随想〜〜美濃町線の廃止を彼方から傍観して

 

 

 

 

 本日 3月31日には、いくつかの鉄道が廃止になる。

   日立電鉄(全線)
   のと鉄道(穴水−蛸島間)
   名古屋鉄道美濃町線・田神線・揖斐線・岐阜市内線(全線)

 最後となれば乗っておきたいものだといちおうは思いつつ、日立とのとには特段の興味を持てなかった。なにしろ今の今まで未乗、つまり筆者の行動圏外にあったわけで、逆にいえば、魅かれるものを感じていなかったことの裏返しともいえる。

 しかし、名古屋鉄道の4線、なかんずく美濃町線となると話はまったく別である。過去に訪れた履歴を挙げると、

   昭和57(1982)年 / 平成 5(1993)年 / 平成 7(1995)年
   平成 8(1996)年 / 平成10(1998)年 / 平成16(2004)年

 実に6回も行っている。これは日常的・定期的に利用する路線以外ではかなり多い部類で、さらに多く訪れた路線となると、筆者においては広島電鉄くらいしかない。特に平成 5(1993)年から平成10(1998)年にかけてはほぼ隔年の訪問であり、いかに強い興味を持っていたか、自分ながら面白いところだ。

 平成16(2004)年初夏の訪問は、これが最後になるかもしれないとの思いもよぎった。とはいえ、他の目的を果たす途上での立ち寄りであり、もう一度時間をかけて訪れておきたいという含み、いわば「思い残し」を敢えてそのままにし、さらなる再訪の動機づけにしたつもりだった。

 しかして、再訪の機会は得られなかった。名古屋出張のついでに足を伸ばすという裏技さえ使えなかった。筆者はこの一年、ちょっと忙しすぎた。否、一日くらい休暇はとれたはずなのに、敢えてそうしなかったともいえる。

 心残りがないわけではない。関における長良川鉄道との結節、上芥見の併用軌道、揖斐川橋梁など、押さえておきたかった写真も少なくはない。ただし、これらの写真がないと「満足できない」一方、写真がなくともまるで「困らない」こともまた厳然たる事実なのである。

 

 筆者は近年になって大量の写真を撮るようになっているが、主に資料価値に重きを置き、また拙「志学館」にて記事として公表することを、常に意識してきたつもりである。その結果として、写真の構図のとりかたは、いわゆる鉄道趣味から脱け出たと自負している。手前味噌ながら、例えば「『寒流』まちある記〜〜埼玉高速鉄道編」などを御一読頂ければ、その自負の意味が伝わるものと確信している。

 このように記すと、筆者の心根は「随想〜〜木島線の廃止を経験して」から大きく変化しているように印象されるかもしれない。しかし、当時の心情は底流の部分でなお残っていることを、念のため記しておこう。

 確かに名残惜しいのだ。とはいえ、廃止直前の今になって現地を訪れても、大量の趣味者があふれているのだろうし、それでは写真を撮っても、資料として充分なものとはいえない。交通機関としての日常の姿が記録できなければ、資料にはなりえない苦しさがある。趣味的な資料にこそなっても、文献資料に育てられなければ、無理を押してまで足を運ぶ甲斐はない。

 

 もっとも、ここで「名残惜しい」と記してしまうあたり、筆者にも趣味者の心が残っていることが露見していると、白状しなければなるまい。

 正直にいえば、モ870 (旧札幌市交通局A830)の存在は筆者の胸を焦がす。愛着というよりも、恋愛感情に近いものを感じる。とにかく愛しくて愛しくてたまらない。理由など説明できない。理屈抜きの本能のようなものだ。あるいは性欲の如き煩悩か。初恋の一途な思いと呼ぶには、淡き純情がやや足りぬ。

 かような心のありようは、鉄軌道最期の日に向けて蝟集する趣味者となんら変わるものはない。ファンとは、ファナティックゆえにファンなのだ。その狂気は、筆者のなかにも確実に存在する。

 目くそ鼻くそ、あるいは五十歩百歩の世界かもしれないが、それでも筆者は単なる趣味者とは一線を画せる領域にまできたと自負している。名古屋鉄道に関していえば、「ぼくは名鉄美濃町線」のような軽快で明るい読みものを著す一方で、「名古屋鉄道美濃町線の輸送改善策を検証する」のような堅い分析研究をも残せたからだ。

 基礎的な分析は以前からしているから、美濃町線だけではなく、他の600V線区を通した通史をいつか著したいとも構想している。それは全線廃止を控えた今日でなくともよく、極端な話、十年二十年先でもかまわないはずだ。

 筆者のこの、傾きある鉄道への思いは、批判を浴びようともかまいはしない。「ぼくは名鉄美濃町線」や「名古屋鉄道美濃町線の輸送改善策を検証する」両作と同じ階梯からの批判であれば、頭を垂れて甘受するであろう。

 

 岐阜は遠い。ただいま筆者がいる場所からは、山海を隔てた彼方にある。正直なところ、美濃町線の最期と時を同じくできないことには心残りもある。今の筆者にできることは、ただ心の中で叫ぶだけだ。

 さらば、わが愛しきA830よ。さらば、わが初恋のひとよ。佳人薄命とは世の常なりや。惜しいかな、わが同年に生を享けし佳人は、われを置き捨てひとり先に逝く。

 

 

 

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