される事でしか成立しないものではありますが、「音楽」には、この「自然言語」と同等な意味での「自然音楽」という構造は成立しません。仮に、「鳥の鳴き声」を「ある種の音楽」「自然音楽」と捉えるとしても、それと同等な「本能によって用意された、メロディックな鳴き声」は、人間という種には存在しません。言語そのものの「イントネーション」に「メロディックな要素」が認められるものですし、「未知の言語・異国語」が、「メロディー」に類似した響きとして認識されるという感覚は、脳科学的にもある程度の裏付けが成立している現象ではありますが、やはり、現代の我々が理解する意味での「音楽」という概念とは明らかに質の異なるものです。

さまざまな民族音楽に共通する、「普遍的な狭い音域の旋法の傾向」も、人間という種の脳の機能にとって「無理の無い・共有が容易な」意味で「自然」なものとして、「共通性・共有性」が認められるものの、これを「自然言語」と同等に捉える事は出来ません。音楽の素材、音感的・音響的素材が、自覚的であれ、無自覚的であれ、「音律」や「音階・音程・和音」という概念・技術として共有される時点で、これは既に「自然言語」よりさらに「人工的・人為的・技術的」なものです。そして、その「習得」は、「自然言語の習得」とは明らかに質の異なるものであり、声楽・器楽共に、器楽の場合特に、「道具の扱い」として、その習得の最初の時点から、自覚的な技術的・身体的訓練と試行錯誤を必要とします。そもそも、「自然言語」も、「本能によってのみ成立する、学習を必要としない生理機能」ではありませんが、より技術的な意味で、「人工的・人為的ではない”音楽”」など存在しないのです。

言語の「音韻・イントネーション」、特に「異なる言語にも共通する、ヒトという種に共有された生理的な音韻構造」を、「音楽の起源」の一つと考えるなら、音楽とは、言語の「メロディー的要素」が、独立・分離して複雑化したものと捉える事も出来ます。しかし、「言語の音韻」の音響物理的な構造は、非常に緻密でかつ柔軟な「声帯・口腔・呼吸機能」全体、生物学的な「発音器官」によるものであり、基本的に「道具」としての物理的一対一対応的構造である「楽器」の「発音原理」とは比較にならないほど複雑なものです。楽器によって可能な「イントネーション」とは、言語の音韻に類似する要素を持ちつつ、やはり言語そのものからは独立した、楽器そのものの物理的・技術的構造によるものです。

「言語と音楽」とは、類似性・共通性の強い系であるものの、明らかに全く別のシステムです。「うた」とは、「音感的なイントネーションが強調された言語」という性格も持ち、「音感的・音楽的内容と言語の並行的共同的表現」とも言えますが、やはり「音楽と言語」とは「別のもの」です。言語学的な「音韻」と「旋律」の構造は、特に古い文明・文化の民族音楽ほど密接なものと考えられていますが、これらの非常に古い音楽習慣にも、「音韻と矛盾したイントネーション」を「楽しむ」という構造が見受けられます。「音韻」と「旋律」が、「言語と音楽」が、「別のもの」であるからこそ、これが干渉せずに共存・並行する事が可能であり、また、共存・並行する事に意味があるのだと言えるかもしれません。

「音楽」を「言語”から”独立した系」として捉えるなら、「発音器官による言語の音韻」の非常に広いヴァリエーションを、器楽的・道具的に単純な音響の素材にも可能な、「旋律」や「重音」、「リズム」として、さらに、「並行・重層構造の音程・和声的素材」として、「音響的ヴァリエーション」に「置き換え」て追求したものであるとも言えるでしょう。人間の言語機能が「同時並行的」な構造を持つ事、時間の上で、複数の発言や視覚・聴覚的情報の同時並行的処理を可能とするものであるという事も、音楽の構造と無縁ではないでしょう。

音楽が音感的・通時的に、ある意味言語より容易に、曖昧に、感覚的に「認識」される事が可能なのは、音楽が言語より限定され、言語的な意味内容から切り離された、単純・明確・明快な「音響的基準・構造」によるシステムだからです。

しかし、過去のある時期よく使われた「音楽は世界の共通語」という言葉は、主に西洋音楽にのみ関心を持つ人々、西洋音楽至上主義の人々の間でもてはやされた、いくらかの政治的な意図をもつスローガン的なものに過ぎません。異民族・異文化の音楽は、「音律」や「旋法」、「リズム・拍子」「協和・不協和観」の素材、構造・概念からして、その個別性と差異は、やはり「外国語」に近いものです。しかし、「音感」がもつ普遍性や共通性といったものが、異民族・異文化に対しても、ある程度の、場合によっては強烈なコミュニケーションを可能とするものである事は確かです。また、長い年月を経て、「西洋音楽の音感の習慣」が、「その民族文化の音感の習慣」を吸収してしまう、あるいは「異なった音感の習慣が融合される」という現象は、理論編A:に述べた通りです。さらに、過去の作曲家達に限らず、全ての作曲家・編曲家・演奏家の「個性」とは、その「音使い」に顕著に明確に現れるものです。つまり、「誰々っぽい曲、フレーズ、響き・・・」といった感覚を、明確な言葉・論理で表現できなくとも、やはり「音感的」「印象的」に「聴き手」が認識できる、共感できるという事は、人間の脳の構造の共通性と、非言語的、音感的な「意味」の共有によるもので、これも非常に興味深い問題です。

「音楽の音感」が持つ、意味性や時間性、論理性、通時的・並行的、循環・連環的構造、読み書き、”音”といった、言語と共通する性格、同じ種としての人間の脳の構造によって、「共有されることでしか成立しない」という性格を考えると、ある意味で「音楽」とは、全ての人にとって「外国語」であり、全ての人にとって、ある程度「母国語」であるものだとも言えます。

なんにせよ、音楽がもつ「言語的・文法的」な構造を、特に音程関係によって「拡大」させたり、無意識的にも意図的にも「離れたり」「逆手にとったり」、あるいは、あえて「無視」するといった、やはり「音感的」な習慣、意図と試行錯誤が、あるいは「音感的な想像力」が、「調性」そのものを成立させ、さらに調性音楽の歴史の中で繰り返され、徐々にその可能性を広げ、最終的には、調性以外、また機能和声以外の音組織の模索へとつながります。これらの「音感的な意図と試行錯誤」は、一回限りの偶然、あるいは「失敗」として忘れ去られる場合もあれば、ある個人としての作曲家によって、かなり精密に組織化される場合もあります。さらに、そういった偶然や試みの一部が、時間をかけ、やはり自然に「流通・共有」されたり、別の時代に「再解釈」される事もあります。こうして「音感の習慣」の中に、新しい・拡大された要素・方法が加わるわけです。「音感の習慣」とは、そういった「試行錯誤・変化・変遷・発展・・・」を自明とするもの、自らの性格とするものであるとも言えるでしょう。

調性の成立と構造は、非常にロジカルな、「なぜ」を伴った内部構造を持つものですが、当然の事ながら、音楽そのものは「言葉による理論」ではありません。しかし、「音感の習慣」である調性の構造が、言葉として、記号としてロジカルに捉えられ、捉えなおされる事が、その構造を「意図的」に使う・発展させる、最も有効な「方法」であることにかわりは無いでしょう。その時代の「論理・理論」が、なぜ・どうやってを伴った方法論として、音楽そのものに与えている影響もまた、小さなものではありません。

また、優れた楽曲が持つ、美しい響き、挑戦的な響き・・・の「なぜ・どうやって」を探るという、ごく当たり前の欲求を充たす手段として、楽曲が「分析」され、そこに現れている・用いられている手法が論理的に抽出される事が、音楽理論に欠かせない要素であるわけですが、この「分析」も、独立した「学術」としての性格を深めるにつれ、「方法論」としての理論から、「研究・分析のための理論」へと傾いてゆきます。

つまり、「音楽そのもの」が持つ「論理性」「言語的な性格」、「仕組みやパターン」が、記号・散文としての論理、「理論」として扱われることで、「音楽理論」という形で「独立」した、ある意味では、「音楽とは”分離”した」知的組織を成立・発展させたわけです。

・音楽に可能・妥当な「理論」

「学術:学問」のどんな分野でも、「基礎研究」や「基礎理論」とは、非常に深い研究・追及の対象となる一方、良くも悪くも、出口の無い「理論のための理論」となってゆく傾向も持つものです。「調性音楽の基礎理論」に該当するのは、音階論・音程論・楽式論・律動論と、対位法・和声法・旋律法・拍節法であるわけですが、音楽の「理論」は、しかし、自然科学で言うところの「理論」の定義には当てはまりません。

例えば、「音響物理」は物理学、つまり自然科学の一分野として、音感に関する「大脳生理学」「脳科学」も同じく、狭い意味での「科学」ですが、それ以外の「音楽理論」全般は、「人文科学(じんぶんかがく : 文化に関する学問)」であって、「自然科学」のような厳密な理論化や数値化、再現性、徹底して客観的な議論、その結果の普遍性(ふへんせい: 全ての物事に通じる、矛盾の無い性格)が期待出来るものではありません。

「Science:サイエンス」の語源は、ラテン語の「Scientia: スキエンティア」で、これは「知識・知る」や「原理」という意味合いを持つ言葉です。「Scientia」は、「Scire: スキレ」「切る・分ける」という語の変化形であり、日本語の「わかる:解る・分かる」という言葉の構造とも通じるものです。「科学」という訳語も、「分科された学」という意味合いとして共有されます。論理の対象を、しっかりと「分ける」事で、「科学」が成立しているわけです。科学的論理の対象を二つに分類する場合、「自然科学」「人文科学」となり、三つに分類する場合、「人文科学」は「人文科学と社会科学」にさらに分科されます。

「自然科学」の場合、大まかに「分化」された対象がさらに「細分化」され、その共通性・類似性と相違点から階層的に分類される事で、個体的な対象に位置づけがなされる事も、その方法論の基礎です。例えば、生物学の場合、外見的・構造的に「分類」されたさまざまな種の個体が、「解剖学」的に骨格・筋肉・神経や器官、細胞、遺伝子へと分解され、さらには、「生化学」「生物物理学」的な方法によって、たんぱく質や遺伝子を形成する分子に分解される事で、他の種との差異・相違と共通性とが、遺伝子の分子レベル、生物的「極小」のレベルで明らかになります。「分解」を「極小」まで突き詰めることで、個体を形成する構造と「素材」を抽出し、この「個体」の多様性の中から法則性を見出し、生物界「全体」、「極大」の構造を探るわけです。つまり、「分類学」とは、単に「分け」て終わりではなく、これらの分類を成立させる決定的な差異・相違を、出来る限りミクロな素材によって分析することで、逆に生物や物質、その全体の共通性・法則性を探ります。細分化・分解・分析の結果を集め、「全体」を見渡し理解する事を「統合(とうごう)」と呼びます。「生物」と定義・分類される「もの」の共通性・法則性として、特に現代注目され研究されているのが、「遺伝子」であり、遺伝子を形作る「分子」です。

こういった、「分化・分解・分析」「構造・機能・素材」「法則性・規則性」と「統合・総合」・・・による論理は、他の自然科学でも必須の方法であり、「人文科学」に対しても応用されます。

しかし、現代では、「科学」とは狭い意味では「自然科学」をさします。「自然科学」とは、その「対象」を、客観的で厳密な検証が可能な「自然現象」と「自然の事物」を素材とする、物理・化学・生物学等に限定したものであり、主観的・人工的・人為的・技術的な人間のいとなみ全般、「文化」全般を「直接の対象」としません。この意味での「自然科学」を「純粋科学」と呼びます。論理の対象を「分ける」こと、また、現時点で「分かっている事・分かっていない事」を厳密に「分ける」事も、「Science」の条件です。多くの場合、実は、「何がわかっているか」より、「何がわからないか」、あるいは「何がわかり”得ない”か」が重要となります。

近現代の「自然科学」とは、現時点までの数学的・物理的・化学的・論理的な方法論によって把握しきれない事柄を「自覚」し、完全に実証されていない考え方、現実世界の現象を「先取り」した推論・推理を「仮説」として扱い、「科学」という論理、ルールの中で、個々の事象をフェア(公正)に扱うことで普遍性を持つものです。さまざまな誤解や偏見、議論・論争、紆余曲折を経ながらも、新しい時代の概念や方法・技術によってくつがえされた古い仮説が、長い目で見れば、結果的にフェアに、新しい仮説へと変更される事、「開かれた」性格が、「科学」の「伝統」です。

「仮説」が「実験によって完全に再現される」場合、これが「定説」となります。自然科学では、「仮説・定説」を混同することは許されません。また、当然の事ながら、「これは仮説です」と前置きすれば、どんな思いつきも「科学的な仮説」となるわけではありません。現在の技術において可能な限りの観察・実験の結果と、数理的・論理的に矛盾のない推論が結び付けられて論じられる事で「仮説」が成立します。「科学理論のほとんどが仮説である」とは、よく言われることですが、この「仮説」とは、「あやふやな説」であるという意味ではありません。仮説が仮説である事の理由とは、今現在までの実験・観察と解析・分析の技術的な問題、実現性の問題によるものです。つまり、学術的に「仮説」と認められる科学理論とは、少なくとも現時点では、数理的・論理的に、相当に「確か」なものであるという事です。

「宗教」や「神秘主義」が「疑う事が許されない真理(と呼ばれる何か)」や「信じる事・思い込む事によってのみ成立する真理(と呼ばれる何か)」を主張するものであるのに対して、科学はその論理が常に実証される事を目指し、検証可能、反証可能なもの、修正可能なものとして扱います。

科学の「分科」とは、互いが専門性を高め「独立」しつつ「議論」し、情報と理解を共有するという事であり、「分裂・対立」するということではありません。純粋科学だけでは、人間の知性・文化・習慣や社会に対応することは出来ません。それぞれの科学の「理論と実践」、さらに分科の内部と分科同士の「公正な議論」と「協働」によって、学術の全体、知の全体が進歩します。科学は「分化」するだけでなく、全く異なる科が「協働」することで、「新しい分野」を派生させます。例えば「音響物理学」と「生理学」が協働すると、「音響生理学」となります。前述の「生物物理学」や「分子生物学」も、全く異なる系とアプローチが協働することによって、「物質と生物」の統合された状態、「生命」の構造に、より深く、より細密に迫り、同時に、よりマクロな構造、生命活動を作り出し・可能とさせる物理的素材・条件としての地球全体と宇宙とを探るものです。科学とは、こういった別分野の協働・合同によって、多様性に対応し、また時代に応じた新たな方法論を可能とします。

学問・学術としても、個々人の「知性」の内容としても、科学的な方法論、観察・実験・実証・反証、分解や分析、論理性・・・は、単に分解され「断片」として蓄積された情報としてだけならば、何の意味も持ちません。実証の結果形成された理論や、分化・分解・分析された情報を組み上げる事だけでなく、さまざまな事実や概念、論理や方法を、現実と対応させ合致させる事も、「統合」と呼びます。サイエンスの「分化・分解・分析」は、「わかる」事、「証明される」事だけでなく、その背後に「統合」を目的として持つものであるという事です。この「統合」によって、知性全般が、現実世界の中で、より新しい・深い・確かな・自由な対応と具体性・技術と方法を獲得します。

ところが、現代論じられる「音楽理論」の多くは、こういった自然科学的な意味で「フェア」な、自らを修正することで進歩するという、偏りの無い知的態度で構成されているわけではありません。音楽理論とは、「民族音楽」の一つに過ぎない「西洋音楽」の「伝統」、「楽派・学派」の「伝統」の要求から、その内部で形作られたものです。音楽理論に限らず、歴史の長い「人文科学」全般は、自らの「伝統」の内容そのものを論理・理論の「基準」とする性格、いわば「閉じた」性格が強いものです。

この西洋音楽、西洋音楽理論の下地となった西洋文化が、「近世・近代」から自覚し始めた、「その当時」の「自然現象の理解」の内容、つまり、「数百年前の科学的仮説」が、「現代の科学」によって修正されないまま、あるいは「現代的な疑似科学・似非科学」が、「西洋音楽の構造の科学的裏付け」として主張されていることは珍しくないのです。「音楽理論」の主張する内容が、いわば「迷信」に近いものを多く含むという事は、音楽理論そのものにとっても、また、音楽に関する専門性を持たない、人文科学のほかの分野に対しても、「人文科学全体」に対しても、望ましい事ではありません。

前述の通り、「科学」は、「自然科学」「人文科学」の分科によって成立するものですが、現代、この両者の中間の領域、両者を「つなぐ」ものとして理解されているのが、「脳」です。人間の脳は、人間の知性全般、文化そのものを形成し共有させる生物学的な「器官」であり、物理的・化学的なアプローチが可能な「物体・物質」とその「構造」でもあるからです。

しかし、2000年代の現在でも、「脳科学」の分野において、ごくごく基本的な音楽の構造、例えば、「長調・短調」、「長三和音・短三和音」が、なぜ・どうやって「明るい・楽しい」「暗い・悲しい」という「情緒的な印象・概念」と対応するか・・・という事柄は解明されていません。そもそも、前述の通り、現代の科学では、「情緒」や「概念」を含む広い意味での「主観」そのものを客観的に観察・実験する手段を持ちません。

狭い意味での「主観」の観察として、生理学的な見地からも、例えば、「短三和音」という「特定の音響構造」が、情緒的な「悲しい・悲しげである・・・」という認識、生理的な反応としての「特定の脳神経回路の活性化・特定の脳内物質の分泌」と、明らかな相互関係、因果関係を持つという「観察・実験の結果」は、「”一切”」見出されていません。

「長三度が明るく・楽しく、短三度が暗く・悲しく・・・」という二元的な、「長・短」の響きの認識、脳が振動数の比を認識するプロセスと「情緒・印象・概念」との関わりが、「なぜ・どうやって」成立し共有されるのか、という問題に関してさえ、「科学的な裏づけ」は成立していないのです。つまり「長・短」が「悲・喜」に対応するという概念は、生理学的・科学的に自明な事ではありません。

そもそも、「長・短」を「悲・喜」と結びつけるのは、常識的で広く共有された理解であるものの、実際の音楽の内容・構造に対しても、「情緒」そのものに対しても、あまりに大雑把な概念でしょう。--ちなみに、「長三和音は陽気にさせ」「短三和音は悲しげにさせる」と明確に論じたのは、前述のツァルリーノ(1517〜1590)の「音楽論」が最初です。--

脳科学・大脳生理学による科学的裏づけの無い「心理学」、「統計」や「心理実験」という、科学としての厳密さを欠くを方法による、「前時代的な心理学」の分野では、言語学的な「音韻(言葉の音)」、「情緒を表現する声質やイントネーション」や、動物、特に「鳥の鳴き声」等と「長・短」の響きとを結びつける事で、「音響と情緒」「音響と心理」に関する「推論」がなされ、また、より科学としての性格の薄い「通俗心理学(つうぞく:一般向け、大衆向けの)」では、そういった推論が断定的(だんていてき:きめつけること。)にも語られて来ましたが、それらは、現在では音響物理的にも脳科学的にも根拠のないもの、根拠の薄いものとされています。

また、19世紀に始まった「音響心理学」とは、主に聴覚の「刺激」に対する人間の「反応」を客観的に検証するもの、あるいは「物理的・客観的に検証可能な範囲」を扱うもので、広い意味での「心理学」というより、現在では「生理学」の分野に位置します。「生理学」とは、「意識」や「情緒」の「構造・原理」等の複雑系より、一歩ひいた、外的に検証が可能な事柄を突き詰める事で、生命活動の「構造・機能」を探る科学ですから、「医学」の基本ともなるものです。「医学」は、「応用科学」の分野に位置します。「医学」の分野で用いられる「意識・精神」や「情緒」という用語は、あくまで「医療」という現場での技術的・実用的な用語であり、「自然科学・純粋科学」の概念とはいくらか質の異なるものです。また、「人命」や「健康」に資する(しする:役に立つ)事を目的とする医学に要求される「実践」とは、他の学問・学術の「実践」とも、いくらか性格の異なるものです。例えば、「ある化学物質が、ある症状に”なぜ"効果的であるか」が「科学的に厳密に解明」されていなくても、副作用が強くない限りは「有効」なものとして使用されます。

「科学技術」と「科学」が異なるように、「医学・医療」と「生理学・生物学」もまた異なるものです。もちろん、「科学技術」も、理論と音楽の関係と同じく、どんな事柄であっても、実践においては、「完全に分かっていなくては”使えない”」などという事はありません。しかし、これは、「学術」の分野でも「実践」の分野でも、「実用できるなら、理論は無くてもよい・分からなくてもよい」という事では決してありません。例えば、現代、だれも100年前、1000年前の「医療」を受けたいとは思わないでしょう。同じように、いくら「最新の薬品」であっても、その効果に深刻な副作用が”無い”と証明されていなければ、公に広く用いる事は出来ません。医学も科学・化学的な「実験・実証」を必要とするもの、それを伴うものです。現代の「医学・医療」は、現代までの科学に裏付けられたものであり、また、「医学・医療」の目的は、科学そのものを進歩させて来た原動力の一つでもあるでしょう。医学・医療のように、直接的に「生命」と関わるものに限らず、現代的な自然科学、科学技術と相互的影響の全く無いような人間の営みや文化、人文科学は存在しません。

人間社会の構造に即して、科学・技術・実践・・・が「分化」し、それらが互いに実験と実証によって確かめられた情報や論理を共有し、議論・協働し、公正・厳密に「科学」する事で、「科学」そのもの「技術」そのものが進歩するわけです。科学・科学技術は、迷信や誤りを正してゆく公正さで成り立つものです。「音楽理論」が「人文科学」であるとしても、その内容が「迷信」や「俗説」を含むなら、やはりそれは正されてゆかなくてはならないのです。

「音響心理学・音響生理学」の研究は、後の時代の「大脳生理学」の研究と結びつき、いわゆる「音感」の構造、倍音列と音色の関係や複数の音の同時的・共時的発音・・・等々に対する聴覚の反応、脳の反応のデーター、脳神経回路の音声への対応、その解析の構造と能力・・・等々がかなり詳細に研究されてきました。その結果として、人間の聴覚的認識が、かなり正確なものでありつつ、絶対的な音高(振動数)よりも振動数の「比」や「違い」と「近似値」を基準とする傾向が強く、かつ、この脳神経の機能が生得的で人種や性別に左右されない普遍的なものであることがほぼ証明されています。

また、音響生理学によって「物理現象としては存在しないが、人間の聴覚が"主観的に作り出す生理的音感”」が証明されます。これは、いわゆる「差音(二つの音の振動数の差である低い音)」「加音(二つの音の振動数の和である高い音)」、「結合音」として、古くから音響学・音楽理論の文脈でも注目されていましたが、これが「生理学的」に証明されたわけです。この「生理学的主観的音感」、「主観結合音」は、いわば「一人歩き」する形で、偏った形で注目され、「和音の構造を形作る原理」として、通俗心理学に基づいた音楽心理学や現代の音楽理論の論理の素材とされて来たものです。

しかし、基本的に、人間の「知性全般」に関して、生理学が対象とするのは、脳のごく基本的な情報処理を含んだ「視覚・聴覚」等の「感覚・認知・認識」の「刺激に対する反応」や「記憶」のごくごく基本的な構造です。これらは、「脳波」や「脳の部分的な活性の度合い」等々の「外部から客観的に検証可能な現象」、また、「脳の構造」や「脳内物質」等の内部的・解剖学的・物理的・化学的な理解から推測される仕組み・構造であり、あくまで「”生理学的”な主観」の構造です。つまり、これらの「刺激・反応」の、リアルタイムな処理の結果、あるいはリアルタイムな現象「そのもの」としての「主観・意識・記憶・精神・思考・意味・概念」の根本的な構造と内容には踏み込みません。

「生理学的な主観」とは、いわば「狭い意味での主観」、「客観的物理現象に対する、客観的に観察可能な生理学的な反応」を指すものであり、「意識・精神・思考・意味・概念」を含む「主観」とは、「広い意味での主観」です。広い意味での主観とは、「”わたし”という現象」そのもの、「自我・自己」というシステムそのものと、それを成立させている全体・・・とでも言えるものです。これは、直接的な検証や論理化が不可能である「複雑な系」の中でも、おそらく最も奥の深い、かつあやふやで曖昧な現象であり、構造であり、システムであり、そのどれとも言い切れないものです。

「主観”的”音感」は、生理的反応として「現象」として認められるものであるものの、これが和音の響きに何らかの「意味合い」を認める人間の主観の構造を合理的に説明する根拠や「原理」となるわけではありません。「生理的主観的音感」とは、人間の生理現象としての知性・知覚の「ごくごく一部分」に過ぎないからです。音楽理論の歴史は、その当時の「科学」によって「新たに」認められた「部分的な現象」が、恣意的に、短絡的に、「今まで隠されていた・論理化されていなかった・自覚されていなかった」「音楽の”全体を解明する” "根源的な原理”」として注目されてしまうという傾向、問題を持っています。--これは、近代以降の他の人文科学の問題にも通じるものです。--

前述の「差音・加音が和音の構造・転回を形作る原理である」という説は、特に「差音」に注目したもので、例えば 純正完全5度 ド・ソ 4:6の振動比は、6−4=2 のドのオクターブ下のド、純正長3度 ド・ミ 4:5の振動比は、5−4=1 のドの2オクターブ下のド、また、ソ・ド の6:8の完全四度の振動比は、8−6=2 のドの3オクターブ下のド・・・と、「生じている差音」によって「ルートが補強される」事で「音程根音」が成立するという「推論」によるものです。つまり、「生理学として妥当・正当な”実験による実証”」は一切なされていません。そもそも、「ルートという音感」も、「長・短の情緒的印象との対応」と同じく、生理学の範囲、客観的観察の領域を超えた、「意味」を含む主観によるものだからです。

この「差音の補強による根音の認識の論理」では、例えば 短6度 ミ・ド 5:8の振動比によって、8−5=3 つまり「実音としては鳴っていない、ミより低いソ」が差音として生じるわけで、「差音と音程根音」の関係に決定的な矛盾が生じます。また純正短3度の音程、ミ・ソ 5:6の振動比は、6−5=1 として、やはり「実音として鳴っていない、ミよりオクターブ低いド」が差音として生じています。これを ラ・ド 5:6 とするなら、「実音として鳴っていない、ラよりオクターブ低いファ」が生じており、「ファ ラ ド の長三和音」が形成されている・・・という事になります。つまり、この「差音を含めた音程構造の最低音」を、「隠れたルート」と仮定する場合、短三度、短三和音の全ては、それが例え短調の「トニック・マイナー」であっても、「ルートより長三度低い音をルートとする長三和音が基準となる」という、完全に破綻(はたん:壊れた・破れた)した論理となってしまいます。

音響生理学的には、「主観結合音」も「自然倍音」も、「ある程度認識」され、「ある程度無視」されている曖昧なものであり、その聴取の度合いの幅・個人差は広く、またその時々の生理的・心理的状態にも左右され、これがどの程度「”普遍的な”音感」、「音楽の基準としての音感」としての性格を持つかに関しては、「実験による実証」さえ困難な現象なのです。

そもそも、「補強によるルートの認識」というロジックに従うなら、単純に「転回」のバスを「実音」で二重・三重に鳴らし、音量を強くしたり、さらにオクターブ下の重音を音響的に与えれば、「転回形の最低音」が「ルート」として「認識」されてもおかしくないという事になります。しかし、「音量・音価」に関係なく、重音としての音程関係、和音としての音程構造に「重心”的”」な響きが認知されるという事が「根音」という「音感」の性格です。例えば「意図的にルートが省略された和音の連結」さえ、「ルート進行を基準とするコード進行」として認識されるのは、広い意味での「主観」によって、「鳴っていないルート」が、「経験的・習慣的」に「その調の構成音や基本的な構造」、あるいは「聞きなれたコード進行・和声の響きの印象・記憶」から、「音感的に補完」されているからであって、「差音による補強」によるものではありません。こういった「和声の聴き取りの能力」は、音楽的な経験、音感的な能力によって左右されます。また、「転回を形作る原理が差音にある」ならば、通時的(つうじ: 時間の流れに沿って、順番に。)発音、つまり「分散和音」としての音程構造には「ルートが成立しない」という事になります。この事一つとっても、「転回の根の認識原理としての差音」という「理屈」は、論理ですらないとしか言いようがありません。

「差音」は、確かに「生理的な主観」として生じており、また、「和音の構成音、音程と差音」との関係は、確かに西洋音楽の素材としての音程関係の「転回」が認める「根の位置関係」の”一部”と「一致・対応」するものではありますが、「生理的主観結合音によって、ある音が二重に補強される」という現象を、直接的・短絡的に「転回の原理」とするのは、明らかに論理の飛躍であり、その論理の内容そのものも、既に内部で矛盾し、破綻しています。

長三和音 4:5:6 や 短三和音 10:12:15 という「数字で表される振動数の比」を、「四則計算(足し算・引き算・掛け算・割り算)」程度の「算数」を恣意的に「こじつける」事で、「共有された音感の習慣」が論理化可能であるというのは、「理論」以前の破綻した論理です。なにも「差音」等々に限らず、4、5、6 の三つの数字を適当に用いた恣意的な「数あそび」のロジックのヴァリエーションは、ほとんど無限に「作る」事が可能でしょう。そんなものが、「音楽の数理的原理」となるはずがないのですが、現代・現在でも、恣意的な数のロジックと「倍音列」を結びつける事で、これを「音楽の数理的原理」とする説や、「差音が和音の転回を形作る原理である・・・」という説、いわば偽科学・疑似科学的な「理論」、「算数」程度の概念でも矛盾が明らかな「主張」が、大真面目に、平然となされ、ある程度流通さえしているのです。

歴史的にも、三和音とその転回による和音の構造は、長く西洋音楽の基本的な音程関係・音程構造の基準として共有されたものであるものの、「和音」という構造や「ルート」という「概念」自体は、「調性の確立以前の西洋音楽」にとっても、「調性以後の西洋の音組織」、あるいは「西洋以外の民族音楽」にとっても、明らかに「絶対的な基準」では無かったもの、妥当な基準でさえあり得ないものです。また、こういった「数のロジックによる音楽の論理化」では、そもそも、基準となる種々の「音律」が「互いが互いの近似値である」という問題が無視されている面も強いものです。当然、平均律・純正律・ピュタゴラス音律の各音による「音程の比」も「差音」も、それぞれ異なる内容、異なる音高です。「自然倍音列」という「自然現象」もまた、「互いに近似値」である「種々の音律」の絶対的な基準にはなり得ず、倍音と矛盾した音律が非西洋の文化圏で、また西洋の内部でも用いられてきた事は理論編A:に述べた通りです。

仮に「差音が和音の構造を決定する生理学的原理」であるならば、人類が複数の音程の並行・重音の構造を獲得した時代から、これが「普遍的な基準」となり、地理的条件・時代的条件によらず、「同一の音組織」を形成したはずです。同じように、「自然倍音列」や「振動数の比」が、音階や音程関係・音程構造の絶対的・普遍的な基準・原理であるならば、やはり人類は「単一の音組織」しか形成出来なかったでしょう。

「生理学的現象」や「数で表される音程構造」と「楽音の構造」が、単に、部分的に、「数字の上で一致する」というだけで、これを「”音楽”を形作る原理・法則である」とする発想は、明らかに結論を急いだ、短絡的で幼稚な論理であり、全く論理性・合理性を持ちません。これは「差音と音程根音の原理」等々に限らない「短絡的な数理と音楽理論のこじつけ」に共通する性格です。

この「短絡的な、数理と音楽理論のこじつけ」が、明らかな破綻を含みつつ共有され得るのは、「音楽」の「素材」が、様々な文明・文化で、「数のロジック」と、これによる「技術」によって、その技術的・構造的側面を形成して来たという歴史と、同じく複雑な系である「言語」に比べて「はるかに限定された素材」である「楽音」が、数のロジックによる一面的・部分的な論理化を、「可能とさせてしまう」ものであるという、構造的な事情によるものでしょう。こういった一面的・部分的・恣意的な、音楽に関する論理は、「前近代的な数理観・音楽観」によるものであり、ある種の「迷信」と言い切れるものです。

音楽の素材である「楽音」は、「時間」の上で・中でしか成立しえないものであり、「素材そのものが既に現象である」という、「複雑系」の構造を持ちます。「音楽」とは「徹底して通時的な構造」です。しかし、前述の通り、ヒトの「意識・主観・意味・概念・記憶・・・」は、物理的な時間、時制の感覚を自由に越えるものであり、曖昧なものです。「数」というナニモノかは、「時間」というナニモノかを表し・計る素材でもありますが、それが可能なのは、「数」が、ある意味「静止的」なもの、「時間と切り離された概念」として独立・成立しているからです。これは、視覚的な象徴の認識、「幾何学」や「記号」についても言えることです。「徹底して通時的な構造」である言語や音楽を論理化・記号化する際に、文字・記号、幾何学や数がその論理の素材として用いられてきたわけですが、この「数・記号・象徴と音との対応」とは、音楽・楽音という「ヒトとしての”時間”の中での」「主観的」な「意味」を帯びた瞬間に、「言語と意味の対応」と同じく、直接的で厳密な数理化・論理化が不可能となります。

「数」や「幾何学」「物理」という素材は、人間の概念と自然の事物との対応内容が、文化や時代を越えて「共有」される「普遍的」なものです。しかし、音楽という、主観的かつ文化的・習慣的、曖昧で複雑な要素の絡み合う系を、一元的に「数・幾何学・物理・・・」等々のロジックで割り切れるものではありません。

脳科学・生理学の分野でも、現在では、「差音・加音が和音の構造・転回を形作る原理である」という説は、部分的であまりに「単純」「短絡」な推論として、”科学的根拠”は一切認められていません。

響きの「長・短」、「不安定・安定」、「音程構造の基準」とは、確かに数理的に表す事の可能な音響物理現象と「対応」しますが、この対応、「認識」そのものが、何らかの言語的意味内容、感覚に裏付けられたものとして既に相当に「主観的」なものです。強いて言えば「主観的」ではない音感などありません。

しかし、あくまで「生理学的”現象”」としての音感の反応・機能は、科学することが可能です。なので「音響生理学」が扱うのは「生理現象」としての音感までであって、少なくとも現時点では、「音響がなぜ・どうやって情緒的概念・情緒的反応と対応するか」、「ある音程関係・音程構造に対して、なぜ・どうやって基準や法則性が”成り立つか”」という問題、つまり「音の”意味”」を扱いません。現時点での音響生理学が扱う「情緒と音響」の関係で「厳密な客観性」が成立するのは、「快・不快」程度のごくごく単純・二元的な反応や、音律・音程・音高等の認知の共有性に限られます。

「生理学」や「医学」であつかう「意識」や「精神」とは生命活動・生体活動の一部としての、「健康」を基準とした「異常・正常」といった、ある意味では大雑把な、いわば「実用的」レベルでの現象的な理解です。特に医学には、純粋科学的な意味での「意識とは何か」を問う必要性はありません。

ところが、広い意味での「心理学」の対象は、より深い意味での人間の「主観」や「意識・記憶」、その「内容・理解」、「思考・情緒・意味・概念」を含みます。前述の通り、「純粋科学」は、高度な意味での「主観」を扱いません。あくまで「客観」が可能なものを扱うという厳密さが「純粋科学」の条件です。人間の「主観」や「意識」「意味」「概念」というナニモノかを、「現象」として直接的・物理的に「客観的」に観察し検証する方法は現代科学にも確立していません。

「脳の構造」、「脳神経」、「脳内物質」、「脳の部分的な活性の度合い」等々を素材とした、人間の主観・意識の「部分」、例えば「視覚・聴覚」や「記憶」、ごく基本的な「感情」・・・の独立した機能や現象、その関係に関しての研究は進んでいますが、それら全てがリアルタイムに「統合」された構造、「主観・意識・精神・思考・概念」の全体を、他の単純な「自然現象・物理現象」と同等に観察し分析する事は不可能です。「複雑な系」とは、これを「物理的・化学的・数理的」に「定義」する事すら不可能な構造を言います。「外部に表出された人間の言語や行動」とは、「主観・意識」の「結果」と「推測」される、間接的な現象に過ぎません。また、広い意味での「人間性」は、「言語」をはじめとして、「共有される事でしか成立しない何か」によって形作られるものでもあり、これは他の生物や「物体」が世界に「存在」する「ありかた」と明確に異なる、「文化」全般を成立させるものとして、非常に複雑で不確定な、「人工的・人為的・主観的」な性格を持ちます。

「心理実験」とは、複雑な系である「主観・意識」を、人工的・人為的・主観的に作られた「状態」の中で観察するものです。心理実験の「場」としての状態・状況は、「人工的」なものですが、対象となる「主観・意識」を「人工的に作り出す」事は出来ません。物理・化学での実験とは、「人工的・人為的」に、その対象となる要素・素材を、他の要素・素材から切り離して独立させる事で成立しますが、「複雑な系」そのものである、人間の「意識・主観」を分解する事、その一部を切り離し、独立させて扱うこと、人間の生理的状態から、「意識・主観」そのものを切り離して観察する事は不可能です。また、「心理実験」では、観察する側もされる側も同じ「人間」という種ですから、広い意味で同一の系・機能・構造である「主観」が他の「主観」を観察する事になります。

「主観が・主観を・主観的に観察する」という状態は、科学の定義から外れます。この「純粋な客観性」に欠ける実験結果を、「統計」という、やはり結果に対して間接的で、その「解釈」に幅のある、自然科学の厳密さには乏しい方法で検証する事が、近代以降の「心理学」の方法論の伝統です。つまり、脳科学・大脳生理学による科学的裏づけを持つ現代の心理学であっても、現時点では、純粋な「自然科学」の定義には合致せず、心理学とは「自然科学・人文科学」の二面性を持ちます。

しかし、この二面性は他の人文科学にも自明な事ですから、心理学だけが特別な人文科学、自然科学寄りの人文科学であるというわけではありません。基本的に「純粋科学」の学術の立場からは、「心理学」は「純粋科学」とは認められていません。「純粋ではない純粋科学」という矛盾した定義は成り立たないからです。その意味で、「音楽理論」もまた、「主観」の集合、共有された・共有が容易な「主観的音感」を客観的・構造的・論理的に扱う学術です。しかし「心理」という概念の範囲は広く曖昧ですが、「音楽理論」は、音楽という「文化」、明確な形を持った音感的習慣を対象とする「人文科学」です。

「長・短」の物理的音響と「悲・喜」「明・暗」等の情緒的・印象的反応との対応が「科学的に自明なことではない」という事は、振動比の「単純・複雑」という二元的な内容に対する「生理的な反応」が、情緒的な「安定・不安定」と、広い意味での「イメージ」として、「概念」として習慣的に結び付けられる事で、「文化」として共有され、広い意味での「学習」「教育」によって成り立つものであるという事を示唆するものです。これも「音声言語(声に出す言葉・聴く言葉)」と、それが対応する「意味内容」との関係に通じるものです。「普遍文法」という、「どんな言語にも共通する」、「言語の条件としての構造」は存在しますが、ごくごく基本的な単語でさえ、ある文化の中で「文法的」「言語的」に「学習・教育」されなければ、それは意味内容を持ちません。非常に基本的な単語でさえ、「音韻」や「イントネーション」が異なるということ、ごく単純な意味内容であっても「言語」のみでの意思疎通が不可能であることも、「外国語・異国語」の定義です。

理論編A:に述べたとおり、音が「高い・低い」という単純で共有された理解にも、「地面からの高度」という意味での直接的「物理的対応」、あるいは「厳密な物理学的根拠」は全くありません。さらに言えば、「振動数の比」も「安定・不安定」という人間の感覚による意味づけがなされるなら、なんら「物理的根拠・物理学的対応」を持ちません。例えば、「不協和音程の振動を与えた物質が、協和音程の振動を与えた物質より"不安定な状態になる”」などという単純な物理は成立しません。「振動」とは、「協和」した状態でも既に相当複雑な物理現象であり、自然現象的・物理的「安定・不安定」という概念と、「音響的・音感的」な「安定・不安定」という概念は、単純にイコールではありません。

しかし、これらの「楽音と言葉」「音と意味内容」の「対応」は、一度学習されると、他の「感覚」を受け付けないものです。そのことから、「音響と言語・概念の対応」とは、「脳言語」と同等の意味で、「脳の生得的な構造」によるものであるとは推測されていますが、これは「複雑系」の構造そのものであり、単純な「数学・数理」による対応ではありません。逆に言えば、こういった、ごく単純な「楽音と言葉」「楽音と意味」の「対応」が、「言語」と類似した脳の機能、あるいは広い・深い意味での「言語の構造・機能」そのもの、物理的な必然性ではなく、恣意的・偶然的で曖昧で、かつ精密で複雑な対応、「意味」としての対応と結びつけられ・裏付けられ、「共有」されることで、「文化」としての音楽が成立・形成されるわけです。

「生理学的」に、振動数の比の安定・不安定、音程の動きの幅の違い・・・等々が、かなりの音響物理的な厳密さで脳に認識されている事、また音響物理的に「単純な振動数の比」が、ヒトを含めた動物の脳にとって認識・識別が比較的容易であり、これが「音感」の構造の「一つの」基準となっている事は間違いありません。しかし、これらの「数」によって表される物理現象の内容が、いちいち「数」として自覚され「計算・暗算」あるいは「計算機」的に脳内で処理されているわけでもなく、また、音響物理的な内容が、即、「調性・終止」「協和・不協和」の構造と機械的な対応によって結びついているわけではありません。「振動数の比」とは、音程に関する技術的・理論的理解であって、「協和・不協和・不完全協和」の音程そのものから、「4:5:6(純正長三和音)」、「10:12:15(純正短三和音)」という「比」がいちいち連想されるわけがありませんし、和音の響きの認識にとっては、その「知識」すら必要としません。

先に「和声の原理」が、「不協和音程の解決」に裏付けられていると述べました。純正な音律でいえば、確かにV7からTの三和音への解決、不協和音程の解決は、「不安定な振動比から安定した振動比への移行」であるという解釈も成り立ちますし、純正な振動数の比としての長三和音は、短三和音より単純で明快な構造を持つことも間違いありませんが、そのことのみで「音楽」という「構造」の全体が説明出来るはずがありません。例えば、「音階・旋法」の原理は、「先に鳴った音との相対性」によって、同時的な発音による「振動数の比」が「音程」としてその認識に関わっていると推測されるものの、「音階・旋法の帰結感」そのものは、「振動数の比」というロジックだけでは説明しきれない感覚です。音楽は、単一の「数理的原理」によっては理解・法則化・論理化しきれない現象です。「西洋音楽」に限定して考えても、音程・音律・音階・旋法・和音・和声・ビート・リズム・形式・・・それぞれ複雑で必ずしも数理的に解釈しきれない構造が、さらに複雑に絡み合う系の総体が「音楽」だからです。そして、「終止」「不協和音程の解決」程度の「振動比の変化」に対してさえ、脳科学的に明確で統一された「脳の特徴的な反応」は、まだ見出されていません。

また、「ドミナント7th」の振動比は非常に複雑なものでありながら、例えばブルース形式等の現代の民族音楽では、これを「トニック」として、開始と帰結におく事も可能です。ジャズ・ポピュラーでの長短調のトニックも、四和音・付加和音として扱われ、さらにテンションを持つことが出来ます。「振動数の比の複雑さ」は、必ずしも単純に「音感的な安定度」とイコールではありません。「振動数の比」という数理的なロジックは、「音楽」という形式の中で非常に大きな位置を占めるものでありつつ、あくまで大まかな基準程度の意味、あるいは相対的(そうたいてき:関係や比較によって成り立つ事)な意味しか持ちません。

そして、この「音楽の素材・構造としての数のロジック」とは、なにより「人為的・人工的」に、「経験的」に、「文化」の中で「意味を与えられ」、試行錯誤によって技術的に形成されてきたものであるという事は、決して無視・軽視出来ません。また、「楽音の音程・音高の基準とシステム」に関して、「西洋音楽の数のロジック」が、他の民族音楽、「地球上全ての音感的習慣」の「基準」とは”なり得ない”事は、理論編A:に述べた通りです。

「西洋音楽」が「数のロジック」によって習慣的・経験的・人為的・人工的・文化的に整えてきた音楽の「素材」を、「音感」という人間にとっての普遍的現象、「音楽」という主観と作為・技術・習慣・・・これらの全てを論理化可能とする「自然科学的原理」として、短絡的に結びつける事は出来ないのです。

「音楽」とは、「数学」や「物理学」「生理学」によっては、厳密な論理化が不可能なものです。繰り返しますが、数のロジックとそれを用いた物理・科学と音楽とを、短絡的に結びつけ、法則化する事はできないのです。音楽とは「数」に近い系というよりも、通時的で意味的、曖昧で恣意的でありながら、かつ精密で複雑な合理性を持つ構造、「言語」に近い系であり、これを「数」のロジックと結びつけて考える際に、「数という概念を成立させている脳の機能全体」、ヒトの脳が成立させている、「数と言語の関係」「音響と言語の関係」「時間と言語、数と時間の関係」・・・という現代科学が未だ解明していない構造を無視するなら、音楽と「数」の関係のほん一面を表層的に恣意的に扱う論理にしかなりません。

音響物理的な内容と、「音楽」そのものとは、これを「現象学的(ありのままに起こっている事を捉えること)」な「対応」として理論化する事が出来ても、それが「意味する内容」や「根本的な原理」に対しては、「仮説」以前の「推論」でしか対応出来ません。簡単に言えば、現代の科学では、「音響物理的現象と音楽とは、脳内の情報処理の内容と傾向によって、何らかの規則的な対応をしている」、「振動数の比の複雑さ・単純さも、やはり脳内の情報処理の内容と傾向に従って、何らかの、いくらかの音楽的構造の基準となっている」という程度の事しか”言い得ない”のです。

現在の外部からの「脳」の観察技術では、各々のごく単純な音響的現象に、脳の神経回路が、大まかにどういった傾向の反応を示すか・・・といった程度の内容しか知りえません。さらに、「音感」とは、特に音楽の場合、常に「学習」され「成長」し「変化」するものであるという点も、音楽という系をより複雑なものにしています。

つまり、「協和・不協和」「調性・終止」「音階・音程」「音価・拍子」「動機・形式」・・・とは、西洋音楽という「音感の習慣」を理解し方法化する際に、もっとも合理的で論理的、使い勝手の良い、「わかりやすい」ものだからこそ共有され来た・されている「概念」であると言えます。「なぜ、調性が成立するか」という問題は、物理的・数理的にではなく、言語的・論理的・文法的に扱われ、これが「音感」と結びつくことで共有が可能となります。

「長・短」の二元的な響きの「認識」と「印象」との関係にさえ脳科学的な裏づけが明らかで無い以上、「調性・終止」「協和・不協和」・・・等々の概念を、科学的・数理的に厳密に論理付けする事は、少なくとも現在、ほとんど不可能です。音楽が「複雑な系である」とは、つまり、そういう意味です。しかし、「厳密な対応を証明できない」「数理的に説明しきれない」という事は、これらの物理現象や論理と「音楽」とが、「無関係である」という事を意味するわけではありませんし、「音楽を論理的に捉える事は出来ない」という事でもありません。それぞれの時代の「知」によって、音楽の構造が捉えられ、また、その論理によって音楽の構造そのものが整えられ、変化・発展してきた事もまた間違いありません。

音楽に限らず、「理論」とは、現実の世界の現象を、数理的・論理的に捉える事で、法則性・規則性を見出すものであると同時に、こういった法則性・規則性を用いた何らかの「推論」によって、いちいち確かめるまでもない事柄や、確かめきれない個々の事柄にも、何らかの対応・予測・方法を可能とさせるものです。この「推論」や「概念」によって、現実に確かめられる事柄を超えて、人間は世界を捉え、そして「技術化」して来ました。推論がその内部で論理的な整合性を持ち、かつ、現実と、うまく、矛盾なく対応する場合、これを広い意味で「理論」と呼びます。

この「理論」の構造とは、人間の脳の機能・構造、広い意味での「知性」が、「脳の外部」に、言葉・記号・幾何として、ロジックとして形成されたものです。音楽の音程的構造の「基準」となる「音律」も「和音」の構造も、その意味では「理論の産物」であり、内部の音感が外部に規定された、人為的なもの、技術的なもの、技巧的なもの、理論的なものです。

そこで、音楽に成り立つ「理論」とは何なのか、そもそも、西洋の音楽”理論”が、どういった文化的・知的背景の中で、どういった経緯で成立してきたものなのか、出来る限り客観的に考えてゆきましょう。「音楽」とは、その当時に「共有された音感的習慣」であると同時に、やはり広い意味での「文化」、「知的習慣」そのものであり、その時代の人間の「考え方」や「知識」、それが可能とする、道具とその扱いを含めた「技術・技能」と密接に関係したものだからです。

・自然哲学と数のロジック

理論編A:に述べたとおり、「音楽理論」のそもそもの始まりは「自然哲学」でした。「自然哲学」とは、「純粋科学・自然科学」と「人文科学」が厳密に「分科」される以前の、総合的な学問・学術、ある意味では「未分化」の学問・学術です。

近世に確立した、「学術」としての音楽理論は、その当時の「自然科学」である、「自然哲学」、つまり「自然現象の観察結果を、数値化・代数化・記号化し、その構造と原理を論理的に探る」という方法論と結びつけて論じられる傾向を持っていました。つまり、「音感の習慣」である「音楽の構造」を「学ぶ」という事は、特に近世まで「哲学」の一部であり、「音楽を成立させる根本的な原理が、数字のロジックと物理的な原理にある」という、前近代までの「音楽観」、あるいは「世界観」によって、「理論としての音楽」が、あるいは「自然と人為の調和と整合性としての音楽」が「論理と”知”(哲学)」として追求されたわけです。

例えば、ラモーが、「自然原理に還元された和声論」で、ラモーの当時の「自然科学」であった、「観察・実験・反証に基づく科学(Science)」の前段階である、近世の「自然哲学(Ntural Philosophy)」の主張する「自然原理」に和声の「原理・裏づけ」を求めたように、これは、前近代からの、ある種の「音楽と科学」との関係、特に、「音楽家」の立場からの方法論の”傾向”と言えるかもしれません。また、この当時の「学術」の性格を考えると、この「ラモーの和声論」が、「音楽の実習書」としてというより、「自然哲学の論文」として意識されていた事は間違いないでしょう。

ラモーがいう所の「自然原理」とは、主に「自然倍音」を意識したもので、和声の原理、特に音程の構造が、単に「計算」によるものではなく、「自然現象に裏付けられている」のだという主張を含むものなのですが、結局の所は「倍音」という「数学によって解釈される自然現象」に、その論拠を置くものです。音程と音律を「算術」によって定義するという概念は、古くはピュタゴラスの時代からの伝統であり、これをはじめて「和音」の構造の根拠として論じたのが、前述のツァルリーノの音楽論(1558)です。

ラモーの「自然倍音」に関する理解は、ラモー当時の「最新の自然哲学」ではありましたが、「自然倍音と音楽との関係」という点では、やはり現代から見ると、恣意的な解釈も多く、「音組織の科学的な根拠」にはなり得ない性格のものです。このラモーの書物から、「自然倍音」は、前近代・近代の和声理論の「数のロジック」の軸となって行きます。ちなみに、フランスの数学者メルセンヌによって「倍音」が科学的に「発見」されたのは1636年です。「自然倍音”列”」がスイスの数学者・物理学者のベルヌーイによって数理的に解明されるのは、1753年ですから、ラモーの和声論はベルヌーイ以前の理論ですが、「整数倍の倍音の順序」や、それを「並べる」という「概念」はラモーの時代には既に広く共有されていました。この「自然現象・物理現象」に関する理解・知識と、「和音・和声・調性」「音楽」という「人間の現象」の構造を直接的に結びつけたのがラモーの「理論」の意義でもあり、同時に「問題」でもあります。

ラモーの「自然倍音と和音の構成音」の関係の捉え方は、「2から6倍音は協和的な音程の根拠」とするものの、「7倍音(短七度の近似値)」は「低すぎて実用的ではない」ために除外されます。しかし「7倍音」も「自然倍音」であることに変わりはありませんし、「5倍音」は「純正律の長三度」であって、ラモーの時代から徐々に定着する「平均律とその前段階の音律」とは異なる音高です。理論編A:に述べたとおり、「音律」にはそもそもいくつかの方法論があり、互いが互いの近似値に過ぎません。つまり、「7倍音」を「自然原理」から除外する事も、「5倍音」を「自然原理としての和音の根拠」とする事も、論理的には同じく「恣意的」といわざるを得ません。さらにラモーによれば、V7の短七度は、「トニックより4度低いサブ・ドミナント音の”こだま”である」と表現されるなど、到底物理的・数学的とは言えない論理立ても目立ちます。こういった「音響的な数のロジックと音組織の関係」に関する恣意的な「理論」は、ラモー以後の「音楽理論」に検証・反省なく継承・引用されてゆくという傾向を持ちます。

なんにせよ、前近代まで、”西洋音楽”とは、天体の運行や地球上での物理現象と同じ意味合いで、「自然原理・摂理」によって「合理的」で「整合性」を持つものであり、この「自然原理・摂理」が、「音楽を成立させる根本的な原理」だと考えられていたわけです。前近代までの「音楽理論」とは、”西洋音楽”あるいは”西洋文化”に共有された「数理的な合理性・整合性」という概念を、音楽の専門性の側から論じるもので、この内容が、「自然原理・摂理」と一致する、合致する事を「論証(ろんしょう: 論理的に証明する事。証明。)」する事で、「哲学」としての条件を満たすものでした。こういった「音楽」「西洋音楽の理論」に対する「思想・概念・世界観」、あるいは「感覚」は現代に至っても広く根強く流通しているものです。

いわば、「”西洋”音楽の、自然原理・摂理による合理性・整合性」という「音楽観・世界観」、つまりは「モデル・概念」が「結論」として先行し、これを観察・実験と「論理」によって「意味づけ」し、「証明する・強化する」という作業が、非常に長い期間、「西洋音楽理論」の論理立ての基礎的内容だったのです。

--特に「倍音列」のロジックを、「乗数倍音(掛け算の倍音:自然倍音)」「除数倍音(割り算の倍音)」の二元化によって捉え、これを「音楽を成立させる根本的な自然原理」として、調性音楽全体を論理化したのが、「機能和声”理論”」の原型を確立した、前述のリーマン(1849-1919)です。リーマンは、「上方・下方の倍音」を和声の原理とした「和声二元論」を提唱します。「和声二元論」のごく基本的な概念とは、上方倍音(根音・3倍音・5倍音=ド・ソ・ミ)を「長調・長三和音」の根拠とし、下方倍音(根音・1/3倍音・1/5倍音=ラ・ミ・ド)を「短調・短三和音」の根拠とするというものです。ラモーが主張する「自然倍音が調性の原理である」という論理は、「短三和音・短調」に対して直接適応出来ませんが、「下方倍音」を想定する事で、長・短調の「原理」としての「二元的」な論理化を試みたわけです。リーマンは近代の後半の人物ですが、「音楽理論」を、「自然現象・物理現象の原理に裏付けられた」、「純粋科学」であると考えていました。

リーマンは「下方倍音」を「自然倍音」と同等な、自然現象・物理現象として必然的なものと主張し、これらを「長短調の科学的根拠」として、その主張に固執しましたが、彼の同時代に「下方の倍音」が自然現象としては発生しないものである事が実証され、「自然現象としての上下の倍音」を、「音楽を成立させる物理的法則」と主張した「和声二元論」は、「科学的・数理的」に決定的に矛盾したものとして、一部の「学派」以外からは否定されます。現代的な科学・数理的観点からも、「和声二元論」とは一種の「前近代的疑似科学・似非科学」の性格が強いものです。前述の「主観結合音」は、生理学的に証明されていますが、「下方倍音」は、「生理学的」にも形成されないものです。リーマンや彼の理論の賛同者は、「下方倍音が"聴こえる”」と主張しましたが、これは、ある種の「自己暗示」であり、人間という種の普遍的な「生理学的現象」ではなく、むしろ「思い込み」としての「心理的問題」です。また、リーマン以後の「機能和声”理論”」の構造は、「和声二元論」の概念と直接の関係を持たないか、そもそもその概念を「必要」としませんし、リーマン自身の機能和声の捉え方も、必ずしも「和声二元論」という概念が必須の要素というわけでもありません。--

さらに遡る(さかのぼる)と、「西洋音楽の数のロジック」に関して、中世に特に支配的だったキリスト教思想において「神聖な数」とされる、「1・3・7・12」に根拠を求め、これらの「神聖・完全な数」の”ゆえに”「同度・三和音・7音階・12半音」が「完全である」という”理論”が、近世においても普通に語られ、また受け入れられていました。「神聖数・完全数」とは、前述の「位取り」に関する文化的・神話的「意味づけ」のヴァリエーションの一つであり、もちろん、そこに科学的、あるいは数理・物理的根拠は一切ありません。これが、古代ギリシャの自然哲学から、ある意味では「後退」した、西洋音楽の「数のロジック」のもう一つの根拠であり傾向です。ラモーが、「和声の原理」を「自然原理」に求めたのは、こういった「神聖な原理」に対立した当時の「学術」の傾向に裏付けられています。

しかし、「数」という何かが、「揺らがない・確かなもの」であるという「発想・概念・世界観」自体が、キリスト教に限らず、古代からの文化・文明の産物であり、「合理主義(論理・原理を”感覚・感性”や”経験”より優位に扱うこと)」の柱の一つとなる「数のロジックの万能性」の思想や概念は、西洋に限らず、また全ての時代に見られるものでもあります。古代の哲学では、この「数のロジックの万能性」の「根拠」が「神秘」とされていたわけです。「ピュタゴラス音律」に名前を冠するピュタゴラスが開いた「ピュタゴラス学派」とは、ある種の「秘密結社」、あるいは「宗教組織」であったと伝えられます。このピュタゴラスの代表的な思想が、「万物の根源は数である」です。

ちなみに、この「根源 (ギリシア語でアルケー)」は「原初」「素材」「原理」といった意味も持つ言葉で、これが古代ギリシア哲学、特に「自然哲学」の中心軸の一つであり、紀元前6世紀ごろの哲学者タレスが「万物の根源は”水”である」と主張してから、同時代のアナクシマンドロスは「無限」、紀元前5世紀、「万物は流転する」と唱えたアナクシメスは「空気」と、ヘラクレイトスは「火」であると主張し、ピュタゴラスの「数」がそれに続きます。その後、紀元前4世紀ごろのデモクリトスが、「それ以上分割できない、極小の存在=アトム:原子」を「万物の根源」と主張します。この「アトム」は、現代科学の「アトム」の語源でもあり、様々な再解釈を経て、実に2200年後、19世紀にその「実在」が科学的に証明されたものです。デモクリトスの言う「アトム」が、結びつき・分離し、何らかの規則性によって運動しているという宇宙観は、ピュタゴラスの主張する「万物の根源は数である」を受け継いでいる面もあるでしょう。「数」のロジック、「素材」「原理」といった概念は、その後の自然哲学に支配的なものとなります。

キリスト教の「神聖数」という概念も、古代メソポタミアの文明や、直接の母体であった古代ユダヤの文化、ギリシア・ローマの自然哲学や神秘主義の影響が強いものであると言われます。全ての文明・文化で、古代から、広い意味での「数学」や「天文学」は、「宗教」と「神秘主義」に密接に結びついています。逆に言えば、有史からの「知」全般は、元々は一体のものであり、宗教や哲学・論理学、数学・幾何学、物理・・・等々が分離・独立し専門化、分科してゆくという発展過程を経ているわけです。

ところが、中世の西洋では、キリスト教が政治的に唯一の宗教とされ、つまり政治的な構造に取り込まれる事で権力の一部となり、精神的活動、文化的習慣、冠婚葬祭、信仰や倫理・道徳に限らず、知的活動、特に「教育」と「学術」の機会と権威を、修道院やその付属の学校に集中させます。元々、キリスト教の教義(教えの内容)は、その「論理的・哲学的な側面」のほとんど全てを、古代ギリシアの哲学を流用する事で構成したものですが、教会の権力が増すにつれ、中世の哲学全般、自然哲学は、キリスト教の「学」である「神学」の”下”に位置づけられ、取り込まれ、ギリシアの哲学も、天文学や異民族の数学等々も、そして中世の音楽理論も、修道院の中での知的作業によって集約されます。これが、いわゆる「スコラ学・スコラ哲学(スコラ: 修道院内部・付属の”学校” Schoolの語源)」であり、中世の西洋は、近現代的な意味での「組織的な学術」、各分野を統合する知的方法論の基礎が形成された時代でもあります。ちなみに、前述の「学派」は、英語では「School」です。カトリックも、国・地域、また内部的な「宗派」に分化していましたから、それぞれの「School」を持っていました。

しかし、「スコラ学」自体の共通した目的は、「神学」を論理的に整え、キリスト教の知的権威を確立し保持するための哲学・学術であり、各分野、特に「自然哲学」の実証的な概念と理解が進むにつれて、次第に再び分離・分科の流れが生じ、神話的・迷信的な「神学」との対立が起こります。また、特に「政治的・民族的・地理的」な意味での「近世西洋」は、カトリックの独占的な精神的・知的権威、政治的経済的権力からの離脱として、ヨーロッパ各国の民族主義的な独立としての「宗教改革」によって始まりますから、教皇庁の影響力が弱まった西欧の国々、また明らかなプロテスタント派の国での学術の機会や権威は、修道院から王立の学校、各地の貴族・領主の建立した学校へ移行して行きます。

--ちなみに、キリスト教神学の支配からの自由を志向し、神学の公用語であったラテン語ではなく、母国語による学問と教育を行い、さらには異文化(特にイスラーム文化:前述の通り、中世末期までの数学・幾何学・自然哲学は、イスラム圏のほうがはるかに優れていました。)を学ぶことが可能な「大学」、近代的な意味での最初の大学を建立したのは、神聖ローマ帝国(現在のドイツ・オーストリア・チェコ・イタリア北部にあたる当時の国家連合)で、宗教改革を300年以上さかのぼる時代、皇帝フリードリヒ二世(1194-1250)の時代です。これらの「宗教性・宗教支配から脱した最高学府」、いわゆる大学は、ルネサンスの知的な、文化的な下地の一つとなりました。フリードリヒ二世は、教皇庁と激しく対立し、「破門」を受けた皇帝で、ルネサンスの先駆けの一人と言える人物でした。--

さらに、近世以降の「自然哲学」と「科学」の重大な発見や概念化・論理化の多くは、必ずしも「学派」に属さない天才、個人としての研究者によってなされたものです。また、こういった個人が、ある「学派」を自ら形成する事もありますが、往々にして、後に続く人々によって、彼等の「学派」の「開祖(かいそ:ある集団を作った・はじめた人)」と「される」ものです。

・近世・近代的世界観

宗教は、歴史上、現代で言えば科学の役割の一つ、世界が成立する大きな「なぜ」に関しての、いわば社会的な合意、「神話的な世界観」を担っていたわけで、この「キリスト教思想」の影響から徐々に脱してゆくのが、西洋の近代化の歴史の側面でもあります。この「キリスト教思想の影響力からの離脱」に際して、対立軸として「再興・再解釈」されたのが、ギリシア・ローマの哲学とその方法論、より「実証的・経験的(観察・分析と実験を行う事)」で「合理的(理に合った、理にかなった考え方)」な知的態度です。

「近世の始まり」とされる「ルネサンス(フランス語で再生)」とは、日本語では「文芸復興」と訳されます。ルネサンスは、14〜16世紀、非常に長い期間の文化的流行・傾向、また政治的・宗教的な変革を指すものであり、この語の意味合いは非常に広い範囲に及ぶものですが、ルネサンスの指す「再生」とはギリシア・ローマの文化が尊重した「人間性」の再生であり、中世のキリスト教の「天国と地獄」という「死・死後」を中心にすえた神話的世界観・人生観、教会の支配する「倫理」に対立した、「現世(生きている間)」と「個性」の肯定、「迷信」や「盲信」に対立する「合理性」「論理性」の肯定・・・というのが一般的な定義でしょう。

特に「初期音楽」の時代としてのルネサンスは、多声的音楽や合奏形式、楽器の機械的構造・・・等々の目覚しい発展と複雑化が進み、これが定着して調性の成立へと向う時代です。西洋音楽が明確に「理論」として論じられるようになるのも、前述の「アルス・ノーヴァ」の時代、近世のごく初期、ルネサンス期の黎明期(れいめいき:夜明けの時代)からであり、「理論」を述べる「一冊の本」が、一つの知的体系が、一時代の「音楽習慣」の代名詞となるほどに、音楽そのものにも強い影響を与えた時代です。「アルス・ノーヴァ」の担い手達は、スコラで理論を学び、当時の「宗教音楽」の作曲にも関わりましたが、その多くは「教会音楽・宗教音楽」の対義語としての「世俗音楽(せぞく: 宮廷音楽を含む、非宗教の分野)」の音楽家・詩人達でした。

近世の哲学・自然哲学は、大なり小なり、「スコラ学」に「対立」します。この対立が特に先鋭化・顕在化(けんざいか:はっきりと現れる事)したのが、例えば、イタリアのガリレオ(1564〜1642)の「地動説」に対する宗教裁判でしょう。天文学としての「地動説」そのものは、16世紀前半の天文学者コペルニクス(1473-1543)によって既に論じられていましたが、ガリレオの「地動説」は、天文学として初めて本格的に、「望遠鏡」による精密な天体の運行の「観察」を、「筆算・計算」によって、数学的に解析したものです。ガリレオは、物理学の分野でも、「実験・観察とその結果の数学的解析」を自然哲学:科学の方法論として確立した人の一人とされます。--ちなみにガリレオ・ガリレイの父、ヴィンチェンツォは、リュート(ギターの前身の弦楽器のひとつ)の演奏家、音楽理論書も執筆した音楽家・理論家でした。「12半音のフレット位置確定の計算式」を、初めて明確に論じた人としても知られています。--

座標の発案者、解析幾何学・代数幾何学の創始者であり、「近代哲学の父」と呼ばれるフランスのデカルト(1596〜1650)も、ガリレオとほぼ同時代の人物です。デカルトも、ガリレオとほぼ同時期に「地動説」の認識に至っていましたが、ガリレオの裁判で出版を断念します。デカルトの合理的で明晰な研究は、教会の神話的世界観、迷信とことごとく対立するものでしたから、彼もまた、教会から「無神論者」の疑いをかけられ、オランダへの亡命を余儀なくされました。--しかし、デカルト自身は、近世以後、キリスト教会と対立した、他の西洋の哲学者・自然哲学者のほとんどと同じく、無神論者でも異教徒でもありません。むしろ、デカルトは「神の存在証明」も論じています。この時代の「教会と哲学との対立」とは、ほとんどの場合、圧倒的な力を持った、権力・組織としての宗教が、その迷信的・情緒的な「教理・神学」と「一致しない」自然科学的な研究内容や思想、スコラから組織的にも知的にも独立した学派や研究者を一方的に糾弾・否定し、「法的に裁く」という性格のものでした。--

デカルトの中心的な思想は、「我思う、ゆえに、我在り (ラテン語で エゴ・コギト・エルゴ・スム)」という短い言葉に代表されるものです。これは、考える・知る、また「正しい・正しくない」「確かである・不確かである」という判断には、「懐疑(かいぎ: 既成概念や自己の感覚に対して常に”疑い”を持ち、注意深く、即断や偏見を避けること)」を必要とするけれど、全ての物事の確かさ、存在の確かさの「懐疑」をつきつめて行くと、この「懐疑」し、「考えている・思っている」主体である「わたし」の存在だけは否定できない・・・といった意味合いです。この「我思う、ゆえに、我在り」とは、物事、世界を人間がどう知るのか、また、「正しく」知り、考えるとはどういうことか、「知る・考える」とはそもそも何なのか・・・を考える「認識論」と、「ある」「存在」するとは何なのか・・・を問う「存在論」とが交差する言葉です。「認識論・認知論」と「存在論」とは、現代でも哲学の二大テーマとされます。

デカルトの哲学は、前述した「主観・意識・思考・概念・記憶・・・」という、現代で言うところの複雑系である「脳の現象」、「自我」の構造に、「考える」という行為で迫ったものです。しかし、この「我思う、ゆえに、我在り」とは、何かの「答え」というより、では、この「思う」とは何なのか、「在る」とは何なのか、「ゆえに」という論理はどうして成立するのか・・・という、より深い、新たな「謎」「問い」でもあります。「哲学」とは「答える学」ではなく、「問いの学」であるといわれるものです。謎を謎と感じる、謎を謎として捉え・認めるという事は、「情報をうのみにする」という事と対照的な、非常に高度に知的な現象だからです。

デカルトは、当時まで明確に問題として取り上げられていなかった、「自我」を「哲学の対象」とする事で、「主観・客観」という、近世以降の哲学・自然哲学に欠かせない概念を明確にさせました。「主観・客観」の分化が成立する事、明確化する事で、「人間と自然」の分化、「客観性」という概念が成立します。

この時代から近世西洋の知的方法論が、デカルトの知的手法に代表される、「合理論: 理に合う、理に適った(かなった)、論理的な推論。」を一つの明確な軸とする事になります。この時代、フランス、大陸の「合理論」に対立し、哲学のもう一つの軸となったのが、「知は力なり」と唱えたイギリスのベーコン(1561〜1626)を代表とする「経験論: 個々の明らかな事柄から普遍的な法則(真理)を導き出す事」です。しかし、デカルトが「推論」を重視したと言っても、「経験(観察・実験)」を軽視していたというわけではありません。彼自身の自然哲学研究は、数学の分野としての「デカルト座標」「代数」から、生物学としての「解剖学」にまで至るほど広く、自然の事物の観察と分析を重視し、「懐疑」を推論の”方法”として重視したものです。「合理論」「経験論」いずれも、「個々の事象(じしょう:事実と現象)」と「普遍性・法則性」との関係を、順序の違いこそあれ、合理的・論理的に扱うわけで、自然現象を「客観」的に観察し分析し実験し、検証・実証・反証する・・・という、現代的な「科学」の条件、できる限り偏りを避けた知的な態度・方法論の「原型」が近世に成立したわけです。

しかし、これらは依然、技術的にも方法論的にも、内容的にも「近世・近代”自然哲学”」であり、近現代的な「自然科学」の前段階です。科学とは、「合理論・経験論」両方を必要とし、これを統合することで、「仮説」の確かさを高め、さらに複数の「仮説」を対応させ・統合することで、自然界の様々な事象の総体(そうたい:物事の全体)を知的に把握し、技術化・具体化する方法論です。近代の「合理論」と「経験論」が「対立」したこと自体、両者共に「真理の認識への方法論」についての自論を、断定的な「真理」として扱っていたことを意味します。また、両者とも「自然哲学」の研究結果に関しては、当時の観察実験の技術の限界から、現代から見れば、ほとんど「迷信」といえる「結論」に至っているものも少なくありません。もちろん、こういった「当時は科学的に妥当とされたが、実際には誤りだった解釈」が、一つづつ、ていねいに覆され、修正されてゆく事が科学の進歩であり、近代以降の「現代化」とでもいえる、時代に伴った進歩の内容でもあります。

近世の後半からの西洋、近代西洋は、特に哲学・文学の分野で、「世界観」、つまり、「全ての物事の原理」といったものが、「神」から、「自然原理」へと移行する過渡期でもありますが、しかし、同時に、「自然原理」と「神話的世界観」とが、混乱し混同された過渡期でもあります。また、古代ギリシアに発生した「哲学」も、やはり「神話」からの離脱として、「自然原理」が考えられ、同時に「新たな原理としての神秘・神話」が考案され、推論されたものであるという性格も持ちます。こういった「自然原理と神秘」の混乱・混同は、あるいは「現代」の問題、普遍的な問題でもあるでしょう。

「科学万能」、「科学信仰」といった言葉は「現代社会」を論ずる文脈に用いられるものですが、むしろ自然哲学の発展期、自然科学の黎明期、中世・近世的世界観からの転換期・過渡期にこそ、今でいうところの「合理主義」的傾向は強かったかもしれません。中世のヨーロッパにおいて、「神」は、「絶対」であり、「全ての摂理を支配するもの」であり、近世・近代とは、この「絶対」の「代替物(だいたいぶつ:かわりになるもの)」として、「自然原理」や様々な思想・学問が求められた時代であるとも言えるからです。また、より「神話的世界観」寄りの概念として、「神が世界をつくり・治めている方法」として「自然原理」が理解されていたという側面もあります。「世界」が、また「人間や精神」が、あるいは「論理・数理」が、「完全に合理的・合目的で整合性のあるもの」であり、全てが理論的・一元的・二元的に「把握しきれる」「説明しきれる」と信じられていた、あるいは、そう「望まれていた」時代です。

現代の「科学」では、例えば前述の「複雑な系」、明確な法則性・規則性による把握が現時点では不可能な事柄を自覚しています。数学・物理学の分野でも、現代では「数」という何かは、「完全な・揺らがない・万能な原理」とは理解されていません。

物理学の分野では、フランスの数学者のポアンカレ(1854〜1912)によって、「多体問題」(たたいもんだい: 一対一の物理的運動・関係性までは数学・幾何学によって法則性・規則性を論じる事が可能だが、三つ以上の物体の物理的運動・関係性を法則化出来ないという事。)が1800年代末に証明され、数学の分野では、オーストリア=ハンガリー帝国(現在のチェコ)の数学者ゲーデル(1906〜1978)によって、「不完全性定理」(1.2.3.4・・・と普通に数えられる数、「自然数」が何者であるか、複数のイメージ・解釈・概念が成り立ち、「数という論理・概念」の内部では、その矛盾の無い構造を証明できないという事。)が証明されます。また1900年代初頭からの「相対性理論」以後、それまで絶対的に普遍であると考えられていた「時空(時間と空間)」が、「相対的」なもの、歪み・揺らぐものと証明され、その後の現代物理学、「量子力学」では、原子・電子の運動がやはり数理的に予測・法則化が不可能な、「多体問題」そのものとして「不確定」なものであるということが証明されます。「近世から近代」までの世界観・科学観とは、多体問題、不完全性定理、不確定性原理、相対性理論、複雑系・・・等々の、一元的・二元的な論理化の不可能性、予測・法則化の不可能性を自覚する以前の数学・物理学に裏付けられたものです。

「その時代の科学・数理に裏付けられた”世界観”」という意味では、「現代」が、必ずしも「近世・近代」を乗り越えているとは言い難いかもしれません。先に述べた、「西洋音楽の整合性・合理性とは、即、自然原理の整合性・合理性によるものである」という「音楽観・世界観」、あるいは、「世界」や「人間」が、「合目的で整合性・合理性を持つもの、論理的に割り切れるものであって欲しい」という、ある種の「願望・心情」は、現代に至っても広く流通しているものだからです。

言うまでもなく、この「音楽観・世界観」は現代的な意味で「科学的」ではありません。特に現代では、この「自然原理の整合性・合理性・合目的性」とは、その範囲に「脳」を含みます。近年進歩が加速している「脳科学」の断片的な情報から、「脳・即・人間」という人間観、つまり、「人間性」「知性」・・・を、「脳」の構造に直接的原理として「還元」するという思考も、純粋な意味での「科学」ではありません。「脳がわかれば、人間の全てがわかる・・・」という自然科学観・人間観、「脳合理主義」「脳還元主義」「脳一元主義」とでも言える概念は、脳や人間・文化・・・等々の「複雑系」としての性質を無視した、短絡的な思考です。「脳」は、確かに人間性・知性を成立させる器官ではあるものの、身体と切り離された「物質」としての状態でも、時代や文化、他の脳との相対的で不確定な関係性を持たない状態でも、「人間性・知性」を成立させる事が出来ないからです。

また、近代以降の「合理性」とは、「西洋音楽」に限らない「西洋文化」、思想・哲学や論理、技術・機械、社会体制等々・・・に顕著(けんちょ: あきらかな。はっきりした。)な性格・性質であると同時に、暗にその「優位性」を裏付ける概念・世界観でもあります。こういった「西洋中心」「西洋文化至上主義」に「偏った」歴史観や人間観・文化観・科学観・・・から、人文科学全般が脱する、少なくとも離脱しようと試みるのは、現代、第二次大戦後からの事であり、西洋自身も、西洋文化の影響を強く受けた非西洋の文化圏も、ここから完全に脱しているとは言い難い状況でしょう。

前述の通り、西洋音楽が持つ「数のロジック」は、他の民族・民俗音楽に対して、より簡略化・整理された音組織、あるいは、論理化が容易な形式を提供し、場合によっては、これらの非西洋音楽を「吸収」してきたわけですが、仮に、西洋音楽の音律・音組織「のみ」が、完全に・決定的に「脳内の聴覚的情報処理に対して合理的である」ならば、地球上には、西洋音楽以外の音組織・音楽が成立する理由がありません。

なにより、「数のロジック」そのものも、あるいは広い意味での「西洋文化」全体も、「西洋の内部」のみで形作られたものではありません。どんな文化も、有史以来、様々な文化圏との交流・合流と内部的な習慣による淘汰によって形作られたものです。「十二平均律」が「計算」によって確定される「音律」であるということが、前近代から、音楽の理論・方法論に対しても「数のロジックの万能性」という「感覚」を強化してきた一面もあるでしょう。しかし、「音楽」とは、あくまで「ある時代・ある地方」に「共有された音感的習慣」であり、「地球上の全ての音楽」どころか、「当時の西洋音楽」でさえ、「方程式・数式」によって、一元的・二元的に説明・把握・方法化出来るようなシステムではありません。何らかの「数のロジック」を「用いて」そのシステムを構築してきたという事と、その全体が「数のロジックに支配されている」という事は、全く意味合いが異なります。そもそも「数」も、人間の脳の機能(ロジック)によってしか、また「共有」されることによってしか成立しない・機能しない「概念」だからです。

「音楽」そのものは、「数のロジック」によって作られたものではなく、音楽に用いられる個々の「素材」が、認識に容易な形、共有が容易な形に整えられる際に、「数のロジック」によって、これを「用いて」固定・確定されるものです。「数のロジック」の前に、常に「音感としての音楽の素材」が先行しているわけです。例えば「西洋」の「音律」の場合、「弦長の三分の二の繰り返し」によるピュタゴラス音律によって音階が整えられ、また和音の各音の振動数と弦・管の長さとして、長三和音の4:5:6(4=ルート : 5倍音=長三度 : 6倍音=完全5度)の整数の比、その転回から、5:6の短三度と10:12:15の短三和音が導き出される事で、うねりなく美しく響く和音として整えられ、「素材化」されます。この「整数の比を基準とした協和音」による音律が「純正律」です。ピュタゴラス音律、純正律共に、それぞれ音階、和音を合理的に扱う事を目的とする音律ですが、両者の内容は一致しないので、「音階・和音」両方の素材を同時に扱う際に、また純正律の場合、基準となる調の限られた和音以外では、矛盾した響き、濁りを生みます。

なので、これらの「数のロジックによって整えられた素材」が、「歌・音楽」そのものに実際に用いられる際、必ず「音階・旋法寄りの音律」、「和音・協和のための音律」両方が要求され、これらの折衷的・中間的な音律が求められ、”再び”「音感的」な微分音、微調整を必要とし、つまりは「音感的な音律」を要求します。

この音感によって求められた「折衷的・中間的な音律」の「技術化・固定化」が、「12の長・短調、全ての音程・和音が平均的に響く」事を志向した「平均律」を成立させた事情です。「完全な平均律」とは、和音の響きに対しても、旋律の明らかさに対しても、いわば「妥協」した音律であるわけで、民族音楽を含む音楽の歴史的な素材としても、「脳科学」によって把握される「聴覚」の認識のシステムに対しても、「音感」そのものに対しても、決して「合理的な素材」、つまり「音楽の素材としての決定的な基準」となりうるものではありません。また、理論編A:にも述べたとおり、ロマン派の後期までは、平均律の前段階の「古典音律」が実用的な音律であり、その後の「実用的な平均律」は、調律カーブによって、「完全・純粋な平均律」とは言えない構造を持っています。「平均律」そのものも、いわば「西洋の民族音楽の音律」であり、その音感的習慣の中で、様々な音感的微調整を施される事で「実用」されるものです。

つまり、音楽のロジックとは、「音感の習慣」である音楽の素材や方法が「言葉や数のロジック」を用いて整えられるものですが、それが実際の音楽の中で用いられる事で、再び「音感的」に選択され整えられるものであり、その環を閉じるものは、常に「音感」そのものであって、「言葉や数の論理」ではありません。

前近代の「自然哲学」は、「科学」としての条件を完備する以前の学術であったというだけではなく、現代の学術が、「自然科学=純粋科学」と、「人文科学」とを分化する以前の学術・思想でした。「人文科学」とは、「純粋科学」の対象になりえない「人間の文化全般」を、「科学的=観察・実験・実証・反証・再現性に基づく方法論」によって扱うものです。そもそも「純粋科学」という言葉が成立したのは、「純粋ではない科学」を意識しての事です。現代では「複雑な系」を、出来る限り科学的に扱う方法論が模索されているものの、その対象が「人間」や「文化」に関するものである限り、未だ「純粋な科学」ではありません。前述の通り、複雑な系を扱う「脳科学」にしても、思考や言語、音楽のごくごく基本的な構造を成立させる仕組みに関してさえ、充分な仮説が成立しているわけではありません。

音楽の理論における「数のロジック」とは、「数という概念が、なぜ・どうやって、ヒトという種に成立し共有し得るのか」、また、「数と言語、数と幾何学、数と物理、数と時間、時間と言語、数と楽音・・・それぞれが、なぜ・どうやって対応し得るのか」という、現代科学が未だ答え得ない根源的な問題の一部、あるいは、そのヴァリエーションの「一つ」です。これは「複雑な系」そのものの性格であり、短絡的な意味づけや答えが可能な問題ではないのです。

近代までの、「神的原理と自然原理」が「混乱・混同した」世界観・科学観は、あくまで歴史の上での文化の形態ですが、現代の「人文科学」の分野、「純粋科学の対象になりえない」人間の「文化全般」を、純粋科学と混同させ、短絡的に結びつけて、自説の「科学的正当性」を主張する「理論」は、疑似科学・似非(えせ=にせ。似ているが異なるもの)科学と呼ばれます。

・形而上学と形而下学

西洋哲学では、「観察・実験の対象となりうるもの」を「形而下学(けいじかがく: けいじ=形のあるもの)」、「観察・実験の対象となりえないもの」、あるいは「形而下のモノを ”成立させている原理” や ”形・質量の向こう側にあるもの”」を、「形而上学(けいじじょうがく)」と分類する伝統を持ちます。この「分類」が、ある意味では「Science : Scientia 切る・分ける・わかる」、「科学」する事の原型であるとも言えるかもしれません。前述の「根源(アルケー)」も、典型的な「形而上学」の思想です。簡単に言えば、「形而下学」は、「自然現象・物理現象”そのもの”」を扱い、「形而上学」は「神・精神・霊魂・善悪・完全・真理・永遠・・・」等々の「抽象的」な「超越的」な何かを扱います。

「形而上学」とは、ソクラテス、その弟子のプラトンの哲学をまとめ、組織的に完成させた、紀元前3世紀ごろのギリシアの哲学者、アリストテレスがはじめて明確に論じた概念であり、以後の哲学の構造を決定付けたものです。アリストテレス当時、形而上学は、もっと直接的に「神学」、もしくは「第一哲学」と呼ばれていました。ギリシア哲学では、「形而上学・形而下学」とは切り離せないものであり、「形而上学」あっての「形而下学」であり、「観察・実験の対象となりえるもの」は、それを「成立させている超越的・宇宙的な原理」の「下位」に位置づけられていたわけです。形而上学では、この形而上の何か、「神・精神・霊魂・善悪・完全・本質・真理・永遠・・・」を、「イデア: Idea (ギリシア語で、見られたもの、知られたもの、姿・形を意味する言葉)」と呼び、形而下のものは、「イデアの世界: イデア界 (物質の背後・内側にある、物質世界を成り立たせている、完全で永遠な世界。神の世界。)」にある、真実・本質の姿の「影・投影」であると解釈します。

例えば、「幾何学」は、古代ギリシア哲学以来、哲学・自然哲学に重要な位置を占めた学問ですが、これにも「イデア」は深く関わっています。古代ギリシア哲学では、「”完全な”直線、多角形、円、多面体、球体・・・」は、「イデアにしか存在しない」ものと考えます。現代的に解釈するなら、「物理的に”完全”な直線、多角形、円・・・を描画する事は出来ないが、概念(イメージ)として可能である」という事、幾何学で「”完全な”直線、多角形、円、多面体、球体・・・」を扱う場合、これを「概念」として「了解」し、共有可能である、という意味です。数学も、現代科学も「人間の知の方法論」、つまり「論理」の一つであることに変わりありませんし、どんなに厳密な論理・理論にも、「概念」が前提とされます。「幾何学」と「概念」の関係は、また、「数」と「概念」、「物理」と「概念」との関係は、現代に至るまで基本的に変わっていません。

紀元前4〜3世紀のギリシア、エジプトの数学者・天文学者であるユークリッド(エウクレイデス)もソクラテスの弟子とされる人物です。後の時代の幾何学のほとんど唯一の基準・基礎となった「ユークリッド幾何学」では、「点」とは「位置を持ち、部分を持たないもの」であり、「線」とは「幅の無い長さ」と定義されます。これを視覚的・平面的・二次元的に捉えるならば、「点」とは、いわば「広さのない面」であり、「線」とは「幅の無い面」であるといえるでしょう。「広さの無い面」も「幅の無い面」も、矛盾したもの、物理的にも技術的にもあり得ないものであり、つまりは「概念」です。しかし、幾何学の概念とは、人類の特に視覚的な情報処理の質において、直感的にも論理的にも共有可能なものとして、時代と文化を超えて「普遍性」を持ちます。このユークリッドの幾何学の素材の「定義」は、「それ以外言いようの無い」ところまで突き詰められたものとして、ほとんど芸術的とでも言える簡潔さ・清潔さ・鋭さを持つ表現、「概念」という何かの迫力を閃かせる表現ではないでしょうか。

イデア、あるいは「概念」とは、「抽象化」「理想化」「言語化」「論理化」・・・が統合されたものであり、ヒトという種に成立する知性の根本的な要素です。「抽象化」とは、具体的な事象から何らかの要素、特に合理的要素を抽出(ちゅうしゅつ:抜き出すこと。)することです。「理想化」とは、前述の「幾何学」の根本的な概念です。さらに、物理学・化学で、ある運動や現象、反応等々に対して、あまりに複雑・不確定で、かつそれほど大きな影響を与えない要素や不純物等を、思い切って切り離し・切り落として、「無いもの」として「考える」事、「頭の中で・思考の上で」、運動・現象・反応・・・等々を、ある種「単純化・純化」する事で、特定の系の法則性を論ずる事も「理想化」と呼びます。

現代科学全般、また、数学・幾何学全般は、「抽象化・理想化」無しには成立しません。つまり「イデア」とは、その内容の定義に「神話」の性格を含むものでありつつ、これ無しには「科学」そのものも成立し得ない、「概念」そのものを指します。「概念化が可能なものと、その概念の内容・対応・関係性」が「形而下学・自然哲学」であり、「概念そのもの」が何ものであるか・・・を扱ったのが「形而上学・神学」であるとも言えるでしょう。

アリストテレスは、「形而下」のもの、つまり自然哲学の対象を、「分科」させ、個々の自然現象・概念を系統化・専門化し、それぞれを独立させて論じる「学術」の方法のさきがけとなった人物でもあります。これらの「分科」された「知」の、総合、統合を担う概念が、全ての自然現象と概念そのものを成立させる「形而上」の原理でもあったわけです。

「形而上」のもの、あるいは「イデア」とは、いわば「観念(かんねん: 物事と対応する思考・考え)」「概念」であり、論理・推論や「観想(かんそう:思いをめぐらす事)」、広い意味での「考える事」によって理解されるもの、あるいは、「考える事によってしか成立しないなにか」です。この「考える事・知ること」全般、あるいは「論理立てて、筋道をたててしっかり考える」事を、「理性」と呼びます。古くから「理性」とは、人間と自然、人間と他の動物を分ける条件として捉えられて来ました。「理性」を、より現代的に解釈するなら、「人間に特有な脳の機能」そのものを指すと言っても良いでしょう。

中世のスコラでは、「イデア」は、特定の宗教としてのキリスト教の「神」と結び付けられ、ギリシア哲学の主張からは曲解した形でとりこまれます。つまり、「形而上学」「神学」は、特定の宗教・宗派の「神話」を解釈する論理となってしまいます。さらに、この特定の宗教の論理の構造、きわめて情緒的・神話的な論理の内容を「了解すること」が「理性」であるとされてしまいます。西洋的・西洋文化的、あるいは現代的な文脈で「理性的であること」とは、多くの場合、「非動物的」で「本能に逆らった」、倫理的・道徳的・社会的な「自律」や「自己操作」を意味するでしょう。しかし、本来「理性」とは、人間の知性・知覚全般を指すものであり、社会秩序としての宗教や道徳の言う倫理観と自律とは、理性のほんの一部分に過ぎません。スコラによって取り込まれ、西洋文化に広く根付いた古代の哲学的概念の「用語」とは、非常に多くの場合、中世の社会秩序の一部としてのキリスト教によって再解釈されたものです。

逆に言うなら、古代からのユダヤ民族の固有の民族宗教、ユダヤ教から分派し、当時のローマ文化に浸透した、一新興宗教、宗教的運動であった原始キリスト教の「思想」、つまり「知的側面」が、西洋的な哲学、西洋的な宗教組織に「とりこまれた」結果形成されたのが、スコラ、キリスト教神学であるとも言えるでしょう。「宗教」というものは、「民族性」や「民族文化」と無関係に成立し得るものではありませんから、当然の事ながら、キリスト教にも、これが政治的宗教となる以前の西洋の自然崇拝的な土着宗教や呪術等々との「混合」の性格も根強いものです。

また、宗教は「知的側面」、つまり論理性と合理性を、ある意味で飛び越える、「情緒的側面」を持ってこそ成立するものです。同時に、どんな宗教も、人間の基本的・普遍的な情緒や価値観・世界観に、論理付けをし、何らかの目的付け・意味付けをする事で、否定的な情緒を克服し、肯定的な情緒を強化する事を目的とします。この「情緒や価値観・世界観への意味づけの論理」の「形式」が、「神話」であり、これは、「情緒に強く訴える論理・表現」、つまりは詩や物語等の文学性・芸術性の「原型」として、長く人類全体に普遍的に受け継がれているものです。「神話」とは、いわば「最も古い古典」として、全ての時代において再解釈され、新たな物語が加えられ、そのヴァリエーションが再生産し続けられているものです。

特に知的・論理的な側面として、スコラがその哲学的概念の「聖典」として位置づけたのが、「アリストテレス」の哲学です。中世以降、キリスト教の「イデア」観は、「絶対的真理」として、ひとつの「宗教」の正当性を確立し保護する概念となってしまいました。「ドグマ:教理」とは、これを基準に、「善・悪」や「正・誤」といった論理、倫理観、人間観、実生活まで規定し、束縛する、ある種の「支配」の手段でもあります。キリスト教による「イデア」の「ドグマ化」によって、古代から、いきいきとした想像力によって「探求」された「形而上学」は、固定化し神聖化された、「疑う事を許されない真理」へと変形されてしまいます。

こういった固定化によって、ある種「思考停止」された「宗教」による「イデア」の概念を、「人間」にひきつけて再解釈したのが、「ルネサンス:再生」の時代の哲学であり、近世以後には、「イデア」は、徐々に現代的な解釈としての「Idea: アイディア」として、「理想・理念・概念・思想・発想・・・」といったより広い解釈を与えられます。

しかし、「理性」にせよ、「イデア」「形而上学」にせよ、ある意味では、これほど広い・深いものもありませんが、同時に、これほど「あやふやなもの」、これほど「どうとでも言えるもの」もありません。だからこそ、種々の宗教や神秘主義、思想・哲学・・・が成立します。これらの思想の内容を、厳密に論理的に、あるいは科学的に議論する事は不可能です。

特に西洋の「知」において、「”キリスト教”神学」と「自然哲学」、あるいは「形而上学」と「形而下学」が明確に切り離され、各々の領域が自覚されて論じられるようになるのは、ドイツの哲学者、カント(1724〜1804)、フランスの哲学者、コント(1789〜1857)の時代、つまり近世の後期からです。カントの生きた時代のドイツは、音楽史的には、バッハ(1685〜1750)、モーツァルト(1756〜1791)からベートーベン(1770〜1827)にまたがる時代、バロックの末期から古典の全盛期です。

カントは、「理性」、つまり「考える・知る」という事の仕組みと限界を、非常に精密に、また明らかに論じました。デカルトは、「自我」と「主観・客観」の構造に、「考える」事で迫りました。カントは、「理性」、「考える・知る」という現象の構造、限界を、「考える」ことによって探り、その限界に迫ったわけです。その結果、「形而上」の事柄は、「理性の限界の外側」にあるものとして位置づけられ、哲学の論理の直接的な対象は「経験:実験・観察」の及ぶ現実世界、厳密な論理化が可能な事柄であるべきだという結論に至ります。

「形而上」のもの「神・精神・霊魂・善悪・完全・本質・真理・永遠・・・」は、「経験」つまり「観察・実験と実証」の対象には「なり得ない」という事、自然科学的な論理化・言語化・数値化の不可能なものであるという、ある意味「当たり前」の事が明確に論じられたのは、ようやく近世の後期の事だったのです。この「形而上学」「形而下学」の完全な分離によって、明らかな「形而下学」としての「自然哲学」が徹底して経験的・実証的な方法論を確立させるきっかけとなり、「総合的な知」としての「哲学」から分離して「科学」に分科し、同時に、人間の論理・思考・思想・理想の学としての近現代的な「哲学」の分科の流れが明確化します。大まかにいえば、ラモー(1683〜1764)の時代、ラモーの和声論の時代は、カント等の「ほぼ一つ前の世代」です。

万有引力、運動方程式等の「古典力学」、いわゆる「ニュートン力学」を完成させた、ニュートン(1642〜1727)は、ラモーとカントの間の世代です。カントの思想はニュートンの物理学・力学の方法論に直接的な影響を強く受けており、「物理的な法則性と理論」の持つ「整合性」を、「論理・理性」を扱う哲学に応用させたという一面を持ちます。ニュートンも現代的な「科学者」のさきがけ的な人物と理解されるものですが、彼自身の研究は「神学」を含むものであり、「最後の錬金術師」と評される事もあります。「錬金術」とは、狭い意味では「物理的・化学的に、人工的に金を製造すること」を指し、広い意味では、「化学的」実験全般、合金や火薬等の物質の研究や、「不老不死」を目標とした神秘主義的な医術や呪術(じゅじゅつ:魔法や呪い。)も含むものです。「錬金術」は、非西洋の文明、特にアラビア、中国の「化学」を起源とするもので、これが中世の西洋で再解釈されたものです。理論編A:に述べたとおり、中世までの数学・幾何学を含めた自然科学・自然哲学の知識と技術は、非西洋の文化圏の方が、西洋よりはるかに高度なものでした。

当時の「自然哲学」と「錬金術」との関係は、現代の純粋科学と疑似科学に類似した関係とも言えますが、「錬金術」の行った実験が、結果的に後の時代の「化学」、あるいは「薬学」の方法論を形成します。また、「錬金術」とは、当時の宗教的概念からは、「反キリスト教」とされた、いわゆる異教・魔術・占い・呪い・・・等々の「神秘主義」とも深く結びついたものです。そういった文化的な系統の分化、少数派の自然哲学、いわば「裏の哲学」の歴史も相当に長いもので、近世までのスコラと対立した科学的概念は、「錬金術」や「異端・異教」というレッテルを貼られましたし、現代のカルトにも、疑似科学にも、「錬金術」的な要素は認められるものです。もちろん、「錬金術」と「物理学・化学」とは、「観察・実験・実証・反証・再現性・数理・論理・・・」という「科学の方法論」の有無によって、明確に分かれるものです。

また、カントと同時代のフランスの思想家で「平等論」「民主制」を説いたルソー(1712〜1778)は、社会論・教育論、さらにはラモーの和声論に対して批判的な音楽理論を論じ、また「音楽辞典」も執筆しています。ルソーは独学の天才であり、いわゆる哲学に限らず、恋愛小説まで書いており、これは当時のベストセラーとなったものです。

カントは、現代でこそ、哲学史を「カント以前・カント以後」と分けるほどの重要な人物とされますが、彼の同時代においては、哲学と教会との対立はまだ存在し、カントは決して「無神論者」だったわけではありませんが、無神論を疑われ、自説を取り下げないまでも、出版を断念した事実も残っています。また、カントは「理性の領域」を「経験」に限定しましたが、「形而上学」を否定したわけではありません。むしろ、人間に「理性」を「成立させる条件」としての「先天的(アプリオリ)」なものや、経験可能な物理的現象・質量の向こう・背後にある「物自体」「もの・そのもの」という概念を、広い意味での「形而上学」として再解釈し、さらに、主に倫理的な意味での理性の「実践」を論じます。

「カント以前・以後」という点では、カント以前の「哲学者」とは、論理・思考・思想・・・としての哲学と、「自然哲学」つまり「数学・幾何学・天文学・物理・・・」両面、全般を扱う者を言いましたが、カント以後の「哲学者」には、必ずしも「自然哲学」の専門性は重視されなくなります。むしろ、「自然哲学」の諸分野の「分化・細分化」と独立が進む毎に、その全てを「一人の人間の知的能力」では「把握しきれなくなった」のだとも言えるでしょう。学術の分化・細分化・専門化とは、社会学的にも生物学的にも自明な流れであると言えるかもしれません。「専門外」の分野の知識全般を、「教養」と呼びます。「教養」とは、単に「情報量」ではなく、その背後に、諸分野の専門性による厳密な議論と論理、歴史があり、これを大まかにでも「理解」することではじめて、個々人に機能します。しかし、例えば音楽家・理論家にとって、「数学」が専門外の事柄であるとしても、「恣意的な数遊び」と「音楽の理論」を短絡的に結びつけて、「音楽の数理的原理」を主張してしまう・・・という問題は、「教養」以前の問題、論理性の問題でしょう。いずれにせよ「専門外の知識」だから、「いいかげんでもしょうがない」などという事はありません。むしろ、専門外の事柄を論理に用いる場合にこそ、より慎重さが求められるものです。

「神学と哲学」という面では、「現代」、哲学も自然科学も、「無神論」を自明とするか、限りなく「無神論」に近いもの、少なくとも「特定の宗教の神」やそれに関する「教義」に左右されるものではありません。しかし、現代でも、西洋では純粋科学・人文科学に関わる人々において、「無神論」は「自明な事」であっても、明らかに「無神論」を表明する人はかなりの少数派です。ある意味、少々「便利」な論理としての「不可知論(ふかちろん: 経験、観察・実験の不可能なものは、知り得ない・語りえない)」の立場を取る人々が多いでしょう。「宗教的・神秘的体験の脳科学的な観察・分析」等の例外はありますが、「神・宗教」には、直接言及しないというのが、現代の「純粋科学」の大前提、常識、あるいは人文科学との住み分けの「礼儀」のようなものです。そもそも、「神という概念」の内容、あるいはその概念そのものは、純粋科学の対象外だからです。日本での「無宗教」の感覚と、西欧での「無神論」とは文化的にも情緒的にも全く異なったものですし、近代前半までの西洋の大半の地域では、「無神論者」や「反キリスト教者」として糾弾される事は、即、社会的・身体的な死を意味していました。

もちろん、どんな宗教も、あくまで様々な「文化・習慣」や「思想」の「ひとつ」として、「相対的」な意味で、肯定的な側面、神話的・精神的・倫理的・文学的・文化的・歴史的な価値や美学を持つものです。また、いわゆる「政教分離(政治・軍事が、特定の宗教に支配されたり左右されないよう、分離される事)」と、国家体制による「宗教・信教・思想信条」への不干渉、「宗教・信教の自由」、あるいは「特定の宗教を持たない自由」が表裏一体として保障される事が、「近・現代国家」の成立する必要条件の一つですが、近代前半までの西洋では、「キリスト教の諸派」に”しか”「宗教・信教の自由」、積極的な意味での信仰が認められていなかったわけです。

--現代、2000年代の現在でさえ、現在唯一の超大国であるアメリカの大衆レベルでは、「神が世界と人間を創造した」というキリスト教的な神話的世界観から、科学としての「進化論」を、情緒的に「否定する」立場は非常に多いのです。「聖書」とは、古代の民族宗教の「文学」を後の時代の「宗派」の「教義」を基準に選択して「編集・編さん」したものに過ぎず、その内容は「歴史・史実」としての厳密さをほとんど持たないものです。この「神話的歴史」や「神話的思想」の記述を基準に、それと矛盾する歴史や科学的定説・仮説を排除するという事は、「非科学」以前の非知的・カルト的、精神支配的な傾向です。「疑似科学・似非科学」の概念の多くは、「キリスト教」や「キリスト教文化」の内部から「発案」されて来たものです。

歴史観に限らず、中世的な権力と結びついた支配的な宗教が大衆に求めた「倫理」や「人間観」を、思考停止して受け入れ、あるいは「教育」によって思考停止を促し・押し付け、これに対立する自然科学・人文科学を排除するなら、どんなに歴史の長い宗教であれ、これは「カルト」そのものです。特に「原理主義(原理原則・聖典に忠実な集団)」的な宗教は、キリスト教・イスラム教等々の伝統宗教の中にあって、熱狂、唯一正当性の主張、現世の否定、思考停止と強迫的な精神操作・精神支配の構造を持ち、「カルト」の傾向が強いか「カルト」そのものです。アメリカでの「キリスト教原理主義」の勢力は非常に大きく、特に右派の政党を支持し、政治への影響力も強いものです。

また、特にアメリカでは、古くから「心理学」や疑似科学としての「精神分析」が現代的なキリスト教と結び付けられており、宗教の分野に限らず、「通俗心理学」とそれを方法とする「心理療法」の需要もいまだに高く、ある種の「市民権」を得ています。「学術」の分野、特に「教育」の分野でさえ、「人文科学」、あるいは「自然科学”的”」である「心理学」が、「人文科学・自然科学の二面性」を無視する形で、「純粋科学」かのように扱われる事も多く、「科学」の根本であるはずの厳密な「分科」そのものが成立しているのか疑わしいほどの状況です。--

組織・集団としてのキリスト教やその教義・道徳内容を公然と批判することが許容されたのは、要は権力としての教会の法的・精神的拘束力・影響力が弱まった時期からであり、デンマークの哲学者、キルケゴール(1813〜1855)の時代からでしたが、彼自身も「無神論者」ではありません。彼はむしろ熱心なキリスト教徒であり、形式化した当時のキリスト教会に対立して、より純粋で同時代的なキリスト教信仰、キリスト教哲学を模索した人です。キルケゴールは、ショパン、シューマン、ワーグナー等と同年代の人物です。

その次の世代のドイツの哲学者、ニーチェ(1844〜1900)の思想は、単純な「無神論」の定義には収まりきらないものですが、彼は、「神は死んだ」という激烈な宣言をかかげて、キリスト教道徳と、それに留まらず、キリスト教思想にとりこまれ、その影響下で形成されたの西洋の「知」、スコラと対立しつつも、その影響から脱し切る事のなかった、合理主義に至る西洋哲学の構造そのものを徹底的に批判します。ニーチェの思想は、近・現代的な意味での「合理主義・進歩主義」そのもの、それを共有する「大衆・大衆性」を拒絶し否定するもの、しかし、非常に情熱的・情緒的でありながら、鋭い論理と表現によって、神が死んだ世界、究極的な意味を持たない世界での、個人としての・身体としての・現実の中での「生への意思」と「創造性」を強烈に肯定するものです。これは、「哲学」の定義にも収まり切らないものですが、ニーチェは近代の「哲学」からさらに分科した、現代の「思想」のさきがけの人であり、これに多大な影響を与えている事は間違いないでしょう。ちなみに、ニーチェのその個性的な著作活動の最初は「音楽論」を軸とした論文で、同時代の大作曲家、ワーグナーを絶賛する内容でした。彼は、この論文の執筆前からワーグナーの熱烈なファンであり、ワーグナーは若きニーチェの友人ともなりました。しかし、後にニーチェはワーグナーと決別しています。

なんにせよ、この時代、近世の後期から末期に、少なくとも形而上学的概念の「内容」と「経験可能な自然現象」が論理・理論の上で明確に分離される事で、現代的な意味での「科学」の成立と共有をうながします。

・疑似科学・似非科学

また、現代において、「人文科学」に数えられるもの、例えば「心理学」は、哲学の伝統では「形而上学」として扱われたものです。しかし、フロイト(1856〜1939)の「精神分析学」等は哲学からの分派としての「心理学」ではなく、当時の「医術(前近代的な医療)」から派生した、ある種の「民間療法」の類であり、彼自身は自説を「科学」であると主張しましたが、その内容のほとんど全ては、現代では「前近代的な疑似科学」に分類されるものです。フロイティズム(フロイト派・フロイトの思想)は、その最初期から、哲学としての心理学や、医学、自然科学の立場からも、学術的・科学的と認められていたものではありません。

しかし、フロイトの論じた内容を、ある種の「哲学・思想」としてみるなら、「無意識」という、誰にも否定できない、非常に当たり前でありつつ、説明の非常に難しいもの、「理性」を重視する哲学が自覚して来なかった、「心理的な構造・現象」を明確にさせた事は、ある意味では「形而上学」の再解釈であるとも言えるでしょう。事実、現代では、さまざまな文化圏で、「通俗心理学」は、前時代・近代まで、思想・概念として・組織としての「宗教」が担っていた、「精神」や「価値観」「倫理」「人間関係」・・・に関する問題解決の営みの「代替物」となっています。疑似科学としての通俗心理学とは、ある意味では、現代最もポピュラーな「宗教」であるとも言えるでしょう。

フロイティズムの影響下にある「心理学・通俗心理学」の多くは、特にフロイトのかなり偏った思想、人間の精神・心理や行動原理が、ほとんど全て「性欲」や生理的な快・不快、動物的な本能に「還元される」という論理を肯定し引き継ぐものです。これはつまり、人間の精神・心理や行動原理の「根源・アルケー」を「性欲」とする、恣意的な「神話的世界観」の上に論理を組み上げる、ある種荒唐無稽な、うすぺらな思想・主張ですから、ほとんど「オカルト」と呼んで差し支えないものでしょう。現代の「学術」としての心理学は、フロイトの影響は認めつつも、神話的な人間性の「根源・アルケー」に関しての議論を避け、「検証可能な心的構造・現象」を科学的に扱う事を自明とするものです。

それでも、心理学全般は現代に至って「自然科学的な手法」を持ちつつも、純粋な意味で「自然科学・純粋科学」つまり「厳密な客観性・論理性・再現性、実証・反証が可能な学問」ではありません。特に数理的「情報処理」の観点から、人間の生理学的な「認知(にんち:五感や知的能力全般の事。)」を出来る限り合理的・科学的に扱う・・・という意味で、「認知科学」という分野が1950年代に成立し、ここからさらに「認知心理学」が派生し、民間療法・疑似科学としての通俗心理学と対立します。その後さまざまな分派や対立、議論を経て、現代での心理学は、生理学、脳科学等々の科学的手法を必然とする学術として成立しています。現代の心理学とは、「純粋科学と人文科学」の「二面性」をもつ科学的方法論です。しかし「人文科学」を「科学的手法による人間の学」と定義するなら、心理学も「人文科学」の一分野です。前述の通り、「純粋ではない純粋科学」という矛盾した定義は成り立たないからです。

疑似科学の代表格とでも言えるものが、「フロイト精神分析学」の影響下にある「通俗的な心理学」や、特に日本ではポピュラーな「血液型」等々による「性格判断」、「右脳・左脳論 : 右脳は創造性、左脳は論理性を担い、どちらかの生理学的な優位性が人格・性格を決定するという説」・・・であり、これらの「人格・性格・人間観」に関する疑似科学、「科学的俗説」のヴァリエーションは非常に広いものです。

「科学が進歩することで、迷信は駆逐(くちく:追い払うこと。)される」というのは、人文科学的には誤りであるようです。むしろ科学の進歩にあわせて、疑似科学・似非科学・迷信もヴァリエーションを増し、新たな「理論武装」をします。これは、ひとつには、「擬似科学・似非科学」や「通俗心理学」は、大衆的に「わかりやすい」もの、「知的努力を必要としない」ものとして、普遍的な疑問に安易な答えを与え、知的欲求を満たしてくれる、ある意味「需要のある」ものだからでしょう。

--もう一つの「擬似・似非科学の代表」、歴史的・人類的規模での「実害を持っている」「偽科学の代表」あるいは「偽人文科学の代表」は、1800年代末にマルクス、エンゲルスによって提唱された、「科学的社会主義=共産主義」でしょう。そもそも、「科学”的”」であることと、「主義: 個人・集団に持続される”考え・考え方”」とは同居し得ない条件です。もともと、科学的社会主義、共産主義とは、19世紀からの「経済学・社会学」の一派に過ぎませんが、その後の「社会科学・人文科学」の一つの軸となったものです。経済学も社会科学も、もちろん「純粋な科学」ではなく、あくまで「人文科学」ですが、共産主義・社会主義に支配された文化では、この「思想」と「それを用いた支配体制」は、異論を封じ、論理的・科学的な実証を無視し、反証を拒む事で、純粋科学以上に「確かなもの」として「社会的」に強制されていた・いるものです。

 

知的に偏った・歪んだ思想に支配された社会では、この「体制」に肯定的な有利・有意な学術や芸術活動、スポーツ、あるいは思想的な意味合いを持たない諸分野の学術、基礎科学や工業、特に軍事に関する技術・・・等々は保護され競争が盛んになりますが、現代的な意味での知性、自由な議論、個人的・個性的な創意による学術・技術・芸術は育たず、「歴史」や「思想・哲学」の教育と学習が歪められ、つまり、「事実・現実」と接する機会や情報が限定される事で、「知性」そのものが貧弱となり、また、商業的自由競争、商業的創意工夫による商品・製品・サービスの質的な進歩は望めません。

 

「実験と実証」という点では、ソヴィエト・ロシア、共産・シナ(チャイナ)に代表される社会主義・共産主義の大国を中心に、戦前から1990年代にかけて、「科学的社会主義」は世界規模の「実践」、あきらかな「実験」がなされたわけです。その「経緯と結果」とは、権力や富の恣意的な偏りによる、史上空前絶後の貧困と自国民の餓死者、思想裁判による強制労働受刑者・処刑者・大虐殺の被害者を生んだ社会であり、自国の伝統文化の破壊であり、また、やはり同一の体制による史上最も多数の「戦争・紛争」、「周辺の小国への侵略や併合による、民族の自決、基本的な人権や宗教思想信条の自由を暴力的に侵す政治体制」の「実現」と、その「崩壊」でした。

 

そもそも、「科学的社会主義」とは、資本を奪い取り再分配する「手段」として、真正面から「暴力・略奪・戦争」を正当化し、「一党独裁」を肯定する思想です。ナチス・ドイツは、共産主義と対立し、「社会主義」とも言い難い構造を持っていましたが、「人種・民族としてのドイツの優位性」を「科学的な正当性」として主張した、「国家社会主義ドイツ労働者党」による一党独裁政権でした。

 

共産シナは2000年代の現在は、「共産党一党独裁による独占的・恣意的・部分的な資本主義」という病的とも言える矛盾した国家社会主義・民族社会主義体制によって、自国民、周囲の国家に対して、様々な抑圧・圧力を与え干渉を続けています。共産シナは軍事的に侵略した近隣国家を「少数民族」と称して、人権を剥奪し、現代社会において最も忌むべき、ナチスの行った「民族浄化」を国家政策として現在進行形で行っています。さらには、地球規模での環境破壊等の越境的な実害を周囲に与えつつ、部分的・恣意的な「経済成長」によって、なんとか現状を保っています。また崩壊後のソヴィエト・ロシアも、大国・帝国主義の幻想を「民衆レベル」で引きずりつつ、共産シナと同じく、自国民を警察力・軍事力によって抑圧し、周辺の小国の独立を軍事的虐殺・同化政策で押さえ込み、近年開発が進む豊富な天然資源を背景に、未だ世界規模の危険をはらんだ巨大な国家体制として存続しています。

 

疑似科学・似非科学そのものは、単に「偽・似非」であるというだけなら、必ずしも特に実害のない、「科学的な俗説」、「科学っぽい迷信」に過ぎないわけですが、どんな「思想」「仮説」、また「神話的世界観」も、ある権力や集団によって、「絶対的に真である」として強制されるなら、異論を唱えるものを実質的に「社会的」に排除するなら、人の心や生活、権利にまで踏み込む「強制力」を帯びるなら、「犯罪的カルト」や「独裁政権」の自己正当化の道具へと変貌する、非常に危険なもの、「暴力的な偽科学・偽人文科学」になり代わります。その意味で、どんなに歴史の長い宗教であれ、これが「原理主義」の傾向を持つなら、「明らかにカルト」ですし、「宗教」とは多かれ少なかれ、「カルト」としての性格を帯びます。

 

また、社会主義・共産主義国家では、この思想と「異なった思想・異を唱える思想」の持ち主は、「精神分析・心理学」による「精神医学」よって「治療」を必要なものとされます。思想犯の「受刑」とは、「死刑」以外は、思想教育と強制労働・労働教育、さらには「虐待や拷問」による、「矯正」「治療」、つまりは「精神操作・洗脳」です。疑似科学としての科学的社会主義と、同じく疑似科学としての「精神分析」「心理学」とは、「人間の価値観や精神に踏み込む」という意味で、非常に親近性の高いものであり、これらの支配体制では「有効」な道具でもあるわけです。純粋な意味での「精神医学」が必要なものである事に議論の余地はありませんが、「医学」そのものさえ「権力・支配」の構造の中に恣意的に組み込む事が可能な政治体制では、やはりこれを「恣意的」に用いる事も可能です。

 

「科学的社会主義」は、民衆・大衆の支配と、「戦争」を正当化する手段・方法としての「宗教」と対立し、これを否定し、迫害し、現在も迫害していますが、結果的に、社会主義・共産主義国家は、疑似科学的思想を「聖典」とし、ごく一部の権力者を「神聖化」し、指導者を神格化して「個人崇拝」することで民衆・大衆を支配・操作する「カルト的国家」となり、この「思想」と「支配体制」によって他国に干渉し侵攻する事を正義とする「戦争国家」となりました。どんな「思想」であれ「宗教」であれ、その価値・意味合いは、他の「文化」と同等で相対的であるべきですが、政治と宗教が主張する「正義」や「真理」は、それが「絶対的・唯一」と主張されるならば、どんなに小規模な集団であれ、その内部でも、その外部に対しても、強制的・暴力的・破壊的な危険性を帯びることになります。--

・現代の知

前述の通り、数のロジック、幾何学等を含む広い意味での「数学」も、もともとは「自然哲学」の一部でしたが、時代を経るに従って、数字・記号・計算・図形・・・によってのみ形成される数学は、「自然現象の観察・実験・検証・反証・再現性」という意味での科学から独立してゆきます。また、自然科学では実験・検証が不可能な事柄であっても、「数式」としての「証明」と「反証」が可能であり、帰納法・演繹法的にも自然科学の方法とされるものではありますが、現代では「数学」そのものは必ずしも「自然科学」とはみなされません。

そもそも、「数」とは「概念」であり、「数学」とは、「算数」程度の内容であっても、「自然界にはほぼありえない」、「概念上にしか成立しない」、「数という概念の内部での抽象論理」を「数という概念の精密さ・整合性」によって扱うものです。

前述の「ユークリッド幾何学」は、後の時代のほとんど唯一の幾何学の基準・公準でしたが、19世紀頃から、特に「球面幾何学」に関して、ユークリッド幾何学の概念と対立して、いわゆる「非ユークリッド幾何学」が成立します。さらに、「不完全性定理」以後の数学、「数のロジックの無矛盾性」が否定されてからの「現代の数学・幾何学」は、少なからず「哲学」の領域と重なるもので、「現実の世界」では当然のように存在する、「数・記号・幾何学のロジックからすると矛盾した現象」、つまりは「非整合性」を扱う数学、「カオス理論」「ファジー集合」「フラクタル」・・・等々の一般的に「複雑系」と呼ばれる論理を展開させています。

もし、仮に、「音楽」という何かを、数学的に共有出来る程度に解析する可能性があるとしたら、現代、現在進行形で進歩しているコンピューターと協働した「同時代的な数学」、あるいは「未来の数学」にこそ望みがあると言えるかもしれません。

「自然現象と物質」つまり「経験(観察・実験)が可能なもの」と「数・記号・幾何学のロジック」との「対応・関係」が「物理学」の内容であるわけですが、古典的な物理学、また「近代自然哲学」そのものを、ある意味「完成させる事で終わらせた」のが、1905年から発表された、アインシュタインの一連の「相対性理論」です。それまで少なからず「形而上学的・観念的」にしかとらえることが出来なかった、「光」や「時間」「空間」といったナニモノかが、相対性理論によって明確な科学的定義を得ます。「光・電磁気・重力」、「時間」と「空間」それぞれがナニモノであるのかが、それぞれの関係性によって数学的・物理的に論理付けされ、それまで「物理現象の下地・場所」として「自明なもの・揺らがないもの」であった、時間と空間、「時空」が、「歪み・揺らぐ」ものとして物理学的な対象とされます。

さらに、「相対性理論以後」の現代物理学は、原子や電子のミクロな世界の観察と実験の技術の向上によって、「数という揺らがない・確かな何か」という、古代からの「数のロジック」そのものと、それによる「世界観」からの脱皮をうながします。電子や原子の物理的運動は、「計算や方程式」等の数のロジックによって、「割り切れる」「予測できる」「確定できる」ものでは「ない」ということが、その観察から徐々に明らかになってきたからです。デモクリトス以来の「アルケー(根源)」としての「原子」が、「ひとつ」と数える事の出来る物質の最小単位が、さらに物理的な内部構造を持ち、運動し、その運動が多体問題そのものとして「不確定」なもの、あくまで「近似値」としてしか捉えることが出来ないものであるという事実が、近世以来の「世界観」の一大転換を促したわけです。この「量子力学の不確定性原理」は、数学の「不完全性定理」と同じく、「数のロジック」の限界を示すと同時に、またその限界が示されたからこそ、「歪み」や「ゆらぎ」、「偶然」といった、あまりに複雑なもの、あるいは、時空的にあまりに遠いもの、そもそも「数のロジックの外側にあるもの」と考えられていた事柄に対しても可能・妥当な数学的概念と方法論を模索させてゆきます。

そして、この自然現象そのものが持つ、あいまいさ、不確実さ、複雑さ・・・は、人間の科学的技術が進むほどに、ある意味では否定されるはずだった、「形而上」の概念、人間が知性を形成させる条件とその構造、よりスケールの大きな想像力や推論の価値を再認識させています。「時間」とは「光」とは、では、一体何なのか、「意識」とは、「自我」とは、「概念」とは一体何ものなのか、前時代・前々時代に共有されていた「イメージ」の限界を超えてしまった現代科学が、より高い・より深いレベルで、宗教や迷信・神秘に頼らずに、この新しい「イメージ」を共有させるために、人類全体の想像力の限界を押し広げるために、その「表現」の能力と方法が問われているのです。

相対性理論以後、不確定性原理以後の現代の物理学の「仮説」、「ビック・バン理論」、一般相対性理論と量子力学の「統合」を志向するホーキングの「量子重力論」、さらに、現在まで物理量の最小単位として共有される「素粒子・量子」より、さらに小さな存在の単位の在りようと成り立ちの推論モデル、概念として、これらの極小の存在を「点」や「粒」ではなく、「線」・「弦(ひも)」として捉える、「超ひも理論(超弦理論)」。。。等は、宇宙の始まりや時空の成立に関して、半ば「神話」、あるいは「形而上学」的な領域を扱う科学であると言えるでしょう。歴史上、形而上学として扱われてきた事柄が、あくまで科学としての論理に妥当・正当な方法で追求され、仮説が論じられているわけです。また、近代哲学の形而上学が主張した、「経験」の向こうにあるもの、「先天的」なもの、人間が感覚や論理・言語を「共有」する事を可能とさせる「条件とその構造」とは、現代では「脳科学」の研究対象となっています。古代ギリシアから追求され、近代哲学に自覚された「”知が” なぜ・どこまで・どう成立するか」という哲学の一大テーマが、「科学」されているわけです。

また、人間の「性格・情緒」というナニモノかを、大雑把に分類し、大雑把に分析するという事は必ずしも不可能ではないわけで、これが「心理学」という人文科学を成立させている根拠でもあるわけですが、現代的な意味合いで「心理」を「科学」する事が可能な方法論があるとすれば、疑いなく「脳科学」「大脳生理学」ですし、現代の心理学では「自然科学的な裏づけ」としての脳の研究を必須のものとします。ただ、この「心理」という、人間という種が単独では成立させることの出来ない、非常に「複雑な系」である「脳」の現象として、さらに「複雑な系」である情緒・思考・生理的好悪・快不快・・・等々の何事かの定義、分析の方法論の妥当性、「主観・意識」を、どう「客観的」に観察し理解し得るか、その技術と論理が、問題・課題なのです。

さらに、近年の「遺伝子学」の研究から、いわゆる「遺伝的」な生理学的傾向を根拠とする、「性格」に関しての研究も進んでいます。現代科学・化学、そしてコンピューターの計算能力が技術的に測定と分析を可能とさせた、「遺伝子情報」から読み取れる内容、共通性・差異が、人間の生理学的な機能・構造を作り上げる因子として解明されつつあり、また、あくまである程度までですが、この「遺伝子情報」と「人間の性格的傾向」との一致・対応から、「遺伝子」が知的能力や性格的傾向を決定する因子であるという仮説が有力になっているからです。また、遺伝子は、「脳の構造」を生体的に形作る設計図でもありますから、脳の部位における局在的な機能と遺伝子情報との関係も、脳科学の研究に欠かせないものです。「脳科学」と「遺伝子学」の発展によっては、今後「音楽心理学」を含む「心理学」全般が、他の自然科学の諸分野と同等な意味で、純粋科学としての性格を帯びる可能性も否定できません。

なんにせよ「脳」というナニモノか、「遺伝子」というナニモノかは、現代以降、「純粋科学」と「人文科学」をつなぐ対象、場として、両分野から、また「似非科学」からも注目されているものです。また、「脳科学」自体、成立して間もない分野であり、「脳科学」を語る文脈で、疑似科学とぎりぎりの推論や論理立てがなされることも決して珍しくありません。同様に、「遺伝子学」の内容が、遺伝子の働きを、広い意味で「合目的」なもの、つまり人文科学的・情緒的な「価値観」を含む「合目的」な何かとして捉え、哲学や神学が扱った「運命論」「決定論(人間の意志や行動に自由は無く、何らかの自然原理や神的原理によって確定されているという考え)」と直接的・短絡的に結びつけて論じられる場合、これも典型的な「最新の科学的仮説によって理論武装した疑似科学」です。「運命」や「生命の合目的性」という「概念」、その捉え方・理解・・・もまた、純粋科学の対象外だからです。

これは、科学としての「進化論」の「原理」についても同様です。初期の「進化論」も「近世的自然原理」のヴァリエーションのひとつであり、その後もかなり長い期間、人間の価値観、意味づけによる「淘汰・競争・優劣」を「根源的な原理」とする「合目的」なものと考えらがちなものでした。しかし、現代科学では、「進化」という現象もまた、偶然性と相対性による「複雑な系」の一つとされます。

これは常に注意すべき事柄ですが、「脳科学者」「大脳生理学の研究者」「遺伝学の研究者」・・・が述べる、「人間”観”・文化”観”」あるいは「音楽”観”」・・・そのものは、決して「科学」ではありませんし、多くの場合「科学”的”」ですらありえません。特に日本では、メディアに注目された純粋科学の研究者が、いわゆる「エッセー」を大量生産的に執筆する事も多いものですが、その内容は、あくまで自身の研究と自然科学観に基づいた、人間・文化に関する「個人の主観的な思想・主張」であり、「科学者の述べる人間観」が即、「科学」では無いのは当然の事です。そして前述の通り、「遺伝子学」と「運命論・決定論」を短絡的に結びつけたり、「脳・即・人間」「脳・即・知性」という、人間観・人間性の全てを「脳の構造」に単純に・一元的に還元する思考、「脳」を人文科学的「アルケー」として「万能の原理・根源」として捉える概念は、むしろ「非科学的」です。

一般的に「疑似科学・似非科学」とは、自然科学の分野で扱う事柄を、「古代から前近代の”自然哲学” ”神話的世界観”」に基づいて「科学っぽく=部分的には科学だが、科学としての条件を欠いた方法で」論じるもの、あるいは哲学が「形而上学」として扱ってきた「思想・神話」を、これらを「真実」として結論を先行させる形で「科学的裏づけを試みる」事、簡単に言えば「神話と科学をこじつける(無理に結びつける)」事を言います。

アインシュタインの一連の相対性理論は、前近代的な「自然哲学」が持っていた、形而上学的・概念的な「光」や「時空」についての理解を完全にくつがえしましたが、これを認めず、あるいは「理解」する事が出来ず、前近代の「神話的世界観」を恣意的な論理で強化しようとするのが、物理学に関する「疑似科学」の代表です。また、特に「光」という物理現象は、キリスト教の伝統の中でも神秘的・宗教的、かつ情緒的に扱われてきた重要な概念ですから、現代のキリスト教的カルトの多くは、「光」に関しての科学的情報の断片と神話的概念を「こじつけた」教理を展開する傾向にあります。キリスト教に限らず、自然科学的な理解に限らず、神話的世界観と合致しない・矛盾した、科学・人文科学に対して「排斥」、「思考停止」や「新たな迷信の発案」がなされる傾向は、現代に至っても変わらない、宗教のもつ深刻な問題です。カルト・オカルトとは、その意味で、「宗教」が「大衆化・通俗化」したものであると言えなくもありません。

疑似科学は、純粋科学・人文科学の両分野に存在しますが、純粋科学と人文科学とが混同されているという事も顕著な特徴です。そのテーマ、あるいは関心が、「自然科学が対象とすべきもの」か、「人文科学が対象とすべきもの」かの、いずれかに重心が傾くだけのことで、いずれにせよ、これらが「混同」されていることに変わりはありません。

もちろん、「自然科学・純粋科学」のみが「正しく物事を説明できる」とか、「厳密な論理性・合理性や答えは自然科学によってしか導き出されない」という意味ではありません。科学の論理の厳密さとは、科学というルール、科学的概念の内部での合理性によるものです。つまり、科学理論とは、明確な「対象」によって分科され、その「範囲と限界」を持つものです。そして、科学の持つ「論理性・合理性・数や記号のロジック」とは、もともと、哲学によって育てられ、形作られたものであると同時に、人間の脳が持つ機能の共通性・普遍性によって共有されるものです。それが異なった文化圏にも、「言語内容」「数」「幾何」「記号・象徴」・・・「概念」や「論理」が共有される仕組みでもあります。

むしろ「疑似科学・似非科学」の持つ「心情・心理」とは、「科学こそ絶対不変である」というある種の「信仰心」、近代的、前近代的な「科学と神的・絶対的な原理」の「混同」にあるといえるでしょう。よく言われるとおり、「自然科学の理論のほとんどは”仮説”」であるわけですが、それが「理論」として成立するのは、仮説を仮説として自覚しつつ、観察・実験・反証・再現性という方法論を経る事で論理的な妥当性を得るものだからです。この実験・観察や再現性等の「方法」は、共有出来る事を条件とします。

「科学哲学: (科学とは何か、科学の方法とは何か、何が科学と科学ではないない論理を分けるか・・・についての哲学)」では、「反証可能性: ある説が観察・実験によって否定される可能性を持つこと」が科学の条件とされます。「反証が可能である」ということは、「完全に正しい」と明言できなくとも、”少なくとも”「これは誤りである」という結論がはっきりと下される可能性を”持つ”という事です。普通に考えると、「その仮説を否定するような、別の・新たな仮説が無い」事が「科学的・論理的に”正しい”」事のように思えますが、「いつでも、別の・次の仮説によって、否定・修正”される事が出来る”」という「可能性に開かれた」仮説が、「科学的である」ことの条件であるわけです。「唯一絶対の真理」を科学は決して主張しませんし、認めないものです。

つまり、「結局の所、それぞれの立場・考え方によって、否定も肯定も出来るし、決定的な否定肯定も出来ない」というような性格の「説」「仮説」は、「科学」とはみなされません。「血液型性格判断」「右脳左脳人格論」「精神分析」「遺伝学的運命論」等々は、それが「生理学”的”」な事柄を対象としていても、統計的、感覚的・情緒的にいくらかの説得力を持つものであるとしても、純粋科学としての厳密な根拠と実験・観察・実証を欠き、なおかつその仮定・仮説を決定的に否定するような実験・観察、つまり「反証」も不可能であるため、そもそも「科学」の外にあるもの、「考え方・捉え方・感じ方の一つ」でしかないということです。

そもそも、「性格」「人格」「精神」といった非常に曖昧なもの、文学が「人間性」として、哲学が「形而上学」として扱った「理解」や「概念」を、厳密に科学的に定義すること、数値化・代数化することは、現時点では不可能だからです。これらの「形而上学的」な何かを、近代的・前近代的な「概念・考え方」、あるいは前近代的な「算術」によって「数値化・代数化や法則化する事が可能である」とするのが、いわゆるオカルト・カルトや神秘主義、数秘主義(すうひしゅぎ:占い等に代表される、世界の構造や未来を数字によって理解・予測する事が可能であるとする神秘主義)等々の思想です。

カルト・オカルトとは「反証可能性がない」だけでなく、「反証可能性を放棄する」ものです。つまり、場合によっては「反論」を封じ、「これは科学ではない」「論理的な妥当性がない」という意味での「反証」をも拒むもの、「科学的な議論」そのものを拒むものです。現在進行形で「一方通行」の主張を続けている事が、カルトのやっかいさでしょう。擬似科学・偽科学、神話的世界観や宗教的道徳が、「唯一の真理や正当性」を主張し、何らかの「閉じた集団」を構成し、その内部での何らかの心理的・情緒的・身体的・経済的・・・な「強制力・権力」を持った状態が「カルト」の定義のであると言えるでしょう。前述の「科学的社会主義・共産主義」はその意味で「人類規模の、最も巨大なカルト」であるわけです。

「右脳・左脳論」も、科学としての「脳の機能の局在性(視覚・言語などの異なる機能を特に担う部位が”ある程度”特定されるという事)」の理論を用いて、「論理性と創造性」「理性的・感情的」「他律・自律」というあやふやな二元論的「人間論・人格論・性格論」を展開するものですが、「創造性・人格・性格・・・」という何かを科学的に定義することが不可能である以上、これは科学ではありません。そもそも「創造性」と「論理性」が決定的に対立するものであるという極端に単純化された概念自体が、浅薄(せんぱく:うすぺら)な人間論であり、神話や文学に属する「考え方」に過ぎません。「人格・精神」に関する疑似科学には、何らかの予め前提とされた「形而上学的な人間性のキャラクター・モデル」、つまり「人間に関する価値観」が存在し、その価値観に従って、「科学的な裏づけ」や「科学的妥当性」を「こじつける」ものです。

・人文科学としての音楽理論

人文科学とは、あくまで「科学”的”手法」による、人間の文化についての組織化・理論化です。人間の文化、もしくは人間とは、時代性・時間性の中で、相対的なもの、複合的なもの、あるいは曖昧なもの、偶然的なものであり、そして「個性」や「主体・主観」というナニモノかを持つものでもあります。その全体を、数学的・科学的な方法論で「割り切れる」ものではありません。「文化」としての「数学的・幾何学的概念」が、音楽と無縁だと主張しているわけではありません。むしろ、それらが、必ずしも論理的に解明出来るほど単純な「相互関係」にあるものでは”ない”ということです。

人文科学と「疑似科学としての人文科学」の境目、その違いは、人文科学が「科学」としての方法の限界を自覚するものであるのに対して、「疑似科学としての人文科学」は、「自らを自然科学・純粋科学であると主張する」という事に明確に現れます。その意味では、「純粋科学を自称する心理学」は、明らかに似非科学です。

心理学に限らず、人文科学に関する「数のロジック」による裏付けは、ほとんどの場合「統計学」的なものです。統計は、仮説を強化はするものの、それのみでは科学的に厳密な実証・反証とはなりません。つまり「人文科学」とは、構造的に、仮説の上に仮説を組み上げるしかない面を持ち、その組み上げ方、論理立ても、少なからず「神話的・文学的・思想的・情緒的・習慣的」な性格、つまり「文化」としての性格を帯びる傾向を持ちます。

また、これも誤解されがちな事ですが、「人文科学」が「純粋科学ではない」という事実は、人文科学の価値を低くするものではありません。人間の知の基準が純粋科学のみであったら、人間の営み全般に対応できないだけでなく、純粋科学そのものも成立し得ないからです。問題なのは、「純粋科学と人文科学」を「混同」する事です。

「楽音の構造」や、「音響としての協和不協和」等々の「ごくごく基本的な構造」が、「物理現象としてある程度説明できる」こと、また、「物理現象としての音響」が、音楽の音組織の一面と「対応している」事は間違いない事です。理論編A:で述べたとおり、「文化」としての数学・幾何学が、やはり「文化」としての音楽に与えた影響(あるいは相互の影響)は、決して小さなものではありません。「数のロジック」無しには、西洋音楽もその他の音楽体系も、現代受け継がれている「文化」としての形を持たなかったでしょう。

しかし、少なくとも、現代の「大脳生理学」「脳科学」の分野で、「調性」という「人間の内部にしかない”音感の仕組み”」 --つまり、限定された素材としての音階や旋法性、ビート、リズム、動機が絡み合い、かつ音程関係の変化と、「和音」として認識される音程構造の変化・・・これら全ての統合によって響きを織り成す、「非常に複雑・複合的・相対的な音組織」-- を成立させるにあったって、どこまで・どの程度、「倍音・倍音列・振動比」等々の「数のロジックによって解釈される物理現象」に依存しているかは、科学的には、ほとんど解明されていません。そもそも「複雑な系」とは、単一の数理的原理によっては把握しきれないものを言います。少々厳密さに欠けるかもしれませんが、物理学の概念で言えば、「多体問題」に代表される、相対的な関係性、「関係の関係」そのもので、音楽は成立しているとも言えるわけです。

人間の聴覚と神経組織(脳)は、振動数の違い、振動比の違い等々を認知し、これが音程の高低や長短、協和・不協和・・・等々に「対応」している事は間違いないのですが、「音楽の素材」として実際に用いられる楽音の「数学的・音響物理的な内容」が、「調性音楽」という「共有された音感の習慣」の「法則」とされるに足る論理性を持つわけではありません。

逆に言えば、「音楽を成立させる根本原理」が「倍音・倍音列」等々にあるという理論は、現代においては「科学的・論理的」とはみなされません。「音響的物理現象」は、間違いなく、「音楽を成立させている原理の”一つ”」であり、「長い歴史の中で、様々な文化の中で、音楽の理解や把握、試行錯誤として用いられたもの」ではあるものの、それを「音楽の根本原理」あるいは「アルケー(根源)」とするのは、明らかに初歩的な論理矛盾です。様々な知的習慣の相対関係によって成立する文化の一つの形態を、「その中の一つのロジック」のみで「割り切れる」という発想は、論理的ではないということです。これは、近代以降から現代の様々な「思想」の構造全般に言えることです。

近世・近代の自然哲学が論じた「自然哲学としての音楽理論」は、総じて「調性音楽の素材」としての構成音の仕組みを、主に倍音・倍音列・振動数の比・・・等の「数のロジック」によって推論するものであり、その方法論は、一元的・二元的、あるいは「静止的・平面的」なものです。しかし、やはり音楽の素材は、常に「時間」「動き」の関係性の中に、また「複合的・相対的」に、つまり「多元的」にしか存在できないものです。ある「音」は、時間の中で、何らかの動き・関係の中でしか、その「意味性」、あるいは「音楽・楽音」として機能しないからです。

理論編A:に述べたとおり、幾何学的・平面的な象徴・図形等々は、こういった「静止的・平面的」な音組織の捉え方、「理解を助ける、あるいは試行錯誤や発想を促すための”象徴”」に過ぎません。これは、どんな「記譜法」によって「記号」として表される「音」「音程構造」であっても同じことです。「音そのもの」と「音を表すための幾何学・記号・文字・・・」とは、「象徴」としてしか対応しません。つまり、この関係性とは、人間の「脳」の中にしか無いものです。あいまいな表現を用いるなら、「ある脳の中に、また、ある脳とある脳の間にしか無いもの」です。

「物理現象」とは、「自然現象」そのものでもありません。また、「物理法則・自然法則」とは、ものそのもの・自然そのものでもありません。「音響物理的に数値化される”音”」と「音そのもの」とは別のものですし、人間の脳が受け取り、習慣化され共有される「音感」もまた、単なる物理現象とも自然現象とも言えない性格のものです。これは「理論」と「音楽」の関係性そのものとも言えるでしょう。

なので、「近代」の音楽理論が求めた「全ての音組織の”根本原理” ”根源的な原理”」が「数のロジック・物理現象にある」という論理、あるいは広い意味での「世界観」は、それがどんなに「もっともらしい・説得力のある」ものであっても、現代では「非科学的」な主張、あるいは「前近代的な推論」に過ぎません。「音楽」とは、あくまで「人間」の「脳」によって作られ、解釈される現象だからです。

そして、「人間」も「人間の脳」も、ある時代・ある地域・社会・文化の中で相対的に存在するものであり、必ずしも一元的なもの・絶対的なものとして捉える事が出来ません。物理的にも、脳とは「神経組織の集合」であると同時に、全身にはりめぐらせられた、「神経組織の全体」でもあります。つまり、「脳」とは、現代では「身体」全体を含むものとして理解されます。解剖学的な「器官」としての「切り離された・取り出された」状態の脳では、脳そのものの総体的な構造と活動を論ずる事が出来ないのです。そして、「脳そのもの」と「それが生み出すもの」との「溝」、隔たりは、先に述べたとおりです。

つまり、「解剖学的・構造的」な脳の研究では、「人間の脳の構造・脳の音感に関する機能」の「普遍性」を解明することは可能ですが、「相対的」に、「関係性・共有性」と「時間・時代」の中で、「個の身体」として存在し、生きる「脳」、あるいは「人間」の総体を「科学的に解明する」という事は不可能です。

また、「科学の発展」、より広い意味での「知的方法論の発展」とは、「形而上学と形而下学の分離」によって成立するものでありつつ、必ずしも「形而上学の否定」ではないのです。音楽・詩・散文・物語・絵画・彫刻・演劇や舞踏・映画・・・等々、「芸術」や「文化」と呼ばれる人間の活動のなかで、「形而上のもの: 神・精神・霊魂・善悪・完全・本質・真理・永遠・・・」と無関係なものは一つとしてないでしょう。「無神論」でさえ、「形而上」の概念、「神」を扱う論理である以上、ある意味では「形而上学」なのです。「科学」とは「経験可能な自然の事物に関する論理」であり、これもまた、「人間の活動」です。そもそも、「概念」という何かがなければ、幾何学も数学も、科学も、言語さえも成立しません。人間の知的活動は、「自然・宇宙」そのもの「人間」そのものに対する解釈や想像力によって、「科学」そのものをも対象とし、取り込み、新たな概念と表現をうながします。「音楽」と「音楽に関する理論」が異なるように、ある楽曲をどんなに完璧に分析しつくしても、それが「音楽をする」という事と別の意味を持つように、「人間に関する科学的な理解」がどんなに進んでも、依然、それは「人間そのもの」とは別のものであり、人間の思考・発想・想像力・概念・技術・技巧・表現・・・は、個々人がそれを生きる・体験することでこそ何らかの意味を持つものです。

さらに、人間が求める「人間に関しての普遍性」といったものも、これが「文化」全般に関するものである場合、「個々の主観」によって妥当とされる何かが、いわば「統計学的に”共有された”と”認められた”もの」と、二重三重の「仮定」によってしか表現出来ない性格のものです。「普遍性」とは時代・文化・地域によっても異なり、人間それぞれが「主体・主観」を持ち、これは「関係性」という不確定な要素の中でしか存在し得ないものだからです。「文化」とは、必ずしも「進歩・進化」する事が自明なものではなく、同時に「後退・退廃」が自明なものでもありません。

「西洋」の自覚的な「知の構造」について、時代を追って述べてきましたが、それぞれの時代の「概念」が、必ずしも合理的・合目的に「進化」してきたものであるとは言えませんし、逆に「退化」して来たものだとも当然いえません。それぞれの時代の哲学・自然哲学、またそれ以前の神話も、その時代につきつめられ、共有された概念であり、「前時代・前々時代」の知的方法論が「今に比べて劣ったもの・すぐれたもの」であるとは決して言えないのです。そもそも、神話がなければ哲学は成立しなかったでしょうし、哲学がなければ科学も成立しませんでした。また、神話や形而上学は、例えば「アトム」のように、数千年後の実証的科学を「先取り」した概念を成立させた、ある意味恐ろしいほどの想像力・直観力に裏付けられたものです。そして現代、科学も神話・宗教になり得ます。しかし、何らかの形で、前時代・前々時代の概念や方法論が、それを踏まえつつも乗り越えられる事、こだわりを捨てて再解釈される事で、今・現在の「知」が成立しているということも、やはり間違いありません。これは歴史の中での「音楽の構造の変遷」とも通じるものです。

本書で言う「習慣」とは、「西洋音楽に現れた音使いの傾向・共通性」といったものを、過去の「実作」を「ありのまま」に観察した結果見出される「共通性・論理性」といった意味です。つまり、そもそも、音楽とは「自然現象を活用」する「人間の活動」ではありますが、いわゆる純粋科学が扱う「自然現象そのもの」ではありません。

人文科学としての音楽理論は、あくまで「文化」としての音楽を対象とし、他の人文科学の分野の研究や、今・現在・最新の「純粋科学」の研究と向き合いつつ、それら諸分野と「協働」しつつ、そのものが「文化」でもある「前時代の論理」を踏まえ・乗り越えてゆく以外に、その方法を持ちません。

しかし、「現代の音楽理論」の中でも、「近代の自然哲学的な音楽理論」からの引用によって全体を構成したり、「前近代・近代」までの「前・科学」や、最新の音響物理、聴覚に関する脳科学の研究ではなく、せいぜい1900年代半ばまでの音響物理学の研究を、やはり「疑似科学的」に「自説の科学的裏付け」とするものは少なくありません。前近代からの音楽理論が、その拠り所とした「物理的裏づけ」のいくつかが、現代の「科学」では、その内容そのものが、否定されたり、大きく修正されたものも多いのです。また、近代までの音響物理は、「聴覚器官と発声器官」に関しての、その当時の「解剖学的」見地によって、聴覚と物理現象としての音響との関係を論ずるものですが、現代の「聴覚」の研究は、「解剖学的な聴覚器官・発声器官の構造」の理解が進んだだけでなく、むしろ、それを情報処理する「脳神経」に関する研究に重心が移っています。

さらに、「現代」における大脳生理学の研究では、「西洋音楽」の文脈の中にあっても、人間の音感は、音律でいえば、「平均律・純正律・ピュタゴラス音律」全てが混在し、さらには、「そのいずれでもない”音律的感覚”」をもち、これら全てに聴覚的・聴感的に対応可能で、特に微分音のコントロールが可能な楽器や「声」では、これらの音律を、「無意識的に、ある程度の使い分け」をしていると言われます。理論的に言っても、「平均律・純正律・ピュタゴラス音律・・・」全ては、互いに「近似値」に過ぎません。一般的に、「ペンタトニック等の単純な旋律はピュタゴラス音律的」に演奏される事で、平均律より明確な性格を表し、和音の響きは「純正律」によってうねりのない美しい響きと自己主張が得られるとされます。

これは、ギターという微分音が可能な楽器では、実に日常的に、また無意識的・音感的になされているコントロールでしょう。特に「民族音楽・民俗音楽」の旋法の構成音として、近代以降の調性の中に同居しはじめた「ブルー・ノート」等は、当然平均律の音程ではなく、かつ、純正律・ピュタゴラス音律とも一致しない音程です。「ブルー・ノート」に限らない、12半音の音程であっても、特に高音域のヴィヴラートや微妙なチョーキングは、ピアノの「調律カーブ (全音域の低音部は微妙に低く、高音部を微妙に高く調律すること)」に近い音程のとり方や、前述の「ピュタゴラス音律」に近い音程がとられる傾向にあります。そもそも「ギター」という楽器は、ハーモニクスで調弦する場合、開放弦は「純正律」となり、フレットそのものは当然「平均律をねらって」配置されています。一つの楽器の中に、複数の「音律」が存在し得る楽器であるという事です。

異なる「音律」「音程」の作りかたを持つ楽器、管楽器・弦楽器(フレットのあるもの・無いもの)、アコースティックのピアノ、電子楽器・・・等々と、「歌・声」との「アンサンブル」でも、こういった「微分音のコントロール」、あるいは「平均律と非平均律の同居」は実感される事でしょう。ある意味では、「音律」とは、それほど「あやふや」な、あるいは、「音感」とは、それほどに「柔軟」なものなのです。

どんな音組織も、原始的な時代からは5千年以上、文明・文化の時代からは数千年・数百年を経て、ある面では「技術的」に、また、ほとんどの場合、試行錯誤や偶然を含んだ「習慣」「経験の蓄積」として取捨選択され、淘汰され、合流して来たものであって、「物理現象としての振動数」等の科学的事実・物理的原理のみで、「音組織の根拠・起源・原理」が、一元的に説明しきれるほど単純なものでは無いということ、あるいは、「音楽」とは純粋な意味で「合理的」で「整合性のあるもの」では無いということです。

音楽理論とは、あくまで、ある一時代、地域、あるいはそれらを拡大した系統や連続性の中に認められる「共有された音楽習慣・音感的な習慣」の内部にある法則性、論理性を指します。音楽理論とは、「文法・言語学・修辞法(しゅうじほう: 言葉づかいの技術)」に近いものであり、「ある時代・ある地域の調性”語”、音感”語”の文法・語法」とでも言えるでしょう。

さらに、「音楽のロジック」を「哲学」的な思考に立ち帰って捉えるなら、実は、「形而上学的」としか言いようのない要素を持つものではないでしょうか。

・方法としての和声と各時代の和声観

「和声法」とは、何より、「調性音楽の作曲・編曲のための方法論」です。「学習和声法」について、学習者の多くが、非常に長期間、集中的にこれを学んでも、なかなか実際の作曲、編曲に結びつかないという実情や、「過去の優れた楽曲」つまり実際の楽曲の和声からではなく、主に「学習和声法による学習和声法のための和声」によって和声が学ばれるといった、ある種自己完結的で、非実用的・非実践的な教育上の形態が批判されることが多いのも事実です。

「学習和声法」の設定する「禁則」とは、西洋音楽・調性音楽を構造的に分析するなら、「調性・和声」の”ごく基礎的な構造”を形作るための「消去法的な原則」です。全ての作曲家達が、その基礎的な構造を発展させ、拡大し実際に用いた、「実際の楽曲・実作」、特に器楽の和声、合奏、管弦楽では、「学習和声法の禁則」が堂々と用いられている実例は豊富にあります。これには、前述の和声の形式の違い、つまり「伴奏の和声」の形式から来る、「型」としての和音の捉え方も影響していますが、しかしバッハ等の「合唱曲の和声」にも「禁則」は「統計的には少数」であるものの用いられているものであり、要は彼等作曲者が、必ずしも近代以降の和声法の言う所の「禁則=使ってはいけない・避けるべき進行」という概念を持っていたとも言えないわけです。

「学習和声法」は「バロック期から前近代までの和声」を便宜的に法則化した面も強く、「各時代の様式」に関しては、無視されている面も否めないものです。ある時代には避けられた響きが、後の時代にはかえって多用されたり、その逆に、ある時代に好まれた響きが、続く時代にはほとんど用いられなくなったりするという「嗜好(しこう:好み)」や「作法」の変化は、ある一時代の様式を形作る重要な要素でもあります。例えば、調性の原動力である、「三全音:トライトーン」の響きは、その不協和の強さから、中世の一時期、特に教会音楽では、「悪魔的な響き」として忌み嫌われていました。和声法の禁則にも、そういった「嗜好・作法の変化」の性格は強いものです。和声法の禁則として最も嫌われる「完全音程の並行」は、前述の通り、そもそも、「中世音楽」の「並行音」の「原則」でした。さらに、印象派以降の和声は、むしろ「完全音程の並行」を、その独特の響きの厚みと強さを「自覚的に」用いる事で、調性とは異なった「構成音と音程の素材」と相まって、明らかに前時代の響きからの自由、新しい響きを得ています。

また、「不協和音程」の使用の頻度、あるいはその「度合い」は、特に西洋音楽の歴史の中で、前時代には非常に強い不協和音程として捉えられ、経過的に、あるいは厳密な予備・解決を与える形でしか用いられなかった音程が、共時的・同時的に用いられ、予備・解決が省かれるるという変遷を経ています。

「作曲・編曲」の方法論としての「ジャズ・ポピュラーの和声」を模索するために、概論では、そもそも古典和声を習得する事が目的ではないものの、これに関して、その「内部構造」、調性という、一つの音楽的な力学を成立させる「なぜ」について、「現代ポピュラーの”コード表記”」を用いる事で述べました。

学習和声法を学ぶ、実習する際に、とかく「ストレス」に感じられる、古典和声の「禁則」について、必ずしもネガティブな「禁止」という意味合いではなく、ニ声の調性対位法を根拠とする、「不協和音程の解決」による「積極的な原則」と、各声の連続性と独立性のための「消去法的な原則」が、調性・和声のごく基本的な内部構造を形作るという原理に注目して論じました。前述の通り、和声法の「学派」によっては、「禁則」の内容そのものが異なるわけで、これを統一する事より、むしろ、「禁則の意味」そのものに注目すると、「消去法的な原則」というロジックが見えてくるわけです。古典和声の設定する「禁則」について、納得できる、かつ「シンプル」な説明がなかなか見当たらないため、本書では「消去法的な原則」という言葉を用いています。

特に「なぜ」がわからない「ダメ」は、学習の意欲を殺ぐ(そぐ)ものですが、この面で「学習和声法」の伝統は、いまひとつ「親切」ではない、「なぜ」に関する明確な論理立てに乏しい面があると常々感じていたからです。一般的に学習の順序として、調性対位法は、古典和声法の基礎を学んだ「後」に学ぶものですが、これを和声法の、あるいは「調性」という音組織の概論、入り口の時点で、「和声を成立させる原理」としてのニ声の関係を並行して理解する事が、和声の「なぜ」の答えとなります。さらに言えば、古典和声の「禁則」を、「作曲の自由度を縛る」といった、むやみにネガティブな印象として捉える必要もありません。前述の通り、バッハであれモーツァルト、ベートーベン・・・の特に器楽曲・管弦楽曲の実作には、学習和声の非常に原則的な「禁則」が「用いられている」実例を発見するのは容易な事です。

ただ、やはりバロック期からの和声、調性のごく基本的な構造が、合唱形式、伴奏の和声・管弦楽という「違う形式」、「目的の異なる和声」においても一貫して、習慣的に「消去法的な原則」を持っていたことは、「実作」の内容からも、明確に認められるものです。さらに、機能和声として理解する事が妥当ではない、調性以後・以外の音組織の模索・試行錯誤がなされた「和声」に関して、古典和声に「避けられていた音使い」が、それ以前の音楽とは全く違う意味合いで、「積極的・意図的に用いられている」という性格も、無視できないものです。

学習和声の教育形態としての構造的な問題は、この、あくまで「ごく基礎的な調性の組織」を形作る上での「方便・方法論」である「消去法的原則」を、「禁止」という強い「規則」としてしまう所にあると言えますが、かといって、この原則を全く無視しても、和声の原理をつかむ事が出来ません。ジャズに限らない西洋ポピュラーの持つ、「古典的な和声観との明確な差異」も、これらの「禁則」が、習慣的にであれ、「積極的に用いられている」という点に非常に明確に現れます。--近代・印象派以降の西洋音楽のもつ「禁則を積極的に用いた和声的な構造」とは、そもそもの素材、音程や音階、和音の形態が「調性とは別のもの」を志向しており、ジャズ以前・以後の、「普通に調的な楽曲の和声」が持つ、「古典和声的な禁則がほぼ無化された」、「習慣的な簡便な和声」とは意味合いが全く異なるものですが、前述の通り、特にジャズの発展の末期、モード・ジャズ以降には、これら印象派の和声の方法・構造が導入されます。--

つまり、「禁則」が、「習慣的」な意味では、あるいは「和声法的な意味」では「ほとんど無視されている」ジャズ・ポピュラーの和声にとっても、「消去法的な原則としての”禁則”」は、「声部の動きの一つの基準」として、「和音の連結」を「音程を伴ったメロディーの束」として捉える際の一つの「基準」として、依然有効となるわけです。また「古典和声では禁則とされた声部進行」そのものが、非常に「有効に活用されている・多用されている」とも言える、近代以降の西洋の伝統音楽と民俗音楽にとって、これらの「完全音程の動き」は、「新たに獲得された声部進行」であるとも言えます。現在まで、「古典和声」と「ポピュラー音楽の和声」との関係が、こういった形で論じられる機会は非常に少ないものでした。

このジャズ・ポピュラーの和声観が、必ずしも古典からの伝統音楽の「近代・現代の和声」と直接的な連続性を持っているわけではないにせよ、「民俗音楽」としてのジャズ・ポピュラー、あるいはその前後の時代の民俗音楽にとって、伝統音楽の近代・現代の和声と共通性を持つ「古典的な和声観から離れた和声観」が、「可能」であり「妥当」である、という点も、本書の大きな関心の一つです。

また、「全ての機能和音が四和音・付加和音・テンション・コード」とされ、「古典的な声部の進行の原則から自由になった和声」、「型・記号としての和音として共有・実用される音楽形態」が、あくまで「バロック期からの伝統の西洋音楽」ではなく、「民族・民俗音楽としてのジャズ」によって形成されたという事は、非常に重要な事柄です。当たり前といえば当たり前の事ではありますが、「西洋の伝統音楽」あるいは「その理論と習慣」だけでは、「ジャズ」の全体像、あるいは「現代的なコード観と調性音楽」を組み上げる事は出来なかったわけです。

さらに、「西洋音楽」として、「調性」という構造上の共通点を持ちつつも、歴史上、厳密には「別の系統・伝統」の「音感の習慣」である、近代以降の伝統の西洋音楽と、ジャズ・ポピュラーの音習慣・音組織の変遷に、ある種の共通性と、類似した「発展と到達点」の構造が見られるのも、非常に興味深いことです。これは、現代の私達が、「ジャズ・ポピュラーの音楽理論」によって、また「現代の調的な音感」によって、バロックからロマン派前期のベーシックな調性の構造に限らず、近代以降の西洋の伝統音楽、つまり「調性以外の音組織」から何事かを学び、汲み取り、さらには、繊細・精密な、あるいは明確な「なぜ」を伴った形で、意図的・自覚的にそれを「発展させる」可能性を示唆するものだからです。

「書かれた」ものとしての「音楽理論」に依存しているにせよ、いないにせよ、特にモード期以降のマイルス・ディヴィス、ビル・エバンス、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ジョン・コルトレーン、チック・コリア・・・等の方法論は、こういった性格の試行錯誤の下に「民俗音楽としてのジャズ」に軸足を置く形でなされたものであると言えるかもしれません。また、「ビ・バップ」期の方法論、あるいは「ジャズの”旋律法”」の基礎を、ほぼ一代で完成させたとも言えるチャーリー・パーカーのフレージングのロジックと「バロック期の器楽の旋律の傾向」との共通点は理論編A:に述べた通りです。

さらにバロック期の器楽のニ声を基礎とする調性対位法の手法も、それを「コード進行とメロディーの関係」、あるいは「コード進行の一部としての、”メロディーとメロディーの関係”」として理解するなら、これをジャズ・ポピュラーの文脈の中に、より簡潔な形で導入する事も可能となります。そもそも「古典和声法」とは、調性対位法を和音という形・型の連結として整理したものでもあるからです。

なんにせよ、「作曲の自由度」とは、何らかの組織を「用いて」、あくまで作曲する者の取捨選択、試行錯誤によって行使されるものです。当然の事ながら、どんなに合理的で完成された「音楽理論・作曲技法」であっても「学べば即、曲が書ける」といった便利なものではありません。また、これも当然の事ですが、和声”法”、対位”法”とは、「方法論」であって、前述の通り「科学的な法則」ではありません。また、「法律」でもありません。ごく一部の「学派」では、「法律」に近い「厳格さ」を要求するものではありますが、それは「学派」あるいは「教育」が、「過去のある一時期の、限られた技法を継承する」事を目的とした、ある種の「制度」としての性格を帯びているからに過ぎません。少々おおげさな表現ですが、「禁則」という言葉に、「法的・法律的な”禁止”」のイメージを持つ必要もありません。

音の選択、音の運び方・・・といった事は、あくまで自分の内側にあるもの、音感によって促されるものです。音楽理論とは、内側にある音感や意思・意図を、何らかの形式として整えたり、あるいは「調性」という形で「共有された音感」そのものが持つ論理性や、音の素材の組み合わせの可能性を、「”ひとつ”の方法」として、提示するものです。

--「和声法」とは、調性の中核を形成するものではありますが、「音楽」の全体像の中では、限られた一つの側面に過ぎません。「学習和声法」とは、リズム、細分化された動機をもつメロディー、形式・・・音楽を形成する全体像から、ある程度切り離され抽象化される事で、和声の文法の習得に集中する事を可能とする「学習形式」です。「学習和声法」の正解を大量生産したとしても、それは、いわゆる「作曲・編曲」に属するものではありません。

学習和声には、ある種の「パズル」、「音感的パズル」としての面白さもあるのですが、数年にわたって「学習」のみに集中し、一向に実作からの実践的な和声の抽出、さらに、それらの響きからの何らかの印象・方法を携えて、実際の「作曲・編曲」に向わないなら、少なくともそれは音楽の手段ではないでしょう。また、学習和声法は、「学派」という、「楽派」の伝統の副産物、さらにはその「分派」の教材、場合によっては「経典・聖典」的な、あるいは「通過儀礼」的な側面も強く、同時代の音楽の「実学・方法論」とは、その存在の意義、方向性の若干異なるものであると言えるでしょう。

もちろん、対位法に特有な形式、特にカノン・フーガや、古典の形式、特に合奏形式や管弦楽法(管弦楽の作曲・編曲法。いわゆるオーケストレーション)には、和声法・対位法の素養、技能は欠かせないものではあります。しかし、これらの形式も、結局の所、「実習・実作」によってしか身に付かない性格のものです。--

もちろん、ポピュラーの”コード表記”は、古典期から印象派、現代に到るまでの西洋の伝統音楽では用いらていなかったものです。コード表記の原型は、前述の「数字つき低音」、バスの基本的なラインと転回の形まで指定する記号でした。1800年代前半に、トニック・ナンバリング・システムのもととなる、ローマ数字によるコード表記が提唱され、さらに、1800年代後半に、多用される転調の中での、一つづつの和音の「機能」を表記する、やや複雑な和音記号が用いられます。これらは、「Am7 GM7・・・」等々のコード表記とはいささか性格の異なるものです。近代和声に確立した「和音の記号」とは、演奏や即興のための素材ではなく、「理論的な分析」のためのものだからです。つまり、古典和声を、ある意味では”現代のコード観”によって分析し、同時に、その”現代のコード観”を成立させた「調性」そのものの内部構造を分析したわけです。

この”現代のコード観”とは、「Am7 GM7・・・」という和音のルートと3度・5度・7度の内容を簡潔に表す「記号」としての単純さに、トニック・ナンバリング・システムによる「各和音の機能」と、理論編A:の内容である、「コード・スケール」が結び付けて把握される事で、その内部構造、前後関係、機能が、「分析的」の対極として、「直感的」に理解される、非常に実用的な仕組みです。

こういった「直感」的な理解・把握・認識、必ずしも「言語・言葉」としての、意味性や「時間」によらない、瞬間的、共時的・同時的な感覚こそが、即興の編曲やアドリブも含めた、「即興性」の核心でもあるでしょう。つまり、現代に至って、「五線が担った音感の言語的記号」に、さらに「コード表記」が「加わった」わけですから、「音楽の言語的・記号的表現と音感の関係」が、明らかに新しい習慣を得たと言えるわけです。

これらの「コード表記」によって、調性の内部構造、和声の変遷をたどった理由は、現代のポピュラー音楽が形成した「調性の音感」を、既に私達が持っている以上、それを用いて、コード、調性そのものを成立させた過程を「遡及 (そきゅう:さかのぼること)」する事が必要だと考えたからです。そして、古典和声の概念無しには、やはりジャズの和声も「なぜ」に明確に答える形で論じる事が出来ないからです。この「なぜ」無しに「どうやって」はありません。

全ての西洋音楽は、密接な、あるいは緩やかな連続性、さらには「隔世遺伝」的、「復古的」な連続性を持っています。ある時期に突然、「発明・開発」される形で生じるような「音感のシステム」などありません。

理論編B:では、ジャズ・ポピュラーの「和声」に関しては、まず、「伴奏」という形での実践的な和声の組み立てと構造を、「コードとメロディーの関係」については、スタンダードの楽曲を分析する事で論じます。この本論の内容によって、古典的な和声の法則のある面に対しては、「無頓着」とも言える、ジャズ・ポピュラーの和声が、その「全体像」としては、あるいは「メロディーとコード、メロディーとコード進行の関わり」において、驚くほどの精密でロジカルな様式美・構造美を内部に形成している事が理解できることでしょう。この様式美・構造美を「手」に入れる事、つまり実際の演奏「独奏の編曲」として経験し方法化する事が本書の目的でもあります。

コード/メロディーの編曲の実践は、ジャズ・ポピュラーの調性の全体像を、ギターの独奏という最小限で、かつ充分な形式の中に組み上げる作業です。コード/メロディーとは、「メロディーに積極性を持たせた和声法」であり、「和音が担うリズムに独立性を与える」ことで相互補完的、相乗的に「曲表現」とする、ジャズ・ポピュラーの和声法の一つの完成形、最も実践的な形のひとつです。

合唱形式の古典和声の一つの完成形、あるいは真に「実践的な」「学習和声法の模範解答」は、バッハの一連の「コラール(賛美歌合唱曲)」です。これはソプラノを主旋律とする四声体の和声によるもので、要は四声の調性対位法そのもので構成されたものです。コラールは、四声が完全に独立した合唱形式ですから、「伴奏の和音と旋律」という古典期以降の二元化はなされていないわけですが、「教会音楽」「会衆音楽」としてのコラールでは、オルガンによる四声の和声が「伴奏」とされ、男声・女声とも、オクターブのユニゾンで「ソプラノ=主旋律を歌う」事が、その演奏・歌唱の基本的な習慣、形式です。

つまり、対位法の様式は、「各旋律の完全な独立性」から、特に「器楽」では、必ずしもどれが「主役・主旋律」とは言えない、ある種の平等性を持つものですが、「コラール」の形式、特に「教会音楽・会衆音楽」としてのコラールは、「”うた”としての明らかな主旋律」を持ちます。また、これらの「聖歌」のメロディーは、いわゆる「世俗の歌」、民謡や当時の歌謡からの引用も多く、「主旋律と”和音の進行”」という構造は、この時代以前に成立し、コラールを通じて完成された構造であると言えるでしょう。

また「コラール」が、宗教改革以後、当時の民俗音楽・民族音楽からのメロディーを取り込むことが習慣的となったという伝統は、西洋的なペンタトニックと調性の同居の元祖であるだけでなく、理論編A:概論 で述べた「アフロ・アメリカン形式」の音楽である、アフロ・アメリカン・スピリチュアル・ソング(いわゆる黒人霊歌)、ゴスペル等を成立させた構造でもあります。これらの形式は、「ブルー・ノートを持ったペンタトニックが調性のコード進行と同居するスタイル」の原型の一つでもあります。

音楽の形態の中で最も基本的な形式である「歌」、また調性の形態・全体の最も基本的な形式である、「歌の旋律と和声」という点では、「スタンダードの楽曲のコード/メロディー化」が、”ある種の”「コラール」に相当するわけす。ここに、「コード・スケール」、「コード・フォームとヴォイシング、バスの進行と旋律」、「ハーモニック・リズムと楽曲の形式」、「ビートと伴奏の和音」、「コードとメロディーの関係」・・・音楽の素材全体が、「曲表現」という実体として「統合」されます。

バッハが、その生涯に膨大な作曲・編曲を残した「コラール」の和声は、彼の「器楽」の和声感・和声観の一つの軸にもなっていると推測出来ます。彼のスタイルが、あくまで「”調性”対位法」によるものだからです。

「歌としての楽曲」を、合奏・独奏でアドリブを含めた形式に発展させるという構造は、コラールの和声と器楽の和声では事情が異なるものの、「歌・テーマ」のコード進行と「アドリブ」という形式の根本には、何より「歌そのもの」と、「歌が促すコード進行そのもの」があります。古典期から、「歌曲」のテーマとそのコード進行を土台とした「変奏」、いわゆる「主題と変奏」は、器楽曲の形式の代表の一つとなります。また、より現代的な民俗音楽の「形式」は、民俗・民族音楽の中では、非常に古くから成立し、古典期からの伝統の形式でみるならば、ロマン派の器楽曲に完成された、「前奏と即興的・器楽的間奏をもつ歌曲的形式」の楽式の組み立てと類似する構造と言えます。

・シリアス・ミュージックとポピュラー・ミュージック

ところで、本書がいうところの、「西洋のバロックからの伝統の音楽」、あるいは「西洋クラシック音楽」は、英語では「シリアス・ミュージック(Serious シリアス : 真剣な、真面目な。本格的な。)」とも呼ばれます。いわゆる「ポピュラー・ミュージック(民俗音楽・大衆音楽)」、あるいは「エンターティンメント・ミュージック(娯楽音楽)」の対語的な名称です。「クラシック音楽」という場合、西洋音楽の「古典期」そのものを指す場合もありますから、本書では「西洋のバロックからの伝統の音楽」などと、少々めんどうな呼び方をしているわけです。また、民俗音楽は、「フォーク(Folk Music)」、民族音楽は「エスニック(Ethnic Music)の語が相当するでしょう。さらに、「ポピュラー」という言葉は、多分に近・現代的な、「大衆・民衆」という「社会的・経済的階層」が生じてから意識され、用いられるようになった言葉です。

「フォーク」、「エスニック」共に、「西洋中心の文化観」が強い言葉で、西洋音楽の民族音楽は「フォーク」であっても、西洋以外の民族音楽は、それが「宗教音楽・宮廷音楽」であっても「エスニック」と半ば混同されるこも多いものです。「シリアス・ミュージック」と「ポピュラー・ミュージック」とは、どんな文化圏にも存在します。

西洋音楽の「シリアス・ミュージック」と「民族・民俗音楽」、この二つの音楽の伝統、流れは、厳密には「別の系統」の音感の習慣であり、別の方法論を持つものですが、バロック期以前から、密接に交流してきたものでもあります。

どんな文化でも、歴史をさかのぼるほど、「シリアス・ミュージック」と「ポピュラー・ミュージック」との境目はあいまいなもので、身分制度や世襲制、教育、宮廷儀式、また宗教音楽等々の、「社会構造・社会秩序」によって、あるいは、「経済」の発生と発達によって細分化してゆくのが、こういった「社会学的な文化ジャンル」という事になります。そもそも音楽は、「語るための音楽」、「仕事のリズムを合わせるための歌」、「踊るための音楽」、「祈りの音楽」、「求婚」や「とむらい」、「お祝い・お祭り」、「こもりうた」「わらべうた」等々の、生活に密接した「目的」を持っていたものです。これも時代が進む毎に、「鑑賞にも値する舞曲」といった混合した意味合い、本来的・習慣的な音楽の「意味」から離れた性格を持って行くわけです。

民俗音楽学の中には、「狭い意味での”民俗音楽”」を、「仕事の歌」「踊るため」「祝う・とむらうため」「こもりうた」「わらべうた」等々の「生活習慣・様式と直結した音楽」に限定する立場もありますが、現代社会では、そういった「厳密な意味での民俗音楽」はむしろ少数ですし、本書ではいわゆる「シリアス・ミュージック」の対義語として「ポピュラー・ミュージック」を定義しています。

また、「古い民謡・民俗音楽」、つまり「現代・同時代のポピュラー音楽ではない民族音楽」は、現代では、「保存・保護・継承されるべき」「伝統芸能」として、楽派や教育体制の住み分けも強く、ある意味では非常に「シリアス」な性格を帯びていると言えるかもしれません。ある程度技巧的な「民俗音楽」の多くは、実際には「うた」の内容自体が、良くも悪くも「軽薄」な男女関係に関するものであったり、文脈的には、遊興(ゆうきょう: 大人の遊び)の場に用いられたもの、つまり当時は「純粋な民俗音楽」であったものです。それが「リアルタイム」であった時代には、ほとんどの場合、「演奏のギャランティー」のみが音楽家の生活を支えていたわけです。しかし、これが「教育」という構造、「習い事」としての経済活動へとシフトし、さらには「保存すべき文化」という性格が付与されてから、なにか「高尚」な「日本の古典のシリアス・ミュージック」であるかのように誤解されている場合も多いものです。

「民俗」の対義語の代表が、「宗教」と「宮廷・政治・軍事」と「学術」です。また、中世以後の西洋では、「キリスト教」とは権力であり、教育を担うものでもあり、宗教改革以後の西ヨーロッパの多くの国々では、地方の領主と独立したその国の教会とが一体の権力構造となります。つまり教会音楽も、「カトリック系」「プロテスタント系」の分派を経験し、プロテスタント派が、いわゆる「ナショナリズム」と結びついた政治的・宗教的な独立運動であった性格からも、これらの教会は「自国の民謡・民族音楽」を教会音楽の中に積極的に取り入れてゆきます。逆に、カトリック系は、「反宗教改革運動」として、「より純粋な教会音楽」を追求し、古楽の対位法を非常に緻密に論理化・規則化する流れも生じます。また、「宗教」の対義語は「世俗」ですから、古楽での「世俗音楽」とは、必ずしも「民俗・民族音楽」であるわけでもなく、ほとんどの場合「宮廷音楽」を指します。

バロック期の音楽の結晶であるバッハの作品のほとんどが、「宗教音楽」と「宮廷舞曲」であることは忘れてはいけない事ですし、「グレゴリオ聖歌」の時代から、西洋の「初期音楽」のロジックが、修道院制度の中で育まれてきたものである事も、「西洋史・西洋文化史」の一つの側面です。さらに「初期音楽」に注目すると、「騎士階級」も、「騎士道」の「たしなみ(こころがけ。必要な事。趣味。)」として、「武道」「チェス」などと並んで、「リュートの弾き語り」が必須とされ、独自の「音楽習慣」を持っていました。「わかりやすく力強い旋律」や「哀愁を抑制的に表現するシンプルな旋律」等々の性格を持つ「うた・メロディー」が、「騎士音楽」として、「教会音楽」に並行して存在しています。しかし、現代の我々がイメージする「騎士道的」な響き、「勇敢でダイナミックな音楽」は、ロマン派以降の「懐古的」な、あるいは「ロマンチック」な創作によるものであり、中世の騎士階級の音楽として現存する資料の内容は、非常に素朴なものです。

--ちなみに宗教改革者のマルティン・ルターも「リュートの弾き語り」を好み、聖歌の伴奏にも用いたようで、彼の自作の「聖歌」が残っています。また、バッハは「ルター派」の教会楽師ですから、ルター作曲の聖歌をコラール形式で編曲していますし、彼自身がリュートの演奏家ではありませんでしたが、同時代のリュート奏者・作曲家からも強い影響を受けていたと考えられており、リュートのための組曲やフーガを多数書いています。(リュート音楽は西洋で一度廃れ、現代になってから発掘的・考古学・古典研究的に再び研究され、演奏されている楽器です。バッハのリュート曲は重要なレパートリーとなっていますが、リュート弦を張った鍵盤楽器のために書かれたものである可能性の高い楽曲もあり、リュートでの演奏が困難なものも多く、ギター編曲と同じく、リュートでの演奏にも、いくらかの編曲・変更を必要とします。)

そもそも鍵盤楽器が完成し流通するまで、初期音楽の多声的独奏器楽の中心はリュートと初期ギターでした。なので、初期音楽の「和声・対位法の成立」に関しては、リュート音楽、初期ギター音楽の研究も欠かせないものです。--

古典期の初めに活躍する音楽家、特にモーツァルト等に強い影響を与えたのは、「バッハの息子達」ですし、古典期も当然、「世襲制」的な身分制度、封建制の時代です。

ところが、「成り上がり」と「没落」も含めた身分の流動はどの時代にもあり、特に「音楽家」に関しては、その能力・才能によって、「教会・宮廷」での「楽師」という身分が与えられるという事が可能でした。例えば「モーツァルトの父」は、「宮廷楽師」ですが、「モーツァルトの祖父」は「レンガ職人」であったそうです。しかし、「楽師」という身分は、貴族にとっては「使用人」に近い身分であり、必ずしも「特権階級」であったというわけではありません。

つまり、当時の「宮廷楽師」は、「職場」としての「特権社会」と、「身分」としての「平民」という二面性・流動性を持っていたわけで、例えばモーツァルトは、当時の「平民の音楽」つまり「民俗音楽」のメロディーや響きを、時にちゃかしたり、時に「シリアス」に自作に取り込む事をためらっていません。モーツァルトは、さらには「教会楽師」としてのキャリアも持っています。「特権的上流社会と封建主義的精神」「宗教権力と宗教性」「平民としての実生活や物語性・享楽主義(きょうらく:思いのままに楽しむ事)」等々の異なった身分や文化・精神・気分の中に身を置いていたわけです。最終的には、モーツァルトは「自由音楽家」、雇い主のいない、教師・演奏会・出版等によって生計を立てる、「自由市民」的な身分を得ます。

平民としての「楽師」も、「地方の教会の音楽監督」や「旅回りの楽師」「酒場やサロンの楽師」、あるいはヨーロッパにとっての異民族の流民の民族音楽等々、現代と同じく、その生活の様式や演奏の様式によって分化していたもので、これらの人々の演奏上の交流、「音感上の交流」も盛んであったと推測されます。彼らの中には、「楽譜の読み書きが出来る者」もいれば、文字そのものが読み書きできない者も、あるいは「楽譜というものを概念としても知らない」人々もいたでしょう。しかし、人間としての音感的身体的能力や発想等は、必ずしも教育の程度によるものでもありませんから、こういった「田舎の楽師」の中にも優れた演奏・作編曲をする人々は一定のパーセンテージで存在したものでしょう。

さらに、「レコード」が流通するまで、出版される「楽譜」や「写譜」が、いわば唯一の「ソフト」の役割を果たしたわけで、個々の「プレイヤー」によって、まさに「再現・再生」される事が、当時の「音楽の流通」の重要な形態であったと言えます。近世には、「シリアス・ミュージック」や「流行したオペラ」を、「出来るだけ技巧的に単純に編曲した楽譜」も流通し出し、これらは「高度な技術を持たない楽師」や、いわゆる「アマチュア」の演奏のためのものであったと言われます。「出版」「情報産業」としての音楽の流通は、相当古い歴史を持つものであると言えるでしょう。また、前述した「民俗音楽のテーマ」と並んで、「オペラの歌曲のテーマ」は、「変奏曲」の形式に好んで取り上げられた素材です。

近代、特に17世紀の産業革命によって「商人」の富裕層が発生する事で、大規模な音楽会やオペラを企画し、劇場を提供し、あるいは音楽家の生活を含めた活動の「スポンサー」となる人々や、第一級の音楽家からの「レッスン」を子弟に受けさせる事が可能となる人々が現れます。こういった「社会体制・社会階層」、特に経済の形態の変化によって、「特権階級に独占されていた音楽スタイル」が「平民」に共有され、逆に「シリアス・ミュージック」も「ポピュラー・ミュージック」からの影響を強く受けたと推測されています。また、「シリアス・ミュージック」の作品の中で、楽曲の構造が単純で技術的な難易度は低いけれど、音楽的な価値の高いものは、「弟子・生徒」や「アマチュアの友人や恋人」が「演奏するため」に書かれた、彼等・彼女等に「捧げられた楽曲」が多いというのは、よく知られていることでしょう。

さらに、西ヨーロッパは「革命」によって、「特権階級・支配階層」そのものが解体するという歴史を経験します。近現代的な意味での、社会的・経済的な階層、「自由市民・民衆」という、ある意味あいまいな、非常に幅の広い「中間層」が発生するわけです。こうして、「シリアス・ミュージック」も、少なからず「大衆」向けの音楽、「ポピュラー・ミュージック」的な性格を帯びてゆきます。

「音楽の商業化」は、誰よりも音楽家本人にとっての生活形態、「職業」としての形態の変化、さらには「形式・作風」の変化をもたらします。古典期の末期までの「シリアス・ミュージックの音楽家」は、何らかの形での「権力」、「宮廷・教会」での楽師としてしか自身の社会的地位を持つことが出来ませんでしたが、現代的な意味での「音楽家」、演奏会のギャランティーや出版される楽譜の権利金、教師・・・等々の商業性、「自由市民的職業」が成立する事で、「宮廷音楽」「宗教音楽」という「作品の目的」に必ずしも縛られない、より抽象的な意味合い、個人的な表現としての楽曲が生まれてゆきます。モーツァルトの晩年はこうした「自由音楽家」としてのキャリアであり、ベートーベンが活躍する時代は、既にこの「市民的職業」としての「音楽家」が定着しています。「エンターティンメント」としての音楽の最も完成された総合的・統合的な形式は、古典期からの「オペラ」であり、ここには「英雄的悲劇」や「民俗的喜劇」等々の物語性や神話が付与されていたわけですが、そういった「歌」を伴った文学的・演劇的表現だけでなく、「器楽曲」による「詩的」な表現や、「リズム・形式は舞曲だが、踊るためというより、聴くための音楽」といった、あいまいで抽象的なスタイル、ある意味では自由なスタイルが成立し、その中で音楽的才能が発揮され、構造や技巧が追求されて行きます。

「宮廷・教会の楽師」とは、今日的な意味での「公務員」に「近い」立場であったわけで、権力の庇護から脱した「自由市民」の自由とは、経済的能力と責任が要求され、作品の評価、演奏会に対する批評、評判、あるいは流行・・・等の不確定な要素が「収入」に直結する、ある意味では非常に厳しい生活でもあります。一流の、超一流の「音楽家」が、「経済・お金」の苦労・労苦を味わうわけです。後世の評価から考えれば、信じられないほどの貧しい生活を送っていた者も少なくありません。この時代からの「シリアス・ミュージック」の担い手は、ある意味での「ポピュリズム: 大衆性」の中に生きたと言えるでしょう。

--前述の通り、「民俗・民族音楽」の研究者の中には、「舞曲・祝いやとむらい・こもりうた・わらべうた・求婚・・・」等々の、「目的がその”民族”の生活と密着したもの」のみが、「”純粋な”民族・民俗音楽である」と主張する向きもあります。しかし、文化そのものが歴史の中で一定不変のものでは無い以上、「社会体制の変化」にともなって変化する「音楽形態」、特に「商業主義」を半ば蔑視(べっし:軽蔑して見る事)し、「商業音楽」を民俗・民族音楽から除外することは論理的な態度とは言えません。「資本主義・経済社会」も、文化の一部だからです。

「民族」という生物学的な枠組みは、社会科学、文化人類学的にみるなら、「他の文化・地理的に遠い文化との交流が認められないか薄い」という意味での個性・個別性を持つわけですが、理論編A:で述べたとおり、「民族音楽」とは、あるいは「文化」そのものが、古代から異民族との交流によって形成されたものであり、特に近代以降にはそれが顕著なものです。

例えば「ブルース」を、アフロ・アメリカ系の人種に「のみ」成立する・可能である音楽形式であるとか、白人によって「商業化されたブルースは”純粋なブルースではない”」という主張には人文科学的な根拠がありません。不幸な歴史ではあるものの、結果的に、植民地化や奴隷制度無しには、そもそもブルース形式は生じ得なかったからです。

こういった「純粋な民族音楽」という発想、「”民族”音楽」に対する「純血主義的(じゅんけつ: 同じ民族同士の生殖によって子孫・文化が同一性を持つ・保つ事)なタイプわけ」には、かなりの社会・政治的な思想の影響が強いものでしょう。「”純血主義的な民族音楽”こそが価値が高く、他文化と交流した音楽には”純粋な民族音楽”としての価値がない」という発想は、実は非常に危険な社会的概念を含んではいないでしょうか。「純血」という概念、あるいは「単一民族性」という概念には、その背後に、人種・民族・文化に「優劣」を認める思考が働いているからです。己の生物学的・地理的な「民族・文化」に対する「優越性」の感覚も、逆に、他の「民族・文化」に対する「劣等感」も、根を同じとするものだからです。

西洋での「純血主義的民族音楽」の優位性を主張する「民俗・民族音楽学」の多くは、「アングロサクソン・白人至上主義」に対する「反感」や、アングロサクソン自身の「反省」という「情緒」がその論理の底流に見受けられるものです。同時に、「民俗・民族学」の多くが、「社会主義・共産主義思想」を、その「思想的なバック・グラウンド」とするのも、皮肉な事でしょう。第二次世界大戦前・戦中、自己の「民族」の優位性と純血主義を「科学」として主張し、ユダヤ人虐殺と周辺国への侵略の限りを尽くしたのが、ナチス・ドイツであり、「社会主義・共産主義国家」は、第二次大戦前からナチスを批判し対立したものの、現代、第二次大戦後も、政治的・軍事的な力によって、周辺の小国の文化を破壊し、「同化政策」を続けているのは、むしろ「社会主義・共産主義、旧・社会主義」の大国、共産シナ(中国)とロシアだからです。特定の「思想・信条」に左右されずに、「民族・民俗」を論ずる事、研究する事は、なかなか難しいことなのかもしれません。

さらに、「技巧的・構造的に複雑で難度の高いもの」、「新奇で従来のスタイルにとらわれないもの」等々が「芸術的」であって、その逆が「大衆的」であるとか、そういったおおざっぱな「批評的分類」、あるいは「批評”家”的分類」は、ほとんどの場合、好みや価値観の問題であって、論理的な普遍性は持ちません。「純粋な民族音楽」の中にも超絶技巧やポリリズム等々の複雑な構造は見られますし、逆に、シリアス・ミュージックの名曲の多くは、その当時に「共有」されていた素材とスタイルで書かれ、非常にわかりやすい明快な和声、旋律と形式を持つからです。--

「シリアス・ミュージック」が、ヨーロッパの自国・他国の民族・民俗音楽の要素を意識的・積極的に、つまり論理的・和声的に取り込むのはロマン派後期からですが、全ての時代において、広い意味での「西洋音楽」は、異なった系統や伝統との合流を経たものであると言えます。

「シリアス・ミュージック」と「ポピュラー・ミュージック」、また、「西洋音楽と非西洋音楽」との相互の影響や合流の仕組みは、「民族音楽学・民俗音楽学」の一大テーマであるわけですが、本書はそれを展開するものではありませんし、本書での「西洋音楽の理論」とは、あくまで「シリアス・ミュージックの理論」を基礎とします。

調性以後の西洋の民俗音楽が、調的な響きを帯びつつも、「和声観」に関して、古典和声のような厳密さを持たなかったことは、「現存する西洋の民謡」からもうかがい知れるものではあるのですが、「シリアス・ミュージック」と全く別個に、「ポピュラーの和声」が、それらの時代に既に形成されていたとも言い難いからです。つまり、「現代のコード観・和声観」の源流、あるいは基礎を、直接、古典期以前・以後の時代の「西洋のポピュラー音楽」におくことも出来ません。--しかし、調性以前・以後、かつ「ジャズ以前」の「民俗・民族音楽の構造」は、「調性以外の音組織」や「旋法の理論」の重要な資料となるので、第三巻で扱います。--

「調性」という構造を「捉え、整え、書き記し」、その論理性を発展させ、「音楽理論」そのものを担ったのは、間違いなく「シリアス・ミュージック」であり、「調性音楽理論」を論ずる際には、「楽譜として記されたもの」「理論書として書かれたもの・議論されたもの」を素材、資料とするのは、自明な事でしょう。

「現代の記号的なコード観・和声観」が形成、あるいは完成されるのは、まさに「現代」(第一次大戦後から)の事であり、現代的な意味で「共有・流通」されることが可能となった「調性音楽としてのポピュラー音楽」が形成されるのも、やはりこの時期からです。

つまり、ジャズ・ポピュラーは、「シリアス・ミュージックとしての調性の構造」が、ほとんど分解するまでに発展し尽くした、近代西洋の土壌に発生した音楽形式です。ジャズ・ポピュラーが持つ「コード観・和声観」とは、「古典和声」の持つ厳密な、あるいは「繊細」な原則が「無視された」ものであるとしても、必ずしも「無化されたもの」ではなく、「拡大されたもの」、ある意味では、「発展されたもの」です。

「ジャズ」そのものは間違いなく「民俗音楽」ですが、これが人種の壁を越えて「共有されはじめた」時代に、この音楽形態の担い手であった人々、演奏家・作編曲家が、「西洋のシリアス・ミュージック」の音楽習慣と音感の習慣を持っていたという事情から、非常にロジカルな構造を持ち、つまり理論的に分析が可能で、共有が可能なスタイルとして成立しています。

また「調的なジャズ」が「調性としての可能性」を試行し尽した後、「モード」や「非機能和音」を模索する際に、意識的にも無意識的にも注目されたのが、「近代以降のシリアス・ミュージック」と「民族音楽」です。そもそも「近代以降のシリアス・ミュージック」は、ヨーロッパ内外の民族音楽に対して、「自国の民族音楽」に対する愛着と誇りをもって、「他国・異国の民族・民俗音楽」に対する、音感的新鮮さや憧れをもって、これを「西洋の古典的な音組織」に積極的に取り込んだ時代です。つまり、「異なった音感的習慣の合流」が、極めて意図的・組織的(システマティック)になされ、これが、統一された・共有されたロジックではなくとも、個々人の作曲家や楽派の「作品」「作風」として成立・成功していたわけです。

現代において、「モード」や「非機能的和声」を、「ポピュラー音楽」として、「現代のコード観」によって可能とさせた最も大きな要因は、「短調・長調両方と、どちらでもない調的な響きを持ち、調性の中に、調性と矛盾した旋法性を同居させた」、「ブルース」の構造でしょう。「調性と矛盾した旋法性を調性の中に同居させる」というスタイルは、「スペイン民謡」にも見られるものです。モード・ジャズの初期に、「Dorian旋法」と並んで、「モーダル・ブルース」と「Phrigian旋法」が好まれたのは、これらが「民俗・民族音楽」として、既に「音使いを習慣化させていた」こと、音組織としての基本的な「フォーム(形式)」を確立させていたという事情によるものでしょう。

また、「スペイン民謡」に関しては、「近代のシリアス・ミュージック」によって、スペイン民族派の音楽家達、アルベニスやグラナドス、彼等と相互に影響を与え合った、「近代ギターの父」と呼ばれる偉大なギタリスト、フランシスコ・タルレガ等の手で、西洋音楽の論理性によって整えられ、「調性に同居した形」に既に相当高度なところまで組織化されていました。逆に、民族音楽・民俗音楽である「現代のフラメンコ」も、近代のシリアス・ミュージックの和声、調的な方法論からの影響を色濃く受けています。

「ブルース形式」に限らず、「調性に同居したブルー・ノートを含む旋律」が要求するメロディーに対する和音や、「和音の構成音としてのブルー・ノート」は、理論編A:に述べたとおりですが、本論では、「スタンダード」の「歌のメロディー」としての必然性を帯びた、ある程度その形式が完成されていた時代の「過去の実作の分析」によって、その基本的な構造を見てゆきましょう。

--*注釈: 以下の注釈は第三巻の内容に関するものです。難しく感じられる場合は、概論・本論を読み終えてから参考にして下さい。

・「ブルース」形式とは、ある意味では「奇跡」とも言える、西洋音楽が「理論的な発想」によっては到達出来なかった、しかし論理的な矛盾が整合性を保って同居する音世界です。しかも、これが「共有される事」が可能、あるいは容易なスタイルであるという事は、ある意味では「完成」されたスタイルであるという事でもあります。

モード期以降のマイルス・デイヴィス、また特に、ハービー・ハンコックとウェイン・ショーターの楽曲が完成させた、「非調性・非典型的」な、しかし「コード進行を伴った音楽」の構造は、ブルースが成立させた、「トニックとサブ・ドミナントのドミナント7th化」、「コード進行を伴った旋法」の構造に深く関わっています。ブルース形式は、現代人にとって(特にギタリストには)馴染みのあるスタイルであるわけですが、トニックが厳密な意味での「長調でも短調でもない」という事、またそれが「形式として成立している」という事は、和声・調性的には革命的な仕組みであると言えます。モード・ジャズと非機能進行は、互いに音響的な構造を補いつつ、進化してゆきます。

「ブルース」の「コード進行を伴った旋法」が内包している、「コード進行の持つコード・スケール」と「メロディー、フレーズの素材としてのブルー・ノート・スケール」という、「基準となる異なった音階の並行的な構造」は、やはり印象派末期に現れた、「複旋法 :二つ以上の旋法の重なりによる構造」の、モダン・ジャズにおける方法論の入り口となります。これが、アヴェイラブル・ノート・スケールの発想や、ジャズに特有な、いわゆる「アウト・サイド (調性外音を用いたフレーズ、あるいはコードの響きから外れたフレーズ)」の扱い、あくまで「方向性」をもった「リハモニゼーションによるフレージング」の方法論と混合して、「モード・ジャズ」は非常に自由で、かつ複雑な旋法性・複旋法性・多旋法性を獲得してゆきます。「シリアス・ミュージックの末期」の構造的複雑さを、ある一面では凌駕(りょうが:超えた・追い抜いた)した音組織が、「即興演奏の合奏」という形式によって築かれて行くわけです。

理論編A:で軽く触れましたが、印象派の和声に確立していたモードの和声がジャズの音組織に導入され、「複数の機能和音の構成音となる可能性を持つ四度堆積和音」、「そのモードの構成音を含むペンタトニックによる四度和音」、「7thSus4」、「完全四度をバスとするm7.11、あるいはm7.add4thの分数和音」、「拡大解釈されたクリシェの分数和音」、「解決しない偶成和音」、「ダイアトニック以外の音階を構成音とする三和音・四和音・付加和音」・・・等々が用いられる事で、「調性と三度堆積の和音による和声」の対立軸を得るわけです。「モードにはコード進行が無い」というのは、モード・ジャズのごく初期、あるいはごく基本的な旋法の構造にのみ当てはまる事であって、「機能和声の終止」の構造は持たないものの、「静的なコード進行」は、モードにも存在します。理論編A:に述べたとおり、ペンタトニックは、ドミナントを除く機能和音を構成できるからです。モード・ジャズはその初期から、モーダルな文脈の上でも、フレージングの内容には「コード進行」を志向しているものです。

さらに、「純粋な旋法」とでも呼べる、「チャーチ・モード」や他の「民族音楽の旋法」であっても、それが多層的な構造を持つ場合、何らかの「和音の進行」を生じるものです。そもそも、それが「調性」という構造を成立させた要素の一つです。

・必ずしも、これらの「旋法の和音・和声」だけでなく、三度堆積の和音、「調性の素材」であっても、これが「調性には無いパターン」によって、あるいは「極めて短い・調的ではない転調を繰り返す進行」によって配置される、反復されるなら、つまり「ルート進行」の記号的な連結によっても、「容易に」非機能進行が成立します。--印象派の時期から用いられ出した「並行和音」は、外声、特にソプラノに、何らかの動機や旋法として動きを持ち、拡大された「重音」としての性格も強いものですが、同一の形の和音が狭い音域のルート進行によって「並行」する事でも容易に「並行和音」あるいは「並行的な和声」が形成されます。並行和音の原型は、調的な和声でごく限られた機能和音に対してだけ用いられたものであり、やはり完全音程の並行が避けられたものですが、概論1.で述べたように、調的な響きからの離脱を志向・試行した近代シリアス・ミュージックの音組織には、調性の和声の基礎となった「禁則」が、むしろ積極的に用いられたわけです。また、この時期の並行和音の用い方は、「素材」である和音そのものが調的な進行を避けるという構造を持っていますから、近・現代のポピュラー音楽の「(普通の)調性の和音」が禁則という概念・習慣を持たないという形態とは、いささか質の異なるものです。--

そもそも、「ルート進行」の可能性は、調性の中では「終止」という絶対的な方向性を持つわけですが、これらを単に「素材」として捉えるならば、概論1:に述べた通り、ダイアトニックのみの進行だけでも42通りの可能性を持ちます。それに一時的転調を加えるならば、二度進行から七度進行までの四和音の連結の可能性は、非常に広いものとなります。本論に詳しく述べますが、調的な楽曲のコード進行は、「終止」の傾向、「開始・接続」の傾向、一時的転調と明らかな転調によって、ほとんど「説明・把握が可能」なものです。しかし、これらの調的なコード進行のパターンの組み合わせを、「部分的に切り取」ったり、「部分的に反復」させたり、あるいは、「部分的に省く」だけでも、調性のパターンやその音感の期待を裏切る進行が形成されます。それでも、こういった進行の「素材」は依然「調性」である事に変わりありませんから、厳密には調的に響かないものの、何らかの進行感、統一感は保たれるわけです。

四度堆積を中心とするモードの和声、あるいは、その動きの基準となる旋法的な動機を持つ「並行和音」の進行を「静的な非機能和声」とするなら、「素材そのものは調性と一致するが、非機能的なルート進行」を、「動的な非機能和声」と呼ぶことが出来ます。モード期のジャズの末期には、この二つの構造は、楽曲の形式の中に統合され、さらには「調的な楽曲」に対しても用いられるようになります。つまり、非機能進行にも、調的な進行にも四度堆積和音が多用され、調性を部分的にモーダルに扱う手法が生じ、モードに対しても、何らかのコード進行による旋法の交換の土台や、細分化された進行感が与えられます。

・さらに、「モーダル・インターチェンジ」の思考を、「アウトサイド」に対してではなく、「楽曲そのもののコードを、変更した音階を基準とした四和音・付加和音に変形する」場合、「機能和音のキャラクター(M7、m7、7th、m7b5・・・)の構造とは矛盾するが、ルート進行は調的な構造」も構成されます。そもそもの「モーダル・インターチェンジ」の思考とは、本来は調性の文脈に用いられるものですが、調的な響きから離れた「モーダル・インターチェンジによるリハモニゼーション」が試行錯誤されるわけです。これは例えばハービー・ハンコックが、独自の和声感を完成させたソロ活動の、そのごく初期から用いている手法です。理論編A:に述べた、「明らかな一時的転調としてのトニック」のコード・スケール、モーダル・インターチェンジは、古典期から用いられているものですし、IImに対するトニック・マイナーのコード・スケールへのインターチェンジ等はジャズでも一般的な手法です。しかし、ほとんどの場合は、「サブ・ドミナント」「ドミナント」の機能和音に対するものです。これを、トニック、トニック代理に対してのモーダル・インターチェンジへ拡大し、「一時的な明らかな転調」とも、「機能和音と矛盾したコード」とも取れるコード進行を形成するという手法へと発展させたわけです。方法論として、用い方の文脈は若干異なるものの、これも印象派以降の西洋音楽の手法と重なるものです。

特にLydianをTM、あるいは一時的な転調のTMに用いるという手法は、理論編A:に述べたとおり、場合によっては、ある程度の「調的な根拠」を持つもので、これが部分的に、意図的に「明らかなトニック」に対して、硬質で調の中心を強く感じさせるIonianの響きを避ける意味合いで、Lydianの音使いが好んで用いられるようになります。さらには、「明らかな転調を連続する際のM7」に対する、基本的なコード・スケール、アヴェイラブル・ノート・スケールとして多用されるようになります。

・調的な文脈では実に基本的なものである「bII7代理」は、基礎編で述べたとおり、V7のトライトーンを共有する事で「代理性」を持つわけですが、この「bII7」に、他の二次的V7と同じように「II−V分割」、つまり「IIm7を前置」するだけで、「bVIm7」というダイアトニック外の和音であり、かつ「非機能的」な和音が「派生」します。この原理を「拡大」して行くなら、トニック、サブ・ドミナントの機能和音に対しても、「裏代理」は可能になります。これは、原理としては非常に単純なものであるものの、調的な響きからは遠く離れたものとなります。

裏代理のII−Vは、初歩的な「リハモニゼーション」であり、このリハモニゼーションを「分散和音としてのコード・スケール」として扱う、「方向性を持ったアウトサイド」の方法論ですが、この「裏代理」の拡大、「V7以外の減五度・増四度のルートの代理和音」という発想は、「12半音を二分割する、対照性を持ったシステム」という面では、近代〜現代のシリアス・ミュージックの作曲家であるストラヴィンスキーの手法にも見られるものです。ポスト・モダン期のジャズは、やはりこういった「V7以外の裏代理的な和音」を、「記号的なコード進行」として扱うことで、非機能和音に何らかの「規則性」を志向します。つまり、「非機能和声」も、「和音の前後関係」という意味では、「長短調の機能和音」と「拡大された裏代理」に、「四度進行に縛られないドミナント7th」を加えると、何らかの形で、また「部分的」に「調性の和音の素材」に還元が可能となります。「還元が可能である」とは、裏を返せば、「調性の素材を用いる事で、調性の構造が"拡大”可能である」ということ、そういった何らかの「意図」、必ずしも言語的・論理的ではなくとも、「音感的意図」、あるいは「記号的意図」が、モード期以降の「非調性・非典型」の和声の構造を構築してきたと推測出来ます。

・「オクターブの等分割によって、厳密な調性ではないが、”調的な軸”を形式に与える」というアイディアは、近現代の作曲家であるバルトーク(1881-1945 ハンガリーの作曲家)の作品にも見られ、ストラヴィンスキーのアイディアと加えて、これらの「近現代の西洋シリアス・ミュージックの音組織のロジック」が、いわゆるコルトレーン・チェンジ、「長三度音程同士のトニックへの転調による、オクターブの三分割的楽曲構造・コード進行」のシステムに影響を与えている事は間違いないでしょう。コルトレーン・チェンジについても第三巻で詳しく述べますが、これは、「原曲のリハモニゼーション」と「方向性・規則性を持ったアウトサイド」の方法論として、「非機能和音」というより、「規則的で等間隔・平等な扱いのトニックへ、あくまで調的な進行で細分化する」という、いわば「編曲」に近い手法です。つまり、長短調の「トニックからトニックへ」という「ケーデンス」全体の枠組みの内部での細分化・変形の構造です。実際、コルトレーン自身の手法は、多くの場合、既存の「スタンダード」を骨組みとしたものです。コルトレーン・チェンジを「転調」と捉えるなら、機能和声的には「転調はもとの調のトニックからの進行の場合、原則的にどの調のどの機能和音へも進行が可能である」という古典的なロジック・構造からは逸脱していません。--転調に関しては本論で詳しく述べます。--

・「サブ・ドミナントを中心とする進行」は、理論編A:で述べた、「調的に複数の可能性が考えられるアヴェイラブル・ノート・スケール」を要求する文脈や、後述する「Dorian的な短調」や「Lydian的な長調」、「Mixolydian的な長調」を調性の中に部分的に成立させているわけで、これを「楽曲全体の素材として、開始と帰結に置く」事でも、「和音とその進行の素材は調性だが、厳密な長短調ではない響き」が可能になります。このスタイルの原初的な進行、あるいは「形式」も、マイルス・ディヴィスの「カインド・オブ・ブルー」で、「モード」と共に思考・試行された響きです。

一般的なポピュラー音楽理論では、三度堆積の和音による「モーダル・ハーモニー」とは、長調のダイアトニック・コードが、他のダイアトニックに「シフト」する、「ずれる」構造を持ち、「調性を感じさせるドミナントの解決を避ける」といった方法論が基本ですが、例えば「Dorian的な短調」では、VI7−IIm7、VI Mixolydian b6−II Dorian と、ドミナント7thの解決を持ち、かつ、V7としての「ドミナント」のコード・スケールは、厳密な短調のV7とは一致せず、「仮トニック」としてのDorianのm7は、「短調のトニック」とも一致しません。IIm7を中心的に扱う進行は、「Dorian的短調」としか呼びようのない構造を構成するわけです。これは、明確な論理立てによる統一性は欠くものの、「古楽」から調性が確立する過渡期の音楽にも類似性が見られる構造であり、「形式の部分」としては、古典期から、また、多くのスタンダードの楽曲に好んで用いられる、ある意味では「普通の」進行ですが、この構造「のみ」によって、楽曲を組み上げるという発想は、近代以降のものです。

ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター等の楽曲を注意深く分析してゆくと、こういった「Dorian的な短調」や「Lydian的な長調」、「V7以外の裏代理によって、オクターブを二分割する転調の構造」・・・等々の「コード進行」のロジックと、さらに「素材」としての「モードの和声」に、「ブルー・ノートを含むコード」として、理論編A:で述べた、「トニック・ディミニッシュの分数和音」のアヴェイラブル・ノート・スケールとしての可能性、ディミニッシュ代理やV7スケールの選択肢による複旋法性、さらにペンタトニックの構成音による四度和音、分数和音としての7thSus4・・・等々を、「ある程度機能的・文法的に扱うパターン」が見えてきます。

・もちろん、こういったロジックで、モード期以降のジャズの全てが「組織化される」、「説明が可能になる」という意味ではありません。調性そのものでさえ、結局の所「完全に論理的」なものではありませんし、フリー・ジャズに至るジャズ・ポピュラーの音組織の変遷を含む「総体」を、「一元化・二元化された単一の理論」で「合理的に説明し切れる」のだという発想、つまり、「どんな音楽にも隠された”根源的な原理法則がある”」という発想は、あえて言えば「オカルト」「宗教」のようなものです。そもそも、結局の所、音感の試行錯誤とは、「音感そのもの」がするもの、非言語的、場合によっては非論理的なものです。「その時・どんなロジックを用い、何を意図したのか」は、場合によっては「作・編曲家」本人にさえ「論理化・言語化」が可能なものではありません。調性の枠を超えた、あるいは「はみだした・ふみはずした」偶然性、恣意性、共時的・通時的・時制的(リアルタイム)な試行錯誤「そのもの」が、表現の軸とされるのが、アウト・サイドであり、非調性からフリー・ジャズに至る「形式」の個性です。また、偶然性や恣意性の高い進行、フレーズ・メロディーであっても、それが、「パターン」として、つまり二度以上繰り返されるなら、「何らかの構造的な音響・印象として成立する」という事も、「音感」の一つの側面です。

必ずしも理論的・論理的な方法論でなくとも、この「パターンとしての音感の原理」に依存する、あるいはこれを利用する音楽が、テクノやアシッド・・・等々の、かつては「電子音楽」と総称された音楽習慣です。一部のジャズの演奏家は、単に「独奏・合奏のツールとしての楽器が電子楽器となった」という演奏習慣の変化に乗るだけでなく、電子楽器そのものの可能性、音響の構造や、リズム・シーケンスとインプロビゼーションとの関係を追求して行きます。「電子音楽」の「ループ性(同一の音響的素材が繰り返される演奏構造)」と「非調性・非機能和声・旋法性」とは、相性が良く、モーダルな、非機能な音使いも好まれますが、こういった性格は、エレクトリック期のジャズ・フュージョンからの影響も大きいでしょう。シリアス・ミュージックの「実験音楽」、「現代音楽」としての「電子音楽」はともかく、広い意味での「ダンス」のための「電子音楽」とは、「純粋な民俗音楽」としての性格も強く、その構造の形成が、まさに個々人の「試行錯誤」と、民俗的・同時代的な音感の交流、また、特にこのジャンルが求める即興的な演奏習慣によって成立したものです。必ずしも「演奏技能」と「音響的・音楽的な効果」とが直結しない構造が、より直感的・音感的な試行錯誤を可能とするという側面は、現代の音楽理論を考える際に、見逃してはならないことがらです。

なんにせよ、「コード・スケール」「アヴェイラブル・ノート・スケール」の発想、方法論は、どんな「非機能的な進行」に対しても、メロディー、フレーズの「素材」としての音階を設定する事が可能であり、これが現代ポピュラーの音階理論の方法論が持つ有効性・有用性です。逆に言えば、これが「習慣的」に、非機能・非典型進行を可能とさせている「構造」であると言えるでしょう。「説明がつくか・つかないか」は、演奏上、また作・編曲上、必ずしも決定的な問題ではないのです。しかし、これも基本的な調性を理解し、方法化した上での方法論であり、調的な文脈にふさわしい、あるいは意図的な音階の選択が出来てこそ可能になることです。単に「このコードにはこのスケール」という発想では、「前後関係」が結びつきません。前述の通り、非機能和音の進行も、ほとんどの場合、「部分的には調的」あるいは「部分的な素材そのものは調的」だからです。

・音感の同時性・共時性は、少なからず「即興」の性格を帯び、即興性の度合いが高まるほど、論理・言語が遠のくものです。結果としての音響が「論理的に説明出来る・出来ない」に関わらず、試行錯誤には、「単なる思い付き・適当」「偶然」「錯覚」、また、「誤り」さえも含まれるわけです。そして、「適当」や「偶然」とは、演奏や作曲の技能によって、全く性格の異なる、レベルの異なるものでもあります。

しかし、「調性」そのものを把握する事で、「調性ではない」音楽、「非機能」の進行と呼ばれるものにも、「外見的」「構造的」に、やはり何らかのパターンと、「調性ではない和音の”機能”」というロジックが見えて来ます。「初歩的な調性の理論」の範疇を出た音楽を、全て「偶然性」で片付けたり、「非機能」「単なる音響的な素材」にくくってしまう事も、ある種の思考停止でしょう。

こういった「分析」による「パターンの抽出」に、もうひとつ欠かせないのが、「声部の動き」の観察です。つまり、「全く調的ではない和音の進行」にも、「記号としてのコード進行」だけでは見えてこない、「各声の滑らかな連結の志向性」「特徴的な音程の並行」・・・等々のある意味「和声的」なロジックがあります。これが第三巻のテーマです。--

前述の通り、「近代以降の西洋音楽」は、「異なった民族の音楽」や「西ヨーロッパの民族音楽」に対して意識的となり、積極的にその響きを調性の中に取り込んでいったものであり、同時に「西洋音楽」が調性という構造に定着する以前の音楽、「初期音楽」の手法を復興させた面もあります。しかし、この「復興・再解釈」とは、単なる「先祖がえり」ではないことは理解しておくべきです。「同時代の音感的習慣・手法」の中に取り込まれた前時代の響き・手法とは、「異なる音組織の融合」です。これは明らかに「発展」であり、単なる模倣ではありません。

「ジャズ・ポピュラー」が担った、西洋音楽の「調性の構造の発展」、共有が可能な容易なシステムの構築と、それが発展し分解して行く変遷とは、それ以前の西洋音楽の歴史と類似するわけですが、さらには、間接的には繋がる、部分的・時代的には「並行」するものでもあるわけです。

また、現代において、「シリアス・ミュージック」と「ポピュラー・ミュージック」とは、特に「聴き手」にとっては、「ジャンル」としての差別化はなされるものの、前近代的な「社会階級・階層」としての住み分けやアイデンティティーの境界線は希薄なものでしょう。「ソフト」としての音楽は、同等に経済的・商業的に流通しているものだからです。「ジャズ」も「クラシック」も、資本主義の先進国、特に日本では「固定的なファン」も持ちつつ、また、いくらかのサイクルをもって、「流行」もするものです。つまり、その教育・学術的な面はともかく、現代の、特に日本人の「聴き手」ににとっての前時代・前々時代の「西洋音楽」とは、ある意味では、ほとんど「相対化」されつつあると言えるかもしれません。

・ジャズ・ポピュラー

既に前時代・前々時代のものとして確定したものである、細部の解釈はともかく、「音使い」として明確に現れた「形」に関して議論の余地がほとんど無いものが、「古典」としての手法となるわけですが、いわゆる「ジャズ」の手法も、2000年代の今となっては、それに近い性格は持ちつつ、やはり、まだ「同時代」の音楽としての要素、盛んな作曲・編曲と即興演奏の習慣を持ち、それらは全盛期ほどでないにせよ、進化・変化を続けています。何より、「作・編曲者と演奏者が分離されていない音楽形式・音楽習慣」こそが、「同時代」の音楽であり、「民俗音楽=ポピュラー音楽」です。

本書が「ジャズ・ポピュラー」という表記を用いるのは、前時代・前々時代の音楽であるジャズが、当時も今も「ポピュラー音楽=民俗音楽」であり、かつ、未だ「ジャズ・クラシック」では無い、あるいは、「ジャズ・アカデミック」では無い、という意味合いです。仮に「古典学習和声法」によってのみ成立する音楽があるとすれば、それは「クラシカル・アカデミック」とでも呼べる音楽でしょう。

いわゆる「ジャズ」とその後の時代のポピュラー音楽の音楽形式にも、やはり大きな違いがあるわけですが、現代のポピュラー音楽の調的性格の基礎を理論的に組み上げた、あるいは調性の可能性を、ある程度まで試行し尽したのがジャズであり、現代のポピュラー音楽の調性のロジックの基礎を築いたのがジャズであると言えます。

さらには、一つの「ジャンル」としての分類はもはや不可能である、「ロック」という、私達の同時代のポピュラー音楽の音楽理論、あるいは手法をより組織的に捉え、発展させようとする時、「ジャズ」が確定させた理論・手法が、一つの「基礎」、「足場」となりえるだろう、という考えから、「ジャズ・ポピュラー」という表記を用いています。

 一般的に、「ジャズの音楽理論」とは、ある程度「ロック・ポピュラー」の音習慣を理論的に捉えた後に学ぶものではありますが、「ジャズ・ポピュラー」の理論とは、形式としてのジャズをものにする手段、方法論であると同時に、広い意味での「現代の音楽」、また「個々人にとってのオリジナルな音楽」の理論的な方法論としては、その「入り口」、あるいは純粋に「道具・ツール」の一つに過ぎません。

ジャズが持つ調性の論理、ジャズ・ポピュラーの音楽理論を考える場合、「古典和声法」と同等の意味での「学術的な理論」は、未だに確立されているとは言えず、だからこそ、議論の余地も、試行錯誤や発展の余地も残すものです。同時に、「ジャズ・ポピュラーの音楽理論」とは、「学術」として「書かれたもの」というより、同時代の演奏家、作編曲者によって、「習慣的・経験的に用いられた音組織」という性格が、”現代にとっての”古典期からの伝統音楽より一層強いものです。つまり、「現代的な調性音楽の習慣」を、「ある程度」論理的にまとめたもの、組織化したものを、「ポピュラー音楽の音楽理論」と呼ぶわけです。

なにより、「音楽の仕組み・方法」とは、結局の所は”個々人の”「音感」によって試行錯誤され、やはり、”個々人の”「音感」によって伝わり、理解され、流通する・共有されるものだからです。

・スタンダード・ジャズとジャズ・スタンダード

スタンダード・ナンバー 「基準・標準(Standerd)」の「楽曲(Number)」とは、ジャズにおける「定番曲」を指します。スタンダード・ジャズという言葉は、いわゆる和製英語ですが、便利な言葉ですし、本書でも用いています。

スタンダード・ジャズ(英語では Jazz Standards、あるいは Classic Standards等・・・)という単語が指す範囲は非常に広く、これは、「ジャズという音楽習慣」の性格に由来するものです。現代、「スタンダード・ナンバー」と呼ばれる楽曲は、多くの場合、「ジャズの演奏家によって作曲されたもの」ではありません。合奏の形式を問わない「歌もの」、古い「民謡」に始まって、多くの場合、ミュージカル、映画音楽、当時の「歌謡曲・ヒット曲」を、いわば「アレンジ=編曲」する事で、「楽曲そのものが共有された」という習慣、さらには、それが「レコード」として流通するだけの価値を持ったという形態は、現代の民俗音楽としては、ジャズに特有なものです。また、「編曲による主題の共有」、あるいは「民俗音楽のテーマを変奏の主題とする」という形態は、古典期以前からの音楽習慣をルーツとするものです。--近年の「民俗音楽学」では、近代ヨーロッパでの「シリアス・ミュージックとフォーク・エスニック・ミュージックの中間的なポピュラー・ミュージック」での編曲習慣、演奏習慣が注目されており、ここではシリアス、フォークを問わない「スタンダード」が共有され、調的な即興演奏等もかなりの程度まで成立していたと考えられています。--

対して、一般的に「ジャズ・スタンダード」とは、「バップ期以降のジャズのミュージシャンのオリジナル」としての定番曲を指すでしょう。こういった楽曲は、多くの場合、「器楽的なアドリブの土台としてのコード進行を提示するテーマ」という性格を持ちます。

本書が取り上げる「スタンダード」のほとんどは、いわゆる「スタンダード・ジャズ」です。これらの楽曲の中には、広い意味での「ジャズのミュージシャン」によるものも含まれます。初期のビック・バンド、スゥイング・ジャズの中心人物であった、デューク・エリントンや、1900年代前半に、ミュージカルの作曲を手がけ、後にオーケストラ曲の作曲によって、クラシックとジャズの融合を「ポピュラー音楽」の側から成し遂げた、ジョージ・ガーシュイン等の名曲、また、後の時代の「ジャズのミュージシャン」によるオリジナル曲、特に「歌もの」の名曲等です。

いずれにせよ、「ジャズという音楽習慣」では、明確な「うた」としての楽曲、ある程度馴染まれていて、かつ、編曲・アドリブの素材としても魅力的で有意・有効な「おいしい曲」が、「共有」されて来たわけです。そういった意味での「おいしい」楽曲を「発掘」することや、それをどう「料理」するか、編曲の方法論に挑戦や個性が現れるところもジャズの魅力の一つでしょう。

ジャズの歴史が語られる時、「ディクシーランド期」→「スゥイング、ビック・バンド期」→「ビ・バップ期、ハード・バップ期」→「モダン・ジャズ期」→「ポスト・モダンジャズ期」→「エレクトリック、フュージョン期」というのが一般的かと思われますが、本書では、度々、「スタンダード・ジャズ期」という言葉を用いています。これは、「歌ものとしてのジャズの全盛期」つまり、ジャズが、いわば「歌謡曲」であった時代を指します。サラ・ヴォーン、ビリー・ホリディ、エラ・フィッツジェラルドの女性ヴォーカル、フランク・シナトラ、ビング・クロスビー、ナット・キング・コール・・・等が活躍した時代、スウィング期に始まって、ビ・バップ期、ポスト・モダン・ジャズの前半にまたがって、技巧的・器楽的なジャズとも並行・共存した時代です。

「楽器奏者」は、「器楽としてのジャズ」を好んで聴く事が多いでしょうし、「ジャズの歴史」が、器楽的なジャズを中心に考えられる事も多いと思われますが、「民俗音楽」の中心は、いつの時代でも「歌もの」である事に変わりはありません。

「演奏家」としてのジャズのミュージシャン達が、「器楽的なジャズの旋律法」を「即興演奏の方法論」として発展させてきた事は疑いようの無い事ですが、「歌そのもの」は、既に「基本的なジャズ・ポピュラーの調性」、あるいは「同時代のポピュラー音楽の和声・調性」を捉えていた、この時代の「歌謡曲の作・編曲者」の個々人の試行錯誤が、その内容の発展を担って来たと言えます。特に、一時的転調、明らかな転調の可能性を突き詰めた、「楽曲そのもののコード進行」と「メロディーとコード進行との関わり」を築いて来たのは、「バップ期以後のジャズのヒーロー達」ではなく、ほとんど無名な人々をも含む、多くの作・編曲者やシンガー・ソングライター達であったわけです。

ジャズの和声・調性の形態も、20世紀前半から、様々な発展と変遷を経ています。単純な三和音主体の進行、部分的な四和音・付加和音、さらにはテンション・コードと、「素材」としての和音を拡大させ、「ほとんど転調しない」コード進行から、やはり近親調への転調、一時的転調や借用、遠い調への転調・・・と、「コード進行の可能性」を拡大させてゆきます。現在、「ジャズの和声」として、ある程度組織化された「理論」では、全ての機能和音が四和音・付加和音とされるわけですが、こういった構造も、当然の事ながら突然形成されたわけではありません。

ジャズ・ポピュラーの和声が「全ての機能和音を四和音・付加和音として用いる」という構造は、ある意味では便宜的に理論化された面もあり、特にバップ以前のジャズ、あるいはモダン期以前のジャズ全てに当てはめる事も出来ませんし、それ以降の楽曲を扱う場合でも、三和音が有効である文脈は当然あります。しかし、モード・ジャズ以降、「全ての機能和音を四和音・付加和音として用いる」という和声の構造は、「習慣」と呼んでかまわない程度に一般化しています。

「ごく初期のジャズからの和声の変遷」も、非常に興味深いテーマではあるのですが、本書の理論編では、「ジャズ・ポピュラーの和声の方法論」を扱うものですから、折に触れて「特徴的な構成音の実作としての”起源”とその構造」いったものに触れてゆくことにします。特にジャズの和声の場合、ある和音や進行を「ごく初期に好んで多用した人」といった「起源」が、西洋の伝統音楽より時代が近い分、把握しやすいものです。特に、1920年代から活躍したデューク・エリントンは、トニック、サブ・ドミナントのM7や、全ての機能和音での「テンション」を、そのキャリアのかなり早い時期から用いていますし、ブルー・ノートを含んだ旋律と和声の関係を整え、ブルー・ノートを含んだ和音を機能的・組織的に用いた最初期の人でもあります。

デューク・エリントンの和声的な音使いは、音楽理論の文脈では、半ば俗語として「Duke Writing」と呼ばれます。「デューク・エリントン書法」とでも訳せるでしょうか。デューク・エリントンの手法は、スゥイング、ビック・バンドの形式の基礎を完成させただけでなく、和音や和声的な扱いに関しても、1940年代、あるいは1960年代以降まで、「彼以外はほとんど扱わなかった」、あるいは習慣化されなかった、非常に挑戦的なもの、しかし非常にシンプルなロジックに裏付けられた明確で特徴的な音使いが数多くあります。つまり、現代の我々が「ジャズに特有な響き」と感じる和音・和声のいくつかが、彼の実作をある種の「起源」と認めてもよいものです。

もちろん、「ジャズ的な和音・和声」の全てをデュークに帰する事は出来ませんし、彼自身も、「シリアス・ミュージック」からの流用を多用した人であり、当時、西洋にとってまだ新しい音使いであった「ブルー・ノート」や「ブルースの和音」、「アフロ・アメリカン・スピリチュアル・ソング」や「ラグタイム」等々、つまり「アフロ・アメリカ様式の民俗音楽」からの影響と、「混合しつつある異なった音感的習慣」を、調的・和声的に整えて導入した人の「一人」と位置づけ出来るしょう。本書では、そういった「和声的な構造の起源」を逐一遡る事をしませんが、特に「テンションの扱い」や「メロディーとしてのペンタトニック、ブルー・ノート」と「和音・和声」との関係・論理性を、彼等の「歌としての実作」から抽出します。本編の最後の章で、「楽式・メロディーの動機の扱い」「機能和音の進行」「転調の形態」「コード進行とメロディーの関係」・・・を総合的に分析します。

--前述の通り、近代のシリアス・ミュージックが「調性以外の音組織」を模索したように、ジャズの音楽習慣も、やはり「即興演奏」を主体に、モード、非機能和声の音楽を模索します。この流れを担ったのは、「作編曲者」としての「ジャズの即興演奏家」達です。マイルス・ディヴィス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、チック・コリア等のオリジナルによる、「非調性のジャズ」が、第三巻のテーマです。彼等の構築した音世界とそのロジックの複雑さ、方法と技術の共有の難しさを考えると、ほとんど「現代のシリアス・ミュージック」と言えるかもしれません。--

前述の通り、ジャズの音組織は、西洋音楽の調性の土台の上に、その素材、つまり調性と和声、12半音を用いて、ディクシーランド・ジャズの「単純なコード進行を伴ったヘテロフォニー」から始まって、特にピアニスト達による和音の扱いや、ビックバンドによる「管弦楽法」に”近い”方法論を定着させ、さらに小編成のバンドとピアノやギターの和音・和声の扱いが、「即興の合奏形式」によって、ゆっくりと形成されてきたものです。

「ジャズの方法論」に関して、常に中心的に扱われる、あるいは最も関心が高いものが、「アドリブの方法論」であるわけですが、「歌・テーマ」を中心とした、調性的、和声的な方法論が本書の関心です。繰り返し述べているとおり、「歌・テーマ」こそが、コード進行と形式を作り上げ、アドリブを含めた演奏形態のそもそもの「根拠」となるものだからです。「フレーズ」が、ある程度機械的、構造的な方法論によって可能となるのは、その軸、土台である「歌・テーマ」が形成する「コード進行と形式」の全体があってこそのものであり、その基本的な法則は、「コードとメロディーの関係」に既に内包されたものだからです。

「即興の合奏形式」つまり、複数の奏者が基本的なビートとコード進行を共有する即興演奏では、「かたまり・記号としての和声観」は必然となります。古典的な「数字つき低音」では、バスのラインとその上に配置される和音の型を指定する事で、他の奏者のラインとの関係で生じる最低限の「禁則」を暗黙の内に避けるわけです(簡単に言えば、バスの基本的な進行のオクターブ上、5度上の内容を他の奏者が演奏するなら、並行の禁則が生じ、新しい小節の1拍目にバスがルートを指定されているなら、バスの動きと同方向の跳躍によって5度・8度を他の奏者が演奏すれば直行5度・8度の禁則を生じるわけです。)が、現代的な和声観には、特に「即興の合奏形式」には、そういった配慮はありません。ベース奏者が「テーマのライン」を配慮して、例えばルートの音域を選択する事は可能ですが、これが「条件」とされているわけではないわけです。--しかし、「よく出来た楽曲のテーマ」とは、そもそも、コードのルート進行と、コードの変わり目のメロディーによって、多くの場合、連続の完全音程と、ソプラノの跳躍による直行の完全音程が避けられているという面もあります。これは詳しく後述します。-- 「即興の合奏形式」も、「ジャズ・ポピュラーの和声」あるいは「現代的な和声観・和声感」の内容であると同時に、それを形成した「原理」の一つであると言えるでしょう。

つまり、様々な意味合いで、「音楽習慣としてのジャズ」そのものが、やはり「共有された音感の習慣としての音組織」を、いわば「学術的・制度的」の対義語として、「習慣的・集団的・社会的・民俗的」に、かつ自律的・自生的に形成していったわけです。

・バークリー”学派”と現代の学術としての音楽理論

ちなみに、日本では、ポピュラー音楽の音楽理論の「代表」か「代名詞」かのように言われる、「バークリー理論」という言葉がありますが、バークリー音楽大学には、「バークリー理論」という授業も無ければ、また、バークリー音楽大学の出版物の中に、「バークリー理論」というタイトルの書物、その言葉を含むタイトルの書物さえありません。つまり、「バークリー理論」とは、特に日本国内でのみ通じる、いわゆる「俗語」の類です。

日本で「バークリー理論」という言葉が語られる場合、では、その内容が、「バークリ音楽大学の出版部のどの書物からの引用であるか」とか、「バークリー音楽大学のどの教授によって、いつ組織化され発表された理論か」、さらにはその理論が、果たして「バークリー音楽大学の教授によって初めて」、「バークリー音楽大学によってのみ成立したのか」といった事柄が語られる事はほとんどありません。「バークリー理論」という言葉を用いる人々のほとんどは、その「出典」「原典」を知りません。これでは、その内容が「音楽理論」を語るものであるとしても、厳密な意味での「学術」としての性格を持っているとは言い難いでしょう。実は「バークリー音楽大学自身」も、そういった「出典」「原典」に対して厳密な学術的態度によって”学派”を形成してきたわけでもないのです。

古典和声法の「学派」によって分化・差別化される組織立ての内容と同等の意味での「バークリー理論」という「実体」はありません。ましてや、「バークリー的な音楽」などという「ジャンル」も存在しません。ある時期からのアメリカのジャズのミュージシャンや、ポピュラー音楽のスタジオ系のミュージシャンがバークリーで学び、バークリーを中心にして組織化された編曲の理論を「共有した」という社会学的な事実はあるものの、民俗音楽の担い手の総数から考えれば、現在に至るまで、広い意味でもバークリーに関連した人々はごくごく少数ですし、抽象的な意味での「バークリー的」な論理立ては明らかに存在するものの、「学校で・学術で作られた民俗音楽」など、どの文化にも存在したことはありません。何度も述べているとおり、音楽理論とは、「その時代までの音感的習慣を、同時代的なロジックで組織化したもの」だからです。常に、実作としての、習慣としての「音楽」が理論に先立って存在します。

恐らくですが、1960年代以降にバークリーでジャズの書法を学んだ日本人が帰国し、日本語で「バークリーで学んだジャズ理論」を書き、それが日本で書かれた、最初の本格的なポピュラー音楽理論となったという事情が「バークリー理論」といった言葉を流通させたのでしょう。その後の日本での「ジャズ・ポピュラーの音楽理論」は、少なからず「バークリーで学んだ理論」の「輸入・翻訳」を軸とする事になります。しかし、当然の事ながら、1960年代から後も、バークリーの出版物の内容、メソッドの内容は様々な別の系統の理論を取り込みつつ、進歩し細分化しています。また、もちろん現在では、「ポピュラー音楽を学術的に扱う大学」はバークリーに限りません。日本での俗語としての「バークリー理論」とは、1960〜1980年代の「輸入・翻訳」の内容を指す場合が多いものです。この時代のバークリーの「テキスト」、さらにはその「輸入・翻訳」の内容にのみ依存し、「バークリー理論」や、「バークリー理論以外の理論」を議論をするというのは、二重三重の意味で論理性、論理的妥当性を持ちません。ましてや、「バークリー理論」と称される、「ポピュラー音楽に関する方法論の集積」を「純粋科学」になぞらえ、それ以外の音楽理論を「疑似科学」に分類するのは、非常に乱暴な議論です。前述の通り、そもそも、どんな音楽理論も「純粋科学」足りえないからです。一つの音楽的手法・習慣の系統に対して、論理的に妥当性があるか・ないかだけが、「音楽理論」の学術としての正当性(正統性ではなく)の基準です。

バークリー音楽大学自体には、古典期からの伝統音楽の「学派」との連続性は薄く、必ずしも、ポピュラー音楽、あるいはその「教育」に、伝統音楽の「楽派・学派」といった意味での分化、差別化があるとも言えません。また、バークリー音楽大学自身も、「学派」としての差別化と地位、あるいは近代からの学派との連続性を自覚し、表明・標榜(ひょうぼう:看板を掲げる事)しているわけではありません。

現代のポピュラー音楽の「音楽理論」にある「分化」「差別化」とは、「ジャンル」によるある程度の住み分けと、同時代の音楽を、やはり同時代的に、かつ古典からの西洋音楽の理論を用いて組織化するという、「個々の」作曲家・編曲家・演奏家の試行錯誤です。こういった組織化・理論化と、実際の「合奏・セッション」を含む、試行錯誤とその情報交換、議論と検証を担うのが、現代のポピュラー音楽の学術組織であると言えるでしょう。近代以降の「大学」とは、分化・分科された学科の系統の「集合」であり、自主的な「研究」とその「議論・統合」のための組織です。不変不動な「聖典」を取り囲んで、その解釈に関する伝統を保持・継承するという意味合いでの「学校」ではありません。

あえて「学派」という言葉を用いるなら、「バークリー学派」が担ったのは、こういった「整理・組織化」とその「議論」、あるいは「音楽教育上のシステム=メソッド」の確立であり、ポピュラー音楽理論の全体像、組織の素材一つづつ、あるいは「演奏・合奏のスタイル」も、必ずしも「バークリー学派」によって初めて提唱されたもの、習慣化されたものでもありません。ただ、バークリー音楽大学が、「最初の」、また長く「唯一」の「ポピュラー音楽の大学」であったことは確かですし、「バークリー的」な論理立てや議論、情報交換が、アメリカのポピュラー音楽に与えた「影響」は小さいものではないでしょう。また、1940年代半ばから、当時の「民俗音楽」と、歩みを共にしつつ、常に「同時代の音楽」の理論化、組織化を試行錯誤したのが、バークリー学派であり、こういった「学術」の形式は、近代以降、特に現代に特有なものです。

中世的な「学」の組織である「スコラ(中世修道院の付属的学校。Schola : スクール:Schoolの語源)」とは、あるいはスコラが担った学術の形式とは、「修道院」の内部での、「神学・哲学・自然哲学」の研究と継承を目的とした、ある種の「自己完結」的、閉じたシステムであり、「異文化=異教・異端文化」や、宗教組織・学校の「外部」である「俗世=俗世間」とは隔絶された環境での学問でした。

近世以後、「学」は修道院というキリスト教組織・公権力の独占から離れ、近代には、「自然哲学」が、数学・幾何学・物理・化学・・といった分化によって専門性を高め、より広い議論・反証の機会を得る「学術」のスタイルを獲得します。現代に至って「人文科学」が確立し、「俗世」そのものが「学」の対象となるといったことは、スコラの「学問」という概念では想像もされていなかった事でしょう。「俗世」が学の対象となるとは、学術の対象と素材が、いわゆる同時代の「俗人」の方法論や知識、あるいは「習慣」にあるということでもあります。

現代の”学校”は、そこで教鞭をとるものが、必ずしもその「学派」によって育てられた者であるとも限らず、場合によっては、正式・公的な「教育」を受けた者とも限りません。「教科書・参考書」の著者が、「その学派」に属するとも限りません。これは現代の「理論」の内容の形成・発展過程についても言える事です。

現代では、「学派」によって全く内容が異なるような論理体系、「学派」によって真となったり偽となったりする論理体系、批判や議論を受け付けようとしない論理体系は、「人文科学」、あるいは「理論」の中には数えられません。そういった「”独自”の」とか「”真の”」「音楽理論」と自称されるもののほとんどは、いわゆる「疑似科学・似非科学」的なものであり、「ある個人の書き方・方法論」の共有として可能であっても、「理論」として妥当なもの、普遍的に共有が可能なものとはいえません。こういった「理論体系」は、「閉じた」性格を持ちます。現代の学術、あるいは人文科学とは、議論や反論・検証・反証に対して「開かれた」ものです。

人文科学とは「純粋な科学:自然科学」ではないものの、やはり「科学的な方法論」、「観察・実験・検証・実証・反証・再現性・・・」を経て、「理論」として認められるものです。基本的な考え方の異なる、立場の異なる人々の考えが、「議論」され、「反証・実証」され、場合によっては否定され、退けられるという淘汰や「修正」を経ることで、客観性・共通性・普遍性が成立し、それが「共有」されるというのが、現代の「学術」の姿だからです。

--ここで言う「議論」とは、第一義的には学術組織の中で、あるいは公の出版物として、学術としてのルールに則った「議論」の事です。互いに論文や出版物によって、実証的、反証的にやり取りをすることが人文科学的な「議論」であって、断片的な情報のやりとりや、「僕は私はこう”思う”」という程度の「意見や心情」をぶつけ合う事は決して「議論」ではありません。特に音楽に対する捉え方や、「音楽理論の”周辺”」の事柄、「音楽理論に対する個人的な”心情”」に関して、「議論」は成立しようがありません。

また、議論の相手が、あるいは議論するもの同士が、断片的に蓄積された情報しか持たないなら、やはりそこに「議論」は成立しません。そして、対話の内容が一見「理論」のようであっても、「カルト・オカルト的な音楽理論の信奉者」とは、「議論」は成立しないものです。宗教や共産主義思想のように、既に「心情的・心理的」に、自説や「自分が信奉している理論」なり「信仰」が「絶対的に真である」という精神構造に支配されている人と、知的なやりとりが成立するわけがないのです。

そういった「擬似議論」は、最終的には「誤解と誤解」がぶつかり合うだけの、「わかっている・わかってない」といった、心情的・情緒的なやりとりにしかなりません。そういった機会は、出来る限り避けるのがかしこいでしょう。生半可な「自論・自説」に対する「こだわり」や「頑なさ」、「知っている・知らない、わかってる・わかってない」といった薄ぺらな劣等感や優越感、あるいは「理論が必要・不必要、どこまで必要、どこからは不必要」、「感性か理論か」・・・といった、ものほしいだけの共感や押し付けは、理論そのもの、あるいは音楽の方法とは全く方向の異なる「情緒」であり、百害あって一利もありません。「擬似議論」に参加する者は、両方とも「間違っている」のです。

「いつでも考え方・捉え方を修正出来る」こと、「知らない・わからないを、常に自覚する」ことで、「柔軟に前進する」という姿勢は、理論との付き合いにも、演奏上の技能に関しても、絶対に必要な事です。わからない・知らない事は、それを自覚しているなら、そして、わかりたい・知りたいのなら、必ずしも不快なことではありません。むしろ面白い事です。今、無理をしてわからなくても良いのです。

今「わかってしまっている」こと、「”根本原理” ”真理”を、自分は把握している・しつつある」というのが、「カルト・オカルト的な理論」の信奉者に共通する心理であり、彼等が「議論を受け付けない・批判・反証を受け付けない」というのは、要は「議論が成立し得ない」からです。論理的な、正当・正常な議論をすると、自らの恣意的な理論体系、あるいは「思い込み」が明らかになってしまい、それを避けるためにカルト・オカルトの学派は、決して真っ当な意味での議論には「参加」したがらないものです。その態度が、オカルト・カルトに特有な「秘密主義」や「門外不出(学校や道場の門の外、つまり外部に漏らしてはいけない秘密)」的なルールを形成し、結局の所、一般常識・平均値の数倍の法外な「授業料・レッスン料」を要求する、なにやら怪しげな商行為としての小規模な「学校」、「閉じた空間」を形成します。

カルト・オカルト的な理論の「聖典・原典」とは、その理論の「資格制度」による「”正式”の指導者・解説者」を必要とします。この「聖典・原典」は、「一般の人(?)」には「読んだ位ではわからない」ために、特別な指導・解説が必要であるという理屈です。また、その「学派」以外の者に対しては、学術的な論文や教本、書評等にさえ、「その本からの引用」を徹底的に拒み、それを他の学派なりが「教科書・参考書」として用いる場合でも、ギャランティーを要求したり、「”正式”の指導者・解説者」を派遣する事を条件としたりします。しかし、「読んだ位ではわからない本」など、理論書としては、決定的に「ダメな本」です。これでは、どうとでも取れる神秘的な詩や散文を恣意的に解釈して、「預言・予言」する宗教のようなものです。

第二義的には、「理論書」と「対話」する事です。第一義的な「議論」も、これの延長です。むしろこちらが第一義的なものかもしれません。「理論書」をじっくり読み込んで、下線を引いたり、余白にメモをしたり、さらに、ノートにその内容をまとめ、その「理論」に対する疑問、新しい発見、場合によっては反論を書くという事です。「理解」というものは、結局の所、自分の中にしか生じない現象です。他人の「理解」のみが情報の断片として蓄積されても、それはやはり借り物に過ぎませんし、それを自由に・創造的に「使う」ことは出来ません。

そして、最も重要なのは、「言葉・ロジック・理論」と「自分自身の音感・感覚」との「議論」です。自分の「音感」が促すならば、それが「今自分が理解している限りの”理論”」と矛盾していても、「今の自分の音感・自分の音楽」にとっては正しい響きです。だれにもお伺いを立てる必要はありません。理論の理解が進む事で、そういった「矛盾」が、実は「”例外”として理論的・習慣的に認められている音使い」であることを知る事も多いものです。音楽理論全般は、ほとんどの場合、「原則論」だからです。

中途半端な知識の断片の蓄積で、「音楽理論は矛盾だらけ」「結局使えない」あるいは「筋書きが決まっていて自由がない」等という結論に達するのは浅はかなことですし、もったいない事です。あるいは「矛盾・無秩序と感じていた響きに、何らかのロジックを発見する」という事、そういう秩序やロジックを共有する事が理論の役目でしょう。誰かの「発見・驚き」は、それを理解したものにとっても、やはり「発見・驚き」となります。そういう瞬間、理論と音感の関わりは、より深くなります。音感的な試行錯誤とは、つまりそういう具体的な作業を持つものです。--

バークリー音楽大学に定着した、「開かれた」ポピュラー音楽理論の内容は、さらに多くの場合、”同時代”の「クラシックの伝統音楽の音楽理論」つまり、「現代のシリアス・ミュージックの音楽理論」からの、用語、概念が流用されています。バークリー音楽大学が現在のメソッドを確立する1900年代半ば過ぎには、英語圏でも優れた「現代シリアスミュージックの理論書」が数多く出版されています。これらの概念や用語が、ポピュラー音楽のコード表記、概論2:で述べる、現代のコード観・コード感と結びつけられ、さらにコード・スケールやテンションの理論を整理し、記号化・記譜化を可能にした「組織化」と、その「流通」の功績は計り知れないものです。しかし、こういった「記号化・組織化」も、必ずしも「バークリーのある教授、あるいは教授陣」に、その功績を帰する事も出来ません。現代のコード表記等々も、「音楽の内容」と同じく、「習慣的に共有されていた」ものだからです。

例えば、理論編A:に述べたとおり、「コード・スケール」という概念も、誰かが「発明・発見」したという性格のものではありませんし、特に「バークリーによってのみ組織化・流通された理論」ではありません。あくまで、「その時代までの調性音楽に普遍的な音階と和音の関係を組織化したもの」です。例えば、ジェイミー・エバーソルド(ジェイミーは自身がプロフェッショナルな演奏家であり、アメリカのいくつかの大学でも教鞭をとり、教材は高校でも使用されています。彼は現代のジャズ教育の中心人物の一人ですが、バークリーの卒業生ではありません。)のマイナス・ワン(ジャズのアドリブのためのカラオケ)は、1960年代の出版の初期から、「アドリブに用いる音階」として、コード・スケール、あるいは基本的なアヴェイラブル・ノート・スケールやモードを、五線譜に記し、付録させています。「コード・スケール」の実用性、その理解の共有に、ジェイミーの教材・マイナス・ワンが貢献している部分は少なくないはずです。

仮に、これらの発想が、バークリーで組織立てされた理論からの何らかの影響を受けているにせよ、それをどう用いるか、どういう文脈で表現するか、どう解釈し、どう伝えるか・・・といったことが、理論の「共有・流通」のプロセスに非常に重要な、「個人の音感」の影響となります。

つまり、特に現代では、「音楽理論」そのものも、ある種の「解釈・方法の習慣の共有・流通」つまりは「民俗的な理論」といった性格を帯び、その際に経由する「個々人の音感・個々人の解釈」によってこそ、発展・定着するものであるわけです。こういった性格は、古楽の時代から、前述の「数字つき低音」の流通に代表されるような、純粋に「手法・方法」として流通する「メソッド」の姿でもあります。

--ちなみに、「五線譜にモードの内容のみを音階の形で指定する」という形のスケッチ(手書きのリード譜的な簡便な楽譜)が最初に用いられたのは、マイルス・ディビスのクィンテットの「カインド・オブ・ブルー」のレコーディング・セッションであったと言われています。当時までの「クラシックの理論書」にも、ポピュラー音楽の理論書にも、「使用可能な音階」や「旋法の構成音」として、特に「楽曲の分析」のために類似した表記は用いられていました。しかし、これが「合奏のアドリブの下地として提示された」と言う事が、新しい、またユニークな発想だったわけです。--

また、1900年代半ばから、同時代の「シリアス・ミュージック」の理論の担い手、つまり作曲家達、特に二次大戦前のナチスからの迫害を避けたドイツの音楽家、戦後の社会主義体制と決別したロシアの音楽家の多くが、アメリカに亡命しています。シェーンベルク、ヒンデミット、ストラヴィンスキーといった人々は、アメリカ大陸で後半生の作曲、教授活動をするわけです。しかし、彼らはバークリー音楽大学とは直接の関係を持ちません。あくまで間接的に、バークリーに限らず、彼らの教授活動や理論書の内容が注目され、かつ用いられたという事です。アメリカ大陸の「学術」としての西洋音楽、また初期の「ビックバンド」の作編曲者への影響として、こういった社会学的歴史的な動きも見逃せません。

「バークリー音楽大学」での「音楽理論」の性格は、「学術としての古典和声」に「ある程度」立脚しつつも、古典和声・近代和声の学派の議論からは離れ、「方法論」としてシェイプされた、民俗音楽としてのジャズ、ポピュラー音楽を分析し論理化・組織化するというものでしょう。バークリーに限らず、また、本書の狙いと同じく、「現代ポピュラー音楽の理論」と「メソッド」の内容は、ある程度の「試論・仮説」も含みつつ、様々な「議論」を経て、ゆっくりと発展を続けています。

・擬似理論、似非理論としての音楽理論と個人の「書法」の共有

前述の通り、「疑似科学的音楽理論」とは、現代の「学術」「理論」としての妥当性を持たない、近代・前近代的、「自然哲学的」あるいは「思想的」「音楽理論」であるわけですが、これらの中には、単に「オカルト」と呼んで排除するには惜しい、非常に緻密に組織化された内容を持つものも存在します。

こういった「擬似理論・似非理論」が音楽に関して成立するのは、そもそもの西洋音楽の音組織が、習慣的・経験的にであれ、「数のロジック」に依存する性格のものであるという根源的な構造によるものです。音楽、あるいは楽音、特に西洋の音楽の音組織が持つ「数のロジック」の性格から、「倍音列」等々に限らず、任意の、恣意的(しいてき:論理的な根拠が無い、その時々の思いつき)な「数」によって、ある種の音組織を組み上げる事も不可能では無いわけで、これは思いつきですが、例えば、「半音の数の”偶数・奇数”による全ての音階・音程・和音の二元化の理論」も可能でしょう。また、こういった理論を、かなり精密に組み上げる事も必ずしも不可能ではありません。

しかし、そういった、そもそもの論理立ての基礎・基準に恣意性のある「擬似的な理論」が、歴史上の音楽習慣、音感的習慣に対して、何らかの論理的な妥当性を持つはずもありません。「12半音を用いた歴史上の全ての音楽作品は、半音の数が偶数か奇数である音程を用いている!」という主張は、確かに”間違い”ではありませんが、それをもって、「全ての調性音楽の原理を数学的・二元的に解明した」とは、誰も認めないでしょう。これは極端な喩え(たとえ)ではあるものの、近代以降の音楽理論が持つ問題と、決して遠い性格のものではありません。

しかし、非常に興味深いのは、「現代」から見ると、あるいは「人文科学的に」見ると、「非科学的」あるいは「恣意的」であったりする「音楽理論」も、音楽や文学と同じく、やはり「文化」であるという事です。「音楽史」と常に並行して、「音楽理論史」も成立しているわけです。音楽理論のそもそもの始まりは、「自然哲学」でした。音楽理論、あるいは和声の形態に代表される、西洋音楽の歴史と平行するかたちで、世界史、「思想史」「哲学史」「科学史」「文芸・芸術史」を見る事は、非常に面白く、示唆に富むものです。

場合によっては、「前提・原理とされる物理現象」に関する解釈が科学的に「誤り」であっても、その理論の音組織が、ある程度の恣意性を含みつつも精密に組み上げられる場合、やはり音感的・習慣的にですが、あくまで「ある程度まで」「妥当である」事もありえます。「数式は間違っているが、答えが合っている」とでもいえる構造でしょうか。

--例えば、ドイツの近代の和声”学”において非常に重要な位置を占める、音楽学者のフーゴ・リーマン(1849-1919)は、当時の音響物理学者で音楽を研究していた、エッティンゲン(1836-1920)が提唱した、「和声二元論」を発展させた人です。

 

「和声二元論」とは、長調が上方の倍音列に根ざした音組織であり、短調は逆方向の倍音列、つまり「割り算」の倍音列を原理とするという説です。しかし、この理論そのものは、除数(割り算の答え)の倍音列が物理的に、自然には生じない事や、このロジックで組み上げられる和声法が、あまりに実際の和声とかけ離れた点、さまざまな矛盾点を持つため、その後の時代には論理性に問題があるものとして、一部の「学派」以外からは退けられます。

 

こういった「上方の倍音・下方の倍音」、また「二元化」の発想、つまり「物事を陰陽・善悪・正負・・・等の”二つの対立する原理”にすっぱりと分けて考える・整理する概念」は、典型的な前近代・近代の「自然哲学的」な発想、あるいは「神話的な世界観」でもあります。

 

ちなみに「物心二元論」(心と身体は別のものであるという事)とは、17世紀の哲学者・自然哲学者のデカルトが主張したものです。これは「善悪」や「神と悪魔」等々の「神話的な二元論」ではなく、「観察する側・観察される側」を「分ける」という事、「主観・客観」という構造を自覚したという意味で、後の時代の「科学」の根本の一つともなる概念です。デカルトに代表される、フランス哲学の「合理論」とは、個々の現象から共通性を見出して「推論」する事で結論を得る、「演繹法(えんえきほう)」を用い、これと対立した、同時代のイギリスの哲学者ベーコンに代表される「経験論」とは、「実際に確かめられる、個別の・複数の事柄」によって、「普遍的な法則」を導き出すという論理、「帰納法」を用います。「科学」とは、「帰納法」「演繹法」両方を必要とし、またこれらを統合したものであるとも言えるでしょう。また、デカルト、ベーコンの時代には、「帰納法」と「演繹法」は対立したわけですが、結局の所、人間の持つことが出来る「論理性」は、「帰納」のみでも、「演繹」のみでも成立しないもの、同時に「推論」抜きでも成立しないものです。

 

リーマンの時代は、「自然科学」の始まりの時期でもあり、そういった時代の影響も強いものでしょう。しかし、皮肉な事に、彼等が「調性音楽の根本原理」と考えた「自然原理」としての「下方倍音」は、この当時の「自然科学」によってその実在性を否定され、つまりは「科学的に否定された」わけです。

 

理論編A: に述べたとおり、そもそも「短調の調性」とは、歴史的に長調の調性の後に、その構造を「引用・応用」する形で「習慣的・経験的に」成立していったものであり、そこに「倍音列・逆倍音列」といった「数学」が意図的に用いられ、計算によって成立したとは当然いえません。しかし、そういった「歴史的な・習慣的・経験的な音組織の成立過程」は、リーマンらの近代和声理論では、「ほとんど省みられない」か、「現在の音組織は、歴史上”必然的” ”合理的”に”発展”した結果である」と捉える傾向があります。

 

そういった「結論ありき」的な思考では、「個々の作曲家の偶然や恣意性を含んだ音感的試行錯誤」や「各時代の音感の習慣の変遷や交流・淘汰」といったものは無視される事になります。これは、近代の音楽理論での、「根拠・起源・原理・発生原理」といった言葉の曖昧な用い方の傾向でもあります。また、「民俗・民族音楽学」という人文科学が成立する時代以前の「西洋音楽理論の”限界”」でもあります。場合によっては、単に、「現時点までに完成された音組織」が、「こういった物理的根拠によって成立した・成立しているのだ」という理論、あるいは「主張」となってしまいます。現代の人文科学では、こういった学説は、到底「論理」としては受け入れられません。

 

「和声二元論」は、和声学の主流からは退けられますが、この理論による和声の「分析」に用いられた「機能和声」の論理と記号は、今でもドイツの学派の和声学のスタンダードの一つ、あるいはその原型となっています。リーマンの機能和声と、ジャズ・ポピュラーの言うところの機能和音にも、やはり違いはあるわけですが、非常に複雑な転調や借用に対しても、精密な機能の分析を可能とした理論、「主要三和音と代理和音・二次的機能和音と借用和音・変化和音」による明確な「機能」のロジックを確立させたのはこの人であり、むしろこの「機能和声の理論」の基礎の確立こそが、リーマンの最も大きな功績と言えるかも知れません。

 

また、エッティンゲン、リーマンの提唱した「下方倍音列」という「言葉」だけが、いわゆる「一人歩き」する形で、一部の「現代音楽理論」に流用される例もあります。サブ・ドミナントが、「トニックからの下方の5度」である事から、「サブ・ドミナント、サブ・ドミナント終止の”根拠”は下方倍音列にある」といった主張がありますが、これは二重三重の意味で、つまり「物理的・科学的」にも、「音楽理論」としても誤りです。

 

リーマンの著書は、残念ながら日本語訳は出版されていないものの、英訳のものが容易に手に入ります。リーマン自身は、「サブ・ドミナント」に関して、下方倍音列を根拠にはしていません。そもそもの「サブ・ドミナント」の”命名”は、前述のラモーの和声論ですが、この「サブ=下方・下位の(転じて副次的の意味)」という意味合いに、「下方倍音」の概念が無いのは明らかです。単に、「下に・下のドミナント。下に・下の完全5度」という意味です。

 

この「一人歩きした」「下方倍音列」という用語は、「”虚数”の倍音列」と表現されていますが、「虚数単位」とは、「二乗してマイナス1になる数」の事であり、上方の倍音=乗法(掛け算)の倍音に対する、下方の倍音=除法(割り算)の倍音という概念とは全く一致しないものです。「倍」音列は、単純な振動数の「整数の掛け算」だからです。恐らくですが、「物理的には存在しない倍音」というイメージと「虚(きょ:実体の無いこと)」という単語が混同され、「虚数」が「実数の対義語」であると誤解されたのでしょう。こういった、ある意味初歩的・基本的な用語立ての誤り、誤解からも、「理論」と呼べるもの、あるいは「学術」と呼べるレベルのものが、そこに成立しているとは言い難いでしょう。

 

この「下方倍音列とサブ・ドミナント」に関する、ある種の「誤解」に基づく「思考」は、さらに、いわゆる「ブルー・ノート」の、やはり「起源・根拠・原理・・・としての下方倍音」といった、前近代的な「主張」に発展します。しかし、この「ブルー・ノート」も、あくまでポピュラー音楽の歴史の中に、「習慣的」に生じた、「異なった音習慣の融合」であり、同時に、あくまで「十二半音と調性の中での、旋法の特有音の位置づけ」です。

 

前述の通り、「ブルー・ノート」は、平均律・純正律・ピュタゴラス音律とも一致しない音程です。つまり、「平均律としてのブルー・ノート」とは、「純粋なブルー・ノートの近似値の近似値」とでも言うべき音程です。「民族音楽学」では、ジャズ・ポピュラーの音楽理論で言われる、長調の中での「短3度・減5度・短7度」のみでなく、「短6度」あるいは「短6度と短7度の間」の音程も、アフリカ音楽の特徴的な音程として「ブルー・ノート」に含まれます。

 

さらに、ブルー・ノートが調性の音組織の中に同居するスタイルには、歴史的・習慣的な成立過程があり、最初期の組織化・固定化にも、明確な共通性や方法論と呼んでも良い規則性があります。「ブルー・ノートに関する擬似音楽理論」は、そういった歴史的な実作の分析も、また、平均律としての「ブルー・ノート」が、果たしてブルー・ノートなのか?といった根源的な問題に関する定義づけも無視する形で論じられており、典型的な「前近代的・疑似科学的」音楽理論となってしまっています。--

「調性以外の音組織」に関して模索する「現代音楽の理論」には、「音感の習慣としての調性」からの脱却の手段として、「音響そのものの構造による音組織を組み上げる」という発想が多く、その組織化が厳密であるならば、少なくとも「その理論にとって妥当な音使い」は完成されます。こういった「現代音楽の理論」は、いわば、「新しい音組織の創造・方法論の創作」、あるいは「その作曲家個人の”書き方”の”共有”」であるわけです。もちろん、そういった理論が、歴史的な音楽習慣・音感の習慣に対して、論理的な妥当性を持つかといったことは、全くの別問題になります。

しかし、ある種の「疑似科学的音楽理論」「擬似的な音楽理論」は、ごく単純な数のロジック、特に倍音列や振動数の比などの「計算」によって、「普遍的な音楽の理論」「隠された真理・原理」「全ての西洋音楽を統一的に解釈し方法化出来る万能の理論」を「発見した・解き明かした」と主張し、それを自己の理論組織の優位性であると主張してしまうわけです。「全ての作曲家は、自覚・無自覚は別として、私の発見した”隠された原理”を用いて楽曲を書いた」と主張される事さえ珍しくありません。これが、「カルト・オカルト的な理論」とされる理由であり、また、ある程度の普遍性を持ち、学術として成立することが可能な音楽理論との決定的な違いです。

--*注釈: 「個人としての書法」を自覚しつつ、「調性以外の音組織」を模索し、それが「方法論」としての内部では論理的な妥当性を持って組み上げられた、現代以降の音組織の代表が、アルノルト・シェーンベルク(1874-1951 ユダヤ人。オーストリアの作曲家。アメリカに亡命。)が完成させた、「十二音技法」でしょう。

 

「十二音技法」とは、オクターブ十二半音を、均等・平等に用いて、調性の重心を帳消しにした音組織による「作曲技法」です。音の配列の原則とルールを「十二音の均等・平等な”音列”」として定めて、それに従って動機操作的、対位法的に楽曲を組み上げます。また、「音列」は「縦の音の組み合わせ」として、「和音」と「和声」に類似した構造を形作ります。これらは当然の事ながら、「機能和声」「三度堆積」だけでなく、「四度堆積」、「旋法の構成音による和声」等々の和声とも全く異なる音程構造・重音構造・和声構造を形作ります。

 

「十二音技法」とは、文字通り「技法」であり、その内側に理論と論理を持ちますが、これによって過去の音楽や調性が分析されるという意味での「音楽理論」ではありません。また「十二音技法」を用いた作曲家達、つまりこれを「共有」した「楽派」は、当然それを自覚していましたし、むしろ、「伝統的な西洋音楽」、「調性」のもつある種の「重力」からの自由のために、「意図的・創作的・数学的・算術的な音組織」を用いたわけです。

 

そういった意味では、この「十二音技法」は、ある種の「新しい音組織の創造・発明」であったわけですが、これも「ある時期突然」に、「一人の人によって」「発明」された、というわけではなく、やはり、その前の時代からの様々な音感的試行錯誤の一つの結実としての方法論です。これを一つのシステムとして組み上げ、完成させた人がシェーンベルクであったというわけです。また、シェーンベルク自身の作風は、もちろん調的なものから始まっています。彼が前時代に成立していた「調性の中に同居した調的な破れ」の響きを、きわめて意識的・意図的に、また美的に導入し、それを方法化してゆく経緯を年代を追って聴き、分析してみるのも面白いでしょう。

 

この技法を追求する事で得られる「音感」は、調性の音感とは全く別のものでありながら、だからこそ「調的な音感」の内部に、「別の聴こえ方」が育つという傾向もあります。これは「ジャズ・ポピュラーの音楽理論」によって「調性」を捉えるのとは、また違った形での、しかし非常に興味深い「調性に関しての新しい理解」を示唆します。

 

また、シェーンベルクは、「自らの書法」としての組織化に留まらず、より現代的・論理的に「機能和声論」を発展させた人でもあります。議論の分かれるところではありますが、「古典期からの伝統の調性」に関する「機能和声学」の完成は、この人によってなされたと言えるでしょう。--

ともかく、「人文科学」とは、純粋な科学ではないにせよ、「科学的手法による理論立て」ですから、「科学の条件」である「観測・観察・実験・実証・反証・再現性・・・」を経てこそのものです。なので、「その理論による本人の実作」のみによって、その理論の論理的妥当性をいくら主張したとしても、ある程度の量の「歴史的な音習慣の”実例”」、「過去の他者の実作」に普遍的に見られる構造の共通性という、「歴史的・客観的事実」による反証、実証がないなら、あくまで「その人個人の作曲技法の理屈」であり、これを「調性音楽」なり「西洋音楽」なりの「原理」だと主張するなら、やはり「疑似科学的音楽理論」あるいは、「擬似的音楽理論」となってしまいます。

現代音楽理論のもつ、あるいは、そういった理論の周辺に漂う、自説の「科学的正当性の証明」への欲求や、ある種の「野心」が、「せっかち」に、「全ての音組織の根源の原理・・・」といった、前近代的、あるいは「オカルト的」な方向へ走りやすい傾向を持つのは事実でしょう。

また、調性対位法が中世音楽の完全音程の並行を避け、古典和声が、対位法的な各声の厳密な旋律的独立性を捨てたように、「ある時代の様式」とは、少なからず「前時代の様式・習慣の否定」によって成り立つものです。しかし、西洋音楽の歴史は、大雑把に、むやみに前時代の習慣全てを悪しきものであるかのように「否定」してきたわけではありません。ところが、第二次大戦後、1960〜70年代、そういった大雑把でむやみな「否定」が「流行」します。音楽に限らず、「伝統」が創意や個性、自由の対義語であるかのように、「目のかたき」にされた時代があるのです。社会主義・資本主義に分断された「世界」全体で、特に学生・学徒の間で共産主義・あるいは共産主義的な思想・文芸・芸術が流行した時代です。いわゆる「前衛芸術」とは、1920年代に、主に絵画・映画等の美術の分野で始まったものですが、50〜60年代、当時の資本主義・社会主義の対立の時代に、「思想と芸術・表現活動の関わり・態度」と再解釈され流行します。「前衛 (ぜんえい:アヴァンギャルド。軍隊の先頭、前線のこと。)」を、「資本家・体制・政治・伝統・形式・大衆性・流行・・・に対して反抗的な芸術」と解釈するわけです。ちなみに、政治的な意味での「アヴァンギャルド」を唱えたのは、ソヴィエト連邦建国の指導者であるレーニンです。

批評的な評価は避けますが、「伝統や形式、あるいは大衆的な流行の否定」が「流行」し、その数十年前の「前衛」が、今でも模倣・自己模倣され再生産される・・・というのは、どこかコミカルな構図ではないでしょうか。「型にはまらない・型を壊すのが”芸術的” ”創造的”である」という、新たな「型・モデル」が成立・流行し、「前衛”芸術家”」を自称する・目指す人々は、自らこの「型」に忠実に「はまる」ようになるわけです。これは矛盾と呼ぶにはあまりに薄ぺらな矛盾でしょう。音楽における「型」や「枠」は、自らが「はまる」ものではなく、使うもの、自由に取捨選択出来るものです。

「前衛芸術」が「芸術ではない」とか「無価値だ」という批評家的な主張をするつもりは一切ありません。これも間違いなく「文化」の一部としての「芸術」です。この時代は「フリー・ジャズ」の発生と重なり、これも「前衛芸術」の一つともされましたが、2000年代の現在では、「フリー・インプロヴィゼーション」も、ある種の「型」として、あくまで「技能」として選択可能な「形式」の「ひとつ」となっています。「・・・で”なくては” ジャズ(ロック等々)では”ない”」「・・・で”なくては”芸術では”ない”」というような、排他的な思考、「何かを批判・否定する事でしか成り立たない概念」、批評家的・情緒的な主張は全く不毛なものです。前時代を「否定」するにせよ、「乗り越える」にせよ、その対象を自ら方法と出来る程度に知らなくてはなりません。しかし「前衛芸術家」を自称する人々は、批評家的・情緒的な、また「ありがち」な「りくつ・精神論・芸術論」によって「理論武装」するものの、組織的に学術的に、その芸術の歴史、理論や技巧を学んだ経験が無い人、それを避ける人が多いという傾向はあるかもしれません。つまりは「オカルト」的な傾向が強いものです。

なんにせよ、1960年代初頭からの「現代音楽理論」の多くが、この時代に流行した、情緒的・恣意的な「前時代の否定」の影響を色濃く受けていることは、まず間違いありません。

一般的に、ある「理論」が必要以上に難しくなるのは、読み手の知識や論理性の不足は別問題として、「理論」そのものの構造に、何らかの恣意性によるゆがみがある場合が圧倒的に多いものです。ある基本的な事柄、論理的な基礎にゆがみがあると、その上へ積み上げる論理全体が、どこかでバランスを取ろうとするため、進むごとにゆがみを大きくし、無理な回り道や、最終的には、いわゆる「論理の飛躍」が起こるものです。

そういった理論の「入り口」となるアイディア、あるいは「概念」は、しかし、一見「素人」にも非常にわかりやすい、明快なものである場合が多いものです。単一の原理、一元化・二元化された原理を「前提」なり「根本的な原理」として、自説の結論・整合性を強化しようとする努力が、結果的に、こういった擬似音楽理論を「無理のある方向」に向わせ、最終的には論理的に破綻(はたん:こわれた)しつつ、しかしオカルト的精密さを形成させるわけです。

さらに、「入り口としての概念」の「わかりやすさ」は、大抵、「既成の・伝統の」音組織への歯切れのよい「批判・否定」によって語られ、古典期からの調性の構造や和声、対位法の理解、あるいは「音感の習慣の合流」としての民俗・民族音楽の分析と理論を「省いて」、「コレ”さえ”理解すれば・べんきょうすれば」一足飛びに「音楽全体が理解できる・方法化できる」といった「錯覚」を呼び起こし、そういった錯覚が、「学習」「技能の習得」としての「順序立てられた」「分化された」音楽理論への労力や時間を厭う(いとう:きらう)人々、「理屈」としての「音楽理論」 --そんなものにたいした意味は無いわけですが-- つまり「技能」や「方法論」ではない音楽理論を求める人々にとっては、ある種魅力的なものに写るわけです。疑似科学・似非科学、あるいは「カルト」「オカルト」とは、総じてこういった構造を持つものです。ほとんどの場合、「カルト」「オカルト」を形成させる、それを「共有」させる条件とは、「無知」であり、「せっかちな知的欲求」です。

--平たく言えば、「調性音楽」を厳密に・ロジカルに方法化するには、「対位法」「和声法」「楽式論」・・・等々を、ある程度ていねいに学び、さらに「実作」を分析する事で、その実用のロジックを見出し、あくまで「個人の試行錯誤」として、それを「実際の楽曲」として統合する・し続けるしか方法は無いのです。ここでは、「どこまで”べんきょう”したら」、とか「どの程度”わかっている”から」、といった大雑把な「レベル」に意味はありません。意識的であれ無意識的であれ、音楽に対して意図的・自覚的であるならば、「自分の方法」と「音楽の理論・論理性」は、つねに関わり続けるもの、また、成長し続けるものです。「非調性音楽」の範囲とは非常に広く、かつ各時代、各様式、各地方にそれぞれのロジックと習慣を持つものです。これらに「共通性」があるとしても、これらを「統一的に解釈できる原理」などあるはずもなく、やはり丁寧にそれぞれの時代や各々の作曲家の各々の作品から論理性、場合によっては非論理性を抽出し方法化してゆくしかありません。--

しかし、それでも、「前近代的・オカルト的」な方法によって「音楽を理解しようとする」、あるいは「音楽を通じて世界の成り立ちを理解しようとする」人間の知性の営みが、たとえ誤解や偏見によるものであったとしても、同時代の「思想」や「科学」の影響を強く受け、「音楽家」としてのセンス、解釈によって理論を構成しいている点、こういった「理論」あるいは「思想」が、同時代の「音楽」そのものに与える影響、あるいは現代の私達に「考え方」「方法論」として、何事かを示唆する点も見逃せません。

--筆者の個人的な感覚ですが、「音楽理論」とは、やはり現代にあっても「哲学」あるいは「音になる哲学」です。また「哲学」も、ある種の表現、言語の芸術としての性格を持ちます。

「哲学」は、近代以降、形而上学・形而下学の二元的な組織立てから、「存在論 : 在るとは何か?」「認識論 : 知る、わかるとは何か」を大きな柱として、「時間」「社会・国家・家族」「心理」「芸術」・・・等々の古代哲学によって既に分科されていた個別の分野を追求して行きます。哲学から独立し分科した「自然科学」が現代では「厳密な意味での学問」の代表となりますが、どんな分野にも「哲学」の方法論は受け継がれ、また、必要とされるものです。

この概論での方法、つまり「歴史的な背景や変遷」「文化を相対的に扱うことで、その共通性と個別性を明確に認める」こと、これらを、「論理的に」「総合的」に捉え考える事、全ては「哲学」の手法です。音楽に限らず、どんなに専門的な分野でも、「時代・歴史・変遷・交流」といった「時間」との関わりや、背後にある「社会・文化」としての性格、さらに「自然科学との関係」、その「習慣の内部に形成された論理性」・・・を統合的に思考し論ずる事が「学術」「学問」の方法です。つまり「哲学的な手法・態度」によって、「情報の断片」や「習慣」というあやふやな何かが統合され、「学問」として知的に組織化されるものです。

「哲学」という「知的態度・知的方法」は科学を成立させる条件でもあり、「科学と科学ではないもの」の境界を定め、厳密に科学的に定義できないまでも「論理的に妥当である」というある程度の結論を得る事を可能とします。なので、哲学とは、決して、「過去の遺物」ではありません。また、「俺の・僕の・私の”哲学”」というよく使われる言葉は、「俺の生きざま」「わたしの”考え””考え方”」といった、非常にあやふやな意味合いのもので、いわば「情緒」や「考え方の癖」を、やはり情緒的に言い表しているに過ぎませんから、全く「哲学」ではありません。哲学は、とても地味で現実的・具体的な作業です。

そして、筆者もまた、「調性音楽」「旋法」にとどまらない、「新しい・独自の方法論・手法」としての音楽理論を試行錯誤しています。調性音楽であれ、旋法であれ、「演奏」「編曲・作曲」の実践的な方法論には、少なからず「独自の解釈」、自分自身の手法・捉え方が生ずるものです。自分自身以外の「理解」など存在し得ず、演奏上の技巧であれ、作曲・編曲の技能であれ、それを「する」者にとっては、自分自身以外の「試行錯誤」「手法」など、結局の所、存在し得ないからです。また、個々人の試行錯誤、手法としての「理論」とは、必ずしも共有を目的・可能とするものではなく、また、必ずしもそれを志向するものでもありません。--

特に、「調性以外」の音組織を模索する理論の中には、論理的な矛盾をはらみつつも、やはり手法として魅力的な、有効なものも確かにに存在します。むしろ、調性以外の音楽理論、あるいは「調性の中に調性以外の音組織を導入する」理論は、今でも発展の途上にあるもの、常にチャレンジを要するものでしょう。

また、ある時代に「科学的・論理的」であった事が、後に否定されたり修正されたりする事と逆に、ある時代に「非科学・非論理」であった概念が、現在では科学的に正当であると証明される・・・といった事も少なくないわけですから、こういった転換は、特に「脳科学」や数学の発展によって、あるいは今後の「音楽理論」にも起こり得るでしょう。

・本書の”理論書”としての立ち位置

しかし、本書は、「独自の・新しい音楽理論」を模索するものではなく、「調性」という、西洋に成立した、一つの強力な「音感的習慣」を、あくまで「ありのまま」に観察・分析し、方法化することを目指しました。

いわば俗語としての意味も含む、「バークリー学派」の音楽理論の寄せ集め、焼き直しではなく、より根本的な組織化・方法化を、古典的な「調性」、「古典和声」が成立する原理、内部構造を論ずる事から始めました。古典和声とジャズ、あるいはポピュラーの音楽組織の構造、質の違いについて、社会学的・音楽史的、あるいは「批評的」に論じられる機会は、現在まで、それなりにはあったのですが、あくまで音楽理論として、ミュージシャン、ギタリストのための「方法論」として「古典からの伝統と現代の調的民俗音楽」の「和声・調性」の関係性、その連続性と断続性が論じられる必要性を感じていたからです。

基礎編、理論編A:の内容も、いわゆる「バークリー学派」的な組織立て、柱としての「音程」「音階」「コード・フォーム」・・・等々についてはその内容のほとんどは一致しますが、本書が全体の組織立ての基準、また理論的な基礎とするのは、いわゆる「クラシックの音楽理論」です。バークリー学派が参考にしたであろう、つまり、バークリーで組織化されるよりも早い時期に、既に組織化され、提唱されていた、クラシックの伝統音楽の「古典の音楽理論」と「現代の音楽理論」に立ち返って、その構造を「ポピュラー音楽理論」の用語を用いてまとめています。

「”情報”の蓄積」とでも言える、いわゆる「汎用 :はんよう。広く用いられる」的な、「ポピュラー音楽理論」には、どうしても「なぜ」に関する論理立てが乏しいものです。そもそも「コード・スケールとは何なのか、なぜ成立するのか」といった根本的な事柄さえ、「引用」するに足る厳密な「定義」を筆者は見出す事が出来なかったため、ほとんどの事柄で、「なぜ」に応える意味での新しい「定義」を模索しました。厳密な「学術」というより、「方法論としての情報の流通・共有」といった意味合いを「ポピュラー音楽理論」が持つのは前述の通りですが、「俗説」と呼んでもかまわないほどに、誤解や混乱を含んだ用語・概念が氾濫しているのが現状だからです。

--本書の「参考文献」は、巻末に解説付きで示したとおり、数十冊を超えますが、いわゆる「引用文献」はありませんし、「表現の借用」を極力避けています。本書は、厳密な定義や、妥当な論理性を心がけています。より簡潔に、より明確に、そして、あくまで「自分の言葉」として表現できるまで、推敲を重ねています。これは、「音感」と「ロジック・言葉」との関係を「より近く」、「なぜ・どうやって」の裏付けを「より強く」表現する事を志向した結果です。それが、寄せ集め・焼き直しに留まらない、現在必要とされる「音楽理論」であると考えるからです。

本書は、いわゆる「学術論文」ではありません。学術論文とは、大学や学会等の学術組織に提出し、審査を経て、単位・学位を認定・授与されたり、学会誌等への掲載によって発表され議論の材料となるものです。論文には論文の作法があり、特に、特定の理論体系を扱う場合、個々の概念や用語に関して、それが「誰がいつ提唱した理論」であるかや、「引用の出典」が明確になされなくてはなりません。つまり「論文」とは、それ自体、学術のルールに従った、紙上・机上の「議論」であるわけです。何らかのテーマを選択して、それがどういった内容で、同時代的にどう位置づけられているか、代表的・普遍的な理論・論文を引用することによって論じ、それに対して新しい解釈や実証的な資料によって、少なからず反証的な方法で自身が選択したテーマに対して「新たな仮説」を立て、やはりそれを実証的・反証的に論じるという作業です。

しかし、本書が扱っている「調性」という分野の範囲は非常に広く、複合的で、また前述の通り、「音使い」というもの、その「名称」やロジックに、「出典・起源」をたどる事、明らかにする事は場合によっては不可能です。本書で扱う概念や用語全てに、「出典・起源」を明記することには少々無理があります。学術論文として扱うなら、一つづつの「項目」がテーマになりうるでしょう。もちろん、学術論文の全てが、「和音」「音階」といったごく基本的な用語・概念にいちいちその起源を求める・・・というものではありません。常識的に流通している用語・概念を用いて、特に個々の特徴的な音使いや、ある楽派・作曲家、理論体系に関しての議論をするわけです。

「和音・音階といったごく基本的な用語・概念」を分解し、出来る限り厳密に学術的に論じる事も、基礎理論として必要とされる事です。ところが、例えば、「テンション」という”用語”が、「いつ・誰によって最初に用いられたか・定義づけられたか」を追跡する事は、ほぼ不可能です。つまり、音楽理論というより、「社会科学」的な追跡と、実作に用いられた音使いとの関係によって、ある程度”推論的”に論じるしか方法が無いでしょう。「テンション」は、「発明品」ではないからです。長い時代を経て、音使いの習慣が、ひとつの用語によって簡略的に概念化されたものだからです。広く流通している「用語・概念」とは、最初期にこの言葉を用いた理論書なり教本を見出す事が出来ても、それが「その著者自身による造語である」事はほとんど無いと言っても良いでしょう。これは、他の社会科学や哲学、あるいは科学という「学術」と「音楽理論」との非常に大きな相違点です。

もちろん社会科学や哲学思想、科学等々でも、「ごく基本的な単語」に関しては、その起源をたどる事はほとんど不可能ですし、それを要求しませんが、「テンション」や「コード・スケール」等々、広く流通しているだけでなく、音楽の形式・組織を形作る上で、必ずしも「概念」ではなく、相当高度な形態にも欠かせない「構造・方法論」である用語に「起源」を追跡出来ないというのは、音楽の理論が、いかに「習慣的に・経験の蓄積」として、「個々人の試行錯誤」として形成されてきたかを物語るものでもあります。なので、本書では、各時代のいくらかの「実作」を分析することで、実証的な論理立てを行っているわけです。本書が「調性」のごく基本的な構造を論理的に扱うものであるものの、ある程度の「試論」的な内容や「通説」が含まれる事は了承してください。

筆者は「論文」も書いてきましたし、現在も非常にやっかいなテーマを扱う論文を書いていますが、本書の立ち位置は、いわゆる「理論書」「教本」という、厳密な学術とは言えない意味合いを持ちます。もっとも、現在日本の書店に並ぶ「理論書」「教本」の類は、厳密な意味での「学術書」は圧倒的少数ですし、「学術論文」という意味合いの書籍が商業的に流通する事は非常に少ないものです。これは、我が国での「音楽理論」の位置づけにも関係することですが、特に「ポピュラー音楽」の場合、西欧での出版事情とそれほど異なるものでもありません。

日本の「古典和声学のスタンダード」とも言える「教科書・教本・実習書」も、その方法論、概念その他の厳密な意味での出所、つまり楽派・学派の伝統や時代的な経緯等を「学術的」な意味合いで明らかにしているともいえないでしょう。そもそも教科書とはそういったものです。しかし、大抵の場合、教科書はある学派、もしくは複数の学派のスタンダードな理論を内容とし、かつ、ある学派の代表的な教師・学者を著者・監修者とします。また教科書の「選定」には、その学術組織自身・その構成員による選択か、日本の義務教育と高等学校の場合文部科学省での「検定」を経る事になります。(特に文部科学省の”検定”が、科学的立場を貫いているとは言い難い現状ですが・・・)。

ところが、自らが学習している「学習和声」が、一体どういった歴史的背景、楽派的・学派的連続性を持つか、あるいはどの程度「学術としての普遍性」を持つかといった事柄に、全く無知・無関心である学徒が多いということは、日本の音楽理論全般に共通する問題であると言えるかもしれません。前述の通り、「歴史的背景」「変遷」を知るならば、また実作に用いられた音使いを意識的に聴いているならば、「禁則」が、「禁止的・強制的」な意味合いを持つこと、そういったイメージを植えつけてしまう事自体がナンセンスでしょう。

いずれにせよ、「音楽理論」が純粋な科学足り得ない事、人文科学としても、「歴史的な音楽体系、分派・学派全てを統一する理論」が不可能である事からも、広い意味での音楽学以外の学術の世界では、音楽理論を厳密な意味での学術とは認めないという立場を取る人も少なくありません。--

理論編A:の内容、音階を、あくまで「調性・和声」の素材として位置づけ、また、必ずしも充分とはいえませんが、「コード進行」・「形式・楽式」と「音階」を結びつけるために、「動機」に関しての理論を展開しているのは、古典の音楽理論の伝統的な組織立ての手法によるものです。ポピュラー音楽理論では、「旋法」としてのチャーチ・モードと、「調性の部分としてのコード・スケール」、また「アヴェイラブル・ノート・スケール」が、「スケール一覧」的に、同じ文脈で、あまりに簡易に扱われる事が多く、「混同」されているとは言わないまでも、読み手に対して、ある種の「混乱」を持たせる傾向を持っています。そこで、「調性の素材」としてのコード・スケールに集中して論じたわけです。「旋法」、「調性によらない音組織」に関しては、第三巻の内容とする予定です。「調的なジャズの旋律法」の内容を含んだ、「独奏としての全体像」が、第二巻の内容です。

また、バークリー音楽大学その他の「ポピュラー音楽の学術”的”」理論書は、今のところ、いわゆる入門書の範疇を超えた、「本格的な音楽理論」、実用書としては、主に「鍵盤楽器」か、「管楽器の合奏の編曲」向けのものしか無いのが現状です。もちろん、「形式」としての「ジャズ・ギター」、つまり、「ある一時代のジャンルとしての”ジャズ・ギター”」を組み上げる、あるいは「コピー:模倣」を容易とするための、最小限の情報(それだけでも相当な量ですが)をある程度まで網羅した、優れた「ジャズ・ギター教本」は存在しますが、本書の「技法」である「リズム・コード/メロディー」の独奏の編曲理論と組織化・方法化は、世界でも初めての試みです。さらに、ギタリストが、「ギターを用いて」、ベーシックな音楽理論を、常に「なぜ」と向き合いつつ把握し、「調性」全体を曲表現に統合し、実践的、経験的に学ぶための書物は、おそらく本書がはじめてのものとなるでしょう。

「鍵盤楽器の独奏」による、「ジャズのテーマ演奏」の方法論は、つまりは、「ジャズ・ポピュラーのコラール的な和声」あるいは「ジャズ・ポピュラーの和声の基本的な具現化(具体的な形にすること)」であるわけですが、バークリーの一連の理論書では、この方法論に関しては、「管楽器の合奏のための和声」の技法のヴォイシングが流用される事が多く、特にギターの編曲の実用に即さない面も強いものです。

管楽器の各パートを、和声音を軸に組み上げる手法、ある種の和声法を、「ソロ(Solo)」の対義語として、「ソリ(Soli)」と呼びます。コラール(合唱和声)は、各声が完全に独立したものですから、「ソリ」は、その和声に近い方法論を持つものとも言えますが、ジャズ・ポピュラーでの「ソリ」は、「トップ・ノートの動きに、コードの構成音を完全に平行させる」事が基礎であり、「各声の独立性」に関しては、全く無頓着といって良い内容です。

いわゆるスゥイング期の「ビック・バンド」の編曲、オーケストレーションは、最初期のビック・バンドの作・編曲者達が、古典的な「管弦楽法」から学んだ手法、つまり和声的・対位法的な各パートの独立性が意識・意図されている面が強いものですが、「ソリ」のヴォイシングは、古典的な和声との連続性もある程度はみられるものの、その基礎は、より現代的・民俗音楽的な、記号的・機械的な内容です。ビック・バンドのヴォイシングにも、鍵盤楽器、ギターのヴォイシングにも、あくまで「部分的に」はソリも有効で、また活用されているものではありますが、古典の作曲技法と同等の意味を持つものではりません。つまり「ソリ」は、楽曲全体を組み上げるシステムではありません。--もちろんバークリーの出版物の中にも、実用的な「鍵盤楽器の和声」はシステム化されていますが、楽器の構造的な相違から、ギターに直接流用する事は難しいものです。また、初級から中級向けの「ギターのコード/メロディー奏法」のテキストはありますが、「ヴォイシングの理論書」というより、いわゆる「奏法」の「メソッド」としての性格が強いものです。--

鍵盤楽器やギターでの「コード/メロディー」の発想は、古典期以降の「ハーモニック・リズムの内容を担う伴奏の和音」と「メロディー」の二元化によるものですから、ソリの手法とは別の構造を要するわけです。

こういった「コード/メロディー」の要求に応える手法である「イナモリ・メソッド」は、より習慣的・実践的なピアニストの和声観を、組織的にまとめ、方法論としたもので、バークリー音楽大学、また、アメリカに限らず、西洋の多くの音楽大学、音楽学校で、また日本の一部の音大でも、正式な教材として用いられています。本書のコード/メロディーの方法論も、この「イナモリ・メソッド」にその基本的な発想を得たものです。

・ジャズ・ポピュラーの和声法

前述の通り、近代和声の時期に確立した「古典和声法」とは、主にロマン派前期までの方法論を内容とするもので、同時代の「近代和声」が、「古典和声」と同等に簡潔な形で、組織化・方法化されたわけでもありません。「禁則が無視された和声の形態」や、「禁則を積極的に用いる和声」を、古典和声そのもので組織化することは不可能だからです。

もちろん「近代和声の古典和声と同等の組織化・論理化」は試みられ、非常に高度な、精密な議論がなされて来た事でもあり、その文脈の中で、より高度な「機能和声」が論じられるわけですが、「近代和声・現代和声の”学習和声法”」は、未だ完成したものとは言えないでしょう。

当然の事ながら、明らかに「機能和声」によらない音組織を、「機能和声理論」によって分析する事は不可能ですし、意味の無い事です。しかし、一見「機能和音」と一致しない音程構造が、実に巧妙な形で、「機能和音」と類似する・共通する動き・働きを持つといったことは、機能和声の構造を把握してこそ理解できる事柄でもあります。何が「機能和声」であって、何が「機能和声」ではないのかという理解、あるいは「どうすれば調性の軸を離れる事が出来るか」といった方法論、また、必ずしも「調性」によらない、「和音の機能」というものも、機能和声を一つの足場として模索されるものでしょう。

ロマン派以降の和声に関しては、そもそもの「調性」そのものが姿を変えて行ったという事情もあり、「近代和声」とひとくくりには出来ません。ロマン派以降の音組織とは、ある意味では、作曲家が実作によって「和声に個性を獲得した」という性格、「個人的な手法の和声」が追求されたという性格を持ちます。それまで「共有されていた音感的習慣」、特に「西洋音楽の方法論」以外の音組織、手法が、同時代の新しい習慣の影響の元で、古楽や非西洋音楽からのロジックを用いて、「個々の作曲家の試行錯誤」によって、かなり意図的・意識的に追及された時代だからです。ロマン派以降の音組織に関して、「調性の崩壊」という大雑把な批評的な言葉が使われる事が多いのですが、むしろ、独自の「和声観」と手法・方法論が、やはり調性を軸として、意図的に「発展・拡大」されたのが後期ロマン派から印象派の時期であると言えます。

この「個々人の音感的試行錯誤」には、「習慣としての音組織」とはいささか異なる、共有の難しい恣意性、偶然性が必然的に含まれる事になります。実際、ポピュラー音楽の和声・調性の構造を理論的に分析するなら、ロマン派までの和声の仕組みは、やはり簡便な「現代の記号的和声感・和声観」によって、ほとんど網羅され「共有」されていますが、印象派以降に現れた調性・非調性の形態は、必ずしも「習慣化・方法化」され「共有されている」とも言い難いものです。--現代の調的な民俗音楽の持つ「旋法と調性の同居」や「並行和音の進行」「非機能和音」等々が、意図的に「印象派以降のシリアス・ミュージックの方法論」を取り入れている場合もありますが、前述の「ブルース」等々は、当然、文化的・習慣的に形成されたものであり、理論的・意図的に「つくられた」ものではありません。--

そこで、近代以降の調性・非調性の構造は、「学習のための和声法」というより、主に個々の作曲家の実作の「分析」によって、その論理性、あるいは「手法」が抽出されるといった扱いになり、方法論としての、「近代和声法」あるいは、「現代和声法」が、「学術的」な意味、あるいは「共有」が可能な意味で、議論の余地が無いところまで確立・完成しているとも言い難いのです。

つまり、「ジャズ・ポピュラーの四和音の和声」を考える際には、いわゆる学術としての「近代和声法」を軸にする、近代和声を扱った書物から、ロジックを直接流用する、というわけにも行きません。なので、本書では、近代和声学の「概念」、主に、分析による音程に関してのロジックを、「参考」にはするものですが、和声の組み立てそのものは、「古典和声」に軸足を置き、それを「拡大させる」方法論をとります。むしろ、それが「ジャズ・ポピュラーの音組織」そのものであるとも言えるからです。

また、「近代和声」の方法論を、「ジャズ・ポピュラーの和声」に直接流用する事は困難を伴うものですが、逆に「ジャズ・ポピュラーの四和音の和声」のロジックは、それが「調性音楽」であるなら、特に印象派以降の音楽の分析・編曲にも活用する事が可能な、ある意味ではよりシンプルで明快な「機能和声理論」です。

さらに言えば、必ずしも「調性」を持たない音組織に対しても、また、「三度堆積によらない和音」に対しても、「コードとそれに対応する音階」という発想、記譜法によって”対応”が可能な、つまり「作曲・編曲やアドリブ」が可能なのが、ジャズ・ポピュラー音楽の理論の強みでしょう。

四度和音、五度和音、分数和音その他の音程構造、「アヴェイラブル・ノート・スケール」の発想によって、大抵の音組織は、ある程度まで「表記・把握・対応」が可能だからです。

特に、印象派の楽曲には、ジャズ・ポピュラーの和声による「コード/メロディーとしての編曲」が有効で、相性が良いものが多く存在します。本書の実践編の編曲の中に、数曲ですが、印象派の名曲を取り上げていますが、これらの楽曲に限らず、原曲からコード進行を抽出し、メロディーをリード譜化すれば編曲は容易ですから、ぜひチャレンジしてみてください。

「和声法」を、「方法論」とするならば、現代、明らかに、より広く流通し、共有されているのは、「ポピュラーの和声」です。ある意味では、「西洋のバロックからの伝統音楽」の負っていた「同時代の音楽」としての「方法論」は、「クラシックの現代音楽」ではなく、ポピュラー音楽、あるいは、ジャズ・ポピュラーに引き継がれたといえなくもないでしょう。

バロック期からの「古典・伝統」としての西洋音楽と、ジャズ以降の調性音楽に、形式的にも直接的な連続性は無く、もちろん「楽派」的な連続性は全く無いわけですが、前述の通り、ジャズは、古典期からの手法を学んだ、あるいはクラシックからの西洋音楽によって育てられた「調的な音感」を持った、同時代の作編曲家によって、調的、和声的に整えられ、可能性を発展させて来た側面をもちます。同時に、ジャズが同時代であった「クラシックの伝統音楽の作曲家」達も、ジャズからの影響を受け、その方法論を流用するといったスタイルも試みられます。

「古典期からの伝統の音楽理論」によって、現代の音楽習慣の論理的な面を整理する、組織化することが、「ポピュラー音楽の音楽理論」となりますから、本書では、特にその「古典期」までの音楽理論の内部構造、「仕組み」を論じる事で概論としたわけです。

概論2: では、古典期からの「調性そのものを確立させた」和声の基本的な構造を引き継ぎつつ、「和声法」という手法に対しては、ある意味で無頓着で、別の意味では、調性の可能性を拡大させた、現代のジャズ・ポピュラーの習慣が持つ、「和声観」、「コード観」を、やはり理論的に見てゆく事で、西洋のシリアス・ミュージックが成立させた調性と和声の概念と、「ジャズ・ポピュラーの和声」の方法論への「橋渡し」とします。

「和声・和音」の理論において、「シリアス・ミュージックが形成した調性の基本的な構造」と「ジャズ・ポピュラー」の最も明確な相違点の一つであり、同時に習慣的な方法論としての構造的な連続性をうかがわせるもの、ある種の「接点」が、「四和音の扱い」です。


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無断借用・無断引用・剽窃を禁じます。 2007 3.13 佐藤選哉