夜行寝台列車衰勢に示される鉄道の構造的課題





 筆者が寝台車に乗ったことがある夜行列車を、試みに挙げてみる。

   利尻(札幌→幌延)
   まりも(釧路→札幌)
   北斗星・エルム(札幌−上野)
   はくつる(青森→上野) ※ゆうづるの可能性あり
   日本海(青森→新大阪)
   銀河(東京→岐阜)
   あさかぜ(岐阜→広島) ※他の九州特急だった可能性あり
   さくら(長崎→東京)

さくら+はやぶさ  さくら+はやぶさ(来宮にて平成12(2000)年撮影)

 こうしてみると、思いのほか乗っているものだ。なぜ乗ったかといえば理由はさまざまだが、最大公約数的にいえば「目的地に翌朝最も早く到着するから」という点に落ち着く。その意味において夜行列車には相応の需要があるわけで、この目的で利用した夜行急行や普通列車も少なくない。この「志学館」で紹介した交通手段のなかでも、空港タクシーはまさにこの目的によって選択したものである。

銀河  銀河(岐阜にて平成16(2004)年撮影)

 かような需要がある以上、夜行寝台列車の経営は今日でも成立するはず、という主張が呈されることがある。特に大きな需要が存在する東京−大阪間などでは、夜行高速バスと対等以上の勝負ができるともいわれている。また「サンライズ」での実績から、利用者のニーズをつかむサービス供給が成功の要件であり、現状の夜行寝台列車の惨状はサービスが旧態依然だからに過ぎない、とされることもある。

 以上の考えは、それぞれ一見もっともらしく思える。しかしこれらは、サービス供給によって得られる収入のみに着目したものであって、支出、とりわけ車両に対する初期投資の償却については考慮していないに等しい、片手落ちの考えである。

 成功と高く評価される「サンライズ」ネットワークが拡張していかないという事実こそが、夜行寝台列車投資の難しさを象徴する。「出雲」「瀬戸」だけではなく、「銀河」や「あさかぜ」に応用されてもおかしくない列車なのに、いつまで経ってもマイノリティーのままではないか。

サンライズ  サンライズ(東京にて平成16(2004)年撮影)

 夜行寝台列車は、列車の性格からして一日に片道を往くだけの運行しかできない。昼行特急列車が日に1〜2往復するのと比べれば、著しく非効率である。夜行寝台列車はただでさえ設備が特殊であり、かつ一両あたりの定員が少ない。よほど高い客単価を設定できるか、採算度外視の看板列車と割り切らない限り、まともな経営は成立しない。

 こうしてみると、今日も存続している夜行寝台列車の多くが、今後の車両更新期を乗り切る条件を備えていないと理解できる。当面安泰なのはおそらく「サンライズ」くらいで、「カシオペア」でさえ牽引機関車更新という難問が控えている。

カシオペア  カシオペア(南千歳にて平成14(2002)年撮影)

 夜行寝台列車に一定の需要があるといっても、相対的にも絶対的にも小さなボリュームでしかない。それは需要の性格からしてあたりまえのことで、問題は、そのような小さな需要に対して特殊な専用車両を充てなければならない点にある。夜行高速バスが経営面で堅調なのは、車両を日中にも活用できるからである。

 昼夜兼用という発想からすれば、かつての 583系電車、今日のJR北海道における気動車+寝台車編成(気動車は日中も運用に就く)が、導きうる解となるだろう。もっとも、 583系電車は設計思想こそ卓抜であったが、設備が昼夜とも中途半端なものにとどまり、一代限りの存在で終わった。JR北海道方式は、寝台車を日中使わないという点で妥協があるものの、寝台車の日中運用は「宗谷」「天北」時代において不評であり、また寝台車利用の需要そのものが小さくなってきたことから、現状でこれに優る手法は見出しにくいと考えられる。

オホーツク  オホーツク中間の寝台車(札幌にて平成16(2004)年撮影)

 ただし、JR北海道方式といえども決して盤石ではない。寝台車更新という難問があるうえに、寝台車を牽引する 183系気動車も既に老朽の域にある。小さな需要に対し、特殊車両をなるべく用いず汎用車で効率よく、しかも利用者ニーズを満たすよう、鉄道がどのようにサービスを供給するか。実は夜行寝台列車に限られたものではなく、鉄道における構造的な課題なのである。





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