一石を布く重さ〜〜京都市烏丸線国際会館駅と叡山電鉄
■京都市烏丸線
京都市烏丸線の略年表は下記のとおりである。
昭和56(1981)年 北大路−京都間開業
昭和63(1988)年 京都−竹田間開業
近鉄京都線との相互直通運転を開始
平成 2(1990)年 北山−北大路間開業
この三次に渡る開業により、烏丸線の当初計画区間は完成した。しかし、烏丸線は当初計画だけにとどまらず、平成 9(1997)年に国際会館−北山間が延伸された。

国際会館駅近傍には国立京都国際会館が立地している。同館は昭和41(1966)年の開館と国際会議場としての歴史は日本で最も古く、外交の舞台になるなどの由緒もある。京都洛北の景勝地にあり、周辺環境には恵まれている一方、京都市中心部から離れた交通不便の地であったことも否めない。同館へのアクセス整備として、烏丸線の延伸が望まれたのは当然の展開であったろう。そこまでは、納得しえるところだ。
京都国際会館のユーザーにとって、烏丸線延伸による利便性向上は大きかったはずだ。ところが、この延伸により多大な影響を受けた鉄道が存在する。
それは叡山電鉄である。下の地図を御覧頂きたい。

松ヶ崎駅はもとより、国際会館駅が叡山電鉄に与える影響はかなり大きいといわざるをえない。単純な直線距離でいえば、宝ヶ池・八幡前・岩倉・木野の4駅もが国際会館駅の勢力圏内に入っている。宝ヶ池駅から見て、宝ヶ池公園は(敷地の一部は直近にあるとはいえ)国際会館駅より遠くなってしまった。岩倉駅から国際会館駅までは 1kmもない距離で、歩いても苦にはならない。
しかも、烏丸線は都心部に対して便利な路線である。叡山電鉄はまず出町柳での乗換が必要であるうえ、乗り換えた先の京阪線の各駅は拠点性においてやや弱い。
だから、主に日常利用において、烏丸線に対する叡山電鉄の優位性は少なくなっているとみなさざるをえない。目的地によっては、叡山電鉄より山側に住む方々が、叡山電鉄を素通りして国際会館駅に向かう可能性さえ指摘できる。
国際会館駅。叡山電鉄にとってはなんとも重い一石を布かれたものではある。

叡山電鉄は、だから別の道を模索しつつある。烏丸線延伸とほぼ時を同じくして、観光色の強い「きらら」を投入したことがその表れである。鞍馬や貴船への観光は、烏丸線といえども役に立たない。沿線に高名な観光地を控えている叡山電鉄の強みは、ここにある。
観光に注力するかたわら、日中はワンマン車を単行運転するなど、合理化を極めつつも運行本数を確保する工夫が見られる。沿線にはいくつかの学校が立地しており、ある程度まとまった需要が期待できることが効いているのだろう。叡山電鉄は、烏丸線との勝負を決して諦めてはいない。
この厳しい競合条件下で両者が共存できるならば、交通事業のモデルケースになりえるし、また両者にとって幸せな道ともいえるだろう。

■参考文献
(01)HP『京都市交通局』より「京都市交通局のあゆみ」
http://www.city.kyoto.jp/kotsu/history/kotsu_history.htm
(02)HP『国立京都国際会館』より「20年のあゆみ」(井上伸)
http://www.joho-kyoto.or.jp/KICH/orgmng/hstry20.htm
■執筆備忘録
訪問:平成13(2001)年秋
執筆:平成15(2003)初頭