夜行列車再論
━━実見などから客観化を試みる━━





■「きたぐに」

 平成20(2008)年、筆者は福井駅付近での徹夜業務に臨んだことがある。筆者は徹夜を苦手としているのだが、深夜・未明にしかできない業務だったからやむをえない。場所は北陸本線の近くで、旅客列車の運行は終了、時折貨物列車が通過していく、という時間帯だった。

きたぐに
出発を待つ583系「きたぐに」新潟行
新大阪にて  平成20(2008)年撮影


 ふと、窓際が明るい列車が通過していった。旅客列車はもうないはずなのに、と一刹那考えて、すぐに思い至った。新潟行「きたぐに」である。

 車内の様子は、座席車の半分以上が空席で、乗車率 3割前後と見受けた。当然ながら、寝台車の様子はわからない。上の写真を撮影した、新大阪駅での実見をあわせても、車内状況は閑散としたものであり、「きたぐに」平日の利用状況が見てとれた。

 現状の「きたぐに」は、季節臨時列車として存続している。





■「サンライズ瀬戸」

 昨年度末、筆者は「いしづち 5号」を何度か利用する機会があった。「いしづち 5号」への乗車は、出張行程を組む必然から生じた選択であった(謎笑)のだが、思わぬ副産物があった。「いしづち 5号」の高松出発時刻は「サンライズ瀬戸」の高松到着直後だったのである。おかげで「サンライズ瀬戸」の利用状況を実見できた。

 正確な計測にはならなかったので概数を示す。「サンライズ瀬戸」の高松での降車客数は、約40名が 1日、約20名が 3日であった。見落としを考慮しても、「サンライズ瀬戸」平日の高松降車客数は高々30名というところである。

 ちなみに、「いしづち 5号」に接続すればいいので、筆者自身が「サンライズ瀬戸」を選択することも可能ではあった。しかし、筆者は「サンライズ瀬戸」には乗車しなかった。首都圏出発時刻が早く、かつ運賃・料金が高かったからである。さらにいえば、前泊して大風呂に浸かり、ゆっくり食事をとる余裕は、列車の「旅情」とやらに遥かに優る。

サンライズ瀬戸
雪を纏った「サンライズ瀬戸」高松行
高松にて  平成24(2012)年撮影


 だからといって、「サンライズ瀬戸」に利用価値がないとまではいわない。高松宿泊時に地元TVローカルニュースを見る機会があり、年末年始の交通機関予約状況を知ることができた。その内容は実に興味深かった。曰く「『サンライズ瀬戸』は満席」であった。「サンライズ瀬戸」は季節波動が極端に大きな列車なのである。





■夜行列車の利用実態

 以上は筆者における数少ない実見にすぎないとしても、いくつかの客観的状況・データも存在しているから、断言してほぼ差し支えないと思われる。夜行列車とは、

   ●平日の定常的な利用者数が少ない一方で
   ●盆・暮・正月には予約が満杯になるような
   ●季節波動と利用者の選択性向に極端な幅がある列車


 である、と。

 このような列車は、今日の鉄道が最も不得手とする分野である。鉄道営業は最大輸送力に規定される。通勤路線が典型で、ラッシュ時の最大輸送力から必要設備やサービス水準が決まり、その範囲内で日中ほか閑散時間帯のサービス水準が設定される。たとえ日中の利用者数が極端に少なくとも、朝夕ラッシュ時輸送の社会的意義が大きいから、最大需要時の設備は生きる。これに対して、季節変動が極端に大きいとなると、最大需要時に必要な設備がほぼ通年で遊ぶことになる。

 従って、鉄道会社が夜行列車を持て余すのは当然すぎるほど当然なのだ。ただし、この観点は、夜行列車存廃の「べき」論には連動しない。あくまでも、かような状況がある、という断面である。





■夜行列車に足りないもの

 以上はあくまでも筆者の私見にすぎず、「象を撫でる」嫌いがどうしても残るとはいえ、実見・データ・理論による客観化を図っているつもりではいる。過去の記事から通算して結論すれば、現行の夜行列車では、所要時間・運賃料金・輸送単位(需要の総量)の面で不利な要素が多すぎる。所要時間を短縮しようにも、航空・新幹線には太刀打ちできない。運賃料金を下げようにも、それは寧ろ高速バスの得意分野である。需要の絶対量が少なく、所要時間が長すぎるから、必要な設備(車両)は過大となり、かつ遊休時間も長い。

 よって鉄道は、定常的輸送のボリュームが大きい、日中の高速輸送を主たる領域として育てるべき、という解にどうしても辿り着く。それ以外の解があるならば、実見(実体験)・精度の高いデータ・確たる理論など、客観的な論拠が示されなければ、筆者はとうてい信じることができない。





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