貴志川線の利用者動向と経営判断





■まえがき

 このような論文を著すにあたっての定石は、過去の経緯をレビューして、地理的状況を押さえ、利用者動向を分析し、助成スキームや会社の経営方針を批評する、という流れを構成することであろう。実は筆者も当初、かような定石に沿う構成を考えていた。しかし、ここでは敢えて変則な構成を採り、いきなり利用者動向分析から議論をおこすこととする。

 貴志川線の利用者動向は、「日本社会の縮図」としても決して大袈裟ではない。まさに日本全体の社会動向と連動する格好で、貴志川線利用者も推移してきた。この変化に鉄道事業者がどのように対応してきたか、あるいは対応しようとしたか、定石的手法では必ずしも充分に説明できない。筆者は確証までは示せないが、以下の分析を通じて、南海電鉄や和歌山電鐵のその時点での経営判断を、より生々しく浮き彫りにできると考えている。

たま駅長
写真−1 貴志川線といえば「たま駅長」だが……「たま駅長」を抱いている小嶋代表も重要人物
伊太祁曽での「たま電車」計画発表イベントにて  平成20(2008)年撮影




■序論

 貴志川線に限らず、和歌山県下の鉄道各路線の利用状況の統計資料は、各駅乗降客数という形で和歌山県が集約・整理し、公刊・公表している(参考文献(01))。

 既に多くの先行文献で論じられているとおり、貴志川線利用者数は長期低落傾向にある。ワンマン化に伴う平成 7(1995)年のダイヤ改正時に列車が大幅に増発され、利用者数は回復したかのように見えたが、結果としては一時的な現象に終わっている。

表−1 貴志川線各駅利用者数の推移(参考文献(01)より作成)
貴志川線各駅利用者数
※各駅乗降客数を 2で除し利用者数とした(単位:人/日)


 貴志川線の南海電鉄としての営業は平成17(2005)年度までで、翌平成18(2006)年度からは岡山電気軌道(両備グループ)傘下の和歌山電鐵に経営主体が移管された。平成18年度以降の利用者数推移は微増傾向にあり、平成22(2010)年度現在、南海電鉄最終年度(平成17年度)比約12%増という水準に達している。

 筆者はこの資料の存在を昨年秋に知ったのだが、数字の解釈に合理的な説明を見出せず、すっかり立ち往生してしまった。具体的には以下の表を参照してほしい。

表−2(18) 平成18(2006)年度の貴志川線各駅利用者数
貴志川線各駅利用者数
(単位:人/日)
凡例:50人/日以上の増=緑  50人/日以上の減=ピンク


 なるほど、貴志川線全体としては一割に近い利用者数増を達成してはいる。その一方で、貴志で 175人/日減、岡崎前で78人/日減と、大幅減を記録した駅も存在しているのだ。利用者の最寄駅が再配分された結果か、など幾つかの仮説を立てたものの、合理的な説明となる要因は突き止められなかった。不審に思いながらさらに分析を進めたところ、平成20(2008)年度の利用状況にも極端な増減が認められた。

表−2(20) 平成20(2008)年度の貴志川線各駅利用者数
貴志川線各駅利用者数
(単位:人/日)
凡例:20人/日以上の増=水色  50人/日以上の増=緑
20人/日以上の減=灰色  50人/日以上の減=ピンク


 平成20年度といえば、「たま駅長」の知名度が全国区となり、観光目的の利用者が急増した年である。よって貴志の利用者数が増えた理由はすぐ理解できる。その一方、岡崎前・吉礼・西山口の利用者数が各駅50名前後も減少している。観光目的利用者増と沿線利用者減とが相殺しあった結果、平成20年度の利用者数増は小幅にとどまった。

 では何故、岡崎前・吉礼・西山口各駅で利用者数が減少したか。確証は入手困難としても、ある一般論だけで説明できてしまうことに筆者は気づいた。あとは連鎖反応である。貴志川線の利用者動向は、一般論だけでほぼ説明し切れてしまうのだ。先行文献での分析を的外れと断定しては乱暴としても、いささか表層的であることは免れず、貴志川線沿線の状況を的確に説明したものとは決していえないことが見えてきた。

 近年の貴志川線利用者数は約 6,000人/日。同一人物が往復乗車すると仮定するならば、一日約 3,000人の方々が貴志川線を利用していることになる。これは利用者ひとりひとりの「顔が見える」限度ぎりぎりの水準といえる。以下の分析では、貴志川線の利用者動向は、まさしく日本社会の縮図に擬せることが理解していただけるだろう。

 なお、以下の分析においては、和歌山・田中口・日前宮を「市街三駅」、神前−貴志間各駅を「郊外駅」と通称する。というのは、貴志川線上り列車を基準にすると、「郊外駅」から乗車し「市街三駅」で下車する利用者層が相当多数を占めているからである。









【目次】





     
そのT〜〜貴志川線の利用者動向分析

     そのU〜〜南海電鉄の経営判断

     そのV〜〜沿線地域の経営判断

     そのW〜〜両備グループの経営判断

     そのX〜〜和歌山電鐵経営移管後



     【番外余録】 平成24(2012)年 6月22日和歌山市内水害における貴志川線



     まとめ〜〜Web 世界の限度を感じつつ



      ※本文中に登場する人物名は全て敬称略としている









参考文献

(01)「わかやま電鉄貴志川線 1日当たりの駅別乗降客数の推移」(和歌山県企画部地域振興局総合交通政策課)

(02)「貴志川線の社会的価値と再生までの経緯(平成18年 4月 1日)」(辻本勝久)

(03)「貴志川線存続に向けた市民報告書──費用対効果分析と再生プラン」(辻本勝久編著・WCAN貴志川線分科会著)

(04)「和歌山の公共交通(貴志川線の動向)」(東野正裕)

  『廃線の危機からよみがえった鉄道』(堀内重人)より
(05)「第2章 和歌山電鐵貴志川線──大手民鉄から公募新会社への移管」

(06)「鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニュアル99」(運輸政策研究機構)

(07)「私鉄史ハンドブック」(和久田康雄)

  テレビ東京『カンブリア宮殿』より
(08)「地方公共交通の救世主」(平成22(2010)年9月6日放送)

  『運輸と経済』平成23(2011)年7月号「特集:バス事業規制緩和10年目の検証と今後の展望」より
(09)「岡山県のバス事業の混乱と中国バスの再生事例からの検証」(小嶋光信)

(10)「地方公共交通の存廃問題と再生の取り組み」(礒野省吾)

  『地域公共交通活性化・再生に関する研修会』(国土交通省北陸信越運輸局・運輸政策研究機構主催)より
(11)「(4)事例紹介 和歌山電鐵貴志川線『廃止路線からの復活劇』」(礒野省吾)

(12)「和歌山電鐵の活性化に向けた取組み」(国土交通省鉄道局)

  国土交通政策研究所平成19(2007)年8月発表資料『少子高齢化・人口減少時代に向けた地域交通事業者の取組事例集』より
(13)「鉄道 近畿 和歌山電鐵株式会社」(渡邊寛人)



執筆備忘録

訪問:平成20(2008)年初夏・同年初冬
   平成21(2009)年初夏
   平成22(2010)年春
   平成23(2011)年秋

執筆:平成23(2011)年秋〜平成25(2013)年初冬





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