東海道から退く500系





■20年以上も停滞した東海道新幹線

 新幹線とは、在来線特急と比べ所要時間をおよそ半分に短縮するという、ほとんど革命的な交通機関といえる。昭和39(1964)年の東海道新幹線開業時の最高速度は 210km/h。ところが、この最高速度を更新するにはたいへん長い時間がかかった。

 東北・上越新幹線においては、昭和60(1985)年に最高速度240km/h(200系F編成)に向上された一方、東海道・山陽新幹線で最高速度が220km/h(0・100系)に向上されたのは、実に昭和61(1986)年まで待たなければならなかった。開業から22年も経って、ようやく10km/hだけ速度向上したのである。さらに平成元(1989)年、山陽新幹線内の「グランドひかり」限定で最高速度230km/h(100系N編成)に向上されることになるが、超高速列車でありながら最高速度向上はまるで亀の歩みという、面白いとも皮肉ともつかぬ現象が、新幹線にはあった。

 500系と100系
 新山口駅で並ぶ 500系「のぞみ」と 100系「こだま」(平成16(2004)年撮影)
 夕方で露出不足、しかも遠景を撮ったため不鮮明な画像となってしまった。看板列車「のぞみ」で活躍する 500系に比べ、寸詰めされた 100系「こだま」の零落ぶりが目立つ。

 そんな状況を一気に打破したのが、平成 4(1992)年の 300系「のぞみ」の登場である。翌平成 5(1993)年には運行区間が山陽新幹線まで延伸されて、新幹線は交通機関としてより高い階梯に登ることになる。

 「のぞみ」の功績は、新幹線という交通機関の価値と可能性を大幅に高めた点にある。最高速度 270km/h運転による速達性は、東京−新大阪間の時間距離を 150分まで縮めた。 500kmも離れた遠隔の地を、ほとんど指呼の間と形容してもよいほどの近みに引き寄せたことは、新幹線に新たな地平を拓いたのである。

 そこから先の技術革新は、はやかった。JR東海が開発した 300系のさらに上を目指し、平成 9(1997)年、JR西日本は 500系「のぞみ」を世に出したのである。その最高速度は、山陽新幹線内限定ながら 300km/h。これはTGVと並び世界最高水準、駅間表定速度ではTGVを凌ぎ単独で世界最高となり、ギネスブックにも掲載された。

 JR東日本においても平成 9(1997)年に最高速度 275km/hのE2・E3系が「やまびこ」「こまち」に投入され、平成14(2002)年の八戸延伸「はやて」設定とあわせ、青森県と秋田県が首都圏に近づいた。昭和時代において整備新幹線はまるで蛇蝎の如き非難の対象となったものだが、「のぞみ」に始まる超高速列車が続々登場したことにより、ようやく正当に評価する論調が台頭するようになった。

 500系と300系
 東京駅で並ぶ 500系「のぞみ」と 300系「こだま」(平成17(2005)年撮影)
 「のぞみ」のパイオニアとなった 300系も今となっては旧型車の部類、というのは時の流れの残酷さをよく示している。まさに諸行無常だ。並んだところを見ると、両者の断面形状の違いがよくわかる。 300系は長方形に近く、 500系は円形に近い。





■高速列車の最高峰〜〜新幹線 500系

 この 500系には、鉄道車両技術の粋が尽くされた観がある。空力抵抗を極小化するための鋭く尖った先頭形状。円形に近い航空機を連想させる断面形状。強度を保ちつつ軽量化を極めた車体構造。物理的特性にすぐれたものは美しいというが、 500系はまさに美しい車両であった。

 しかし、高性能かつ美しい車両だからといって「良い車両」とは言い切れないあたりが、交通機関としての難しくまた微妙な部分であろう。 500系の場合、先頭車の流線型形状が延長約15mに及んでおり、そのままでは座席定員の減少、即ち輸送力減少を免れえない。そのため、シートピッチを詰める、先頭車先頭よりの扉を省略するなどの工夫によって、従前どおりの輸送力確保を図らなければならなかった。

 これは、利用者にとっては窮屈な車両となることを意味すると同時に、JRにとっても他の車両との共通運用ができない使いにくい車両であることを意味する。しかも 500系は他系列と比べて高額な車両といわれている。結果として、 500系「のぞみ」はJR西日本保有16両× 9編成のみという少数勢力にとどまっている。

 500系相模川
 相模川を渡る 500系「のぞみ」(平成12(2000)年撮影)
 高速走行する新幹線の走行写真を撮ることはそもそも難しく、まして 500系は運行本数が限られるためさらに難しい。この写真は、資料写真として相模川橋梁を撮りに行った時、偶然にも 500系「のぞみ」が通過したところをおさめたもの。

  500系の直後に登場した 700系は、性能面でこそ 500系に及ばないとはいえ、最高速度 285km/hと 300系を上回る高速性能が得られており、しかも使い勝手は 300系とまったく同等であることなどから、急速に勢力を拡大した。JR東海では「のぞみ」16両×60編成、JR西日本でも「のぞみ」16両×13編成及び「ひかりレールスター」 8両×15編成を保有しており、当代における第一線車種となっている。

 さらに今日では、次世代の新系列車種としてJR東海・西日本の共同開発により、N700系が先行試作されている。そのねらいは、車体傾斜システム採用による東海道新幹線での速達性向上と、山陽新幹線での 300km/h運転にある。N700系が大量投入されるようになれば、当然ながら既存車種の勢力が大きく変動する。





■500系の落日

 JR東海ではおそらく、 700系が「のぞみ」から撤退して「ひかり」「こだま」に回り、 300系が駆逐されることになるだろう。これに連動して、東海道新幹線での「のぞみ」の性能統一を図るため、JR西日本保有「のぞみ」編成もN700系に統一されるはずだ。

 500系全景
 東京駅を出発する 500系「のぞみ」(平成17(2005)年撮影)
 後追い写真ではあるが、 500系の特色を捉えられるアングルが限られるため、採用してみた。先頭車両の長すぎるほどのノーズ形状がよくわかる。

 その際、 500系はどのように扱われるだろうか。東海道新幹線からの撤退は当然として、経年が進んでいるうえに東京−博多間の長距離運用に充てられていたことから、いきなり廃車に至る可能性も否定できない。JR西日本には旧型車 0・100系がしぶとく生き残っており、これを置換する必要性が高いとはいえ、先頭車の定員が少ない 500系は編成短縮に適していない。そもそも 0・100系の残存数から単純に換算すれば、「のぞみ」用の 700系編成を転用するだけで充分間に合ってしまうのである。

 窮屈な座席配置を改善するため、2+2座席に改造のうえ「ひかりレールスター」増発用に使えれば面白いが、そこまでのニーズがあるかどうか。ありうる可能性としては、早朝・深夜帯の新大阪−博多間「のぞみ」限定運用に押しこまれる程度にとどまるのではないか。

 この先 500系がどのような「下り坂」を進んでいくのか。惜しい車両ではあるものの、コンコルドと相似した運命なのかもしれない。高速鉄道の世界最高を極めた車両だけに、目が離せないところだ。





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