□□□□▲旅のフィールドノートから▼□□□□□□□□□□□□□□□□□
                     NO.143 2002年 1月30日 発行
 第1章 モンゴル国 冬のウランバートル〈改訂版〉(96年12月〜97年 1月)
     22.冬の北京〈復路1〉黒い雪
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~shuilong/ryokouki/note.htm
  no.142発行部数「まぐまぐ」566「Pubzine」80「melma!」130 計776
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○寒いモンゴルの旅もあとわずか。次は砂漠の旅がはじまります。しばらくお
待ちください。
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●寒い冬

 緯度的にかなり北にあるため冬は冷える。ウランバートルほどではないが日
中でも気温は氷点下だ。川も凍るが、すべてというわけではない。
 寒いが、雪はあまり降らないようで、モンゴルへ行くときは街中の積雪はゼ
ロだった。
 しかし、ウランバートルから帰ってきたその日、北京は雪だった。それも大
量の。
 そのため、飛行場に着陸しても滑走路から誘導路に入ったところで止まって
しまう。どうやら、積雪の影響のようだ。
 は動かないとはいえ乗客がいるので飛行機のエンジンは動いたままだ。雪も
降り続いている。他の飛行機も誘導路で並んでいる。積もった雪がエンジンの
後だけ解けている。それだけ雪が降っているのだ。
 ときおり、思い出したように飛行機は動き、すぐ止まってしまう。後を見る
と飛行機が並んでいる。渋滞だ。
 結局、飛行場についてから2時間も機内に閉じ込められてから、やっと中国
に入国することができた。
 ウランバートルを飛び立つのに30分遅れ、結局2時間半遅れてしまった。こ
の日、故宮博物院を観光しようと思っていたのだが、飛行機の中であきらめた。

●黒い雪

 真冬の北京は自動車が多い。降り積もった雪の上を自動車が走ると溶けてド
ロドロのシャーベットになる、とぼくは思っていた。ところが零下10℃以下の
気温では雪は黒く汚れはするが溶けない。
 だから車のタイヤに除けられて、道路の左右には真っ黒い雪のかたまりがで
きるのだ。シャーベット状の泥もきたないが、真っ黒な雪もきたない。
 バスは日本でも見るようは普通のバスと、二両連結のバスがある。車内アナ
ウンスがないので、降りる場所はある程度当たりをつけておく必要がある。
 市内の路線の数が多く、コースは結構複雑な状態になっている。当然一つの
停留所を複数の路線で使用することになるが、停車路線番号が記されているの
で、落ち着いていればまちがうことはない。
 停留所には停留所名と同時に料金まで書かれているので結構親切である。し
かし時刻表はないので、いつ来るかはわからない。
 北京市内には地下鉄も走っている。市内の中心部をつなぐ大きな環状線と、
それに西から食い込むような路線の二つ。後者の方は当時は東へ延長中だっだ。
 運賃は二区間乗って2元(約30円)で、当然のことながら日本のものとは比
べものにならないほど安い。食品等の物価の差から考えても安い。というより
も、日本が高すぎるのだろうか。ぼくは大きな荷物を持っていたので荷物分2
元の計4元(約60円)とられた。
 車内は狭く、薄汚れている。閉鎖されているからだろうか、飛行場に降りた
ときも、街を歩いているときも感じなかった臭いを感じる。それほど強くはな
いが、ムッとくる臭いだ。

●町の食堂

 街を歩く人の格好は日本と変わらない。80年代くらいまでは中国では人民服
が日常着だったらしい。しかし今は見かけるのは普通の洋服だ。といっても地
味な服ではあるが。
 おしゃれに着飾る人もいないではないが、それはごく少数だ。当時のぼくは、
北京以外にもすでに二年ほどの間に上海、成都と2都市にいったことがあった
が、やはりどこでも人民服は目にしなかった。
 多少やぼったさはあるもののそれはおじさんおばさん以上の年代の人で、10
代はおしゃれといえないまでも、服装に気をつけているようだ。
 北京の町角には食堂の類いはいたるところにある。ぼくが歩いたのが観光客
の行かないところばかりだったのか、そのほとんどが大衆食堂だった。
 その種類は豊富で、鍋中心の店や、おかゆの店、点心ばかりの軽食屋のよう
なものなどいろいろある。
 値段のほうはそれなりに安い。日本の下町の食堂の半額前後。安いものは本
当に安いが、意外と変わらないところもあるので注意が必要だ。
 だからちょっと気を許して注文ばかりしていると1000円近くいってしまうこ
ともある。1元は十数円なので、つい感覚がマヒしてしまうのだ。
 一流レストランならともかく、このような店では見た目を期待してはいけな
い。盛り付けという概念はないようだ。しかし、見た目さえ許してしまえばお
いしく安いものは少なくない。もちろん、そうでないものもあるのだが。
 そういった食堂では英語や日本語が通じることはまずない。そのうえに中国
の漢字は簡体字という香港や台湾ともちがう略字が使われているので、意外と
メニューを読むのにも知識が必要となる。

●マクドナルド

 繁華街にいくと日本と変わらないスーパーもあるが、裏路地では売店やそれ
に近い形態のものが多い。おそらく多くの人が想像する雑然とした中国の姿で
はないだろうか。
 しかし、どちらにしろ「中国」である。サービスは悪い、笑顔はない、汚い、
いたるところの仏頂面にムっとすることも少なくはない。日本と同じような笑
顔の台湾とはかなりのちがいだ。もちろん、これは物を売っている人の話で、
普通の人はとても親切だ。
 そういった意味で、中国のマクドナルドはすごい。まず、店内がきれいだ。
そして店員が笑顔なのだ。それに店長らしき男性が笑顔で店内を見渡している。
このような気配りは中国の店ではとても珍しいことだ。
 さらに、外国人料金も無く、対応も外国人だからといって差別を受けること
はない。
 スマイル0円の日本に慣れていればどうということはないが、愛想が悪くサ
ービスがないのが当然の中国においてこれは特別なことだ。
 だからだろう。日本のマクドナルドと比べると半値くらいなのだが、周辺の
飲食店と比べると決して「庶民的」な値段ではない。
 おそらくこのマクドナルドでバイトすることは中国ではステータスなのだろ
う。きっと選考もきびしいにちがいない、とそのとき思った。後日、北京の大
学への留学経験者から聞いたところによると、実際マクドナルドのアルバイト
はステイタスらしい。賃金については日本のマクドナルドとは正反対のようだ。
 中国の不愛想な接客はこのマクドナルドから崩れていくのだろうか。

○2001年の北京の様子
 旅のフィールド〈メモ〉「北京・天津2001」

●つづく●
                        Copyright 2002 Taki.
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