(since 2004.10.05)
Geocities 統合に伴いアドレスが ./sense.html に変更になりました。今までのアドレスも引続き使えるようですが、一応連絡まで。
物理をたしなみし者達の一般的な振舞と、当たり前のように使われる用語を解説しているかは不明。まだまだ気付かぬまま使っている世間の非常識があるとおもうので、何かに気付く度に更新する予定。
『そういつも面白いこと思い付くわけではありません』
注意 1:間違いが無い!なんてとても言い切れません。ミスを連絡してくれると、俺はとても喜び、感謝します。
注意 2:このページは、萱沼先生の『偏見的定義集』や、西野先生の『物理学悪魔の辞書』に大きく影響を受けております(っていうか流用もある)。あと、学習院の T 崎さんの講義@駒場で得たネタが多いこと山の如し。でも、他人のネタは、ちゃんとその都度「〜さんのネタ」って感じで告白してますから。彼らから見れば僕は北斗琉拳の魔界の入口付近でうろうろしているシャチみたいなもんです(いろんな意味で)。
05/10/06 明らかに追記。
05/10/03 叩く、ブルーバックス的に言うとを追加。
『事柄が、だれにもわかるようにはっきりしているさま。疑いをはさむ余地のないさま。明白なさま。(三省堂「大辞林 第二版」)』な筈なんだけど、数学とかの本では全然明らかでないときにも使われる恐怖の言葉(『自明』もそうである)。っていうか、本当に明らかな場合の方が少ないんじゃないの?って感じ。
樋口保成『パーコレーション--ちょっと変わった確率論入門』(遊星社)の coffee break で『明らか』という単語の使われ方が書いてあり、『試練の場』なんて表現がなされている。やっぱ『明らか』は恐いのである。
あと、『〜を示せ。』というタイプの問題で、ある程度計算したけどそっからにっちもさっちも行かなくなったのか、全然明らかじゃないのに「これより〜となることは明らか」と反則な解答をする人もちらほら。教科書に『これは自明である』と著者が書いてしまう思想とおんなじ?
→自明
単語そのままの意味であるが、特に日本人の物理屋が単独で使った場合、「投稿した論文が通った」という意味で使われる事が多い。→ リジェクト
今まで英語の授業とかでは全然お目にかからなかったのに(物理の)論文や教科書を読んでると結構見かけるのがこの imply 。だいたい "This relation implies that …. " って感じで自明ではないがちょっと考えたり手を動かしてみると導けたりするようなことを言うのに重宝される(本当に『ちょっと』で済むかは保証外)。辞書で調べると『暗に意味する』なんて妖しくも魅惑的な言葉が書いてあって、初めて見たときにこんな妖艶でややこしい日本語をたった一言で表現できるなんて素晴しい!って imply の魅力に取り憑かれた人も多いと思う。自分もその一人(って言うかuniqueでないことを祈る)いつか自分が論文書くときは使うぞーって思ってその機会が巡ってきたんだけどなかなか使いどころがでてこなくて、ここだー!!!って思って使っても師匠の更正で別の表現に変えられたりで、結局登場は 2 回くらい。
値や対応関係がただ一つに確定出来ること。数学やさんは大体ちゃんと日本語で一意って言うらしいけど物理屋さんはいろいろな事で英語混ぜてくるので unique って発言する方が多いかも。「その解は unique ですか?」『はい、unique solution です』なんて会話が出来ればあなたは立派な物理屋さん…ってのは学習院の T 崎さんのネタ。ちなみに日本語でユニークっていうと変な奴を示すことが多いが、確かに変な奴は他に類を見ないと言う意味で唯一である。
極限での収束性とかをすっきりと定義する為に生み出されたと思われる概念。論法って言われてるけどどー考えても概念って言った方が適切だと思う。そのいぶかしげな名前と「いかなる小さな正の数εに対しても、必ず正の数δが存在し…」なんて言回しで初心者を混乱させ、かつ数学って難しいなんて言われるときに挙げられる言葉の代表だったりするけど、一度その味を知るとその便利さに心酔し中毒になっちゃう人もいるので注意!(っていうかそれ以外に方法が無いっていうべき?)
その心髄は収束を議論するのに『無限』とか、『限りなく近づく』とかいうともすれば曖昧で直感に頼らざるを得ない言葉を排除しているところにある(っていうか限りなく近づくって言葉をこの方法によって定義している)。たとえば、1/n (n は自然数) が n → ∞ で 0 に収束することは、どんなに小さな有限の大きさの正の実数εを持って来ても必ず 1/N < ε を満たす自然数 N が存在してしかも、m ≧ N である自然数 m に対しては必ず 1/m < ε が成立すると言うことから証明される。ここで現れるεとか N はあくまで有限の数であって 0 や無限を使用するのを巧に避けている。しかし、いくらεを小さくしても必ずそれより小さい有限の数をはじき出せると言うことが保証されているので、εをどんどん小さくして行って、その小さくして行った果てでは 0 になっているとしか言いようが無いってのがその本質である。不等式で書くと 0 < 1/N(ε) < ε がいつでも成立していて ε→ 0 だから 1/N も 0 に行くって感じかな。
学習院の T 崎さんは「ε-δ論法は子供の喧嘩程度の議論しかしてない」とおっしゃられたがまさにその通りだと思った。っていうか関数とか数列が収束するためにはこの『子供の喧嘩』に完勝して初めて集束すると言えるのだから。上の 1/n の例だと
こんな感じで果てしなく続けて行っていつまで経っても言葉に詰まらないときにのみ人は収束するって言えるんですねー。
って一回もδ出てないじゃんよ、何処がε-δ論法なんだよって思うかも知れないけど、f(x)が x → 0 で 0 に収束するなんて言うときはちゃんと『如何なるε> 0 に対しても十分小さな有限のδ > 0 が存在して 0 < |y| < δ なる実数 y について必ず |f(y)| < ε が成立する。』なんて言回しをするのでちゃんとδがでてきて一安心でしょ?(←何がだ!)。
これは世間一般で使われる意味と同じ意味で使う他に、物理屋はただ『人に会った』、『人を見かけた』と言う意味でもこの『観測』という言葉を使うこともあるので注意が必要。用例:「彼は昨日観測してませんねー。」
あるベクトルに適当な定数を掛けることによって、そのノルムを 1 にすること。以前に TV CM か何かで「…を『のーまりぜーしょん』と言います」って言っているのを聞いたことがあるが、それって一体何?
平たく言えば要素が無い、空の集合のこと。如何なる集合の部分集合でもある非常に特別な存在。萱沼教授のページの偏見的定義集(ここより格段に面白い)の空集合の項に『「空集合に関する陳述はすべて真」と約束して、全く矛盾の無い体系が作れることを知り、目からうろこが落ちる思いがした。(もちろん、「すべて偽」としても同様である)』とあったがそれを見て私も目から鱗…であった。そりゃーUFOも反重力エンジンで動くってばよー。でも『ダイエット中なのにケーキをたらふく食べてしまう人』ってのは一見空集合の元だけど実在してるし…。人間って非自明。
日本人物理学者の多くが『具体的なイメージ』を意図して、ついつい使ってしまっていたらしい表現。高名な Prof. A. J. Leggett が日本物理学会誌に寄せた文章 "Notes on the Writing of Scientific English for Japanese Physicists," 日本物理学会誌21, 790 (1966) にて指摘している。しかし実際、 concrete は『具体的』って意味で native English speakers が書いた論文中でも使われているし、アルクで "concrete image" で検索すると "concrete image of one's own future goals"(将来の目標の具体的なイメージ)って例文出てくる。また、google で検索すると、どう考えても『具体的なイメージ』の意で "concrete image" を使っているサイトもある(『コンクリート製の物の写真』って意味で使ってるサイトも多いけどね。)。でも地雷踏む可能性はあまりにも大きい。ってことで concrete は恐くて使えねぇ。嗚呼、外国語って難しい。
個人的には『具体的』っていうより、『あからさま(explicit)』って方が適切な場面にしか出会っていないので、幸いにもこの誤った表現は使っていない。しかしながら『似たような間違いを犯した、っていうか今後も犯す』という恐怖は消えない。
comparable(比較可能な・匹敵する)の略。「大体おんなじくらい」って意味で良く使われる。
飽和すること。英語の saturate から来ている。
数式がやたら出てくる物理や数学では式に番号を振って、後で『式(**)を参照』みたいのがよく出てくる。これは区別が出来ればいいので別に数字である必要はない。私の友人の情報によると、ある授業で、式番号に数字を使わず『◯』とか『◆』とかの記号で式番号を振っていた講師が、最初のうちはよかったがだんだんネタが尽きて来て、しまいにはしばらく悩んだ後に猫の顔を書き出したこともあると言う。その話し以来、その講師のコードネームは一部マニアの間で『ネコちゃん』になった。
その『ネコちゃん』本人に確認したら、「私の先生もネズミとか書いたりしたことあったんですよ」(←御師さんから受け継いだ性質だったのか!?)「あれ!?ネコじゃなくてネズミだったような…、ネコは難しいですよね」(←…そういう問題…!?)って全然当り前が如く話されてしまいました。「まぁ、普通は数字で…」ともおっしゃられましたが。
ぱっとみであからさまなこと。物理屋はよく自明・非自明など言ったりするが普通の人が言ったのを聞いたことが無い。だいたい『明らか』とか言えばいいのに、なんか文章が引き締まる気がするのでどうしても多用しちゃう言葉。英語圏でも普通の人は滅多に trivial, nontrivial なんて言わないそうな。→非自明。
また、数学的な本で自明とか書かれている事って大体読者に取っては全然非自明で証明するの大変なんだけど…。時々ほんの数行の間にわっさわっさ『自明』なことが書いてあって、その数行読むために色々証明しなきゃいけなくてノートは10頁以上なんて事もあるのは何故???
あと、本を書くときに、自信のあるところは細かいところまで説明して、自信無いところとかしっかり確認してないところとかを『ここは自明』なんてごまかす…なんてのは常套手段になっちゃってるらしい(学習院は田崎さんが授業中にそんな発言をされました)。…そうか!だから『自明』ってところが逆にチェックするの大変なんだ!!!これは目から鱗もん。
→明らか
正定値ノルムで定義されたベクトル空間の任意の二つの元 a,bについて、そのノルムを各々‖a‖,‖b‖と書き、それらの元の内積を(a,b)と書いたときに成り立つ不等式
‖a‖‖b‖ ≧ |(a,b)|
のこと。自明そうなんだけど、ぱっと証明が出てくるわけでもないのでノートにして残してあったりする。ある不等式を証明するのに、この Schwarz の不等式を何回使う必要があるかが、その不等式の凶悪さを示す一つの指標となる。
何気にみんな知っていて師匠のブックマークにも公式(?)ページが登録されているのを目撃したこともある。まさに外部の人には知られていない常識って感じ。詳細は『公式』ページをみるがよろし。
平たく言えばある条件を満たすお友達同士を全部集めてきて出来た、まさに集合。その集合を作る一人一人を集合の元と言う。う〜ん、こーいう基本的なことはかえって難しいなー。っていうか空集合だけ先に載せてこっちが後になってしまった。
(これは完全なる独断と偏見による)『物理は数学を使っているんだから、ちゃんと数学的に正しい手順を踏んで物事を言いましょう』って主張して実際やっている分野。数理物理学者の出す結果はだいたい数学的にも厳密に証明された『定理』となっている。ということで、論文は大体長くて、しかもその構成は『Main Results』『definition』『Proof of theorem』みたいな感じ。もちろん『Proof of theorem』の部分では lemma が目白押しである。おまけに最初からちゃんと読んで行かないとわからないようになっているので(でも証明なんだから普通です)、多くの人にとって非常に取りつきにくい。また、実験結果のような定量的な予言は滅多に出来ないので評価も低く、非常に虐げられている分野でもある。そんなちょっと悲しい分野だけど非常に強力な分野でもあり、かなり一般的に成り立つ結果が得られたりすると皆がその結果にひれ伏す。
0 より大きいこと、行列等に使われるときはその全ての固有値に対する意味で使われる。→半正定値
文字通りノルムが 0 より大きいこと。まんまだけど良く出て来るのであえてまとめました。っていうか普通お目にかかるやつらはどいつもこいつも正定値ノルムで定義されているのでむしろ正定値性がノルムの条件であるみたいに言われることもある。でも、相対論だとノルムは正定値で定義されてなくて、ゼロベクトルじゃなくてもノルムが 0 になったり負になることもあるんだけど、それが因果律とかの説明に一役買ってたりもする。→正定値
平たく言えば、力が働いているって事。量子場の理論によれば、力は必ず、その力を媒介する粒子がある(よくキャッチボールすると言われるが、まぁ、摂動展開の各展開項に物理的意味があると思えば、その解釈はまさにその通り)。力が働かない場合には、(少なくとも直接的には)互いに影響を及ぼさないので、互いの存在を(直接的には)知る術が無い。
「○○さんは××さんと相互作用したことありますか?」なんて言葉は上記を踏まえると、「○○さんは××さんとお知り合いですか?」なんて意味を持つと言うのは分かるでしょ?実際使われているのをこの耳で聞きましたから。
こんなの物理屋特有に違いないって思ったけど、 interaction て言葉にはどうやらそういう意味もあるような無いような…?実際どうなの???
微分すること。用例:(ヘルムホルツの)自由エネルギーを温度で叩けばエントロピーが得られる。
その辺に居る女の子に使って欲しくない言葉で上位にランクイン(俺と H 君の対談より)。微分さえ世間の非常識なのに、それを叩くと言われた日にはねぇ、そりゃー立ち直れないわ。かく言う自分も初めて聞いたとき(卒研か M1 のとき)は秘かにおったまげた。おったまげたけど、なんとなーく雰囲気は察っするなと思ったあなたは手遅れです。もちろん起源なんて知りません。個人的には昔話等でありがちの『叩くと何か出て来る』って思想と『自由エネルギーとか分配関数を微分すると種々の状態量が得られる』ということが結びついて『叩く=微分する』になったんじゃないかなーって思ってる。そう考えると、そんな変な用法って気はしないよねぇ、ねぇ。で、まんざらでもないなと思ったあなたは、もう…。
「物体を変形させたり、動いている物体の速度を変化させる原因となる作用。巨視的な力としては、物体表面に働く圧力や物体内部に生ずる応力などのほか、力の場を形成する重力と電磁気力がある。微視的には、原子核の核子間に働く核力と、原子核・電子間および電子相互間の電磁気力が基本的な力である。さらに、一般的には素粒子の相互作用のことを力とよぶこともある。(三省堂「大辞林 第二版」より)」
宇宙には重力、電磁気力、核力(強い力)と弱い力の四種類があるそうな、っていうか強い力と弱い力ってどんなネーミングセンスだよっと思うが、日常では体感できないことも手伝い、良い名前が付く前にこの名前で定着しちゃったと思われる。さらに高エネルギーな領域では 4 つの力は一つにまとまる*と信じられていて、素粒子屋さんがあの手この手で示そうとしている。しかしながら、世間には公表されていないが、我が大学の素粒子屋さん達は実は、第 5、第 6 の力を経験的に発見している。第 5 の力により、お酒を注ぐ瓶がより鋭角に傾いてしまい、第 6 の力によりお日さま低いうちは布団に強束縛されてしまうそうな。ということで、素粒子屋さんとの飲み会は危険だ…。(しかしそんな素粒子屋さん達からも俺は一目置かれていたりすることには今は言及しない。)また、素粒子関係の研究会に行った友人の報告を聞くと、これらの力の発見が我が大学のグループに限ったものなのかは甚だ疑問である。しかし、『多体効果による未知の有効相互作用』や『未知の結合項の示唆』ではなく『全く新しい未知の力』に行くところが素粒子やさんっぽい発想かなっと俺は思う。こんなところにも分野の違いは現れるもんなのね。
*より正確に言うと、「大元の理論では 4 つの力は全く区別できない形で表現されているが、低エネルギー領域を表現するに有効かつ有用な理論では、自発的対称性の破れにより、その性質や働く粒子が異なる 4 つの力として書かれる。」って感じかな。
直角に交わってること。座標空間の位置を定義する、二つのベクトルが直交するとき、その内積が 0 になることに倣い、『内積が定義されたベクトル空間に属する二つのベクトルの内積が 0 になると、その二つのベクトルは直交しているという。』なんて言われる。
量子力学では状態は Hilbert 空間というよいこちゃんなベクトル空間の元(要素)になっている。二つの状態が独立である(つまり、お互いになんの関係もない)とき、その二つの状態ベクトルは直交している。転じて、二つの事柄が無関係であるときにもしばしば直交が使われる。例:「あの話と、今の件は直交してるでしょ?」
論文を書いた人(達)。著者が多いと(一般には 3 人以上)、お仕事を他の論文などで紹介される際に 『First Author, et. al. は … を示した。』の様に、筆頭著者以外の名前は省略されてしまう。故に順番は "基本的には" その論文への貢献度が高い順である。が、そこにいろいろあってプレプリントと雑誌に掲載された論文では筆頭著者が変わってる "First Author Transition" なんて笑えない現象も観測される。どんな職業の集団でもそういう人はいるもんだ。もちろんしっかりした人も居て、MgB2での超電導現象の発見を報告した論文の筆頭著者は、当時の卒研生である。
そんな余計な争いを避ける為か、素粒子では『名前順(ABC 順)』で著者が並べられている事が多い。特に最近の実験は一大プロジェクトと化しているので、そりゃー著者の数は多く、中にはアブストラクトが 2 頁目なんてのもある(もちろんきれいに名前順である)。(!注:ここからは他人のネタの流用です!)でも、それじゃあ貢献度が高い人がよく分からないので、謀 K 教授は貢献度に応じて著者のフォントサイズを分類することを提案しているが、人数多すぎると貢献度低い人はとってもじゃぁないが読むことは出来なくなってしまうであろう。(参考:萱沼教授『偏見的定義集』)
公理と数学的論証に基づき証明された命題の中で、重要であろうと思われるもののこと。その定理を証明するのに必要不可欠な非自明な命題があっても、そんなに重要じゃなかったり最終的にその定理に含まれちゃうやつは補題と呼ばれる。一つ格下のやつになっちゃう。
無視すること。英語の neglect から来ている。近似の際に落す効果についてよく使われる。用例:「この項をネグっちゃうと…」
ある人(主に理論家)がただ居るだけなのに何故か実験結果がうまく出ないという、実験家にとっては迷惑極まりない効果。我が研究室に在籍したことがあるものは少なからずこの現象を誘発する。
僕の初投稿論文をリジェクトするときに RPL が使った魔法の言葉。悪意を持って解釈すると「おまえらの仕事はマニアックだからうちじゃぁ駄目駄目」って感じ(いささか悪意持ちすぎだけど)。その使用頻度は謎であるが、実は高いかもしれない。って俺こんなこと書いて大丈夫なのかなぁ???
数に数を対応させるのが関数。これは中学校くらいで習うので誰でも知ってる(はず!)。で関数に数を対応させるのがこの汎関数。ときどきベクトルに数を対応させるものと言う意味でも使われる。まあ、いっぱい関数持って来ればそれでベクトル空間を作ることは出来るしね。
0 以上の意味。あとは正定値と同じ。日本語では頭に『半』が付くのに、英語では真ん中に『semi』がはいり、ややこしい。
自明でないこと、大体ぱっとみわかっちゃう事はつまらない事と判断されるので物理屋が『非自明』というと、そこにはよく『興味深い』とか『おもしろい』って意味が暗に含まれる。
論文の著者の中で、一番最初に名前が挙げられる人。→著者
このページの作成にあたり「う〜ん。あんまり厳密な言い方じゃないけど厳密に書いちゃうと普通の人にはわからないよなー」って思った時に多用される『逃げ』の言葉。
ベクトル空間達の中でも特に色々都合の良い性質(正定値ノルム・完備性)を持ったある意味『良いベクトル空間』だけが名乗ることが出来る称号。
色々な状況証拠と今までの経験を駆使し、計算や厳密な証明抜きで納得、若しくは説明するときに使われる便利な言葉。世の中には物理的直感のみで納得されている事項が非常に多いし、それで満足している人達が圧倒的である(故に数理物理屋の世間一般での評価は低い)。本当に面白く新しい知見を与えてくれる事ってのは物理的直感とは異なる結果をもたらす現象にあると思うんだけど。それに真の理解は物理的直感とは違う場合もあるのにねぇ。って愚痴じゃん。あと、物理的直感からどー考えても明らかで正にその通りって事が証明できるんだけど、その証明は物理的直感に沿った方法では出来てないってのが世の中腐る程在って人間の直感って凄まじいっていうか人間の数学の能力って全然大したこと無いのかなぁ?
小学校か中学校で教わったまんまの、両辺の大小関係を表す関係式。物理ではだいたい完全に計算が出来ちゃうなんて場合は極希なので(おそらく数学においてもそうである)、じゃあどーするかというと、大雑把に言って二つの方法に分けられる。1つの方法としてはよい近似法を探り当てて近似的な計算を行なう(数値計算はここに含まれる)。もしくは気になる物理量の大きさを制限するために、あの手この手で不等式を証明し(主として)定性的な主張をする。と言う方法がある。後者の方法をとるような人達は大体『数理物理屋』である。有用な不等式についてはその不等式を証明した人の名前がついて『◯◯の不等式』なんて呼ばれるようになることもある。でも頭のよい人は世の中に居るもんで Lieb は有用な不等式をそりゃーたくさん証明して、しまいにはその名も『inequality』って名前の彼の論文選集を出版しちゃう位で、これじゃー『Lieb の不等式』だけでは何に関する不等式かわからないので『〜〜の Lieb の不等式』って呼ぶ始末。
集合なんだけど、それがそっくりそのまま他の集合の一部であるようなやつ。堅苦しい言葉を使うと、「ある集合 A の全ての要素が、集合 B の要素でもあるとき、集合 A は集合 B の部分集合であるという。」って感じ。記号を使って書くと、『A ⊂ B』こうなる。ここで天邪鬼な奴が気付く。B の全ての要素は文字通り B の要素なんだから、「B は B の部分集合である」って言っていいんじゃないの?はい、その通りです。「二つの集合 C と D が実は同じ集合だよ」ってことを証明するのに、 「C ⊂ D と D ⊂ C が同時に成り立つから、C と D は同じ集合である」って言う流れは常套手段。
で、本当に別の集合の一部であるような部分集合を特に指定して言いたいときは、『真の部分集合』とか『強い意味での部分集合』とか言うのである。ところで、自分の研究が、他者の、しかも同時期の研究の真の部分集合になっている事は悲しい事である。洒落にならない。この前学会でそんな悲劇の主人公を目撃した。運の悪いことに、その彼の直前の講演が、彼の講演内容を完全に含み、しかももっと幅広いパラメータ領域に関する結果を報告していた。困った彼が、もうどうしようもないって感じで「…は注目されているので、このように発表が被ることもある。」と発言していたのを忘れることは出来ない。
マニアックな数学用語や数式を使わず直感的に説明しようと試みますよって意志表示をする際に使われる。でも、ブルーバックス的に言うとって最初に言ったにも関わらずその業界の数学にちょっと…かなり馴れ親しんでないと理解できないことも多い気もする。ブルーバックスは言わずと知れた講談社のブルーバックスシリーズのこと、あれを読んで物理を目指した人も多いはず(自分もいっぱいお世話になった)。でも、ぶっちゃけ玉石混合。あと、理解した部分を最近読み直してみると「ああ、ここでこれが言いたかったのね当時は全然わからなかったよ」なんて事柄も多数。その結果、物理に関しては数式をチェックして、その数式をあーでもないこーでもないっていじくりまわして悩んだ方が圧倒的に深い理解が得られるって結論に達した俺(当り前だろうけど)。
そのまんま、雑誌に投稿中の論文。『プレプリ』と略される。インターネットが出来て、プレプリントサーバーなるものが発展。物理界では arXive.org が有名(リンク先は京都大学のミラーサーバー)。ミラーサーバーは世界各国にある。あと、数理物理に特化すれば mp_ark ってのもある。同一結果で先行者争いが起こったときは、いまや雑誌掲載日より、プレプリントサーバーにアップした日で決まるんじゃないかなぁ?更新は自由に出来るので、中には雑誌に載った論文のアップデート版を発見することも。最近は講義ノートや博士論文もあったりなんかする。研究は人類の共有財産なので、こういう流れは大歓迎だ。
欠点は査読されない為に内容の真偽は完全に読者の判断に委ねられるところと、世界中から集まるので一日の新着件数がものすごいこと。arXive.org では、物性物理に限定しても、一日に 50 を越えるプレプリがアップされている。タイトル眺めるのも大変だよ…ってことでチャックするのサボり気味だったけど、ブラウザのトップを新着案内ページにしたら、これが一日一回はちゃんと眺めるのよねぇ。これは妙案!お薦めします。
平たく言えば、『大きさ(長さ)』と『向き』が定義されたもの。この『大きさ』と『向き』の概念が非常にやっかいで、高校で教わる『矢印』ってイメージで済むと思ったら大間違い。
平たく言えば『和(足し算)』が well defined な集合って感じ??う〜ん。難しいなぁ…。
定理を証明するのに使われる、それ自身公理に基づき数学的論証による証明を要する命題。補助定理とも言う。定理ほど一般的、または重要でないがこれが無いとその定理が証明できない縁の下の力持ち的存在。でも、大体の定理の証明って必要な lemma が証明された後はほとんど自明だったりもする。
どんな有限の数より大きい数。なんて誰でも知ってるけど未だに人が全然克服できてないもの。扱いはすっげえ難しくって、そんじょそこらの物理屋さんが適当に極限取って間違った答え出しちゃってることなんてしょっちゅう。場の理論が全然定式化できないのは正に連続無限の自由度に基因する発散の問題を人が全然克服できていないからだと思う。でも本当にすんごい物理屋さんってのはいい加減に取扱ってるのにちゃんと数学的にも厳密な結果に辿り着いちゃったりして凄いなー。
ところが「有限よりよっぽど無限の方が易しい」なんて数学やさんもいるらしい。たしかに無限自由度極限が well defined である問題に関しては有限自由度の方が超ややこしいけど…。
ところで、有理数って無限個あるけど実数から無作為に数を一つ選んだときにそれが有理数である確率って 0 なの知ってる?
ランダム系を場の理論とくりこみで解析してるときに、必らずと言って良い程お目にかかってしまうらしいお言葉。なんだよ無限個って…。「ランダムネスが入った格子系を連続場の理論なんかで解析しようとするからこんなのが出て来ちゃうんだよ」とは師匠の言だが、きっと誰でも思ってる。でも手で解析しようとすると場の理論しか無いんだよ…現状では…(悲)。しかしヒトの環境適応能力は凄まじい。無限個あるマージナルオペレーターの分布関数をくりこむと言う荒技を使い解析してしまうらしい(良くは知らない)。
そのものズバリの模型が現実に現れる可能性が 0 なので、そんなの扱う意味あるのかよ?と思われがちだがより一般的な模型に成立する本質的な性質を凝縮している場合もあるのでそんな邪険にしなくてもいいじゃんねぇ。今、数値計算全盛期でともすれば本質が分からないまま結果だけ出ちゃってなんて場合もあるけど、やらせな模型はやらせだけに本質は良く分かるからね。それを足掛かりにして一般の模型にも成立する性質を導き、現象の本質を理解するって手続きは、真の理解を得るためには必要な手続きの一つだと思うよ。
とはいうものの、(本当に純粋な)摂動論以外の殆どの近似って多かれ少なかれやらせになっちゃってるんだよねー。で、この近似も物理の本質を色濃く反映してる場合が多くて、その近似が有効な系で何が起こっているかを理解するのに絶大な力を与えてくれているのも事実。近似的な模型を設定するって意味では上記の 1 のケースとも繋がる。
まぁ、諸刃の剣ですね。やらせだけで満足せず、何とか脱却したいと思ってるのは皆いっしょ。
特異点が無かったり、写像が一意的に定義されたり…なんて色々な場面でこちらにとって都合の良い定義が出来るときに多用される絶妙なお言葉。だいたい well defined でない理論って予言能力無いって言っても過言じゃ無い気が…って QED とか QCD ってたしか厳密な意味では well defined でないじゃん……。っていうか皆 well defined, well defined しか言わないので本当に日本語でこー言うのかは不明。
系のパラメータが位置によりランダムに設定される系。なんだよランダムって…そんなのあるのかよって思いきや不純物とか格子欠損ってランダムじゃんってことで、むしろこっちの方が現実的。でも、確固たる基盤に基づいた解析なんてのは当然難しすぎて答がでない(そんなのランダムネス入ってなくても滅多に無い)…ということでいろいろな近似法があるんだけど、誰もが「こんな方法インチキだろ」って思うような近似法が現在最も幅を利かせているのが現状?そしてその解析結果が結構良い結果出すから不思議。数学者も"Physicist's Replica Method"なんて言って、興味を示しているようである(彼らの興味は「正しい答え返すからには、その方法が有効となるような未知の数学的な構造があるに違いない!」ってとこにある。)。でも、同じ問題なのに、使った近似によって様々な結果が(全く逆の結果さえ)出たりするこの悲しき現実。「結果もランダム」とは外野から眺めている俺の言。(ランダムな系では、異なった結果を返す種々の近似は、等質的(ランダムでないって意味)な系においては同等な結果を返していたことを捕捉しよう。)
単語そのままの意味であるが、特に日本人の物理屋が単独で使った場合、「投稿した論文落された」という意味で使われる事が多い。→ アクセプト
そのまんま、雑誌に掲載された論文の写し。公募に応募するときに資料として提出する他、「こんな仕事しました、読んで下さいね!」って意味で仲の良い、良くなりたい人にお渡ししたりするものでもある。
原子とかすっげえ小さなものの現象を調べようとしたときに避けては通れない言葉。ちなみに「classical(古典の)の反対は?」って訊くと物理人なら即座に「quantum !」って答えてしまう、間違っても「modern(近代の)」とは答えない(元ネタ:物理学悪魔の辞書@西野の部屋)。っていうか物理学科の 3 〜 4 年次生位になると既に何の疑問も持たずにこう答える者が増えて来る。もちろんしっかりと物理を修得した学生であればある程この傾向は大きい。まさに北斗神拳を極めれば極める程、その動きは無意識に北斗七星を描いてしまうのとおんなじ。って RedHat 9 の canna ったら『北斗神拳』が最初から辞書登録されてるんですけど…。
古典物理ではどーしても説明できず直感でも全然理解できない現象を一言で片付けてしまう魔法の言葉。でも、実際そうだから仕方ない。世間で言われている『量子効果』ってのはいわゆる『プランク定数が 0 と見なせない程小さな世界の現象はそれまでの理論では説明できない』ってな感じでプランク定数の大小がメインであるかのようにきこえるけど、真に量子力学が古典物理と決別しているところはプランク定数の大きい小さいじゃなくて物理的状態が数学の言葉で言うところの『期待値汎関数』で表現され、異なる状態の重ね合わせが新たな別の物理的状態となる『重ね合わせの原理』が成立するところにある。この新たな表現が(相対性理論も含め)それまでの物理学を古典たらしめた決定的な要因である(参考:清水明著「量子論の基礎」サイエンス社)。なんて言っても『期待値汎関数』とか『Hilbert 空間』なんか普通の人に言っても分かんないから前者の意味がどーしても表にでてきちゃうのね…。でも、Einstein が量子力学を攻撃したのはこの重ね合わせの原理をどーしても受け容れることが出来なかったからで、Schroedinger の猫とか EPS 実験なんてのはこの重ね合わせの原理から出て来てしまう不思議な不思議なお話なんだけど実際実験でそーなるってことが確認されてたりして世の中不思議ねー。でも、一年後輩の素粒子研の S 君はこーいう結果を別に不思議だとも何とも思わないようで新世代って感じ?ついでにいうと最近流行の量子計算とか量子通信なんかはこの『重ね合わせの原理』を巧に利用している。
このへんの話しはみんな(あくまで物理人の意味で)知っていて、特に量子力学修得の際には非常に気にしていたんだけどいつのまにか気にならなくなっちゃって、慣れって恐いなー。
大元は原子核がどーやって出来てるのかって事をつきつめていって出来たであろう理論。『色(color)』とか『香り(flavor)』って言うけど全然深い意味は無くってただ適当につけた名前なのであまり気にしない方がいい。ていうか気にしても無駄。深読みした奴が敗けです。最近のマニアックなアニメとかと同じね。最近はカラー超伝導(color superconductivity)とかが大流行みたいだけど理論そのものが難しすぎてみんな超いい加減に扱ってる…って別にそれが悪いって言ってる訳じゃないので軽く聞き流して下さい。現時点で人が持ち得ている道具ではそれが限界ってのも知ってるから。っていろいろ文句言ってるわりに良くは知らないのでこんなもんで。
一見すると電気はあるけど磁気はどーなっちゃったんだよーって思わせるがしっかり取扱われている。っていうか相対論をちゃんと考えるとひとまとめに出来るので『磁気』って言葉外されちゃってるんですね。電子、μ粒子と光(電磁気力の元)を量子力学的に扱う理論って説明がいちばん適切かな?くりこみ可能、かつ結合定数が小さいという非常に嬉しい性質を合わせ持っているため現時点で人が持ち得ている方法でかなり信頼できる近似計算が出来る数少ない場の理論。現時点で最も成功している場の理論といってもいい。っていうか実験と 10 桁位合うってなにそんなに細かい結果が出せるまでひたすら計算してるんだよってつっこめたり、そんな高精度な実験出来るんだーって感心したり。でも数学的に厳密な定式化は全然出来てない。
ちなみに、Q.E.D. は、『証明終』を意味するラテン語 "Quod Erat Demonstrundum" の略でも使われるけど、最近は代わりに ■ とか □ とか、それらの半角のものが証明終の意味で使われてることが多い気がする。少なくとも、僕が読む論文の範囲では、 Q.E.D. は最近の論文には見かけない。