□□□□▲旅のフィールド〈メモ〉▼□□□□□□□□□□□□□□□□□□
NO.66 2001年12月15日発行 no.65発行部数149
北京・天津2001−17.天津観光
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/5203/memo.htm
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╋━━━━━━━━━━━━<使用上の注意>━━━━━━━━━━━━━╋
┃●中国の固有名詞等には読みとして中国の標準語(普通話)を日本語のカ┃
┃タカナで表記したものをつけましたが、本来日本語で表現できない言語の┃
┃上に、私自身中国語の超初心者ですので、参考程度にしてください。 ┃
┃●また、中国の名詞等は漢字で表記することを原則としました。ただし中┃
┃国本土では、簡体字と呼ばれる日本とは見た目がちがう漢字が使われてい┃
┃ますので、表記にはそれに相当する日本の漢字を当て、形が大きく変わる┃
┃ものは左に「*」をつけています。 また、それが見つからない場合は[]で┃
┃複数の漢字等を囲んで1字として表すこともあります。 ┃
╋━━━━━━━━━━━━<使用上の注意>━━━━━━━━━━━━━╋
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○中国の観光については、これが最後になります。
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●退房(11月17日)
いよいよ今日で北京ともおわかれだ。1ヶ月ほど滞在していただけに、さび
しい。
北京最後の朝食をたべ、そしてチェックアウト。およそ1ヶ月の滞在で、3
日ごとの支払いだったので時間がかかる。
このときに、支払いの度にもらっていた「領収書」を渡さなければならない。
それで支払いをチェックするのだ。しかし、その控えはホテル側にもあるはず
で、どうしてそれが必要なのかわからない。
さて、気になる電話代だが、支払ったのは10元ほど。1ヶ月近く滞在して
いて、毎日メールしていてこの値段だ。これだけ安いなら、もっとネットサー
フィンとかいろいろしていればよかったと後悔した。
次回、長期滞在するときは、ノートパソコンを持ってこようと思う。
●再見北京(11月17日)
北京から天津まで行くには、バスと列車の2つの方法がある。
列車はいろいろとややこしいので短距離はバスにしたいのだが、荷物に割れ
物があったので、より安心できる列車にした。
中国の列車は、チケットを持っている人しか駅舎に入れず、入ロで荷物のX
線検査がある。そして、待合室で列車への乗車を待つという、つまり飛行機み
たいな乗り方だ。
駅舎に入ると、これで北京ともおわかれなのだ。次にくるのはいつになるか
わからない。
30分ほど待ち合い室にいてから、発車の30分前に乗車。列車はなんと2階建
てで、ぼくの席は好運にも2階の窓際だった。
●北京から天津(11月17日)
列車の2階で天津までの風景が楽しめる、と思うだろう。
ところが、残念なことに北京―天津間の風景は、ほとんどがトウモロコシと
綿の畑だけだ。しかも刈りとったあとの。外国の観光客が見て楽しめるものは
何も見えない。
つまり、この2階建ての列車は、北京と天津間の景色を楽しんでもらおうと
運営されているのではなく、乗客の輸送量をふやすために導入されたようだ。
実際、日中はほぼ1時間おきにある天津直通列車は、10両ほど2階建てが並
んでいるのに、満席状態だった。
たいくつしながら1時間半ほどで天津駅に到着。なぜこれだけの距離で30分
も遅れるのだろうか。
あと、10分おきくらいに車内販売がやってくるのは近距離とはいえ中国の鉄
道だ。もちろん、お湯のサービスもある。服務員がポットを持って回ってくる
のだ。
●安いのか高いのかわからないホテル(11月17日)
はじめての町でとまどいながらバスで目的のホテルへ。駅前もいいのだが、
ちょっと離れた南市旅館街(ナンシー シーピンジェ)の*華富宮大飯店(ホァ
フーゴン ターファンティェン)へ。
予定していた1泊120元(約1800円)安い部屋は「無い」と言われ、「ホンマ
かいな」と思いつつ、たった2泊なのでちよっと高い160元(約2400円)の部屋
を150元(約2250円)で決定。
ところが、その部屋は日本なら1泊1万円以上しそうないい部屋だった。今
朝まで泊ってた北京の部屋はいったいなんだったんだろうか。
驚きはそれだけではない。ルームキーは磁気ロック。もちろん、フロントで
渡される。そして外出時もキーを返さなくてもいい。
ルームキーは各階の服務員が管理するというのが普通の中国では、きわめて
欧米風のサービスだ。
さらに、このキーを入り口の壁にあるスリットにさしこむと室内の電源が入
る。200元もしないホテルでこんなサービスがあるとは思わなかった。
従業員は英語ができるのかどうかわからないが、このようにサービスや設備
の多くは欧米標準タイプで驚いた。
デポジットをとるとか、ポットでお湯をくれるとか、中国標準のサービスも
ところどころにあるが。
●天后廟(11月17日)
移動で半日使ったので、天津初日はホテルから歩いていける天后*廟(ティン
ハゥミャォ)に行った。
天后廟というとぼくは香港のものを思いだすのだが、天津の天后廟は香港の
ものより、中国の寺院建築風だった。
香港や台湾の道観はいきなり本殿があるか、広い敷地の場合は全体に広がる
日本の神社ようなものが多いのだが、中国本土の道観は、タテ方向に様々な神
を祠る建物が並んでいく「ウナギの寝床方式」が多い。
ただ、ぼくが行ったことのある中国本土は北方系道教の影響下ばかりで、香
港や台湾は南方系道教だから建物の様式がちがうのかもしれない。
ということで、香港や台湾の南方系道教の「ふるさと」である福建省に行か
なければ、と思うのだった。
それに、福建省は烏龍茶の産地でもあるし、沖縄県民が移民したところでも
ある。
すぐ近くに文廟(ウェンミャォ/孔子廟)があるのだが、時間の都合で行け
なかったので、明日行こうと思っている。
●天津でも163(11月17日)
天津のホテルでもインターネットができた。プロバイダは163。北京同様、ユ
ーザー名もパスワードもすべて「163」。申込み不用で電話料金込みの手軽で安
いプロバイダだ。
メールソフトの方の設定はすでに済んでいるので、外線切り替えのコール番
号を変えれば、あとは市内通話としてかければいい。
ただし、北京では電話番号だけは96163だったが、天津では電話番号も163だ。
○参考になったページ
中国国内旅先接続マニュアル(応用編)〈asnd〉
(北京だより)
●天津市歴史博物館(11月18日)
今日は、1日天津観光だ。
はじめに天津市歴史博物館(ティェンチンシィリーシーポーグーグァン)に
行ったが、ぼくにとってはわざわざいくほどの展示物はなかった。
ここは、一つの建物の中に天津近代人物塑像館(ティンチン チンタイ レ
ングー シァングァン)、天津*歴史*陳列(ティェンチン リーシー チェン
レィ)、近代天津民俗展覧(チンタイ ティェンチン ミンスゥ ツァンラン)
の3つがはいっている。これらあわさって天津市歴史博物館なのだ。
天津歴史陳列は、漁港・貿易港としての天津について多少参考になるが、北
京でいろいろ見てきた後としては少し物足りない。
むしろ、天津近代人物塑像館という蝋人形館の方がおもしろかった。
とはいえ、近現代の政治に関係した人ばかりで知っている人はほとんどいな
かったのだが。
その中でも、皇帝のような格好の袁世凱(エン シィカィ/エン・セイガイ)
と洋服を着て少しうつむきかげんの溥[シ義](プーウェィ/フギ)が印象的だ
った。
近代天津民俗展覧は閉館中で見ることができなかった。だからといって入場
料が安くならないのは、よくあることだ。
●中国最大? 自然博物館(11月18日)
それに対して次に行った自然博物館(チィラン ポーグーグァン)はとても
よかった。
実は中国で見たかった化石があったのだが、北京にある動物の化石を展示し
てあるていう3つの博物館で見ることができなかったのであきらめていたのだ。
その化石の一つは「孔子鳥(コンズニァォ)」という”鳥”の化石だ。
なぜ”鳥”かというと、鳥の祖先といわれる始祖鳥よりも古い時代の化石だ
からだ。
その孔子鳥の化石を見ることができ、本当に驚いた。首都の北京で見られな
かったものが、まさか天津で見ることができるとは思っていなかったからだ。
実はもう一つ見たい化石があったのだが、それはとうとう見れずじまいだ。
もとから見れるとは思っていなかったので、かまわない。
ここは博物館自体新しくて大きいもので、自然史博物館としては中国一かも
しれない。
○画像ページ
自然史博物館
○参考になるかもしれないページ
天津自然博物館(簡体字中国語(GB2312))
●天津も最後、中国も最後(11月18日)
前日、天后廟を優先してしまったため見れなかった文廟だが、今日も時間切
れで見れなかった。
ということは、また、いつか必ず天津に来るということだろう。実際、北京
の故宮もそう思っていたら、こうして再び訪れることができた。
文廟が閉まってしまったので向かいにあるフランスのスーパーのカルフール
で、フェリーに乗っている3日分の食料を買い込んだ。
これで準備は終了、あとはフェリー乗り場に向うだけだが、実はこれが大変
だったりする。
天津駅からバスで1時間くらい、渋滞すれば2時間ほどかかるらしい。列車
は早朝にあるが、早すぎる。
しかし、バスでも乗船時間におくれないように余裕を見るので、早朝の出発
になるが。
いよいよ明日でおよそ1ヶ月の中国滞在もおわりだ。かなりさびしい。
○画像ページ
文廟
●30年前の日本と今の北京(11月18日)
1ヶ月ほど北京に滞在して思うことは、今の北京を見ているとほんとに1960
年代から1970年代の日本を彷彿させる。
そういう意味で考えると、北京は日本より30年くらい遅れているよう思える
が、今の日本とまったく同じものも少なくなく、パソコン関連の用品も入手す
ることはできる。
反面、富める人とそうでない人の差は、30年前の日本はそんなにあったのだ
ろうか?
それに、あと10年もすれば、北京に住むだれもがマクドナルドで食事ができ
るようになるのだろうか?
今の北京は、単純に過去の日本と比べることはできそうにない。
●つづく●
Copyright(C), Taki 2001
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