交通需要予測における常識の変化
■まずは交通需要予測の話
「輸送単位概論」またもや久々の追加記事である。なぜ新たな記事を書こうと考えたかといえば、交通需要予測における常識の変化を実体験(実感)したからだ。以下、述べてみよう。
交通需要予測モデル――特に鉄道と航空の選択率を求めるもの――における主要な説明変数は、以下のとおりである。
所要時間
運賃・料金
運行本数(運行間隔)
乗換回数
アクセス・イグレス時間
旅行目的 …… その他
筆者の知る限り、大部分の交通需要予測モデルにおいて所要時間と運賃・料金の二変数の寄与率が圧倒的に高い。他の要因も効くには効くのだが、この二要因と比べれば明らかに段落ちする。ただし、旅行目的により利用者の行動原理が大きくことはあるから、旅行目的毎に交通需要予測モデルが構築されることはある。その場合、業務目的では時間価値が高く、観光・私用目的では時間価値が低くなるのが一般的だ。
ここで留意すべきなのは、この交通需要予測モデルとは、「かくあるべし」という意味での教条的な理論式ではなく、利用者の交通行動データや「このように行動したい」との意志表示(アンケート結果)に基づく統計的な回帰式、という点である。
もう一度繰り返して書こう。交通需要モデルは、利用者の実際の交通行動データを統計的に解析したもの、もしくは利用者の「このように交通行動を行いたい」という意志表示(アンケート結果)を統計的に解析したものの、どちらかであることが多い。

京阪電鉄京津線 平成25(2013)年撮影
(画面中央のレンガ積は旧東海道本線の橋台跡)
例えば、三条京阪から山科まで移動するにあたり、京都市東西線六地蔵行・京阪京津線直通浜大津行の選択率はそれぞれ如何ほどになるだろうか。
「京都市東西線六地蔵行は 260円、京阪京津線直通浜大津行は 360円。どう考えても京都市東西線一択でしょ」
……と答える人が多そうだ。しかし、現実は異なる。少数といえども、京阪京津線直通浜大津行を選択する利用者は現に存在する。この利用者は、山科での階段移動を嫌気しているのか、それとも京阪京津線直通電車のほうが先着すると予め知っているのか、いずれにせよ 100円の運賃差を補いうる効用を見出し、京阪京津線直通電車利用を選択しているのである。
例示した利用者の率が高いとはいわない。せいぜい数%程度の水準だろう。とはいえ、ゼロではない。利用者は多種多様なモノサシを持っており、相応に合理的な基準で行動を選択する、その一断面といえよう。
■国内航空乗継体験
いささか前置きが長くなった。ともあれ、交通需要予測モデルは、実際の利用者の行動もしくは意識に統計的に回帰して得られる理論式なのである。
この基本は普遍である、と筆者は考えていた。それがこの世界の常識でもある。ところが冒頭に述べたとおり、筆者自身がその常識の激変を実体験(実感)してしまった。
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左:NH312(B767-300)@富山空港 右:NH55(B777-200)@新千歳空港
筆者が今夏、留萠線廃止予定区間を訪れたことは、すでに簡単な記事にまとめたとおり。ここで、現居住地(富山)から北海道への移動にあたっては、直通便のNH1181があるが、筆者が選択したのは羽田乗継の NH312→NH55であった。何故なら、NH1181では新千歳空港着が13時20分となり、留萠着時刻が日没間際になってしまうからだ。
NH312→NH55 であれば新千歳空港着は10時35分(実際には機材繰り遅延で10時55分降機となりかなり焦ったが)、エアポート 113号とスーパーカムイ15号を乗り継いで、深川で留萠線 4927Dに乗車できるのである。留萠到着後、Jeepの新車を駆使して、陽のあるうちに 4932D・4929D・4934Dに乗車、夜には4931D・4936Dを往復し、廃止予定区間全駅乗降を達成している。
NH312→NH55 は乗継ゆえ、当然NH1181よりも高くつく。ここで、NH1181の正価38,300円、往復割引34,400円のところ、搭乗48日前に購入した NH312→NH55は22,480円と大幅に割引されていた。ちなみに同時に購入した帰路NH1182は15,000円である。 7,480円の追加出費を要するものの、現地での効用が大幅に増すのは明白だった。NH1181の正価・往復割引と比べはるかに安い水準であり、受容可能な追加出費であったことから、迷わず予約・購入した次第。
筆者は通常、このように早い段階からスケジュールを固定しないのだが、留萠訪問後に某学会(札幌開催)に参加する構想があったので、早々に固定したうえで他のブッキングをブロックできた。そのおかげで「なんということでしょう!」という気分を味わえたのは望外の余禄というべきか。
■本論
もともと筆者には東海道新幹線のライトヘビーユーザーだった時期があり、当時は航空と使いわけてもいたから、東海道新幹線利用者の選択性向に関して以下のようにとらえていた。
・利用者はスケジュールを予め固定せず駅に着いた時点で「次に乗れる『のぞみ』」を選択する傾向が強い
・利用者選択性向に対する「のぞみ」最大の長所は高速性を前提した東京−新大阪間ほぼ10分毎運行という高頻度運転にある
・羽田−伊丹間の航空運航頻度も高いがキャリア単位で見れば一時間毎にとどまる
すなわち航空利用者はこの運行頻度(スケジュールの硬直性)を許容可能な属性といえる
この感覚を持っていたところに NH312→NH55体験を重ねたわけだから、効果覿面である。新幹線と航空は同等の交通機関として選択されているのではなく、それぞれキャプティブな利用者層が固定的に利用している、という感覚が筆者には湧いてきた。すなわち、
・早い時点でスケジュールを固定できる利用者……安価な航空の選択が合理的
・直前までスケジュールを固定できない利用者……運行頻度の高い新幹線の選択が合理的
……ということになる。
このように考えれば、「寝台特急『日本海』廃止か?」にて仮説した、乗継による航空利用者の増加が腑に落ちてくる。早い時点でスケジュールを固定できる利用者(例:出張日を早期に予定する用務客・法事のため故郷に帰る客etc.)にとって、割引率が高い多様な割引制度を活用できる航空の選択が明らかに合理的である。たとえ乗継を要したところで、筆者の NH312→NH55体験のように運賃の絶対値が極端に低い以上、その効用はかなり大きい。
上記は、長距離帯における交通手段の選択肢は航空・鉄道・高速バスだけでなく、航空(早期予約orLCC)・航空(直前予約)・鉄道・高速バスの四種類に細分化できるようになってきた、ともいえる状況の説明である。
もっとも、この細分化はIIA特性(Independence from Irrelevant Alternative――いわゆる赤バス青バス問題)の典型例ともいえ、数理的な評価がきわめて難しい。まして、早期予約可能な利用者にとって航空選択が合理的、という選択行動を説明変数にとりこむなど、少なくとも現時点では至難といわざるをえない。
その難しさを措くとして、長距離帯において鉄道が競合している他交通機関は、安価な高速バス、所要時間が短い航空だけにとどまらず、「早期予約により極端な安価となる」航空が含まれるようになった、との事実を改めて認識しなければなるまい。表題に掲げた「常識の変化」とは、まさにこの事実を指す。
これはすなわち、高速性と高運行頻度を兼ね備えた新幹線のないOrigin-Destinationにおいて鉄道の競争力は劣後する、ということでもある。JR四国やJR北海道の苦しさはこの点にも認められる。また、ニッチなモノサシを有する利用者層を相手とし、限られた狭い時間帯及びOrigin-Destinationでしか優位性を発揮できない夜行(寝台)列車には、現下日本の交通市場におけるニーズが乏しいことが改めて再確認できよう。
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