
estrelas FCの誕生
2002年7月、某エグゼクティブホテルのフロントの有志が集まり、良い子の野球チームを作ろうという事になった、、、しかし、どこでどう間違ったかフットサルをやろうという事になった。やはり韓国と日本で開催されたワールドカップの影響があったのだった。チーム名もにーはおに決まり、監督にはロンドン留学中の井嶋氏を迎え、総勢12人!?位でスタート。キャプテンには、ちょっとだけさわやかでかっこいい燃える男古賀ちゃんを任命し、順調な滑り出しをした、、、ようにも見えた。。。しかしここからにーはおにとって、いや、古賀ちゃんにとって悲惨なにーはおが始まったのであった。。。誰かの音頭で練習日が決まり、体育館を借り切っての初めての練習!は参加したのが4人。。。しかもその中には当初絶対フットサルなんぞやらないと思っていたミスター台湾の上島さんが含まれていたのであった。それ以降、チームにーはおは全く機能しなくなり、皆の間から忘れられていく存在となり、古賀ちゃんのキャプテンとしての評判は、、、、おーちちゃった!!!イエイ。そして運命の2003年。。。ついに歴史が動いたのであった!新しくフロントメンバーとして2002年に加わった村野豪という、みせかけさわやかにーちゃんと川崎さん、今年フロントに加わった千成毅の熱い、いや熱すぎる想いに又エグゼクティブなフロントマン達が新たに動かせられ、ついに2003年8月26日にユニフォームを作ってしまうという暴挙にでてしまったのであった。
2003年9月17日、この日はESTRELASにとって歴史的な日になった。なんと練習もなし、ユニフォームもなしという状態でいきなり練習試合に臨んだのであった。。。
この日、19時半頃からメンバーが集まり始め、20時よりウォーミングアップ開始。そこで又ありえない事が起きたのであった。。。
いきなりestrelasのマスコットであるフィフティーすすむちゃんが、な、なんとウォーミングアップのボールへのファーストタッチでボールの上に乗っかってしまい、頭から転倒!!!!!!!!たくさんの人々が、両足の浮いたすすむちゃんを目撃したのであった。この転倒により、まだ何も始まってない状況ですすむちゃんは体の3箇所から流血。
何かが起こる予感をさせてくれた出来事であった。
試合の方は多分2勝6敗。
2勝したんですが、しかも連勝なのでありました。
しかし、情けない事に何人かのプレーヤーは相手チームの20番を眺めていたのであった!君達!恥を知れ!恥じを!あんな子がフットサルを???ってな感じでした。
しかも誰かさんはその子が所属してるチームを必死になってネットで探してました!恥を知れ!次回も会えるといいね!