□□□□▲旅のフィールドノートから▼□□□□□□□□□□□□□□□□□
                     NO.117 2001年 4月11日 発行
 番外 中華人民共和国/四川省 成都(1995年 6月)

  no.116発行部数「まぐまぐ」632「Pubzine」80「melma!」122 計834
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※「第1章 冬のモンゴル〈改訂版〉」は119号から開始する予定です。
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○有名な三国志の、人気のある諸葛孔明の国、成都にいきました。でも、三国
志はよく知らないので、三国志ファンの方は、がっかりさせます(笑汗)。
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●成都に親近感

 ぼくは中国の四川省の省都でる成都にいた。チベットにいくために。
 上海から飛んできた飛行機を降りた第一声は「蒸し暑いっ」だった。まだ6
月というのに成都は真夏の大阪よりもさらに蒸し暑い。さすが“中国三火炉”
のひとつだけのことはある。
 しかし暑くても太陽は見えない。それが普通の状態なのだ。なにしろ曇って
いても地面にうっすらと影ができたら「晴れ」というところなのだ、ここは。
 はじめての成都は飛行機の4時間遅れで着いたときにはもう夕方。急いでツ
アーの予定が組んであった博物館に行く。
 途中、赤信号で停車した大きな交差点、なんと信号の横に大きなカウンター
が。青信号の残り時間を表示するのだ。
 一緒にいた東京などからきたひとたちは驚いていたが、歩行者用に赤信号待
ちの時間標示がある大阪で生活しているぼくは、妙な親近感を感じた。
 中国の成都と大阪の「せっかち」にはなにか関係があるのだろうか気になっ
たが、歩行者用の信号が青になるためのカウントダウンをする大阪に対して、
成都のカウンターは青信号の残り時間をカウントダウンする。このちがいが微
妙に大阪と成都のちがいを表しているような気がした。
 そうこうしているうちにバスは博物館に着く。博物館は待ってくれるという
のですぐに夕食。
 そのあと博物館を早足でまっわった。そして、翌日は朝7時の便でチベット
行くため、そのままホテルへ。街に出る暇は無かった。
 もちろん帰りにも成都で1泊するので、ぼくはその日にでかけることにした。

●ジェットコースターのような

 その帰りの日、心配してた飛行機の遅れはなく、定刻に成都に着くことにな
ったのだが……
 それは1000メートルほどだろうか、家がはっきりと見分けられるほど高度に
なったときに起こった。
 旅客機はいきなり急激なバンク。今まで下に見えていた家や畑が真横に見え
る。機体の大きな旅客機がこれほどバンクすれば一気に高度が落ちる!
 と思っていると、今度はいきなり高度が下がる。いや、エアポケットに入っ
たようにストンと落ちたのだ。多分数百メートルは落ちたと思う。意図的に
「下げた」のではなく、どう考えても「落ちた」としか思えない……そして最
後に、「ドン!」とたたきつけるようにタッチダウン。
 「あ〜あ」と思いながらも、「これがうわさに聞いてた中国の旅客機かあ」
と感心。不思議と恐怖は感じなかった。ほんとうにムチャクチャな中国旅客機
だが、今はエアバス社の最新ハイテク機のほうが恐ろしいのだから変なものだ。

●ベタだけど、陳麻婆豆腐店

 ところで四川省の成都といえば、陳麻婆豆腐店。いわずと知れた麻婆豆腐の
発祥の地だ。そこで四川料理のコースを食べる。
 とにかく大皿料理の量が多い! 食べても食べてもなくならない。聞くとこ
ろでは、中国では食べきれないほどの料理を出し、それを食べ残すことが礼儀
と。たしかに、走路しか考えられないような量だ。
 さらに、料理が残っている間は皿を下げることがないので、あっと言う間に
テーブルの上は皿だらけになる。そう、新しい皿は、まだのこている皿と皿の
間に重ねられる。それがピラミッドのように詰みあがっていくのだ。
 とうぜん、最初に出た料理はもう手が届かない。
 さて、料理の特徴は味付けが濃いこと。有名なピリカラ味と意外な甘い味。
それが交互に出てくる。辛いと思えば、次は甘い。
 辛い辛いで有名な四川料理だが、その辛いのをおいしく食べるために甘もの
をはさむというのは、感心した。
 同行の自称女子高の先生はさかんに「うまい!」を連発していた。たしかに
まずくはないのだが、極端な味付けに「そこまでは……」、とぼくは思ったが、
「ほんとうですねえ」と合わせていた。
 有名な麻婆豆腐以外にも豆腐料理が多かったので、「薄い味付けで豆腐その
ものの味をみてみたかったなあ」といったら、変な目でみられてしまった。
 で、肝心の麻婆豆腐だが、これがとても辛い! しかし、ただ辛いのではな
く、その辛さの中にしっかりとしたおいしさが感じられる。
 日本でも辛い料理は山ほどあるが、辛さの中においしさを感じたことはなか
った。もっとも、ぼくは辛い食べ物が苦手なので、それほど食べたことはない
のだが。

●有名人が祀られている武侯祠

 それはさておき、その夕食前に2時間ほど街に出た。地図によると、ホテル
からそう離れてないところに「廟」という字がつく地名があるのでいってみる。
 ところが門はあるものの、中の建物はどうみても廟には見えない。あとで地
元出身のガイド氏に聞くと、「むかしは道教寺院があったのだが、今はなくな
り名前だけが残っている」とのこと。
 そのときのぼくは、中国にはまだ根強く道教が残っていると思っていただけ
に驚いた。
 市のはずれにある三国志で有名な蜀の王、劉備玄徳とその宰将諸葛亮孔明が
祀られている武侯祠に参ったときも同じだった。
 ここは元は劉備の廟だったところに孔明も合祀された二人の廟のはずなのだ
が、劉備・孔明を含め多くの家臣たちの極彩色の人形が並び、おまけに博物館
まである。
 いくら中国の神像や仏像はどれも極彩色だからといっても、宗教施設とも思
えないし、香港で見たどの廟ともちがっている。
 とりあえず劉備玄徳の円墳があるものの、どこにも香炉がない。そこだけで
なく、武侯祠のどこにも香炉がないのだ。
 やはりここは信仰対象の廟ではなく、観光地としての廟なのだろうか。
 それが気になって道教について成都出身のガイドさんに聞いてみても、トン
チンカンな答えしか返ってこない。どうも(少なくとも)成都では道教はまっ
たく信仰されていないようだ。香港のように「犬も歩けば廟に当たる」状態と
比べれば、かなりのちがいだ。
 それとも、文化大革命以前はそうでもなかったのだろうか。
○武侯祠(劉備の廟)その中に祠られている劉備の像形や草木が生えているところが日本の円墳のような劉備の墓孔明廟その中に祠られている孔明の像

●ちょっとだけど、街の様子

 さて、行きにできなかった町歩きをちょっとだけした。
 一歩裏に入ると立派なショッピングセンターやホテルが並ぶ大通とちがい、
小売り店舗が並ぶ「中国の裏路地」が現れる。とくに錦江沿いは凸凹の地道に
バラックが並び、スラムに近い。住んでいる人はあまり服に気を使わない、明
らかに表通に住んでいる人とちがう人たちだ。でも、それほど危険な様子はな
く、だれもぼくに注意を払わない。ぼくも自然に通りすぎた。
 上海と同じようにところどころ更地になっている。きっと地上げ攻勢にあっ
ているのだろう。
 大通りから一歩はいったところ。この一帯ももうすぐ更地になって、大きな
ビルが建つのだろう。
 ここ成都も上海同様中国がなくなって日本みたいになっていくようだ。
 しかし、そういった「中国幻想」を押し付けるのも、住んでいる人にとって
は迷惑なのかもしれないが。

●つづく●
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