混乱また混乱〜〜「標準車両」とは何か?
■東洋経済オンライン平成28(2016)年10月17日付記事に対するコメント
なんというか、読後感がこれほどムズムズする記事は珍しい。執筆した記者(大阪直樹)はもとより、インタビューを受けた各当事者もよくわかっていないのではないか。確実に明白な一点は、「標準車両」に対するとらえ方が各当事者によって異なっている、ということだ。
もちろん、筆者のとらえ方が間違っている可能性もある。そのリスクを認識したうえで、敢えてコメントしてみよう。当該記事をザッピングしながらコメントする、という形式で進めてみる。
■国交省が提案した「車両の標準化」
ある鉄道事業者の車両開発担当者がこう明かす。「鉄道業界が協力して車両の標準化を進めてはどうかと言うのです。この提案には驚きました」。
鉄道車両は法令やJIS(日本工業規格)に基づいて製造される。日本鉄道車両工業会が定めるJRISという業界規格もある。現在は国際競争力を高めるために、国内規格を欧州が中心に策定している「国際標準規格」に反映させる取り組みも行われている。
こうした状況に重ねるように持ち出された国交省による標準化の提案。鉄道事業者の側では、かつて国鉄が行っていたような標準車両の導入を迫っていると受け止めた。
ここが本記事の実質的な導入部。ここから受けるインプレッションを基に、読み進めてほしい。ザッピングゆえ、途中は適宜略している。
しかし、前述の車両開発担当者は国交省の発言に疑問を呈する。 「103系は各地に投入されてきたが、本来は線区事情や利用者の意向に沿った車両を製造して投入するべき。また、メーカーには自社に最適な鉄道車両を造って貰いたいというのが鉄道事業者の思いであり、他の鉄道事業者と共通の車両を使ってくれというのは無理がある」。
国鉄が標準車両を大量に導入していた時期は高度成長期に重なる。同一車両を導入することは、鉄道のメンテナンス技術を全国レベルで引き揚げるという点でも意義があった。しかし、JR化後は、各社が地域に(注:原文ママ)特性に合わせた個性的なデザインの車両を開発している。標準車両の投入はJR化の流れにも逆行する。
ここは執筆記者のミスリードといわなければなるまい。 103系を例示されれば「そうだそうだ!」と付和雷同したくなる心情が筆者には多分にある(苦笑)が、認識がそもそも間違っている。JR各社の車両は外観・内装が多様化しているものの、技術面では標準化が促進されている。記事本文にも例示されているとおり、JR東日本(在来線) Sustina、JR九州(在来線) A-Train(注:特急「A列車で行こう」は列車名。A-Train は日立がリリースしている車両シリーズ)などは、会社単位での標準化事例といえる。
同じ車両そのものを使うのではなく、同じ技術体系の上に個別のカスタマイズを加えるのがキーとなる要素となるはずなのに、執筆記者は相当混乱していると見える。

129系車内の車両シリーズ表示
(形式・メーカー表示とは別)

129系列車@新潟大学前
地方にも新車を直接投入できるのがJR東日本の強み
いずれも平成28(2016)年撮影
国交省の発言に対して、あるメーカー関係者は「国際競争力といってもメーカーごとに得意分野はまちまちで、それを標準化したら国際競争力に逆行しかねない。日本の強みが顧客の意向に対応するテーラーメイドだということがわかっていない」と呆れかえる。
当該記事に紹介された発言のなかで、これが最も「わかっていない」と思われる。欧州と日本とでは基盤となる技術規格がそもそも異なっている。端的にいえば、レールの断面からして、欧州各国と日本とでは異なる。 ASEAN諸国では欧州規格採用が多いから、日本の技術規格は孤立しているに等しい。この事実を前にして「日本の強み」を主張するのは無理があるのではないか。
しかも欧州では、規格統一の深度化を進めているはずである。日本の鉄道の如く、会社毎に規格が異なるというのは、世界的に見ればかなり異常な状況なのだ。もっとも、異常な状況といっても歴史的経緯があるから是正は簡単ではない。前掲発言は規格統一に否定的であるようにも解釈できるが、もしそうであれば、日本の技術規格に関する現状を理解していないと思われる。
もっとも、前述したとおり、執筆記者からしてかなり混乱しており、ミスリードされた可能性も否定できない。
日立で鉄道部門のトップを務めるアリステア・ドーマー氏は、以下のような疑問を呈する。「当社は製造業者としてはコスト削減のために標準化を進めている。その一方で、顧客の要求に応えるために多くのカスタマイズもしている。もし国が提案するように標準車両を造っても、顧客は買ってくれないのではないか」。
日欧の技術規格の違いに最も苦しみ、かつこれを克服し、Javelin を納入した日立鉄道部門のトップの発言だけに、衆人を納得させしめるだけの重みがある。筆者は他の日立の方の「我が社の技術は世界一と自負しています。更に皆様の要望に合わせてカスタマイズします」という旨の発言を聞いたことがあり、感心した覚えがある。この発言もドーマー氏の発言もベクトルは一致している。日立の社風は堅固に確立している、といえよう。
引っ掛かるのは「標準車両」という言葉である。どうもこの用語は「同じ車両そのものを使う」ことを連想させているように見受けられる。実際のところ、ドーマー氏の発言は「同じ車両そのものを使う」状況を前提にしているとしか解釈のしようがない。

日立Javelin(展示会でパネル掲示された写真より)
鉄道業界のこうした反発を、国交省はどう見ているのか。鉄道局の担当者に真意を聞いたところ、予想外の答えが返ってきた。「現在、業界が取り組んでいる標準化の活動をもう一段進めましょうということ。鉄道事業者に標準車両を大量導入してほしいとか、メーカーに標準車両を共同開発してほしいということではない」。
国交省担当者の発言にブレがないと仮定すれば、意図している背景と言葉遣いとの間にミスマッチがあった、というのが真相であるように思われる。政治や行政で使われる言葉には、例えば「構造改革」に代表されるように、定義の幅が広く、使う人や場面によって意味が異なる場合が多々ある。その意味において、国交省担当者は不用意な言葉を使ったかもしれない。
ただし、当該記事執筆記者において、「標準車両」字義のとらえ方だけにとどまらず、鉄道技術体系(日欧の個別事情とその差異を含む)に関する認識・理解が混乱しているのは看過できない。鉄道ジャーナルが没落した今日、東洋経済は鉄道記事をリードしている媒体となっている。高度な専門性をどこまで期待するかはともかくとして、混乱している認識・理解を誌上において整理するみっともない真似は金輪際やめてほしい。当該記事が「『オールジャパン』の実態を根本から見つめ直す必要がある」と政府批判で締め括っているのは、自らの理解力不足を転嫁しているだけで、更に見苦しいと指摘せざるをえない。
もっとも、当該記事執筆記者のような混乱は、日本の鉄道業界においてありがちな状況とはいえる。日本の鉄道技術が国際競争力を持ちにくい現実は、上記混乱を反映する一端といえるかもしれない。