寝台特急「日本海」廃止か?





■夜行列車の衰退傾向

 JR夜行列車の衰退傾向はとどまるところを知らず、近年ではほぼ「最終局面」を迎えつつあるような状況だ。その理由の分析は過去の記事にも記述しているが、これは一面を示しているにすぎない。改めて簡単に整理すると以下のとおりとなる。

  ●新幹線の高速化・航空サービスの拡充による需要減少
  ●特殊車両を非効率に回転させる構造的高コスト要因(特に寝台車)

 一点目は新幹線沿線路線に顕著な現象であって、首都圏−九州、首都圏−東北、関西圏−九州などの諸列車が該当する。そして、夜行列車衰退の大勢を決している要因でもある。

 上記以外の列車、例えば北海道内(「利尻」「まりも」など)や首都圏−北陸(「北陸」など)の諸列車廃止は、一点目の理由は必ずしも該当しない。なにしろ、現状で新幹線が競合しておらず、夜行列車にも相応の競争力があるように見える区間なので、廃止が必然とはいいきれない。特に「北陸」はせめて北陸新幹線金沢開業まで引っ張れなかったのか、という疑問が残る。

 ということは、二点目の理由が主因、と考えるのが妥当なのであろう。車両の老朽劣化が進んでいるなか、更新投資には踏み切れない、という線がJRの本音だろうか。

日本海
「日本海」にトワイライト車充当の珍景
函館にて  平成17(2005)年撮影


 そこに「日本海」が廃止されるらしい、という報道が届いた。新幹線ネットワークとはまったく縁がない区間を走っているから、「北陸」以上に違和感が伴うところだ。

 以下、客観的データと理論を以て、「日本海」の利用状況について分析してみる。なお、筆者においては、夜行列車を「存続すべき」または「廃止すべき」という予断や固定観念は存在しない。交通現象の実際を理解するにあたっては、中立を以て臨んでいる。ただし、片方の「べき」には合理性があまりないことが容易に理解できてしまう結論だったという点、予め記しておこう。





■関西圏−秋田・青森県の旅客交通流動

 基礎とする統計データは「全国幹線旅客純流動調査」(国土交通省)である。このうち使用するのは「代表交通機関別流動表」で、第 1回(平成 2(1990)年)と第 4回(平成17(2005)年)の結果を用いて分析する(理由は後述する)。

 「代表交通機関別流動表」には、各都道府県間の旅客交通の総量が、代表交通機関別に示されている。このデータを用い、一日あたりの交通量を算出することとする。出発地・到着地は、「日本海」の主たる利用者層に合致すると思われることから、滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県(以下「関西圏」とする)と青森県・秋田県を選び出した。

 結果は以下グラフのとおりで、まさに一目瞭然である。

関西圏対秋田・青森

関西圏−秋田・青森県の交通流動
単位:人/日


 関西圏−秋田県の旅客交通流動量(=旅客需要)は、15年間でほとんど変化していないが、シェアが激変している。平成 2(1990)年時点で五割を超えていた鉄道のシェアが、平成17(2005)年時点では12%にまで急落している。

 関西圏−青森県の旅客交通流動量の変化はきわめて劇的である。15年間で総量が倍増という、驚異的と形容しても決して大袈裟でない急伸ぶりを示している。その伸びの大部分は航空が吸収しており、15年間で流動量がほぼ三倍増という急成長だ。これに対し、鉄道の流動量は半分以下の水準まで落ちこんでいる。

 では、中間の平成 7(1995)年と平成12(2000)年はどうかといえば、数字が怪しい点があり、敢えて採用しなかった。航空の流動量は時系列的に妥当な推移を示しているのに対し、鉄道の流動量があまりにも少なく、信頼性に欠けると判断した。これら数字が真であれば、「日本海」は疾くの昔に廃止されているはずの水準だったのである。

 「全国幹線旅客純流動調査」は、特に交通流動量の絶対値が少ない区間での精度確保に課題があるといわれている。ただし航空に関しては、各路線毎の利用者数データが高精度で統計化されており(「航空統計年報」参照)、これで補正されているならば大きな誤差は生じないはずだ。これに対して、鉄道の列車毎の利用者数データは統計化されておらず、JR各社が任意に発表しているにとどまる。

 以上の課題が如実に顕在化している区間が、どうやら関西圏対秋田・青森県に該当した様子なのである。そうはいっても公式の統計資料が存在していることは事実なので、平成 7・12年度のデータを除外したのは、あくまでも筆者の判断による。





■関西圏−秋田・青森県のサービス

 この15年間、何故利用者は主に航空を選考するようになったのか。夕から翌朝にかけての時刻表比較を通じ考察してみよう。以下に現時点(平成23(2011)年冬)での関西圏−秋田県間の時刻表を示す(既に廃止された「日本海」旧2・3号の時刻のみ平成17(2005)年冬時点)。

大阪発時刻秋田着時刻所要時間備考
16:3017:501h20mJAL2179
18:0021:053h5mANA36+ANA879
17:1723:546h37mのぞみ42+こまち41
17:475:3211h45m日本海
21:408:3510h55mJAL189+宿泊+JAL1261
20:178:4112h24m日本海(旧3号)
7:308:501h20mJAL2171
21:2010:5413h34mのぞみ66+宿泊+こまち13
6:1312:566h43mのぞみ204+こまち19
出発・到着時刻は、「日本海」=大阪駅・秋田駅、新幹線=新大阪駅・秋田駅、
航空=伊丹空港・関西空港・秋田空港のものをそれぞれ表示した。下表も同じ。


秋田発時刻大阪着時刻所要時間備考
18:2019:501h30mJAL2178
17:0923:456h36mこまち38+のぞみ269
19:357:1111h36m日本海(旧2号)
19:457:2011h35mJAL1268+宿泊+ANA961
19:078:2513h18mこまち42+宿泊+のぞみ1
22:3110:2711h56m日本海
10:0511:351h30mJAL2172
6:0212:366h34mこまち12+のぞみ221


 関西圏→秋田県方向に関しては、「日本海」の優位性がほとんど残されていないことが理解できる。唯一のメリットらしきものは現「日本海」が早朝に到着できるという点のみ。これですら、航空の始発便でも一般的にはまったく支障ない。30分ほど早い時刻に新幹線に乗れば、日付が変わる前に秋田に到着し、その気力さえあれば未明から秋田での活動を開始できる。空港へのアクセス時間などを考慮する必要はあるが、航空を選択すればさらに早い時刻に到着することから、活動の選択肢がより一層広がる。

 秋田県→関西圏方向の「日本海」はさらに不利だ。現「日本海」の到着時刻が遅すぎるため、航空始発便と大差ない。しかも航空始発便の場合、前夜がまるまる空くという利点もある。旧 2号が存続していたところで、羽田空港近傍で宿泊というハンデ付の航空乗継と所要時間がほぼ同等である。

 「日本海」旧2・3号は秋田県に有利な時刻設定であったのに、平成17年(2005)時点で既にシェアが極小化し、しかも旧2・3号が先んじて廃止された事実は、交通現象の重要な原理を示唆している。

 引き続いて、現時点での関西圏−青森県間の時刻表を示す(「日本海」旧2・3号の時刻のみ平成17(2005)年冬時点)。

大阪発時刻青森着時刻所要時間備考
15:5517:251h30mJAL2157
18:0021:003h0mANA36+JAL1211
17:1723:386h21mのぞみ42+はやて41
17:478:4514h57m日本海
21:409:0011h20mJAL189+宿泊+JAL1201
21:2010:0112h41mのぞみ66+宿泊+はやて11
8:4010:101h30mJAL2151
20:1711:5415h27m日本海(旧3号)
6:1312:336h20mのぞみ204+はやて19
出発・到着時刻は、「日本海」=大阪駅・青森駅、新幹線=新大阪駅・新青森駅、
航空=伊丹空港・関西空港・青森空港のものをそれぞれ表示した。下表も同じ。



青森発時刻大阪着時刻所要時間備考
17:5519:351h40mJAL2158
17:3323:456h12mはやて38+のぞみ269
16:457:1114h26m日本海(旧2号)
20:507:2011h30mJAL1210+宿泊+ANA961
19:388:2512h47mはやて42+宿泊+のぞみ1
19:3110:2714h56m日本海
8:0511:103h5mJAL1200+ANA19
6:1012:166h6mはやぶさ4+のぞみ219
10:4012:201h30mJAL2152


 関西圏→青森県方向に関しては、「日本海」の優位性などないに等しい。現「日本海」の到着時刻は一般的に便利だが、ほんの少々早い時刻(※)に航空または新幹線に乗ればその日のうちに青森に到着できるのである(※航空は空港へのアクセス時間を考慮)。

 青森県→関西圏方向の「日本海」に至っては、もはや良いところなしと評するしかない。現「日本海」の到着時刻があまりにも遅く、宿泊付の航空・新幹線の方がより早い時刻に着いてしまう。航空始発便こそ午後に入ってからの到着だが、羽田行始発便からの乗継で午前中に到着可能だ。

 この乗継は「えきから時刻表」に検索表示されるものであり、羽田空港の構造からすれば少々厳しいかもしれない。しかし、羽田空港のターミナルをまたぐ乗継という無理までせずとも、前日の最終便に乗りさえすれば、当日中どころかかなり余裕のある時刻に到着するのである。





■利用者の選択基準

 以上の統計資料と時刻表から読みとれるのは、多くの利用者は所要時間がより短い交通機関を選択しているという、単純明快な事実である。

 さらに注目に値するのは関西圏−秋田・青森県航空直行便の座席供給数で、伊丹−秋田・青森便は平成17(2005)年当時は小型ジェット機で運行されていたのである。平成17年当時の航空直行便の座席供給数は 900〜1,000程度と考えられ、秋田便はともかくとして、青森便は常時満席に近い状態であったと見なければならない。

 ところが、現在の伊丹−秋田・青森便は定員80名にも満たないレシプロ機で運行されており、航空直行便の座席供給数は 500を下回る水準にまで減っている。現在の座席供給数は常時満席どころか、平成17年当時の利用者数を運びきることさえできない供給過小状態である。

 さらにいえば、利用者数が順調に伸びていたというのに、ジェット機からレシプロ機に移行して座席供給数を減らした点は不可思議千万である。平成22(2010)年実施の「第 5回幹線旅客純流動調査」の結果を見なければ断定できないとしても、この数字と事実から推測できるのは、およそ以下のとおりである。

 即ち、利用者の大部分は日に2〜3往復程度の直行便よりもむしろ、高頻度で運行されている羽田乗継便を積極的に選択している可能性を指摘できる。

 要するに、多くの利用者は、たとえ乗継があろうとも、所要時間がより短い交通機関を選択する傾向にあることが理解できる。以上が一般的利用者が持つ「合理的なモノサシ」であり、それ以外の「モノサシ」はあまり一般的でないとみなさなければなるまい。

日本海
485系「白鳥」とならぶ「日本海」
函館にて  平成17(2005)年撮影


 今日もなお「日本海」を選択している利用者とは、寝台で横になれることに絶大な効用を見出している層か、なにがなんでも鉄道利用というキャプティブ層か、いずれにしてもかなり特殊な(少なくとも相対的には少数派の)「モノサシ」の持ち主ということになる。かような「日本海」利用者の絶対数は、平成17(2005)年時点で 200人/日を下回る水準まで減っている(「全国幹線旅客純流動調査」に示される鉄道交通量とは鉄道全体のものであり「日本海」単独の数字とは限らない点に注意しなければならない)。





■「日本海」存廃どうあるべき?

 以上までの分析でわかるとおり、平成17(2005)年時点において、関西圏−秋田・青森県の旅客交通流動のうち、八割は航空利用になっており、鉄道分担率は一割強にすぎない。平成 2(1995)年時点ではほぼ拮抗していた分担率が航空に大きくシフトしたのは、利用者の多くが所要時間のより短い交通機関を選択する「モノサシ」を持つようになったためと考えられる。

 冒頭に掲げた夜行列車衰退の要因「航空サービスの拡充による需要減少」は「日本海」においてもあてはまっていたのである。

 鉄道利用者全数を「日本海」乗車とみなすとしても、その絶対数は 200人/日を下回る。これほど利用者数が少ないと、JRは「日本海」梃子入れに到底踏み切れまい。よしんば踏み切れたとしても、利用者の交通機関選択基準が前述したとおりである以上、長期的には確実に失敗に終わる。現「日本海」の所要時間はロスが多く、今日的感覚から懸け離れすぎており、利用者数が増加に転じるとは考えにくい。

 夜行寝台列車ゆえ寝ている間に移動してくれる、時間を有効活用する交通機関、という見方は一面的すぎる。航空で当日早い時刻のうちに移動してしまえば、仕事先・知人などと懇親の席を持つことができるし、なじみの店に寄ることもできる。酒食抜きでも、仕事の資料作成を進める、風呂にのんびりつかる、翌朝に早起きし運動する、ゆっくり睡眠をとるなど、どのような活動をするか、多様で幅広い選択肢を持つことが可能である。翌朝の航空始発便利用も同様で、前夜の時間を目的と状況に応じ使いこなすことができる。

 「日本海」に乗ってしまうと、これら社会活動が全て制約されてしまう。多くの利用者が航空を選択する理由は、詰まるところこの点に尽きるわけで、より短い所要時間に多大な効用を見出しているからにほかならない。

日本海
789系「スーパー白鳥」とならぶ「日本海」
函館にて  平成17(2005)年撮影


 翌朝特定時刻に到着したいというニーズは確実に存在するし、過去記事で述べたように筆者もこの選択基準で夜行列車を利用したことはある。しかしながら、「夜行列車を存続すべき」論者にはこのニーズや選択基準をクローズアップして過大評価し、利用者の一般的選択基準を過小評価する偏りと傾きがある。かような考え方が合理的とは到底いえないことは、本稿を通読していただければ容易に理解できるはずである。

 繰り返しを承知で記すと、筆者は「日本海」を「存続すべき」とも「廃止すべき」とも主張するつもりはない。そもそも、需給調整規制が撤廃された今日では、一列車の存廃を議論することに意義は乏しい(需給調整規制という前提条件がなければ「存続すべき」と議論しても効力がない)。それでも敢えて、客観的データと理論を以て現状分析に臨んだ結論として、「日本海」廃止の方向には相応の必然性がある一方、「『日本海』存続論」には合理性を認めがたい、と考えざるをえないのである。





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