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NO.122 2001年 6月 8日 発行
第1章 モンゴル国 冬のウランバートル〈改訂版〉(96年12月〜97年 1月)
3.冬の北京〈往路〉観光もせずホテルへ空港へ
http://www2s.biglobe.ne.jp/~shuilong/ryokouki/note.htm
no.121発行部数「まぐまぐ」618「Pubzine」82「melma!」121 計821
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○たった24時間も無かった北京滞在です。しかし、まあ、これで旅行記書いて
いいのだろうか?(笑汗)
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●真夜中の北京到着
時間の遅延以外のアクシデントはなかったのだが、時刻表を無視して北京に
着いたのは夜中。ぼくたち以外に利用客のいない静かなロビーを歩き、荷物の
受け渡し所に行く。
当時、新しい空港ビルは建設中だったので、首都の空港ということで一応は
広いが、どことなく薄汚れていて、ぼくのイメージ中にある「中国の空港」ら
しかった。
税関はほとんどノーチェック。夜中だからか、入国は上海で済ましていたか
らか、と思ったが、何度も中国に行っているうちに日本人の入国はノーチェッ
クだということがわかった。
中国に限らず、ぼくが行ったことのあるアジアの国ではどこも入国のチェッ
クは甘かった。出国もインドを除き甘い。一番厳しいのは、帰国のときの空港
税関だ。
夜中の空港は物静か……だったのは税関までで、空港ロビーに出るといっぱ
いのひと、ひと、ひと。夜中だというのに。
出迎えの人だけでなく、すでに民航バスはないので、タクシーの客引きだら
けだ。次から次へと声をかけられる。こうした客引きをするのは無許可の白タ
クということだ。
●留学生
本当は、タクシーを使う予定はまったくなかったのだが、到着が午後11時す
ぎ、たのみにしていた民航バスもやっていないのでしかたがない。
白タクはボルと聞いていたので、適当にあしらっていたが、正規のタクシー
乗り場がわからないので、キョロキョロしていると、ぼくに声をかける人がい
た。中国語ではなく日本語で。
大学生くらいの男性。日本人かと聞いてくる。顔はもちろん中国人も日本人
も区別はつかないが、完璧な日本語なので話をしてみる。
彼は日本からの留学生で友人がくるのを待っているという。そこでいかにも
中国初心者という人間を見つけたので助け舟を出してくれたということだ。ち
なみに、そのときのぼくは中国は二回目で、北京は初めてだった。
ぼくは旅の親切は基本的に受けることにしている。もちろん、PTOをよく考
えて、気をつけなければならないときも多いのだが。
さすが留学生である。タクシー乗り場で係員と運転手に話をつけてくれて、
無事ぼくはホテルへ向かうことになった。
しかし問題がひとつあった。もう夜中だったので空港の銀行はしまっている。
経由地の上海ですら20時を過ぎて銀行は閉まっていたので両替をしていない。
日本で中国元を両替できる銀行はない。そのときのぼくがもっているのは日本
円と米ドルだけ。
中国では米ドルが使えないこともないと聞いていたので、「まあ、なんとか
なると」思っていたし、その件については先の留学生にドライバーにその旨伝
えてほしいと話していたし、大丈夫だと留学生は言っていた。
ぼくの載った運転席は後部座席だけではなく、助手席ともアクリルの板で隔
てられていた。
運転席と後部座席は当然と思ったが、助手席と区切られるとは人間満載主義
の中国らしいような気がした。
ただ、中国中のタクシーがこのようなつくりになっているのではなく、助手
席どころか、後部座席とも区切られていないタクシーもところによってはある。
●タクシーの支払い
ホテルについて一応は両替でもしてみるかと思うと、さすがに両替は終了し
ていた。しかしドライバー氏は米ドルや日本円はだめだというのだ。話がちが
うと思ったが、だめなものはだめだろう。
そこでホテルの従業員に両替をしつこし要求すると、ドライバー氏と何やら
話をした後、となりにいた近所の人、というような感じの人を通じて「闇両替」
をすることができた。
といっても緊急のことなので、ロビーに表示されているレートと同じ、ただ
し少数点以下切り捨てだった。事前に調べていたレートと大きく変わるもので
はなかったので、ぼっているのではないだろう。
ただ、普通、闇両替は一般レートよりもいいものなのだが、この状況を考え
ると決して悪いものではないだろう。
とはいえ、緊急なのでタクシー代ぎりぎりの2000円をおよそ140元に両替し
て、130元(約1850円)払った。内訳はタクシー代120元(約1700円)と、高速
代10(約150円)元だという。
先の留学生は80元(約1100円)くらいといっていたし、ガイドブックの類に
も高くて100元程度と書かれていたが、これはどういうことだろうか。ホテル
の人がかたことの英語で言うには深夜料金らしい。
それでも納得がいかず、抗議をしかけたのだが、すでに次の日になっている。
言葉が不自由なうえに中国人に囲まれている。つまり、相手には応援団がいっ
ぱいなわけだ。
こういう悪条件では下手に抗議などしないほうがよかろうと判断した。
それにそれほど大きくボラれているわけではないし、状況を考えれば妥当と
も考えられる。
●前門飯店
今回の旅の目的はモンゴルであり、北京の滞在はあくまでそのためのトラン
ジットだ。しかもはじめての自由旅行。
1週間ほどの時間しかない中で必要以上の時間を北京で使いたくなかったぼ
くは、あらかじめホテルを予約していた。それが前門飯店だ。
見た目は外国人向けの立派なホテルであるが、年末年始のかきいれ時にもか
かわらず1泊4500円。北京の宿泊施設としては安いとは思わないが、日本から
予約できるホテルとしては高くないだろう。
ちゃんとドアボーイがいて売店も中華レストランもあり、部屋も十分広い。
日本でならビジネスホテルですら泊まれないような値段で、日本でなら1泊1
万円以上はする広さだ。
しかし北京の中心部である天安門のあたりから歩いて一時間ほどかかり、
その名の前門からでも30分はかかる不便なところで、周囲にはなにも目ぼしい
店はない。
そしてフロントを改装中のようで、となりの狭い裏口のようなところから入
らなければならなかった。だからこの値段なのだろうか。
●観光もせず出国
中華人民共和国の首都の北京。ここも他国の例にもれず空港は市街から離れ
ている。更にそこまでのアクセスはバスかタクシーだ。
一般的な時間帯では天安門広場の近くの市中心部にある民航営業大厦(民航
ビル)から空港までのバスが出ている。
だいたい20分間隔で出発、途中いくつかの停留所を通り1時間ほどで空港に
着く。
料金はぼくが行く少し前に値上げしたようで、「16元(約220円)」という
手書きの文字が書かれた紙がプラスチックの看板に貼られていた。
空港は1階と2階に分かれ、1階は到着フロア、2階が出発フロアになって
いて、3階はみやげもの屋と食事をするところ。
北京の空港はチケットを見せ、ゲートをくぐり荷物のX線チェックをしてか
らチェックインを行う。
チェックインカウンターまではチケットを持っていると自由にはいれるよう
だが、もちろん、チェックインがはじまらなければそこから先には進めない。
だから早めに入ってしまうとイスすらないその場でむなしく待つことになる
かもしれない。もしかすれば。もう一度外へ出れるかもしれないが。
チェックインを済ますと出国審査。出国した後に簡易郵便局と免税店がある。
空港内の郵便局はここだけで、外には無い。
ここから先はいたって普通の空港と同じだ。売店があり、いかにもという土
産物が売られているが、全体として一国の首都にある空港としては少々ものた
りないような気がした。
もちろん、そのときは建設中で、今は完成した新しい空港ビルはそんなこと
ないだろうが。
●つづく●
Copyright(C), Taki 2001
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