スポーツの研究・解説
精神主義、根性論、封建的な上下関係などに支配された古いスポーツ界の批判と共に勝つためにはどうすればよいか参考になりそうな事例も挙げました。
スポーツ全般
日本特有の問題点
練習のための練習
上下関係と勝敗
武道・格闘技
本末転倒の精神修養論
無意味な最強格闘技論争
役に立つ格言(武道家やスポーツマンの言った言葉の中で好きなものを挙げてみました)
技術のないところに根性論がある(芦原英幸)
野 球 解 説
独特な用語の意味
野球放送でよく聞くが詳しい説明のない独特の語の意味
引っ張る・流す
詰まった当たり
ボテボテのゴロ(近日掲載予定)
伸びのある球
作戦に関する素朴な疑問
不親切なプロ野球解説者に代わり作戦の意味を解説する
投手と打者の左右の相性(例:なぜ左投手には右の代打?)
2−3で自動スタート
野球評論家
予想が当たらない理由
江本孟紀
広岡達郎
桑田真澄(高校野球批判)
張本勲(対江川紹子論争)
プロ野球
メジャーリーグ方式導入の功罪
中日ドラゴンズ落合博満監督は名監督か
広島東洋カープの課題
広島東洋カープ ブラウン流意識改革
叱らない名将 渡辺久信西武ライオンズ監督
メジャーに適応できない松坂大輔投手の課題
メジャーに溶け込んだ黒田博樹投手
メジャーで成功しそうな予感のするダルビッシュ有投手
2008年北京オリンピックの総括
根性論
朝日新聞の根性論
植田ジャパンの根性論
星野ジャパン騒動
星野仙一監督のお粗末な実態
ハングリー精神
スポーツ全般
日本特有の問題点
練習のための練習
日本の運動部の練習については、「練習のための練習」という事がよく言われる。「練習のための練習」とは妙な言い方だが、日本のスポーツの現状を実によく言い当てている言葉だ。
日本では、運動部員はうまいだけでは試合に使ってもらえない。指導者は過酷な練習に耐える選手を好み、楽をしている者を許さない傾向がある。そのため、まず、厳しい練習に耐えられる体作りが必要になる。厳しい練習をしているうちに体が練習に馴染み、練習に耐えられる体が作られる。
しかし、練習の目的はあくまで試合に勝つ事や体を鍛える事にあるのであって、練習をする事自体が目的では無い筈だ。その点が本末転倒になっている。
それを象徴する典型的な例がオリンピックの直前になって柔道選手がやたらと怪我をする事だ。ロサンゼルスオリンピックでの山下選手の怪我をはじめとして、日本の柔道選手はオリンピックの直前になると大きな怪我をする事が恒例となっている。怪我をした体で無理に出場してメダルをとったりすると「強い精神力の持ち主」として怪我をしていない場合よりもずっと高く評価される。
しかし、怪我をするのはやり方がまずいからと考える事もできる。怪我をしなければ楽々勝てた選手だって少なくない。これなら、直前の練習などしない方がましではないのかと思う。
練習自体が目的となっている日本のスポーツマンのトレーニングは根本的に考え直さなければならないだろう。単に練習量を誇るのではなく、質についても考えていかなければならない。
上下関係と勝敗
精神主義と並ぶ日本のスポーツの大きな特徴として、極めて厳格で封建的な上下関係がある。学校の運動部などをはじめとする日本のスポーツの組織では、「先輩の命令に対して後輩が絶対服従する」というように上下関係が極めて厳格な場合が多い。特に大学や高校の運動部の上下関係は、さながら、王様と奴隷といった感じすらある。しかし、この極めて厳格な上下関係の存在が、日本のスポーツの弱さの原因であるという指摘もたびたびされている。特に外国のスポーツ選手や日本でも若手の選手からは極めて評判が悪い。
スポーツ関係の評論家の中には厳格な上下関係を支持する人が少なくない。その代表が野球評論家の江本孟紀氏だ。
後輩を人と思わず奴隷のように扱うような上下関係が、人道的あるいは社会的に良いか悪いかはとにかくとして、ここでは、上下関係が試合での勝敗にどう関わってくるかについてのみ考察する。
結論から言うと、上下関係はスポーツの試合に勝つためには何の意味も無い場合が殆どだ。勝つためには、むしろ、マイナスでさえある。競技に関して優秀な能力を持つ下級生がいても、先輩から苛められて力を発揮できない場合が少なくない。
上下関係がマイナスに働く事をサッカーの試合を例にあげて説明する。例えば、ディフェンスの選手が先輩でキーパーが後輩である場合を考える。キーパーはチームの中で最も後方のポジションにいるので状況が分かり易い。そのため、他の選手に指示を出さなければならないのだが、「井原さん。右に行って下さい」と言うのと「井原。右だ」と怒鳴るのとでは、明らかに指示の意図が伝わる時間が違ってくる。サッカーのような動きが速くて激しい競技では、選手の反応に僅かな遅れがあっても致命的なエラーになる恐れがある。
「普段は上下関係に厳しくて、先輩に敬語を使う。しかし、試合の時だけは、先輩を呼び捨てにしても構わない」という方式を導入しているチームがあるかもしれないが、現実問題として、なかなか、そのように割り切れない人が多いのではないかという懸念がある。
サッカーのように極めて高度なチームワークを必要とする集団競技でさえ、上下関係は勝敗にとってマイナスに作用する。まして、柔道のような個人競技の勝敗では上下関係は更に弊害が大きい。
何故、全く合理的とは言えない上下関係がスポーツに導入されたのかというと、恐らく、その時代背景に問題があったのだろう。軍国主義の時代には、スポーツを楽しむという態度を社会が許容しなかったのだろう。特に西洋式のスポーツには敵性の競技という偏見があった。そこで、軍隊式の厳格な上下関係を導入する事で、精神の鍛錬であるという言い訳をする必要があったのだろう。戦争が終わってからも、スポーツ界には封建的な上下関係が残ってしまった。
武道・格闘技
本末転倒の精神修養論
現代の武道家や格闘家と称する人たちの中には如何に武道家の人格が優れているかを強調する人が少なからず存在する。
その根拠として「辛く苦しい極限の練習に励む事により強く思いやりのある立派な精神が身に付くのだ」というような感じの訳の分からない理屈が使われるが多い。苦しい練習をすればなぜ立派な人格が形成されるのか。まるで宗教の修業僧の苦行を思わせるような言わば信仰に近いものであろうか。
武道や武術においては古くから武術を志す者の人格の在り方が厳しく問われてきた。その意味を正確に理解していないから、その様な誤解が生まれるのだ。
日本で近代的な柔道の普及を進めた嘉納治五郎氏は「何十年間竹刀で技術を練習しても、投技や逆技の練習をしても、そういう練習や研究からは尊王の精神も道徳も発生してこない」と断言している。
武術とは本来、危険な殺傷術である。その様な危険な教えを誰にでも簡単に教えるべきではない。まずむやみに人を傷つけないような立派な人格を形成した者だけに教えるべきだ。そういう話であったのだ。
武器と置き換えて考えると分かりやすいかもしれない。現在社会で銃や日本刀に届出が必要なのと同じような事だ。規制しないとごろつきが危険な殺傷術を見につけてしまう。
武道の厳しい訓練を受けていれば自然に人格が身に付くという意味では決してない。過去においては規制される事の方が多かったのだ。
但し、私は武道の習得を制限する必要もないと思う。現在の武道は武器を使うもの(例えば剣道)については実戦的な意味合いは全くないし、武器の発達した現代社会で素手の格闘術をことさら警戒する必要もない。
武道家の人格が立派であると思うのは個人の自由だが、人格形成という大義名分を押し付けて嫌がる人に無理矢理やらせる必要は全くない。
無意味な最強格闘技論争
ボクシング、キックボクシング、空手、柔道、プロレスなど様々な格闘技が存在するが、格闘技ファンの話題として「どれが最強か」が論争になる事が多い。
結論から先に言うと全く無意味な命題だ。
強さを比較するには実際に闘ってみるのが何と言っても一番明確で公平だが、下記のような大きく二つの理由で答えは出せない。
@勝敗はその格闘技の強さだけでなく選手個人の肉体的能力に左右される。
Aルールが違う競技で優劣を決めるのがナンセンスだ。
まず、@について考える。
人気格闘技K−1で史上初のWORLD GP 3連覇を達成したセーム・シュルトというオランダ人空手家がいる。この人は現在K−1で圧倒的な強さを誇っており、超一流のキックボクサーでさえも簡単にノックアウトしてしまう。
それでは空手が最強かと言うと、その事だけでは何とも言えない。彼は身長212cm、体重137.4kgという人並みはずれた体格で他の格闘技でも活躍した可能性もある。実際、総合格闘技PRIDEでも活躍している。
ボクサーを志していればボクシングヘビー級の世界チャンピオンになっていたかもしれない。
全く同じ素質で同年代で経済環境なども全く同等の人たちがそれぞれ別の格闘技を志し対戦したなら話は別だが、そんな対等の条件なんてまずあり得ない。
次にAについて考えてみる。
格闘技は様々あるが、公にされている格闘技の中には全くのルール無制限のものはない(もしかすると漫画「空手バカ一代」に登場したようなアンダーグラウンド(地下)プロレスの様な非合法的な格闘がどこかで密かに行われているかも知れないが)。
ボクサーと空手家が対戦した場合にボクシングルールではボクサーが勝つだろうが空手のルールでは空手家が勝つだろう。
「いや、俺はそんな事を言っているわけではない。何でもありのルールで1対1で闘ったらどうなるかを言っているのだ」
と言う人がいるかもしれないが、そもそもそういう残酷行為は出来ないから今のように技が制限されているのだ。
但し、個々の格闘技についてはどちらが強いとほぼ断言できる場合がない訳でもない。例えばボクシングとキックボクシングだ。この両者では間違いなくキックボクシングだ。理由は後者の方が制約が少ないから。
個人的見解を述べてきたが、専門家の意見はどうか
国際空手道連盟極真会館主催の1975年全世界空手道選手権大会第一回で優勝した佐藤勝昭氏は柔道の猛者でもあった。佐藤塾のサイトの中に「柔道と空手はどっちが強いのか」という問いに対して下記の様な答えがある。
柔道の間合いで戦えば柔道の方が強いし、空手の間合いで戦えば空手の方が強い。そもそも、ルールの違う武道を比較することが不合理である
強いて言えば総合格闘技で最も技の制限の少ないプロレス辺りが最強なのかもしれないが、上記のような理由であまり意味のない論争である。
役に立つ格言
技術のないところに根性論がある(芦原英幸)
「空手バカ一代(梶原一騎著)」で極真会館所属時の活躍を描かれて有名になった芦原会館初代館長である故芦原英幸氏の格言である。
彼は「ケンカ十段」とも呼ばれ一見すると根性論でしごきまくるイメージがあるが、根性論を嫌い効率的な練習と技術を教えていたようだ。
私は大学生の頃に彼の書いた文章を読んだことがあるが、その際に感銘を受けた。一字一句詳しく覚えていないが、
「礼儀作法を学びたいのであれば華道や茶道を学べばよいのであり、精神を鍛えるのであれば座禅を組めばよい」
というような内容であり、何のために空手をやるのかという問いかけであった。
日本の武道にありがちな練習のための練習をするようなタイプではなく、目的意識を明確に持った上で合理的な練習に励む人なのだと思った。
根性論は武道やスポーツの理論を理解せず技術論をまともに説明できない人が振り回すものであり、「技術のないところに根性論がある」という言葉はシンプルだが言い得て妙な名言である。
「そんなの今時当たり前じゃないか」と思う人がいるかもしれないが、空手の館長クラスでそのような発言をする人は実際にはなかなかおらず、年代の割にはなかなか先見性のある方という見方も出来、評価に値する。
野球解説
独特な用語の意味
引っ張る・流す
野球放送でよく聞かれる「引っ張る」「流す」という言葉は打球の方向を示す用語で、打者が立っている側の方向に打つ事を「引っ張る」、反対側の方向に打つ事を「流す」と言う。
右打者の場合はレフト方向に打つ事を「引っ張る」、ライト方向に打つ事を「流す」になる。
左打者の場合はライト方向に打つ事を「引っ張る」、レフト方向に打つ事を「流す」になる。
但し、センターラインから少しでも右か左に打球が飛べば引っ張るとか流し打ちになるわけではなく、角度に関しては例えば「ファールラインから30°」というような明確な範囲があるわけではないようだ。
詰まった当たり
ある程度勢いのあるスイングや力を込めたスイングをしたものの今一つ勢いがない打球の事。フライの場合もゴロの場合もあるがどちらかというとフライの場合に使われる事が多いような気がする。
単に打球の勢いがないだけでは通常は詰まった当たりとは言わない。例えばバントの様に故意に勢いをころす場合が多い打球は打球に勢いがなくても詰まったとは言わない。止めようとしたバットに当たった打球も普通は詰まったとは言わないようだ。
そうなる要因としては当たり損ねや球威に押された場合などが考えられるが、私の印象ではどちらかと言うと当たり損ねのイメージが強い。バットに当たった箇所や角度や回転のかかり方などが微妙にずれていたというような場合に多いようだ。
勢いがないので凡打になる場合が多いが、飛んだコースや角度や球場の広さや風向きなどによってはぎりぎりでスタンドまで達しホームランになる事もある。また、勢いがない事が逆に幸いしてヒットになる場合もある。詰まった当たりがヒットになる事が多い打者の特徴として思い切りよく振るために長打になりそうな気がして外野手のスタートが出遅れる場合が多いので単に運が良いというだけでない場合も少なくない。
ボテボテのゴロ
伸びのある球
「伸びのある球」は一般に投手の投げる球の体感速度について使われる言葉だ。直球系の投球に対して使われる事が多い。これもまた感覚的な言葉なので客観的に表現するのは難しいが、初速の割に終速が速く感じる投球というような意味だ。
通常はプロの投げるような時速130キロは軽く越すような速球では常識的に考え得る身長の人間であれば終速は初速より遅くなる。投手の後ろ側から強烈な風が吹けば速度が増す事はあり得るが時速130キロを越すような強風で試合を行う事はない。「伸びのある球」と言われる投球もあくまで手元で速く感じるというだけで実際には速くなっている訳ではない。
手元での体感速度に差を感じる理由は主に球に対する回転のかけ方にあるようだ。実際に終速が速い場合と目の錯覚でそう見える場合がある。
バックスピンがよくかかった球は揚力が発生するので打者からすると浮き上がって見える(実際には錯覚である場合が多い)。そういう球は体感速度が速く見える。また回転軸の向きや回転数で減速の度合いも異なってくる。比較的減速しづらい回転のかけ方で投げた投球は終速が回転の良くない投球方法と比べて相対的に速くなる。
これらのどちらか或いは両方を備えた投球がいわゆる「伸びのある球」ということになる。
作戦に関する素朴な疑問
プロ野球解説を聞いていると作戦に関して「なぜそうなるのか」説明がなく素人には分かり難い場合が多い。例えば「2−3なのでここはランナーが自動的に走ってきます」など。
不親切な解説者に代わり私が丁寧に解説する。
投手と打者の左右の相性
世界の左利き人口は1割程度はいるようで思ったより遥かに多い気がするが、それにしてもプロ野球選手には異様に左投手や左打者が多い。特に左打者は多い。「なぜ野球は左利き選手がやたらと多いのか」と思った方は多いだろう。この疑問に対して野球関係者はあまり親切に答えない場合が多いので私が解説しよう。
利き手が大きな意味を持つスポーツの代表が野球なのだが、大きく分けて2つの理由がある。
まず一つは打者側から見ると投手の利き手によって球の入ってくる方向が違ってくる事だ。自分の体のある側から入ってくる球は打ち難いし外側から入ってくる球は打ち難い(右バッターなら右投手の球は打ち難く左投手の球は打ち易い。左バッターなら右投手の球は打ちやすく左投手の球は打ちにくい)。
それでは体の向きを変えてはどうか。右バッターが右ピッチャーと左バッターが左ピッチャーと対戦する時に体の向きをややピッチャー方向に向けるようにしてはどうか(これを専門家は体を開くというような表現をしている)。そうすればバットに球を当て易くなるが、飛ぶ方向が限られてくるので守備の側が守りやすくなるのと自分の体の側にファールになる確率が高くなる
この様に一つの大きな理由としては体と同じ方向から来る投球は打ち難いという事があるが、もう一つの大きな理由としては現行の野球のルールに関する理由がある。それは一塁が左バッターに近い事だ。バントの様な攻撃は別として殆どの打撃は体の回転によって打っているため右バッターの場合、打った後に一塁と逆の方向に体が向いてしまう。右バッターは一旦体制を直してから一塁に向かって走らなければならない。米大リーグのマリナーズのイチロー選手などは打ちながら既に走っていると言われたりする。ちなみに左バッターは必ずしも左利きではない。右投げ左打ちの選手も多く、投球と比べると利き手と逆にするのは遥かに容易である。
以上の二つの理由で左バッターが有利なるのだが、という事は一番目の理由として説明したように左バッターには左ピッチャーが有利になるから左ピッチャーを増やす要因になる。
但し球の入ってくる方向といっても投球フォームによってかなり違ってくる。横手投げだと左右の差は大きいが真上から投げ下ろすタイプのピッチャーだとさほど左右の影響はない。
2−3で自動スタート
バッティングカウントが2ストライク3ボールになると解説者やアナウンサーが「2−3なのでここはランナーが自動的にスタートします」などと解説する事はよくある。なぜ2−3だとランナーが自動的に走ってくるのか。
それは2−3というのは走者にとって走り易い、或いは走った方がよいカウントだからだ(必ずしも走るのが正解とは限らないが)。
まずバッテリーの心理としては4ボールにしたくないから余程コントロールが良いか度胸が良い投手でない限り比較的無難なコースを狙って投げてくる可能性が高いし、打者としても三振したくないから多少ボールくさいコースに来たとしてもバットに確実に当ててくる。
投球の判定がストライクになるかボールになるかは相手の投手次第なので予想はつかないが、まずボールになる場合を考える。この場合は4ボールになるので走者の足が遅かったり走るタイミングが遅れたとしてもアウトになる心配はなく確実に進塁できる。他のカウントだと意図的にボールにして打てるコースから外して(このプレーをウェストと言う)捕手が素早く送球して走者をアウトにする場合もあるが、このカウントだと走者をアウトにするためにわざと外す事はありえない(打者が強打者なのでヒットを打たれないためにわざと外す事はあり得るが)。
それでは投球がストライクゾーンに来た場合はどうか。明らかにストライクと思われるコースであれば当然打者は三振になるのを避けるためバットを振ってくる。バットに当たった場合は走者は当然早めに走っておいた方が得である。
バットに当たるかどうかについても投手と打者の技量や駆け引きや運などがあり予想は難しいが、空振りや見送った場合はどうか。当然三振になるわけだが空振りの場合は振らなかった場合より捕手にとって視界をさえぎられる事になり送球動作の妨げになり走塁に多少有利にはなる。
2−3でスタートした走者が打者三振の後で捕手の送球によってアウトにされダブルプレーになる場合もよくあるので絶対に走るのが正解だという訳でもないが、打者が内野ゴロを打った場合などは早めにはしっておかなかったためにダブルプレーにされてしまう事もよくある。従って走者を積極的に進めるというだけでなく内野ゴロなどによるダブルプレーを避けるという意味もある。
野球評論家
予想が当たらない理由
毎年、プロ野球の開幕直前になると野球評論家によって優勝チームの予想が行われる。今までに私が野球評論家の予想を検分した経験では正解率は高くないが、今まで予想が外れた野球評論家が責任をとったという話を聞いた事が無い。
一九九八年のセリーグで優勝したチームは、横浜ベイスターズだった。この事を予想した野球評論家は、私の知っている限りでは一人もいない。この年に限らず、野球評論家の予想が的中する確率は極めて低い。プロ野球のチームはセントラルリーグとパシフィックリーグがそれぞれ六チームから構成されている。仮にサイコロを振って偶然出た目によって優秀するチームを予想したとしても、リーグ優勝するチームは1/6の確率で当たる事になる。また、余程各チームの力が接近していない限り間違っても優勝しそうもないようなチームが一つのリーグに一つや二つは大抵存在する。そう考えると素人でも野球に関する知識が多少あれば、二、三割程度以上の確率でリーグ優勝チームを当てる事が十分可能な筈だ。選手や監督に対して十分な知識がありキャンプなども詳しく観察している専門家なら少なくとも四割以上の確率で優勝チームを当てるのが当然だと思われる。しかも、当時の横浜ベイスターズは選手の地力ではリーグでもトップクラスのチームであった。
それにも関わらず、一九九八年のセリーグ優勝チームに関する予想を的中させた評論家の割合は、まぐれ当たりを遥かに下回る比率となっている。江本孟紀氏に至っては、横浜の順位を最下位と予想している。このような事は、他の多くの年でも何度もあった事だ。
この事は日本の野球評論家の理論が、事実と根本的に食い違っているためとしか思えない。では、日本の野球評論家の考え方は、どこがどのように間違っているのだろうか。それは、恐らく練習量に対する勘違いだろう。日本では、「練習量が多いほど効果がある」と言われてきた。キャンプで練習をたくさんしたチームや選手を高く評価する人が多い。しかし、実際にはキャンプで猛練習をしたチームに怪我人が続出して、良い成績を残せなかった例は少なくない。
当時、横浜ベイスターズの監督だった権藤博氏はキャンプで、「ミーティングなし、夜間練習無し、門限無し」という方針を打ち出した。これは従来の日本のプロ野球とは大きく方針を転換している。これらの事はアメリカでは当たり前の事だが、この事が管理野球に慣れた日本のプロ野球関係者には「単なる話題作り」として極めて低く評価される要因となったのだろう。
かつてのプロ野球解説者はやたらと根性論を振り回したものだった。「気迫のピッチング」だの「気合が入っている」だのやたらと精神面を強調し、あたかも精神が全てであるかのような言い方をしていた。「根性で勝てるのなら、お前がやれ」と言いたくなるような人たちが大勢いた。最近ではそういう人は減ってきたが、未だに根性論を振り回す駄目評論家が少なくない。
プロ野球自体は無くなろうとどうなろうと社会にとっては影響は少ない。ペナントレースの順位予想自体は外れてもどうという事はない。しかし、野球関係者の評論は社会に大きな影響を与える。間違ったトレーニング理論を教えることによって、青少年の健康や精神を害してしまう恐れがある。科学的で民主的な野球評論家の育成が必要だ。
江本孟紀
現在、野球解説者で国会議員でもあり、南海ホークス(現在のダイエー・ホークス)、阪神タイガースの投手だった江本孟紀氏は、首脳陣を批判して阪神タイガースを退団している。散々反抗を繰り返したしたくせに下の者には厳しいという勝手な人物は少なくないが、江本氏はその典型と言える。あいさつをしなかった後輩をいきなり殴りつけた事が著書の中で書かれている。野球界に根強く残る理不尽な上下関係といった封建的慣習を絶対必要なものと決め付けている。考え方が非科学的で根性論を振り回す野球評論家の代表的存在だ。とにかく、投げ込みや走り込みといった伝統的で非科学的な練習方法を奨励し、経験論に偏り科学的トレーニングを徹底的に嫌っている。
野球評論家の予想は大体当たらない事が多いのだが、この人の予想は特に当たらない事が多い。特にひどかったのは一九九八年のセリーグ優勝チームである横浜ベイスターズを最下位と予想したことだ。しかも、予想が大幅に外れても、全く反省することも無く大きな顔をしている。理論はめちゃくちゃだが、口だけは達者だ。
一九九八年のセリーグについては当初、江本氏は横浜ベイスターズが優勝する筈がないと断言していた。新しく横浜ベイスターズの監督に就任した権藤博監督は「ミーティングなし、夜間練習無し、門限無し」という従来のプロ野球界の方式とは正反対の方針を打ち出したが、江本氏は月刊誌「宝石」誌上でその事を散々けなしまくっていた。「選手の自主性にまかせてはいけない」という非常に古典的な意見を強硬に主張している。横浜ベイスターズの優勝が決定した後も、「横浜ベイスターズは佐々木(主浩)がいたから勝てた」などと言って、誰が監督をやっていても横浜ベイスターズが優勝できたかのような言い方をしている。権藤監督の功績については全く認めていない。しかし、横浜ベイスターズの佐々木主浩投手は一九九八年以前からずっと横浜ベイスターズに在籍して、毎年のように大活躍しているので、この説明は明らかに間違っている。単に自分の好き嫌いで評価するという困った性格の持ち主だ。
江本氏が特に槍玉にあげているプロ野球選手として巨人の桑田真澄投手がいる。桑田投手は投げ込みと過度な登板を嫌い、ウェートトレイニングなどの科学的トレーニングを重視している。桑田投手は大リーグの方式を好んでいるようだ。江本氏には、その事が気に食わないようだ。「走り込み」に代表される古典的な日本式トレーニングの信奉者である江本氏のような精神主義者にとって、桑田投手のような合理主義者は目障りな存在だ。桑田投手を手本とする若手の野球選手に対しては、「桑田の真似をしたらあかん」などと余計なおせっかいをしている。桑田投手の体を診断したスポーツ医学の権威であるジョーブ博士は、桑田投手の体があまりに酷使されていることに驚いている。誰も桑田投手の態度を責められないのだ。
とにかく江本氏には合理的精神や科学的思考というものが根本的に欠如している。桑田投手のような球団を代表する第一線級の投手が肩を壊したら困るのは誰なのか考えるべきだ。それは所属する球団ではないか。無理をすれば、年間で三十勝近い勝ち星をあげることは可能かもしれない。しかし、次の年からは一勝もあげられなくなってしまう可能性もある。巨人の場合、毎年のように優勝候補であり常に優勝を狙っている。そういうチームでは、そのような使い方をしては損をすることになる。エース級の投手が過渡な投げ込みや登板を拒否するのは当然であり、わがままでも何でもない。
日本の野球関係者の中には、「この人から野球を取ったら、何も残らない」という感じの人が多いが、江本氏はその典型的な例だろう。仕事のいい加減さは国会議員になってもちっとも変わっていない。
広岡達郎
広岡達郎氏は管理野球によって、セリーグの弱小チームだったヤクルトを日本一にしているし、西武ライオンズも何度も優勝させている。監督として輝かしい経歴を持つ反面、彼が監督したチームは「後には、ぺんぺん草も生えない」と言われるほど選手がボロボロになっているのが実態だ。
要するに、采配や指導が優れているのではなくて、選手を酷使して勝利を手中にしているというだけの話だ。「もし、一年間、選手をどのように使っても良い」と言うのなら、私が監督でも優勝させる事は可能だ。エース級の投手を使いまくれば良いのだ。そうすれば、一年後にはそのチームは故障者続出で最下位に転落しているかもしれない。
広岡氏の身勝手さを示す例として、千葉ロッテマリーンズのゼネラルマネージャー(GM)時代の経歴が有る。ロッテのGMに就任した広岡氏は監督としてボビー・バレンタイン氏を指名した。その結果、万年最下位候補だったロッテは二位に躍進した。素晴らしい功績を残したにも関わらず、バレンタイン氏は広岡氏から嫌われ、解任された。
その最大の理由としては、練習量に対する考え方の違いが有る。日本ではとにかく練習量を誇る傾向があるが、大リーグの選手は日本人のような「練習のための練習」をしない。特にシーズンに入ると日本のような試合前の猛練習はしないのが普通だ。バレンタイン氏は「試合前の猛練習は選手を疲労させるだけだ」として反対していた。堀選手がしごかれているのを見て、「やめろ。どうして、堀を苛めるんだ」と飛び出してくるというようなことがあった。
それに対して、猛練習が絶対必要と考える広岡氏や日本人コーチ陣が反発した。バレンタイン氏の指導では優勝できないとして、オーナーを説得して、素晴らしい仕事をしてロッテを蘇らせたバレンタイン氏を解任してしまった。
これに対してファンは憤慨したが、それは当然だ。GMというのは監督のやり方に口を出さないのがルールだ。自分で取り入れたGM制度を自分で破っていたのでは、意味が無い。
そもそも、バレンタイン監督が就任したシーズンの開幕前には、広岡氏はテレビのインタビューで「最初の年は最下位に終わるかもしれないが、このチームは優勝を狙えるくらい伸びてくる」というような事を言っている。一年目で優勝する予定など無かったのだ。ところがシーズン終了近くなってくると「バレンタインが監督でなければ優勝していた」などと言っている。嘘を平気でつく男だ。
その翌年のロッテは広岡氏が絶対的な自信を持って優勝宣言したにも関わらず、五位に低迷している。これによって、バレンタイン氏の優秀性が証明された。
そもそも、広岡氏は理論家に思われているが、実際は非科学的な精神主義者だ。なぜ、そのような錯覚をする人が多いのかというと、恐らく、科学者のような風貌と言動によるものであろう。管理野球といっても科学的理論に基づいた指導ではなく、単なる経験論の押付けに過ぎない。「自分の大学の後輩だから、活躍してくれるだろう」などと何の根拠も無いことを平気で言っている。
バレンタイン氏との対立については、「日米の文化の違いによるものだ」と考えているようだが、それは違う。「日米間の文化の違い」というより、「世代間の感性の違い」と言った方が正解だろう。広岡氏とバレンタイン氏の対立に対して、エースの小宮山投手をはじめとする選手の殆どがバレンタイン氏を支持していた。この事は重く受け止めるべきだろう。
若者と年配者の対立はいつの時代もあったし、広岡氏自身も若い頃は指導者と対立していた。伊良部投手との対立についても一過性のものと思っていたようだ。いつの時代も若者の反抗はあったが、今の時代が昔と違うのは、現代の若者の年配者に対する反発が一過性のものではないことだ。昔の選手も監督やコーチのしごきに反発する事は少なくなかったし、監督を殴った選手だっていた。昔の人はしごかれた経験に対して、その時は反発しても、後になって感謝する事が多かった。「殴られたことを感謝している」などと言う人も少なくなかった。しかし、今の選手はしごかれた経験に対して恐らく何十年たっても嫌なおもいでとしか思わないだろう。広岡氏はその事を全く理解していないようだ。
桑田真澄(高校野球批判)
清原和博氏と共にPL学園の選手として甲子園で大活躍した桑田真澄氏は巨人のエースとしても長年君臨した。引退後は評論家として活動し勉強熱心でもあり将来の指導者として嘱望されている。
2009年8月20日発行のNumber734の16ページに高校野球に関する下記のコメントがある。
・・・・・略・・・・・
素晴らしい指導者もたくさんいるのですが、なかには自分たちの既得権益しか考えていない大人が、少なくありません。金の卵である子どもだちのために尽力して下さっている大人が、どれだけいるのでしょうか。たとえば、連盟の中にまだ旧態依然とした考え方を変えられない人がいて、時代の変化に対応できていない。あるいは、勉強不足の指導者が有望な選手を壊している。僕たちが子どもの頃、朝から晩まで、子どもたちのために時間を費やしてきた情熱は素晴らしいと思います。でも、甲子園で勝つこと、優勝することが、どれだけ偉いんですか。甲子園に出るために、優勝するために、金の卵を壊してしまっては何にもならないんです。有名な強豪高だからといって、一学年に何十人も集めて、科学的な裏付けもないまま無茶苦茶な量の練習をやらせて、その挙げ句に「肩が痛いのか、じゃあ、辞めろ」って、平気で辞めさせる。冗談じゃないですよ。不勉強な指導者が金の卵の将来を奪ってしまうことだけは、絶対に避けなければならないんです。
最近、大学院で勉強する傍ら、全国へ講演のために出向くと、熱心な指導者が僕のところへいろんなことを訊ねに来てくれます。少しでも良くしたい、何とか改革したいという芽が、あちこちで育ってきていることを痛感させられます。それなのに、高校生のためにあるはずの高校野球がそうなっていない・・・・・・その現実が、残念でならないのです。
・・・・・略・・・・・
我が意を得たりである。前述の江本孟紀氏や広岡達郎氏とは対称的な意見の持ち主と言える。
長年指摘されてきた高校野球の非科学的な練習方法に対する批判は最近むしろ鳴りを潜めた感すらある。
猛練習至上主義が再び台頭し合理的主義者の意見があまり聞かれなくなった昨今とても新鮮な印象を受ける。
上記の発言からトレーニング理論に対する意識の高さと共に選手に対する思いやりなど彼の人格が伝わってくる。
このような人物にこそ指導者を務めてほしいものだ。
張本勲(対江川紹子論争)
2010年5月23日のTBS放送番組「サンデーモーニング」での張本勲氏と江川紹子氏の論争が話題になっている。
発言はおおよそ下記の様なものだった。
| 張本: | 喝! |
| 関口: | 何に喝ですか? |
| 張本: | 岩隈 |
| 江川: | えー |
| 張本: | ファン(江川氏の事だろう)がいらっしゃいますけどね、7回で降りたらダメですよ。3-3の同点ですよ。百球も投げていないんだから |
| 関口: | (江川氏の方を向きながら)調子が悪そうだったね |
| 張本: | 調子が悪いんだったら、もう発表している筈ですよ。次出てきますよ、また。この人は精神力弱いと思いますよ
俺のゲームだ。俺にまかせろと、最後まで。一番苦しいんですよ、8回、9回が。それを避けることが非常に多い
私も彼のファンですよ、素晴らしいピッチングをしますよ。男前だしね
ところが、そういう精神面で弱いところがある。そうするとチームの士気が下がる
|
| 江川: | 聞いてみなければ分からないじゃないですか。長いペナントレース、無理をして出られなくなっても困るし |
| 張本: | そんなことをいちいち考えていたら、長いペナントレースはやってられないですよ。無理するところは無理してもらわないと |
| 関口: | 長いこと話していましたね、マウンドの上で監督 |
| 張本: | 代われ、ということは絶対監督は言えませんよ、エースだから。その後、岩隈よりいい投手が出てくるなら代えてもいいですよ |
| 江川: | その前の回から、監督といろいろ話をしていましたよ |
| 張本: | それは肩が張るとか痛いとかそういう話ではないんです。配球の問題とか、そういう注意を与えているんです。これは素人には分からないからね |
| 江川: | 分かんないじゃない |
| 関口: | 親分にまかそう。親分はどうですか |
| 大沢: | それはいいんだけど、その後の片山、盗塁を殺した後、フォアボールはいかんわなぁ |
この後、twitterで江川氏から下記の様な報告がある。
出演予定だった6月20日のサンデーモーニングにできなくなりました。5月23日の放送での私の言動について、張本勲氏が立腹し、江川を番組に出さないようTBS側に求めたためです。TBSは、張本氏の主張を受け入れ、私を出さない、と決めました。7月も同様の理由で出演できません。詳細は後で
ちなみに、張本氏は楽天の岩隈投手について「カツ」を叫び、「無責任」と断じました。それに対して、私が驚いて「え〜っ」と声を発したことが許せないのだそうです。
ちなみに、サンデーモーニングはTBS報道局の番組です。話し合いの中で、私は「TBS報道局にとって、何が大事な価値観か、よく考えて欲しい」と述べてきました。その結果が、これです。非常に落胆しています
張本氏の要求は、「江川と同席したくない」ではなく、「江川を番組に出すな」というもの。20日に私を出演させれば、それ以外の日も、張本氏は出ないと主張されたそうです。
江川氏の説明が事実なら酷い話であり張本勲氏は大人気ないと思う。
仮に江川氏の発言が嘘か勘違いのどちらかであり間違いだとしても張本勲氏の発言には問題がある。どう見ても江川氏の主張が正論で張本氏の方がよほど素人臭い。
5月の時点でエースがそこまで無理して投げなければならない理由があるのだろうか。江川氏と張本氏の発言とは逆に素人が精神論を唱えてプロがたしなめるのなら話は分かる。
毎回、活を与える相手を探さなければならないのでかなり無理のある話題まで持ち出さなければならなくなってしまったのだろうか。
だとしても、それは江川氏の責任ではなくTBSの責任だ。とても納得のいく処分ではない。
プロ野球
メジャーリーグ方式導入の功罪
2006年の外国人監督は千葉ロッテマリーンズのボビー・バレンタイン監督、北海道日本ハムファイターズのヒルマン監督、広島東洋カープのブラウン監督の三人だ。サッカーと違い、野球界では日本式にこだわり外国人選手や指導者の助言をなかなか受け付けない体質があったことを考えると外国人指導者に対する拒否反応はかなりなくなってきた気はする。
日米の野球には一長一短あるとは言われるが私の個人的な見解を述べると、メジャーリーグ方式の方が正しいと思う。自分が球団のオーナーであれば合理的な考え方を持つ大リーグの指導者を監督に招聘するだろう。
特に近年のプロ野球においてはメジャーリーグ方式の練習や選手起用法の有利さが増してきていると思う。その理由としては、
@年間の試合数が増えているので、練習や試合において選手の消耗を減らすような配慮を徹底している大リーグ方式が有利になる。
A更に最近ではプレーオフ制度が導入されたために、単に勝率だけでなく、シーズンが終わった時点で選手がどれだけ健在かが鍵になっている。
但し、日本で外国人指導者を使った場合に逆に悪い方向に行く可能性も少なくない。メジャー方式は優れているとは思うが、問題点もある。欠点という表現が適切かどうかは分からないが、それは「素人が部分的に経過を見ると非常に下手な指導法に見えることがある」という事だ。
どういうことかというと、メジャー方式は日本式と違い、一戦必勝という戦い方はしない。全試合で勝ちにいこうとはしないし、シーズンを通しての勝ち星を考える。だから、キャンプでの練習はシーズン当初に全開するような調整はしない。従って開幕当初はもたつく事も少なくない。また個々の試合について見ると必ずしも投手などの最適な起用は行われない事がある。好調だった先発投手を引っ込めてリリーフが打たれる事はよくある。リリーフ投手にしても「何でこんな大事な場面で第二線級投手を使うの」と思うような起用が行われることもある。
個々の試合だけを見るのではなくシーズン全般を通して考えると、そのような起用も理解できるのだが、そこだけしか見ない人にとっては「駄目監督」に見えてしまいがちなのだ。また、連敗している時は日本の監督であればローテーションを崩してでも連敗阻止しようとするが、外国人監督は起用法を無理に変えるようなことはあまりしない。だから、見た目にはだらだら負け続けているのに何も手を打たない無能な指揮官という印象を受けることは少なくない。
監督が外国人の場合は周囲の理解が特に重要になってくる。これは経営者や選手は勿論であるが、ファンや解説者も含めて取り巻く環境の広い範囲での理解が必要になってくる。ファンがあってのプロ野球だからファンから「あんな駄目監督はやめろ」という声があれば無視できない。経営者は強い信念を持つことが必要になる。
既に述べた通り私は大リーグ方式の方が優れていると思うし日本でも信念を持って指導を受ければ必ず勝てるチームになると思う。但し、取り巻く地域環境が外国人指導者を長い目で見ることが出来ないのであれば、却ってマイナスになることも少なくない。途中の経過を見て「やっぱり駄目な方式だった。日本式の方が優れている」というふうな結論に持っていかれた場合は決して少なくない。そうなると本末転倒だ。上記三チームの中で監督の意図が良く理解されているのは千葉ロッテマリーンズと広島東洋カープだ。
逆に北海道日本ハムファイターズは合理主義のヒルマン監督の下で精神主義のコーチが根性論を振り回して猛練習で選手をしごきまくるチームになってしまった。これでは外国人を指導者として招聘した意味が無い。
メジャー方式の監督を受け入れるかどうかは球団や地域の風土などもあるだろう。ただ、保守的な風土の強かったチームが意外にすんなり受け入れることもあるので、一概にどの球団がメジャー方式を受け入れるか風土なのかは判断が難しい。
広島東洋カープの場合、何十年にも渡り猛練習至上主義の風土があった。しかし、ブラウン監督に代わってから、無駄な練習の削減を唱える姿勢と全体練習量の削減に対して歓迎の意向を唱える選手は多く、割とすんなり溶け込んでいる印象がある。
広島東洋カープは2006年7月26日現在では38勝46敗の4位と決して素晴らしい成績ではないが、オーナーや選手やファンなどが監督と一体になっている感があり、今後の伸びに期待できそうな気がする。
という訳で、外国人監督のチームについて関係者の心構えを端的に述べるならば「関係者全員が強い信念を持って監督を信じる」ことだ。少しでも疑問を感じるなら即刻やめてもらったほうがいい。
中日ドラゴンズ落合博満監督は名監督か
中日のリーグ成績
| 年度 | 監督 | 順位 |
| 2002 | 山田久志 | 3 |
| 2003 | 山田久志 | 2 |
| 2004 | 落合博満 | 1 |
| 2005 | 落合博満 | 2 |
| 2006 | 落合博満 | 1 |
| 2007 | 落合博満 | 2 |
| 2008 | 落合博満 | 3 |
落合博満氏は2004年から2008年まで5年間中日ドラゴンズの監督を務めリーグ優勝2回日本一を一回記録した。
この成績だけ見ると素晴らしい数字であり名監督との評価も高いが、私は疑問に思っている。
まず就任前の2年間の中日ドラゴンズは3位→2位と順位が上がっている。
元々上位のチームでしかも発展途上段階にあり3位、2位と来れば次の年は少なくとも2位以上にはなりそうな気がする。
そして1位と2位を繰り返して2008年には3位に落ちている。
これを見るとピークに達した時点でたまたま落合博満氏が監督に就任したという見方が出来なくもない。
セリーグ2006年俸総額
| 巨人 | 34億5446万円 |
| 中日 | 29億5890万円 |
| 阪神 | 28億9240万円 |
| ヤクルト | 21億4750万円 |
| 横浜 | 20億6085万円 |
| 広島 | 15億0000万円 |
更に球団別の年俸額を比較してみる。金満球団のイメージがある巨人がやはり1位で最下位の広島の2倍以上だが、2位の中日や3位の阪神と比べて思った程の大差はない。
6球団の年俸に於ける上位3チームと下位3チームの格差は歴然としている。成績は年俸だけで決まる訳ではないが、これだけ差があると年俸下位チームは圧倒的に不利だ。これらのチームがAクラスに入るのは極めて難しい。
従って中日ドラゴンズの3位以内はよほど低能な指導者でない限りどの指導者であろうとほぼ確定的と言っても過言ではない。
マスコミは結果論で落合監督を高く評価しているが、就任前は落合博満氏の異様なコメントに「この人に監督が務まるのだろうか」と否定的なムードが強かった。彼のコメントには聞いていて疑問に思うようなものが少なくない。例えば「こんなに練習したんだから負ける筈がない」という話だ。中日ドラゴンズの練習は日本一厳しいそうだが、練習量が多いほどよいというのは一体何の根拠があって言っているのだろうか。
練習量が多ければよいというものではなく十分な休養が必要である。今時そんな事も知らないのだろうか。スポーツ医学という概念が全くない事に呆れてしまう。
これを書いている2008年現在、中日のレギュラーはピークを過ぎつつあり上記の表で説明した通り、これから力が落ちていくだろう。
成績こそ常勝監督だが、金銭的に恵まれた球団のたまたま良い時期に監督に就任するという幸運があっただけであり決して名監督ではないというのが私の持論である。
広島東洋カープの課題
プロ野球セ・リーグの広島東洋カープは春先は成績が良いが途中で失速するというパターンの繰り返しである。広島カープの練習方法の課題について考えてみよう。
広島カープは実に良く練習するチームだ。キャンプでは選手をしごきまくるのが恒例になっている。そのためにシーズンの早い段階から体が出来上がり、春先には上位にいる事が多い。しかし、徐々に疲れがたまり、故障者が増え始める。夏頃には疲労で選手が脱落し、成績も低下していく。毎年飽きずにこれの繰り返しだ。
広島カープのトレーニングについて
某掲示板
の管理人であるD氏は8月22日(木)20時01分57秒に掲示板において下記のように語っている。
1975年の初優勝当時のルーツ監督は、それまで日本のプロ野球界のトレーニングに採り入れられていなかった水泳を練習メニューに加えたり、バッティング練習は、一日にエース級の投手の投げる球を一打席だけということをやったり、かなり合理的な練習方法だったということを聞いています。それが、いつの間にか、「日本プロ野球界で一番練習の厳しい球団」になっていました。最初は、高橋慶彦や山崎隆造、正田耕三といった選手たちが、スイッチヒッターに取り組んだり、身体の小ささを克服したりするための主体的な猛練習だったように思います。それが、やらされる練習になってしまった。今年は、厳しかった練習が少しは緩められたと言われていますが、故障者が出るのは相変わらずのようです。
NHKの「にんげんドキュメント」で、広島カープの村上孝雄(旧姓宮川)スカウトのことを描いた「いつか輝く原石を求めて」という作品がありました。村上スカウトは、かつて広島カープの代打の切り札でした。スカウトになってからは、「炎のストッパー」故津田恒美、緒方孝市、前田智徳などを発掘しました。2000年
のドラフトで、広島カープは、横松寿一、甲斐雅人を指名しました。横浜ベイスターズに一位指名された内川聖一も、村上スカウトは高く評価していたのですが、内川は、広島の入団には積極的ではありませんでした。理由は、彼が故障を抱えており、12球団一と言われる広島の練習について行けるかどうかが不安だったのです。それに対して、横浜ベイスターズの入団に内川が前向きになったのは、ベイスターズ側が、三年先を見越しての合理的なトレーニングのメニューを提示したからだと言われています。村上スカウトの奮闘ぶりや故津田恒美投手のエピソードなど感動的な番組ではあったのですが、広島カープのスカウトの課題も浮き彫りにしたと思います。
つまり、人情味のスカウトでは限界があるということです。内川は、故障を抱えた自分が、プロ野球選手としてやって行くために、合理的な練習メニューを含めた条件を求めた。それに応えたのは横浜ベイスターズだった。だから彼はベイスターズを選んだ。果たして内川は、今年活躍しています。ベイスーズは、湘南シーレックスの設立もあり、今年は低迷しているけれども、何年か先には伸びると私は見ています。
我が意を得たりと言いたくなる投稿である。横浜ベイスターズについては、選手の自主性を尊重する前任の権藤博監督が交代してから、方針が著しく変更になり、現在、最下位に低迷している。勝率も極めて悪く、5位とのゲーム差も大きい事から、今年の横浜ベイスターズが最下位になる事はほぼ間違いないので、横浜が伸びるかどうかは疑問だ。
しかし、広島カープの練習方法については現実をよく言い当てている。私は知らなかったが一時期は合理的な練習方法を採用している時期があったらしい。しかし、最近はそれも影を潜めてしまった。がむしゃらな猛練習を誇る練習方法を変えない限り、広島カープの優勝は困難であろう。
広島東洋カープ ブラウン流意識改革
広島のリーグ成績
| 年度 | 監督 | 順位 |
| 2005 | 山本浩二 | 6 |
| 2006 | ブラウン | 5 |
| 2007 | ブラウン | 5 |
| 2008 | ブラウン | 4 |
長年成績が低迷していた広島東洋カープに2006年からマーティ・レオ・ブラウン監督が就任した。
成績自体は「5位、5位、4位」と一見ぱっとしないが、ブラウン監督の就任前は8年連続Bクラスで前年が最下位であった事を考えると決して悪くない成績と言える。また2008年は69勝70敗で勝率0.496。あと1勝で5割であり3位になってもおかしくない成績だった。
中日ドラゴンズ落合博満監督は名監督かの「セリーグ2006年俸総額」の表で分かる通り広島東洋カープの年俸総額は他球団と比べて圧倒的に低く、巨人の半分以下、中日や阪神の半分程度に過ぎない。
これだけ圧倒的に不利な戦力でありながら3年目で5割近くの勝率に達した手腕はなかなかのものだ。
広島東洋カープの課題で述べた通り、この球団の課題は過激とも言える猛練習にあった。ブラウン監督は「量が多ければよいというものではない」と練習量ではなく質を重視する提言を行っている。例えば投手の投球数に制限を設けている。
意外だったのは長年に渡り練習量を誇る風土が根強かった同球団において選手達がブラウン監督の意図を早くから理解し受け入れた事だ。若手選手が根性論を嫌うのはよくある事だが、ベテラン選手からも「量より質」の方針が快く受け入れらた事は特筆に価する。猛練習至上主義の日本球団において外人監督の合理主義を受け入れず昔に戻ってしまうパターンはよくあるのだが、広島においてはあまりに練習量が多過ぎたためにベテランでさえも嫌気がさしていたのかもしれない。
練習量を誇る中日ドラゴンズの落合博満監督とは対称的だが、選手からも市民からも指示されているマーティ・レオ・ブラウン監督の率いるチームが伸びていく事は期待できる。
叱らない名将 渡辺久信西武ライオンズ監督
西武ライオンズのエースとして長年君臨した渡辺久信氏は2008年から西武ライオンズの一軍監督として指揮をとった。一年目の結果は豊富な戦力を保有する読売ジャイアンツを破り見事日本一に輝いた。
日本で選手を引退した後は台湾に渡り選手兼コーチとして大活躍しているが、早くから最強チームのエースとして活躍していた割には日本で選手を引退した後の苦労も多かったようだ。朝日新聞社系の週刊誌AERA(アエラ)によると台湾では指導者としてかなり我慢させられたようだ。
彼の著書「寛容力〜怒らないから選手は伸びる〜」のタイトルからも分かる通りガミガミ怒らない指導だったから西武ライオンズの選手はのびのびとプレーをする事が出来、好成績につながった。
自主性を尊重する指導方針には好感が持てるし、このやり方であればこれからも西武ライオンズの良い成績は期待できると思う。
松坂大輔投手の課題
西武ライオンズのエースとして君臨した松坂大輔投手は日本の大エースでもあった。彼が5111万ドル(約60億円)という空前の入札額でボストン・レッドソックスに交渉権を落札され、6年5200万ドル(約61億4000万円)+出来高800万ドル(約9億5000万円)で契約したことは大きな話題となった。
3年目の2009年現在、これまでの成績は惨憺たるものだ。
1年目の2007年は15勝12敗で防御率4.40。
2年目の2008年は18勝3敗で防御率2.90。
どちらも勝ち星は多いが1年目の防御率4.40は一流投手からは程遠い数字だ。二年目は勝率は抜群に高く防御率もなかなかのものだ。二年間の通算成績は平凡だが、三年目はどうか。
3年目の今年はWBCの影響もあってか早くから故障者リスト入りし6月14日時点ではこれまで投げる機会すら殆どなかった。
鳴り物入りで入団した割には期待とは程遠い成績しか残していないのは単に運が悪いせいだろうか。私はそうは思わない。
不調の理由は松坂大輔投手がアメリカ式の調整方法に対して致命的に適応できていない事に問題があると考える。日米の練習方法に対する違いは日本はやたらと投げ込みや走り込みをやらせたがるのに対してアメリカは選手、特に投手は消耗品と考えて練習量を厳しく制限している。
アメリカ式の調整方法でうまくいかなかった松坂投手は密かに日本式練習を試みたようだ。なぜ密かにかというとアメリカではやたらと練習をやったから誉めてくれるわけではなく勝手に練習をたくさんやって叱られる場合も多い。松坂投手が密かに投げ込みをしていたとする記事を読んだ事があるが、そうだとすればかなり大きな問題だ。
なぜなら破格の年俸で雇い入れた投手がコーチの指導を無視して自分勝手な方法で体を壊したのであれば大変な事になる。何のためにコーチがいるのか分からない。重大な違反行為で場合によっては訴訟になる可能性だってある。
日本のプロ野球チームの指導になじめない外国人選手が「不良外人」扱いされる事は過去においてたびたびあった。松坂投手はあくまで日本式を押し通すのであれば一体何のためにアメリカに行ったのか。チームの方針がある以上、所属球団のルールに従うべきだ。勝手に自己流で練習して体を壊すようでは「不良外人」と呼ばれても仕方ない。
メジャーに溶け込んだ黒田博樹投手
livedoorスポーツのサイトに黒田投手に関する下記の様な記事がある。
黒田が広島カープの軍隊キャンプ卒業を歓迎ー。2008年02月20日07時32分 / 提供:USA通信
ドジャーズの黒田が、広島カープ時代の軍隊式キャンプからの脱却を歓迎―。ロサンゼルスの地元紙「LAタイムス」紙の電子版は、16日付で、フロリダ州のベロビーチで、キャンプ初日を迎えた黒田博樹投手について、「ブルペンでの30球の投げ込みは、時に300球を投げ込む日本の練習に比べたら、そよ風のようなもの」と報じた。
「黒田にとって、キャンプ初日は即席飲料みたいなもの」の書き出しで、2時間のメジャーの練習は、黒田が11年過ごした広島カープが行っている夕食の時間まで、1日7時間練習するキャンプに比べたら、ウォームアップのようなものだ」と、日本のキャンプとメジャーを比較。黒田は「軍隊のようではないですね。こっちの方が僕は好きですね」と、短縮化を歓迎している。
20人の日本人報道陣に見守られながら、ブルペンで30球を投げ込んだが、日本ではキャンプ当日に100球投げることも平均的なことだった、と同記事。報道陣から「200球投げることも、珍しくはなかったのですね」と言葉をかけられると、「300球投げたこともありますよ。こっちではありえないでしょうけれど」と黒田が返す一幕も。ハニーカット投手コーチも「それは、僕が保証する」と答えるなど、日本式は封印し、メジャー流の調整方法に取り組むことになりそうだ。
「投げ込みを減らす代わりに、ウエイトトレーニングを行う方法は、長いシーズンを考えれば、いいのかもしれない。少し不安もありますが、やってみますよ」と、黒田。郷に入れば郷に従えとばかり、まずは、メジャー方式で1年目のキャンプをこなす。
前述の松坂大輔投手とは対称的に元広島東洋カープの黒田博樹投手は大リーグ方式を歓迎しているようだ。それにしてもブルペンでの30球の投げ込みと日本での300球投げたこともあるというのは十倍もの恐るべき差がある。日米の練習量の差を良く知っている私としても驚くほかない。
この感触であれば事故さえなければ恐らく間違いなく活躍する事だろう。期待が持てそうだ。
メジャーで成功しそうな予感のするダルビッシュ有投手
メジャーへの移籍が大きな話題となっているダルビッシュ有投手について予想する。
サンケイスポーツ 2012年2月25日7時51分配信のヤフーニュースに下記の様な心配をする記述がある。
米メディアでは「アジャスト(適応)」がキーワードにされてきた。練習時間が長く、投げこんで肩をつくる投手が多い日本とは練習法も大きく違う。
同じニュースの中にダルビッシュ有投手の次のコメントがある。
僕はもともとキャンプで球数をチームでもいちばん投げてなかった。これくらいで十分です
このコメントを読んだ限りでは成功するのではないかという予感がする。
気候風土やボールの感触など様々な違いに適応できるかどうかの不安があっても日本投手の最大の懸念材料は練習時間など日米の致命的な練習方法の差に適応できるかだ。
上の項で書いた通り、その点で適応出来た黒田投手と適応出来なかった松坂投手で明暗が分かれている。
上記の短歌の様に短いダルビッシュ投手のコメントから私は深い意味を読み取った。
何か余程の不運が無い限り成功すると私は確信している。
2008年北京オリンピックの総括
根性論
朝日新聞の根性論
北京オリンピックででは日本は金メダル4個、銀メダル1個、銅メダル2個だった。
朝日新聞2008年8月17日朝日新聞朝刊の17面に柴田真宏氏のコメントは男子に厳しいが、女子は高く評価している。
男子のメダルは史上最低の2個。過去最低だった4個を下回った。66キロ級の内柴と100超級の石井が優勝したが、ほかは惨敗。ペテランが多かったため幹部は選手の自主性に任せる方針を取ったが「日本代表なのに学生よりも練習していない」という声が聞こえてくるほど甘かった。
上記は男子に対する評価の記述の一部であるが、女子に対しては下記の様な評価がある。
女子は金2個を含む5階級でメダルを獲得した。前回の金5個は出来すぎだった面もあり、まずまずの結果だ。
方針は明快だった。徹底した走り込みと寝技の練習だった。アップダウンのあるコースや砂浜をひたすら走らせた。ベテランも若手も関係なくしごいた。「世界一の練習をしている」と自慢する48キロ級の谷が「きついですね」とこぼすほどのハードワーク。試合で日本選手が先にバテる場面はほとんど見られなかった。
このように練習量の差が結果の差につながったと断定しているのだが、そもそも金メダルについては男女とも2個づつで同数だ。「金メダル以外は価値が無い」という人も少なくないから、そういう見方をすると結果は男女とも同じという考え方もできる。
期待された谷亮子選手が銅メダルに終わっている事からしてもハードワークが成果に繋がったという根拠は薄弱なのだが、一方的に「練習が多ければよい」と決め付けられている。
朝日新聞だけに限った事ではないのかもしれないが、最近の朝日新聞はこれ以外でも猛練習や根性論を支持するような、まるで過去に戻ったような論調が多い。高校野球などに関しても練習過多に対する警鐘がかつては見られたが最近ではほとんど見られなくなっており、ひたすら練習量の多さを褒め称える文面が多い。
大手マスコミにおける根性論の復活は社会に対する影響が大きいだけに由々しき事態である。
植田ジャパンの根性論
男子日本バレーボール植田達哉監督の方針は猛練習で選手をしごきまくることだった。もはや時代遅れになったと思われた根性論が存在し、練習風景を紹介するテレビヴィディオで選手が殴られる風景も映し出されていた。
話を聞いたり映像を見たりした限りでは科学的トレーニングという概念のかけらも感じられなかった。
久しぶりに日本男子をオリンピック出場させたことで高い評価を受けていたようだが、そもそもワールドカップをはじめとして重要な国際試合の殆どが日本で行われるという極めて有利な特典があるから出場できただけというのは素人目にも明らかだ。
いつまでも猛練習至上主義から抜け出せない。オリンピックで1勝も出来なかったのは当然の帰結だ。
星野ジャパン騒動
大言壮語しながらメダルを逃した星野監督と自分の利益しか考えない野球界。そこに巣食う根性論。
星野仙一監督のお粗末な実態
監督の成績
| 球団 | 年度 | 順位 |
| 中日 | 1987 | 2 |
| 1988 | 1 |
| 1989 | 3 |
| 1990 | 4 |
| 1991 | 2 |
| 1996 | 2 |
| 1997 | 6 |
| 1998 | 2 |
| 1999 | 1 |
| 2000 | 2 |
| 2001 | 5 |
| 阪神 | 2002 | 4 |
| 2003 | 1 |
近年、名監督の代表のように称される星野監督であるが、私は大いに疑問を持っている。
星野仙一氏は中日ドラゴンズで投手として活躍した後、監督として中日で11シーズン、阪神タイガースで2シーズン就任している。監督としての成績は左記の通りだ。
13期勤めてリーグ優勝3回は平凡な数字だし、日本一になった事は一度も無い。数字を見る限りでは名将とは言えない。数字的には凡将だ。
3回日本シリーズに出場して一度も日本一になっていないために「悲運の名将」と言われる事もあるが、実情を知ればとてもそんな感じではない。彼は中日ドラゴンズの監督だった頃、外人選手から「毎日が優勝決定戦みたいな戦い方をする」と揶揄されている。日本シリーズの戦績は1勝、1勝、3勝だ。愚将と呼ばれても仕方ない成績だ。
シーズン中に選手を酷使してボロボロにしてしまうから日本シリーズの頃には疲れ果てて勝てないだけの事だ。むしろ悲運なのは選手の方だ。彼は多くの選手を潰してきた実績がある。
中日ドラゴンズの監督時代はあまり芳しい評判を聞いた事が無い。審判には猛抗議する、選手を煽って乱闘騒ぎをやたらと起こす、選手に暴力を振るう、など暴力監督としてむしろ嫌われていた。選手の中にも暴力野球に嫌気がさして、「次は当てるつもりだから気をつけてくれ」と相手打者に密かに教える良心的な捕手もいた。
大した実績も無く暴力的な星野仙一監督が一躍名監督と評価されるようになったのはそれまで毎年の様に最下位だった阪神タイガースを2年目でリーグ優勝させた事によるものだった。
野村監督ですら優勝させる事が出来なかった阪神タイガースを優勝させたのは快挙とは言えるが、ただ、広島カープから金本選手を移籍させるなど、阪神タイガースがその頃から積極的に金を使って補強策に力を入れるようになった事が強くなった大きな要因だ。たまたま阪神タイガースが補強策に積極的に乗り出した時期に監督に就任しただけの話だ。
マスコミによって「理想の上司」などと盛んに持ち上げられたが、根性論を振り回すだけで合理的な理論を持たない人物が理想の上司像とは呆れてしまう。
ハングリー精神
インターネットでJ-CASTニュース提供による読売グループの渡辺恒雄氏に関する下記の発言を見つけた。
2008年08月26日17時01分 / 提供:J-CASTニュース
巨人の渡辺恒雄球団会長は2008年8月25日、都内のホテルで報道陣に対し、北京五輪日本代表の星野仙一監督(61)を擁護する考えを明らかにした。五輪では金メダルを誓いながら4位に終わったものの、「星野くん以上の人物がいるならいいが、オレはそうは思わない」と発言した。
09年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表監督になることを是認したとも受け止められている。渡辺会長は、むしろ、「韓国、キューバはハングリー。選手が一生懸命だった。その点、日本の選手はね…。飽食暖衣(ほうしょくだんい)とは言わないけど、甘ったれているので、いい勉強になったと思うよ」などと選手らを批判した。
野球日本代表選手がハングリーでないのは当たり前だ。殆どが億単位の年俸をもらっている選手なのだから。中には5億円以上もらっている選手もいた。そもそもハングリー精神なるわけの分からない概念を求めるのであれば、なぜプロ野球選手を選んだのか。かつて北海道日本ハムファイターズのダルビッシュ有投手は「野球にメンタルなんか関係ないと思うし、技だけだと思う。根性論なんか、訳分からん」と発言している。私もダルビッシュ投手に同感なのだが、精神よりも技を重視したからこそプロを選んだのではなかったのか。
そもそも代表選考の過程で「選ばれなくてよかった」と思った選手も少なくなかったらしく、選ばれたが体調不良を理由に辞退している選手もいる。読売ジャイアンツの中にも候補にあがったが、代表にならなかった選手もいる。渡辺氏は自分の球団のそういう選手を責めないのだろうか? プロにとって金銭的には何の得のないのに無理やり引っ張り出しておいて「甘ったれている」はないだろうと思う。
こんな老人の私欲のためにオリンピックの野球が利用されるのではたまらない。