「寒流」まちある記〜〜埼玉高速鉄道編





 筆者の頭の隅に引っかかっていたことがあります。

 同じ様に複々線完成・都心乗入完成と言うインフラ改善を行った東武・西武・小田急の3社で“勝ち組・負け組”が明白になったのは、沿線地域のポテンシャルと競争の有無ではないかと思います。小田急沿線には人口的にもブランド的にも東武・西武よりポテンシャルが有る事は事実ですし、    「交通総合フォーラム」より「両論を読んでの感想」

 この記述の内容に対してというよりも、鉄道事業者の姿勢に対して、強い引っかかりを覚えたのです。路線毎にポテンシャルの違いは確かにあります。露骨にいえば、路線毎のイメージにはかなり懸絶した違いがあります。しかしそれは、決して地域性だけで片づけられるものではなく、実は鉄道(あるいは駅)の魅力あるサービスと関連しているのではないか。

 筆者の知る、ある大手私鉄OBの方は、次のようなことを言ってます。

「これからは人口が減る時代なのだから、どのような積極策を打ったところでお客さんが増えるわけがない。だから新しいプロジェクトを行う必然性はなく、むしろリスクばかりが大きい」

 この発想に筆者は強い抵抗感を持ちます。確かに、沿線人口を所与の条件としたうえで、手堅く商売をするという立場であれば、このようなことはいえるでしょう。自分の会社が損しないための発想、ということもできます。しかし、鉄道がインフラ−−社会基盤−−であると認識するならば、「如何に沿線に利用者を呼びこむか」との発想があってしかるべきでしょう。

 つまり、地域間競争のひとつの評価要因として、鉄道サービスというものがあるのではないか。利便性を高めるサービスを提供して、社会的に高い評価を受け、もって沿線人口を増やすという発想があってもいいのではないか。そう筆者は思うわけです。

 その一方、鉄道サービスが沿線イメージと直結しているかというと、必ずしもイコールではない、ということも確かなのです。筆者の身の回りでよく話題になることの一つに、「田園都市線って沿線イメージが高いけど、では田園都市線のサービスがよいかといえば決してそうではないよね」ということがあります。駅舎は立派でも、駅のなかはあんがい寒々しいつくりですし、車両だって決して立派ではなくむしろ素寒貧、ダイヤだって速達性に長けているとはとてもいえない。でも「田園都市線」のイメージは、他路線を圧して高い。不思議なほどです。

 その魅力の根源がなにかといえば、それは駅周辺の魅力、即ち拠点性の高さと街づくりの美しさにつきると、筆者は思っています。東急は自社事業だけでも相当な努力を重ねてきたからこそ今日の繁栄があるわけですが、一般論としては、一鉄道会社だけの努力ではどうにもならない部分もあります。

 前述したOB氏が勤めておられた大手私鉄沿線は、基本的に田畑時代の区割りのままで乱開発が進み、道路などの社会基盤はなんとも貧弱なレベル、駅周辺の拠点性も乏しく、魅力ある街とは到底いえない。では、その街づくりをその大手私鉄がコントロールしえたかといえば、それはおそらく無理で、沿線の自治体が頑張ってくれなければどうしようもない部分もあるわけです。というよりも、街づくりまで社を挙げての努力を払った東急が例外中の例外であって、他の鉄道事業者でここまでやれた例は稀というべきでしょう。

 してみると、利便性を高めかつ魅力ある地域づくりを進めるためには、鉄道会社と沿線自治体がなんらか連携していく必要性を感じます。「競争」はその媒介となる一要因となりえますが、それはどちらかというと鉄道側からの認識あるいは説明であって、筆者は「地域間競争」という要因として挙げたいと思います。

 ここで憂慮されるのは、いわゆる「負け組」の沿線自治体では、自分たちの住む地域が地域間競争にさらされているという認識が、極めて欠けているように思われることです。鉄道会社が沈むだけならば、それはそれで自然の帰結なのですが、大首都圏の中で極端に沈む地域が出てくると、スラム化や治安の悪化など、弊害ばかりが顕在化しかねない。

 それを考えると、「競争」よしんば「地域間競争」を梃子にして、鉄道サービスの利便性を高め、魅力ある地域をつくり、落伍することのないよう相互に切磋琢磨する、という環境づくりがこれから重要かつ必要になってくるかもしれません。





 以上の問題意識があるなかで、今回は知名度の低い埼玉高速鉄道(以下SRと略称)をケース・スタディとして採りあげ、沿線の「まちある記」を著して、読者諸賢の御参考の一助に供したいと思います。もっとも「まちある記」はほんらい「とも」様や 「KAZ」様が上手とするところであって、しかも「さいたま市民@西浦和」様の地元でもあり、筆者の力量ではなお及ばぬところも多いとは思いますが、「和寒」には「和寒」なりのものの見方があるということで参考になれば幸いです。つまり本稿は筆者の主観と独断に基づくものであり、客観的な裏づけはありませんので、御承知おきください。

 世の中では「韓流」なる手法が流行っている由。それに敢えて倣って、本稿は「寒流」まちある記と銘してみましょう。まずは御笑覧頂ければ幸いです。







     ■浦和美園・東川口

     ■戸塚安行(→新田)

     ■新井宿→鳩ヶ谷市街(北半)

     ■鳩ヶ谷市街(南半)→鳩ヶ谷

     ■南鳩ヶ谷・川口元郷



     ■補遺その1〜〜沿線開発の状況

     ■補遺その2〜〜浦和美園の変貌





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執筆備忘録

※本稿はリンク先「交通総合フォーラム」とのシェアコンテンツです。

訪問:平成15(2003)〜17(2005)年

執筆:平成16(2004)年末〜

編集:平成17(2005)年春

補遺:平成18(2006)年夏
   平成20(2008)年初春