「数は力」〜〜車種統一は鉄道の基本





 鉄道の世界は、基本的にモノ・カルチャーの世界である。

 例えば山手線では、かつては全車両が 103系で統一されており、つい最近までは全車両が 205系であり、今日では全車両がE231系となっている。

 E217系
 JR東日本E217系。総武快速線はこの車両一形式に統一されている。東船橋付近にて、平成13(2001)年撮影。

 他線の状況を見ても、中央快速線は 201系の牙城となっているし、総武快速線はE217系の独壇場、京浜東北線は全車両とも 209系であるし、埼京線も(湘南新宿ラインやTWR車を除き) 205系に揃えられている。東京メトロの相互直通運転がない路線では、銀座線が01系、丸の内線が02系という具合に、一路線一形式とたいへん明瞭だ。東武野田線などふた昔前までは、雑多な形式の車体のみを更新して表面だけは強引に形式を統一していたものだが、近頃ようやく8000系への統一を果たした。

 メトロ02系
 東京メトロ02系。丸ノ内線は、支線部をあわせてこの車両一形式に統一されている。方南町にて、平成16(2004)年撮影。

 いま少し規模の小さな路線の例では、東急世田谷線は全車両 300系に揃えられている。長野電鉄や松本電鉄のように、他社の良質な中古車を大量導入して、車両形式を(ほぼ)統一しているローカル鉄道も珍しくない。

 多種多様な車両が存在していた方が、鑑賞するぶんには面白いはずだが、現実の方向性としては車種は統一される傾向にある。

 東急300系
 東急 300系。世田谷線はこの車両一形式に統一されている。上町にて、平成16(2004)年撮影。

 その理由の一つは、ダイヤを構成するうえで、車両性能を統一する必要があるからだ。車両性能がバラバラではダイヤ作成が難しいうえに、限定運用が頻発して運用が硬直的にならざるをえない。そのため、最低性能車両にあわせたダイヤを構成して調整を図る事例も多いが、これは本末転倒というものであろう。

 もう一つの理由は、費用削減の要請である。設計思想やメカニズムが異なる車両が併存していれば、日常の保守点検や修理更新をするにあたり、どうしても増コスト要因にならざるをえない。最も費用を要する車両導入時に、「少量多品種」より同一形式を大量投入した方が安くつくことは、改めていうまでもなかろう。

 富士急
 富士急行大月にて。京王5000系を大量に導入し、車両の体質改善を図った。平成15(2003)年撮影。

 従って、まともな鉄道であれば、車種統一を図るよう努力するはずだ。鉄道車両は更新周期が長いことから、一時期に置き換えられないこともままあり、例えば東海道新幹線のように数形式が併存することはありえるとしても、単一形式もしくは少数形式となるようにするのが定石である。

 この定石を布けないとすれば、まず第一に、その路線が置かれている経営環境は厳しいと考えるべきである。例えば、旧型国電末期の飯田線などが典型例といえる。

 さらなる典型例として、ここでは広島電鉄を挙げておきたい。広島電鉄は長期に渡って他社の中古車を導入したため、「動く電車の博物館」と呼ばれることもある。ただしこれは決して尊称ではなく、揶揄に近いと理解すべきである。近年になって超低床車グリーンムーバーの大量導入に踏み切ったものの、未だ「少量多品種」状態から脱却できずにいる。ただし、それはそれでやむをえない面はある。

 広島電鉄1900形
 広島電鉄1900形。京都市交通局より、当時の同形式可動車15両全てが移籍した。旧型車の中でも性能が最も安定しているとされ、中古の移籍車ながら広電の顔となっている。
 広島駅前にて、平成16(2004)年撮影。

 なぜならば、新車もしくは良質の中古車を大量導入する意志はあっても、先立つものがなければ実現困難だからである。鉄道に限らず、経営にはあまたの制約条件が伴う以上、全てを理想的に運ぶことなどもとより不可能というものだ。広島電鉄の場合、中古車でもまとまった数の導入を図った事例が多いので、まだ救いはある。

 しかし、広い世の中には「少量多品種」が定石だと信じている(ように見える)鉄道もいくつか存在する。このような鉄道会社の経営センスは、どのように理解すべきであろうか。微細な仕様の違いを厳密に区分した結果、多形式となっている会社もないではないが、明らかに「少量多品種」を是としている会社もあるようだ。

 JR北海道レインボー・エクスプレス
 JR北海道レインボー・エクスプレス。JR北海道のリゾート車シリーズは、外観・内装とも独特であるが、どれもベース車が 183系 500番台という点は共通している。
 函館にて、平成17(2005)年撮影。

 どことは敢えて名指ししないが、そのうちの一社は会社じたいが吹き飛びかけた。この会社は、趣味的には「動く電車の博物館」として好感されているものの、一般的な評判はすこぶる悪い。半端な中古車の寄せ集めを「博物館」と取り繕っても、やる気のない経営の反映にすぎないと、敏感に感じとる利用者もいるだろう。一事が万事としては、酷評にすぎるとしても、この鉄道に所属した車両を過去から現在まで見渡したとき、平仄が感じられないこともまた揺るぎない事実なのである。

 また別のある一社は近頃、まさに「少量多品種」の車両が居並ぶ路線を廃止した。車両が「少量多品種」であったことが命数を縮めた原因の一つと理解するならば、自らの経験にしか学べない者を横目に、歴史に学ぶ者はそこから教訓を得なければなるまい。





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