山陽本線を普通列車で西下してみる





 時期はいまを溯る二年前、平成21(2009)年秋のこと。手許所持金がきわめて限られる状況において広島まで行く用事ができてしまった。筆者は通常、所要時間を優先して行程を組み立てるが、やむにやまれず、「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」を購入し、普通列車のみで山陽本線を西下することにした。以下、なるべく無味乾燥な筆致を以て、当時の行程を再現してみる。

鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ
利用した「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」
(解像度を落としかつ白黒化した)






■新大阪から岡山まで

 最初は新大阪発0700の快速に乗車する。後述する新快速(敦賀発播州赤穂行)に乗っても行程はじゅうぶんに成立するが、余裕があったので早めに出発して、確実な着席を優先した。新快速は速達性に長ける一方で、着席するのは厳しいという難点がある。網干には0902着。播但線 103系の入庫回送、金光教臨時 583系などを見送る。

播但線103系 金光教臨時583系
網干で出会った列車(左:播但線103系入庫回送 右:金光教臨時583系)


 あわせて駅前で朝食を買いこみ、前述の敦賀発播州赤穂行新快速に乗り換える。

新快速223系
網干で乗車した播州赤穂行新快速


 網干発0919で、すぐに相生着0929。ここで再び列車を乗り換える。

115系
相生で乗車した備中高梁行普通(115系8連)


 この列車は通常 4両編成という話を事前に聞き、席を確保できるかどうか不安はあった。実際には 8両編成で、楽に着席できたのは幸いだった。同じ企画乗車券を手にした方々が多く、相生での乗換では若干の喧噪が生じたものの、大部分の方が着席できたことから、混乱はなかった。ここまでで既に、出発以来約 2時間半が経過。





■岡山から糸崎まで

 列車の相互直通は便利なサービスである。しかしながら、山陽本線相生発岡山経由伯備線備中高梁行という列車の設定は、必然性がよくわからない。単に二本の列車をつなげただけのようにも見える。約一時間の道のりで岡山着1037。今度の乗換時間はわずか 3分。まず座れない、と覚悟しなければなるまい。

改造115系
岡山で乗車した糸崎行普通(改造115系3連)


 ……いくら覚悟していたとはいえ、まさか改造 115系の 3両編成に縮まるとまでは予想できなかった。岡山の都市圏輸送に企画乗車券特需が上乗せされ、車内は激しい混み具合になった。この混雑がどこまで続くかと危惧していたところ、岡山都市圏輸送も企画乗車券特需ともに倉敷までで、倉敷から先は立客がほぼいなくなった。京阪神から企画乗車券での観光目的地として倉敷というのは、お手頃といえるだろう。

改造115系
糸崎に到着した改造115系3連


 筆者の目的地はまだまだ先。利用者は漸減していき、企画乗車券利用者層は尾道までにほぼ全員が降車した。移動に半日以上かければ観光もできないのが道理、きわめて合理的な行動である。その一方で各駅からの乗車も相応にあった。尾道をすぎ、列車の終点糸崎着は1207。写真からもうかがえるとおり、接続列車への乗換利用者は相当数あった。

糸崎
糸崎駅




■糸崎から右往左往して西条まで

 糸崎で途中下車して昼食をとる店を探したところ、手近な場所に店が見当たらなかった。駅としての体裁は大きくとも、街としての拠点性はさほどではない。やむをえず一旦尾道に折り返す。岡山行普通列車は空いていた。糸崎1223発、尾道1230着。

尾道
尾道駅


 尾道に到着したのはいいとして、名物のラーメンを食するほどの時間もないことが判明した。コンビニで昼食を確保し、そそくさと折り返す。尾道1243発、糸崎1252着。ここで広島方面行普通に乗り換える。

115系
尾道で乗車した糸崎行普通(115系4連)


 糸崎発は1256で、接続時間は 4分しかない。乗り換えた先は 115系の 4両編成。車内で昼食をとるしかないというのに、混雑しているのは厳しい。峠越え区間では空いたので、ようやく昼食をとる。列車が西条に着いたのは1336。さらにバスに乗り換えて、目的地の広島大学に到着したのは14時直前であった。敢えて自ら選んだ道筋とはいえ、新大阪出発以来およそ 7時間に渡る大旅行は堪えた。

115系
西条で降車した広島方面行普通(115系4連)






■本稿の真意

 本稿は旅行記を残すことを意図したものではない。重要なのは、計画した行程における播州赤穂行新快速の新大阪発時刻が0755、観光するつもりで改造 115系 3両編成の電車を尾道で途中下車するならば1159着、という点にある。要するに、最初からその意図があれば、特別料金を要さない普通列車だけに乗り大阪−尾道間を約 4時間で移動した、という道中になったはずである。

 この「事実」が示す意味はあんがいと奥深いものがあるで、稿を改めて論じてみたい。





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執筆備忘録

旅行:平成21(2009)年秋

執筆:平成23(2011)年春