概論2−2:四和音と調性
・古典和声法と四和音
下記譜例は、古典の「合唱形式」の和声法に従って、9thのテンションコード、古典和声で言う所の「五和音」と四和音を、四度進行の連続で配置した例です。--実際には古典的な楽曲の中ではそれほど多用されませんが、原則的に配置するなら以下の譜例のようになります。--
歴史的に最初に成立した四和音はV7であり、この四度進行による解決の形を模倣して、V7へのV7としてII7が成立し、さらに他の機能和音の四度進行の際に四和音、五和音(9th)を用いるようになります。つまり原則的に四和音とテンション・コードは四度進行を志向するものであると言えます。もしくは後述する「四度進行がらみ」、四度進行と前後関係を持つ進行で用いられる事が普通です。
四度進行の四和音の連続は、解決先も四和音、五和音であり、8度の重複音を持ちませんから、V7の3度(トニックへの導音)からTの8度への解決に代表される3度の上昇の動きにはならず、ダイアトニックの四度進行の場合、後続する四和音の7度へ同音進行し、二次的機能和音から短三度を持つ機能和音への四度進行は、下記譜例のE7−Am7のように半音下降進行します。いずれにせよ、四和音の四度進行は、先行する和音の7度は後続する和音の3度へ、先行する和音の3度は後続する和音の7度へ進行する事が基本です。また、テンションの9度は、先行する和音の5度として同音進行によって準備され、後続する和音の五度へ順次下降進行し、構成音を同じ声部で引き継ぐことで連続性を保ちます。
G7.9 CM7 FM7.9 Bm7b5 E7.b9 Am7
つまり、四和音同士の進行は、V7のTへの解決の原動力となり、調性そのものを形作った音程の動きである、「トライトーンの解決=V7の7度はTの3度へ、V7の3度は、Tのルートか8度へ」のうち、一方しか持たないわけです。こういった進行が、あるいは「発想」が可能になるのは、個々の音程の変化によって規定された調性対位法、三和音主体の和声法が、「機能和音という”単位”の連結」つまりは、「パターン」を得て、あるいは、定着させて初めて可能になったロジックであると言えます。
ちなみに、上記のような「連続四度進行」に代表される、「繰り返しのパターンを持つ進行」を、「ゼクエンツ(独:Seqenz 英:Seqence シークェンス)」と呼びます。ゼクエンツ自体は、初期音楽にも見られるものです。
上記のV7|TM7|IVM7|VIIm7b5|III7|VIm7 の進行は、古典和声では原則的に三和音で用いられる、トニック、サブドミナントが「四和音」となっていますが、これらの「四度進行の連続」では、TM7もIVM7も、V7の解決を模倣・応用する形であり、「厳密なトニック、サブドミナント」としては機能していません。三和音主体の和声法では、TM7(”トニック”メジャー・セブンス)ではなく、「IM7」と表記するのが正しいかもしれません。
つまり、この場合のIM7は、「その調の開始、終止を担う響き」には機能せず、後続するIVM7への「ドミナント的」に機能しているわけです。これは、サブ・ドミナントとしてのIVM7についても同様です。V7代理であるVIIm7b5に連結しているので、サブ・ドミナント→ドミナントの機能和音の進行のようではありますが、このVIIm7b5は、Am7、平行短調のトニックへの「サブ・ドミナント」だからです。
また、この「IM7」の長7度が短7度とされるなら、「二次的V7」となります。この「二次的V7による四度進行の連続」も、古典期以前に成立し、「歌の伴奏」や、「楽曲の全体を構成するコード進行」には多用されないものの、「楽節の区切り」、「転調のつなぎ」などに用いられます。こういった二次的V7の連続四度進行は、強い進行感を借りた、「短い一時的転調の連続」とも言える響きです。
前述の通り、「機能和声」とは、「音感的な習慣」を言語化・記号化・論理化したものであり、「進行感を応用する」という、実に音感的な試行錯誤が、こうした進行を成立させているとも言えるでしょう。つまり、V7|TM7|IVM7|VIIm7b5|III7|VIm7 は、「機能和音と代理和音」で単純に、ドミナント|トニック|サブ・ドミナント|ドミナント|ドミナント|トニック と当てはめる事は出来ませんし、そういった「発想」、一対一対応、縦割り的な「機能」という発想では生まれなかったパターンかもしれません。基礎編に述べたとおり、こういった一対一対応での「機能」の割り当ての分析には、たいして意味がありません。四度進行の連続で用いられるV7以外の四和音には、「トニックでありながらドミナント的、サブ・ドミナント的」な性格が重なるわけです。--ちなみに、前述のラモーの和声法では、四度進行の連続は、全て「ドミナント」と解釈されます。--
そもそも、和音の「機能」とは、文脈によって、こういった二重性を帯びるものだとも言えます。必ずしも、「トニック・非トニック」の二元化や、機能の割り当てによる単純化が妥当ではない文脈もあると言うことです。基礎編に述べましたが、「同じ機能を持つ和音」であっても、「代理和音」は、あくまで「別の和音」であるということは、常に把握していてください。
--なので、こういった進行は、文脈によって多少の曖昧さを持つ、各和音の「機能」を把握した上で、トニック・ナンバリング・システムで表記される方が、「パターン」として捉えやすくなります。また、トニック・ナンバリング・システムも、「機能和音」も、音楽の組織・音感の習慣の中では、あくまで、あるひとつの響きの傾向を「記号化」したものにすぎません。
機能和音もトニック・ナンバリング・システムも、その記号のみでは、なんら意味のあるものではなく、調性音楽を「言葉・言語的・論理的」に捉えるための「方便(ほうべん: 方法・手段)」です。しかし、この機能とナンバリングが、コード・スケールと結び付けられることで、「一時的転調・明らかな転調」による、「部分的な調性」と機能和音としての位置、それぞれの和音の構成音、テンション、メロディー・フレーズの動きの傾向と素材とが整理されます。これによって、広い意味での作・編曲の素材と方法が、少なくとも「構成音」という点では把握されます。そうして初めて、コード/メロディーの編曲、アドリブや作曲の合理的な方法が身に付くわけです。そこで、本論の「コード進行」の章では、ジャズ・ポピュラーの原則的なコード進行のパターンと転調の構造を、トニック・ナンバリング・システムでまとめます。--
概論1.に述べた「原則的な和声法」は三和音を主体とするもので、こういった四和音の連続とは性格の若干異なるものですが、ここにも、三和音の連結から引き継いだ論理性、あるいは拡大された法則性があります。各声の動きを詳しく見てみましょう。
G7.9 CM7 FM7.9 Bm7b5 E7.b9 Am7
(Rと7度) 7度 → 3度 7度 → 3度 7度 → 3度
7度 → 10度 7度 → 10度
(7度と3度)4度→ 5度 4度 → 5度 4度→ 5度
こういった四度進行の場合は、7度の不協和音程は進行する先の3度に反行して解決するか、10度に斜行して解決します。7度から次のコードの3度への順次下降の動きが特徴になります。その7度→3度の動きに従って、トライトーンと4度の不協和音程は、斜行で完全5度に開いて解決します。トップの配置される9度のテンションもコード進行に伴った不協和音程の解決の傾向に従って、順次下降進行することで、次のコードの5度へ解決します。
3度は次のコードの7度と同じ音程であるため、共通音として同度に保たれるか、E7→Am7のように二次的ドミナントから短7度を持つ和音への解決の場合は、例外的に先行する和音の長3度が半音下降進行して、後続する和音の短7度となります。また、上記譜例の場合のCM7 Am7は、外声が完全5度(12度)となるわけですが、それぞれ外声の反行によって5度を形成しています。
バスの積極的な四度進行、4度上昇・5度下降と対照的に、ソプラノ・テナーのニ声が、10度音程で順次平行していることにも注目してください。
「合唱形式」の古典和声法では、各声の配置が広く、多くの場合、鍵盤楽器やギターの実用的な和音の配置にはそぐわない面がありますから、上記の原則を守りつつ、器楽の「伴奏の和音」として有効な四和音・五和音の四度進行を配置するなら、以下のようになります。
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型 |
3度7度型 |
7度型 |
7度型 |
3度7度型 |
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上ニ声 |
三度並行順次下降 |
三度同度進行 |
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内二声 |
斜行で4度へ狭まる |
斜行で5度に広がる |
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下ニ声 |
斜行で7度へ |
反行で3度へ |
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外声 |
ソプラノの順次進行による 直行5度(12度) |
斜行で9度へ |
||
上記のようなヴォイシングは、ギターでも指に馴染み、また効果的に響くのがわかるでしょう。前述の通り、四和音の7度と、テンションの9度は、先行する和音との共通音であり、これが同音進行で「引き継がれる」事で、緊張感を担う音が準備される性格を持ちます。これを、四和音・五和音の「予備音(あらかじめ備える音)」と呼びます。また、7度から3度への順次下降の進行も原則的です。合唱形式ではソプラノ・テナーの10度音程として平行していた、[7度・9度] [3度・5度]は、上記のヴォイシングでは、ソプラノ・アルトの上ニ声の3度の並行に振り分けられているわけです。
・バロック期から古典期の和声の偶成和音と四和音の関係
先に、声部の一部が経過的な動きによって形成する、「偶成和音」について軽く触れました。「偶成和音」は、主にメロディー、もしくはバスの順次進行の要求に従って、「経過的」「偶成的(偶然成立する)」な和音の細分化、もしくは、「一時的に変形された和音」です。
「偶成:偶然成立する」という言葉の響きから、「偶然」、つまりなんら法則性や意図のないもの・・・という印象を受けやすいものですが、「偶成和音」とは、和音の各声を「メロディー」としての連続性をもって扱うという、和声法の方法論そのものが作り出すもので、その成立の過程、あるいは根拠が「経過的な性格」を持つものであっても、実際には非常に意図的なもの、計算されたものです。
偶成和音とは、「一つのハーモニック・リズム内での各声の動き」を、あくまで「和音」という形態を基準に見る、「和声法」の習慣の中での「経過的・偶成的」な形であって、「各声の独立した動きが、ハーモニーとその変化を形成する」という「対位法」の視点でみるなら、あくまで必然的なものだからです。
また、偶成和音の「一つのハーモニック・リズム内の各声の動き」は、必ずしも四拍・三拍の単位、「小節線の区切りの内部」に限らず、より拡大された、「一見独立したハーモニック・リズムの範囲」を持つ場合もあります。要は「前後関係」の中で必然的に現れる和音の形態です。
「偶成的・経過的」な意味では、そもそも、先に述べた、「四和音の連続による四度進行」も、ある意味では「偶成和音」ですし、V7という和音も、その成立過程を観察すると、Vの三和音の上の「非和声音としての7度」が、「留まる」形が固定化したもの、習慣化したものとも言えます。下記譜例で見るように、G-G7|Cは、経過音としての7度が、Cの長三度へ解決しています。この場合、Gのソプラノの8度が、7度の予備音であるわけで、7度はあくまで経過音としての非和声音です。「不協和音程の解決」ではなく、三和音に対する「非和声音」の動きとしてみるなら、四和音の解決は、この8度の予備音が「省かれた」形、あるいは7度が「倚音」とされ、さらに、その倚音が同一のハーモニック・リズム内では解決せず、コード進行に伴って解決するという構図になります。
G G7 C G7 C
偶成和音は、主に外声の動きによって生じ、あるいは、これらの外声のどちらかに、「並行音」として連続する事が可能な「内声」を、3度・6度の不完全協和音程を動かす事や、反行を与える事で、主に「一つのハーモニック・リズムの内部」で、「コードの”一部”の変化」による積極性を形作ります。
四声のうちの一つの声部か、「ニ声」が、何らかの順次進行によって、ハーモニック・リズムが担うコードの形から、「変形」をさせるわけです。なので、偶成和音の「内部で動く声」は、内声、あるいは内声のニ声に充てる事も可能です。
さらに、偶成和音は、必ずしも「三度堆積の繰り返し」を根拠としない四和音、五和音を形成します。古典和声は「三和音主体の和声」ですが、特にバロック期の器楽曲に、この「偶成和音」によって成立する「四和音・五和音」が好んで用いられます。
前述の通り、機能和音としての四和音・五和音は、古典和声法では、主に四度進行の連続に用いられるわけですが、「偶成和音によって成立する四和音・五和音」は、必ずしも四度進行を根拠としません。しかし、やはり「四度進行の前後関係」を持つ、四度進行絡みの文脈で用いられます。
1.繋留和音による四和音と四度進行以外の四和音の和声
前述の、バッハの平均律クラヴィーア一番の前奏曲のコード進行を、ギター向けに抽出したものに、もう一度注目してみましょう。先は最初の8小節のみでしたが、以下譜例は、1〜16小節です。1〜7小節は原曲どおりの和音の配置なのですが、8小節目から先は、ギターでは同時的な和音としては配置が困難な内容であるため、ギターに可能な五声体とし、また極力禁則を避けて配置しました。少々やっかいな運指も要求する内容ですが、響きを確かめて下さい。
C Dm7/C G7/B C Am D7/C G7/B CM7 CM7/B
Am7 D7/A G A7.b9/G Dm7/F G7.b9/F C/E FM7
二小節目に四和音としてのDm7、6小節目には二次的V7としてのD7があらわれ、さらに、8小節目から、CM7|Am7|D7 の四和音の連続、12小節目からはA7.b9/G つまり、A7のディミニッシュ代理や、G7.b9/Fのディミニッシュ代理を含んだ連続四度進行となっています。コード進行だけなら、「ジャズの楽曲」と言われても、それほど違和感がないほどに、非常に大胆な、また、密度の濃い四和音の連続です。四度進行の各声は、前述の和声の典型的な動き、7度から3度への順次下降進行と、後続する和音が8度を持つ場合、先行する四和音の3度からの順次上昇進行となっている事を確認してください。
注目すべきは、1小節目のCからDm7への2度進行の四和音の連続と、9小節目のCM7からAm7への6度進行の四和音の連続です。特にTM7|VIm7には四度進行としての連続性はありません。
C|Dm7/C のDm7は、IV6の付加和音の転回と考えれば、T|IV6/I の四度進行であるわけで、さらに、このIIm7はV7へ四度進行しており、IVの代理のIIm7による典型的なII−Vととることも出来ます。つまり四度進行の変形による二度進行ということです。また、IV6/I|V7 の進行は二度進行であるわけですが、このコードの進行感、あるいは各声の動きは、やはり IIm7|V7の四和音の四度進行です。つまり、Dm7/C は、四度進行としての進行感を前後両方に持っています。また、この場合の1小節目のCは三和音であり、明らかなトニックです。
C Dm7/C G7/B
このDm7のバスの7度は、Cのバスとして「予備」されています。また上ニ声は3度の並行、アルトとテナーは、Cの3度5度の3度音程から、反行して、Dm7のルート・5度へ至っています。メゾ・ソプラノとアルトのニ声に注目すると、完全四度の並行をしています。完全4度は完全5度の転回であり、完全音程の並行である事には変わりありませんが、禁則としての5度の並行にはあたりません。特に四和音・五声体では、和音の構成音が増える関係上、こういった内声の四度の並行は必然的に起こります。
9小節目のCM7|Am7の進行は、もちろん、ジャズ・ポピュラーでは多用される、TM7−VIm7の進行ですが、上記譜例の原曲の和声は以下のように、G7/B|CM7/B|Am7 です。
G7/B CM7/B Am7 D7 GM A7.b9/G Dm7/F G7.b9/F C/E FM7/E
CM7|Am7 は、三和音としては T|VI もしくは、このVIが四度進行する場合に、T|VIm7|IIm と、四和音にされる場合もありますが、トニックが四和音とされる場合は、「四度進行の一部」、あるいは「四度進行の変形」であることが原則です。当然の事ながらTM7|VIm7は6度進行です。このCM7は、機能和音としてのトニックに「さらに三度堆積された四和音」というより、V7/VII|T/VII|VIm7 という文脈、前後関係のなかで現れる「経過的な性格」の偶成和音であると言えます。
このCM7/Bのバスは、G7/Bのバスから引き継がれ、つまりG7/Bのバスとして「予備」され、Cの下で、三和音にとっての非和声音である7度として「繋留(ぶら下げられた)」された状態です。こういった偶成和音を、「繋留和音」と呼びます。繋留音は先行する和音の和声音が、タイで結ばれるのが原則ですが、こうして同度、同音進行で連打される場合の非和声音も繋留音です。詳しく後述しますが、M7の長7度は、ルート・8度と、半音、短9度の激しい不協和音程を生むため、7度としてのバスの配置は多用されません。こういった「不協和の強さ」からも、このCM7/Bは「経過的」な性格のものです。
つまり、必ずしも「四和音」という独立した単位を意識したものというより、C/Bの分数和音的な形とも言えるでしょう。C/BからAm7の基本形8度重複への連結は、ルートのB音−A音のみの進行です。逆に言えば、こういった「経過的な性格・偶成的な性格」が、三度堆積によらない、「四和音」の成立のもう一つの根拠であるということです。
四和音による四度進行の連続と同じように、調的に捉えるなら、G7/B‖CM7/B|Am7|D7|G の進行は、Gへの二次的II−Vへの進行であり、ここでのCM7は、CMajのトニックの四和音の形ですが、「一時的な」、あるいは「GMaj」を「仮のトニックと見立てた」、GMajのサブ・ドミナントとしての性格を”併せ持ちます”。ここでのAm7は、II-Vとして捉えるなら、GMの明らかなサブ・ドミナントですが、CM7は、やはりトニックとしてのIonianをコード・スケールとし、同機能「でもある」Am7へ滑らかに進行します。理論編A:に述べたとおり、このAm7はGのドミナントとしてのD7に先行するサブドミナントの四和音として、Dorianとする、あるいはDorianとされることが「可能である」、さらにその方法を「前方に延長」して、CM7もLydianとして扱うことが「可能である」というのが「アヴェイラブル・ノート・スケール」の発想、あるいは二次的II−Vのコード・スケールの変動する性格です。
さらに、これらの声の動きは、調的に考えるならば、「借用」であり、「一時的・部分的転調」であるわけですが、「半音的・導音的な進行」を根拠とし、その「半音変化」を内容とします。これが「一時的・部分的転調」における「声部の動き」と、「コード・スケールの内容」を規定する根拠となります。前述の通り「一時的・部分的転調の和音のコード・スケールは、その調のダイアトニックからの最小限の変化音」によって確定されるわけですが、この「最小限の変化音」とは、#は半音上昇進行し、bは半音下降進行する、和声的な「半音進行の志向性を持った変化音」そのものです。記号的・文法的に思考される「和音の進行」という概念と並行して、「旋律や和声の各声の半音的な変化と志向性」が、「一時的・部分的転調」を「促してきた」ともいえるわけです。
古典和声が「四和音の使用を四度進行の連続」を原則とするということは、つまり、「明らかなトニック」、楽曲、楽節の冒頭・末尾に現れるトニック・コードは四和音とはされないということです。逆に言えば、古典和声での四和音は、サブ・ドミナント、ドミナントいずれかの性格を持つ場合に限定されると言ってよいでしょう。だからこそ、印象派の時代に、「明らかなトニック」や、「四度進行しないサブ・ドミナント」が「四和音として扱われる」ことが、「新しい響き」であったということです。
いずれにせよ、四度進行の四和音の使用は、バロック期から用いられ、また、例外的な6度進行等も、上記のように、四度進行への「連絡・連結」的に用いられる、あるいは結果的に「生じる」偶成和音として定着していました。もちろん、この「結果的」な動きは意識的に用いられているわけですが、あくまで「各声の順次進行主体の連結」という文脈の中にあります。つまり、印象派の「楽曲・楽節の最初・最後」としてのトニックの四和音の使用法、また、ジャズ・ポピュラーの「型」としての四和音とは質的に異なります。
G7/B CM7/B Am7 D7 GM A7.b9/G Dm7/F G7.b9/F C/E FM7/E
もう一度、譜例の9小節目から先に注目してください。A7.b9/Gの、A7のディミニッシュ代理も、b9thの変化した五和音のテンションは、後続する和音の完全5度への半音進行として用いられ、A7の長三度は8度へ順次上昇の原則的な進行をしています。これはG7のディミニッシュ代理からC/Eへの進行でも全く同様です。ここでも注目すべきは、A7,G7の各b9thのテンション(あるいは減2度の変化音)が、前後のコードとの関係で、順次進行の連続を形成する、声部の動きです。これらのb9thのテンションは、バス配置された7度と共に、後続する和音の3度バス・5度テナーの3度音程への並行です。#の変化音は後続する和音の8度への上昇の導音として、bの変化音は後続する和音の五度への下降の導音として、それぞれ変化音の志向性に従っています。これは、「二次的V7の代理和音としてのディミニッシュ7th」の典型的な声部の動きです。
つまり、「機能和音としての二次的V7」であり、かつ「ディミニッシュ代理」であるこれらの和音も、バロック期に偶成的、経過的性格を根拠として成立し、かつ活用されてきた和音であるということ、「和声」の文脈の中で生まれ、定着してきたものであるということです。
バロック期の、こういった二次的V7等の機能和音によって細分化された、あるいは経過的・装飾的なメロディーに、「各声の独立性と連続性」を考慮した上で、機能和音としての位置づけを逐一(ちくいち:いちいち)与えられる構造は、古典期には、あくまで結果的に成立した「型・パターン」として受け継がれます。
古典派の一時期、「伴奏と旋律」の二元化と、より明快な和音の型としての連結というスタイルの中では、バロックの対位法的、かつ機能和声的細分化は、ある意味で「忘れ去られた」かのようになり、必ずしも多用されません。逆に言えば、あくまで三和音主体の、単純化されたハーモニック・リズムによって、古典期に特有な、明快で清潔な響きが定着したのだとも言えます。
バロック期であっても、細分化された四和音の連結は、「コラール・合唱形式の和声」では、「歌のメロディー」に対する対位法の形式ではほとんど用いられず、ポピュラーで言うところの「ターン・アラウンド」や「フィル・イン」的な箇所で用いられるのみです。
これらのコードのフォームの前後関係による偶成的な要素は、特にバロック期の「対位法」としての和声、つまり「四声の対位法」あるいは五声以上の対位法の発想、習慣によるものです。前述の通り、調性の和声、機能和声としての単位はこの時代には既に成立していたわけですが、各声の独立性と連続性が重視され、「和音と旋律」という二元化がなされる以前の「調性対位法」の習慣では、「和声」は「複数の声部の動き」の「結果」生ずるものであって、響き、動きの面で、「和声法が完成される発展過程・根拠」として、古典期より「複雑」で、「ロジカル」な形を帯びているとも言えるでしょう。
しかし、こういったバロック期の「各声が必然性を持ち、独立した旋律としての動きを持つ構造」は、その後の時代にも、各時代の「和声・和声観」を軸にして、常に意図的に「復興」されたものでもあります。形式としての「カノン・フーガ」に留まらず、そのエッセンスを各時代・各個人の解釈によって用いたわけです。
上記のような楽曲の場合、「五声体の和声」の、ある種単純な分散和音によって形成されている楽曲ですから、「和声」そのものの、密度の濃さ、四和音の緊張感、声部の非常に緻密な連結が表現の中心です。あるいは、それがこの楽曲の響きの狙い、魅力でしょう。
こういった和声は、「ジャズ・ポピュラーの四和音の和声」とも、古典期の合唱形式の和声とも、また異なった性格を持ちます。「和声としての完成度を誇る分散和音のみで独奏の器楽曲の全体を組み上げる」といった性格を持つものだからです。しかし、「四和音の伴奏の和声」でも、各声の連結に配慮し、特にコード進行に伴ったテンションの解決を厳密に処理するなら、「和音の連結」のみによる「楽曲」としての充分な響きを与える事が可能となります。
特に上記の「四度進行の変形としての2度進行」と、「TM7−VIm7」の、「6度進行」共に、「四度進行を準備し、連続する四度進行へ接続する」進行です。前述の通り、調性のコード進行は四度進行を中心として、その他の進行はこれを準備し、接続します。これらの進行は、特にジャズ・ポピュラーでも四和音の連続として多用されますから、こういった各声の整った動きを、「ジャズ・ポピュラーの四和音の和声」での「四度進行以外の四和音の連結」の「原則」とする事が可能です。また、こうした古典和声法的な原則に、必ずしも厳密に応える事が出来なくても、やはり「ヴォイス・リーディング」として、各声の動きを整える際の「基準」ともなります。
前述の通り、これらのディミニッシュ代理の「変化音=♯ b」は、それぞれ、「半音変化した方向への順次進行」を志向しています。非常に基本的なことですが、一つの調の内部に現れる変化音は、こういった「導音的な志向性」を根拠とします。
2.借用和音・変化和音とそれを根拠とする四和音
古典和声・学習和声法では、借用和音・変化和音に、特にSDm代理に、一つづつ「名称」を与えて、その文脈と進行の内容を整理します。古典期でのbIIMのSDm代理は、ほとんどの場合bIIM/IVの転回形で用いられ、「ナポリの6」と呼ばれます。この「ナポリの6」の「6」とは、数字つき低音の項に述べた、転回形を現す記号です。イタリアの「ナポリ楽派」、バロック期からの特に声楽が盛んだったナポリ地方の音楽習慣・楽派が多用した音使いとして、この地方の名前が与えられているものです。ナポリの6は、四和音としてのbIIM7、あるいはV7の裏代理のbII7ではなく、三和音の形態でSDmとして用いられます。トライアドとしてのbIIMは、SDm代理のbIIM7、bII7と共通するわけですが、この和音が短調に特徴的なbVI音、サブドミナントの必要条件であるbVI音とIV音を同居させ、さらに基本形のV7を後続させることから、この機能はbII7の裏代理ではなくSDm代理ということになります。
また、この「半音下降によるトニックへの解決」は、初期音楽のPhrigia旋法の三度堆積、bIIM7(Lydian)−Im(Phrigia)、ダイアトニックでの IVM−IIIm の旋法の和音の終止を起源と捉え、「フリギア終止」とも呼ばれます。しかし、「二次的V7の解決」と同じく、このbIIMの短調のトニックへの解決は、やはり解決先のコード・スケール、トニックからの基準がPhrigiaになるわけではなく、一時的転調としてのLydianをコード・スケールとするのはbIIMの部分のみです。つまり、この進行は、短調でのSDm代理として、「機能」としての位置づけが定着しているものです。調性外音を含む和音・機能和音を規定する音階を、「旋法」として捉えるという思考は、いわゆる「モーダル・インターチェンジ」そのものでもあるわけですが、結局の所、「和音を形成する音階の定義」として、「理論」としての理解・方便であり、調性での bIIM−Tm、bIIM-T の終止に、特に「Phrigia旋法」の響きがあるというわけではありません。強いて言えば、こういった「調性外」の進行を、二次的な機能和音として「取り込んだ」のが、バロック期以降の「調性」、「確立された調性」です。
SDmは長調で用いられる場合は借用和音・準固有和音ですが、短調では固有和音です。つまり下記譜例は、トニックを同主短調としても可能です。しかし短調でのbIIはやはりダイアトニック外の音であり、主にトニック音への半音下降の導音としての志向性を持ちます。当然の事ながら、短調でのbIIMは「準固有和音としてのSDmの代理和音」です。また、古典和声での「bIIM」の解釈は、「短調のIImb5のルートの半音下げ」です。
@ Db Db/F A C Db/F C B F Db/F G G7 C C Db/F C/G G7 C
上記譜例が「ナポリの6」のギターで可能な四声体の基本です。ナポリの6は機能的にはサブ・ドミナント・マイナーですから、サブ・ドミナント・マイナー終止として用いられるか、もしくはドミナントを後続させます。長調でこの和音が導き出される際には、サブ・ドミナントからの連続である事が多いものです。F6の3度・6度を半音下げる事でDb/Fとなるからです。
上記譜例@ ルートがバスに配置されたDbの状態から、長三度を重複させてバス配置します。この和音の形をFをルートとした和音としてみるなら、Fのトライアドにb6が付加された、あるいはF7b13の7度が省かれた和音であるかのようですが、当然の事ながら三和音の転回形です。
譜例Aは、このDb/Fがトニックから進行し、トニックに回帰(終止)する例です。Db/FからCへの解決には、上三声に特徴的な半音の並行(3度の並行、6度の並行、完全四度の並行)が現れています。--こういった並行性は、後述する偶成和音「補助和音」としての性格も併せ持ちます。--
このDb/Fが基本形、もしくはルートのDb音をバスに配置すると、トニックの5度型への解決はルートと完全5度の並行が起きますから、それを避けるために転回形とされるわけです。しかし、四度の並行は五度の並行の転回ですし、上三声の並行は「各声の独立性」の弱い進行感を持ちます。ごく原則的な機能和音の連結にはあまり用いられない声部の形です。つまり、ナポリの6も「経過的な性格」の和音であると同時に、「声の動き」としての前後関係によって特徴付けられるものです。これは、先のバロック期の四和音と同じく、また、後述する「増6の和音」等の変化和音・借用和音にも一貫した事柄です。つまり、本来「経過的・偶然的」であったものも、「パターンとして多用されるようになる」ならば、これは「新たな素材」として慣用化・組織化されます。古典和声での「名前のついた和音」(ナポリの6や、後述するドイツ、イタリア、フランスの6・・・)とは、つまり、そういった事情を持つわけです。
譜例Bは、長調でのサブ・ドミナント・マイナーの前後関係の常套句的進行です。長調でのサブ・ドミナント・マイナーは「借用」として、「別の調の和音」ですから、これを用いる際に、特に前後関係に滑らかな進行が求められます。そこで、SD→SDmの進行によって、SDmが準備されるという形態も多用されます。
--譜例Bの先行するDb/FのDb音は、半音下降せず、かつ後続するGには「ナチュラルなD音」が現れます。こういった「変化音や導音が半音の志向性を守らない」こと、かつ、「変化音のナチュラルの音が後続する和音の別の声部に現れる」事を「対斜(たいしゃ)」と呼び、これも古典和声での「禁則」の一つです。先に述べたとおり、変化音とは♭・♯それぞれが変化された方向への志向性を持つわけで、対斜とはその志向性が無視されている状態であるわけですが、ほとんどの古典和声の学派では、例外的に、この「ナポリの6がVに進行する際の対斜」は「禁則」としません。これは、ナポリの6に後続するV7は、むしろ「ナポリの6→Tの終止に、V7が挿入された形態」であるということ、また、ナポリの6のbII音の半音下降の志向性が、V7をはさんだ終止である場合には、V7の「T音を構成音に含まない」という必要条件と決定的に矛盾するためです。当然、この場合のナポリの6からV7への進行にも、明らかな完全音程の並行等は避けられますが、上記の理由で、この対斜は特に問題とされません。しかし、この対斜を避ける場合、またbIIの半音下降進行を実現させる場合には、譜例Cのように、T/VをV7に前置させます。
また、このbII音が、「同一の声部」で、下方への志向性を守らず、ナチュラルII音へ進む進行も、このナポリの6からV7への進行においては、実際の楽曲、特に声部の少ない器楽曲の、副次的・二次的な旋律(対旋律: 受身になった、主に低音側の旋律。)には、バロック期から豊富に実例が認められます。 --ギター曲の場合、バッハのリュート組曲やヴァイオリン・ソナタ、パルティータの編曲等を参考にしてください。短調の楽曲・進行の主にバスの動きに容易に発見できる音使いです。多くの場合、楽曲の緊張感が高まり、細かい進行が連続する、ラストスパート的な場面、もしくは転調に向かう、込み入った進行、忙しい進行で用いられます。-- この場合は、同一の声部での進行なので、当然「対斜」にはなりませんが、変化音のその志向性による半音進行の原則を無視した、例外的な、ユニークな進行です。また、前後の半音進行にはさまれる低音部、 I音-bII音-II音(Tm-bII-V7/II)等の進行においても、このbIIが他の和性音(他の旋律)と合わせてナポリの6が形成される場合、原則的に、これを#I音とは記譜しません。先の「ナポリの6の対斜」が許容される理由に加え、この場合の旋律的なbII音は一時的な借用音であり、かつTからVをつなぐ中間的なサブドミナントの変化和音の性格として、「変化・変位からの復帰」が許容される、あるいは、そう解釈することが合理的であると考えてよいでしょう。
前述の通り、「禁則」は「実作には堂々と用いられる」ものでもあります。「対斜」そのものは、必ずしも古典的な和声には頻出する声の動きではありませんが、特に一時的転調を伴う進行、印象派以降の器楽曲には現れる動きです。また、ジャズ・ポピュラーの和声においては、特にテンションを多用する場合、容易に現れる響きでもあります。--
前述の通り、「禁則」は「実作には堂々と用いられる」ものでもあります。「対斜」そのものは、必ずしも古典的な和声には頻出する声の動きではありませんが、特に一時的転調を伴う進行、印象派以降の器楽曲には現れる動きです。また、ジャズ・ポピュラーの和声においては、特にテンションを多用する場合、容易に現れる響きでもあります。--
譜例Cは、ナポリの6が、C/Gつまりトニックの第二転回形へ接続する例です。この場合、フラットされたII音はその志向性に従い、T音へ半音進行します。ちなみに、トニックの第二転回は、ほとんどの場合バスのドミナント音を引き継いで、T/V →V の進行となり、古典和声ではむしろ「ドミナント」としての機能と理解されます。構造的には、あくまで前後関係の中で「トニックが後続するドミナントのルートを準備している状態」であり、古典和声ではその属性をドミナント寄りに捉えるわけです。いずれにせよ、特に古典的な音楽では、ナポリの6は、トニックの第二転回へ進行する事が多い和音です。
・増6の和音
ナポリの6に限らず、古典期以降から特に多用されるようになったSDm代理和音、つまり「借用和音」、あるいは「準固有和音」を、学習和声法では、「名前のついた和音」として扱います。例えとして妥当ではないかもしれませんが、ロック・ギターに関する日本での俗語、「ジミヘン・コード」(トニックのドミナント7thの3度型に#9thのオルタード・テンションが載った和音: 要はブルースのトニックとしてのT7.#9の5弦ルート3度9度型)や「パワー・コード:ルートと完全5度・8度による省略和音」等々の「呼び名」「通称・俗称」のようなものです。
bVI7のSDm代理、もしくは短調の「IVm/bIVの8度の半音上げ」を、bVIと#IVの増6度音程から、「増6の和音」と呼び、その転回や配置・重複音・付加音の違いを、「ドイツの6」「イタリアの6」「フランスの6」と、それぞれの古典の地方の楽派によって好まれた音使いとして地名・国名を冠して分類されます。短調でも長調の借用和音としても用いられます。この場合の「6」も、第一転回形(3度バス配置)を表すものです。
「IVm/bIVの8度の半音上げ」とは何やら「ややこしい」表現ですが、要は下記譜例@ Fmを3度バス配置し、トップの8度を半音上げた状態です。これをポピュラー音楽理論的に捉えるなら、Ab C F#の構成音は異名同音として Ab C Gbとなり、bVI7のサブ・ドミナント代理となります。しかし、前述の「変化音の志向性」、「♯は半音上昇、フラットは半音下降」という傾向を根拠として、この長調での#IV音、短調でのVI音の動きから「サブ・ドミナント音の8度の半音上げ」と表現されるわけです。つまり、下記譜例のように、この「サブ・ドミナント音の半音上げ」は「ドミナントのルート・8度」への上昇進行を必然とします。F#音の進行に注目してください。--記譜の上でも、bVI7がV7へ進行する場合は、このbVI7の短7度は増六度とする事が普通です。--また、半音上げられたルート、もしくは8度は、短9度の音程を作りますから、そもそも四和音として四声体を満たしていていますが、五声体以上の場合でも、ナチュラルのサブドミナント音とは同居しません。このことからも、「増6の和音」のルートは、サブ・ドミナント音ではなく、bVI音であると言えます。
@Fm Ab7 A Ab7 G BAb7 G G7 C CAb7#11 G G7 C
ナポリの6と同じく、「増6の和音」も機能的にはサブ・ドミナント・マイナー代理ですが、この和音はサブドミナント・マイナー終止として用いられる事はほとんどなく、大抵の場合ドミナントを後続させます。そういう意味では、ドミナントへの二次的ドミナントとしての性格が強い和音です。「サブ・ドミナント音の半音上げ」が持つ、ドミナント音のルート・8度への進行の志向性を根拠とする和音だからです。この「長調でのサブ・ドミナント音の半音上げ」からの上昇進行は、II7の二次的ドミナントとしての「先行する和音の長3度から四度進行する和音のルート8度への進行」と同じ動きをするわけで、その意味では二次的ドミナントの性格を持ちますが、サブ・ドミナント・マイナーを特徴付けるbVI音、T音の同居からも、また完全5度のbIII音を加えて四和音として明確にbVI7を形成する事からも、さらには「ドミナント進行(四度進行)による解決」をしない事からも、その属性はサブ・ドミナント・マイナーとなります。つまり「四度進行を根拠としない四和音」のひとつです。
--しかし、このAbの構成音は、「D7b5b9のルート省略」でもありますし、V7の二次的V7であるII7に、短調のサブ・ドミナントの必要条件としてのbVI音が与えられた、「V7への二次的V7とSDmの中間的な機能和音」という性格も否定できません。前述の通り、「半音上げられたサブ・ドミナント音」はドミナント音への上昇の志向性、導音としての解決をしているからです。そう考えれば、この四和音も「四度進行がらみの四和音」と解釈できなくもないでしょう。
また、「一つの機能和音が、#とbの組み合わせを持つ構造」は、前述の五和音の短9度としてのディミニッシュ代理と共通します。声部の動きとしても、四度進行する二次的V7b9の場合、#のついた三度(もしくはダイアトニックの長三度)は、後続する和音の8度へ、bのついた短9度は、後続する和音の5度へ、それぞれ順次進行の反行を必然とする構成音です。増6の和音の場合、これらに加えて、「下方に半音変化されたルート」が、やはりその志向性に従って半音下降進行します。この特徴的なルートを省略すれば、D7b9としてのディミニッシュ代理となるわけですが、逆にこの「bVI」音がルートとして配置され、かつ「四和音」としての明らかな構成を持つことから、固有のパターンとしての意味を持ちます。--
上記譜例AはAb7の三声、完全5度の省略形となっていますが、ルートが同度で重複された四声体と考えてください。バス・テナーが同度を歌っている状態です。この「増6の和音のbVI音の重複、もしくはbVI音のバス配置」、「bVI7の完全5度省略形」を「イタリアの6」と呼びます。
上記譜例Bのように、bVI7の完全5度を省略せず、四和音の四声体とする場合が「ドイツの6」です。前述の通り、和音の形態としては「ドミナント7th」ですが、機能としてはサブ・ドミナント・マイナーの四和音として、V7、二次的V7に次いで、歴史的に早い時期から用いられた四和音の機能和音です。また、このbVI7 V7の外声には明らかな並行五度が現れていますが、これも「ナポリの6の対斜」と同じく、「禁則から除外される進行(禁則とされない進行)」です。--学習和声の「学派」にもよりますが、この「除外された禁則」を外声に充てると「目立つ」事から、内声に用いる傾向が強いものですが、譜例ではあえて外声に用いています。外声に用いても、「汚い」「独立性が阻害されている」という響きではないでしょう。(そもそも完全5度の並行が”汚い”響きではありませんが・・・)--
譜例Cは、bVI7に#11thのオルタード・テンションが加えられた形です。本来の調はCMajであり、D音はその構成音のII音ですから、後続するV7の完全5度を準備し、滑らかに同音進行するテンションとして特徴的な動きです。この#11thは古典和声ではオルタード・テンションとしての#11thというより、「増五度」として捉えられ、この形を「フランスの6」と呼びます。基礎編で述べた通り、裏代理の#11thのソプラノ配置はジャズ・ポピュラーでも多用されるフォームです。裏代理にとっての#11thは、元の機能和音の8度です。II7の裏代理のbVI7.#11thという事になります。しかし、もちろん古典和声では、このbVI7は「裏代理」という概念によるものではありません。
--譜例Cの場合、ドイツの6で現れた外声の並行5度は帳消しになっているわけで、フランスの6が形成される際に、いくらかの「完全音程の並行を避けるため」の配慮・意味合いはあったかもしれません。いずれにせよ、ドイツの6で「除外された禁則」は、ジャズ・ポピュラーでの四和音の連結の際の完全音程の並行とかなり質の近いもの、つまり、ジャズ・ポピュラーでは頻繁に現れる進行です。しかし、この時代の変化和音・借用和音の四和音では、やはり「7度の並行」は避けられています。--
これらのSDm代理は、ジャズ・ポピュラーでは、ほとんど「型」として用いられるものですし、転回や配置・重複音の形態によって分類する事に特に意味はありません。なので、単にトニック・ナンバリング・システムとして表記します。しかし、これらの古典和声に起源を持つ変化和音・借用和音が、その進行の形態において、特に「変化音の志向性」に従うことが、最も原則的なヴォイシングとなることには変わりありません。当然、これらの変化和音・借用和音の構成音による「メロディー」においても同様です。
学習和声・古典和声学では、ジャズ・ポピュラーでは当然のように、あるいは「記号的連結」として用いられる「四和音」が、その「成立の根拠」としての各声の動きを配慮した形で理解されるわけです。「IVm/bVIの8度の半音上げ」という「ややこしい」表現を用いるのも、古典和声が、現代以降の和声観、「全ての機能和音が四和音として可能である」「どの機能和音も3度堆積を繰り返せば、単純に四和音となる」という概念を持っていなかったため、その「根拠・構造」を、また習慣的に多用された声部の動きの傾向を重視して「まわりくどい」表現になっているともいえます。また事実、古典和声での四和音の機能和音は、ドミナント、二次的ドミナント、サブ・ドミナント・マイナーの代理和音にほぼ限定されています。しかし、前述の通り、bIIにしてもbVI7にしても「半音変化音の志向性」は、これをジャズ・ポピュラーの文脈に用いる際に、自然で滑らかな進行感の基準となります。
・ドリアのIV
SDm代理が短調でのサブ・ドミナント、同主短調での短調のサブ・ドミナントの「借用」であるのに対して、「短調でIVMの三和音、もしくはIV7」の和音が使用される場合、一般的に「ドリアのIV」「ドリアのS」と呼ばれます。古典和声での二次的ドミナントを除いた借用和音、変化和音の代表的なものが、「増6の和音」「ナポリの6」と「ドリアのIV」であり、これらの和音はサブ・ドミナント、サブ・ドミナント・マイナーとしての機能和音の中で、特に使用頻度の高いもの、声部の動きが習慣的に確定していたものです。
短調でのIVが「ドリアのIV」と呼ばれるのは、短調のトニックからのダイアトニックをDorianとした場合、IVからの三和音がメジャーのトライアドを、四和音がドミナント7thを形成するためです。IV7はポピュラー音楽の理論では二次的V7として扱われますが、古典の時代から、このIV7が四度進行せずに、V7を準備するサブ・ドミナントとして用いられる事が多く、この場合、変化されたIV7の長三度(ナチュラルのVI音)はV7の長三度へ上昇し、7度(トニックからの短三度)は、V7の完全五度へ下降します。ポピュラー音楽でも「四度進行しないIV7」にはこういった古典期からの変化和音との連続性が認められますが、「ブルースに用いられるIV7」は「ブルー・ノートを構成音とする和音」、「部分的に調的な旋法としてのブルースの機能和音」であって、その構造に古典和声、古典的機能和声理論との連続性はありません。
こういった「一時的な調的な根拠」によらない変化音、あるいは、「半音進行しない」変化音が現れるのも、ジャズ・ポピュラーの特徴でもあるわけですが、その代表例が「ブルー・ノート」です。この音使いについては本論で詳しく述べます。
また、古典和声の文脈の中では、たとえトニックの三和音の構成音であっても、「転回の形」によっては、必ずしも「トニックの機能」とはみなされません。前述の通り、T/Vの配置は、V7へ連結する場合は、ドミナントを準備する和音、あるいは「ドミナント和音」として機能します。つまり、前述の四和音の連結に於ける「トニックでありながらサブドミナント、ドミナント”的”」な機能と同じく、前後関係が要求する和音の各声、特にバスの配置によって機能の変動が起こります。こういった発想・解釈は、近代和声からは学派によって、ある程度の差異・違いを持つものです。
先に述べたとおり、「機能」というある種の「記号・名称」で指し示される・あらわされるものと、「和音の構成音・配置の形・響き」「そのもの」とは、「別のもの」です。「ナポリの6」や「ドイツ・イタリア・フランスの6」といった名称も、同様の性格を持ちます。あくまで「ごく原則的な調性の和声の中で、比較的使用頻度の高い変化和音のパターン」に対して、それを整理する「方便」としての名称が与えられているに過ぎません。なので、本書ではこれらの古典和声では基本的な変化和音の名称や声部の原則に関していちいち取り上げません。本論で述べる「コード進行のパターン」は、古典期の和声の発想を超えて、「調的に妥当である限り、ほぼ考えられる全てのパターン」が用いられる「ポピュラーのコード進行」の組み合わせです。
3.その他の偶成和音
偶成和音は、非和声音の形全てに対応するものです。主に「補助音」を内部に持つ「補助和音」、「経過音」を内部に持つ「経過和音」、また、前述の「繋留音」による和音である「繋留和音」=サスペンション・コード、倚和音(いわおん)が用いられます。
補助和音 繋留和音
C F(69) C
@ G C G A C9sus4 B C G7sus4 C CDm7/C C9sus4 C
上記譜例@ABは補助和音、Cは繋留音が「ニ声」の単位に拡大された繋留和音です。繋留和音の予備(タイで結ばれた、あるいは同音進行で引き継がれる、先行する和音の構成音)がなければ「倚和音」です。経過和音、補助和音も、1拍目を省き、2拍目の非和声音から始まる形は倚和音となりますから、響きを確かめて下さい。
@Aの補助和音は、それぞれトップ・ノートの補助音としての2度進行に、内声を「並行が許される進行」である「3度」「6度」を共に動かす事で、@の場合、ソプラノとテナーの6度並行、Aの場合、上ニ声の3度並行によって偶成和音が生じています。
@の場合はG−C−Gの進行であり、バスとアルトが同度に保たれ、補助和音としてのCが生じていますが、AのC9sus4は、和音のフォーム、タイプとしては単独ではほとんど用いられる事のない、「偶成的」な性格の強い和音です。単に非和声音(アヴォイド)であるF音に、「3度の並行音による重音」を加えた形と言えます。しかし、こういった「単独ではコードとしてのフォームを形成しない」和音が、「元の和音に回帰する」ことを条件に、特に3度の並行音、6度の並行音は、どの声部のニ声の組み合わせであれ可能です。
こういった構造が、基礎編:10 リズム・コードのタイプとコード/メロディーの実践 で述べた、「6度の並行音による重音」を可能とさせるわけです。
--また古典期の、特に管弦楽の形式では、「主旋律に対する、6度か3度を中心とした並行的な旋律」が、「伴奏の和声」から独立した形で与えられる事が多いものです。これはポピュラー音楽でも、特に「サビのコーラス」に用いられるハーモニーの手法です。
対位法の様式でも、「不完全協和音程の並行」は、唯一積極的に用いられた「並行音」でしたが、古典期のように「主旋律に寄りそう、並走する」という形では用いられていませんでした。さらに、古典期の後期以降、この「主旋律に対する並行的な旋律」は、ある意味先祖がえり的に複雑化し、より対位法的な動きを獲得して行きます。--
Bの補助和音は、外声を並行させています。補助和音は構成音でいえばG7Sus4ですが、やはりこの場合も、「コード進行」というより、偶成的、結果的な和音の形です。もちろん、和声的には「コード進行」としてのV7Sus4からの解決としても有効です。
先に「経過的な和音」という言葉を用いましたが、「経過和音」と混同しないようにしてください。以下が経過和音です。前述の「補助和音」を、配置変化、転回への「経過音」とした例です。
@ G C G7 A C C9sus4 C B C G7.sus4 C/E
上記譜例@は、1拍目のGへ回帰するなら補助和音なわけですが、6度の並行を延長させて、7度・5度の6度音程に至らせることでG−G7のコード進行・コード変化としています。Aは、上ニ声の3度並行によって、Bはソプラノ・テナーの6度並行によって配置変化、転回のフォームに至っています。
以上、偶成和音は、コード/メロディーにも、わりと容易に、あるいは「必然的」に現れる、「経過的なフォーム」です。また、ジャズ・ポピュラーでは、これらの「和音の連結の細分化」が、「リハモニゼーション(再コード付け:コード変更)」として、独立したコード・フォーム、コード進行としての単位によってなされます。あるいは、「リハモニゼーション」の和声的な根拠は、一つには、バロック期の偶成和音や、対位法的な発想による、コード進行の細分化にあるとも言えるでしょう。
・現代の調性感・調性観
前述の通り、西洋の歴史が形成した「調性・和声」というシステムは、「不協和音程の解決」「完全音程の動きに関する消去法的な原則」とが、「三度堆積による和音」の「連結の規則性」を形成したものです。古典の和声観には、「機能和音」という「和音としての単位」の連結に際しても、「声部の動き・関係の規則」によって、「各声の独立性と連続性」が生じ、「メロディーの束」としての「声」という内部構造が意識されています。
対して、現代の「調性感・調性観」は、「調性音楽によって形成された構造”全体”」あるいは「外見」を、完全に記号となっている「現代のコード表記」、「型・かたまり」としてのコードの連結の組み合わせとして理解する事が可能な、ある意味では非常に「大雑把なシステム」として成立しています。
「機能和音」という概念が発生した時点から、「型・かたまり」としてのコードの組み合わせという和声観・調性観が可能となったわけですが、例えば、フォーク・ギターのコードの伴奏やロック等での五度コードの連結によっても、「調性音楽」が成立するというシステム、なおかつその内容が、非常に高度に細分化された「一時的転調・明らかな転調」をも内包するという構造は、厳密には「現代」に至って初めて可能となったシステムです。
・型としてのコード観と記号としてのコード観
先に示した合唱形式の和声法に従った和音の配置では、特にソプラノとアルトの音程が広く、弦を飛ばした配置になっていますが、五声体の場合以下のように、ソプラノの下、メゾ・ソプラノに声が補充され、五和音が連続する形になります。その場合も、先行する和音の5度が9thの「予備音」です。
G7.9 CM.9
上記のG7.9は7度型の9thですが、CM7の3度型の9thは、5度のトップを置くフォームとして、少々無理があります。
ジャズ・ポピュラーでの和音は、以下の形で、コード・トーンを内声に補充して配置されてもなんら問題はありません。この場合、先行する和音の3度が後続する和音の7度へ同音進行しているかのようですが、後続する和音の長7度はメゾ・ソプラノです。つまり、先行する和音のメゾ・ソプラノの5度は、後続する和音の9度への同音進行ではなく、後続する和音の長7度へと跳躍進行しています。こういった声部の動きは、「予備」にはなりません。しかし、ジャズに限らず、有効な、特にギターでは「習慣的に多用される」コードの連結です。
G7.9 CM7
--上記のような連結が、「ギターでは多用される」というのは、楽器の構造によるところも大きいでしょう。ピアノの場合、先に挙げた五声体の連結では、左手で「ルートと7度」か「ルートと3度」の下ニ声、右手で上三声という「運指の割り当て」が普通なので、上記の連結では、G7では下ニ声を右手、上三声を左手、CM7で、「下三声」が左手、「上ニ声」が右手と、指使いが異なります。しかし、鍵盤楽器でも場合によっては用いられますし、ジャズ・ポピュラーでは、特に「問題がある」ヴォイシングとはみなされないわけです。--
上記のようにフォームが選択されると、5声体同士の連結は若干重く、CM7の下四声が密集配置になりトップとの間に6度の広い音程が開く配置は若干バランスを欠くので、以下譜例@のように、7度型の五声体から7度型の四声体と配置する事も可能ですし、逆に厚みを狙って5度型の6声体から、5度型の5声体と配置をする事も可能です。これらは、ありふれたV7−TM7の連結ですが、実は、これは現代的、同時代的なコードの用い方です。
@ G7.9 CM7 A G7.9 CM7
上記譜例@ 6弦ルート7度型 から 5弦ルート7度型 に配置されたコードには、もはや7度→3度の音程の連続性もありません。CM7の3度が10度として配置されているからです。また、7度型の連続で、7度の並行が生じています。さらにAの場合は、外声は反行しての5度(12度)ですが、5度型から5度型への進行で、バス・テナーの並行5度も生じています。
こういった完全音程の並行、直行と、和音の中に含まれる各不協和音程の自由な動きは、全ての機能和音が四和音・付加和音として四声以上の「器楽の和声」の和音とされた、ジャズ・ポピュラーの和声の習慣では当然のように用いられます。--「古典和声法」にとっては、原則外である、こういった「予備音の無い不協和音程」は、ロマン派後期から、いわゆる「実際の作品」の中にはある程度見受けられるものでもあります。これらが、意図的に「あえて」原則外の響きを狙ったものか、あるいは無意識のものであるかは、楽曲によって議論の分かれるところではありますが、少なくとも、ジャズ・ポピュラーの和声ほど無頓着に多用されない事は確かです。--
これには、いわゆる「カントリー、フォーク・ソング」と「ブルース」、アメリカ民謡全般や、特にギターにとっては、ギターを中心的伴奏楽器として扱う「スペイン民謡」等のコードの扱いの影響も大きいでしょう。また、これらのヨーロッパ、アメリカ大陸の民族音楽は、古典以前から、宮廷音楽や、当時の支配階級の構成員を聴き手とする音楽、または教会音楽等、職業的音楽家が、ある程度「制度的」に、また、相当高度な「教育」がなされた手法を持つ音楽に対して、常に並行して存在した、民族・民俗音楽を起源とします。これらの調性以後の、調的な、調性を持った民族・民俗音楽は、総じて簡略化されたコード観を持ち、古典和声の規則性に対して無頓着なヴォイシングを用います。
--本書は、こういった古典期以前から近代に至る、いわゆる「民族音楽学」的な音楽理論を展開するものではありませんが、いわゆる「西洋の伝統音楽」と並行した、「民俗音楽」としての調性の扱いといったテーマは、「旋法と調性の同居したスタイル」や、「調性によらないコード進行」を扱う、第三巻に詳しく述べる予定です。
「西洋音楽」のいわば「クラシック音楽」(英語ではシリアス・ミュージック等と言われる)とは、必ずしも、「制度的・教育的」にのみ成立してきたものではなく、その時代の「民俗音楽」との交流によって形成されてきたものであると言えます。例えばバロック期からそれ以降の教会音楽も、プロテスタント教会の伝統から、「聖歌」のメロディーに「世俗の歌」つまり民謡や歌謡を取り入れていますし、古典期、例えばモーツァルトも、当時の歌謡曲、流行歌等から、ためらい無く引用をしています。また、当時の西洋に限らず、いわゆる「身分制度」とは、ある程度の文化的な交流や共有、また、身分そのもの流動もあったわけで、民俗音楽の演奏家達も、当時の宮廷音楽や宗教音楽からの影響を強く受けていたといわれます。こういった、厳密には異なる系統の音感の習慣が合流するという現象が、ジャズを生み、あるいはロックを生み育てている土壌でもあると言えるでしょう。--
以下譜例は、いわゆるフォーク・ギター的なロー・ポジションでのコードの連結です。ロック・ギターではさらに単純化された五度フォームの連続とされるわけですが、これは、クラシックの和声法から見れば、完全に禁則を無視したものです。五度フォームの連続に限らず同型の和音の連続を多用する連結は、むしろ、クラシックの和声法が避けた、並行5度、並行8度そのもので出来上がっているヴォイシングであるとも言えます。しかし、これも間違いなくF−G7−Cの進行、Dm7−G7−Cの進行であり、調性は充分に機能していますし、現代人にとって、決して不快、もしくは不可解な響きではありません。また、ここまで極端でないにせよ、古典期から、伴奏、つまり「非主旋律」の和音の響きを担当する、パート・かたまりの和声は、必ずしも「全ての声部の独立性」に縛られません。
F G7 C Dm7 G7 C F G7 C
F G C
つまり、調性が不協和音程の解決を原理として確立して後、それらが和音の単位として「機能和音」として定着し、さらに、和音の「型」から「型」、もしくは響きの性格を伴った「かたまり」から「かたまり」への連結が流通してからは、合唱形式の和声法、古典和声法のセオリーが与える各声の動きの規定は、「独立したコードの響きから、別のコードの響き」、つまり「ルート進行・コード進行」という「パターン」に取って代わったと言えます。
こういった「コード観・和声観」の変化・変遷は、やはり必ずしも「理論」として「書かれた」ものでないにせよ、西洋のバロックからの伝統音楽の内部にも生じていたものです。バロック期に発生した「和音の機能」という概念も、伴奏の和声と旋律の二元化という、古典期の初期に確立した調性の構造も、これに類似した「記号化」「文法化」の構造によるものと考えられるからです。
--「記号」の背後には、必ず何らかの仕組み・システムがあります。また、記号は、独立しては意味を持たないもの、組織(システム)の一部を構成し、組織の文法によって意味を持つものです。文字とはいわば記号ですが、この背後に、言葉・文法といった組織と論理が無くては、意味のあるナニモノかとしては作用しません。
そもそも人間の歴史と、「記号化」とは深く結びついたものです。「文字」の発生に始まり、ある時代まで、限られた文脈と限られた語彙によってしか表現されなかったものや、「仕組み」が、記号化されることで、より広い文脈に対応してゆきます。「数」や「文字」を人類が獲得し、それが「計算」や「散文」に、さらには、「数学・幾何学」や、「文学」へと発展していった過程には、常に「記号」という脇役が存在したわけです。
さらに言えば、新しい「記号」は、やはりその背後にある「仕組み」「文法」を、拡大させてゆきます。洋の東西を問わず、音楽にも、この「記号」と「記号化」は深く関わっています。記譜法と西洋音楽の数のロジックは、この「記号化」に依存するシステムです。
現代に至って、この「コード・ネーム」の記号、記号化が、果たした役割は計り知れないものでしょう。これが、「音感」と結びついている、その内容を抽象化・表現するものであるという面も、非常に興味深いテーマとなるでしょう。
しかし、常に注意しなくてはならない事は、「記号」と「記号が指し示すもの」は、あくまで「別のもの」であると言う事です。これは、「和音の機能」にも通じる事柄です。「トニックとトニック代理」とは「別の和音」ですし、同一の和音の転回形も、ある意味では「同じ和音」ではあるものの、やはり「転回形」として別のものです。明確に「別の響き」を持ちます。音楽の素材、部分としての形や響きと言うものは、厳密には「そこ」に、「その形・文脈」でしか存在しないものです。
なので、常に「実体」としての音楽、全体的・結果的な響きに対して接している事、ナンバリングによるコード進行のパターン等の「記号的な連結」に対しても、「実際の響き」を確かめる事、つかむ事は絶対に必要です。
記号化も組織化も、結局の所は、この「実体としての音楽」をつかみ、形にするためにあるものだからです。--
特に、現代のポピュラー音楽のコードの扱いは、コード・ネームの記号的連結として、「響きのかたまり」としての性格が強いものです。コード・ネームとは、ルート、バスに響きの長短、7度の長短、付加音の度数、そしてテンションと表記される記号です。基本的にコード・ネームのルートがバスに配置されますが、その上の配置までは指定されません。「記号」とは、いくらかの法則性をもつ内容を、極限まで簡略化・抽象化したものといえますが、この「簡略化された記号同士の組み合わせ」の容易さが、コード進行の組み合わせ、一時的転調の可能性の拡大につながった面も大きいでしょう。
そこでのコードの「機能」とは、「ルート進行の進行感と、各コードの構成音の内容の違いによる響きの差異・変化感」となります。G7はどう配置されても、Cメジャーの中でのドミナントとして機能し、トニックのCは、ルートの上にどう配置されても、やはりトニックとして機能します。
よって、ジャズ・ポピュラーでは「禁止される音程の動きとコードの連結の形態」はありません。原則的に、どんなコードのどんなフォーム同士の連結も可能です。また、あえてコード全体を並行させることで、ソプラノのメロディーに対するコードの響きを伴った音の厚みを意図的に与えることも可能です。--古典の時代から、「伴奏の和声」には、ある程度のコード全体の並行は許されていましたが、それが積極的、つまり楽曲の個性のために用いられていたわけではありません。コード全体の並行が積極的に用いられるようになったのは、印象派の時代からです。--
逆に言うと、「古典和声法」の方法論のみでは、ジャズ・ポピュラーの音世界、音組織を組み上げる事は出来ないわけです。場合によっては、古典和声の「禁則」は、独特の強い、厚みのある進行感を生み、印象派でも好んで用いられ、ジャズ以降の音楽では、あくまで「習慣的に」ですが、むしろ、これが「積極的」に用いられます。
・ソリ(Soli)のヴォイシング手法
ソリ(Soli)とは、ソロ(Solo)の対義語として、特にジャズ・ポピュラーの管楽器の合奏の各パートのラインを構成する、「パート・ライティング(パート編曲)」の方法の一つです。これは、主に、現代のアメリカのジャズ・ポピュラーの「編曲の和声の習慣」から論理性が抽出され、バークリー音楽大学で組織化され流通した、ある種の簡易的な「現代の和声法」の一つと呼べるものです。原型・根拠となる手法は、古典の和声、特に器楽・鍵盤の和声で用いられていたもので、また、特に同時代的なジャズ・ポピュラーの鍵盤楽器の和声にも習慣的に活用されていました。
Am7 Dm7 G7 CM7
一例として、上記 Fly Me To The Moon の冒頭に、ソリのヴォイシングを施す場合、下記譜例のように、指定されたコードの四声を、ハーモニック・リズムが担う範囲で、トップ・ノートのメロディーに完全に一対一対応で並行させ、メロディーの下に単純に密集配置させる事を、「4 Way Closed Voicing」と呼びます。メロディーの「隣接音」としての非和声音は、四和音の和声音の「変化音」として扱われ、それぞれの2度音程で接する和声音は省略される形になります。この隣接音の扱いに限っては、「一音づつのコード付け」、あるいは「和音の経過的・一時的な形」に関して、古典和声の原則とも一致します。
Am7 Dm7 G7 CM7
「隣接音」に接する和声音として省略されているのは、上記譜例の場合の、Am7のB音に対するC音、Dm7のG音に対するA音、G7のA音に対するG音です。4 Way Closedは、ギターでは運指が困難、場合によっては不可能ですから、タブラチュアは割愛します。--上記のリード譜、4 Way Closed は、ギター表記ではありません。基礎編に述べた通り、ギター譜の場合、実音のオクターブ上として表記されます。--
上記譜例に見るとおり、ソリのヴォイシングには、和声的・対位法的な「各声の独立性」は皆無です。「型としてのコード観」「構成音の差異による進行感」が、極端に現れたヴォイシングであると言えるでしょう。コード進行に伴った、「各和音の構成音の違い」「響きの変化」のみが、ここでの「和声」であり、「調性」として作用しているわけです。
合奏の形式として、また音響的にも、これらは各管・パートのラインとしての独立性を持ちますが、ソプラノに対して「並行的」に、密集配置として「下へ重ねられたコード・トーン」は、並行・直行・斜行のラインは作りますが、最も独立性の高いニ声の進行である、反行のラインは形成しません。前述の通り、各声の連続性・独立性とは、同度・斜行・並行・直行・反行の組み合わせによる相対性・関係性によるものです。ソリは「単一」の方法で各音に各和声音を「重音」とするわけで、積極的な「各声の連続性・独立性」は形成しないわけです。
このソリの編曲では、バスのラインのみが、ルート進行を軸としたラインとして、独立性を持ちます。しかし、その独立性も、必ずしも和声的な対位法的な独立性ではありませんし、そもそもそれを志向する編曲法ではないということです。
前述の通り、この編曲法、あるいは和声の発想自体は、その原型は古典和声、特に鍵盤楽器の器楽の和声の手法からのもので、同一のハーモニック・リズム内での「配置変化」と、ソプラノに一対一対応する密集和音の和声付けを根拠とします。これは、同時代のジャズ・ポピュラーでも、特に鍵盤楽器の手法・習慣として用いられていたものです。
ソリでは、4 Way Closed を基礎として、この四声の上から、1st、2nd、3rd、4th ヴォイスと声部を「数え」、この声部を、オクターブ下へ転回することを、「Drop(ドロップ)」と呼びます。この「Drop」によって、各メロディーに対応する和音の「形・型」が変化するわけです。これは、要は、単純に・記号的にシステム化された「転回」「配置変化」です。
4 Way Closed の2nd をドロップすることを、「Drop 2」と呼びます。下記譜例です。
Am7 Dm7 G7 CM7
Drop 2 の場合、ギターでも運指・配置が可能ですから、上記はギター譜としています。これらの和音は、全て基礎編で述べたコード・フォームに含まれるものです。2小節目の3拍目表の、アルト・テナーの内声に二度音程がありますが、これは「5弦ルート3度7度型のルート省略」に、5度のトップ・ノートをのせたの四和音です。
Drop 2 であっても、各声全体が並行的に動く事に変わりはありませんし、特にゆっくりなテンポでは、ギターでも可能、有効なヴォイシングではあるものの、「ハーモニック・リズムが担うコードの響きと、メロディーの二元化」とも、「各声の独立性と連続性」という古典的な和声法とも異質なものであるのがわかるでしょう。
しかし、古典和声でも、「配置変化」の内部では、直行・並行の禁則が除外されますし、「原曲のメロディー・ラインによっては」、ソリの和音の連結の際の各声の動きも、原則的な四和音の和声と部分的には一致します。上記譜例のように、四度進行のコード進行で、一貫してコードの変わり目のメロディーの動きが、7度|3度 となる場合、外声の10度の並行と、内声ニ声の同音進行となり、ある意味では「結果論的」、かつ「部分的」に、和声の原則に応える形になります。メロディーのコードの変わり目での大きな跳躍が無い限り、4 Way Closed を基準とする和声音は、「各声が近く連結する」という一点に限って、古典和声の原則と一致するからです。
調性音楽のコード進行に、「四度進行が多用される」こと、また「コードの変わり目のメロディーの動きに順次進行が多い」事から、「各声の独立性」には弱いものの、必ずしも禁則だらけ、禁則のみのヴォイシングというわけではありません。
しかし、4 Way Closed、Drop 2とも、ピアノ、鍵盤楽器では、わりと容易に各フォームを連結が可能ですが、「メロディーとコード・トーンの一対一対応」という狙いがある場合以外には、「テーマの編曲」として、必ずしも有効ではありませんし、また、多用はされません。特に「独奏」の響きとしては、バスの進行、ルート進行が無いわけですから、不十分な響きです。また、「伴奏の和音」としての下三声とメロディーの二元化がなされていないわけですから、伴奏の和音が担う「リズム・コード」とメロディーとの相互補完的なビートの表現、シンコペーションの表現も皆無です。
これは、下記譜例のDrop 3 についても同様です。
Am7 Dm7 G7 CM7
Drop 3 の場合、下ニ声に音程が開き、フォームとしての安定度が増しますが、これらも一つづつは、いわば転回によるフォームであり、全ての声部が並行するため、やはり独立性、連続性には不十分な響きです。
ソリのヴォイシングは、上記Drop 2、Drop3 から、Drop 2 & 4、また、Drop 2 & 3 と、和音の配置の開離が分類されます。また、非和声音や弱拍に対して、「リハモニゼーション」を施した和声も、同様に「Drop」によって四声化されます。
ソリとは、独立した管楽器のパートを、「ライン」とする「ハーモニー」を構築する方法ではありますが、よほどの狙いがない限り、鍵盤楽器やギターでは、「あまりに忙しい」ヴォイシングとなります。4Way Closed と Dropのヴォイシングは、鍵盤楽器では、いわゆる「コード・ソロ」「ブロック・コード奏法」に用いられるもの、あるいはそれらのヴォシングの「方法・根拠」となるものですが、特に楽曲のテーマを充分に表現する独奏、リズム・メロディー・ハーモニーそれぞれを、相乗的、相互補完的にあつかう編曲には不向きなものであると言えるでしょう。
「トップ・ノートを基準としたコードの配置」に関して、4 Way Closed VoicingとDropの方法論は、一つの「コード・フォームの捉え方」を提供するものではありますが、トップ・ノートの内容によっていちいち変動するコード・フォームは、「コード上でのメロディーの動き」に関して、楽譜の上でも、楽器の演奏の上でも、実用性に乏しいものです。そこで本書の基礎編では、特に「ギターのコード・フォーム」として実用的な、また「コード/メロディー」に要求されるフォームを、ルートを基準とした型として分類し、メロディーの音域によって変動するフォームを、「トップ・ノートを基準とする転回」として分類したわけです。これによって、部分的に、またそれを意図する場合に、ソリのヴォイシングとほぼ同等な、また、より容易に・即興的に「メロディーに対する一対一対応」のヴォイシング、あるいは、「トップ・ノートを基準とするコード・ソロ」も可能となります。
実用的には、ソリのヴォイシングは、単一のDropの形状のみで組み上げられるというより、各声にいくらかの独立性を持たせるために、他のDropと組み合わされるわけですが、やはり、古典の和声とも、旋律と和音に二元化された「伴奏の和声」とも異なる性格のものです。これらのDropの組み合わせに、バスの転回によるラインを志向し、和声的な連結となるように配置するならば、結果的には、要は古典的な「四和音の和声法」となるわけで、必ずしも 「まず 4Way Closed を並行させ、各メロディー音毎にDropによって配置を形成する」という、手間が一つ二つ多い、面倒な思考法は必要ありません。また、現在のバークリーでは、上記のソリの手法に必ずしも依存しない形での「和声法」も論じられています。
ビック・バンド期の合奏の和声は、恐らく「ソリ」的な発想を用いつつも、より和声法・管弦楽法に近い方法で、より綿密に組み上げられたものであり、ソリのヴォイシングは、「歌」としてのテーマのヴォイシングではなく、特にバップ期以降に流行した、小編成の合奏での「即興演奏の土台」としてのテーマの編曲に多用されるものです。つまり、コード進行や転調の細分化と、その響きを楽しむための土台、コード進行を提示するための、比較的単純な「テーマ」の編曲としては、非常に有効なものでもあります。ソリは、「人数分の五線紙」があれば、テーマの合奏のハーモニーを、半ば機械的に組み上げる事が可能ですから、最も簡易な「合奏の和声法」とも言えるでしょう。
上記の通り、バークリー型のソリのヴォイシングの手法には、いくつかの手順が必要であり、慣れにしたがって即興的に対応することも可能ですが、どちらかといえば「書く」タイプのヴォイシングです。対して、コード/メロディーによるテーマの独奏は、「即興性」を志向し、本書が提示しているのは、それが可能なシステムです。
ソリのヴォイシング手法は、結果的には、この手法でしか形成出来ない和声とは言えません。コード/メロディーでは特に、部分的にはソリのヴォイシングの「コード・フォーム」と一致しますが、発想・方法は異なるという事です。
いずれにせよ、ソリの各声の独立性を全く無視した「並行的」な和声、「コードの構成音の差異」による「コード進行」の響きも、ジャズ・ポピュラーの和声として「妥当・有効」であり、その和声観・コード観の具体例です。
特にバークリー型のソリが有効なヴォイシングと、コード/メロディーのヴォイシングの共通点と違いをみてみましょう。
下記譜例は、Giant Steps に 4 Way Closed Voicing を施した例です。原曲のコルトレーンの演奏、合奏の形式では、テーマの単旋律に、ピアノの伴奏の和音ですが、こういった「コード進行を端的に表現・提示するシンプルなテーマ」、また特に速いテンポには、ソリも有効です。
BM7 D7 GM7 Bb7 EbM7 Am7 D7
テーマの度数は、それぞれ、BM7の完全5度、D7の8度|GM7の長3度、Bb7の13th|EbM7の完全5度|Am7の9度、D7の完全5度 となります。Bb7の13thが5度の変化音として、Am7の9度が8度を変化音として和声音が省略される形です。
上記の 4 Way Closed Voicing を Drop2 とすると、独奏のコード/メロディーにいくらか近いヴォイシングとなります。下記譜例です。
BM7 D7 GM7 Bb7 EbM7 Am7 D7
上記Drop2で、コード/メロディーのヴォイシングとしてそぐわないヴォイシング、あるいはフォームは、BM7、Bb7、EbM7でしょう。BM7−D7の動きはともかく、GM7 Bb7|EbM7は連結の面でも不合理な運指を要求します。コード/メロディーの独奏は、基礎編に述べたとおり、ルートがバスに配置される事が第一の原則です。V7、二次的V7やII−Vの文脈では、ルート省略による転回の配置が有効となるわけですが、その場合も、上記のBM7、Bb7、EbM7のような、基礎編で述べた「必須の発展的なフォーム」に含まれる「内声に二度音程を持つ四和音」の使用の可能性は限られますし、ルートがバスに配置された安定感は望めません。M7の内声の2度音程の3度バス配置は、響きの美しい、緊張した和音ではあるものの、上記のような速いテンポで明らかなトニックが現れる文脈には、ふさわしいヴォイシングとは言えません。
前述の通り、そもそもソリのヴォイシングは、四声の管のハーモニーのためのものであり、バスの進行、ルート進行は、別のパートであるベースに依存するものです。これも、特に独奏のコード/メロディーのヴォイシングとソリとの決定的な違いです。
上記譜例の場合、GM7は、4 Way Closed Voicing の 2nd Voiceが8度であるために、Drop2 とした場合に結果的にルートがバスの配置となっているわけです。4 Way Closed Voicing の 2nd Voice が8度となる可能性は、ソプラノとしてのメロディーが、3度・4度の場合に限られます。
5度から7度は、下に3度、8度(R)を配置し、6度のトップは5度、4度のトップは3度の変化音とされ、また9thは8度の変化音として配置されるからです。つまり、ソリでの密集配置の四和音の可能性は四声体の場合、以下の四種類の下三声の形態に限られます。4 Way Closed Voicing の原理は、この四種類の配置を基礎とするわけです。
|
トップ・ノート |
8度 (9度) |
7度 |
5度 (6度) |
3度 (4度) |
|
下三声 |
7度 5度 3度 |
5度 3度 R |
3度 8度 7度 |
8度 7度 5度 |
基礎編に述べたとおり、要所にルートのバスを与えるために、原則的なコード/メロディーのヴォイシングでは、上記のBM7の5度トップ、Bb7の13thトップ、EbM7の5度トップは、下記のように配置されるのが合理的です。
BM7 D7 GM7
Bb7 EbM7
Am7
D7
上記譜例では、BM7は7度型の5度トップ、Bb7は、7度型として、トップの5度が13thの変化音となり、EbM7も7度型として完全5度がトップとなります。これらはルートもバスに配置され安定します。”ソリのヴォイシングで言えば” BM7 7度型5度トップ、Bb7.13th 7度型13thトップ、EbM7 7度型5度トップ は、Drop3の配置です。また、D7とAm7−D7のII−Vは、6弦ルート7度型−5弦ルート3度型のルート省略による配置として、Drop2の配置となります。
最後のD7は、Drop2によって形成されたフォーム、7度バス配置のアルトの8度を、短9度の変化音としたディミニッシュ代理としています。ソリのヴォイシングでも、こうして内声の和声音の変化音として、テンション、オルタード・テンションが配置されるわけです。しかし、コード/メロディーのヴォイシング、つまり「コード・フォームの選択」は、あくまでトップ・ノートによって決定する、「型=フォーム」の選択であり、それはある程度の慣れは必要ですが、あくまで「瞬間的・直感的」になされるわけです。つまり、コード/メロディーのヴォイシングは、バークリー型のソリの手法には一切依存しません。
また、基礎編に述べたとおり、5度トップのメジャー・トニック、サブドミナントは、下記のように6.9thの5弦ルート3度型のルート省略形の四度堆積による5度トップも有効です。冒頭のBM7を B6のトニックとしてヴォイシングするなら、コード/メロディーの発想としては「5度トップの6.9thの四度堆積」という「型=フォーム」を直感的に充てるわけですが、ソリの発想の場合、以下のプロセスを経ることになります。
BM7 B6 B6.9 B6.9
4 Way Closed Drop2 Drop3 4 Way Closed 4 Way Closed Drop2
上記譜例。前述の通り、まずはBM7の4 Way Closed からDrop2 で、内声に7度・8度の二度音程の3度バスが形成されます。ルートをバスに配置するためには、Drop3とします。
B6の4 Way Closed は、上から完全5度、3度、ルート(8度)、長6度です。さらに9度のテンションを与える場合は、3rd Voice(テナー)の8度を全音上へ変化させるわけです。さらに3度の2nd(アルト)を Dropする事で、B6.9th のフォームとなります。
こういったヴォイシングの手法、あるいは「思考法」は、前述の通り、ある程度の慣れとともに瞬間的な対応も可能になるものの、やはり 「トップが5度のトニック・コード」に対して可能な・有効な「コード・フォーム」を直感的に充てるほうが、実践的、実用的です。
ソリのDropによって生じる「コード・フォーム」の全ては、本書の基礎編で述べた内容に含まれます。しかし、ソリのヴォイシング手法が提示する、「コード・フォームの捉え方」そのものは、ある意味では非常に「良く出来た」仕組みです。「コードの”構成音”」とその差異による調性の響きに徹するという発想は注目に値しますし、コード/メロディーのヴォイシングに示唆する面もあるでしょう。また、この発想の裏づけでもある、現代ジャズ・ポピュラーの「コード観・和声観」は、伴奏の和声にも、コード/メロディーの編曲にも必然的に現れる、「コード全体の並行」や、「同型の和音の連続」のヴォイシングの根拠でもあります。
さらに、これは古典期の和声、前述の「偶成和音」とも一致しますが、「3度の隣接音」としての「4度」がソプラノのメロディーとして現れる場合のソリの手法は、「ギター、あるいは弦楽器の構造上」避けられない、コード/メロディーでは原則的に省略されない「3度音程」が、「トップ・ノート」として、「変化音」の4度となる事で、「一時的なSus4」「3度が隠れる」というコード/メロディーのヴォイシングとの共通点、あるいは「ジャズ・ポピュラーの和声」としての根拠ともなります。
この楽曲のコード進行と、同方向の跳躍進行の連続によるメロディーの動きは、特にギターでは、ソプラノをメロディーとする古典和声の四和音・四声体の厳密な連結が非常に難しい例でもあります。そもそも古典和声では、こういった形での「明らかなトニックが現れる」短い転調の連続を想定していません。このコード進行は、バップ期にさえ想定されていなかった、用いられていなかった種類のものです。--1.伴奏の和音と原則的なリハモニゼーションの章で、この進行については後述します。テーマのメロディーをトップ・ノートとしない「伴奏の和音」の場合は、こういった進行でも、「完全音程と不協和音程の直行・並行」を積極的に用いるジャズ・ポピュラーの和声としての原則に従った連結も可能です。--
D7−GM7の四和音の四度進行も、上記のヴォイシングの場合、古典和声の原則からは外れるものですが、そもそものソプラノの動きが跳躍進行している以上「こう配置されるしかない」ということでもあります。あくまで古典的な和声の原則に従うなら、D7のソプラノの音価を保持しつつ、下三声を7度型に「配置変化」すれば良いわけですが、こういった楽曲が作り出す響きは、ある意味では「古典的な和声では発想出来ない・出来なかった」響きでもあります。逆に言えば、古典和声の四和音の連結の原則では、トップ・ノートの進行の形態は限定されます。また、テンポの問題からも、ここに配置変化を挿入する事は、必ずしも実用的・実践的ではないでしょう。
つまり、場合によっては、特に現代的なソリのヴォイシングとも相性が良く、「コードの構成音の変化」によって「コード進行」を表現する事が妥当な楽曲として、コード/メロディーでもソリに近い手法、あるいは「現代的な和声観」に基づいた手法がとられるわけです。この「現代的な和声観」、あるいは「ジャズ・ポピュラーによって獲得された声部の自由な動き」を、ルート進行、コード進行の要求に答え、かつ、それを「古典的な和声の概念」によって整える作業が、2章で述べる「四和音とテンション・コードの伴奏の和声」です。3章の「コード/メロディーのヴォイシング」では、この「四和音とテンション・コードの伴奏の和声」の方法を踏まえ、トップ・ノートが基準となる「コード・メロディー」の和声の性格、「楽曲そのものが求めるヴォイシングの傾向」について分析します。
ちなみに、このGiant Stepsの原曲、最初期のレコーディングの合奏の和声、ピアノとベースの冒頭部分は以下の形をとっています。これも「ジャズ・ポピュラーの和声観」がよく現れた一例と言えるでしょう。
Piano BM7 D7/A GM7 Bb7/F EbM7
Bass
ピアノでこそ可能な、分厚いヴォイシングによって、テーマと並行的・重音的な伴奏の和声です。上四声、右手はクローズド・ヴォイシングの四和音で、下ニ声、左手が、ルート五度、五度バス・3度、五度バス・7度の三種を用いる事で、バスのラインとのオクターブ・ユニゾン、B−A−G−F|Eb の順次進行を作っているわけです。合奏の形式ですから、コントラバス(ウッド・ベース)とピアノの和音のバスとの並行8度は古典和声の感覚でもさほど問題になりませんが、やはりこの一体感・並行感のもたらすドライブは「古典的な和声観」によるものではありません。
ピアノの上四声のヴォイシングは、本論で詳しく述べる、「各声を近く配置する」、「トップ・ノートの動きを静的に保つ」という要求に応えた伴奏の和音の典型であり、ソリのヴォイシングではありません。また、特に「学習和声上の禁則」だらけの和声というわけでもありません。--変化音の志向性はことごとく無視され、大量の「対斜」が現れてはいますが・・・-- しかし、古典和声的にこのピアノの上四声を配置するなら、BM7の(B D# F# A#)に対して、D7/Aは(C D F# A)と配置するほうが、BM7とも、後続するGM7の(B D F# A)とも連結も滑らかになります。短3度進行によるドミナント7thへのM7の進行における長7度、9度音程も、4度進行における7度、9度音程も、厳密な予備・解決はしていません。しかし、上記のヴォイシングが、ジャズ・ポピュラーにおいて妥当・有効である事に変わりありません。そもそもM7から短3度進行で至るV7の短7度は、先行する和音の和声音に含まれませんから、同音進行の予備はしようがありません。
--*注釈: 順次進行による予備、連続性を与えるなら、IM7(I III V VII)−bIII7(bIII V bVII bII) ですから、I音からbII音への半音進行が可能ですが、四和音の場合はルートの8度重複を基本的に四声体に含ませませんから、後続するbIII7は7度バス配置によって可能になります。
CM7 Eb7
このヴォイシングの場合は、外声の反行と内声の共通音(G音の同音進行)、上ニ声の半音下降による完全四度の並行という、滑らかで、かつ緊張感を伴った響きとして有効です。こういった一時的・部分的転調を含んだルート進行に対しても、和声的な対応を把握する事が、本論の「四和音・テンション・コードの伴奏の和声」の内容です。--
パートとしてのベースと、ピアノのバスのラインとが、こういった厳密な並行性を見せるのは、いわば「キメ」の部分のみで、アドリブの伴奏ではベースもピアノも即興的にラインと和音の連結を組み上げていますから、大まかな「並行・直行・反行」といった形を、ある種「偶然的・結果的」に形成してはいるものの、これが和声的・対位法的な分析の対象になるとは言えません。しかし、優れたジャズのミュージシャン達の場合、伴奏の和声とベース・ラインの絡みは、互いが即興的であっても、各々の独立性と、また、「平行性」とでも言える同方向の動きが、まるで計算されているかのように効果的に響く場合が多いということも事実です。互いの伴奏の、音域の選択や方向性の傾向を、互いが探りあい、時に譲り合うという、同時的・共時的な、高度なやり取りがなされいるわけです。また、同一のメンバーによる合奏の場合、そういった「和声的」な意味での効果がある程度固定化し、「こなれてくる」わけです。
ピアノにせよギターにせよ、「伴奏の和声の原則」に従っているならば、パートとしてのベースが、よほど偏った傾向で演奏しない限り、そもそもの「コード進行」「ルート進行」の構造から、ある程度の「和声的・合奏的な独立性」は担保(たんぽ:保障されること)されます。限りなく同方向へ進むルート進行、上三声・四声と同方向へ進むルート進行は無いからです。--本論に詳しく述べます。--
・ヴォイス・リーディング
前述の通り、ジャズ・ポピュラーでは「禁止される音程の動きとコードの連結の形態」はありません。しかし、例えば、CメジャーでのG7の機能は、G7が持つトライトーンと短7度の音程を原動力とするものである事に変わりはありませんし、不協和音程の解決の傾向の動きや、メロディーが和声音を軸とするという傾向は、どの時代のメロディーに対しても、それが調性音楽である以上、決定的な法則性を与えています。決して和声のセオリー、あるいは「調性」が「無効」になったというわけではなく、時代に従って、また様々な民族・民俗音楽の影響によって、「和声の各声の動きの規定、”配置の規則”の”感覚”が、とてもゆるくなった、もしくは無視された」、あるいは「新たに有効とされる声部の扱いが増えた」のだと考えてください。
なので、もちろん四度進行の下ニ声の7度→3度、7度→3度の動きを持たせ、7度の不協和音程の解決の傾向通りに配置する事は、整ったヴォイシングの感覚をもたらし、有効である事に変わりはありません。前述の「伴奏の和音」の連続四度進行のヴォイシングは、ジャズでも頻繁に用いられる形です。「四度進行」で下ニ声が7度→3度を反復させるとは、7度型と3度7度型を交互に配置するという事です。
G7 CM7 FM7.9 Bm7b5 E7.b9 Am7 D7 G7 CM7
3度型7度型 7度型 3度7度型 7度型 ・・・・・・・・・・・・・・
こういった、「コード・ネーム」として与えられた「コード進行」の、コードの各声の独立性を意識して、コードの「フォーム」を選択する事が、「ヴォイス・リーディング」(各声を線的に整える事)、もしくは、「四和音とテンションの和声法=ヴォイシング」の原則の「一つ」です。古典の和声法の各声の独立性のための規定は、現代以降の調性音楽の中では、むしろ二次的、付加的な条件となっているとも言えます。同時に、「各声の独立性と連続性」とは、古典の和声法においても、ニ声の音程関係にその原則を持つものですが、結局の所「和音の連結における配置の選択」が、「和音」という型、あるいは記号的な形に拡大された方法論の内容そのものです。記号とは、その内部・内容に何らかの規則性を持ち、その背後にもやはり文法的な組織を持つものだからです。
つまり、「和音」という記号のもつ内部構造、構成音や「和声」による各声の動きの傾向や連結の方法と、記号化された、より広い範囲での「コード進行」というパターンを、自由に「行き来」する事が、実践的な和声、あるいは調性の「実用」の技能であるということです。
四度進行における、先の和音の7度が次の和音の3度へ進行するというコード・トーンの動きは、メロディーにも非常に多く現れる動きです。また、この7度3度に限らず、不協和音程の解決の動きは、コードの変わり目のメロディーに対しても、コード・トーンからコード・トーンの動きの傾向と一致します。メロディーがコード・トーンである場合、コード進行の一部として動くからです。
ジャズ・ポピュラーでの四和音とテンション・コードの連結は、それぞれの構成音3和音主体の和音より増えるため、動きも増えると同時に、共通音が増えることで連続性が強まるという面もあります。
「四和音・五和音の予備音」とは、要は、前後のコードの「共通音」が同音進行、同じ声部に「保持」されるか、予備・準備としての性格は少々弱くなりますが、同じ声部で順次進行するという事でもあります。共通音が保持される連結は、基礎編:コード/メロディーのためのフォームの選択 に述べたとおり、結果的に「最も近いフォームへの進行」、あるいは、「コード・フィールドが重なりあう・接するフォーム」です。前述の四度進行の連続の場合も、共通音、もしくは半音の動きの声が同じ声部に置かれていることに注目してください。E7、D7の二次的ドミナントの3度は、進行する先のコードの短7度へ半音下降しています。内声の静かな進行によって、大きな差異を表現しているわけです。また、9thが先の和音の5度から「予備」される、という形は、「前後の和音の共通音」という、ヴォイシング上の「テンション」の「根拠」となります。単独のコード上でのテンションの根拠は、四和音の上にさらに3度堆積される構成音ですが、コードの連結という「前後関係」が、さらに積極的な「テンションの選択」を促します。
古典和声法の「禁則」の観点から見ると、四和音の連結は、原則的に8度の重複音を持ちませんから、連続8度、直行8度は自然と避けられます。しかし、四和音の同型が連続すれば、ルートと完全5度の連続5度が生じ、もしくは長3度と長7度の完全5度音程、短3度、短7度の完全5度音程も、連続5度を生じさせる可能性を持ちます。また、直行5度は、特に禁則とされる、「ソプラノが跳躍しての外声の直行5度」は、7度型の5度トップへの進行で起こる可能性を持ちます。原則的な四和音の連結では、3度7度型と7度型が交互に配置され、さらにソプラノが同音進行、順次進行しているため、これらの禁則が起こらない、避けられているわけです。
G7 CM7 FM7.9 Bm7b5 E7.b9 Am7 D7 G7 CM7
こういったヴォイシングは、特に「伴奏」に有効なものです。
--コード/メロディーの際には、ソプラノのメロディーの要求に従って、コード全体が並行を避けられない場合もあります。しかし、リズム・コード/メロディー「コード部」も伴奏の和声の性格を帯びるものです。コード/メロディーのヴォイシングの理論的な側面については、1.伴奏の和声と基本的なリハモニゼーション で、四和音の和声の基本をおさえてから、2.コード/メロディーのヴォイシング の章に詳しく後述します。--
伴奏の場合、一般的にギターの響きより高い音域、もしくは高音弦の音域の旋律が動くので、コードの特にトップの動きを静的にすることで、メロディー楽器の音色との干渉を避けます。もちろん、より積極的にトップ・ノートの動きを持たせ、さらにコードの連結に音域を広く使う伴奏も可能ですが、その場合は、「トップ・ノートの可動音」を用いる事で、和音全体の動きは静的な軸を持ちます。また、高い音域でコードを連結させる場合も、一つのコードの転回から音域を変え、異なるコードへの進行の前後関係には滑らかさを生じるように、「構成音の近いフォーム」による連続性を持たせます。
前後の和声音の「共通音」の性格は、メロディーに対しても、動きの傾向を与えます。ジャズ・ポピュラー音楽でも、前後のコードの共通音は、両者にとって安定した音なので、コードの変わり目に現れる場合、同度で連続することや、跳躍進行の足場になるという傾向を与えます。
・ジャズ・ポピュラーが獲得した声部進行
ジャズ・ポピュラーの和声が、古典和声の「禁則」の概念を持たないことと、しかし、依然古典的な声部の扱いが有効であるという事は、一見「矛盾」しているようでもあります。また、「どんなフォーム同士の接続も可能」であるということは、ジャズ・ポピュラーの和声が、基準や秩序を持たないかのようでもあります。
実用的には、「型としての連結」「構成音の差異による進行感」と、「声部の独立性と滑らかな連結」「不協和音程の予備」とを、折衷的(せっちゅう: それぞれの良いところを取り込む)に形成するのが、「ポピュラーの和声」であり、実際の「習慣」としてもそういう性格を持つものでしょう。
しかし、ジャズ・ポピュラーの和声と古典和声との差異を理論的に見るなら、「禁則が無視される」「不協和音程の予備がなされない」とは、「新たな声の動き・響き」が「獲得された」「加わった」という「積極的な意味合い」を持つともいえます。
つまり、
1.声部の独立性のための完全音程の並行・直行の「禁則」が事実上無効となる
2.強い不協和音程を連続性の中で準備する、「不協和音程の予備」がなされない事が多い
3.和声法の内部構造を形作った「ニ声の単位の不協和音程の解決」が厳密になされない
上記の三つを逆に考えると
1.並行・直行五度の響きによって、「安定した厚みのある進行感」
2.不協和音程、特に七度音程の並行・直行の響きによって、「緊張感を伴った厚みのある進行感」
3.不協和音程”から”の自由な進行によって、「トップ・ノートと各和声音のより自由な進行」
が、「獲得された」「新しく加わった」とも言えるわけです。これらが、ジャズ・ポピュラーに特有の進行感、和声の響きであるとも言えるでしょう。
古典的な和声を軸として、これらの「ジャズ・ポピュラーが獲得した有効な声部の進行」を、あくまで「バランス」に注意して実施する事が、「古典和声と”型としての現代的和声”」との折衷的構造、あるいは「四和音・テンション・コードの連結におけるフォームの選択」の方法論となるわけです。これが、本論で述べる「四和音とテンション・コードの和声法」の内容です。
・ジャズ・ポピュラーの和声と不協和音程の相対性
四和音の7度は、不協和音程であり、7thコード(M7,m7、m7b5、7th)は全て不協和音です。前述の通り、ドミナント7thは、3度と7度の間に3全音を含むことで、ケーデンスの原動力となる、重い不協和音です。これは三和音主体の和声から最初に派生した四和音であり、歴史上、長く四和音の代表的、限定的な形でした。印象派以降の西洋音楽の和声が部分的にですが、四度進行の連続以外の進行や、前述のSDm代理和音以外の、明らかなトニック、サブ・ドミナントにも四和音を使用するようになり、また、ブルース、カントリー等の民謡、民俗音楽の習慣的な和音とでも言うべき、コードのかたまりとしての使用法から影響を受け、ジャズ・ポピュラーは、全ての機能和音を四和音、付加和音とする(あるいはそれを可能とする)和声構造に発展します。
前述の通り、これらの四和音は、ひとつのコードの上ではその響きを保ち、コード進行に伴っても、ニ声の基準では、完全には解決しない不協和音程を持った四和音です。前述の古典和声法での四和音の連続は、原則的に四度進行、四度進行の前後関係を持つ進行に限定して用いられたものですが、ジャズ・ポピュラーでは全ての機能和音を四和音、付加和音とするわけですから、特にジャズの場合、全てのコード進行が四和音・付加和音同士の連結となります。また、ほとんどの場合、クラシックでの四和音・付加和音はドミナント、二次的ドミナントと、一部のサブ・ドミナント・マイナーの代理和音のみで、その使用の際には各声の動きは細かく規定されます。つまり、コードのフォームの連結と、トップ・ノートとしてのメロディーの動きの可能性は限られるわけです。
前述の通り、四和音とされたトニック、サブ・ドミナントは、必ずしも三和音としての「機能」、特にトニックの場合、「楽曲・楽節の最初と最後の調の中心」、開始と終止を担う「明らかなトニック」としては機能せず、前後関係によって、「機能の重なり」を生じます。しかし、「全ての機能和音が四和音とされた和声」では、そういった「機能の重なり」は、「構成音」の時点で既に内包された要素です。つまり、「明らかなトニック」も、「明らかなサブドミナント」も、同じく四和音・付加和音として用いられます。
古典和声での四和音の使用は、何らかの調的な重なりの要素を持ちますが、ジャズ・ポピュラーの四和音の和声では、そういった思考がある程度「省かれ」た形で、より単純に「機能和音」として分別・分類されます。ジャズ・ポピュラーでの四和音は、各声の連結の精密さではなく、あくまで「全ての機能和音としての四和音」として文脈に左右されず用いられるからです。--理論編A:に述べたとおり、「機能の重なり」は、やはり「コード・スケール」「アヴェイラブル・ノート・スケール」の確定に重要な事柄です。和音の形態が同一であっても、コード・スケールには「後続する和音への属性」「本来の機能和音としてのその調への属性」の「バランス」が変動します。しかし、これらの「前後関係によるコード・スケールの変動」も、秩序がないわけではありませんし、普通の調性の楽曲での「コード・スケール」の内容は理論編A:にほぼ網羅されています。--本論では、先に述べた必然的、和声的な連結は、ジャズ・ポピュラーの四和音の和声の基礎としますが、「型と型の連結」、「パターン」として、よりシンプルに、明快に方法化されます。
サブ・ドミナント・マイナーや、二次的V7、二次的II−V等の使用は、明らかに「一時的な転調」となるわけですから、それらの形態が、より簡潔にパターンとして理解する事が可能である「トニック・ナンバリング・システム」が有効となるわけです。
全ての機能和音が、四和音・付加和音とされたと言う事は、7度、6度、あるいは9度も、「和声音=コード・トーン」として扱われ、「必ずしも解決される必要が無い音程」となったという意味でもあります。三和音主体の和声では解決されるべきだった、あるいは四和音の連結でも、「予備音を要し、後続する和音の3度へ進行する」という動きが規定されていた7度音程は、ジャズ・ポピュラー音楽では「予備音」無しに現れ、また、「平行される事」も可能で、これはジャズに特徴的な音程の動きです。
7度がコード・トーンとして扱われるという事は、コード・トーンの内容が三和音主体の和声より「増えた」事を意味します。これに伴って、テンションも「テンション・コード」のコード・トーンとしてコード・トーンに加わり、「和声音=コード・トーン」の内容が拡大されて来たわけです。これらの「和声音の拡大」と言える調性の形態の発展は、メロディーの形、響きに対しても絶大な影響を与えます。
これらの四和音の使用法が、クラシック(特に古典期以前からロマン派前期まで)の三和音主体の和声との最も大きな違いです。ジャズ・ポピュラーの和声の習慣は、厳密には解決しない不協和音程・不協和音を、クラシックの三和音主体の和声が構築した機能和声の構造の上で、あたかも三和音と同じ様に、トニック、サブドミナントの機能和音として用います。ドミナント・コード以外の7度の音程は、三和音の硬質な短・長の響きに、あいまいさと鋭さという両面を、また、それらの混合した響きの色彩を加えます。この響きを、独立した和音として、またメロディーの一部として用いるわけです。
この「四和音とテンション・コードの和声」のシステムは、「近代の和声」からの影響や共通性を認める事が可能ではあるもの、「西洋のシリアス・ミュージック」そのものに直接の「原型」を求める事も出来ない、ある意味では「ジャズ・ポピュラー」のみが”なしえた”「組織化」です。
--三和音主体の和声と、ジャズ・ポピュラーの四和音の和声では、和音という基準そのものが変化する事で、「機能和声」そのものの捉え方も発展します。転回による機能の変動の性格は先に述べた通りです。また、例えば、学習和声、あるいは古典和声法では、学派にもよりますが、IIImの三和音は、ドミナントの代理和音と捉えます。IIImのトニック代理としての要素は二次的なものと理解されています。本書の基礎編でも、IIImを、T代理であると同時に、「V7のR M3」を持ち、V6の5度省略の転回とも一致する、「不完全なV7代理」と述べました。
古典の学習和声でIIImがドミナント代理とされた主な根拠は、構成音の内容、Vの構成音のうち、特にT音への導音であるVII音を持つ事に加えて、古典和声のIIImが、T代理・平行短調のTmであるVImへの四度進行に用いられる事が多いからです。特にIIImの第一転回は、VII III V となり、バスに配置されたVII音は調のトニックへの導音となりますから、IIIm/VII は、ほとんどの場合V7代理として扱われます。古典和声の伝統では、それぞれのダイアトニック和音を、必ずしも一対一対応の機能和音として整理するという発想ではなく、その進行の前後関係に機能の根拠を置きます。しかし、前述の通り、「機能和声」=「主要三和音と代理和音・二次的機能和音・借用和音」という概念が、論理的にある程度まで完成されたのは案外近い時代、1800年代後半です。
ジャズ・ポピュラーの音楽理論でも、「機能和音」が、そもそも「機能」するのは、前後関係、進行、調の中心であるトニックがあってこそですが、理論編A:でも述べてきた通り、構成音の共通性によって、より簡潔に代理性が理解されます。なので、TM7が「Tへの導音」を含む和音として、しかしトニック・コードとして成立し、他の機能和音、例えば IIImがIIIm7の四和音としてのフォームを得てからは、III V VII II と、III V VII + V VII II の三和音のペアとして、Vの三和音を明確に含んでいても、「Tとしての最小限の構成音と音程」、III V を含み、TM7.9 のルート省略の構成音との一致から、IIIm7はトニック代理として扱われます。しかし、「代理和音」はあくまで「代理」であるということ、「別の和音」であるということも押さえておいて下さい。「コード進行のパターン」の章に詳しく後述しますが、代理和音の使用の根拠、あるいは代理和音が導き出される根拠は、主にルート進行によるもの、コード進行のヴァリエーションのためです。--
個々の不協和音程、つまり音程関係は、「四和音」という音程構造の中で初めて固有の意味を持ちます。これらの不協和音程の性格を見てゆきましょう。
長7度はルートと鋭く激しい不協和音程であり、短7度は鈍く重い不協和音程です。また、7度は転回すると、9度、2度の音程を生みます。
特にTM7は、V7の機能の中核であるVII音、Tへの導音を含む和音として、ある意味では「矛盾」した和音でもあります。前述の通り、古典和声では、V7以外の四和音は、四度進行を志向するもの、つまり後続する和音が限定されたものとして用いられ、特に楽節の単位での最初と最後に用いられる事、つまり「明らかなトニック」として扱われる事は印象派の時期までありませんでした。さらに、その後の時代も、そういった「明らかなトニックの四和音」の使用が西洋のシリアス・ミュージックでは「一般化」はしませんでした。しかし、ジャズ・ポピュラーでは、どこでも、どんな進行にも四和音として用いられます。
長7度の音程を、コード・フォームではなく、下記譜例の二音の音程として確かめてみてください。非常に安定しない響きです。これを短9度に転回すると、ますます不協和な音程がはっきりとします。どこか取り付く島の無いような、不快な響きです。対して、短7度とその転回は、重く不協和であるけれど、長7度とその転回ほどの不快感はありません。
このことが、CM7のトップに8度を置く場合、ルート省略によって短9度を作らないことの理由です。メロディーに8度が求められる場合のトニックは、6thコードとして扱います。6thコードのルートが省略されても、6度とオクターブ上の8度は、不完全協和音程として安定します。
長7度 短9度 短2度 短7度 長9度 長2度 CM7 トップ8度 G7 トップ8度
対して、ドミナント7thのトップに8度を用いる事は、ルートを省略しても不快な響きにはなりません。むしろ、ドミナントとしての機能の響きにふさわしい、不安定さの中で安定する感覚を生みます。しかし、この二音も、二音のみの「むき出し」の音程としては強い不協和音程です。
さらに、長7度の響きが、コードとしてのCM7、3度と5度を間に挟んだ和音として響く時の変化も感じ取ってください。長7度のニ声での不快な響きは、コードにとっての色彩に取って代わります。これが、不協和音程の相対性(場合によって、関係によって、性格が変わる事)です。
むき出しにされた長7度と、コードの中の長7度との違いは、他の和声音によって、7度の音程が補強される事です。特にコードの性格を表す3度にとって、長7度は完全5度の安定した音程を作り出します。また、完全5度にとって、短三度の不完全でありながら、性格をもった協和音程として響きます。さらに言えば、3度からのマイナー・トライアドとして、ミ・ソ・シの3音が安定します。--四和音のトライアドのペアとしての性格は、基礎編:「四和音と付加和音のフォームのもう一つの捉え方」の章を参考にして下さい。--
特に、3度と7度の完全5度音程と転回の完全4度音程は、メジャー7thとマイナー7thの響きの特徴でもあり、この音程のみでもコードの響きを強く主張します。
つまり、ニ声の音程関係から、三和音以上の音程構造に関係性が増えることで、不協和音程の響きが、がらりと変わる音感的現象に四和音は支えられています。これを、不協和音程の相対性と呼んでかまわないでしょう。
M7のトップ8度のルートを省略すると、短9度の音程が「外声として」むき出しになり、やはり不安定です。ルートを省略せず、ルートと8度の完全音程で補強されると、必ずしも不快ではありませんが、長い音価で使うことは避けたい響きでしょう。これはアドリブの際の同様の配慮の根拠となります。コードがM7の時に、8度に長い音価を与える事は、通常、好ましい響きを作りません。トップ8度の長7度のバスの配置は、前述のバロック期の経過的な性格の和音のように、バスの順次進行の連続性の中で用いられます。また、M7の7度バス配置は、基礎編に述べた通り、9thトップのM7.9、もしくは、9thの完全四度下の13thを加えたM7.9.13thで有効です。
長・短の二度音程も、ヴォイシングによっては安定する音程です。基礎編: 6.必須の発展的フォームに述べたとおり、ギターの場合可能性が限られるものの、ソプラノ・アルト、アルト・テナーに二度音程を持ったフォームも可能です。
四和音の8度トップ CM7/E FM7/A G7.9
上記の四和音の8度トップは、3度7度型であり、当然の事ながら基本的なフォームです。このソプラノ・アルト、7度と8度の2度音程も、二音のみの場合と和音としての響き両方を確かめて下さい。外声が8度によって強化され安定する例です。
CM7/E、FM7/A ともに3度バス配置の発展的フォームとして、長7度と8度が半音で接するヴォイシングです。この半音程も、やはり二音のみのむき出しの響きとしては非常に強い不協和ですが、このフォームの中では美しい、妖しい緊張感として響きます。E B C G、 A E F C 共に、下ニ声と上ニ声とが「完全5度」のペアとして安定しています。
--この和音を、それぞれバスをルートとして捉えるなら、Em7.add b6 Am7.add b6 と、「アヴォイド・ノートを含んだ特殊な和音」と言えなくもありません。もちろん、調性の部分としての和音、機能和音としては、これらの構成音はそれぞれCM7、FM7であり、短6度を含んだm7は短6度をルートとするM7に「コードそのものが変化する」事に変わりありません。前述の通り、「その一音が加わる事で異なる機能の和音となる」事も、アヴォイド・ノートの定義です。また、この短六度をb13として配置すると、完全5度と短9度の激しい不協和音程を持つわけで、当然経過的にしか用いられないものです。完全5度を省略すれば、構成音は短6度をルートとするM7の3度バス配置となります。つまり、調的な文脈では、あくまで短6度をルートとするM7として機能します。
短6度と異名同音の増5度は、調性音楽では、主にドミナント7thにのみ用いられますが、偶成的、経過的な半音の変化としては、M7、m7にも用いる事は可能です。基礎編で述べた、半音上昇のクリシェ、完全5度→増5度→長6度のラインの結果による偶成和音(経過和音)としての用い方が代表的です。やはり構成音としては、増5度=短6度をルートとするM7ですから、このクリシェは機能的には Tm SDm Tmのサブ・ドミナント・マイナー終止がはさまれた進行という事になります。本論に後述します。--
しかし、このヴォイシングのバスをルートと捉える和音は、モード期以降のヴォイシングとして、あるいは「三度堆積の響きを避けたヴォイシング」として、あくまで「調性ではない音組織」に意図的に用いられます。
G7.9の「トライトーンの間にテンションを挿入したフォーム」、9度10度の2度音程を含む和音も必須の発展的フォームです。この場合は、使用頻度の高い8度トップのフォームです。外声が長9度、内声に二度音程と、緊張した音程を持ちますが、やはり、7度9度 3度8度の3度音程・6度音程の不完全協和音程のペアによって響きがまとまっています。
低音部の7度・ルートの2度音程は、鍵盤楽器では容易に配置が可能な、また、古典和声では基本的なフォームです。第三転回(7 R 3 5)は、古典和声でも厳密な解決をすることを前提に、安定度の高い配置として多用されますが、ギターでは可能性が非常に限定されたものになります。
基礎編で述べたとおり、そもそも、R 3 5 7 の基本形も、ギターの場合は4弦、5弦ルートのM7以外には基本的な四和音のフォームとして配置出来るものがありません。低音部の7度・ルートの2度音程の配置の場合、やはり基礎編:必須の発展的フォームに述べた、「開放弦を活用するフォーム」によってごく一部可能となります。
G7/F Em7/D A7/G A7.b9/G Dm7/C Dm7.11/C
基礎編で述べた「開放弦を活用するフォーム」とあわせて、上記のフォームも確認してください。二度音程と他の和声音との配置の関係を選択する余地があまりに少ないため、実用的な可能性は限られるものの、開放弦の活用によって、二度音程を一つ含む和音に限らず、上記のA7.b9/GやDm7.11/C等の、二度音程を二つ含む和音、いわゆる「クラスター和音(現代音楽やモード期以降のジャズに用いられる、二度音程による和音)」にもわずかながらの可能性があるわけです。--クラスター和音等のギターでの扱いは、ニ声・三声体によって、不完全な形ですが、特徴的な二度音程を選択する事によって可能になります。第三巻に述べます。--
しかし、やはりギターでの実用的なコード/メロディー、伴奏の和声では、「低音部の七度」は、「7度型のルート省略形」としての7度バス配置や、V7の場合のディミニッシュ代理としての7度バス配置が基本です。
これは、ギターに特有な「器楽的な構造によって”限定された”ヴォイシング」であるものの、鍵盤楽器でも、「コード/メロディー」のヴォイシングという面では「7度型のルート省略形」は、「第三転回」よりも多用されます。
短9度は、最も強い不協和音程です。これが、8度トップの際にM7を避けることと、前述のMコードの長3度に対して短2度、短9度の音程を作る完全四度と11thのアヴォイド・ノートの、またm7のルートと短9度の音程を作るb9thと、完全5度と短9度の音程を作るb13thのアヴォイド・ノートの根拠となります。いわば絶対的な不協和音程と言えます。
ところが、ドミナント7thだけが、短9度の不協和音程を、ルートからの音程に限って相対的に扱います。V7のb9のテンションです。
G7.b9 短9度 AbDim7
b9thのテンションの場合、長3度とは干渉しません。8度と半音で、ルートと短9度で激しい不協和音程を生みます。この短9度をむき出しに、ニ声で響かせると、やはり激しい不協和音程です。しかし、他のコード・トーンに補強されると、この短9度は、V7の完全5度と減5度、7度と短3度の音程を持ちます。これはV7の3度、7度のもつトライトーンの響きと同一のものです。こうして、短2度のルートによる、V7の代理和音としてのディミニッシュ7thが成立します。ディミニッシュ7thは、V7の3度 7度 と、5度 短9度の二組のトライトーンを持ち、3度 5度 7度、5度 7度 短9度の二組のディミニッシュ・トライアドとして安定します。
ルートからの短9度の不協和音程の響きは強いので、ルート省略は有効です。しかし、省略されない場合、例えば、ベーシストがルートを弾いている上でのドミナント7thb9の響きは、当然多用されるもので、経過的に扱われるなら、不安定そのものを志向するドミナント7thの性格を強調し、必ずしも不快な響きにはなりません。一つにはベースとテンションの音域が遠く離れている事と、コードの単位として内部的に前述の音程で安定しているからです。
このように、四和音を主体とする和声は、不協和音程や非和声音を、他のコード・トーンとの関係で、安定させる働き、テンションの受け皿としての性格を拡大させています。特にドミナント7thは、変化音のテンションも安定させて、程よい緊張として響かせることが可能で、テンションの受け皿が「広い」和音です。
--以上の「不協和音程の性格」は、あくまで「調的なジャズ」における「原則」、あるいは四和音・テンション・コードの基本的な音程構造として捉えてください。モード・ジャズ以降のヴォイシングでは、V7以外の和音においても、短9度の音程を例外的に、しかし効果的に同時的・共時的に響かせる事も有効となります。--
・テンションの性格
三和音主体の和声と、四和音の和声とは全く異質なものというわけでもありません。四和音の7度が、コード進行に伴って、次のコードの3度に解決する動きは、四和音の和声の音楽、つまりジャズ・ポピュラーでも変わらない傾向です。
テンション・ノートは、「テンション・コード」の構成音ではありますが、トップ・ノートのメロディーとしての傾向は非和声音です。つまり、テンションは、コード・トーンへ移動する、吸収される事で、解決される傾向を持ちます。これが「テンション・リゾルブ(テンションの解決)」です。
テンション・ノートが解決の傾向を持つということは、メロディーとしての「動きの中で経過的な性格」を示します。コード・トーンの隣接音であるテンションが、コード・トーンが順次進行の動きで「変化」して「一時的に留まっている」音であるという性格が、テンションをコードに配置する場合、一般的に、二度音程で隣接するコード・トーンが「省略」される根拠の一つです。
ところが、テンションは必ずしも解決されず、長い音価を得る事で、緊張感のあるメロディーとなります。その場合は、テンションは「テンション・コードのコード・トーン」として、和声音です。
つまり、テンション・ノートが「和声音としての動き」をします。前述の通り、和声音は他の和声音に自由に跳躍進行をします。リード譜のコード付けがテンション・コードの表記である場合、大抵、メロディーがテンション・ノートとして、解決せずに長い音価を保つか、「非和声音としての解決」をせずに跳躍進行する場合、あるいは「和声音」として装飾音を持つ場合です。逆に言えば、テンションが保たれるメロディーの形と、それによって作られるコードの響きを、特にテンション・コードとして表記する事で指定しているわけです。これは楽曲の非常に大きな個性であることが多く、聴感的には「素直な楽曲」のようであっても、三和音主体の和声法、つまりクラシックの和声法では発想出来ないほど緊張感のある音使いをしている場合もあります。そういった場合でも、テンション・ノートの動きはコード進行の前後関係によって規定される部分が大きく、その動きを法則化する事も可能です。
和声法では、先の和音の構成音から同音進行で同じ声部に引き継がれた非和声音を「繋留音(けいりゅうおん:つなぎとめられた音)」と呼びます。また、繋留音を準備する音も「準備音:予備音」と呼ばれます。--非和声音とメロディーの章で詳しく述べます。--
理論編A:で述べたとおり、”繋留音”は、非和声音として、その和音の中で順次進行して和声音に吸収される事で解決しますが、これが同一の和音上で解決しないのがテンションであると言えます。いずれにせよ、この「先の和音の構成音が引き継がれる」事も「テンション・ノート」の原型の一つです。
次の和声音を先取りして鳴らし、次の和音の上へ同音進行する非和声音の形を「先取音(せんしゅおん)」と呼びます。さらに、テンションは、順次進行によって「次の和音の構成音」へ解決する傾向を持ちます。
前述の四度進行の9度のテンションを例にすると、「先の和音の5度(準備音)を引き継いだ9度のテンションが、次の和音の5度へ順次下降して解決する」というのが、和声法でのテンションの前後関係の原則となります。また、古典の和声法ではドミナント7th以外の7度は原則的な和声音ではありませんから、前述の通り、四度進行では先の和音の三度として予備され、同じ声部に引き継がれます。
いずれにせよ、四和音以上の構成音は、「三度堆積の繰り返し」という縦の根拠と、「メロディーの一部」としての横の根拠を持ち、「前の和声音からの同音進行」「後の和声音への同音進行」という「前後関係」の根拠をもちます。こうしたテンションの構成音が、「型としてのコード観」の中に引き継がれて、ジャズ・ポピュラーでは、「テンション・コード」という拡大された「型」として用いられます。
ジャズ・ポピュラーでは、テンションは全ての度数での進行、全ての機能和音に用いられますから、この前後関係を整理しておきましょう。これらは、全て把握していなくてはいけない性質のものではありませんが、「和声的な」つまり、コード・フォームの前後関係でのテンションの滑らかな動きの根拠となります。
テンションの前後関係の性格
四度進行 前の和音からの動き
後の和音への動き
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五度進行(四度下降進行) 前の和音からの動き
後の和音への動き
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三度進行 前の和音からの動き
後の和音への動き
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六度進行(三度下降進行) 前の和音からの動き
後の和音への動き
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ニ度進行 前の和音からの動き
後の和音への動き
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七度進行(二度下降進行) 前の和音からの動き
後の和音への動き
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また、テンションは「非和声音」としての性格も持ちますが、例えば13thのテンションは、ルートとの関係で不完全協和音程であって、不協和音程ではありません。さらに、代理和音のテンションが、主要三和音の構成音である場合等、テンションの性格にも相対性があります。--基礎編: 7.「テンションとテンション・コードのフォーム」の「主要三和音の構成音と代理和音のテンション」の項を参考にして下さい。--つまり、不協和音程の解決の傾向だけでは、メロディーとしてのテンションの動きの傾向をつかみきる事が出来ないのです。
ちなみに、こういったテンション・コードが連続して用いられ、楽曲の個性として必然となるものは、ジャズ・ポピュラーの中でも、時代的には比較的新しいものです。しかし、メロディーがテンションとなることが少ない素直な楽曲でも、伴奏、コード付けではテンション・コードを多用する事で緊張感を増すという手法は一般的なものです。
ジャズ・ポピュラーでは、全ての機能和音が4和音、付加和音となり、かつテンション・コードが型として成立した事で、ノン・コード・トーンを吸収する側としてのコード・トーンの「受け皿」が拡大し、より曖昧、もしくは極端な響きへと調性が発展したと言えます。ジャズ・ポピュラーの楽曲では、純粋に非和声音として「必ず」解決が必要とされる音は、アヴォイド・ノートのみです。
逆に言えば、これが解決されない場合は、メジャー・コードの完全四度アヴォイド場合、コード自体が長三度を省略することで、短二度、短九度の音程を避け、「サスペンション・コード」に変形し、マイナー・コードの短九度のアヴォイドの場合は、IIIm7.b9(III V VI II IV)はIVM7の転回形に、VIIm7b5.b9(VII II IV VI I)はTM7の転回形として配置され、短六度のアヴォイドの場合は、IIIm7.b6(III V VII I II)はTM7.9の転回形、VIm7.b6(VI I III IV V)はIVM7.9の転回形として、短九度、半音で接する四和音の構成音が省略されるにしても、短九度の音程を避けたヴォイシングで配置されるにしても、「和音そのもの」あるいは「和音の機能そのもの」が変化するわけです。
「オルタード・テンション」は、理論編A:に述べたとおり、トニック、仮トニックの構成音への、何らかの半音進行を志向し、変化音の向き(b=下降、#=上昇)に従う事が原則です。全ての非和声音と同じく、間接的な解決をする場合でも、結局の所は半音進行による解決をする事が、オルタード・テンションの「整った動き」となるわけです。この原則から外れる代表が、「ブルー・ノート」としての変化音です。
メロディーとしてのテンション・ノート、動きを持つテンション・ノートに関しては、「非和声音とメロディー」の章で詳しく述べます。
・ルートの進行
調性音楽の中で、コードの進行を最も強く表すメロディーは、ベース・ラインです。ベースは、特にビートを強調するパートとしての単純さを持っていますが、音程が変化する以上、「ライン」もしくは「メロディー」であることに変わりはありません。--楽器としての「ベース」が合奏で担う音域は、コードのバスのオクターブ下です。--
ルート進行が楽曲のバスのラインとなる場合、これは、メロディーに対して「隠れた」、そして「ある程度まで確定した」メロディー、もしくはラインです。--これは、調性音楽の楽曲が「単旋律」で演奏される場合でさえ、変わらない性格です。--
つまり、バスのルート進行のラインも、リード譜に「五線」で記されたメロディーと同じく、「コード・ネーム」として記譜されているものであり、コードをハーモニック・リズムに従って弾くなら、実際のメロディーとして、楽曲の低音部に明確に進行します。調性音楽において、最も目立つ「旋律=メロディー」、あるいは「ライン=線」としての性格を強く持つのは、歌としてのメロディーラインと、バスのラインです。コードとして捉えるなら、「外声」のニ声です。
ベース・ラインの最も基本的な形は、ルート進行です。ルート進行は、ヴォイス・リーディングとして、転回によってメロディーの動きに対して同方向の進行を連続させる事を避ける事で、若干の変化を持ちます。さらに、「リズム・コードのタイプ」の章で述べた通り、弱拍に転回と次のルートへの導音を補うことで、より細かなライン化(旋律化)がなされますが、ルート進行のみでも、充分にコード進行を表現します。これがベースと旋律楽器のみでも、調性音楽が成立する根拠です。調性を強力に表現する最小限のユニットは、バスとメロディーです。
ルートは、コードの響きの性格、所在の根底であり、音響的にも低音としてコード・トーンを積み上げる土台、足場でもありますが、同時に「コードの進行」の変化のステップ(歩み)そのものを表します。
調性音楽の中で、バスのラインほど「パターン」がはっきりした「ライン」はありません。つまり、コード進行が決まっている場合、当然、ルート進行の内容、ベース・ラインの「軸」は、ほとんど決まっていると言えます。これは、多くの楽曲にコード・進行が一致する、もしくは部分的に一致する事を考えると、「調性音楽全体の常套句」、もしくは「調性音楽の中の旋法性(音階によるメロディーの規則)」と言い得るほどの共通性・共有性を持っています。このことから、わかりやすい(なじみのある・ありふれた)コード進行の楽曲に対しては、「部分的にバスが省略されても」もしくは「コードが省略されてメロディーが単旋律になっても」、メロディーそのものが調性音楽の性格を表現しているならば、聴き手はある程度まで「隠れたバスのライン」もしくは、「コード進行」を感覚的、印象的に補います。
その逆に、「ルート進行」を軸としたベース・ライン「のみ」であっても、「機能和音の進行」つまり調性を感じさせる事が可能です。調性音楽とは、こういった「聴き手の内側にしかない音」、調的な音感によって成立するという性格も持ちます。
--「聴き手の内側にしかない音」とは、最も単純に定義するなら、「一つの音組織の構成音の内容」です。理論編A:に述べた、「旋法」「音階」の性格も、この「構成音の内容」に依存します。つまり、「構成音の限定された内容」は、聴き手にとっても、「限定された素材・基準」として、ある種の期待や予測、帰結感や解決感を容易とするからです。調性・和声の場合、さらにそこに、「音程」つまり不協和音程の解決、機能和音の構成音といった、「縦の・響きの素材・基準」の変化・差異による「コード進行感」と、その「パターン」が加わります。この「コード進行のパターン」を、最も単純に文法的に現すものが、「ルート進行」でもあるわけです。この原理に最初に注目し論じたのが、前述の「ラモーの和声論」であり、これを「根音バスの進行理論」と呼びます。--
楽曲の個性は、コード進行の個性(独自性)による所も非常に大きいのですが、ほとんどの楽曲は、コード進行に部分的な一致、常套句的進行を持ちます。
例えば、部分的であれ、ある楽曲とある楽曲の拍子、リズム・パターンと、コード進行が全く同一であるとして、そこにある最も大きな「違い」とは、「コード進行に伴うバスの根本的なラインは共有するが、メロディーが異なる」という事です。つまり、調性音楽は、バスの進行という確定性の高いラインの上で、より自由度の高い、上部のメロディーが動く形となります。これが、「アドリブ」を含めた、広い意味での作曲、「コード進行に促される作曲」が成立する根本的な原理の一つであると言えます。
「ルートの進行」の「ライン」は、コード進行の全体の一部でもあります。つまり、バスのラインも、調性が与えるメロディーの一つです。
--特にバスの進行について、音響物理的解釈を交えて、その傾向を法則化する理論がありますが、概論1:に述べたとおり、音程の動きがパターンをつくり、それが和声として定着したわけですから、当然の事ながら、調性音楽のバスのラインは、調性以前に成立していたわけではなく、調性音楽の歴史と習慣が、コードの一部、低音としてラインの傾向を作ったことは間違いありません。
バス、あるいはルートの配置は、「機能和音」という、ある種「音の集合」とも言える構造、「かたまり・型」としての和音の音感によって、はじめて調的な意味合いを持つものです。コードの構成自体は、「ルートを基準として組み上げられる」ものですが、調的な音感は、必ずしも「低音」という物理的な音響の「位置」にのみ依存するものではありません。「転回」が成立するのは、前述の「不協和音程の相対性」に限らず、そもそも、三和音の構成音も、「音程関係の相対性」によって成立するものであるという事を根拠とするものだとも言えるでしょう。--
バスをライン化をする場合、和声音と非和声音の動きの傾向に従って、「既にほぼ確定したライン」に対して、「非和声音を挿入する」、「転回による分散和音の動き、分数コードから、次のコードのルートへの動きを与える」、「後続するコードのルートに対する隣接音を挿入する」と言った、単純な「作編曲」の作業を施すことになります。また、「半音進行」を伴った、ジャズに特有な、「ランニング・ウォーキング・ベース・ライン」は、「リハモニゼーション」(再和声付け。コード変更)のバスのラインとして、論理化、組織化が可能となりますから、ジャズ・ポピュラーの和声の重要な要素である、「リハモニゼーション」についても本編で述べます。
つまり、本書では「バスのライン」を、あくまで和声の一部として扱う事で、論理化・方法化します。
無断借用・無断引用・剽窃を禁じます。 2007 3.13 佐藤選哉