| 青森発時刻 | 大阪着時刻 | 所要時間 | 備考 |
| 17:55 | 19:35 | 1h40m | JAL2158 |
| 17:33 | 23:45 | 6h12m | はやて38+のぞみ269 |
| 16:45 | 7:11 | 14h26m | 日本海(旧2号) |
| 20:50 | 7:20 | 11h30m | JAL1210+宿泊+ANA961 |
| 19:38 | 8:25 | 12h47m | はやて42+宿泊+のぞみ1 |
| 19:31 | 10:27 | 14h56m | 日本海 |
| 8:05 | 11:10 | 3h5m | JAL1200+ANA19 |
| 6:10 | 12:16 | 6h6m | はやぶさ4+のぞみ219 |
| 10:40 | 12:20 | 1h30m | JAL2152 |
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関西圏→青森県方向に関しては、「日本海」の優位性などないに等しい。現「日本海」の到着時刻は一般的に便利だが、ほんの少々早い時刻(※)に航空または新幹線に乗ればその日のうちに青森に到着できるのである(※航空は空港へのアクセス時間を考慮)。
青森県→関西圏方向の「日本海」に至っては、もはや良いところなしと評するしかない。現「日本海」の到着時刻があまりにも遅く、宿泊付の航空・新幹線の方がより早い時刻に着いてしまう。航空始発便こそ午後に入ってからの到着だが、羽田行始発便からの乗継で午前中に到着可能だ。
この乗継は「えきから時刻表」に検索表示されるものであり、羽田空港の構造からすれば少々厳しいかもしれない。しかし、羽田空港のターミナルをまたぐ乗継という無理までせずとも、前日の最終便に乗りさえすれば、当日中どころかかなり余裕のある時刻に到着するのである。
■利用者の選択基準
以上の統計資料と時刻表から読みとれるのは、多くの利用者は所要時間がより短い交通機関を選択しているという、単純明快な事実である。
さらに注目に値するのは関西圏−秋田・青森県航空直行便の座席供給数で、伊丹−秋田・青森便は平成17(2005)年当時は小型ジェット機で運行されていたのである。平成17年当時の航空直行便の座席供給数は 900〜1,000程度と考えられ、秋田便はともかくとして、青森便は常時満席に近い状態であったと見なければならない。
ところが、現在の伊丹−秋田・青森便は定員80名にも満たないレシプロ機で運行されており、航空直行便の座席供給数は 500を下回る水準にまで減っている。現在の座席供給数は常時満席どころか、平成17年当時の利用者数を運びきることさえできない供給過小状態である。
さらにいえば、利用者数が順調に伸びていたというのに、ジェット機からレシプロ機に移行して座席供給数を減らした点は不可思議千万である。平成22(2010)年実施の「第 5回幹線旅客純流動調査」の結果を見なければ断定できないとしても、この数字と事実から推測できるのは、およそ以下のとおりである。
即ち、利用者の大部分は日に2〜3往復程度の直行便よりもむしろ、高頻度で運行されている羽田乗継便を積極的に選択している可能性を指摘できる。
要するに、多くの利用者は、たとえ乗継があろうとも、所要時間がより短い交通機関を選択する傾向にあることが理解できる。以上が一般的利用者が持つ「合理的なモノサシ」であり、それ以外の「モノサシ」はあまり一般的でないとみなさなければなるまい。

485系「白鳥」とならぶ「日本海」
函館にて 平成17(2005)年撮影
今日もなお「日本海」を選択している利用者とは、寝台で横になれることに絶大な効用を見出している層か、なにがなんでも鉄道利用というキャプティブ層か、いずれにしてもかなり特殊な(少なくとも相対的には少数派の)「モノサシ」の持ち主ということになる。かような「日本海」利用者の絶対数は、平成17(2005)年時点で 200人/日を下回る水準まで減っている(「全国幹線旅客純流動調査」に示される鉄道交通量とは鉄道全体のものであり「日本海」単独の数字とは限らない点に注意しなければならない)。
■「日本海」存廃どうあるべき?
以上までの分析でわかるとおり、平成17(2005)年時点において、関西圏−秋田・青森県の旅客交通流動のうち、八割は航空利用になっており、鉄道分担率は一割強にすぎない。平成 2(1995)年時点ではほぼ拮抗していた分担率が航空に大きくシフトしたのは、利用者の多くが所要時間のより短い交通機関を選択する「モノサシ」を持つようになったためと考えられる。
冒頭に掲げた夜行列車衰退の要因「航空サービスの拡充による需要減少」は「日本海」においてもあてはまっていたのである。
鉄道利用者全数を「日本海」乗車とみなすとしても、その絶対数は 200人/日を下回る。これほど利用者数が少ないと、JRは「日本海」梃子入れに到底踏み切れまい。よしんば踏み切れたとしても、利用者の交通機関選択基準が前述したとおりである以上、長期的には確実に失敗に終わる。現「日本海」の所要時間はロスが多く、今日的感覚から懸け離れすぎており、利用者数が増加に転じるとは考えにくい。
夜行寝台列車ゆえ寝ている間に移動してくれる、時間を有効活用する交通機関、という見方は一面的すぎる。航空で当日早い時刻のうちに移動してしまえば、仕事先・知人などと懇親の席を持つことができるし、なじみの店に寄ることもできる。酒食抜きでも、仕事の資料作成を進める、風呂にのんびりつかる、翌朝に早起きし運動する、ゆっくり睡眠をとるなど、どのような活動をするか、多様で幅広い選択肢を持つことが可能である。翌朝の航空始発便利用も同様で、前夜の時間を目的と状況に応じ使いこなすことができる。
「日本海」に乗ってしまうと、これら社会活動が全て制約されてしまう。多くの利用者が航空を選択する理由は、詰まるところこの点に尽きるわけで、より短い所要時間に多大な効用を見出しているからにほかならない。

789系「スーパー白鳥」とならぶ「日本海」
函館にて 平成17(2005)年撮影
翌朝特定時刻に到着したいというニーズは確実に存在するし、過去記事で述べたように筆者もこの選択基準で夜行列車を利用したことはある。しかしながら、「夜行列車を存続すべき」論者にはこのニーズや選択基準をクローズアップして過大評価し、利用者の一般的選択基準を過小評価する偏りと傾きがある。かような考え方が合理的とは到底いえないことは、本稿を通読していただければ容易に理解できるはずである。
繰り返しを承知で記すと、筆者は「日本海」を「存続すべき」とも「廃止すべき」とも主張するつもりはない。そもそも、需給調整規制が撤廃された今日では、一列車の存廃を議論することに意義は乏しい(需給調整規制という前提条件がなければ「存続すべき」と議論しても効力がない)。それでも敢えて、客観的データと理論を以て現状分析に臨んだ結論として、「日本海」廃止の方向には相応の必然性がある一方、「『日本海』存続論」には合理性を認めがたい、と考えざるをえないのである。
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